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第六章 窓から見えた月は、二人を優しく照らしてくれている

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「もう十二月なのよ? 今週末にはクリスマスなのよ? わかってんの? 休みの度にアニメ鑑賞されたら頭の中がいつか爆発しちゃうわ」

「それは雪実がアニメに対する理解度が貧弱なのが問題なのであってだな」

「そうじゃなくって、なんであれから一ヶ月以上経ってんのに何にも進展ないのよ?」

 雪実の言わんとすることもわからんでもない。

 口紅をプレゼントしたあの日、身なりをイメチェンする為に走り回りキモオタと見られないように生まれ変わってから今日まで、天野さんと何の進展もないどころか会社でも喋る機会もなかった。

 もともと部署が違うので会える機会もないのだが、今までのように名前と顔が一致しないわけでもないのに。せめてすれ違いでも会えたら挨拶位はできるようになってる筈。

「いくらわらわが可愛くて毎晩同じお布団に忍び込んでいるからって、今の生活で満足してるってことはないでしょうね?」

「何の恥じらいもなく自分を高評価で表現できる勇気は称えたいよ。何度も言うがお前が勝手に布団に入ってきてるわけで、確かに一人で寝るよりは暖かいのだが俺は一度も誘ったことはないそ!」

 思わず悪い気はしていないっていう正直な気持ちが漏れてしまったが、ここは勢いを緩めずに言いたい。

「俺だって折角イメチェンしたのに天野さんに会えもしないってどうなってんだって心の中では叫んでるんだ。年末で忙しく毎日残業と土曜も仕事で疲れ取れないし」

 ここでコーヒーを飲んで心を落ち着かせる。別に雪実が悪い所はどこにも無いんだがな。

「いつも勉強してるのアレ、生かせてないのね」

「あの恋愛ドラマって本当に役に立つのか? 未だに半信半疑なんだけど」

 そう、平日は今まで興味が無く観たことなかったドラマで男女の会話を勉強していたのだが、苦痛でしかなかった。雪実は俺の為と思って見せてくれてるのだろうけど。お蔭でくさいセリフくらいは頭に入っているが有効活用できるかは未知数である。

「折角上手くいけばクリスマスデートも視野に入れてたのにね。しかも土曜日がクリスマス・イブ! 熱い夜が日本中の至る所で……キャッ!」

 両手を頬っぺたに当てて身体を左右に激しく振る。恥ずかしいのなら言わなければ良かっただろうに。

 けど、確かに雪実の言う通り土曜日がイブというのは恋人同士には最高なんだろうけど。

「残念ながら二人に何かしらの進展があったとしても、とある案件でイブのデートが決行されることは無かったんだ」

「どういうことよ、それは」

「かといってチャンスをみすみす逃したんじゃないし、フラれたわけでもない。だから俺のイメチェン後の可能性はまだ未知数ってわけなんだが」

「そんなのいいから、決行されない理由をさっさと言いなさいよ」

 天野さんと付き合う為に二人は努力してきてるというのに、そんなのいいからという雪実の頭の中を覗いてみたいものだ。おそらく目の前の事にしか興味が出ない仕組みなのだろう。

「うちの会社、十二月最後の土曜日が忘年会って毎年決まっているんだよ。だから社内の普通の恋人がいる人もいない人も平等に今年のイブは忘年会に参加するんだよ」

「なにそれ?  もう今年に限ってなんで土曜日がイブなのよー!」

 叫びたい気持ちは分かるがまだ朝早いしご近所のことも考えてあげなきゃ。それに、どうせ発展してないんだから逆に忘年会でもイブに天野さんと話ができるチャンスではないかと俺は秘かに期待をしている。
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