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第七章 社員食堂の霹靂にコマりました

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「え? 今からですか?」

「食堂の二次会ってどんなのよぉ。面白いね」

「え、あ、その、今週土曜……?」

「うん。こないだのお礼もあるしね」

 夢なのか、いやきちんと働いているし昼からも仕事で今日も残業だ。夢のようだというのが適切なのだろうか。

 覚めない夢はないがこれは現実だ。天野さんと二人で、これはデートなのか? 食事は忘年会で食べてるから飲みにでも行くのだろうか。

 俺はお皿に残っている昼ご飯を急いで平らげた。

 本当は天野さんともっと一緒にこの時間を過ごしたかったのが本音だが、ここは食堂で他の社員に茶化されたりしたら迷惑だろうし、なによりやっぱり気が変わって今の約束は無しって言われたらお花畑状態が彼岸花になってしまうではないか。

 一気に水を飲む回数が増える。天野さんはもぐもぐとゆっくり食べているがその姿をじろじろ見続けるわけにはいかない。それに、ドラマではあり得ないが現実だとこんな状況でもし俺の歯にネギでも挟まっていたらどうするのだ。

 お互いまだ言いたいことも言えないこんな仲じゃポイッとネギのことなんか気軽に言えない。言われたらズンっと羞恥心が重くのしかかるだろう。

 あぁ、早く食べ終えてこの場から今の雰囲気を壊す前に立ち去りたい。

 そんな思いを打ち消すかのうように俺の前にトレーが置かれた。

「昼休み前にメシ喰って女子社員と仲良くお喋りか? いい身分だな」

 まさかとは思ったがそのまま前の席に座る。つまり天野さんの隣である。

 控え目に言って不愉快な挨拶をしてきた男は那智瀬なちせ課長、いつも直属の上司である緩井ゆるい係長を虐めているとてもいやな奴だった。

「担当部署の工程の都合です」

「フン、俺はそんなの認めたつもりはないがな」

 おかずを箸で刺して口に運ぶ。あまり人前でしてお行儀が良いとは思われない食べ方が不快度を増す。

「緩井係長には了承を得てますが」

 ああ、鬱陶しい人だ。自分より立場の低い者に対して威圧的な態度。特に係長には罵声を上げるのが日常的になっている。それを見過ごしている会社にも問題があるのだが大抵上の者には上手く立ち回っているのだろう。汚れた上層部だが平社員が思っても何ともならないのが悲しい現実である。

「全然聞いてないな、本当に了承を取ってるのか聞いてみないとわからないな。特に有給休暇を頻繁に取っている者の言う事は自分勝手な場合があると俺は思っているからな」

 なるほど、本音はそれが言いたかったのだな。よりによって天野さんと初めての食事、社員食堂だが奇跡的な日に俺のお花畑を踏みにじる様な感じで出てくるのだろうか。

 俺の貴重な昼休みを奪いやがって。そそくさと退散したかったが天野さんを課長の隣に置いて去るのも気が引けたので、食べ終えそうなタイミングで席を立つ。

 食器を返却口に返し終えたところで天野さんとすれ違う。課長に呼び止められず上手く離れたことにホッとした。

 青天のヘキレキ、いやひょうたんからコマが妥当と思える程ハッピーな約束事ができた。

 言い間違えた誘い方だったけどまさかそれが功を奏して二人で会う話に発展するとは、人生なにが起こるかわからないものだな。

 その後変なのが湧いてきたがハッピーな出来事と相殺してもまだお釣りが出るので課長の事はもう頭から忘れることにしよう。

 こうやって人生は悪いこともあるが良いことがあるからまた明日に繋がるのだとしみじみ感じる。

 今日のは誰のお蔭なのだろうか、感謝の気持ちを持つことも大切なんだろうな。
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