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第十二章 今から自分を変えます、貴女の為に……
03
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着替え終えた俺はロッカーの扉を閉め、ネームプレートを取り除いた。
まだ誰も居ない更衣室を出て、保険証を返しに事務所に立ち寄らなければならなかったが正直足が重たかった。
懸念していた通り、事務所ないのカウンター近くに詩織さんが座っていた。
何も事情を知らない詩織さんは俺に気付くと嬉しそうにニコニコと近寄ってきてくれた。
今朝、一瞬目が合っただけでお互いに恋してる気持ちになったのに、今はその瞳をまともに見ることができないなんて。
「どーしたんですかー? 磐石君?」
わざとらしく名字で呼んでくれるのが新鮮に思えてしまう。
うつ向き加減の顔を下から上目遣いで覗きこんでくる。
朝の気持ちのままなら更に好きになっていたのだろう。
今でも好きな気持ちに変わりはない。そんな仕草されたら今でももっと好きになっていく。
だけど、俺はもう君に相応しくない人間になってしまったんだ。
昇進どころじゃない、上司に暴力を振って会社をクビになったんだ。
「ゴメン」
「ん?」
スッと保険証を差し出した。
「なに?」
「今日で会社、辞めることになったから……」
両手で口を塞ぐ詩織さん。
あまり騒がれて他の社員に聞かれたくなかったのを、俺の小さな声で気付いてくれたのだろうか驚いた声を押し殺す。
辛い。だけど歯をくいしばって詩織さんと目を合わした。
「本当にゴメン」
一生懸命に言えた言葉はこれが限界だった俺は急ぎ足で事務所を後にした。
駐輪場でバイクに跨がりエンジンをかけた。
「待って! 明君!」
アイドリング中にヘルメットを被ろうとしたその時、走ってくる詩織さんの声が聞こえた。
「なんで? なんで急に辞めちゃうの?」
「……」
「昨日約束したばっかりじゃん! あれ嘘だったの?」
事実を説明したい。けどクビになったという結果は変わらないのだから説明してどうするんだと自問自答する。
詩織さんには本当の事を知ってもらいたい。
知ってもらってどうする?
考えるだけで何も言えない、詩織さんの問いに返事ができない。
「ゴメン……。約束……守れなくてゴメン」
「明君……」
俺はヘルメットを被った。
「私は信じてたよ、明君がお嫁にしてくれるって……これからもいっぱい好きにさせてくれるって……」
「……さよなら……」
バイクで走り去る時に詩織さんの泣き顔を横目で見ながらアクセルを緩めることはできなかった。できるはずもない。
俺はハンカチを出すこともできない。
抱きしめることもできない男なんだ。
泣きそうになった顔を見られたくなくて被ったヘルメットの中で俺は大声で泣きながらバイクを走らせた。
父さんが、大型でも小型でもバイクの事故は命取りだからってフルフェイスのヘルメットを買ってくれた。
夏は暑苦しくて嫌になったのに、今は泣き顔を誰にも見られない壁になってくれている。
大声で泣いた。
何に対して泣いているのか、泣き止めばその答えが出るのだろうか。
木枯らしが揺れる。信号を待ってる間ずっと見つめていた。
横を走り過ぎて行く車で信号の色に気づかされ走り出す。
真っ直ぐ、真っ直ぐ、ただある道を走り続ける。
いつもと違う道を走り、遠回りして帰ることに何も意味がなければ、そのまま家に帰ることも意味を失った。
知らない土地のコンビニで買い物をして、河川敷に腰を降ろした。
冷たい風にさらされ熱が逃げていくコーヒーを飲む。
あんまんを食べながら呟いた。
「準備中って、肉まんまで俺をバカにして」
罪のない肉まんに怒りをぶつけながら食べるあんまんも、コーヒーの苦さと合うかもと少し悲しさが薄れた。
※
まだ誰も居ない更衣室を出て、保険証を返しに事務所に立ち寄らなければならなかったが正直足が重たかった。
懸念していた通り、事務所ないのカウンター近くに詩織さんが座っていた。
何も事情を知らない詩織さんは俺に気付くと嬉しそうにニコニコと近寄ってきてくれた。
今朝、一瞬目が合っただけでお互いに恋してる気持ちになったのに、今はその瞳をまともに見ることができないなんて。
「どーしたんですかー? 磐石君?」
わざとらしく名字で呼んでくれるのが新鮮に思えてしまう。
うつ向き加減の顔を下から上目遣いで覗きこんでくる。
朝の気持ちのままなら更に好きになっていたのだろう。
今でも好きな気持ちに変わりはない。そんな仕草されたら今でももっと好きになっていく。
だけど、俺はもう君に相応しくない人間になってしまったんだ。
昇進どころじゃない、上司に暴力を振って会社をクビになったんだ。
「ゴメン」
「ん?」
スッと保険証を差し出した。
「なに?」
「今日で会社、辞めることになったから……」
両手で口を塞ぐ詩織さん。
あまり騒がれて他の社員に聞かれたくなかったのを、俺の小さな声で気付いてくれたのだろうか驚いた声を押し殺す。
辛い。だけど歯をくいしばって詩織さんと目を合わした。
「本当にゴメン」
一生懸命に言えた言葉はこれが限界だった俺は急ぎ足で事務所を後にした。
駐輪場でバイクに跨がりエンジンをかけた。
「待って! 明君!」
アイドリング中にヘルメットを被ろうとしたその時、走ってくる詩織さんの声が聞こえた。
「なんで? なんで急に辞めちゃうの?」
「……」
「昨日約束したばっかりじゃん! あれ嘘だったの?」
事実を説明したい。けどクビになったという結果は変わらないのだから説明してどうするんだと自問自答する。
詩織さんには本当の事を知ってもらいたい。
知ってもらってどうする?
考えるだけで何も言えない、詩織さんの問いに返事ができない。
「ゴメン……。約束……守れなくてゴメン」
「明君……」
俺はヘルメットを被った。
「私は信じてたよ、明君がお嫁にしてくれるって……これからもいっぱい好きにさせてくれるって……」
「……さよなら……」
バイクで走り去る時に詩織さんの泣き顔を横目で見ながらアクセルを緩めることはできなかった。できるはずもない。
俺はハンカチを出すこともできない。
抱きしめることもできない男なんだ。
泣きそうになった顔を見られたくなくて被ったヘルメットの中で俺は大声で泣きながらバイクを走らせた。
父さんが、大型でも小型でもバイクの事故は命取りだからってフルフェイスのヘルメットを買ってくれた。
夏は暑苦しくて嫌になったのに、今は泣き顔を誰にも見られない壁になってくれている。
大声で泣いた。
何に対して泣いているのか、泣き止めばその答えが出るのだろうか。
木枯らしが揺れる。信号を待ってる間ずっと見つめていた。
横を走り過ぎて行く車で信号の色に気づかされ走り出す。
真っ直ぐ、真っ直ぐ、ただある道を走り続ける。
いつもと違う道を走り、遠回りして帰ることに何も意味がなければ、そのまま家に帰ることも意味を失った。
知らない土地のコンビニで買い物をして、河川敷に腰を降ろした。
冷たい風にさらされ熱が逃げていくコーヒーを飲む。
あんまんを食べながら呟いた。
「準備中って、肉まんまで俺をバカにして」
罪のない肉まんに怒りをぶつけながら食べるあんまんも、コーヒーの苦さと合うかもと少し悲しさが薄れた。
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