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第十二章 今から自分を変えます、貴女の為に……

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「今、何て言った?」

「だから、レモン一個に含まれるビタミンCはレモン一個分じゃないってことよ」

「違うって、何言ってんだよその前の……出て行くって?」

「ちゃんと聞こえてんじゃん。そうよ」

 突拍子もないが想像できていたことを急に言われ、二回聞き直すはめになる。

 カレーを乗せたスプーンは口の手前で止まり皿に戻された。

 約束では詩織さんと付き合えるようになるまでだったから出て行くのが当然なのだが、それは今朝までの話であって実は会社をクビになったから同時に詩織さんとの関係もダメになったと伝えたら出て行かないでくれるのだろうか。

「サラダおかわりするでしょ。カレーも沢山作ってるから明日の夜の分もあるからね」

 明日の晩御飯を気にしてくれているところをみると、カレーの支度をしている時から出て行くことを決めていたのだろうか。

「お兄ちゃんもいつまでもシスコン拗らせてるわけにはいかないでしょ」

「誰がシスコンだって? お前が勝手に妹になったんじゃないか」

 空になった皿にサラダを盛ってくれる。最初より更に多い量だ。

「まぁまぁ、最後はわらわのメイドの格好で満足でしょ?」

「最後って……」

「しんみりした別れは嫌だから明るくいこうね。決めたのは昨日の夜、お兄ちゃんと話して決めたの。なんで一緒にお風呂入ったかはわかんないんだけどね」

「自分の意思で入って来たんだろう!」

「お兄ちゃんがお風呂入ってる間に子供用シャンパン飲んだら急に一緒に入りたくなっちゃったの」

 ノンアルコールだぞ? 全く記憶が飛ぶのではないようだがそれでも気分だけでもフェロモンモードになってしまうというのか?

「けど最後の良い思い出にはなったわ。お兄ちゃんには刺激的過ぎたかもしれないけどね。テヘ」

 思い出したのか、舌を出して恥ずかしそうに照れた顔をする。

「出てってアテはあるのか?」

「まぁまぁなんとかなるでしょ、わらわあやかしだよ? どんなとこでも寝て生活できるんだからさ」

 それが強がりだということは直ぐにわかった。普通のあやかしならその界隈でも生きていくのだろうが、閻魔大王とのハーフである雪実はあやかし連中からもはぐれ者扱いを受けているのだから。

 それでも、ここで本当の事を言って止めるのが果たして良い事なのだろうかと考えてしまう。

 新しい働き口を探さないと俺もこの部屋にはいられなくなる。今日の事なので転職のことなどまだ全く考えられない程頭の整理が出来ていない。

 会社も詩織さんの関係も継続してたなら、笑って送り出していたのだろうか。

 それとも次の寝床が見つかるまで同棲を続けていたのだろうか。

 独りの時は自由と引き換えに寂しいと思う時もあった。だが失うものがなかったので喪失感に身体が押しつぶされる経験が無かった。
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