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最終章 エピローグはプロローグに過ぎなかった

あれから半年、あやかし宿は大忙しで本日も営業中

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「大将! 面接の子が来られてますよー」

「え? もうそんな時間か。酒呑、雪の間に案内しといてくれ。悪いけど直ぐ行くからコーヒー出してちょっと待っててもらって。酒じゃないぞ。あと溢すなよ、お前小さいんだから」

「わかってますよー」

「面接の時間は最初から決まっていたのに、計画性に問題があるのですね」

「わかってるって。急に団体のお客さんが入ったから仕方ないだろ。お前は細かいんだよ、九尾」

「細かいんじゃなくて気になるから言ってるのです。何度も言いますが私は巌様に射抜かれて御遣いする者。ですので貴方には厳しく行きますので」

「他のあやかし連中を統括してくれるのは助かるけど、お前こそ俺が射抜くべきだったな」

 九尾は相変わらずクールな目つきで俺を見る。

「……ちょっと九太郎!  どこでサボってんのよ!  さっさと手伝いなさいよ!」

 奥の厨房から新しい女将に呼ばれて慌てて戻る姿は、さっきのクールな目つきをした九尾からは想像しにくい。

 散々半人前のような存在で苦労したが、あやかしの能力が無くなってしまえば、いくらあやかしの時に強大な能力を持っていた九尾でも頭が上がらない。ちょっと逆らおうとすればたちまち氷付けにされてしまうからだ。

 それは酒天童子にも同じ事が言えるのだが、酒天に限ってはあやかしの時に俺の放った矢を何本も受けた影響か、幼児の様な体型になって逆に可愛がられている程だ。



 女将に直談判してから早六カ月。三月の末まで女将やトメさんに修業を付けてもらってそこから三カ月。ドタバタしながら雪実と二人三脚でここまでやってきた。

 途中、俺とじいちゃんが射抜いたあやかしが悪の心を浄化されて旅館に戻ってきた。

 俺達の矢に射抜かれたあやかしは、その者に絶対服従を誓う者として蘇るというのだ。今までそんなこと無かったのに、この地域……いやこの旅館が建つこの場所に関係があるのかもしれない。

 大昔からあやかしが集まるというこの場所。人とあやかしの歴史になにか関係があるのかも知れないが、今は目の前の仕事を熟すのに全力を注ぐしか余裕が無い。

「大将!  下で温泉無料券を貰ったって女性が二人来られてますが……」

「あぁ……とりあえず無料券で温泉を案内して差し上げろ。後、誰か下に行ってうちのじいちゃんが配ってる女性限定無料券を差し押さえてこい」

 相変わらずじいちゃんは若い女性客で賑わってるのが好きみたいで、何度言っても好き勝手してくれる。

 この旅館から少し下れば商店が建ち並び賑わっているのだが、そこで若い女性客を見付けては客引きの様な事をして、会話を楽しんでいる。若さの秘訣らしいが。

 そんなじいちゃんも早朝には弓矢の特訓を付けてくれている。

 酒天童子並みのあやかしが今後表れた時、俺一人でも対処できるようにと。まぁそんなあやかしとは金輪際出くわしたくないのが本音なのだが。

 じいちゃん曰く、あの時も酒天童子を退治するのは造作もない事だと言ってたが、どうなのだろうか。

 ピンチになって雪実とのボディタッチをもっとしたかったと言ってたが、それは本音なのだろうけど。

 そんな早朝の特訓を不慣れな旅館業務と並行してやってたものだから、相変わらず雪実との仲に進展は無かった。

 今生の別れを覚悟したあの時に感じた雪実への気持ち。失いたくない気持ちは本当だったが、いざ昔みたく一緒に暮らしていると、それが当たり前のように思えてくる。逆に今生の別れを迎えたとしても時間と共に心の傷も癒されて行く。それが人間というものなのだろう。

 失いそうになって雪実の大切さを初めて気付いたが、心のどこかで詩織さんのことを諦めきれていない自分がいるのも確かだ。

 詩織さんと付き合っていたとしても、雪実を失うのが嫌だったのだ。俺みたいな男が、二人の女性どちらも失いたくないだなんて……。都合の良い思考だが、どっちかを選べない程、二人の事が好きだったんだろうな。

 じゃあ詩織さんと付き合える条件に達してないから、諦めて雪実を選ぶのか。そんな意地の悪い問い掛けを俺の中に居るもう一人の俺がしてくる。

 人の出会いや縁は過ぎて行く頃に実感するもの。出会った時にそれが良いかどうかの判断はできない。

 雪実にしてみれば、俺との出会いが自分のその後を変えたと言っていた。人間、ましてやあやかしを退治する能力を持った俺に出会わなければ、旅館の女将として働くなんて想像もできなかっただろう。そういう意味では、雪実は俺との出会いを喜んでくれている。その気持ちに対して俺自身も素直に受け止めている。哀れみとかそんなんじゃなくて、ごく自然に。

 詩織さんは……、俺と関わった時間が少なく、これからの人生に影響も無いだろうし、縁で片付けるなら、俺のようの人よりもっともっと幸せにしてくれる人と出会う筈だろう……。

 約束した途端にあんな結果で疎遠になってしまったのは、本当に申し訳ないと思っている。

 だけど、本当に好きだった人だから、もし何処かで偶然会った時、隣に素敵な人が居たら素直に言える。「おめでとう」って。俺なんかに言われたくないかもしれないけど、心から幸せになってほしいって思っているし、幸せを祝福したい。

 いつまでも過去の事を考えているのは女々しいけど、案外過去を引きずるのって女性より男性が多く、特に俺のような女性経験の無い内気な者に多い気がする。だから女々しいという表現も現代では違ってきてるのかもしれないな。

「大将、まだ行ってないんですか?」

 忙しいのに考え事をしながら廊下を歩いていると、酒天童子に会い、待たせてる面接の子を気遣う。

「あ、そうだったそうだった」

「頼みますよぉ」

 考え事に夢中になると没頭してしまう癖は相変わらず抜けておらず、急いで雪の間に向かった。

 あの部屋は前の女将が招待してくれて泊まって縁のある部屋だ。今はそこを自分の住まい兼用で社長室にしてるのだが、誰も社長室と馴染んでくれず、大将室ってのもしっくりこなくて結局、雪の間と名付けている。

「お待たせしました。ごめんね待たせちゃって……」

 雪の間に着いて扉を開けるなり謝罪をする。社長として威厳等持ち合わせていないが、客商売にそんなものは不必要だし、なにより若造の分際で上から目線など、逆の立場なら嫌気がさすだう。

 この職場で、この人の元でなら頑張って働ける、そんな雰囲気の職場を心がけている。

 扉を開けるまで、頭の中はそういったことを考えていた。今もその心がけに変わりはないのだが。





 大好きだったテレビアニメの続編が満を持して劇場版として帰ってきた。クオリティも高く、往年のファンを納得させる仕上がりに、新たなファンも獲とくした。

 そんな劇場のクライマックスのエンディングシーンに流れた曲は後に神曲と呼ばれるようになる。

 更に続編を感じさせる終わり方だと、新旧ファン入り交じっての考察が始まる。

 そんな物語をいつか書いてみたいなって思ってしまった……。

 現実はそんなことを思っている場合じゃないのだが。

 これから始まる物語を想像すると、今までのはほんのプロローグに過ぎなかったのだ。

 

「やっと見つけた、明君。逢いたかったよ」




                              完
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