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舞踏会の準備②
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舞踏会のエスコートを誰にお願いするか――ここ数日、私の胸を悩ませていた問題だった。
まさか自分から会長を誘うわけにもいかないし、かといって他にお願いしたい相手も思い浮かばない。
「このまま、ひとりで行くしかないのかしら」
そんな不安を抱えたまま、舞踏会に備えたダンスのレッスンを受けていた日のことだった。
* * *
音楽室に響くピアノの旋律に合わせてステップを踏んでいると、扉の向こうから気配を感じた。
顔を上げると――そこに立っていたのは、王弟レオン殿下。
「アシュベル嬢」
落ち着いた声に呼ばれ、思わず足を止めて深く一礼した。
「殿下……」
レオンは軽く手を振って、柔らかく笑った。
「そんなに堅苦しくしなくていい。今日は君にお願いがあって来たんだ」
「お願い……ですか?」
彼は私の正面まで歩み寄ると、まっすぐに瞳を合わせた。
「今度の舞踏会。もしよければ、僕のエスコートを受けてもらえないだろうか」
思考が一瞬止まった。
まさか王弟から直々に申し出を受けるなんて――。
理由を尋ねると、彼は気さくに肩をすくめる。
「貴族の子女の中から、成績優秀な者に声をかけようという話があってね。白羽の矢が立ったのが、アシュベル嬢……つまり君なんだ」
予想外の申し出に一瞬驚いたものの、王弟の柔らかな笑みに胸の緊張がほどけていく。
ほんのわずかに――会長が誘ってくれるのではないかと期待していた自分がいた。けれど、それが叶う保証などどこにもない。まして、王弟からの直々の誘いを断る理由など、どこにもあるはずがない。
「そんな……光栄です。よろしくお願いいたします」
そう答えると、レオンは安心したように微笑んだ。
「では、せっかくだ。当日まで、少し一緒に練習をしようか」
* * *
それから数日。放課後の一部は、レオンと組んでダンスの練習を重ねるようになった。
「左手はもう少し上に……そう、それでバランスが取れます」
「殿下のおかげで、とても踊りやすいです」
「“殿下”なんて堅苦しい。学院ではただの生徒なんだ、“レオン”と呼んでほしい」
そう言われ、思わず言葉に詰まった。
けれど彼の瞳は柔らかく、強制ではなく、心からの願いのように見えた。
「……では、レオン様」
「うん、それでいい」
音楽に合わせてステップを踏むたび、緊張よりも楽しさが増していく。王弟という肩書きを忘れさせるほどに、彼は気さくで、時に冗談を交え、場を和ませてくれる。
一緒に踊っていると、不思議と笑みがこぼれる。
舞踏会を前にした不安も、少しずつ期待へと変わっていった。
* * *
レッスンを終えて夕暮れの廊下を歩くとき、ふと胸がざわつく。
――本当は、あの人と踊りたかった。
けれど、今こうしてレオンと練習を重ね、楽しいと思えているのも事実だ。
その揺れる気持ちを抱えたまま、私は次の練習を心待ちにする自分に気づいていた。
まさか自分から会長を誘うわけにもいかないし、かといって他にお願いしたい相手も思い浮かばない。
「このまま、ひとりで行くしかないのかしら」
そんな不安を抱えたまま、舞踏会に備えたダンスのレッスンを受けていた日のことだった。
* * *
音楽室に響くピアノの旋律に合わせてステップを踏んでいると、扉の向こうから気配を感じた。
顔を上げると――そこに立っていたのは、王弟レオン殿下。
「アシュベル嬢」
落ち着いた声に呼ばれ、思わず足を止めて深く一礼した。
「殿下……」
レオンは軽く手を振って、柔らかく笑った。
「そんなに堅苦しくしなくていい。今日は君にお願いがあって来たんだ」
「お願い……ですか?」
彼は私の正面まで歩み寄ると、まっすぐに瞳を合わせた。
「今度の舞踏会。もしよければ、僕のエスコートを受けてもらえないだろうか」
思考が一瞬止まった。
まさか王弟から直々に申し出を受けるなんて――。
理由を尋ねると、彼は気さくに肩をすくめる。
「貴族の子女の中から、成績優秀な者に声をかけようという話があってね。白羽の矢が立ったのが、アシュベル嬢……つまり君なんだ」
予想外の申し出に一瞬驚いたものの、王弟の柔らかな笑みに胸の緊張がほどけていく。
ほんのわずかに――会長が誘ってくれるのではないかと期待していた自分がいた。けれど、それが叶う保証などどこにもない。まして、王弟からの直々の誘いを断る理由など、どこにもあるはずがない。
「そんな……光栄です。よろしくお願いいたします」
そう答えると、レオンは安心したように微笑んだ。
「では、せっかくだ。当日まで、少し一緒に練習をしようか」
* * *
それから数日。放課後の一部は、レオンと組んでダンスの練習を重ねるようになった。
「左手はもう少し上に……そう、それでバランスが取れます」
「殿下のおかげで、とても踊りやすいです」
「“殿下”なんて堅苦しい。学院ではただの生徒なんだ、“レオン”と呼んでほしい」
そう言われ、思わず言葉に詰まった。
けれど彼の瞳は柔らかく、強制ではなく、心からの願いのように見えた。
「……では、レオン様」
「うん、それでいい」
音楽に合わせてステップを踏むたび、緊張よりも楽しさが増していく。王弟という肩書きを忘れさせるほどに、彼は気さくで、時に冗談を交え、場を和ませてくれる。
一緒に踊っていると、不思議と笑みがこぼれる。
舞踏会を前にした不安も、少しずつ期待へと変わっていった。
* * *
レッスンを終えて夕暮れの廊下を歩くとき、ふと胸がざわつく。
――本当は、あの人と踊りたかった。
けれど、今こうしてレオンと練習を重ね、楽しいと思えているのも事実だ。
その揺れる気持ちを抱えたまま、私は次の練習を心待ちにする自分に気づいていた。
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