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10話 上上下下左右左右AB

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 柔軟が終わると和野先生は委員の人達の元にいった。どうやら一緒に測定係をやるみたいだね。
 僕はというと、渡された測定値記入用紙を持ちながら順番にこなして行く。
 まずは握力で67キロ。だけど壊れてると思われたのか、僕の用紙には37キロって書かれた。
 次に50m走の所に行くと、渡瀬さんがいた。相変わらず前髪は長くてボサボサ。しかも、猫背だ。

「あら拓真。私の走りを見に来たの?」
「違うけど」
「あらそう。まぁ見てるといいわ」

 渡瀬さんはそう言ってスタート位置に立つ。他にも三人いる。
 そして係のピストルと同時に走り出したんだけど、他の三人は綺麗なフォームで走ってるのに渡瀬さんだけは顎を上げて息を乱して髪を振り乱しているし、手は前後じゃなくて左右にバタバタしているんだよね。まるでホラーだ。
 そしてそんな感じで走るとどうなると思う?   そう、ビリだ。ちなみにタイムは12秒。

「はぁっ……はぁ……どう?」
「遅いね」
「ふふ……そう。私は遅いのよ。なら拓真はどうなの?  私を遅いと言えるだけ速いのかしら?」
「うーん?   多分そこそこ速いと思うよ?」
「なら全力で走ってみなさい。この私が測ってあげるわ。ヘイ! そこの測定係。ストップウォッチを貸しなさい」

 渡瀬さん、君は海外ドラマから出てきたのかな?  それともただのランナーズハイ?  『ヘイ!』なんて現実で聞く事になるなんて思わなかったよ。
 あと、言われるまでもなくちゃんと走るよ。そうじゃないと測定の意味がないからね。

 僕がスタート位置に立つとゴールには渡瀬さんが見える。そして係のピストルの音が響くと同時に僕は走り出した。

「っ!   え……うそ……」
「何秒だった?」

 走り終えた僕はストップウォッチを見つめて固まっている渡瀬さんの元に。

「6秒7よ……」
「6秒7っと。さてと──」
「ま、待ちなさい!」

 用紙に50m走の記録を書き込んで次に行こうとすると呼び止められた。なんだろう?   もしかして納得できないからまた走れとか言わないよね?

「なに?」
「え、あ、その……やっぱりなんでもないわ」
「そう?  じゃあ僕は次のに行くね」

 なんだったんだろう?  まぁいっか。

「……怜央きゅんと同じタイム。まさか……変装した時の姿といい、もしかして拓真は怜央きゅんの生まれ変わり?」

 生まれ変わりって何?  怜央きゅん死んだの!?
 気になる。気になるけどこれを聞いてまた怜央きゅん惚気タイムになるのは嫌だからやめておく。

 さて、次は反復横跳びだ。

「あ!  拓真くん♪  拓真くんも反復横跳び?  ボクも今からなんだ~」
「奇遇だね」

 なんなんだろう?   藤宮さんとはイカれた制服を着た時以外に話したことないのにこの馴れ馴れしさは。そんな仲良し風に話しかけられてもなんて答えればいいのかわからないんだよね。

「ボク、反復横跳び苦手なんだぁ」
「そうなんだ」
「うん。左右に行き過ぎちゃうんだよね」
「不思議だね」
「うん。すっごい不思議!」

 ほんとにわからないのかな?  絶対その腕に乗ってる二つの塊のせいだよね。いったいどんな動きをするんだろう。

「あ、次ボクの番だ。拓真くん、見ててね?  頑張るから!」

 何をどう頑張る気なの?  

 藤宮さんが足を開いてスタート位置に立つ。30秒間でどれだけ出来るかを測定するんだけど、果たして藤宮さんは何回出来るのか。
 そして、笛が鳴った──

 な、なに?   これはいったいなに!?   僕の目の前で何が起きてるの!?

「はっ……ふっ……! いたっ!  む、胸がちぎれちゃう!  ふぁっ!んあっ……!」  

 そんな事を言いながら左右に動く藤宮さん。そして上下左右にプルンプルン暴れまくる藤宮さんの胸。
 こ、これはもう揺れるなんて生易しいものじゃないよ!  胸が踊ってるよ! もしくは格ゲーの超高難易度コマンドか隠しコマンドだよ!

「んっ……ふぁ……。はぁ、はぁ……。た、拓真くん、どうだった?」

 終了の笛が鳴ると胸を押さえながら満身創痍の顔でそんな事を聞いてくる。だから正直に答えてあげることにした。僕は紳士だからね。

「凄かったよ」

 胸が。とは言わない。童貞紳士だから。

「ねぇ、なんで上手に出来ないのか見ててわかったぁ?」
「あ、うーん。気を悪くしないで聞いて欲しいんだけど、藤宮さんって凄くスタイルいいからそのせいじゃないかな?」
「それって……やっぱりこの胸だよね?」
「…………」

 それしかないでしょ?

「だよね……。走るだけでも凄く揺れて痛いんだよ。重いし。ほら」
「……え?   ちょ、ちょっと藤宮さん!?」

 藤宮さんはいきなり僕の手を掴んで引っ張って手の平を上に向けたかと思うと、自分の胸を僕の手に乗せた。ズシッとした重量感と同時に指が埋まるほどの柔らかさが伝わってくる。

「ね?   重いでしょ?」
「重いとかじゃなくてそうやって触らせるのはダメだよ」
「拓真くんなら別にいいよ?」

 よくないよ。その距離感が謎すぎるよ。
 だからすぐに手を引いて離そうとするけど、藤宮さんが僕の手を離さないせいで引き寄せてしまう感じになってしまった。

「キャッ……」

 僕の体にぶつかって形を変える藤宮さんの胸。凄い。なんていうか、凄い。

「あ、ごめん」
「ううん!  ボクこそごめんね!」
「じゃ、そろそろ僕の番だから」
「うん、頑張ってね!  怜……拓真くん!」

 ……ねぇ、今、怜央きゅんって呼びそうにならなかった?  

 そして笛が鳴り、僕の反復横跳びが始まる。それをを見ながら藤宮さんが変なことを呟いた。

「あ、あれはまるで五線譜の上を踊る怜央きゅん……。楽譜の上のオタマジャクシみたい……。拓真くんは怜央きゅんのオタマジャクシ?」

 その例えはなんか嫌なので勘弁して欲しいな。

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