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三章 争乱の魔女アルクトゥルス
50.対決 武極の第二王女ホリン
しおりを挟む「いくぞ!エリス!」
「はいっ!ラグナ!」
立ち上がり、構える…目の前には決戦の相手 第二王女ホリンが立つ、舞台はホーフェンの裂傷と呼ばれる谷底に開いた 空間…
太陽の光は僅かしか差し込まず、暗いこの場が ホリンさんとの決戦の地だ
「勇ましいねぇ…」
長い黒塗りの槍を構えながらホリンはニタリと笑う、アルクカースの第二王女…ホリン・ブランデンブルク・アルクカースは エリス達と相対して尚余裕そうだ
それもそのはず、この人は王女でありながら一騎当千の無双の将なのだ、武術屯集を趣味とし その体には幾千もの武術が叩き込まれている、戦いの天才 それがホリンさんなのだ
一年前相対した時、エリスはその動きに一切ついていくことが出来なかった…あれから修行したものの、正直まだ不安だ…だが、ここまでお膳立てしてくれたみんなの為に、ラグナの信念のために エリス達は負けられない
「ッ…先手を取る!合わせてくれ!エリス!『三重付与魔術・斬撃属性三連付与』!!」
「はい!、合わせます!輝く穂先響く勝鬨、この一矢は今敵の喉元へ駆ける『鳴神天穿』」
魔術を纏いホリンさんに突っ込むラグナを援護するが如く、雷を放つ 一発二発ではなく今のエリスに撃てる限界の数、それこそ雨のような雷閃がホリンさんめがけ降り注ぐが
「ふぅ、甘い甘い…速さも力も技量も何もかも足りない、足りないなぁ!二人とも!、『付与魔術二式・蒼輝装渾』!」
避ける、軽く上半身を動かしたり体の向きを変えたりと必要最低限の動きだけで雷の雨を避けた上で、ラグナの剣を 槍で受け止める…恐らくラグナの使う付与魔術よりも位の高い上位の付与魔術をまとった槍に、ラグナの渾身に一撃は阻まれてしまう…どころか
「っははっー!奥義『円弧総乱蹴』!」
「ぐぉっっ!?」
片手で槍を扱うという姿勢のまま、不規則に足だけを動かしラグナの体を蹴り上げる、何度も何度も 足が複数に見えるほどの速度で宙を舞うラグナの体を蹴り抜く、その一連の動きで一つの攻撃と言わんばかりの圧倒的連携にラグナの体はなす術なく叩きのめされ
そして
「ほいよっと!奥義『波紋鏡面打ち』!」
蹴りの乱撃の間を縫ってホリンさんの掌底が飛んでくる、洗礼されたその動きは踏み込みから拳の打ち出しに至るまで 研ぎ澄まされており、奥義が発動してやっと攻撃されたことに気づくほどだ
「ごぁあっ…!」
ラグナの腹に深々と突き刺さったホリンさんの掌底はその衝撃でラグナの体内をズタズタに引き裂き遥か向こうの岩壁へと叩きつける、…一瞬だ 一瞬であのラグナが潰された…エリスの援護どうこうの速さじゃない
「おや?、観戦モードでいるつもりかな?エリスちゃん」
「え?…ぷげぇっ!?」
ラグナが地に伏すその瞬間 今度はホリンさんの目がこちらを向く…と思ったら既に攻撃は終わっていた、ホリンさんは一歩もそこから動くことなく エリスの体を吹き飛ばす
走る激痛、額から流れる血で エリスは額を殴りれたのだと気づく…だがどうやって、魔術を飛ばしたようには見えなかったが!、空中で受け身を取りホリンさんに向き直ると…
「はは、やるね!まだまだ行くよー!奥義『岩土烈射打法』!」
槍を使い、地面の石ころに向かってスイングし弾き それを砲弾のように飛ばして来ていたんだ、っ! すんでのところで避ける…が
避けられない、避けきれない 次々飛んでくる石の弾は的確にエリスの逃げる方向へ打ち込まれる、大地が石で出来ている限り弾切れはない、このままでは捕まる!…なら逃げは悪手だ!迎え撃つ!
飛んでくる石飛礫を避けながら魔力を高め、拳に集める…手加減などできない、全霊で行く!
「大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ『風刻槍』」
放つは風刻槍、かつてはただのつむじ風でしかなかった風刻槍も、師匠との戦闘訓練を経てその威力は激化している
エリスの掌から放たれるのはまさしく竜巻、荒れ狂う風の奔流 こちらに飛んでくる岩だろうが何だろうが叩いて砕く絶対の力の権化だ
しかし、大地を砕き迫る風の槍を見ながらもホリンさんの余裕の笑みは崩れない
「すげぇや 本物の竜巻みたいだ、だけど竜巻程度じゃあ私は崩せないよ、奥義!『大旋風廻し受け』!」
槍を中間で持つと、そのまま真ん中からクルクルと回転させる、…エリスの放つ風とは反対方向に激しく回転させ、なんと真っ向から風を受け止めてしまった
いや受け止めただけではない、エリスの風を巧みに受け流しバラバラに散らしているのだ…魔術でもなんでもない、ただの技でエリスの風刻槍を…
「うそう…」
「竜巻 落雷 津波 大噴火、古来よりこの世に跋扈する数々の大災害を乗り越えて来たのは 打ち砕いて来たのは、いつだって人の手から生み出される技術達!、高々災害如きじゃあ連綿と続くの武の歴史は崩せないのさ!、奥義!『極破崩し穿空』!」
エリスの風を全て消し去ると同時に踏み込み、エリスの古式魔術を切り裂くホリンさんの槍の柄頭がエリスの胸目掛け飛んでくる…
「なっ!?ぐぶふぅ…!」
圧倒的に武練の前になす術なし、そう言わんばかりに一切の抵抗を許されず その一撃は容赦なくエリスに叩き込まれる、迸る衝撃はエリスの全身を伝い この五体を粉々にせんばかりの激痛がこの体の中で暴れる狂う、まるで雷に打たれたかのように 全身余すことなく苦痛と鈍痛に包まれ 地に伏し身悶える
「がっ…あぁあぁあっ!?」
のたうちまわる、あまりの痛みに …これが奥義だ これが武術だ、純然たる力を人体破壊の理屈を持ってして、殺人技にまで高めた 対人間特化の破壊法それが武術 これが奥義、あまりの痛みに体が痙攣し上手く息が吸えない…やばい 意識を失う、気絶したら…敗北扱いになる、もうラグナを手伝えなくなる
…それは…いやだっ!
「ぐっっっ!」
「お?舌を噛んで意思を無理くり繋ぎ止めたか、やるじゃん…で?意識を保って 次は何をするのかな?」
「ぜぇ…ぜぇ…」
痛みに耐え息を整える、考えろ 地に伏すエリスを見下ろすこの人を倒す方法を、必ずあるはずだ…必ず、しかしこの人に正面から古式魔術を撃っても効かない、この人の武術の合理と前ではいかなる力も霧散され 消しとばされる
…くそっ、なんてデタラメな話だ こんなに強いのか…アルクカースの王族とは
「んー、…もう何も出来なさそうだね、なら 軽く死んどくれや、喧嘩売る相手間違えたって あの世で自慢しな!」
「『三重付与魔術・破砕属性三連付与!』」
刹那飛び出してくる、いや飛びかかってくるのはラグナだ エリスにとどめを刺そうと槍を掲げたホリンさんの背後から、付与魔術を纏わせた剣で飛びかかったのだ…だがダメだこのままでは弾かれる、だってホリンさんは槍でエリスを攻撃しようとするフリをして その視線は常に後ろ ラグナの方を向いていたからだ
この奇襲は読まれている!
「ガールフレンドが大切かい!ラグナぁっ!」
「っ…!」
だが、その奇襲を成立させると方法はある…今ホリンさんの注意は完全にラグナに向いている、つまり
「…此れ為るは大地の意志、峻厳なる世界を踏み固める我らが礎よ今、剛毅剛健を轟かせ屹立し眼前の全てを破砕せよ『岩界隆鳴動』」
詠唱と共に大地を殴りつけ、岩を操る魔術を使い ホリンさんの足元の岩だけを崩しそのバランスを奪う!、奇襲に奇襲を被せる!、これは流石のホリンさんも想定外だったようで ぐらりとその足が揺れる
「んなっ!?エリスちゃんか!まだ諦めてなかったか…!?」
「諦めないさ!俺たちは!絶対にッッ!!」
「しまっ…」
エリスの奇襲に 一瞬だけ気を取られ崩れた体勢を立て直すのが遅れる、その遅れを見逃すほどラグナは甘くない、ホリンさんの咄嗟の防御を潜り抜け 付与魔術が多重に乗ったその剣を…剣の腹を、ホリンさんの胴めがけ振り抜きーッ!
「ごはぁっ!?」
吹き飛ばす、一つでさえ魔獣に風穴をあける破砕属性付与を三重に乗せた剣の一撃は ホリンさんに の体を紙切れのように吹き飛ばし手に持った 槍をへし折り、その体を谷の断崖に叩きつける
その衝撃は凄まじく、岩の壁に巨大な亀裂が入り、ガラガラと崩れるほどの威力だ…ラグナの全霊を込めた一撃を受けホリンさんは岩に体をめり込ませる
「っはぁっ…はぁ、ありがとうエリス、君の援護がなかったらやられていたのは俺だった」
ゼェゼェと冷や汗をかきながらその場で膝をつくラグナ、脱力だ…倒せたか、ホリンさんは岩の壁の中で動かない、気絶しているのだろう
…っ、倒せた なんとか倒せた、あの化け物みたいな王女を吹き飛ばし…なんとか勝てた
「いえ、勝てたのはラグナの勇気のおかげです…あのままではエリスも危なかったですから、っと…持ってきたポーションがあります これで回復してください」
そう言ってポッケの中から治癒のポーションを取り出しラグナに一つ渡す、エリスもラグナも満身創痍だ 歩くことさえままならない程に、しかしこうやってポーションを使えば傷はみるみるうちに治っていき
「よーっし!全回復!」
「すごい効果だな、こんな高い効果のポーションなんか見たこと無いぞ」
ポーションの効果のおかげでエリスもラグナも傷は全て治った、後はこの軍の包囲を突破してエリス達の拠点に戻ればいい、この戦いはエリス達の勝ちなのだ…
いや、態々軍を突破しなくても、あそこで気絶しているホリンさんを見せればみんな納得して…………
「あれ、ホリンさんがいない」
「な…なにっ!?まさかまだ気絶してな…」
「あたぼうよ、あの程度で倒れるほどお姉ちゃんヤワじゃないなぁ」
響く声と共に 反転する視界、気がつくとエリスの視界はグルグルと地面や空を目まぐるしく写して…あ エリス今空を飛んでるのか
「ぶぐぅっ!?」
「がぁっ…ホリン姉様…、今のを食らってピンピンしてるとか…なんなんだよあんた」
突如背後から響いたホリンさんの声と共に思い切り吹き飛ばされ、地面へと倒れるエリスとラグナ
全身砕けるような痛みに耐えながら、視界を上げれば…そこにはラグナという通り、あの一撃を受けてもピンピンと立っているホリンさんの姿がある、いや 正確に言えば先程までとは少し異なっているんだ
その髪はガサガサにあれ 吹き出た汗が蒸発し 闘気のように体から湯気が吹き出る、血管は浮き出て筋肉は膨張し その目は特徴的なまでに赤く染まっている
この姿は見たことがある、アルクカース人だけが行うことが出来る 戦闘形態、ああ そりゃあ出来るような彼女だって、争心解放を
「にししし、何年振りかに使う争心解放の相手がまさかラグナとそのお友達とは、いやわかんないもんだねぇ…はっはっはっ」
争心解放を使ったアルクカース人の戦闘能力は劇的に向上するという、当然争心解放の存在は頭にあったが、信じたくなかった あんなに強いホリンさんに更に上があることを
ただでさえ手に負えなかったのに、これ…本当に勝てるのか?
「ほらほら立ってよ、やろうよ!何があっても諦めないんでしょ!、じゃあ私もあんた達を諦めさせることを諦めないからさ!、勝負しようよ!どっちが先に諦めるかのさ!ど根性勝負!楽しそうだなぁ!」
「っ…立てるか、エリス 」
「まだやれますよ、…ポーションで回復してますから」
ケタケタ笑うホリンさんを前に立ち再び構える、だがどれだけ相手が強くとも諦めるわけにはいかない、エリスとラグナは 負けられないからここに立ってるんだ
しかし、そんなエリスとラグナの勇気をまさに声に出してホリンさんは嘲笑い
「ははっ!、いいねぇ じゃあ…行くよぉ~?奥義…」
「来るっ!?」
「っ!」
ホリンさんが拳を構える、何が来るかは分からないが奥義が来る 絶対に防御しなければ…そう思いエリスもラグナも防御したというのに…
「『双虎 岩砕諸手突き』!」
「ぐぉっ!?」
「がふっ!?」
隼の如き速度で突っ込んできて…抜いてきた、エリスの両手のガードとラグナの剣のガードを、片手づつ別の動きをしながら巧みに避けて、二人の胸に拳が一撃叩き込まれる、防御をさえ貫通する技練から放たれる一撃にエリスもラグナも肺の空気を叩き出される
が終わりではない、そのままホリンさんはエリスとラグナの間を抜け飛ぶと、壁を蹴り反転…もう一度こちらに飛んでくる
「まだ行くよぉ~!奥義『空中二連 羅刹滅倒脚』!」
背後からは再び二発の蹴りが二人を穿つ、まだ終わりではないその勢いのまま更に加速し正面の壁を蹴り戻ってくると
「奥義『双連手刀頭蓋割り』!」
また同じだ、目にも留まらぬ速さで突っ込んできて一撃加え…
「奥義『斬鬼空刹列破』!」
壁を蹴り加速して更に勢いの増した奥義がこちらを捉える、そしてまた加速して 加速して加速して、殴打 乱打 蹴打…その閉鎖環境の中 四方八方を乱反射するように飛び回りながらエリスとラグナに向けて何度も何度も何度も苛烈に攻めを加える
「奥義『金剛破砕拳撃』!」
逃げ場がない 避けることも防御も出来ない、何一つの抵抗が出来ず 悲鳴さえも打撃音にかき消される、その場に括り付けられサンドバッグ状態だ…
一つ一つでさえ凄まじい威力を持つ奥義を雨のように浴びてなお 攻めは止まることを知らない、この世にあって 地獄を体現する技の連撃にエリスとラグナは踊らされるように タコ殴りにされる
まずい…まずいぞ、意識を失うとか 負けるとか、もうそんなレベルの話じゃない…死ぬ これは死んでしまう、ただでさえ重たい一撃が争心解放により何倍にも強力になっている上に、壁を蹴る反動で更に加速し始めている、最早ホリンさんの動きさえ見えない
死ぬ…死ぬんだ…いや、死ぬ?
首筋を 冷ややかな感触が這う…、それに続くようにエリスの頭は冷えていき 周囲の動きはどんどんと遅くなっていく
(ッ!?入った!極限集中状態…!)
命の危機を確認し エリスの頭は極限にまで冴え渡る、視界が明瞭になり 見える …見えるんぞ、ホリンさんの動きが!
しかし、エリスの限界速度を超える動きでホリンさんは飛び回っている、見えるからといって避けられる速度ではない、…だがこの状態なら!
「奥義!『龍頭断空踵落とし』…ィイ!?」
「ラグナーッ!!」
「ッ!?エリ…ス…?」
飛ぶ、ホリンさんの奥義が届く前に、詠唱を飛び越え 風を纏い…旋風圏跳を使いラグナを抱きかかえ ホリンさんの地獄の包囲から無理矢理抜け出す、極限集中なら詠唱なしで旋風圏跳を使える…旋風圏跳なら、ホリンさんの動きにもついていける!
「ふしゅぅぅ……」
「私の奥義を避けるなんて生意気なぁ…」
ズタボロになったラグナを抱え、ホリンさんと向き合う…相手が暴威の権化たる争心解放を用いるなら、こちらも同じく冷静の極みたる極限集中を用いて対応する
ラグナをゆっくり、地面へ置く…意識は失ってない 唇から血が出るほどに噛み締め 何とか意識を保っている、使えるかは分からないが胸の上にポーションを置いておく、隙を見てこれで回復してくれと
エリスは…ラグナが回復するまで、ホリンさんと一対一で戦い少しでも勝機を掴む、今はそれしかない
「…私とタイマン張る?…いいよ」
「………」
暫しの沈黙が流れ、谷を吹き抜ける風が 静かに音を響かせる、永遠に思える 静寂とぶつかり合うエリスとホリンさんの視線
そして、何を合図にしたか 互いに直感を頼りに 同時に動き出す
「ハッハハッー!奥義『総葬鏖乱凶手拳』!」
「ッッーー!!」
飛ぶ 飛び交う、先ほどのように縦横無尽に谷の中を乱反射しながらエリスただ一人を狙いホリンさんの神速の連撃が炸裂するが、詠唱無しで発動する旋風圏跳を使い エリスもまた谷を飛び回る、全力で跳ぶ 飛び回る
「ッ!!、早い。!」
吹き荒れる嵐のように右へ左へ上へ下へ、急加速と急停止を繰り返し 目まぐるしく逃げ回り避け回る、旋風圏跳を全力で使って 極限集中がもたらすトップギアの思考回転を用いてもなんとか対応出来るほどの攻めの応酬
エリスの後を追うようにホリンさんの拳が壁を 床を砕きながら凄まじい速度で追ってくる、捕まれば終わる…!
「追ってこないでください!」
体を回転させホリンさんの方を向き、拳を突き出すモーションと共に風刻槍を放ち迎撃する、極限集中状態なら詠唱なしで魔術が撃てる、その特権を最大限生かし 撃ちまくる、エリスに出来る限りのスピードど風刻槍を連射する、逃げるばかりではダメだ ここであの人を倒さないと!
「フンッ!、そんなもん効かんなぁ!」
だがエリスの風の連撃を拳を何度も打ち出すことによって叩き壊していくホリンさん、最早防御する必要さえないと言わんばかりに風の槍を正面から叩き崩しこちらへ向かってくる、くそっ…やはり正直に撃っても効果がないか!
「ハハハハッ!逃げるね逃げるね!、どこまで逃げられんだい!?…ほら、これなら!」
ホリンさんが叫ぶと共に壁面を砕き巨大な岩を削り出し それを、拳で砕き飛ばしてくる、雨のような石飛礫がエリスの進路上全てに飛び込んでくる、拳大の小さな石だが ホリンさんの手により殺傷能力を得たそれは、直撃すれば手痛い一発としてエリスの体に刻まれることになる
「ぐーっ!風よッ!!」
だから、エリスも対抗し風刻槍を引き延ばし 壁のように体の周りち展開して石飛礫を消しとばす、が…それが狙いだと言わんばかりにホリンさんは石と風の嵐の中を突っ切ってエリスの下まで飛んでくる
まずい、捕まる 一撃貰えばまたさっきみたいに怒涛の奥義の連続技に閉じ込められる!そうなれば今度こそ終わりだ!
「はははっ!捕まえた!捕まえたぁ!ここでぶっ殺す!武頼泰山流 三大奥義!『戦神夢狂』ッッ!!」
「ッッ!!」
ダメだ捕まる、エリスのいる空中まで一瞬で跳んで移動してきたホリンさん、分かる…直感で分かる、幾百の奥義を持つホリンさんが持つであろう技の中で、それは恐らく最大の物、発動すればまさしく必殺 逃げる間も無く圧殺する最強の技
使わせてはダメだ、だが …間に合わない 発動させてはいけないのに、既にホリンさんは構えをとって、くそっ!極限集中でも及ばないのか!?
「死ねやぁっ!…ぶけっ!?」
「ッアァッツ!、見様見真似岩土烈射打法!ってか?…エリス!」
「ラグナ!?」
発動しようとした瞬間 突如飛んできた岩石によりホリンさんは側頭部を打たれ、奥義が止まる…どこから飛んできたのかいうまでもない、ポーションを使い立ち上がったラグナが 付与魔術で強化した剣で全力で岩を打ち飛ばしてくれたのだ
…だが、ホリンさんも意識は失わない 牙を食いしばりエリスを見ている
「ラグナは後ォーっ!まずはエリスちゃんから喰い殺す!!!」
再び 構えを取る、生まれた一瞬のチャンス ラグナが生んでくれた一度きりの勝機!、どうする ここが分水嶺!全霊で考えろ!
古式魔術で迎え撃つか?いや今のホリンさんにそれ効くとは思えない、物の威力ではない 魔術そのものを受け流すことができるホリンさんの技量にエリスの魔術的技量が追いついていない
なら…もう一度、何か隙を作り叩き込む必要がある 、だがエリスの手札はもう無い ラグナは立ち上がってくれたが距離がある、さっきの岩を打った援護だってホリンさんの意識外にあったから効いたもの、もう通用しない
っ…ここまでか?いや考えろ 考えに考えを尽くせば必ず何かある、万策を尽くして勝てない戦いはない…
周囲を高速で見て何かないか見る、あるのは岩岩岩…後は 暗闇か、太陽の光がほとんど届かぬこの谷の底は非常に暗い …なら暗闇に紛れるか!、いやダメだ ホリンさんは既に二日以上もの間この谷の闇の中を移動してきているんだ、目だって闇に慣れきって…
…そうか!、闇だ!ホリンさんはこの闇に慣れている!なら!
「もう一度行くぜぇ!武頼泰山流…」
「っ!」
構えるホリンさんに向けるのは、咄嗟に向けるのは右手…いや違う、リバダビアさんから貰った光魔晶の込められた 友情の指輪…!
「魔力…全開!」
「なっ!?何それ…」
光魔晶 …普段は光らず 燻んだガラスのようになっているこの石だが、一度魔力を通せば光を放つという性質を持つ特殊鉱石、そして魔力の量によってその光はより一層強くなる、そんな光魔晶に全霊といってもいいほどの魔力を込める
一瞬で魔力の通った光魔晶は、エリスの全霊の魔力に反応し 爆裂するように 辺りを眩い光で包む込む、エリスでさえ眩しくて目を細めてしまうほどなのだ
何日もこの谷の闇の中で過ごし、暗闇に目が慣れきったホリンさんには一体どれほどの物に見えたか、語るまでもない
「ぎゃぁああああぁっっ!?め…目が!目が灼ける!なんだそれッッ!なんだよぉぉ!!くそがぁぁあっっ!!」
手で目を覆いながら体と片手を振り回すホリンさんには、かつての技量は感じられない…今ならば、防御も何もできない!
「ッッ!大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ、荒れ狂う怒号 叫び上げる風切 、その暴威を 代弁する事を ここに誓わん『颶神風刻大槍』ッ!」
暴れるホリンさんの体を掴み、零距離で魔術を放つ 極限集中により研ぎ澄まされた状態で撃ち放たれる、エリス全霊の大魔術 一撃で山を砕いてしまうほどの威力を…爆発させる
「ぐっ!?ぅおおおおぉぉぉっっつ!?!?」
踏ん張りが利かず、受け流すことも出来ず ホリンさんの体は 零距離で放たれる大風の一撃に身を砕かれながら崖の壁面に叩きつけられ 、なおも風は止まることなく岩ごとホリンさんの体を削り続ける
「まだまだっ!厳かな天の怒号、大地を揺るがす震霆の轟威よ 全てを打ち崩せ、降り注ぎ万界を平伏させし絶対の雷光よ、今 一時 この瞬間 我に悪敵を滅する力を授けよう、『天降 剛雷一閃』!」
「っぐっ!?ぃぎゃああぁああぁぁっっ!!!」
だがこれだけではまた起き上がってくるかもしれない、ホリンさんを壁に縫い付ける風に乗りながら、今度は剛雷を放ちその身を撃ち抜く 如何に鍛え上げようとも どれだけ研ぎ澄ませようとも、防御もままならぬ体に立て続けに放たれる魔術にホリンさんは確実にダメージを負っていく…だが終わらない、エリスの攻撃はまだ!
「ッーー!炎を纏い 迸れ轟雷、我が令に応え燃え盛り眼前の敵を砕け蒼炎 払えよ紫電 、拳火一天!戦神降臨! 殻破界征!、その威とその意が在るが儘に、全てを叩き砕き 燃え盛る魂の真価を示せ『煌王火雷掌』」
エリスの小さな拳に大いなる魔力を込める、放つのは火雷招…ではなく火雷掌!、距離を抑え 威力を高め拳によって放つ火雷招だ、それを 颶神風刻槍の風に乗り勢いをつけ 天降 剛雷一閃に体を縫い付けられるホリンさんの体に、ブチ込む…!全身全霊全力全開の今のエリスの全てを込めた一撃を!
……響くは爆音、戦いの終わりを告げる鐘の音のごときそれは 谷を越え 戦場全体に鳴り渡る、圧倒される程の爆炎は 谷の壁を打ち壊し 切り崩し 太陽の光が差し込ませるほど 大地を叩き割る…
「が…ぁ…ああっ…」
瓦礫と共に 黒く染まったホリンさんが降ってくる、次いで落ちるのはエリスだ…もう力が残ってない、極限集中が切れてようやく再確認する…そうだエリス死にかけだったんだ、痛い 死ぬ…着地出来ん
「エリス!姉様!」
しかしそこはラグナだ、エリスとホリンさんが地面に墜落するよりも前にその体で二人を抱きとめてくれる、助かった…
「姉様は…完全に気絶してる、エリス!やったな!凄いじゃないか!あの姉様を倒しちゃうなんて!」
「ラグナの…援護がなければ…死んでました…、というか…死ぬ…今から死ぬ」
「ああ待ってろ、今俺のポーションを分けて…ん?」
ふと、周りを見渡し始めるラグナ、それにつられてエリスもまた周りを見る…周囲にはカロケリ族と戦っていたホリン軍が見える、皆武器を捨て あーあ負けてしまったかという雰囲気だ
そうだ、国王候補たるホリンさんが負けた以上彼らに戦う理由はない、これは戦争にあって戦争にあらず、敗残兵となって暴れる意義はないのだ
「…勝ったんですか?、エリス達」
「ああ、…勝った 俺達ホリン姉様に…勝ったんだ」
ラグナが身を震わせ、ようやく理解する 勝ったんだ勝てたんだ、エリス達は…っ!、この戦いは エリス達の勝利だ
………………………………………………
「ぎゃあああぁぁぁっ!、無理無理無理無理無理!」
情けない声を上げながら森の木々ごと吹っ飛んでくるのはテオドーラ…、つい先刻討滅戦士団ルイザを足止めする為対決を申し込んだのだが
「ヤバいヤバいヤバい、想像以上だわアイツ!殺される殺される!」
「逃げてんじゃないわよ!、望み通りぶっ殺してやるからぁっっ!」
「ひぃぃぃぃっ!!」
ルイザはあまりに強かった、テオドーラがいくら打ち込んでもビクともせず あちらは大槌の一振りで森の大木を何十本も吹き飛ばすのだ、勝負にならない、ルイザの引き連れていた兵隊はなんとか倒せても彼女だけは無理だった
勝負にならずとも時間さえ稼げれば良いと先程から逃げ回っていたが、ついに追い詰められたようだ…
「げっ!拠点…ここまで逃げてきちゃったか」
「お おいテオドーラ!貴様何敵を拠点まで案内しているんだ!」
森の奥にあるラグナ陣営の拠点まで逃げてきてしまった、いやここに逃げようという意識はなかったのだろう、だが山の中を必死に逃げ回っているうちに偶然着いてしまったのだ…最悪なことに、サイラスも拠点の中から飛び出てきて文句を言いにかかるが…
「だ…だってぇ、必死だったんだもん」
「アハハハハ!、ここがあなた達の寝ぐらってわけね…こんなところに、まぁいいわ 散々コケにしてくれたお礼に、この拠点ごと貴方達みんな消しとばしてあげる!」
「ひぃぃ!、さ サイラス!なんとかしちゃって!、ここは譲る譲る」
「バカ!出来るか!、そういうのはお前の仕事だろ!」
「どうしろってのさぁー!」
「泣き言を言うな!」
情けなくも言い合うテオドーラとサイラスを目に、ルイザは高笑いしながら大槌を構え魔力を昂らせる、とてつもない魔力だ 確かにあれを爆裂させればこの拠点どころかこの山ごと消し飛ばせるだろう
「『付与魔術五式・城郭崩し』…さぁ 今のうちに遺言どうぞ?」
圧倒的な魔力 絶望的な力を前に、テオドーラもサイラスも万策尽きたようだ、だが…ああ このままにすれば二人は殺されてしまうかもしれないな、流石にそれは看過出来んか、仕方ない
「くぅ…わ 若にごめんて」
「おいテオドーラ!本当に遺言残す奴あるか!」
「だってーぇ!」
「ふふ…その若もホリンに殺されてなければ言ってあげるわ、それじゃあね!」
振るわれる、戦いの裁定を決めるガベルが如き大槌は そのまま地面へ打ち込まれ全てを根底から打ち崩す…前に、間に割り込み その大槌を素手で受け止める、何?そんなことができるのかって?討滅戦士団の放つ全霊を前にそんなことできる人間などいないと?…、まぁ普通はいないだろうな
だが
「ッッ!!私の一撃が 城郭砕きが受け止められた!?、何者 って…貴方は…魔女レグルス!?」
魔女に、不可能はなこの程度片腕で受け止められる…
「悪いな、参戦するつもりはなかったのだが些かやりすぎな気がしてな、このままでは二人が死んでしまうぞ?」
「れ…レグルスさまぁぁ…戦ってくれるんですねぇぇ」
いや戦わないよ、ただちょっと諌めるだけで戦わないよ!、ただ継承戦…戦いとはいえただの儀式だ、そこで人死を出す必要性はないだろうと判断したから出てきた、ルイザを落ち着かせたらまた拠点に引っ込むつもりだ
だが、状況はそうもいかないらしい
「ハッ!魔女が相手とは …心踊る!」
踊るな!、しかし既にルイザの闘争本能には火がついてしまったらしく、大槌を私の手から引き離すと再び 振り回してくる、ブンブンと…この一撃一撃が巨木すら吹っ飛ばす威力がいるのは先ほど見たが、甘いな 魔女相手にそんな単調な攻撃は効かん
「あ…当たらない!?私の攻撃が全て避けられて…」
全て、足を動かさず上半身を逸らすだけで回避する…当然反撃はしない、反撃すれば戦いになってしまう
「くっ!反撃しないの!?それとも私を甘く見ているのかしら!」
それもあるが戦いになればタダじゃ済まないのだ、だって戦いになれば…この状況をどこかで見ているアイツが黙って見ていないはずだ、魔女の参戦を見れば 確実に現れる
「ぇえええぃ!、ナメるなぁぁぁ!!」
「やめろルイザ、お前じゃあ勝てない…」
「ッッ…!?」
ああほら!、来てしまった!、戦いの匂いを嗅ぎつけて!コイツが!
「あ 貴方は…貴方様は」
ルイザが震える、背後で 自分の大槌を掴み止めている存在を見て、ガタガタと震える…その震えの理由は二つ、自らの主人を前にした敬意と この国最強の存在を目にした畏怖、そいつは音もなく唐突に現れたのだ…そりゃあびっくりもする、手に持った大槌を離し大慌てでその場に跪くルイザ…がそんな彼女を一瞥もすることはない
「魔女…アルクトゥルス様」
「コイツはオレ様の獲物だ…横取りは行儀悪いぜ」
現れたのは魔女アルクトゥルス、はるか遠方でこの戦いの行く末を見ていたコイツは 私が戦場に出てきたのを見て、跳んできたのだ ただの跳躍で、馬車で数時間かかる距離をひとっ飛びしてここまで跳んできたのだ
アルクトゥルスはルイザの大槌を離すと、ズカズカと私の方へ歩み寄ってくる
「やっとやる気になったか?レグルス、ルイザの相手するくらいならオレ様と戦ろうや、なぁ」
「断る」
恐れていた事態が起こってしまった、いやだがテオドーラとサイラスは見捨てられなかったし、くそっ どうするかな
アルクの奴は私の前でニィと歯を見せ笑っている、昔からこの顔はする 強敵を前にしワクワクしてる時のアルクの顔だ
「はぁ?、継承戦に参加しといて オレ様と戦えねぇって、そりゃあ筋が通りねぇだろ、雑魚相手にイキリ散らすくらいならオレ様とやれってんだよ!」
「貴様と私が戦えば継承戦どころの騒ぎじゃ無くなるだろう!」
「知ったことか!オレ様と戦え!」
振るわれる、アルクトゥルスの手が 私の首を掴みその頸椎を圧し折ろうとするその手を、掴み受け止める、あの国境での二の舞にはならない…今度は油断せんさ
「ほう、受け止めるかよ…やっぱ」
「戦わない!、今は弟子が必死に継承戦を戦っているのだ…それを師匠たる私が無駄にできるか」
「弟子?…ああ、あのエリスってガキか」
エリスの名を聞くと、、不思議とアルクトゥルスも落ち着いたのか 手が引っ込む、殴りかかろうとしたことへの謝罪はない、基本コイツは息するように人を殴るからな その辺の謝罪は絶対しない
「……へぇ、おいルイザ そのエリスとラグナの奴が、ホリンを倒したみたいだぜ?」
「なぁっ!?ほ ホリンが!?そんなバカな!」
アルクトゥルスの視線に続いてそちらを透視と遠視の魔眼で見てみれば、あの谷の底でズタボロになりながらもホリンを下しているエリスとラグナの姿が見える、そうか 上手くやったようだ、エリスめ ちゃんと成長できているようで師は嬉しいぞ
「そうか、姉に勝ったか…ラグナ」
「アルクトゥルス?、お前まさか…」
「なんでもねぇ、しかしそうだな 気が変わった、ここで戦って継承戦終わらせるより、最後まで見た方が面白そうだ、テメェと戦うのは今はやめにしてやるよ」
ホリンに勝ったラグナを見て、何を思ったか…アルクトゥルスはその漲る闘志を抑え、戦う気を失せさせる、そうか いいやならいい…、アルクトゥルスが落ち着いたのなら私もここは退散して
「だがレグルス、お前はオレ様と来てもらうぜ?」
「はぁっ!?なんで!戦うのはやめにしたんだろ!?」
「バーカ、そもそも不公平だろお前の存在は、戦いに参加しないって言っても遠視や透視を使いたい放題で斥候し放題、戦い以外の面でサポートできる魔女がいたらそもそも他の候補者に平等じゃねぇ、お前がこのままラグナ陣営に居続けるならオレ様も他の陣形手伝うぞ」
くっ、こういうところはしっかりしてるんだよなコイツ、しかしぐうの音も出ない正論を前に 言い返せない、仕方なし …ここは従うか
「分かった、お前と行こう…お前とはゆっくり話し合いたかったからな」
「なんなら遠くで殴り合ってもいいぜ」
「殴り合わん、そう言うわけだ、テオドーラ サイラス、エリスにはよろしく言っておいてくれ」
「えぇ…」
サイラスは唐突に私がいなくなることに文句の一つでも言いたい様子だが、アルクトゥルスの決定を前に何も言えないようだ、まぁ私がいなくなってもなんとかなるだろ
「ルイザ お前もホリンが負けた以上とっとと失せろ、戦場に敗者の居場所はねぇ」
「ぐっ…」
敗北を噛みしめるルイザと呆然とするサイラスとテオドーラを置いて、私はアルクトゥルスに追従する、あとは全てエリスに託すことになるが、大丈夫 あの子なら私がいなくても上手くやる、気張れよ エリス…!
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