孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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三章 争乱の魔女アルクトゥルス

51.孤独の魔女と戦いの後、そしてまた戦い

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第二王女撃破 エリスとラグナは二人でなんとか第二王女ホリンさんを倒した、王女が撃破された以上 第二王女陣営は継承戦から脱落することとなる、継承戦が始まってより三日で誰も注目していなかった第四王子が勝ち星を挙げたのだ

きっと誰もが驚くだろう、何せ当の本人が一番驚いていたのだから、おまけにこちら陣営の被害はほぼゼロ 真正面で敵を抑えたハロルドさん達も無事だ

流石は歴戦の老兵 適度に本気に 適度に手を抜き、真正面で第二王女の兵隊を相手取りながら決して尻尾をつかませず、相手に損害だけ押し付け老獪に立ち回り老練に逃げ回りなんと脱落者ゼロの偉業を成し遂げる

まぁその陰でルイザさんにテオドーラさんと何故か一緒にいたサイラスさんが殺されかけるという事件があったものの二人とも師匠のおかげで無事だったらしい…、師匠のおかげで…

だが、師匠はその存在が不公平とされ争乱の魔女アルクトゥルス様に連行されてしまった、まぁ確かに師匠の存在はちょっとずるいかなと思いつつそれに甘えていた部分はあったが…そう言う戦略面を差し引いても寂しくてたまらない

まぁ、泣き言を言っていても始まらない 師匠は居なくなってしまったが遠くで見守ってくれているはずだ、なら残りの継承戦 つまり第一王子ラクレスさんと第三王子ベオセルクさんの二人のをどう倒すかを考えていかなくてはいけない



そうだ、近況の方をまとめておくか…エリスは今 拠点の一角に作られたスペースで休ませてもらっている、ホリンさんとの戦いを終えたエリスは激しい体力と魔力の消耗から動くことが出来ず こうして休養を取らせてもらうことになったのだ

いくらポーションできずは治ると言ってもやっぱり疲れるものは疲れる、気疲れというものはどうにもならないし

エリスが休んでいる間にホリン軍は撤退 戦場から消え、第二王女陣営は継承戦を脱落した…一応ホリンさんも途中で意識を取り戻していたが、意気消沈と言うよりは『気楽になっていいや』と笑って 継承戦の地ホーフェンから立ち去ってきたどこへ行ったのかは分からない…だが、気にしてないならエリスにとっても救いだったかな だってエリスの手でホリンさんが王になる道を断ったわけだしさ

そのままホリンさんとルイザさんは継承戦の地を後にした、ラグナ曰く要塞フリードリスに戻るらしい、これから彼女がどうなるかはこれから決まるらしい

その後ラグナ軍は拠点に戻り 投石機に使った部品を元に戻したり被害状況の確認をしているうちにその日の行動は終了、次の日から本格始動!かと思いきやハロルドさんの発案で宴会をしていたらしい

いいのか 一応戦闘中だぞとも思ったが、格上相手に稀に見る大勝利だ これを祝わなければ今後の士気に関わるとハロルドさんからの猛烈なプッシュがあり 次の日は一日宴会…幸い周辺に怪しい動きがなかったから良かったが、気を抜きすぎじゃないかなぁ

そうして、ホリン軍討伐から二日後…この日から消耗していたエリスも完全復帰、ここからエリスも戦線に戻ることになる

と言ってもみんな戦勝ムードでお気楽だけどね

「おはようエリス、調子はいいかい?」

「万全ですよラグナ、そもそもそんなものすごい怪我したってわけじゃないですし…それにラグナだって同じくらい傷ついてたじゃないですか、エリスだけ何日も休めませんよ」

簡易的なベッドから這い出て外に出れば ラグナが軍の指揮を取ってきた、今日はこれからどうするか その軍議を行うらしい、方針を決めるとでも言おうか…行き先が定まらないんじゃ行軍だってできないしね

「それで、方針は決まっているんですか?」

「一応この二日間でなんとなく話し合った結果、ラクレス兄様のところへ行こうって話になったんだ」

第一王子ラクレス、今現在所在が分かっている唯一の王子だ…やはり攻めるならここしかないな、ベオセルクさんはパッと探した限りじゃどこにいるのかさっぱりだったし、もしかしたらエリス達と同じで山のどこかで息を潜めているのかもしれない

「ラクレスさんですか、強敵ですね…」

ラクレスさんは既に砦を押さえてあると確認済みだ、エリス達の急造の掘っ建て小屋とはレベルの違う石造りの要塞だ、ラクレスさんと戦うとなればまずこの要塞を落とさねばならない…

本で読んだ話だが、攻城戦というのは 攻める側は守る側の数倍の戦力を要すると聞く、がエリス達の総戦力は五百…ラクレスさんの総戦力千の半分だ、これは難儀しそうだな

「強敵だ、だが越えなきゃいけない相手だ…今度はこちら側から打って出るつもりだよ、一応サイラスがその策をまとめているところさ」

「サイラスさんが、なるほど それならなんとなく安心できますね」

継承戦が始まってから分かったことだが、サイラスさんの軍師としての腕は本物だ、ホリンさんとの戦いの時の策の殆どはサイラスさんの発案だ、サイラスさんの戦術戦略があってようやくエリス達はホリンさんに勝てたと言えるほど 彼の力は大きい

普段はあんなだが、やはり彼は頼りになる

「本人は難儀してるみたいだけれどね、俺たちはサイラスの策がまとまる迄 ここである程度の方針の確認をしているんだ、もう少ししたらホーフェン砦に対して偵察も出すつもりだよ「

「偵察ですか。でしたらそこはエリスが…ってそう言えば、あのモンタナ傭兵団ってどうなったんですか?」

モンタナ傭兵団、エリス達がホリンさんと戦うちょっと前にラクレスさんのところへ向かったと予想される無断行動の一団だ、彼らが戻って来ればある程度の情報も手に入るはずだが…

「…そういえば戻ってきてないな、もうそろそろ戻ってきてもいい頃合いなのに」

「おいおい、もしかしてそいつら捕まっちまったんじゃねぇのか?」

そう言って話に混ざってくるのはバードランドさんだ、この継承戦を通じて精神的に自信がついたからか 彼のただでさえ大きな図体は、最近やけに大きく見える

「捕まったか、だとすると大変だな…情報を得るどころか 俺たちの情報がラクレス兄様に抜かれている可能性がある」

つまりエリス達のこの拠点の唯一の利点 秘匿性が役に立たなくなる可能性があるのだ、即ちそれは…致命的 ということだな、って最悪じゃないですか!それ!

「どどど どうするんですかそれ!、捕まってるんだとするとここにラクレスさんが攻めてくる可能性があるってことじゃないですか!?」

「そうなるな、だから向こうに手を当たれる前に迅速に事にあたる必要がある、先手を打たれれば負けは必至だ」

「はははは!、任せろ!また俺が活躍してやるぜ!、今までバカにしてきた第一戦士隊の連中に一泡吹かせてやるんだ!」

そう言いながら胸を張るのはバードランドさん、頼もしいな 調子に乗ってる感も否めないが、調子とは即ち勢いだ 戦時中は調子に乗ってるくらいの方がいいだろう

しかしだとすると、サイラスさんには急いでもらわねばならないかもしれない、…事と次第によってはサイラスさんを待たず攻め入る必要がありそうだし、…というかなんなら今からエリスが様子を見ても…

なんて、各々がラクレスさんとの戦いへの準備をしていると、それは唐突にやってきた…

「た…大変だ!大変だよ!ラグナ様ーっ!」

山の茂みを掻き分けて全力で走ってくる声、…なんだ?という思いは皆同じなようで、エリス達三人は揃ってガサガサと勢いよく揺れる茂みに目を向ける、そこには…

「あれは…確かモンタナ傭兵団の?」

茂みの奥からは泥まみれのモンタナ傭兵団、そう 何時ぞやのチンピラみたいな風体の彼が現れたのだ、無事だったのか…しかしその姿は余程急いでいたのか泥と葉っぱでぐちゃぐちゃだ

「お お前ら、無事だったのか!?というか!勝手にどこまで行ってんたんだ?」

「そ、それが少しでも役に立とうと第一王子陣営のところまで…」

傭兵団の物言いにラグナが少しムッとする、役に立とうという気持ちは嬉しいが 勝手な行動は頂けない、行軍とは即ち団体行動だ…誰にもなんの相談もなしに勝手に動くのは、あまり褒められた行いじゃない 、戦争を生業とする傭兵ならそのくらい分かってしかるべきだと思うが

いや、モンタナ傭兵団は年若い傭兵だけで構成された新参の傭兵団だったか、いやしかし…

「それより!大変なんだよ!」

しかしエリス達の不快そうな顔も素知らぬ顔で『それより』と斬って捨てる、余程大変な事なのだろう、ここで自分の感情を優先して彼らを黙らせてはいけない…とりあえず報告を聞こうじゃないか?、ね?ラグナ…そんな顔しないの

「大変…って、何が大変なんだい?」

「それが、俺たちが偵察してたラクレス王子の陣営が…陥落したんだよ!」

……え?、陥落?何かの間違いじゃ…いやだってつい二、三日目前まで普通に砦を運営してたし そんな急に…いくらなんでも

「陥落だって!?なんで!?、相手は…いや 一人しかいないな」

「ああ、第三王子ベオセルク様の手によって ラクレス様の陣営は、一夜にして全滅したんだ!」

傭兵団の口から語られたのは、そう 衝撃の一夜の話だった

…………………………………………………………

第三王子ベオセルクによって 最大戦力を保有する第一王子ラクレスの敗退、モンタナ傭兵団の話を聞くに それはどうやらエリス達がホリンさんと決着をつけた夜の話だったらしい

彼らの話はこうだ


ラグナに斥候の命令を受けて、少しでも手柄を上げようと彼らは欲張って山を越え砦の方へ向かったらしい、ラグナからラクレス兄様は砦にいるかもとの情報を予め貰っていたからな


そして向かってみれば案の定ラクレス陣営はホーフェン砦に陣を引いていた、流石は千人を抱える大軍勢、ザッと見た限りでも難攻不落と分かるような具合だったと言う、しかしここまで来て引き返せぬのはモンタナ傭兵団

このままおちおち帰れば自分達は大した情報も持ち帰らず無断行動をした間抜けのレッテルを貼られると、夜を待って砦に侵入することを決意する…

そして夜を待ち、辺りが暗くなった辺りでホーフェン砦に近づくモンタナ傭兵団は、ある光景を見て驚愕する

それはホーフェン砦のちょうど真正面、かなり離れているが それでも見えるほどの灯りが平原に突如として現れたのだ、目を凝らさなくても分かる あれは夜営だ、多数の松明と乱立するように広げられたテント群で直ぐに理解する

ホーフェン砦の目の前に何者かが布陣しているのだ、それもかなりの大規模…まるで朝を待って砦に突っ込むぞと脅しているような目の前の夜営に、警備は一層強化され モンタナ傭兵団は慌てて砦から離れる…

皆兵士たちは外に出てきて目の前の夜営群を見張っているのだ、こんな中侵入など出来ないと、慌てて離脱して近くの丘から砦と夜営群の様子を伺うことにしたのだ…

朝になれば、きっと双方が戦うことになる、その戦況を少しでも伝えるのだと…


しかし、事態は朝になるよりも前に起こった、時間は月が上がりきった深夜も深夜…突如として堅牢なホーフェン砦が喧騒に包まれたのだ、モンタナ傭兵団は必死に状況を確認する…すると

なんといつのまにか侵入していたベオセルクとリオンが軍を率いてホーフェン砦の中で大暴れをしているのだ、しかし正面門は破られていない…おそらく これは推察になるが

ベオセルクとリオンは互いに軍を率いて ホーフェン砦の両翼を挟撃したのだ、モンタナ達でさえ近づけるほどの暗い夜だ 彼らなら容易に近づき侵入することが出来るだろう
何より正面に気を取られていた兵士たちはてんやわやだ、完全に不意を突かれ砦は蜂の巣をひっくり返したかのような大騒ぎ、この隙を突かれて正面の本隊に攻め入られては一巻の終わりだ

第一王子陣営の迅速だった、勢いに乗ったベオセルク達に勝ち目がないと見るや否いや砦を放棄し皆城の後方へ逃げ出した…というか 多分指示とか待たずに兵士たちが勝手に逃げ出したんだと思う

だってこの状況は殆ど方位に近い、正面と両翼に敵がいる以上もうどうしようもない せめてここの包囲を逃げ出そうとラクレスさんの指示を待たず皆 大慌てで敵のいない砦の後方へと逃げ出したんだ…


逃げて一旦態勢を整えるんだ、そうすれば…なんて願いが伝わってくるほどの逃げっぷりだったらしいが、なんと砦の裏手の平原には黒い装束を着て隠れていた伏兵が潜んでおり 逃げる兵士たちを次々狩っていったらしい

唯一の逃げ道だと思ったら敵の口の中に逃げ込んでしまった、遠目で見ていても分かるほど戦いは一方的だ、砦の裏手から次々出てくる松明達は一つ また一つの夜の闇へと消えていき…

夜が明ける頃には第一王子陣営は全滅、ラクレスさんもブラッドフォードさんもベオセルクさんの手により叩きのめされ 無残に倒れていたらしい…

そこでモンタナ達は気づく、ベオセルク軍はラグナ軍と同じ五百人、だというのに一体どうやってあんな完全な包囲を敷いたのかと…疑問はすぐ解けた

正面に用意されていた夜営群 、夜が明けてよく見てみたら殆ど無人だったのだ、いや恐らく最初から無人だったに違いない、それをテントの数と松明の数でまるで目の前に軍勢が控えているかのように見せかけていたのだ

正面には偽の軍を用意しほんの少しの人員だけで注意を引いた後、主力だけで両翼を挟撃、唯一後方が空いていると敵に思わせ逃げ出すであろう砦の裏手に 本隊となる伏兵隊を配置、敗走する兵を一人残さず狩り尽くす

多分、エリスの目に映らなかったのは 作戦決行まで谷の中に隠れて機を伺っていたからだろうな…、エリスに透視の魔眼を使うだけの実力がいれば見つけられただろうが…

……鮮やかだ、たった一夜で最大戦力を持つラクレス陣営を全滅させる戦運び、人員を余さず使う作戦立案能力 そしてその作戦を実行させる戦闘能力、戦争に必要な要因全てを持ち合わせているのだ …

そのモンタナ傭兵団の恐怖がありありと伝わる語り口に、エリス達は思わず固唾を飲む、エリス達が必死こいて倒そうとしていた相手を ほんの一夜で…


「やはり、ベオセルク兄様が勝ったか…」

やはり なのか、確かにベオセルクさんは単体戦闘能力なら候補最強とも言われている、あのホリンさんよりも強い人だ、だが戦争をさせても強いとは…

「圧倒的だった!、圧倒的!あの第一王子が 第一王子軍が!、一切の抵抗さえ許されず ただただ嬲られ打ち倒されたんだ!、たったの一夜で全部終わらせて…」

その戦ぶりを正面から見たモンタナ傭兵団はいまだに震えていた、何より恐ろしかったのはベオセルクの戦い振りだという

餓獣 まさにそう呼ぶに相応しい戦い、まるで血に飢えた獣のように次々と敵に食らいつき 何人倒しても飽き足らず、最終的にはラクレスさんさえも倒してしまった…勝てるのか、そんな疑問が純粋に浮かぶ

ホリンさんとの戦い、勝因は確かにエリス達の作戦勝ちとも言えるが、それ以上にホリンさんの作戦立案能力の低さにある

あの人は確かに強いけど 指揮をするタイプじゃなかった、だがベオセルクさんは違う …純粋な強さ以外にも周到に敵を追い詰める狡猾ささえ持ち合わせる相手にエリス達は…

「この戦いをいち早く伝えるために急いで戻ってきたんだ!、早く俺たちも準備しないと!、俺たちも第一王子陣営みたいに食い殺されちまう!」

「ああ、そうだな…」

「むぅ、思ったよりもやるものですな」

そう苦い顔をするのはラグナとサイラスさんの首脳陣だ、…この戦いぶりを聞いて 今後の方針を決め……決め、うん?なんか引っかかるぞ? 今モンタナ傭兵団達…

「あの、すみません 急いで帰ってきたんですか?」

「え?、あ…ああ 急いで一目散に帰ってきた、距離があったから時間がかかったけど…真っ直ぐここに」

そこじゃない時間じゃない、問題なのは 

「真っ直ぐ帰ってきたんですか!?」

「え?…ああ」

「むっ!?そういう事か!、やってくれたな傭兵団!」

エリスの言葉を聞いてその真意を汲み取ってくれたサイラスさんは慌てて外へ出て周りの茂みを見渡す、すると…


「ぐっ!、今茂みが動いた…!、つけられていたぞ!ベオセルクの軍の者に!」

「なっ!?そんなっ!?」

やはり!尾行されていたか!、モンタナ傭兵団は一度侵入を試みて近づいている…それがまずかった!、確かにその時点だとラクレスさん達には気づかれなかったかもしれない、だが三方向から包囲していたベオセルクさん達には気付かれていたんだ!、そのまま追っ手を差し向けられて…、

「最悪ですな若、恐らく この傭兵団がつけられたお陰でベオセルク陣営にこの場所がバレたとみていいでしょう…」

やはりか、やってしまったな…今そこで申し訳なさそうに縮こまっているモンタナ傭兵団を怒鳴りつけて吊るし上げてやりたいがそんなことをしてもなんの意味もない、むしろ今はそんな余分な感情は不要だ

今はとにかく現状何をするか、その一点にかかっている…!

「ラグナ、どうしますか?事態は急を要するようですが」

「迎え撃つか…いやしかし、ベオセルク兄様相手に森の中で戦闘など出来るわけない、…ならまた谷に籠るか…くっ」

迷っている、当然だ 急過ぎる、さっきまでラクレスさんを想定して動いていたのにいきなりそのラクレスさんが脱落し エリス達目掛け国王候補最強が迫っているんだ、ほんの少しでも選択を誤てば終わりだ…綱渡り…いや蜘蛛の巣を渡るが如き選択、迷わない方が怖い

「ともあれ準備をしよう、迎え撃つにせよ逃げるにせよ荷物をまとめていつでも動けるよう身軽にしておいてくれ!、サイラス!直ぐに軍議を開くぞ、奴らの刺客がベオセルク兄様のところについてからこちらに向かうまでまだ時間があるはずだ!、その間に…」

「15点…」

必死に、そう必死に周りに指示を飛ばすラグナのその姿を見て…誰かが呟く、あまりにも辛辣な評価、頑張っているラグナを小馬鹿にするような声に思わずエリスの頭に血が昇る、なんだその言い草は! と、口にした張本人に詰め寄ろうとし…

そしてその後、頭に昇った血の気が急降下する、怒りで赤くなった頭が 青くなる…


「違うぜ、そうじゃねぇ こういう時は身軽な手勢で刺客を始末して本隊合流を何が何でも防ぐ事だ、それも間に合わなきゃ僅かな連中だけ残して時間稼ぎをさせながら撤退、拠点を一つだけしか用意してねぇからこういうことになるのさ、前準備と覚悟 あとプランと度胸…あとはテメェ自身の思考力が足りねぇかな」

「な…は…な、なんで ここに…」


哨戒用に作られた窓、そのへりに座るように…彼はいた、今エリス達が一番みたくない顔を携えて

ああそうだ 、見覚えがある あの餓獣のような獰猛な目 狂気的な牙、闘志が燻ったかのような、圧倒的な 風格…


「俺がいちゃ、悪いか?チビラグナぁ…」

「ベオセルク…兄様…」

国王候補最強の呼び名を有する 此度の継承戦最有力の存在、第三王子ベオセルクがにたりと笑いながら こちらを睨んでいた…

い いやいやいや、早い!早すぎる!現れるのが!、だって今さっき刺客を追い払ったところだぞ!、この間ラクレスさんとの戦いも終わり まだ時間だって空いてない!、なのに 何故もうここにいるんだ!?おかしいだろう絶対!

「何故…もうここにいるのですか?」

「わかんねぇか、…兄上との戦争が終わった瞬間直ぐにこっちに向かったのさ、テメェらに差し向けた刺客には道導だけ用意させときゃ、態々本隊と合流して報告を受け取るするまでもねぇからな」

そう言いながら彼は堂々と拠点の中に降り立つ、確かにベオセルクさんの言うことは理にかなっている、普通の戦争なら通用しない手だがこれは継承戦

見慣れない人影は全て敵だ、なら 報告なんか受け取らず 道導だけ用意させれば、迅速に動くことが出来る…それにしたっても早いが

「俺ぁ先行してテメェらを足止めする係さ、そのうちここに本隊が来るが…この程度なら俺一人でも十分そうだ」

再度、ベオセルクが笑う 同時に拳が握られるのをエリスは見逃さない、来る…来る!

「『三重付与魔術・神速属性三連付与』…!」

「はっ、…来るかよ」

刹那、斬りかかる ラグナはエリス以上に早くベオセルクさんの攻撃サインを見逃さなかったのだ、いや違うそもそも彼を目にした瞬間から斬りかかる準備をしていたんだ

「エリス!援護を頼む!みんなは直ぐに布陣を整えろ!直ぐに本隊が来る!迎え撃ってくれ!」

目にも留まらぬラグナのトップスピードの斬撃を軽くいなすベオセルクさん、ラグナとて弱くはない だがベオセルクさんが強すぎる

ラグナの指示を受け皆弾かれるように動く、当然エリスも!

「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  『旋風圏跳』」

ラグナの神速の攻めに加担するようにエリスもまた旋風圏跳の全力加速により、拳打 蹴打を打ち込みにかかる、ラグナとの共闘にももう慣れた 、彼の動きに合わせ共にベオセルクさんに苛烈に攻め立てるが

「……っ!」

「そうやって姉上も倒したか、お前一人じゃあ倒せないが 二人掛りの連携ならまぁ、やれなくもないか」

涼しい顔で受け流される、まるで水に打ち込んでいるみたいに手応えがない! 拳を打ち込んでも当たっているようで衝撃を上手く逃がされている、ラグナも一緒だ、ベオセルクさんが手首を軽く動かすだけで剣があらぬ方向へ逸らされる

「だが、甘ぇ…甘ったれなんだよ!テメェら!」

「ふぇっ!?」

エリスとラグナの攻めの隙間を 一瞬あるかないかの隙間を縫って二人の体を掴むと、そのまま壁に向けて投げ飛ばす、ありえないくらい早く 強く 飛ばす、分厚い木の壁を突き破り、エリスとラグナの二人は外へと叩き出されてしまう

「ぐぁっ…くぅ…」

「げほっ…げほっ、うぅ…」

「だからテメェはチビラグナなのさ、甘ったれの攻撃だ…金髪のガキも一緒だ、テメェら揃って軽すぎだ」

地に伏し、呻き声をあげるエリス達の元に すぐさま彼は歩いてくる、分かってはいた ベオセルクさんはホリンさんよりも強い、ホリンさんに通用したものがこの人に通用するわけがないい、つまり…二人だけじゃ勝てない…

だが、こんなところで負けるわけには…んなっ!?

「げはぁっ!?」

蹴りあげられる、なんとか立ち上がろうとするエリスの体が、ベオセルクの蹴りの一撃で宙に浮く 、無い…この人全然油断とか余裕とか ホリンさんが見せていた強者特有の隙が全然

「ぐぶぅっ…」

「エリス!」

そのまま宙に浮いたエリスの体を掴み再び地面へと叩きつける、地面が陥没し隆起するほど容赦なく、そうだ…この人は強いんじゃ無い 迷いがないんだ、一切の躊躇と容赦がない、だから…

ラグナが容赦なく叩きのめされるエリスを見て、血相変えてベオセルクさんに挑み掛かるが…ダメだ、きっとラグナはベオセルクさんの手によってエリス同様叩きのめされるだろう…

ほら、今大地が揺れて…


「ほう、やれば出来るじゃねぇか チビラグナ」

「え…」

よく見ればベオセルクさんの守りを一瞬抜いて ラグナが押し返したのだ、二人掛かりで抜けなかったベオセルクさんの守りをその体ごと弾き飛ばし、エリスの体を抱きかかえる

「彼女を…これ以上傷つけるな」

「ラグナ…」

一瞬、ラグナの目の色が赤く染まっていた気がするが、…気の所為か?、何にせよ守られてばかりではいけない、エリスも戦わないと

「ラグナ…っ、エリスも戦います」

「無茶するな、と言いたいがありがたい …悪いな、君には無茶ばかりさせる」

立ち上がる、全身は痛むが こんなの問題じゃない…、この最悪の状況を変えるには ベオセルクさんの打倒が唯一の突破口なのだから

「クカカカ、いいねぇ やっぱりお前、その金髪のガキと一緒になってから 成長したな、まだ足りてないが…まぁいい、もうあっちの方は始まったみたいだぜ?」

そう言いながらベオセルクさんが首だけで指すのはエリス達の拠点の方、…ああ 既に本隊が到着したようで、例の餓獣戦士団が草むらからワラワラと現れ みんなに襲いかかっている、バードランドさん達やハロルドさん達も応戦しているが

そもそも地力でエリス達は劣っている、策もなしに戦って勝てる相手じゃない、向こうも助けたいが こっちはこっちで手一杯だ

「向こうが全滅するのと、お前らが倒れるの…どっちが早いかな」

「くっ…、俺が ベオセルク兄様を倒す方が先です!」

「あ?…何ぬかしてんだよ」

激突するラグナとベオセルク、ラグナの剣撃をベオセルクさんは躱しいなしお返しと言わんばかりにまるで砲弾のように勢いよく飛んでくる拳をラグナに打ち込む、しかし引かない ラグナはどれだけ打ち込まれても一歩も引かない

手伝わないと 手伝わないと…その一心で体を動かすも

「っ…!」

突如エリスの視線を銀の閃光が遮る、咄嗟にその場で後転し閃光を避ける、何事…!

「誰ですか!」

「いえ、これは候補者同士の戦いです、邪魔はさせません…貴方のお相手は、この銀閃のリオンが務めましょう」

そう言ってエリスの視線を遮った銀の閃光、いや 銀の鎧を身に纏った眼鏡の戦士が 剣を携えながらズタボロのエリスを見下ろしている

銀閃のリオン、彼のことも知っている …この国最強の戦士達の内の一人 討滅戦士団のリオン、それがエリスと相対していた、くそっ 直ぐにでもラグナのところに行きたいのに、ここに来て一番高く分厚い壁が立ちはだかる、いや…もうやるしかない!

「退いてください!、エリスはラグナを助けに行くんです!」

「なら退かしてみてください、魔女の弟子の力が如何程か…ッ!」

彼の返答を待たず旋風圏跳で突っ込む、その速度と勢いを丸々乗せた蹴り その一撃はもはや子供のそれではない

「ほう、これが例の加速魔術 なんとも使い勝手が良さそうだ」

しかし当たり前のように片手で防がれる、当たり前か この国最強の戦士にエリスの体術ごときが通用するはずがない、そんなことは分かっていた だから…これはブラフだ、エリスの蹴りを防いだ腕に向けて手を翳し


「大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ『風刻槍』!」

「ほう、わざと蹴りを防がせ その防御を貫こうと…」

零距離風刻槍、エリスとリオンの間で暴れ狂い逃げ場を失った風は徐々に膨張し 刹那、炸裂する、態と防御させ その上から防御を超える攻撃を加える、防御貫通の攻撃 …如何にしても避けられない必殺の攻撃…のはずなんだがな

おかしいな、風の炸裂を受けても リオンの体はまるで大木のように動かない

「その歳でそれ程の魔術とは恐れ入ります、しかし …些かこの場に立つには早すぎたようで」

エリスの風をただ真正面から受け止め 涼しげに呟くリオン、ホリンさんは技を持ってしてエリスの風刻槍を防いだ、…が 今回は更に悪い…ただただ効かなかった、どうしろってんだこんなの…ぐぶぅっ!?

「がはぁっ!?」

呆然とするエリスの腹にリオンの拳が突き刺さる、まるで鉄槌を受けたかのような衝撃にエリスの体は儚くも吹き飛ばされ地面へと…叩きつけられる前に無理矢理体を捻り着地する、そうなんどもやられてたまるか!

「ぐっーっ!大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ、荒れ狂う怒号 叫び上げる風切 、その暴威を 代弁する事を ここに誓わん『颶神風刻大槍』!!」

風を一点集め 巨大な竜巻きに変え撃ち放つ、今現在エリスが使える最大の風魔術による攻撃、風刻槍を更に超える突破力を持つそれは螺旋状に回転しリオンへ突っ込む、効くとは思ってない だが反撃の起点とする!

「後、五年ほど修行を積めば 我ら討滅戦士団にも引けを取らぬ戦士になれるでしょう、今はただその未熟を噛み締め…ここで退場してください」

がしかし、今度は効かないどころの騒ぎではなかった、エリスの風を両断 いやまさにすれ違いざまに剣で霧散させられ鎧袖一触、まるで進路上に何もないかのように軽々とエリスの魔術を突破して エリスの目の前に肉薄するリオンさん

…あれだけ修行を積んだのに足りないと言うのか、この世界の天井とは一体どれだけ高いのだ…エリスは自分の未熟と幼い子の体が…憎い

「っ!…」

振り下ろされるリオンさんの剣を前に何も出来ずに突っ立っていると、その間に何か挟まり リオンさんの剣撃が防がれる…、あの討滅戦士団の一撃が容易く防がれたのだ

間に挟まったのはなんだ?、剣?違う 岩だ…いや岩でもない、岩のような 鉱石をそのまま削り出したかのようなその無骨な大剣は

「アルミランテさん!」

「若き臣下ヨ、若き王子を助けにイケ…違うな、お前達だけで一旦ここを離レヨ」

偉大なりしアルミランテ、エリス達ラグナ軍における最強の戦士であり カロケリ族の族長たる彼がリオンの剣を防いでくれていたのだ…というか エリス達だけで退け?それはどういう…って

「そんなことできるわけありません!、エリス達も戦います!」

「サイラスの指示ダ、今現在この戦場の敗色は濃厚…このままでは負ケル、だがお前とラグナさえ無事ならば後からなんとでもナル、だそウダ」

…たしかに、継承戦とは 候補者が負けた時点でその陣営は敗北する、逆を言えば候補者さえ無事なら 陣営がどれだけの被害を被ろうとも、負けではない…だけどこの場でみんなを残していけば、きっとみんなは…

そんなことラグナが承知するわけはない きっと彼は誰よりもこの場で奮戦するはずだ

「ぐっ!、はぁぁっっ!」

「動きが鈍くなってんぞチビラグナ、もう終わりか?」

視線の先ではラグナとベオセルクさんが戦っている、ラグナとて弱くはない だが兄と弟の間には如何ともし難い差がある、ホリンさんの時にも感じたそれ以上のものがラグナとベオセルクの間から感じる

…負ける、そうなれば全て終わりだ、みんなの犠牲も無駄になる…そう考えると一気にエリスの頭も冷えて

「ぐぉっ!?、く …くそ…くそっ!」

「はぁ、お前には期待してたんだがな…もうやめにするか!」

剣ごと弾かれ地に伏すラグナの頭の上にベオセルクさんの足が向かう、踏みつぶそうとするその刹那の隙間を縫って…エリスは

「……颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  『旋風圏跳』!!!」

突っ込む、全速力で突っ込みラグナの体を抱えたまま 山の茂みへと飛ぶ、茂みが体を引き裂き 木にぶち当たっても止まらない、全力でその場から逃げ出す、尻尾を巻いて情けなく逃げる負け犬の如く戦場を後にする、悔し涙が風に舞いながらも 託された意思を無駄にしないためにラグナだけでも助け出す!





「フッ、それで良イ…若き王子と若き臣下ヨ、道を繋ぐは我ら大人の仕事ダ」

「子供二人を逃しましたか…、あの子達に全てを託すつもりですね」

「託すつもりてではナイ、我らは最初からあの二人に賭けているノダ!」

ぶつかり合う剣撃、討滅戦士団リオンと偉大なりしアルミランテの互角の攻防の応酬は、目にも留まらぬ速度で 空中に火花を散らす、剣と剣の意思と意地の戦いは戦場の最中伯仲する


「…逃げたか、……まぁいい…」

ベオセルクはエリスとラグナの消えた茂みを数瞬睨むが、直ぐに背を向け ラグナ軍の拠点へと歩いていく、無駄とは言わない むしろ楽しみだ…次 弟が自分の前に立つ時、どんな顔をしているか

その為にも今はただ 目の前の敵を撃滅する
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