孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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三章 争乱の魔女アルクトゥルス

54.孤独の魔女と終幕の継承戦

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最後の候補者同士の戦い 最強の王子ベオセルクと最弱の王子ラグナの決戦は今ここにラグナに軍配が上がった、真っ向から上回ったわけではない 様々な要因が積み重なった、この場限り一回こっきりの大辛勝

ラグナもエリスも満身創痍、動けてるのが不思議なくらいだが…それでも最後まで意地と信念を張り続けたのはラグナの方だ、ラグナが勝ったのだ




エリスとラグナがベオセルクさんを倒した瞬間 開始時と同じ角笛が鳴り響く、説明されずとも今はわかる…継承戦を終える終幕の合図だ

勝てた あまりの事実にエリスもラグナもその場でへたり込んでいると、外から続々と甲冑姿の戦士が雪崩れ込んできた、そのうち一人の肩にはズタボロのリバダビアさんが抱えられており…

もしかしてリバダビアさんが負けて外にいた餓獣戦士団が報復にやって来たかと思ったが、直ぐに違うことが分かる、彼らの鎧は餓獣戦士団と違い非常に小綺麗だし何より敵意を感じない

「…どうやら、勝負あったみたいじゃのう」

甲冑の戦士達の海を割りながら声を響かせ現れるのは一人の老人だ、ハロルドさん以上にヒョロヒョロのお爺ちゃんが、カツカツと杖をついてこちらに歩み寄ってくるのだ

「誰ですか…」

「聞いておらんか?、ワシはギデオン・アキリーズ…ほれサイラスのお祖父ちゃんじゃよ」

ギデオン・アキリーズ!聞いたことがある!、この国…いやこの大陸最高の軍師にして無敗の戦略家、魔女の左腕と名高き討滅戦士団No.2の男…この継承戦には参加していないと聞いていたが…、ああいや違うのか 彼は多分見届け人だ、国王継承の

「ううむ、まさか本当にラグナ様がベオセルク様を凌駕するとは…ワシもまだまだじゃのう、治癒術師隊 急いで傷ついた者達の手当てを」

「ギデオンさん…ッ、いてて」

「ラグナ、無理に立ってはいけません、貴方も治癒を受けて…」

「いや、立たなきゃいけないさ …だろう?ギデオンさん」

ラグナはズタボロの体を起こし、歩み寄るギデオンの前に立つ ベオセルクさんの一撃は骨まで響く、もはや骨の数本逝っていてもおかしくないと言うのに、それでも立ち上がり腕を組む

「そうですなぁ、貴方はこれよりこの国の王となるのです、王はどのような時 どのような戦いの後であれ立ち続けなくてはなりませぬ」

「王様か…、デルセクトとの大戦を止めることばかり考えてたからイマイチ実感がないけど、そっか 俺王様になるんだな」

そうだった、エリス達デルセクトとの戦争を止めることばかりだったからあんまり考えてなかったけど、そうだよ 継承戦とはそもそも王様を決める戦いなんだから、それに勝ったラグナはもうこの時点でアルクカースという大国の王様、いや大王様だ

「ええ、この後記念の式典に出席してもらいます、その前に…おほん、…以上 この時を以って今代の継承戦を決着と見做す!、全ての敵を撃破した勝者ラグナ・グナイゼナウ・アルクカース!、この者を新たなる王として戴く事を全アルクカース国民を代表して見届け人ギデオン・アキリーズより宣言する!!」

「ああ、俺も良き王として国の安寧のために努める事を、ここに誓う」

ラグナの宣言を聞き届けるとその場に待機していた戦士達が皆、手を叩き 新たな王の誕生を祝う…エリスも祝う、さっき散々彼の事を褒め称えたけど それでもまだ足りない、パチパチと手を叩く…あいたた やっぱり体が痛い

「うむ、…よし では治癒術師を連れてきておりますので、そちらで傷の治癒をしなされ、傷はアルクカースの名誉とはいえ、ズタボロのまま式典に出るのは些か不恰好じゃしのう」

「いや、俺よりも先にエリスやリバダビア、あとベオセルク兄様の方を頼むよ…俺よりひどい怪我なんだ」

「え エリスは大丈夫ですよ、後でいいです!…というか リバダビアさんは無事なのですか?生きてますか?」

とても気になるのはリバダビアさんだ、甲冑の戦士に抱えられ先ほどから微動だにしない、彼女はエリスとラグナがベオセルクさんと戦うため 餓獣戦士団全てを単騎で相手取るという無謀を引き受けてくれていた、見たところ彼女もひどい怪我だが…

「そこのカロケリ族はちゃんと生きておる、ワシらがここについた時には気絶しとったが…代わりに餓獣戦士団を全滅させておった、たった一人であの戦士団と相打つとは…それに凄まじい執念で戦っておったのだろうな、気絶しても尚 砦に入ろうとする我らの足に掴みかかってきたしのう」

「リバダビアさぁん…」

涙が出てくる、エリス達の為にそんなに必死になって戦ってくれていたなんて、あの人にはこの継承戦でものすごく助けられた、彼女がこの指輪をくれなければ カロケリ族を紹介してくれなければ 一緒についてきてくれなければ、エリス達はこの継承戦を勝てなかった…

「まぁ、この場で一番酷い怪我は そこのエリスちゃんとベオセルク様じゃろうな、二人とも生きとるのが不思議なくらいじゃ」

そうなの?、まぁ確かに立ち上がろうとしても力が入らないし 全身さっきから火に焼かれてるみたいに痛いけど、死にかけるのは慣れてるし 耐えられないほどじゃない

寧ろ物理的に火に焼かれたベオセルクさんの方が重傷だろう、でもその状態でも動いてきたけど…

「……ラグナ」

「ひょえ!?」

「ベオセルク兄様!?」

すると先程まで立ったまま気絶していたベオセルクさんの首が動きこちらに向けられる、う…うそう もう起きたの?、なんなのこの人…

「…俺は負けたか、お前に…」

「…ギリギリでしたが、それに俺一人では勝てませんでした」

「そうか…、かもな お前一人じゃあ俺に手も足も出なかったろうな…、だが 勝ちは勝ちだ、お前は勝者になった…そこに変わりはねぇだろ」

なんだかすごく落ち着いているな、なんかこう 起きた瞬間『続きやろうぜラグナァッ!』とか『納得がいかねぇからもう一回タイマンでやろうぜラグナァッ!』とか、言ってきそうだと思ってたが…今の彼はまるで憑き物が落ちたかのように落ち着いている

「あー…ラグナ?」

「なんですか?ベオセルク兄様」

「…いや………その…………えー……」

「兄様?」

うーん!歯切れが悪い!、ベオセルクさんが目を向こうへ彼方へチラチラ移動させながら何か言いたげに口をパクパクさせている、なんだ…なんなんだ、わからん何が言いたいんだ…

「……ラグナ、戦火とはなんだ」

「戦火?」

ふと、意を決したようにベオセルクさんは口を開く、戦火とは?…

「戦火…どういう意味でしょうか、戦争のことですよね」

「そうだ、なぜ戦いが火に例えられると思う…」

「…草原に広がる火の手のように、瞬く間に大地を覆い尽くすからですか?、人の戦意というものは一度火がついてしまうと伝播します、一人が戦い始めればその戦意の炎は広がり 直ぐに大きく、そして手がつけられないものとなる、だから戦争は火に例えられるのです」

「それもあるが…それだけじゃねぇ、戦とはただ目の前のそれを消しただけじゃあなんの意味もない、消えたと安堵するやつの足元にこそ…次の火災の火種が燻ってるもんだ、だからこそ…戦争は火なのさ」

「火種…」

なのさってどういう意味ですかそれ、と詳しく聞ける空気じゃない、ラグナも何か得心がいったのか顎に指を当てて考え込んでしまう

「あ!、ベオセルク兄様!どこへ行くんですか!治癒を受けてください!」

「いい、アスクに治してもらう」

「アスク義姉様はフリードリス要塞にいるじゃないですか!その傷でそこまで歩いて帰るんですか!」

「走って帰る」

「そういう意味じゃ…ああもう!」

ラグナの制止も聞き入れず、満身創痍の体を引きずり、ベオセルクさんは砦の外へと向かっていく、本当に元気だな…エリス達がこの人に勝てたのは半ば奇跡と言えるだろう、なんてエリスが戦慄しているとふと 彼は部屋の入り口で止まり、こちらに首を向けると

「じゃあな、いい王様になれよ」

「ベオセルク兄様…」

とだけ言い残すと宣言通り走って…というかもうほとんど飛ぶような勢いでどこかへ去ってしまう、底知れない人だ…

「大丈夫でしょうか、ベオセルクさん」

「多分ね、あの人が途中で力尽きたり 魔獣に襲われて死ぬわけないし、フリードリスまで着けばアスク義姉様が治してくれるから、まぁ安心さ」

「アスクさん…?」

アスク…アスクアスク、ああそうだ 思い出した!開戦式でベオセルクさんと一緒に立ってた人だ、確かベオセルクさんのお嫁さんで元エラトスのお姫様だったか、なんだかポワポワした印象の女の人だったけれど

「アスクさんはベオセルク兄様の奥さんで俺の義理の姉に当たる人さ、ちょっと抜けているところがあるけれど、昔アジメクに留学してたこともあって治癒魔術が使えるのさ」

アジメクに、なるほど なら多分安心だ、アジメク流の治癒魔術を使えるなら死んでなければ大体の傷は治せるからな

「じゃあ、…うん 俺たちもここで治癒魔術を受けたら、みんなに会いに行こう」

「そうですね、サイラスさん達もきっと心配してますし 勝ったことを報告しないと」
 
エリスとしては、師匠にも報告したい…まぁ師匠のことだから きっと今も遠くからエリスのことを見てくれているに違いない、よし…師匠に先に報告しよう

そう思い立ち、手を掲げ 思い切り振るう、多分師匠はこっちの方から見ている気がする、ねぇ!師匠!エリス勝ちましたよ!貴女の弟子は立派に戦い抜きましたよ!

……………………………………………………

「おいレグルス、お前の弟子 お前に背を向けて手を振ってるが…誰に向かって手ェ振ってんだ?」

「多分私に向けてだな、私がどこで見ているかまでは把握してないし、仕方あるまい…しかしあのベオセルクに勝ってしまうとは、ラグナがいなければ倒せなかったとはいえ…頑張ったな、エリス」

腕を組み、戦いの一部始終を見ていたが…エリスもラグナも頑張っていた、あのベオセルクは私が想像している以上の男だった、あれでまだ成長の途上にあるのだから末恐ろしい

ベオセルクは、あの歳で既に第二段階の入り口にまで至っている男だ、あと二、三年もしないうちに第一段階を超え第二段階へ至り、戦士として成熟する頃には第三段階まで行くような大人物だ、それを良くぞ抑えてみせた

「ラグナのやつ、やはりベオセルクに勝ったか」

「なんだ、予想してたみたいな口振りを今更」

「してたさ、ラグナならやる…アイツは違うからな」

「違う…?何にだ」

「オレ様達魔女とさ、魔女は良くも悪くも一人で完結する者が多いが…アイツは他人によって己を高め 己によって他人を高める、オレ様達魔女が必死こいてやってることを自然とできる男なのさ」

確かに、我々魔女は最後こそ一致団結出来たが その友情を育むのに多大な時間を要した、だがどうだ ラグナは出会って間もないエリスとリバダビアを見事に従え、命をかけて戦ってくれる友にまで関係性を深め、絶対強者を討ち果たした

彼は、我々とは違う…まさしく彼こそ、世界を変え得る英雄の卵と言える、ラグナもまた将来が楽しみな子だ…きっと大人になれば、今の世を軽々と変えてしまうだろうな

「あーあ、しかしこれでオレ様の企みも潰えたってわけか…デルセクトとの戦争もおじゃん、やってくれたな ラグナ」

「ふふふふ、諦めろアルク 世に秩序を愛する者がいる限り、混沌が蔓延る事はない、これに懲りたらお前も少しは心を入れ替え真面目に政をだな」

ラグナとエリスが継承戦を制したお陰で、アルクトゥルスのデルセクト侵略戦は消えた、大戦が起こり世界の秩序が崩れることもなくなったわけだ、おまけにラグナが王になればアルクカースはそうそう問題は起こせなくなる、しばらく世界は安泰だ

「政治くらい真っ当にやってらぁ、やってっからアルクカースは今日まで大国としてやってこれたんだろ、しかも国を運営したことないお前に小言を言われる筋合いはない」

「うっ、そこを突かれると痛い…」

「はははは、じゃあよ その辺の国落としてお前も国を持てよ、そうすりゃオレ様と戦争出来るしよ!名案名案!」

「どこがだ馬鹿たれ!、魔女同士が戦争するのはご法度だと言っているだろうが」

「そうだったそうだった、魔女と戦争は…魔女と戦争…、あ…あれ…オレ様…何を……」

突如、アルクトゥルスの様子がおかしくなる…なんだ、さっきまで安定していたのにまた急に苦しみはじめる、そこでようやく思い至る

そうだ、まだだまだ終わっていない…デルセクト侵攻はアルクトゥルスが言い出したことを、戦いの根本たる部分を解決しない限り、似たようなことは何度も起こるんじゃないのか?、やはりこいつとはもう少し話を

「お…おいアルク、大丈夫か」

「触るんじゃねぇ!!!」

手を差し伸べた瞬間その手を叩き払われる、私の魔力防御を軽く叩き砕き 一瞬骨がいかれるかと思うほどの衝撃が腕に走るが、いやそんなことはどうでもいい やはりおかしい

アルクトゥルスがおかしくなったんじゃない、アルクトゥルスという魔女に何か起こっているんだ

「…あ…頭が痛い、…また…また来やがった…」

「また?まただと?お前まさかその頭痛が定期的に来ているのか!」

「あ…ああ、こうなると…オレ様が…オレ様じゃなくなるんだ…」

血の気が引く、そう 血の気が…否定したい気持ちが、心の中を占める、そうだ 真っ先にこの可能性を考えるべきだった

突如として争い、欲求を満たすように暴れ出す

人格が変わったり 戻ったりを繰り返す

定期的に痛む頭

そして魔女……疑うべき材料は揃っている、私は いや私だけはこの現象を知っている。八千年前にこの目でその兆候を見ている

それは…いやこれは、魔女の暴走 別の言い方をするなら…大いなる厄災、未だ詳しい原因さえ分からず引き起こされた厄災 …かつて八千年前この世界を包み込み、全人類の九割と旧体系の文明全てを滅ぼし尽くした、最悪の現象…それが今度はアルクトゥルスに


「アルクトゥルス!、なんでもっとそれを早く言わなかった!」

「なんだよ…ぐっ、頭がいてぇ…何をだよ…」

「お前それ、いつからだ!その頭痛 どれくらい前から起こってる」

「…う…うるせぇ、うるせぇうるせぇ!黙れ!レグルス!」

変わる アルクトゥルスの雰囲気が、纏う雰囲気が…先程まで楽しげに笑っていた様子はどこにもなく、酷く荒れている様子だ

「ラグナの奴の所為で、戦争ができなくなっちまった…だがまだ終わらねぇ 終わらせねぇ…オレ様は…オレ様は…ッ、まだ 方法はある…」

「アルクトゥルス!」

まるでアルクトゥルスの内側から何かが蝕むように彼女を昂らせ暴れさせる、頭痛に痛む頭を引きずりながら…奴はどこかへとすっ飛んでいく、どこへ行ったか急いで魔眼を全て駆使して周囲を見るが…ダメだ見失った

「くそっ、なんだというんだ…何故アルクトゥルスがアレに、この現象はもう起こらないはず」

一人 フリードリスで立ち尽くす、アルクトゥルスは闘争心に再び駆られ暴走してどこかへ消えた、まだデルセクトとの戦争を諦めていないのか?

もし本当にアルクトゥルスが八千年前の厄災同様、暴走しているのだとすれば…一体私はどうしたらいいんだ、アレはまだ兆候の段階だ 本当の意味で暴走してしまえば取り返しつが突かない

しかしどう止めればいい、止め方が分かっているなら私は誤ちを犯さなかった…もう止められないのか、また同じことが起こるのか…

……いや、諦めてなるものか 今度こそ私は八千年の後悔を取り返すのだ

「アルクトゥルス…行かせてなるか!、天空よ この叫びを聞き届け給う、その意思 纏て飛廉となり、世界を抱く風を力を 大流を、そしてこの身に神速を『神風瞬統』」

どこへ行ったかは分からないが、私もまた風を纏いアルクカースへと飛び立つ、アルク!絶対お前を止めてやる!

…………………………………………………………

「若ぁぁぁああああ!!!」

「お おいおい、テオドーラ」

あれからエリスとラグナはギデオンさんの連れてきた治癒術師隊より傷は完治、そのまま馬車に乗せられフリードリスまで帰還してきた

既に継承戦を終え失格した者達もフリードリスの大庭園へ集められており、やりきった顔をする者 悔しそうに項垂れ涙を流す者で溢れていた、ワラワラと溢れる人の海 その中で一段明るい集団がいる

ラグナが率いていたラグナ軍のみんなだ、ベオセルクさんとの戦いの中敗れ そのまま失格となったみんなも治療を受けここに集められていたみたいで、エリスとラグナがこの場に現れるなり涙を流し笑いながらみんな揃ってこちらへ駆けつけてくれた

「聞きましたぞ若!あのベオセルク様を倒してしまったとか!、いやぁやはり若は凄いですなぁ、我々では手も足も出なかったというのに」

「うおぉぉおぉおおおん、若が無事で良かったよう良かったう!、やっぱり若は強いなぁ!ウチら一生若についていくよう!おろろぉぉぉん!!」

サイラスさんは興奮したように テオドーラさんは涙やら鼻水やらよだれやらをラグナにへばりつけながら泣きじゃくっている、二人とも きっとこの場で待っている時気が気でなかっだだろう、誰よりも早く 長くラグナについてきた二人なんだから…

「ははは、俺も正直歯が立ってなかったよ、エリスがいなければきっと勝てなかった」

「そんな事ないですよ、ラグナが最後全てを振り絞ってベオセルクさんに競り勝ったんです…かっこよかったですよ?あの時のラグナ」

「そ…そうか」

何だラグナ、みんなに褒められて嬉しくなったのか?耳まで真っ赤だ、このこの、そうエリスが囃し立てようとするとテオドーラさんが何かに気づいたのか ガバッと離れ

「そういや若…もう王様だよね、じゃあもう若って呼ばない方が良くない?」

「むぅ?確かにそうであるな 若はもう王子じゃなくて王だ、若と呼ぶのは少し不敬が過ぎるな」

「な 何言ってるんだよ、若のままでいいよ…その方がしっくりくるし」

とは言うが確かにラグナはもう王様だ、そう この国で魔女と並んで一番偉い…ならばエリスも態度を改めた方が良くないか?、よしと決心しその場で恭しく膝をつきラグナに首を垂れる

「ラグナ…いえラグナ様、エリスもこれからはラグナ様を王として敬った方がいいですね」

「うぐっ!?、や…やめてくれ…君にそう言うのをやられると、傷口が開く…本当にやめてくれ、君は俺と対等だ 様つけも跪くのもやめてくれ、頼む」

そんなにか、なんか胸を押さえて苦しみ始めているラグナに悪いから立ち上がるが、王様と同列って エリスはただの魔術師で立場なんて何もないのに、いや立場的な意味合いではなくエリスとラグナの間に上も下もないという事だろう

「ラグナがそれでいいなら…エリスは構いません」

「ああ頼むよ、君に跪かれると心臓に悪い」

何故だ…、するとラグナに一人 歩み寄ってくる、やりきった顔のハロルドさんだ

「いやはや、ありがとのうラグナ様…お陰で数十年越しに継承戦で勝つという未練が叶ったわい、もうワシも今回の戦いでやりきったわ…これで悔いなく逝けそうじゃ」

「ハロルドさん…ありがとうございました、貴方の経験のおかげで 俺は勝てました、出来ればまた助けて頂きしたいのですか」

「何を言うか、ワシはもうこれで完全に戦士引退じゃ、老兵は大人しく消えるとするよ」

ハロルドさんは、以前参加した継承戦で 共に戦った王子を勝たせることができなかったと言う、この戦いでそれが晴らされたかは分からない、でも彼の中で何十年も引っかかっていた針は きっと抜けた事だろう

「いえ、ここにいる老兵の皆さんが後進を育てるための修練場を作りたいのです、そこで…ハロルドさん達には未来の戦士達を育ててもらおうかと」

「しゅ…修練場?いやだがそこまで迷惑はかけられんし、何よりそんなもんどこに…」

「何処にでも?、俺…王様なので」

ニッと笑いながらハロルドの肩に手を置く、そうだ ハロルドにはまだ未練がある、かつて失敗した道場運営だ、確かに運営には失敗してしまったかもしれないが彼の経験は間違いなく一級品、それをこのまま潰えさせるのは確かに勿体無い

この国をこれから引っ張っていくラグナにとっては痛手だろうな

「王様…そうじゃったな、…ッ…全く 次の王様は何という…無茶をなさるか、老兵をここまで…こき使うとは」

そう言いながらもハロルドのシワシワの顔はより一層皺に歪み、その目には涙が溜められている、そうだ 幾つになったってやり直してもいいんだ、命ある限り何度だって立ち上がっていい、その権利は誰にでもある

「今度は経理に腕のいいのを雇っておくので、ハロルドさん達は遠慮なく腕を奮ってください」

「ああ…ああ、分かった いや畏まった、王の命とあらばこのハロルド、命の限り尽くさせて頂きましょうぞ」

「なぁなぁラグナ様!いや大王様!、俺達には何か褒美はねぇのか!」

涙を流しながら拳を合わせるハロルドのラグナの感動的な場面に、空気を読まない男が割り込んでくるバードランドだ、ハロルドと違い目をキラキラさせている

まぁ当然か、ラグナの国王襲名に一役買ったんだ、飛び切りの褒美を期待してもいいだろう

「いやぁ、俺ってば今回滅茶滅茶頑張ったしなぁ、第一戦士隊の撃破に第二王女撃破の奮戦、オマケに餓獣戦士団相手に八面六臂の大活躍!これはもう…なぁ?」

「昇進はないぞ」

「なっ!?何でだよ!第九十戦士隊からもっとこう…ぐーんと出世してもいいじゃないか!討滅戦士団入りとか!」

「その辺は国王の一存じゃ決められないんだ、ただあっちこっちに遠征に行ってもらう、そこで手柄をまたあげてくれたら、国王権限で特別待遇で扱ってもいい」

「そんなぁ…」

結局のところ、昇進したければまた別途で手柄を上げろという事だ、だがまぁ ラグナのおかげで彼らは不貞腐れる暇さえないほど仕事に従事することになるだろう、そうなれば出世なんかあっという間だ

彼らには既にそれだけの力があるし自信もある、やっていけるだろう

「……フッ、もう良さそうダナ、なら我らは山へ戻らせてもラウ」

「もう行ってしまわれるんですね、アルミランテさん」

ラグナ達のやりとりを見て笑い背を向けるのはアルミランテさんだ、彼はこの戦いの最大の功労者の一人と言える、というかエリスが無事だったのはアルミランテさんが助けてくれたからとも言える、この人には本当にお世話になった

「アア、戦いは終わったならば 最早用はないのデナ、我々は継承戦にだけ参加する約束だっだシナ」

「確かにそうですが…でも、そのあときっと宴があります、肉や酒の大盤振る舞いです、せめてそれだけ」

「肉…」

「酒…」

ラグナの言葉に周囲のカロケリ族がざわめき立つが、それをギロリと睨み黙らせる…彼も相変わらず大変だ

「いラン、我らは褒賞のために戦ったのではナイ、お前の為に戦ったのだ若き王子、いや…猛き王ヨ…、いつでもカロケリ山に出向いてくるとイイ、その時は我らが出迎えよう 我らが友」

そう言い残すと彼はカロケリ族を率いて帰っていってしまう、少し寂しいが…これは彼らなりのけじめのつけ方だ、カロケリとアルクカースは一線引いている…それを破らない為の、ならばそこは尊重しようじゃないか 友として

「じゃアナ、エリス ラグナ」

「リバダビアさんも行ってしまわれるんですね、少し寂しいです」

「イヤ、アタシは残ルゾ、まだ買えてない服とかあるシナ!」

残るんかい…なんか色々台無しだな、というか彼女は残ってもいいのか?アルミランテさんは黙って無視してるけど、まぁ…いいならいいか エリスもリバダビアさんがまだ近くにいてくれるなら嬉しいし

「それじャア、また明日か明後日にあの宿に顔を出すカラ、その時は肉と酒で出迎えロヨ」

「はい、ではまた今度」

「オウ」

と拳を掲げながらリバダビアさんは他のカロケリ族とは違う道を行く…、ふふふ なんだか彼女とはやっと友達らしく会話できるようになった気がするな、嬉しいな 

カロケリ族が去り リバダビアさんが去り、皆口々にラグナを讃えていく、やはりあなたについてきて正解だったとか 俺にも何か褒賞をとか…、一応モンタナ傭兵団の皆さんもいた、彼らは拠点防衛の際 自分達の不始末を挽回する為誰よりも奮戦し、最後まで抵抗を続けたらしい

だからラグナは許した、この失敗を次に生かし 挑み続けろと…、優しいな でもエリスは許してないので頬を膨らませて睨んでおいた

ひと段落だ、みんなと話し 口々に称え合い、勝利を分かち合えた…長く苦しい継承戦に勝てた事を、ようやくエリスも肩の荷が降りた気分だ…だって継承戦は一年がかりだった アジメクを出てこの国に入ってから続いた長い長い闘いがようやく終わったんだ…、落ち着いたって文句は言われまい

ホッと一息ついていると、喧騒に包まれる大庭園が突如として厳粛とした静寂が訪れる、何があったか言うまでもない、姿を現したのだ ムキムキの筋肉を携えた大男…このアルクカースという国の支配者 ジークムルド大王が

「静寂に、継承戦を終え興奮する気持ちは分かるが 今は一度静かにせよ、皆のもの」

ジークムントは、そう静かに低い声で言い放ち周囲を黙らせる、なんだか元気がない…いやないのは覇気か、開戦式の時感じたような溌剌とした雰囲気を感じない

それはきっと、彼の頭の上に既に王冠が無いからなのだろうな

「これより、国王継承の儀を執り行う…長く険しい継承戦を勝ち抜き、この争乱の国において最強の名を示した者に、我は今この時を持って王冠とアルクカース大王の座を譲渡する、…アルクカース大王ジークムルド最後の命である、勝者よ!前へ!」

彼は今、大王として最後の義務を果たそうとしている、己の次を継ぐ 今代の王へ先代の王としてその全てを授ける為に、猛く力強くその場に王声を響かせる

「…はい!」

それに答えるは最強を示した継承戦の勝者、並み居る敵を 愛すべき家族を打ち倒し今ここに立つ一人の戦士、ラグナだ

彼は父の先代国王の言葉に従い、前へ踏み出す…すると庭園に広がっていた人の海は真っ二つに割れ、彼の通る道 王道を作り上げる、他の陣形についた者 他の王子を支持していた者、即ち敗北者達だ

確かに負けたのは悔しい 信じた者を勝たせられなかったのは無念だ、だがラグナを悪く思う者は一人としていない、何故か?それは彼が勝者だからだ 最後まで戦い抜いたからだ、アルクカースは戦いが全ての国、その全てを制した者には最大限の敬意と祝福をもたらすのがこの国の戦士の流儀だ

皆ラグナに手を叩き 祝意を表す、その勝利の栄光を讃えるように 新たな王の誕生 その瞬間に立ち会えた幸運を喜ぶように、皆ラグナに向けて拍手を向けるのだ

そんな拍手の雨を横切りながら彼は向かう、ジークムルドの下まで…そして

「ラグナよ、よくぞ戦い抜いたな…お前の国を思う気持ちは、母と同じく強固である事は知り得ている、お前ならきっと良い王になれるであろう」

「はい、父様…ありがとうございます」

「うむ、…頑張ったな、私は王としても父としてもお前を誇りに思う」

ジークムルドは、王の役目の前に 一人の父としての役目を果たす、息子を誇るように その無骨な手をラグナの頭の上に置き 優しく撫でる、ラグナは何も言わない 何もしない、ただ目を閉じてその手を噛みしめるように感じ、ちょっとだけ 泣く

「お前ならば私も安心して国王の座を明渡せる、…次代のラグナよ!この国の未来を 万民の行く末を、頼んだぞ」

「王の名に誓って、全霊を尽くし この国を守って見せます!」

「…よし、では この王冠と共にこの国の全てを授ける 、これでお前がこの国の大王だ」

そういうと、ジークムルドは敬うように両手で王冠を持ち ラグナの頭にそっと載せる、その瞬間こそ アルクカースの新たなる大王の誕生を意味する、歴史的な瞬間となった

皆、息を呑み 押し黙る…大王の戴冠を前に 新たなる彼等の主を前に、静かに彼の姿を目に焼き付ける

「ッ…、俺が…新たなアルクカース大王、これからお前達皆を率い 皆を守り 皆と戦う新たな王、ラグナ・アルクカースだ!」

宣言する、拳を力強く掲げ まるで国全域に届かせるように叫び 誓う、ラグナにはまだ少し大きな王冠がちょっとだけ不恰好にズレるが、それでも何故か とても…そう とても様になっていた

「うぉぉおおお!ラグナ様ぁぁぁっっ!!!」

「俺達の新たなる王!これからよろしく頼むぜぇぇっっ!!」

「あんたの為にこれからは剣を取るぜ!なんでも言ってくれぇーっ!」

鳴り響くは先ほど以上の大歓声、ラグナに忠誠を誓う声 ラグナの為に戦うと叫び声 只々ラグナを慕う声、よかった…ラグナが王として受け入られなかったらどうしようかと悩んでいたけれど、この国は勝者こそ絶対 勝者にこそ皆従う、故に その座を勝ち取ったラグナに文句をつける人は一人としていない

「ラグナー!かっこいいですよーっ!」

エリスもその人達に紛れて叫ぶ、今の彼はとっても王様らしいし、そんな姿の姿を見れてエリスもとても嬉しい

すると、ラグナは拍手喝采の嵐の中からエリスの声を聞き分けたのか、エリスを見つけると、ニッと笑いながら親指を立てる、…フフフ やっぱりかっこいいな、ラグナ!

………………………………………………

戴冠式はその後軽く済まされ、さぁここからが本番だと言わんばかり皆一気に要塞内に雪崩れ込む、すると既に要塞内にはたくさんの料理が並べられており 会場としてしっかりセッティングされていた

…い いやいや、態々外で戴冠式をしたのは中で宴をするためか?、よく見ると他の戦士達はラグナ戴冠の時以上に熱狂して酒やら肉やらにかぶりついている、もう少し新しい国王様を敬おうよと思ったがラグナも特に気にしている様子はない

戦士に続いて次々とこの国の貴族達も要塞の中に入ってくるが、ラグナに挨拶する前に肉を取りに行ってる、中にはラグナそっちのけで飲み比べ大会も始まったり、どうなってるんだこの国…

まぁ、堅苦しい貴族貴族した場所にエリスは慣れてないからこの方がやりやすいといえばやり易いが…

「はむ…もぐもぐ」

ちなみにエリスはそんな戦士達の熱狂に押しやられ、みんなとはぐれて隅っこでお肉をかじっている、うわこのお肉美味しいけど味が濃いなぁ…にんにく使われてるし、というかにんにく単品で置かれてたし…にんにく大国だなこの国

「おやぁ?、このようなところに子供が紛れ込んでおるではないか」

「はぇ?」

すると会場の隅でお肉を齧るエリスを見て、後から来た貴族だろうか?とても身なりのいい大男がエリスを見下ろしている…

「今日この日は、ラグナ大王戴冠の目出度い日…そしてこれは国王戴冠の由緒正しき料理の数々、いるのだよなぁ…その料理を狙って要塞に忍び込む貧しき小鼠が」

「忍び込む?…な 何を言って…エリスはちゃんとした参加者で…」

「国王の目に留まれば気分を害されるに違いあるまい、ここは私 ヘルゴラントが手ずから処理するとしようか」

ダメだ、独り言言ってて全然エリスの話を聞いてくれない、ヘルゴラントと名乗る貴族はエリスを忍び込んだ子供か何かと勘違いして首根っこを摘み上げる、ふとエリスの姿を見てみれば…ボロボロのコートと汚い服、まるで奴隷かスラムの人間みたいだ、くそう前にもこんなことあったな エリスそんなに貧しい匂いするのか…!

しかし思ってみればそうだ、いくらアルクカースとはいえ、ここは王族貴族の由緒正しい場でもある、そこにエリスが場違いといえばまぁ場違いではある、彼がエリスを排除しようとするのは正しい行い…なのか?

すると

「おい、何してるんだ?」

「おお、これはこれはラグナ大王」

人混みをかき分けて現れたのは…ラグナだ!、エリスを探していてくれたのか エリスを見て一瞬表情を明るくするが、エリスがヘルゴラントに首根っこ掴まれて持ち上げられているのを見て表情を変える

最初は怒る…そして訝しみ 次いでまた怒ろうとし、また首をかしげる…忙しいな、なんて思ってると遂にラグナは口を開き

「何をしてるんだ?」

今度のこれはエリスに向けられたものだ、何をしてるって…つまみ出されそうになってる?、しかしそれを自分に向けられたか物と勘違いしたヘルゴラントは頭を下げ

「いえいえ、少々鼠が忍び込んでいましたので、この手で始末しようかと」

え!?始末!?つまみ出すんじゃなくて!?、いやそうか!この国はアルクカース!世界一物騒な国だった!つまみ出すだけなんて平和的に終わるわけないわ!

「まさか鼠ってのはその手の中の子を言ってるわけじゃないよな?」

「?…、そうですが?」

「やはりか…、エリス?なぜ君も自分の身分を明かさないんだい」

「言いましたが聞き入れてくれないのです、それにエリスの身分なんてないですし」

「まさかお知り合いでしたか?」

ラグナの言葉を受けて、若干ヘルゴラントの顔が若干青くなる、いやまぁ知り合いというよりは

「知り合いじゃない、その子はエリス…孤独の魔女レグルスの弟子にしてアジメクの魔術導皇の親友、そしてアルクカース大王たる俺の無二の朋友だ…」

え?、エリスの今の肩書きそんなことになってんの?いやまぁ全部事実だけどさ、するとヘルゴラントは更に顔を真っ青にしてエリスの体をそっと地面に下ろし始める

「まだ言おうか?、その子は僅か5歳にして魔術を覚え 山賊団を壊滅させ皇都で引き起こされた未曾有の事件を一人で解決した上、あのベルセルク兄様さえ倒した才女中の才女だ…俺は彼女を国賓として扱っているんだが?」

それはフカし過ぎだ、それ全部エリスが一人でやったことじゃない、というかやめてベルセルクさんを一人で倒したとか喧伝するの、あんな怖いのと一人で戦って倒せるわけないじゃん、しかしその言葉は効果覿面だったようで ヘルゴラントの顔はもう青を通り越して紫になって震えている

「こ これはこれは、まさかそのような大人物だとは知りもせず飛んだ失礼を、私はただ大王のお役に立とうと」

「そうか、でも…そういう取り入り方はこの国らしくないんじゃないかい?、国王たる俺に名を覚えられたければ武と力を戦場で示せ、それとも今この場で俺の朋友と戦って 示してみるかい?」

「めめ…滅相もございません、ベオセルク様を一人で圧倒してしまうようなお方とだなんて、わ…私はこれで失礼します」

「その前に謝罪を入れろ、エリスに」

「す…すみませんでしたぁぁぁっっっ!!!」

エリスを化け物でも見るような目で見るとヘルゴラントは大慌てで謝罪しながら要塞の外へ悲鳴をあげながら逃げ去っていく、待って エリスベオセルクさんを一人で圧倒したなんて言ってない

「ふぅ、…ったく …」

「ありがとうございます、ラグナ」

「いやいいよ、アルクカース人もまた人間だ…中には悪い奴もいるし残酷な奴もいる、貴族なんて特権階級に上り詰める奴は特にね、そこは他の国と変わらないから一人でこういうところにいるのは危険だよ」

「えへへ、みんなとはぐれてしまって」

ラグナは肩をすくめながらため息を吐く、そうだな アルクカース人とて人…いろんな人がいるんだ、明朗な人ばかりではないか

するとラグナはエリスの手を引き

「なら俺の側にいろ、またはぐれて似たような目にあったら危険だから」

「大丈夫ですか?、この宴の主役がエリスなんかにかまけて」

「今の宴の主役は肉と酒だ、それに君はなんかじゃない、俺を勝利に導いてくれた 何にも勝る大切な朋友だ」

そっか、いやそう言ってくれると素直に嬉しいな、ならラグナと共に行くとしよう…しかし手を繋がれるのは些か恥ずかしい、と思ったらラグナも恥ずかしいのかちょっと赤くなってる、恥ずかしいならやめればいいのに

「おーやおや?、ガールフレンドとデートするにゃあオススメ出来ないスポットですよぉ?ここはぁ、もっとロマンチックな場所でデートしないとぉ、ラ~グナ?」

するとエリスとラグナの繋がれた手を囃す声が響く、へべれけとした酒臭いこの声に覚えがある…というかエリス的には若干トラウマになり掛けている人の声だ

「っっ!!ホリン姉様!べ…別にこれはそんなことをしているわけではありません!ただ彼女が襲われそうになっているのを助けただけです!」

「ほんとぉ?」

なんて言いながら酒瓶片手に現れるのはホリンさん、第二王女にしてエリス達が継承戦で倒した候補者路の一人だ、倒したと言っても殆どギリギリだったが…いやしかしこの人も宴に参加してたのか、エリスが与えた傷もすっかり癒されており、元気にお酒を飲んで酔っ払っている

継承戦に勝とうが勝つまいがこの人は浴びるように酒を飲むんだな

「本当です!、さっき貴族につまみ上げられてて…」

「知ってるよ、見てたからさ?ラグナが助けなければ私が助けに入ってたよ、あのクソ貴族に一発私が奥義かましてやってた、こう…内側から弾け飛ぶような奴、盛り上がるよぉ~?」

上がるか!下がるわ!、いやしかしこの人は負けても変わらないな…継承戦に負けた時も あんまり気にしてる様子はなかったし、家族間で蟠りが残らないのはいいことだ

「知ってたなら 変に茶化さないでくださいよ…」

「いいじゃんいいじゃん、弟の晴れ舞台 姉として嬉しいよぉ、継承戦を別にすればラグナは優しいいい子だからね、王様には適任だと思うよ?、寧ろ私が勝ってたら大変だったわ…酒飲むくらいしかやること思いつかんし」

「ルイザさんに怒られますよ」

「ルイザにも飲ますから大丈夫!、…へへ それよりさ!エリスちゃん!これからどーぞ弟をよろしくたのんますわ!姉としてお願いさせて頂きやす!」

「え?、あ…はい!」

「姉様!」

なんか酔っ払ったホリンさんに肩を叩かれた、よろしく?まぁお願いされなくてもエリスはラグナが危なくなったら助けるつもりだ、ラグナはなんか怒ってるけど

「あ!ラグナ君!」

なんて話していると、ホリンさんとラグナの話の間に割って入る声がまた響く、今度は知らない声だ…そう思い首を向けると

女の人と…ミイラがこっちにやってくる、そう ミイラだ全身包帯まみれの人型の何かがこちらにヨタヨタ歩いてくる、なにあれ怖い

「え?…ああ、アスク義姉様」

「久しぶりぃラグナ君!、聞いたよ王様になったんだって!凄いじゃない凄いじゃない!お祝いしないと!」

「え…ええ、一応この宴が俺の王になったお祝いのものなんですが」

「あ!そうだった!」

綺麗なドレスを身に纏ったアルクカースに似つかわしくないホワホワした雰囲気の女性、顔だけは見たことがある、そう アスク…ベオセルクさんのお嫁さんにしてエラトスの元お姫様、そうか この人が…

「それでこっちの小さな子がエリスちゃん?」

「え?、あ…はい!エリスはエリスです、よろしくお願いします」

「私はアスク!よろしくねぇ?、でも凄いなぁ こんな小さな子がベオセルクさんをボコボコにやっちゃったなんて」

しまった、この人からしたらエリスは旦那さんを焼き殺そうとした仇じゃないか、マズい 謝った方がいいか?いや謝った方がいいに決まってる、慌てその場で頭を下げる

「すみません、アスクさんの旦那さんを傷つけてしまって」

「いいのいいの、ほっといても傷だらけになるような人だし、それに結局元気に帰ってきたから私的にはいいの、ね?ほら 元気でしょう?」

「ふがっ……」

と言いながらアスクさんは隣のミイラをバシンと叩く、するとミイラは苦しそうに抗議するようにフガフガと声を上げて…え?元気でしょうって まるでその言い方だと

「あの、その隣の包帯ぐるぐる巻きの人って…」

「え?継承戦で会ってるでしょ?、私の理想の旦那様 ベオセルクさんよ」

「ふが…ふが」

「ええぇぇぇぇぇっっっ!?!?」

こ これが?このミイラがベオセルクさん?いや分からんよ!分からん!だって原型ないくらい包帯まみれなんだもん!、というかあのベオセルクさんがこんな格好するわけないし…

「…ぷはっ、おいアスク 口まで包帯で塞いだら喋れねぇだろうが…」

と言いながら口元の包帯を外すと…信じられないことに中からベオセルクさんが現れた、なんでそんな格好してるんですか…ベオセルクさん

「ベオセルクさん 今回の傷はちょっと深かったから、治癒魔術では治しきれなかったの、だから薬草を塗り込んだ包帯で暫く安静にしてもらおうかと思って…ベオセルクさん!包帯取っちゃダメって言ってるでしょ!」

「チッ……」

アスクさんに怒られ静々と包帯を戻しまた元のミイラ男に戻るベオセルクさん、…意外なことにベオセルクさんはお嫁さんには弱いらしい、しかしそうか 治療中だからこんな格好を、いやそれにしてもやり過ぎな気が…ベオセルクさんもきっとアスクさんの治療だから特に反論せず受けたのだろう

「ははは…相変わらず仲良いですね」

「でしょ?、それにラグナ君もやっとするのね!、結婚」

「ぶふっ!」

「う!?ラグナ結婚ですか!?」

「しないの?結婚」

そんな毎日してるみたいなノリで聞かれても、ラグナもまだ子供と反論しようかと思ったが、そういえばこの人達5歳で結婚してるんだった、…この歳で結婚10年以上の二人に取っては普通なのか?

「し しませんよ、だからエリスと俺は朋友で…」

「そうなんだ、手をずっと握ってるから結婚するのかと思っちゃった!」

「それだけで!?」

「だってベオセルクさんも結婚するとき一日私の手を握っていてくれたわよ」

「ふが……」

今のベオセルクさんの言葉は分かる、きっとそれを言うな的な奴だ、しかしそうか…ベオセルクさんそんなことするんだ、意外とロマンチストなところがあるんだな

するとアスクさんの言葉を受けてラグナはおずおずと手を離してしまう、いやいいんだけどさ…

「…全くみんなして、俺をからかうのは楽しいですか」

「たのしぃー!ヒャッホーゥ!、ベオセルク!騒ごうぜ!飲んで食って騒ごうぜィヤッホーッ!」

「ふが…(うるせぇ)」

「あ?、なんて言ってるかわかんねぇよ!バカヤロウ!」

「ホリン様飲み過ぎですよ、飲み過ぎは体に悪いです 体を大切にしてくださいってベオセルクさんは言ってるんです」

「ひゃはははは、ぜってーいってねぇー!」

「ふが…(うるせぇ)」

しかし騒がしくなってきたな、いや騒がしいのはホリンさん一人だけだが、だがこうして争いが関係ないところでは本当にいい家族なんだなラグナは、何だか少しだけ羨ましい…エリスにはそんな家族いないから、……あれをそういえば

「あの、ラクレスさんはここにはいないんですか?」

「あり?そういや兄ィ殿いないね?酔い潰れて寝てんじゃねぇ?」

「ホリン姉様じゃないんだから…、でも確かに 先程の戴冠式にも顔を出していなかったよくに思えますが、一体何処へ」

エリス達であちらこちらを見渡してみるが、いない…ラクレスさんもベオセルクさんに敗れて失格になってるから、ここにいるはずなのだが

すると

「…ぷは、兄上はここには来てねぇ」

ベオセルクさんが包帯をそう言うのだ、いない…そっかいないのか、でも何でベオセルクさんがそんなこと知ってるんだ?

「ラクレス兄様来てないんですね…」

「…ああ、……兄上は……いやなんでもねぇ」

なんか歯切れが悪いな、…この人ラクレスさんがどこにいるか知っているのか?思えば継承戦が終わった時も何だか言いにくそうにしてたし、意味深なことを言っていた、何か知って…

「ベオセルクさん!包帯外しちゃダメ!」

「もがっ!?」

「ははは…そういえばアルクトゥルス様も来ていませんよね、戴冠式には毎回顔を出すって聞いてたんですけど」

そうそう、アルクトゥルス様も来てない てっきり開戦式みたいに出てくるかと思ったが終ぞ出てこなかった、と言うかエリス的にはもっと気になるのが

レグルス師匠がどこにもいないんだ、アルクトゥルス様に連れられていったと聞いていたが、二人ともどこへいってしまったのだろうか、もしかしたら二人とも何処かで古い交友関係を改めているのかもしれない…、寂しいが エリスももうわがまま言ってられない歳だ

エリス的には頑張ったから抱きしめて撫でて欲しいが、…うん ワガママは言わない

そうしてみんなで騒ぐうちに宴と共に夜も深まり、結局何のために騒いでるのか分からなくなった辺りでジークムルドが息子との思い出話を壇上で涙ながらに語った後ホリンさんが出てきて何故か笑いながら父親を馬乗りになって殴り倒した後、何故か宴内で腕くらべ大会が始まった

もはやこのノリにはついていけないと思いおずおずと宴の会場からお暇させてもらったところ、ラグナが休むなら部屋を用意するといってくれたので厄介になることにした

「悪いね、騒がしくて」

「いいえ、ああいうのは賑やかというのです、…ところで部屋ってどこなんですか?」

「ああいや、…一応この要塞は俺の物になったにはなったけど、まだ全部を自由にできるわけじゃないから、その…俺の部屋なんだ、いいかな?」

そう言いながら歩くのはフリードリス要塞の廊下だ、なんというか 内側も無骨な雰囲気漂う壁と床、白亜の城とはやはり正反対の印象を受ける

「ラグナの部屋ですか、何が置いているか楽しみです」

「いやいや、面白いものは何もないよ…それにしても、ラクレス兄様やアルクトゥルス様 レグルス様はどこに行っちゃったんだろうね」


ふと、話の枕にラグナが切り出す、やはり気になる…魔女二人は仕方ないにしても一番気になるのはラクレスさんだ、『式典に出席するのは王族の義務』と語っていたラクレスさん張本人が新国王戴冠という最も重要な場に出席しないわけがないのだ

しかし、そう疑いの目を向ければ怪しいところはいくつかある

「ラグナ、実は会場中を見て回って思ったことがあるのですが」

「ん?、なんだい?」

「あの場にいなかった人間です、エリスは継承戦に参加しているメンバーの顔つきは全員頭に入っています、開戦式で全員見たので」

「恐ろしいな、それで 誰か他にもいなかったのかい?」

「アルクカースの人間はほぼ全員顔を出していました、ただ…ラクレスさんの雇った冒険者達は一人として参加していませんでした、誰一人」

「冒険者が?…」

そう、例の三羽烏とかなんとか その辺の冒険者達は一人だって参加してない、外様だから参加できなかったといえばそれはそうだが しかしそれをいうならエリスにも同じことが言える、つまり冒険者達は出席出来たのに出席しなかったということになる

参加するかどうかは個人の自由ではあるが、それでも数百人いる冒険者が一人だっていないのはおかしくないか?

「ふむ、…冒険者がか、彼らは大騒ぎが好きな人間が多い、宴には参加したいだろうがな…」

「はい、ラクレスさんが来ていない事にもやはり関係があるのでは」

「……エリス」

そういうと彼は周囲に人がいないことを確認すると立ち止まりこちらに視線をやる

「継承戦が終わってもまだ解決してないことがあるのは覚えているかな」

「はい、ラクレスさんの過剰なまでの貴族流通の締め付けとアルブレート大工房から職人引き抜きですよね」

「ああ、その件について俺は君がいない間 この街を調べてたんだが、実は職人を引き抜かれたのはアルブレートの工房だけじゃない、ほぼ全ての工房の職人が引き抜かれていた…アルクカースに溢れていた職人が、それこそ忽然と消えてしまったんだ」

忽然と消えた、しかし人は蝋ではない 溶けて消えることはない、何処かへ幽閉されていると考えるべきか、しかし何故だ そこがいまいち明瞭としない…ラクレスさんを問い正そうにもそのラクレスさんもいない始末、これではミーニャとの約束が果たせない

「そこで、さっき宴の最中にこっそり聞いてきたんだ…」

「何をですか?」

「継承戦でのラクレス兄様の戦いぶりさ、餓獣戦士団のみんなにね」

「聞いたって、アレ答えてくれるんですか?」

餓獣戦士団といえばあの無口無感情で襲い来る人型の闘争本能みたいな人達だよな、アレに質問しても何にも返ってこないのでは…

「いや、彼らは戦いの最中でこそああだが、戦闘以外の場では気さくないい奴らだよ、エリスも今度会いに行くといい」

「気さくなのですね…」

「ああと、話が逸れた…それで餓獣戦士団曰く、あの場でラクレス陣営にああも楽に勝てたのは あの場にラクレス兄様がいなかったかららしい」

「いなかった…?じゃあどこに」

「何処にもいなかった、継承戦の地ホーフェンには…つまりラクレス兄様は開戦式の後から行方が知れなくなってるんだ」

考える、顎に指を当てて…確かにかモンタナ傭兵団は地に伏すラクレスさんを見たと言ったが、じゃあアレは…なるほど影武者か 遠目でかみれば確かに分かるまい、しかしラクレスさんが継承戦の場にいなかった?

ならますますわからない、彼は継承戦に勝つために動いていたのではないのか?


…そこで思いだす、確かラクレスさんと直に話したアルブレートさんは言っていた『ラクレスさんは継承戦を茶番だと言っていた』…と、茶番…ならラクレスさんの本命は 別にある?

「なぁエリス、…やっぱり まだ戦火は消えてないんじゃないのかな」

「戦火?ベオセルクさんの言っていたやつですか?、まだ種火が燻っていると?」

「ああ、恐らく…ッ!おいエリス、あれを見てくれ」

そう言いながらラグナに肩を叩かれ指差す先に目を向ける、それは窓だ 窓の外だ…最早暗く月も顔を出すこんな晩に、ラグナが指差すのは窓の外 要塞の裏口当たるような人気のない場所だ

そこに…いるのだ、人が…それも闇に紛れるようなローブを羽織り用心深く周囲を見回しながら …なんだアイツ 絵に描いたような不審者だ、何者だ?

「エリス、顔を確認できるか」

「出来ます、お待ちを…」

ラグナの指示で遠視の魔眼を発動させ遠くにいるロープの男の顔を確認する、幸い 周囲を見回しているおかげで容易く顔を確認できた、あの顔は…

「アイツの顔に覚えは?」

「あります、ラクレスさんの雇っていた冒険者です」

直接会ったことはないが、開戦式に参加して顔を出していたから その顔は記憶済みだ、ローブの男はエリス達に気づくことなく そそくさと闇の中へ消えていく、…消えたラクレスさんと共に消えた冒険者が、人目を避けるように要塞の裏を行く…疑うなという方がどうかしている

「なぁエリス?」

「なんですか?」

「まだ動けるか?」

そういうラグナは既に国王の為のマントを畳み その上に王冠を置いて動き易い姿になっている…、動けるか?そんなもの愚問だ

「エリスはいつでもいけます」

「なら、行くか…彼らが何をしようとしているのか、確かめに行く」

継承戦が終わり 全ての戦いを終えて尚、エリス達は行く…まだ燻る戦の残り火の匂いを感じ、窓から外へ飛び出しローブの男へ追い縋る…
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