孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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三章 争乱の魔女アルクトゥルス

58.孤独の魔女と争乱の先にある栄光へ

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空を仰ぎ見ればただひたすらに青が広がる、旅立つには最高の天気だ

エリスは自分の格好を再度確認する、師匠とお揃いのコートは綺麗!ポーチにはちゃんと道具は入っている、ラグナからもらった籠手は毎日磨いてピカピカ!、朝ごはんもしっかり食べた!、元気はいっぱい!準備よーし!

「師匠!エリス!いつでも発てます!」

「ああ、こちらも準備は万全だ」

そう声をかけるのは馬車の中で積み荷の確認をしているレグルス師匠だ


遂に今日、エリスとレグルス師匠はこの国を発つ、アルクトゥルス様から知らされたデルセクトにあるという戦争の動き、それを阻止するためまたも旅立つのだ

元々世界を股にかける旅に出るつもりだったエリス達だが、まさかこんな大きな話に巻き込まれてしまうとは、思いもよらなかったが 旅の目的はないよりある方がいい

それに、エリスにとってこの国はもうただの他国ではない、この国を守るためなら 何度だって旅立ち 何度だって戦うつもりだ

そう覚悟を秘めながらエリスはビスマルシアの郊外、街の入り口に当たる場所で馬車の整理を師匠としているのだ

「それにしても沢山食料もらえましたね」

「ああ、流石は軍事国家…行軍用の携帯食料は豊富にあるらしくてな、しばらく食料には困るまい」

そう言って馬車の中を見てみれば どかりと置かれた木箱の数々、この中にはしこたま日持ちのいい食料が入っている、行軍中 食料に事欠かないようアルクカースでは携帯食料も発達しているようで、長く日持ちし かつ栄養が豊富なものが多くある

それをラグナが沢山用意してくれたのだ、少し用意しすぎな気もするがそれでも心遣いは嬉しい

「ぅおろろろぉーん、エリスちゃん旅立っちゃうんスかぁぁ~ざびじぃ~!」

「こらテオドーラ…、貴様いつまで泣いている 別れの涙も過ぎたれば足枷になる、ここまで来たら笑って見送ってやれば良いものを」

「だっでぇ~~!」

そう言うのは積荷の整理を手伝ってくれたサイラスさんとテオドーラさんだ、二人とも前みたいな鎧ではなく、立派な軍服を身にまとっていることからその立場がかなり向上したことがわかる

「ありがとうございます、サイラスさん テオドーラさん」

「いや何、この程度造作もない エリス君がいたおかげで我等は継承戦を勝てたのだから…いやぁ、やはり彼処で仲間にしようと若に進言したのは正解だったな、我輩の慧眼ってばほんとすごい」

「ぐずっ…何言ってんだか、仲間にしようとしたのも何も全部若の判断じゃん!、でもコイツは置いておくとしてさ ウチもエリスちゃんと一緒に戦えて嬉しかったなぁ!、また今度はウチともガチでやろうねぇ」

「ははは…それまでにエリスも強くなっておかねばなりませんね」

この二人とも、何だかんだ一緒にいた時間は多かった 、エリスにとってはこの二人はかけがえのない仲間だ、二人にとってもそうであるとエリスは嬉しい

「なァー…おイー…エリスー…、アタシも付いて行っちゃダメカ?」

そう言いながらエリス達の足元に仰向けに倒れながらさっきからグズグズと鼻を鳴らしながらいじけているのはリバダビアさんだ、あの日エリス達が国を発つと言ってからずっと付いていく付いていくと言ってくれている、正直嬉しい 彼女が付いてきてくれたらその旅路はさぞ楽しい物になるだろう

しかし

「ごめんなさい、リバダビアさん…気持ちは嬉しいんですけど これはエリスの修行の旅なので」

リバダビアさんが付いてきたらエリスの修行にならない、道中現れる敵との戦いもまたエリスの修行のうちなのだ、エリスより遥かに強いリバダビアさんが付いてきてしまっては意味がない、悲しいが 悲しいが仕方ない事だ

「そウカ…仕方なイナ、寂しいし悲しいがそれがお前の歩む道ならそれを阻む事は出来ナイ」

「ありがとうございます、リバダビアさん」

そうエリス達が説明すると遂に引き下がってくれる、こうやってエリスの修行や生き方を否定してこないあたり、彼女は優しく友達思いだ…、そんな友達思いな気持ちにつけ込んでいると思うと胸がちくりと痛むが

「まぁイイ!、アタシもこれからはこの街を中心に魔獣退治したり腕試しして力をつけるつもりダシ、何より…アタシ達は離れ離れになるわけじゃナイ、これがある限リナ」

そういうとリバダビアさんはエリスの贈ったペンダントを掴み こちらへ突き出す、…その輝きは…毎日磨いて大切にしてくれているような輝きは、そのペンダントに値段以上の価値を示しているようだ…それを受けエリスもまた指輪を前へ突き出し

「はい!この指輪をリバダビアさんだと思って頑張りますね!」

「ヌハハハ!、頑張れ頑張レ!ここで応援してルゾ」

「…ところで、リバダビアさんは山には帰らないんですか? 街を中心に活動って…」

「ン?ああそうダナァ…山には帰ラン!…というか…帰レン…というか、まぁアタシの事は気にせず行ってコイ!」

今リバダビアさん聞き捨てならなこと言わなかったか?、帰れない?…思えばリバダビアさんはあれから一度も山へと帰っていない、何かあったのでは?なら出発を遅らせてそれを解決しても…………

いや、ダメだ リバダビアさんは気にせず行けと言った、つまり心配をかけたく無いから黙ってるんだ、なら…うん ここは気がつかないふりをしておこう、もしどうしようもなさそうなら もう一度ここに戻ってきたときにそれを解決しようじゃ無いか

「それヨリ!ラグナはまダカ!、来るって話じゃ無いノカー!!」

「ふむ、…もうすぐ若も来ると思うのですが もう準備が終わってしましたね、出発を急ぎますかな?」

「いや構わん、別に一、二時間くらい待つくらいなら問題ない、奴も王として忙しいのだろう」

「そうっスよ、若はもう朝から晩まで大忙しで…補佐するウチらももうヘトヘトのヘトでぇ」

テオドーラさんの話も聞き耳半分でエリスは街の奥 要塞の方へ目を向ける、ラグナは今日エリスの見送りにくれると言っていた、律儀な彼のことだ 土壇場でやっぱなしは無いだろうが、だからこそ急な要件が立て込んでも無理に来ようとするだろう

心配だ…やっぱりエリス達の方から別れの挨拶をしに行くべきじゃ無いか?だって相手は国王だぞ?、それなのにエリス達の方が待つなんておかしいだろ

なんて思っていると、何かが猛スピードでこちらに向かってくる、あれはなんだ 暴れ馬か魔獣か…いやあれは

「すまん!エリス!待たせた!」

全速力で馬を走らせるラグナだ!、案の定無理に突っ走ってきたんだ!

「ラグナ!、大丈夫ですか!…何か国王としての仕事が立て込んで遅れたんじゃ…」

「ああ、まぁ 急に要件が湧いて出てきはしたが 君との別れに比べれば瑣末な仕事だ、後でもいい」

「ラグナー!!、遅イーィ!」

「リバダビアさんすみません…!」

そういうとラグナは馬を乗り捨て、此方に駆けてくる 余程急いでいたのか息が上がっている、そんなにエリスのことを…

「お前だけか?、アルクはどうした」

「ああ、師範なら後で来ますよ レグルス様」

そうか と少しホッとする師匠を見てエリスはほくそ笑み、なんだなんだ師匠も何だかんだ言ってアルクトゥルスと最後に話がしたいんじゃ無いか、全く 師匠は友達のことになると途端に素直じゃなくなるなぁ

「はぁー…よし、落ち着いた といってもエリス、君に今更言うことはほとんどないんだがな」

「ええ、語るべきことはこの間語りつくしましたものね」

この間というのは一週間前二人きりで話した時のことだ、夕暮れまで二人で話し続けた、意味のある話から意味のない話 今まで出来なかった平穏な会話をするように、だから今更こう 改まって話することはない

「ああ、言うべきことも言った 贈るべき物も贈った、けどこのまま君を行かせるのはなんか違うと思ったからさ、はい これ買ってきたんだ」

「これ、穿焼きですか?」

ラグナは片手に持っていた紙袋を渡す、中にはまだホカホカな串に刺さったお肉が出てくる、これはエリスがこの国で見つけた…いやラグナと一緒に食べた思い出の料理だ

「君はこれからデルセクトに行くんだろ?、向こうにもこういうのはあるだろうし、きっともっと美味い物も沢山ある、けどやはり…この味を アルクカースの味を忘れないでほしいから、道中買ってきたんだ」

「…ぷふふ、あはは ラグナって本当に変なところで律儀ですよね、遅れてまで買ってくるなんて」

「な なんだよ、いいじゃないか 君にせめて贈れる物をと考えて買ってきたんだ」

「はい、わかってます 分かってるから嬉しいしおかしいんです、ありがとうございます…これ旅のお弁当にしますね?」

穿焼きを見て 必死そうなラグナの顔を見て 思わず笑ってしまう、だって一国の国王が旅立つ友人の為に屋台を探して肉焼き一つ買う為に奔走したかと思うと、とてもおかしくて 嬉しくて、笑いがこみ上げてしまう

「…ははは、ああ それ食って、君は笑っていろ その方が俺も嬉しい」


「ったく、馬乗り潰す勢いで駆け抜ける奴があるかよ、剰え護衛まで置いてくなんざ 国王のすることじゃねぇよ」

そう文句を垂れながら甲冑を着込んだ人がラグナの後に続いて現れる、口振りから察するに護衛の人だろう…しかし護衛の割には偉く口調がキツいな エリスがこういうこと言うのはなんだがラグナは国王なのだからもっと敬わないと……ん?

なんか今の声聞いたことあるような

「ああ、すみません ベオセルク兄様…じゃなかったベオセルク戦士長」

「うぇぇぇぇっ!?!?、べ べ ベオセルクさん!?」

そこには護衛用の鎧に身を包んだベオセルクさんの姿が、ってなんで王族の人が護衛なんかやってるんだ!?

「なんだよ、怪物でも見たみてぇな声出しやがって」

「いや、なんでベオセルクさんが護衛を?というか戦士長?、なんで王族のベオセルクさんがこんなこと」

「王族はやめた」

やめたって…そんな仕事じゃないんだから

「そういえばエリスには言ってなかったね、ベオセルク兄様は継承戦の後 王族としての名前を捨てて、正式に戦士隊に入隊することになったんだ」

そこからラグナは顛末を話してくれた、どうやらベオセルクさん 継承戦が終わるなりもう王族を続ける義理がないとさっさと王族の名前を捨てて戦士隊に入隊したらしい

そこでラグナはベオセルクをただの戦士ではなく王を守る牙として…国王直属の王牙戦士団、所謂護衛部隊にすることにしたらしい、今はベオセルクさんは王族ではなく国王直下の戦士団の団長をやっているとのこと

ちなみにこの王牙戦士団…他の隊員はかつての餓獣戦士団全員とサイラスさんとテオドーラさんというメンツが揃っており、第一戦士隊を上回る戦力を保有している 今現在討滅戦士団に続く戦士隊になっているそうだ

「もうくだらねぇ王族のしがらみには囚われねぇ、晴れて自由の身だ…クカカカ 戦争し放題だ」

「ははは…まぁ、ベオセルク兄様は動ける人だからね、俺もとても助けられているよ」

なるほど、まぁベオセルクさんはそっちの方が性に合ってるっちゃあ性に合ってる気はする、寧ろ天職だろう…実の兄を部下として使うラグナは複雑そうだが

「おいエリス、ほれ 俺からもプレゼントだ」

え!あのベオセルクさんが!?と思ったらなんか懐から水筒を取り出された…なんだそれ

「アスクの奴がお前の為に紅茶を淹れててな、別れの餞別だとよ 中身はアジメクの紅茶だと」

「ああ、アスクさんの…ありがとうございます、お礼を言っておいてください」

「ん…」

ベオセルクさんはなんだか自慢げに手を上げ笑うと、あとはもう好きにしろと言わんばかりに後方で控える…本当に護衛やってんだな あの人

「…やっときたか」

なんてエリスがベオセルクさんに目を取られているうちに、レグルス師匠が そう呟くのだ、やっと?来た?なんて理解する間も無く エリス達の目の前に、隕石が墜落する

「っとと…危ねぇ危ねぇ また踏み潰すとこだったぜ」

「びっくりした…アルクトゥルス様でしたか!」

違う、隕石じゃなくて争乱の魔女アルクトゥルス様だ、髪をボサボサにしながら 多分要塞からここまで跳んできたんだろう、この人にはそのくらいの身体能力がある

「おう、悪りぃ ふっつーに寝坊した」

「なっ!?貴様はなんで毎回毎回大事な日には寝坊するのだ!」

すると師匠は声を荒げアルクトゥルス様に怒鳴り込む、がしかしエリスはわかる 師匠は喜んでいる、師匠は友達を目の前にすると照れ隠しで口が悪くなるのだ、きっと師匠に尻尾があればブンブンと嬉しそうに振られているに違いない

そんな師匠の癖を知っているのかアルクトゥルス様はにへへと笑うと

「いいじゃねぇか間に合ったんだから、そんな喜ぶなって!」

「別に喜んでなどいない!、全く…お前は何年経ってもいい加減なままだな」

「お前はどれだけ引きこもっても素直じゃねぇな」

何を と掴みかかりそうなレグルス師匠の裾を掴んで必死に止める、アルクトゥルス様も面白い半分で煽らないでください!

「まぁ、レグルス…テメェとは久しぶりに会ったのに酒の一つも飲めなかったな」

「…ああ、そうだな」

「だがオレ様達は長生きだからな 時間は山とある、また今度落ち着いたら飲もうぜ、酒を山ほど用意しとくからよ」

「フンッ、良物を用意しておけ…楽しみにしておく」

「…クカカカ、な?素直じゃねぇだろ?な?ラグナ ベオセルク」

「うがーっ!貴様ーっ!」

レグルス師匠落ち着いてくださいぃぃ! ラグナも目を逸らしてないでレグルス師匠止めるの手伝って!ベオセルクさんも素知らぬ顔で眺めてないで!、もうー!師匠ー!!

それから数分経ちレグルス師匠が落ち着いたあたりで、エリス達は馬車に乗り込む 外にはラグナ達がエリス達を見送るように立っている…この国でも多くの友達や仲間が出来た、最初この国に入った時はどうなるかと思ったけれど

エリスはこの国に来れたことを幸せに思う、彼らに出会えたことを 誇りに思う

「それじゃあラグナ …行ってきます」

「ああ、頑張れよ」

最後に交わすのは あっけない言葉だった、だが別れの言葉は言わない エリスは必ず、またきっと ここに戻ってくるから

「じゃ、頼んだぜ レグルス」

「任された、お前もしっかりやれよ」

そんな師匠達の短いやり取りの後、馬車は発つ 、カラカラと車輪が小石を弾き再びエリスの旅が始まる、この馬車での移動も懐かしい気がしてくる

馬車から顔を出して後ろを見れば ラグナがこちらに拳を突き出している、…何も考えずエリスもまたそれに合わせて手を突き出す、どういう意味があるのかはわからないが意味など考えない ただこうしているとラグナとの、友情を感じて なんだがとても…とてもいい気分だ


きっとラグナはこの国で精進を積むだろう、次に会うときは今までのは比べ物にならないくらい強くなっているに違いない、だからこそ エリスも負けられない、この旅で デルセクトで、エリスはもっと強く 大きくなる

「ラグナ…エリスは頑張りますから、応援していてください」

ただただじっと、見送るラグナの姿が見えなくなるまで…見えなくなっても、ずっと呆然とその方角を眺めながら 呟く

「寂しいか?」

師匠は聞いてくる、寂しいかと 寂しいさ…でも決して言わない、口には出さない だって寂しがったら前へ進めないから

「いいえ、またすぐ会えますから」

だからそんな言葉で誤魔化す、自分の気持ちを 出会えば別れる 別れるから出会える、きっとそういうものなんだ この世の中は、一度別れたら二度と会えないわけじゃないだから…そう だから誤魔化すんだ

…ラグナからもらった小袋を抱えて、馬車を手繰る師匠の隣に座る空を仰ぎながら肉を食む、…これは相変わらず美味しいな

でもおかしい、いつもと味が違う…今日のはなんだか少ししょっぱい、食べていると鼻の奥がツンとしてきて目が熱くなる

「はむっ…もぐっ…ぐずっ…はむ」

「………」

黙って ただエリスの肩を抱いてくれる師匠の温もりを感じながら、エリスはただ無心で食べる、食べて食べて 頬を伝う冷たさを振り払うかのように空を見て声を……


………エリスの旅は まだまだ続く



…………………………………………………………


アルクカースの地方も地方、国境付近に存在する外れの砦、お化け砦なんて呼び方もあるような こんな薄暗い谷の奥の岩の窓に 灯りが燈る

「…………」

赤い長髪をゆらゆらと振り子のように振りながら、砦の中を歩くのは 第一王子…いや元第一王子ラクレスだ

ラクレスは国内に動乱を齎そうとした上 アルクカース市場にも多大な影響を与え剰え外部の組織と通じ結託し魔女さえも陥れようとした、その罪を問われ この砦に幽閉されているのに

別にラクレスはこの処置に不満などはない、というか なんだがもう何もかもがどうでもいいのだ、あれだけ胸の奥を滾らせていた炎もすっかり消え落ち、あれだけ力に漲っていた立ち姿も 今や灰のように何も感じさせない

ただ呆然と砦の中で、本を読み続けている…、ともすれば廃人とすら捉えることも出来るほどに、ラクレスという男はが弱っていた、情熱を失ったからだ…永遠の闘争を求める心という名の情熱を…

もはやラクレスを突き動かす物はない、このまま生きていても 何もなさないだろう、きっとこの幽閉の地で一生を終えることになる

が…

「そんなに上手く行きますかねぇ、我々の力を借り 穏やかな余生を過ごせるとでも?」

「……………………」

本を読むラクレスの背後の闇から、黒い服に黒いコートを見に纏った 仮面の男が現れる、仮面 まるで道化のような出で立ちの仮面をつけた男がゆらりゆらりと 松明の火のように現れる

「話が違うではないですか、ラクレスさん…貴方言いましたよね あのゴーレムのコアを使い、超兵器を建造し それでアルクカース中を混乱させると…だから我々のボスも貴方に力を貸したのですよ?」

いや現れたのは仮面の男だけではない、地下施設に居た黒服達がズラリズラリとどこからか現れラクレスの事を囲むのだ、その手に白刃を煌めかせながら

「なのにこの体たらく、全く第一王子が聞いて呆れますな…」

「…何者だい、仮面の不審者など 知り合いには居ないが」

黒服達に囲まれた時点でラクレスはパタリと本を閉じ、視線を動かさずに仮面の男に問うー名を

「おや、そういえばこうして会うのは初めてでしたな、私 『マレウス・マレフィカルム』のより遣わされた 大いなるアルカナが一人…愚者のアレフと申す者でございます」

「似合いの名だ…、マレフィカルムの幹部か?」

「ホホホホ、いえいえ 私などまだまだ木っ端…ですが貴方程度幹部が出張るまでもないと、私がこうして後始末に赴いた所存でございます」

そういう時アレフはギラリと鋸のような二本の剣を裾から飛び出させる、それとともに周りの黒服達も刃を構えて その全てをラクレスへと向ける

「後始末か…私を殺すか?」

「ええ、我々の存在を知り得た以上 どのみち生かしておくつもりはございません、我々はまだ魔女に存在を知られるわけにはいかないのです」

「まるで巨大な岩の下を這い 臆病に丸くなる団子虫だな、貴様らは…」

「なんとでも、我々の千年を超える戦いはもう直ぐ決着なのですから…魔女殺しを成す、その目的を果たすその日の為に 貴方には死んでいただきます」

そういうと抵抗の意思すら示さないラクレスの背後に立ち、アレフは刃を構える

「さて?遺言は、聞くだけ聞きますよ…」

「遺言…か、ああなら…伝えて欲しいことが一つある」

その言葉と共に アレフは静かに、断頭を 処刑を執行する、ラクレスの首に 刃が迫り…


「我王子として死せども…戦士の魂は死せず…とな」





ギラリと白刃が 宙を舞う、ラクレスの首元を捉えようとしたアレフの白刃が、ラクレスの首元に届く前に 其れが中頃からへし折れ、刃の体をなさなくなったのだ

「なっ!?」

「聞こえなかったか?、今の言葉を貴様らの主人に伝えて欲しいと言ったのだ…、たしかに私は王子としての情熱は消え去った もはや我が大願は望むべくもない、だが 私の弟が築き上げる王道楽土…見届けずして何が兄か 何が戦士か!、このようなところで死んでやるわけにはいかん」

「貴様!抵抗する気か!」

アレフの刃を拳の一撃で弾き飛ばし、ゆらりと立ち上がるラクレス その目に確かに情熱はない、されどその意思は魂は未だ燃え上がっているのだ

「無論、貴様らが最初から私を殺そうとていたように、私も貴様らを叩き潰すつもりでいたのだ、私を殺したければ 貴様のような木っ端ではなく親玉自ら出張ってこいと伝えておけ」

「戯言を…殺れ!こいつを生かしておくな!」

「言ったろう…戦士としては死んでないと」

アレフの号令で斬りかかる黒服の斬撃を瞬く間に避けると、その内の一人を殴り倒し 剣を奪うと…

「この程度の人数で始末できると思われているとはな、あまりアルクカースという国を…この国の人間をナメるんじゃないッ!!」

一振り…いや一振りにしか見えない多重の斬撃が 砦の狭い空間に乱れ飛ぶ、まさしく神速の斬撃を前に 黒服達は斬られ苦しむ…苦しむ?そんな暇さえなかったろう、何せ その斬撃は全て黒服達の首を全て的確に落としていたのだから

「き…貴様!まさか今まで実力を隠して…」

「違う、…ただ 剣が軽いのだ、もはや何も気にすることがない、そう思えば思うほど私の剣は冴えていく…、虚しくも清々しい気分だ」

「ぐっ何を言って…しかしこの強さは計算外だ、ここは引かせてもらいますよ、次は更なる刺客を連れてここを訪れますので、そのつもりでいてください!」

「ぬはははは!もうお帰りかい!、なら 勝手口はあっちだぜ?『付与魔術八十二式・紅蓮覇濤』」

「へ?…ぶげっ!!??」

慌ててその場から逃げ出そうとするアレフが、唐突に虚空から現れた巨大な槌に吹き飛ばされ 体を粉々に砕かれながら壁をぶち壊し 彼方まで飛んでいく

「デニーロか、余計な真似を」

「いやいや、あんたの様子を見に来てみりゃ面白そうな鉄火場の真っ最中ときたもんだ、ちょいとひと齧り頂くくらいバチはあたらねぇ筈だぜ」

ドスリとアレフを吹き飛ばした巨漢は白い髭を弄びながらグハハと笑う、既に老齢の身なれど未だこの国最強の名を冠するだけあり、凄まじい技量と膂力の持ち主だ…がラクレスは興味なさげに再び読書に戻る

「…あんた変わったな、計画潰されたのが余程答えたか?それとも弟に負けたのがきつかったか?、あんたまるで燃え尽きた灰みたいだぜ?なのになんで前より強くなってんだよ」

「さぁな、だが…計画は潰え 王族として誇りも失い 弟に論される不始末を受け、もう何もかもがどうでもよくなったんだ…、ただ どうでもいいと思えば思うほど、この身が軽くなっていく…不思議な事だ」

もしかしたら とデニーロは顎を撫でる、もしかしたらラクレスは今凡ゆるしがらみから解脱した状態にあるのだろう、戦いを求める執念も消え 自分を支えていた王族の誇りも消えたそんな中 弟に…ラグナ様との問答でなんらかの答えを得たのだ

確かに今の彼は燃え尽きた灰だ、もはやあの時抱いていた燃え滾る執念も闘争心も持ち合わせていない、だが…だからこそ今の彼は純粋に武者足り得るのだ、…こいつは元々生真面目で誇り高いやつだ 色々と企むより無心で自分を高める方が最初から性に合ってるのだろう

「負けてよかったな、ラクレス」

「…違うな、負けたのがラグナで良かったのだ…あの子私以上に確固たる意志で立っている、そんなラグナの姿を見たからこそ…私はこうして未練がましく生き延びて、彼の国を見守りたいと思えたのだろう」

「ほーん」

そこからは興味がない とでも言わんばかりにデニーロは鼻を鳴らす、こいつはこいつなりの道を開きつつある、ならそれでいいじゃねぇかと…それよりもっと興味を引く存在が目の前に転がっている

「それで?、こいつらなんなんだよ…『マレウス・マレフィカルム』って言ってたな、マレウスって国があるのは知ってるが、そんな組織は聞いたことがねぇ」

「私も詳しいことは知らんさ…」

「だがワシよりかは知ってるだろ?、なんなんだよ」

「……私がここで教えなくても、いずれ分かるさ」

一番嫌な答えが返ってきた、はぐらかすような 先延ばしにするような答え、そんなのが聞きたいわけじゃあないんだがなぁ

「じゃぁせめて聞かせろ、敵か?味方か?」

「敵だ…魔女の、いや…正しくはラグナの 又はエリスの敵だ」

「ラグナ様の…?なるほど そういうわけか、なんとなく合点がいってきたぞ、魔女の意志の敵…ってわけだな」

ラクレスは答えない、答えるつもりがないのだろう なぜそこまで頑なになってその組織のことを口にしないのかは分からない、他に気になることはある どうやって接触したか どういう形で手を貸してもらっていたか、だが本人が語る気がないのならもう聞く気もない

「マレフィカルムはいずれ動き出す…その時がラグナと奴等の戦いの時だ」

「そうかい、そん時までワシ生きてりゃあいいけどな」

「お前は後百年は死なんだろ」

「お?冗談が言えるくらいには元気か?、ならいいや ラグナ様も心配してたから…元気でいろよ、幽閉ったってラグナ様もお前を永遠に閉じ込めておく気はねぇみたいだからよ」

んじゃな とデニーロはその巨体を揺らし 砦の闇へと消えていく、ようやく訪れた静寂の中 ラクレスは再び本に…否 戦術書に目を落とし、浅く笑う

「…ラグナ、君の平穏を守る戦いとやらは、私の求めた永遠の闘争に溢れた世界よりも 厳しく険しい戦いの連続になるかもしれないぞ…」

それでも守り抜くというのなら 決して負けるなよ、其れは人の歴史 積み重ねた悪意の権化 その集大成、人間社会の闇とも言える奴らとその闇に巣食う魔物…ラグナの前に立ちふさがる壁は多い



…………………………………………………………

其れは、頭上に煌めくもう一つの太陽 、遥か天空に打ち立てられた黄金の宮殿、魔女の栄光を指し示すが如く 国全域に光を齎す権威の象徴

ここはデルセクト国家同盟群、いくつもの国家が寄り集まり一つの大国としての姿を持つ 超巨大同盟群、栄光の魔女フォーマルハウトが統べる魔女大国にして世界一の経済力を誇る黄金の国でもある

「……動き始めたか」

そのデルセクトの天空の宮殿に立ち、虚空を眺める一人の騎士、黄金の鎧と漆黒の髪を持つ一人の女騎士が 小さく浅く呟く

「ふむ、アルクカースからこちらに到着するのに一年以上の時間を要するか、十分だ それだけ時間があれば準備が出来る」

女騎士は何を見ているのか?、一面青い空しか映らぬ虚空を見て譫言を吐いているのか?、違う…彼女は見ているのだ、軍事大国アルクカースの平野を行くレグルス一行を 小国をいくつも跨いだその先にあるアルクカースを見ているのだ

当然肉眼では目視できない、だが魔眼でなら遠視出来る 彼女は遠視の魔眼を用い遥か彼方にいる存在を見ているのだ

当然 其れが出来る者など限られる、国全域を見通すなどそれこそ魔女くらいにしか出来ない…が、彼女は別 彼女だけは別、何せ彼女は

「全てフォーマルハウト様の意志のままに、このグロリアーナが貴方様の願いを叶えましょう」

名をグロリアーナ  デルセクトの軍事部門の頂点に立つ同盟元帥 グロリアーナ・オブシディアン、デルセクト国家同盟群最強の存在にして僅か二十歳と少しで 隣国アルクカース最強の戦士デニーロに並ぶ実力を持つ怪物

その魔術の腕は 魔眼のキレは、魔女に次ぐ程の物を持つのだ…魔女の真似事くらい彼女からしてみれば造作もないことだ

「レグルスが…来ましたのね」

「ッ…!?」

そんなグロリアーナが顔色を変える、背後に立つ 存在に驚愕し、振り向くと同時に跪く、軍事部門の頂点たる彼女は この国でも有数の権威を持つ、彼女は誇り高く容易に首など垂れぬ 相手が五大王族に名を連ねる一員であろうとも 決して…

グロリアーナが敬うはただ一人、この国の頂点 同盟群の中に数いる王族貴族の遥か頭上に存在する、唯一無二の超存在

「魔女フォーマルハウト様!」

「…グロリアーナ、誰が勝手に我が眼前に跪いて良いと言いましたの?」

「ハッ!申し訳ありません!」

栄光の魔女 フォーマルハウト、グロリアーナが唯一絶対の忠誠を誓う相手が今ここに 目の前に立っているのだ、黄金の宮殿の金より尚も輝く黄金の髪を風に揺らし、この世の凡ゆる宝石にも勝る 白の肌を晒しながら、今ここに立っている

その事実にグロリアーナは驚愕する、フォーマルハウト様は余程のことがない限り外へは出てこない、普段はこの黄金宮殿か ここにつながる翡翠の塔の中だけにしか現れないというのに

魔女レグルスがこちらに向かっている、ただそれだけで 態々外まで出てきたのだ……

グロリアーナは嫉妬する、激しく嫉妬する やはり魔女レグルスはフォーマルハウト様にとって特別なのだ、寵愛を受ける私よりも…そこでグロリアーナは思考を停止する、これ以上の嫉妬はフォーマルハウト様に対して無礼極まる行為であることに気がついたから

「グロリアーナ…支度の方は?」

「既に終えています、いつどどのような形で魔女レグルスがこの国に到来しようとも 計画通り事を進める事が可能です」

「そう…ククク」

魔女フォーマルハウトは口元を歪め怪物のように笑う、グロリアーナの報告を聞いて満足そうに肩を揺らし ニタリニタリと笑うのだ、レグルスがこの国に現れた時点でフォーマルハウト様の計画は動き出す

その果てない欲を満たす為の絶対の計画が…

「あの、魔女フォーマルハウト様」

「なんですの?グロリアーナ」

「魔女レグルスは弟子を連れていますが、そちらは如何いたしますか?」

「…興味ありません、路傍の石には一抹の価値も見出せませんので、捨て置きなさい」

「畏まりました」

興味がない とフォーマルハウト様が仰られた時点で グロリアーナは魔女レグルスの弟子の事を思考から外す、魔女様が興味を示さない物に構う時間などない…もし邪魔するのなら消すだけだ

「クフフフ…クハハハハ…アハハハハハハ!!、レグルス!ああ 今から貴方の到着が待ち遠しい…!この時を待ち侘びましたよ!、レグルス!」

爆ぜるようにフォーマルハウトは笑う、高く高く欲望を発露させるように ゲタゲタと、その目に妖しい輝きを秘めながら…

見つめる先はただ一人 ただ一つ、孤独の魔女レグルス…古き友の顔だけだ

……………………第三章 終
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