孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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六章 探求の魔女アンタレス

133.孤独の魔女と消えた下着の行く末

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魔女大国とは その全てが魔女の意のままによって姿を変える、魔女が緑豊かな姿が好きならば大地に草は茂り、力強い大地を望めばゴツゴツとした岩肌を晒すだろう

それが最も著しいのは気候だ、魔女が望めば地形地理を無視してその国には四季が訪れる…

例えばアジメク、あそこは本来は不毛の砂漠のあった土地で年中強い日差しが降り注ぐ過酷な大地だったが、スピカ様の力により春は暖かく夏は暑く 秋は実り冬は寒い…と 季節が生まれているのだ

対するアルクカース、あそこには季節が無い アルクトゥルス様がそれを必要としていないからだ、故にアルクカースは年中を通してやや平均よりも高い気温を維持し続けている

デルセクトもその気が強く あまり季節の変化を感じない国だ…


そしてこのコルスコルピだが、ここには季節がある 四季がある 春は花開くし夏はまばゆい太陽が煌めく 秋は葉が赤く彩る、そして冬は雪が…そう 四季がある故に年中街は顔を変えるのだ

エリスがこの街にやってきてもうすぐ一年経つし、毎日この街を見ていたからよく分かる

今 外には雪が降っている、季節は冬 一年ももう数える程度しか残っていない年の瀬、そのな年の瀬に エリス達の屋敷にて とある事件が起こった


エリス達は夏季の長期休暇を終え 再び数ヶ月の学園生活の後、再び一ヶ月ほどの冬季休暇に入った、こちらは雪が激しくなるなどの理由で出来た休みであるため夏季休暇よりもやや少ない

とは言え休みは休みだ、夏季休暇とは違い 今回の長期休暇は家でゆっくり休むと決めたエリス達は その宣言通り 、屋敷で平穏た日々を過ごしていた

そんなある日 事件は起こった


「エリスのパンツがありません」

冬季の長期休暇に入った日の朝エリスはそう口を開く

朝の食事を囲むこの場にて言うべきことでは無いのかもしれないが、一応報告事項として 朝食を食べる皆にそう告白する

パンツがない…と

「………」

「………」

その瞬間 デティとメルクさんの視線が油の切れた仕掛けのようにゆっくりラグナの方を向く、盗まれたのはパンツだ エリスがよく使うパンツ

これが財布とか手帳とかならまたは話は違ったが、パンツなのだ それを欲する人間というものは非常に限られる

そしてこの場において容疑者として名を連ねる者は一人しかいない

ラグナだ、彼は視線を受けると 立ち上がり

「み みんな俺がやったってのかよ!?」

「いえ、そう言うわけではありませんが…」

「あのな!そんな卑劣な俺がするわけないだろう!心外だぞ!みんな!」

ラグナは激怒する、そんなことするわけがないと エリスだって知ってる、ラグナはそんなことしないと

彼は高潔な人間だ、パンツどころかそもそも人のものを盗むような真似はしない、彼は己の名に恥じる行いをすることはない、それは分かっている

「…まぁたしかにそうだな、情欲が爆発して遂にやったかと疑ったが すまないな」

「ラグナの魔力も嘘ついてないね、一応確認しただけだって」

なははと笑うデティに なんだよそれ とやや不機嫌そうに座りなおす、不快な思いをさせてしまったようだが そうじゃない、問題はそこじゃない

「えっと、実はなくなったパンツ エリスのだけじゃないんですよね」

「…なんだと?」

事の始まりは昨日、昨日はエリスが洗濯当番だからみんなの衣服を洗濯して乾かしていたのだが、その時気がついた

下着の枚数がどう考えても足りないのだ、エリスはこの屋敷の住人の衣服の枚数は全て細かに把握しているが、見たところ みんなの衣服 それも全員のパンツが一枚づつ無くなっているのだ

「全員だと?、それは私やデティも…ラグナまでもか?」

「はい、きっちり一枚づつありません、クローゼットの中も確認しましたが やはりありません」

「えぇー!私のパンツもないのー!?」

「はい、メルクさんのメチャ高そうなパンツもデティの可愛いかぼちゃパンツもラグナの動きやすそうなパンツも、なくなっていますありません」

「俺のまで?…それに一枚づつってぇと、風で飛ばされたとは考えにくいな」

ラグナを疑う空気感一変、完全に会議ムードと変貌する

パンツであれシャツであれハンカチであれ、物が消えたと言う事実に変わりはない これもしデティだけ エリスだけかならわかるが、ほぼ同時に全員の一枚づつなくなったとあれば、それはもう人為的な消失と言わざるを得ない

「盗まれた…つまり、下着泥棒が入ったってことか?」

「少なくとも昨日の昼までは確実に存在していたと記憶していますので、そこから今日の朝までの間に何者かが盗ったと見るべきでしょう、多分 ベランダに干し時取ったものと思われます」

「ふぅむ…」

エリス達は洗濯物を日中外に干している、一応取られないように屋敷の二階を使っているのだが、恐らく 下着泥棒はよじ登って取ったと言うことだ

これからは洗濯物の干し方も考えねばなるまい、まぁ今はそれより

「しかし下着泥棒?メルクさんのなら使い道は分かるが…」

使い道って…なるべく顔には出さないがちょっぴほっぺが熱くなる、そう言う使い方は…その…エリスもしたことがないとは言えないと言うか、ラグナに借りた上着の匂いを嗅いで寝た身としてはそのえっと…

「俺やデティまで盗まれるのはちょっとおかしくないか?」

「ラグナー!それどう言う意味ー!?」

「価値があるかないかの話さ、まぁ言っちゃあ悪いがクソみたいな変態相手にはそう言うモンも商品的な価値がある、だが俺は男物だしデティのは子供パンツだろ?」

「うっさいわ!、…でも うん 売り払うなら多分メルクさんのパンツを盗むよね、確かあのパンツって凄く高くなかった?」

「ああ、家が買える」

どんなパンツですか…、いやでも確かに分かる 売るならメルクさんのだ、誰がどのパンツか分からないから手当たり次第、って言ってもそれで男物やかぼちゃパンツまで盗む理由はわからないし

それに、だとするならメルクさんの私服はもっと高いし高そうだ…エリスならそっちを盗む 盗まないけど

「ううん、なんかよく分からない事になってきたぞ…メルクさん 何か分かるか?」

と ラグナはメルクさんに話を振る、この手の話はメルクさんの専門だ

というのもメルクさん、元々国内の事件解決を担当していた元軍人、その手の犯罪知識は多く持つ、エリスも彼女と一緒に仕事したからよく知ってるしね

メルクさんは顎に指を当て…ふむ、と考えると

「まず犯人の目的だが、私的使用はあり得まい そして学生である可能性が高い」

「ほう、そりゃどうして」

「我々が家を空けるのは昼間だ、昼間は住宅街の周りの目もあるからな、そんな中出歩いていても怪しまれない人物は まぁこの街なら学生が一番だろう、我々が家を空けていることは学生なら知っているだろうし、授業を適当な理由で休めばどうにでもなる」

確かに、見るからに怪しい奴がうろついてたら流石に周りからも怪しい目で見られる、そしてそう言うやましい奴ってのは視線を何より嫌う、注目されない工夫か注目されない人物でなければ真昼間の犯行は難しい

この街は平日でも不真面目な生徒は昼間から出歩いてたりするし、『遅刻してしまいました』って顔して外に出てれば怪しむ人間はいない、そのまま隙をついて二階によじ登れば反抗は可能だ

「で?何に使うつもりなんだ?」

「さぁな、だが私的使用はさっきも言ったがあり得ない、そのつもりなら全員のを盗む意味がないからな、恐らく金銭へ変えるつもりだろう…、最近じゃ我々の人気も出てきたからな、そう言うのに対して我々の私物を売る、よくあることさ」

「よくある事なんですか…」

人気者とは損なもので、そいつの人気を使って一儲けしようと言う人間は少なからずいる、そしてそれを強引に推し進めようとする人間は大体手段を選ばないし 割りを食うのはいつも注目される側だ

しかし、受け入れられたと思ったら今度は下着を盗まれるとは、嫌われるにしても好かれるにしても 注目されるとロクな事がないな、師匠が山奥で暮らす気持ちがわかるよエリスは

「しかし参ったなあ、下着の一枚くらいくれてやってもいいが それでそいつに儲けが出ると厄介だぞ?」

「え?、そうなの?ラグナ」

「ああ、だって儲かるって分かったら続けるだろ?、で それを良しとして無視すればどんどん家から物が盗まれる 真似する奴も出てくる、俺達が学園から帰ってきたや家財一式全部持ち去られてる可能性もあるぜ」

ラグナの言い方は大げさだが、言ってしまえば今回はベランダに干してあった下着を持っていかれた『程度』だ、これがもし儲けになると相手に知られたら 今度は屋敷の中に入ってくるかもしれない、もっと貴重品を持っていくかもしれない 

エリス達だっていつも家にいるわけじゃないし 防犯にだって限界がある

「鍵閉めるとかだけじゃダメなの?」

「なりふり構わない奴はそんなもんぶっ壊すさ、…一番の防犯は 犯人ぶっ飛ばして知らしめるしかない、俺達に手ぇ出したらブッ殺すぞってな」

「まぁ殺しはしないにしても、目の前で犯行が行われたのだ、見過ごす謂れはない 我らで犯人を捕まえよう」

というとメルクさんは朝食を終え立ち上がると、いつもは着ない 頑丈なコート、そう…エリスと一緒にデルセクト中を駆け抜けていた頃の懐かしいコートに袖を通す、懐かしい格好だ エリスも執事服着た方がいいかな

「ああそういえば…」

するとデティが何かを思い出したのか、ふと 口を開く

「なんだ?いきなり目撃証言か?」

「ああ、犯人か分からないんだけど ちょっと噂話を聞いてさ、最近…不審者がうろついてるんだって」

不審者が、この街で 恐ろしい話だ、人間何もしてなければ怪しく見られることはない、怪しい奴は何かしらの理由がありそう見られ その大部分が法に抵触する物を抱えている場合が多い、偏見かもしれないが

「なんでもその人…この街で一番金持ちそうな家はどこかって聞いて回ってるんだって、目深く帽子をかぶって 血のような赤い目をして、ギラギラーってしてるって」

「金持ちそうな家?、…ここだな」

明確にエリス達の家を…いや 金を持ってそうな家を探してるのか?、もしかしたらそいつが犯人、いやでもメルクさんの予想とはかなり外れている気がする、学生でもないし

というか…赤い目?、嫌だな バシレウスじゃないよな、まぁ赤い目くらいなら普通にいるし、ラグナも師匠も赤い目だ

「それでね?そいつ…、聞いた話だと 服の裏側に銃隠し持ってるんだって、銃だよ銃!メルクさんの持ってるそれと同じだよね?」

「ん?ああ…しかし銃?おかしいな…」

メルクさんが考え込む、銃か…デルセクトじゃよく見たが 他の国じゃあまり見ない代物だ、しかし銃で武装してるとしたら怖いぞ…あれは本当に怖い、もしそいつがエリス達の命を狙ってるなら 夜もおちおち眠れない

「恐ろしいな、…デティ 外を出るときは俺達から離れないようにしろ」

「うん!、私みんなと違って銃で撃たれた死んじゃうからね」

「エリスも普通に死にますよ、ラグナは死なないでしょうが」

「死んだ事ないから分からんな」 

エリスは知ってるよラグナ、メルクさんに撃たれた時ラグナ平然と銃弾キャッチしてたじゃないですか…

まぁいいや、今日は休日 片付けられるなら今日問題を片付けてしまおう、そう考える食器を片付けていると

「ん?お客さんかな」

扉がノックされる、客人だ エリスは他のみんなに先立って返事をしながら玄関へ向かう、昼間から客人 いやそもそもエリス達のところに客人が来る事自体珍しいのだが

確か前回は扉を開けたらおっぱいのお化けがいて度肝抜いたんでしたね、今回はひっくり返らないようにしなければ

「はいはい、ただいま…っと」

急かすように何度も叩かれる扉に返事をし、ドアノブを回し それを開ければ、登り始めた太陽の光が外から眩く差し込み、そんな光を背にそれは立っていた

「……お前は……」

「あ…貴方は…貴方は!?」

腰が引ける 恐怖で声が裏返る、だ だってそこにいたのは、玄関先で立っていたのは エリスがずっと危惧していた存在、ここに来ないでくれと祈っていた男

「バシレウス!?貴方何故ここに!」

バシレウス、蠱毒の魔王バシレウス・ネビュラマキュラ エリスと同じ魔蝕の子にして大国マレウスを統べる若き王、それが玄関先で立っていた

特徴的な白い髪とギラギラ輝く赤い目を見せつけながら

「…………」

「な 何をしに来たんですか!」

バシレウスはエリスの顔を見つめて目を細める、笑うでも怒るでもなく見つめている、何を考えているんだ

そう言えば以前言っていたな、『いずれお前を迎えにいくから、花嫁衣装を用意しておけ』と、エリスと結婚することを一方的に取り決めたあいつはそう言っていた、まさか迎えに来たのか?エリスを探してここまで来たのか?

結婚なんてまっぴらだが、今 エリスがこいつと戦っても敵わない、冒険者協会の試験でこいつが叩き出した魔術の威力はエリスのあの時点の最高火力の倍ほどだ、エリスも強くなったがこいつはきっともっと強くなって

「…おい」

「っ!近寄らないで!」

「違う、待て 誰と勘違いしている…俺はそんな名前じゃない」

「は?…貴方どう見てもバシレウスでしょう?」

違う違うとバシレウスは…いやエリスがバシレウスだと思った人間はプルプル首を振る、なんか…犬みたいだな、バシレウスはもっとこう 体から狂気を滲ませていた、対するこの人はどうか …バシレウスによく似た髪と目をしているが、ううん 顔つきは逆光でよく見えない

もしかしてエリスの早合点?だとすると超恥ずかしい、しかし じゃあ誰だ…

「俺はバシレウスではない…、それより聞きたいことがある、ここはメルクリウス様の邸宅ではないのか、お前は誰だ」

「え?、メルクさんを知ってるんですか?」

コクコクと今度は首を縦に振る、なるほど 確かにここは表向きにはメルクさんの家だ、訪ねてくる人間がいるならそれはメルクさんの知り合いしかないか

しかしメルクさんの知り合いにこんな人いたのか、エリスと別れた後知り合った人か?

「メルクさーん!メルクさんにお客さんですよー!」

「ん?、私にか?」

と メルクさんがひょっこりダイニングから顔を出すなり、バシレウスによく似た男はジタバタと暴れるように家に上がり込み メルクさんに向かっていくと

「メルクリウス様…!」

その目の前で跪いた、恭しく それでいて丁寧に優雅に、その所作の整い方からエリスは理解する、彼はおそらく軍人 デルセクト連合軍の軍人だ、軍部所属時代のメルクさんと同じ雰囲気がしている

そんな跪く男を見てメルクも僅かにみくりの目を揺らすと

「シオ?、シオか?何故お前がここに」

「俺は……ぁーー……」

メルクさんの声に反応し勢いよく立ち上がった瞬間、動向をグリンと上へ向け…

死ぬように倒れた

「た 倒れたぁーっ!?」

「むっ!、気絶している…おいデティ!治療頼めるか!おいデティ!」

「何何何事ー!ってこの人誰ー!?」

「いいから!早く!」

「あ…あい!」

…………………………………………………………

エリス達は再び食卓に並ぶように座り、目の前のそれを…テーブルの上の食事を優雅な所作で食べる男を…くたびれたコートを着込んだ男を見つめる


「助かった、二日ほど飲まず食わずでいた為…自分の体の限界に気がつかなかった」

白い髪を揺らしパンを頬張る男はそういうとぺこりと礼をする、どうやら彼処で倒れたのはいわゆる行き倒れ、マレウスでエリスが拾ったヤゴロウさんと同じ状態だったらしく、デティが軽く治療すると体調を整え お腹を鳴らしてすぐに起きがってきた…

なので今はこうして朝食の余りを使って作った料理を振舞っているのだ

「まさかメルクさんほど知り合いだったとは、エリス勘違いしてしまいました」

「俺も…直ぐに名乗らなくてすまなかった、メルクリウス様出迎えてくれるものとばかり思っていたので…、驚いてしまった…」

彼の名前はシオさんと言うらしい、メルクさんがエリスと別れ 同盟首長になった後創設した同盟首長直属部隊 『アマルガム』の隊員にして銃の名手 メルクさんの懐刀として活躍する青年らしく、年齢はエリスと同じ…

しかし何より特筆すべきは見た目 こうしてしっかり見ると、バシレウスとは似ても似つかない

似てるのは髪色だけ、目もよく見ると赤ではなく色が濃いだけで金色に近い、顔つきもバシレウスみたいな狂人って感じではなく、どちらかと言うと女の子みたいに整った可愛らしい顔をしている

その野太い声と男物の服とがっしりした体がなければ女と錯覚してしまいそうになる

「ああ、シオは私のデルセクトでの部下で…今はデルセクトで仕事をさせているはずなんだが」

「はい、俺はザカライア様から伝言を受け この国のアルカナについて調査していました」

アルカナの!そう言えばザカライアさんにそんな依頼をしたが、あれからまだ2~3ヶ月しか経ってないぞ!?、スピーディに動いてくれるんだな メルクさんの部下は

「ほう、それで?何かわかったか?シオ」

メルクさんは足を組みながら聞く、その様はどうしようもないほど様になり まさにデルセクト国家同盟軍といった様子だ

「はい、デルセクトの所有する情報ラインをフルで使い、俺も裏で色々調べた結果、…アルカナ幹部の所在の大部分が分かりました」

アルカナ幹部の所在、エリスは旅先で出会った幹部と行き当たりばったりで戦っていたからイマイチ奴らがどこに何人いるとか考えたことなかったな…

するとシオは胸元から紙を一枚取り出すと

「アマルガムの調査の結果、今 大いなるアルカナの主な活動拠点はポルデューク大陸のアガスティヤ帝国であることが分かりました」

「ポルデューク大陸?しかもアガスティヤとは」

アガスティヤ帝国、このカストリア大陸とは別のもう一つの大陸 に存在する大国家、魔女様たちの中でも最強と名高い『無双の魔女カノープス様』が保有する国の名だ

所有領域…世界最大

保有戦力…世界最強

国内設備 …世界最新

文明強度…世界最高

まさに最強の魔女が統べる最強の国、今この世界に存在する大まかな暗黙の了解は全てこのアガスティヤ帝国が取り決めたことらしい、…他の魔女様も逆らわないのは カノープス様と事を構えたくないから、そうさせるほどに この国は カノープス様は強い

そんな国でアルカナ達は活動していると言うのだ、驚きはない 寧ろ合点がいった、マレウスに本部があるくせに 中にいる幹部の数があまりに少なく弱かった

10番以降のNo.保有者が一人もいない…となれば本部以外の場所にいると見ていいだろうと予想していたが、まさか別大陸にいたとは

黙りこくるエリス達を前にシオは報告を続ける

「アガスティヤ帝国で存在が確認されたアルカナは七人、No.11 力のテッド No.12刑死者のメム…」

No.11 No.12、どちらもコフより上だ…まぁコフは全力を出せばこいつらより上だといっていたが、逆に言えばあんなに強くても 最強とは一度も口にしなかった、つまり あれより強い奴が組織にはいるんだ…

「そしてNo.17 星のヘイ No.18月のカフ No.19太陽のレーシュ No.20審判のシン そして最高No.を持つNo.21宇宙のタヴ…これら七人の存在が確認出来ている、特にNo.17から上の五人はアルカナの主戦力とも言われる最高幹部であり 彼らは組織内で『アリエ』と呼ばれているそうです」

なんかたくさん名前出てきたな、しかもどれも高No.だ…ここまでくると今のエリスでは相手にならないだろう、何せコフでさえ本気を出しても最上位になれないといっていたんだ

こいつらがいるのはポルデューク大陸のアガスティヤ帝国…、このコルスコルピを超え 途中のエトワールを超えたらここにたどり着く、それまでに強くなっておかないと

…というか 最大がNo.21なの?、アルカナの幹部って二十二人だよな、あと一人はどこへ?、それにNo.12から17までの間の四人はどこへ、なんか アルカナの状態がわかったようなわからないような

「アリエ…切り札という意味か、アルカナの切り札達が全員大陸外にいると」

「はい、そして どうやらNo.13 No.14 No.15 No.16 の四人は、この国にいるようです」

「ッッ!!」

いるんだ、やはりこの国に…しかもNo.13から16まで…、No.17から組織の切り札『アリエ』である事を考えると、組織内でもトップクラスの実力達が四人 この国にいると見ていいんだ

「そいつらの情報は?」

「ありません、どうやら姿を隠し隠密しているようで、ただ…この四人の指揮を執っている人間の名前は分かりました、…名はNo.15 悪魔のアイン、アルカナの中でも一二を争う外道と聞きます」

アイン!ヨッドが最後に口にした名前!やはりそいつがこの国で指揮を!…というかNo.15なのにNo.16も下にしてるのか?、No.って必ずしも偉さに直結しないのかな

しかし15か…強そうだな、どんな奴なのかな…勝てるかな

「そうか、いやしかしよくそこまで調べてくれた シオ、お手柄だな」

「全てはメルクリウス様のため、アルカナの居場所を見つけ次第 俺が始末しておきます」

そういうなりシオさんは懐から綺麗な装飾をした拳銃を取り出し…って不審者ってこの人かよ!、まさかそれチラつかせて話聞いて回ったわけじゃないだろうな!?

「絶対にやめろ、大いなるアルカナの幹部は凄まじく強い…、居場所を見つけ次第ここに連絡に来い、決して一人で先走るなよ」

「…了解しました」

シオさんはやや残念そうだ、もしかしたらメルクリウス様のお手を煩わせるまでもないと驕っていたか、或いは自らの主人の一時の平穏を守ろうとしてくれていたのか、だがもしその高No.の幹部と一斉に接敵すれば …命の保証はない

特に悪魔のアインは味方でも即座に見切りをつけて殺しにかかるような恐ろしい存在だ、シオさんがメルクさんを案じるように メルクさんもまたシオさんの身を案じているのだ

「では、俺はアルカナの調査任務に戻ります 」

「…あ、いや待てシオ、任務中にすまないが 一つ探し物を手伝ってもらえるか?」

「?、大丈夫ですよ 俺は飽くまでパイプ役、調査自体はミレニア隊長やトリスタンがやっているので」

「実はな、今日我々の下着が盗まれてな その下着泥棒の捜査を手伝って欲しい」

刹那、落ちる落雷 ピシャリと音を立ててシオの頭を直撃し、受ける衝撃…まぁ比喩だが

でもそのくらい衝撃を受けたらしくあまりのことに痙攣しながら唇を震わせている、この人本当にメルクさんのことが好きなんだな

「メルクリウス様の…下着が…」

「ああ私のパンツだ、時価金貨300枚のパンツだ」

高…宝石かよ、なんて思ってるとシオは再び懐に手を入れ

「殺してきます…!」

「ダメだ、殺すな いつも言ってるだろ」

「しかし許せません!、メルクリウス様の下着を…下卑た男が触れるばかりか持ち去るなど、万死に値する…極刑に処すべきです、俺に任せてください なるべく長く苦しめてじっくり殺します」

「だから殺すな」

「では…生まれてきた事を後悔させ 殺してくれと懇願されても決して殺しません」

言い方ぁ!、でも本当だったらエリス達がこのくらい怒らなきゃいけないんだろうな、でもなんか 最近エリス達を取り囲む問題達に比べると、下着泥棒がどうにも小さく思えて仕方ない、下着だろうが宝石だろうが 泥棒は泥棒、犯罪は犯罪なんだけどね

「ではシオ、任せられるか?」

「…はい、いつものように」

「え?、いつものようにって…何をするんですか?」

「シオが犯人を追跡する、この子は鼻がいいんだ」

というなりメルクさんはシオにハンカチを手渡すと、シオはそのハンカチに顔を埋め匂いを嗅ぎ始める、何やってんだ?…いや鼻がいい?まさか匂いで追跡するというのか、だとすると凄いぞこの人 まるで人間じゃなくて犬だ、メルクさんの犬だ

「ああ…メルクリウス様…」

メルクさんの匂いを嗅いで恍惚とした顔をしているのは無視したほうがいいですかね?メルクさん、真顔でガン見してますけどそれどういう感情の顔?

「匂いで追跡を?」

「流石に普通の匂いでは無理だ、だがシオは私のボディガードとして 常に私の居場所が分かるように訓練してあってな、匂いもその一環なんだ…こうして私物を渡しておけばその精度は格段に上がる」

本当に犬だな…忠犬だ、しかし居場所が分かる訓練って人間相手に調教でもしたのか?、まぁこの様子じゃシオも喜んで調教を受けたんだろうけど

「先程は匂いを過信しすぎて逆に迷ってしまったが、メルクリウス様がお側にいる今なら 決して誤つことはない、メルクリウス様 こちらへ」

「うむ、ではエリス 付いてきてくれ」
 
「分かりました、ラグナとデティは?」
 
「二人は留守番だ、もしかするとまた盗人が現れるかも知れんからな」

「おう、任せろよそっちも気をつけろよ、って その様子じゃ大丈夫だろうけど」

とラグナの視線の先にはギラついた目をしていつでも懐の銃を抜けるように構えている狂犬がいる …シオだ、エリスとしては犯人と戦闘になることよりもこの人が勢い余って殺さないかの方が心配ですよ

「お留守番してるね、エリスちゃん メルクさん…殺してきて!私の下着取ったクソやろう!」

「お任せを、メルクリウス様の従僕の名にかけて必ずや」

「だから殺さんって」

そしてエリス達はメルクさんの従僕を名乗る人間 シオさんを仲間に加え、下着泥棒の元へと向かうこととなる、しかし…本当に匂いで居場所なんてわかるのかな、この場においても エリスの疑念はなんとなく晴れないのであった

………………………………………………

「こっちです、メルクリウス様」

「ああ」

そう言ってメルクさんを先導するように人通りの雑多な大通りを歩くシオさん、彼は今匂いでメルクさんの下着の場所を探っているようだ、その足取りに迷いはない

偶に確認するようにハンカチに顔を埋めたりするが、本当に分かってるのかな…、メルクさんがここまで信頼するってことはそれなりに実績のある人なんだろうけどさ

「…しかし」

とシオさんが先を歩きながらチラリとこちらを見る、メルクさんではなくエリスだ

「貴方がエリスさんでしたか」

「え?、エリスのこと知ってるんですか?」

「当然、メルクリウス様が無二の盟友であると語っていたから知っている、あのメルクリウス様の盟友と聞いていたから もっとこう…とんでもない人間かと思っていたら、事の本人が普通の少女で少し面を食らった」

とんでもないって、メルクさん一体エリスのことどんな風に話してたんだ…

「エリスはそんなとんでもない人間ではないですよ」

「そうか?、僅か五歳の時から盗賊団を相手に立ち回り…、アジメクでは元宮廷魔術師を単独で撃破、10歳にも満たない年齢で継承戦で輝かしい実績を残し デルセクトでは軍部さえどうにも出来なかった闇を打ち払う、マレウスでも史上初の登録と同時に三ツ字冒険者入りという快挙を達成…、これがとんでもなくなければ なんなんだ、恵まれた才能…羨ましい限りだ」

シオさんはやや嫉妬まじりに言う、…敬愛するメルクさんの隣にいた人物としてエリスにも些かの尊敬を寄せてくれていたのか、はたまたかつてメルクさんの隣に立っていた存在として嫉妬しているのか…

だがまぁ確かにやったことだけをピックして言うなら凄い事なんだろうが、実際は苦労の連続だったしエリス一人では何も出来なかったことの方が多い、エリスは才能ではなく出会いに恵まれていたんだ

「シオ、私の友人にあまり失礼な口を利くな」

「すみません…」

「いいんですよメルクさん」

「そうは言うが、君は立派な人間だ 君が旅をしていなければ私の右腕にしていたくらいなんだぞ?」

エリスを?そりゃありがたいが…それはつまりあの貴族社会でやっていくと言うことだろう?、それは勘弁願いたいな エリスは旅してるほうが性に合っているから、でも表立っては断れないので曖昧に笑って誤魔化しておく、誘い自体は嬉しいしね

「メルクリウス様だけじゃない 五大王族も皆口を揃えてエリスさんを讃える、あのグロリアーナ様でさえ エリス様には恩があると語っている、…それだけの功績があなたにはあるんだ」

「みんなが…、そうですか」

ザカライアさんにレナードさん セレドナさんにジョザイアさん、そしてグロリアーナさん、ザカライアさんにはこの間会ったし グロリアーナさんもこの間の舞台を見にきていた、まぁ 忙しかったのかエリス達の前には現れなかったけど

ともあれあの人達はとうの昔にエリスのことなんか忘れてると思ってたけど、そっか 覚えてくれてるんだ、…また会いたいなぁ、エリスのいた頃とは変わっているんだろうけどさ

「ですがエリス様、もし貴方がデルセクトに戻ってきて再びメルクリウス様の側近になろうと思うのなら、…その時は俺…貴方には負けないので そのつもりで」

「シオ!お前!」

「いいじゃないですかメルクさん、…安心してください シオさんの居場所を奪うことはありませんので」

エリスは今の所デルセクトに就職するつもりはないと言うとメルクさんは心底残念そうな それでいてなんとなく分かっていたように笑う

まぁ、エリスはシオさんの居場所を奪うつもりもその領域を侵害するつもりは毛頭ない、だってエリスじゃシオさんのように全てをかけてメルクさんに尽くせない、エリスじゃあもうそこに立てない

だけどさシオさん、貴方だって エリスの居場所は奪えないんですよ?、エリスはメルクさんの従僕ではない、親友なのだから この場所だけは奪えないし奪わせない、絶対にね

「そうですか…、っと こちらですね」

するとシオは足を止め、大通りから外れた道を見る、…確かこの先には

「なんだ?この先に犯人がいるのか?」

「確かこの先には…商家の倉庫がありましたね」

「はい、恐らくそこです」

脇道にそれれば当然人通りは少なくなる、このまま真っ直ぐ進めばその倉庫には辿り着けるが本当にそこに犯人がいるのか…、だが まぁ とりあえず行ってみるか、話はそれから、いなければいないでそれでいい

…………………………………………………………

ディオスクロア大学園 商術科 第970期生テリー・カンパヌスは町の商家の息子である

この本だらけの街で珍しい雑貨を代々取り扱う店『カンパヌス雑貨店』を営む家系に生まれた子だ、店はとても裕福とは言えないが長い時間をかけこの街に居着いた事もあり、街人からも一定の信頼を得ており、老舗として街人には有名だ

ただ、テリーは店のこの評価を気に入っていなかった、地域に必要とされる密着型の雑貨店…この評価は敗北者が街にヘドロのようにへばりつきなんとか手に入れた崖っぷちの名でしかないと

父も祖父も大祖父も、皆 そのようなギリギリで防御姿勢を取る愚か者だと テリーは常々思っていた

自分は違う、自分には商家としての才能がある 既に商才は父を上回っていると自負しているし、学園内で始めた消耗品の販売という商売も軌道に乗っている 、もう既に自分は金を稼げるんだと理解していた

夢はカンパヌス雑貨店を大きくし デルセクトでも幅を利かせられるような大きな商会にすることだ、自分にならそれが可能だし 瞬く間にこんな古ぼけた街など脱却し世界に羽ばたいていけると信じていた

だが、その為には金がいる 店を大きくするのにも大きくした後やっていくのにも金がいる、とにかく金がいるし金を手に入れるには時間がかかる…

卒業してから貯めていたんじゃあまりにも時間がかかってしまう、情熱も行動力も溢れる全盛期をそんな貯蓄に注ぎ込んでいては世界じゃやっていけない、だからせめて学園にいる間に卒業後の活動資金を貯めておきたい

既に学園内で始めた小売のテリーカンパニーは軌道に乗っているが、学生の消耗品を売っても売り上げなど高が知れている、もっと莫大に金がいる

そこで目をつけたのが最近頭角を現してきたラグナ達反ノーブルズ派の連中だ

これは好機にして商機踏んだ彼はラグナ達に内緒で彼らに関する商売を始めた

試しにラグナの着ている上着に似た服を売ってみたところこれがまぁ結構売れる、当然同じものではなくよく似た安物なのだが、それでも元値の5倍で売っても平然と買っていく生徒を見て テリーはしめた、味を

彼等の名前を貼り付けて売ればそれだけで商品価値が生まれるんだ、ノーブルズ相手には怖くて出来ないが 別に学園内では大した権力も影響力も持たないラグナ達は格好の商売道具だ

売った 売ったよ色々と、彼等の身につけているものと似たようなもの、彼らが美味いと言った(とテリーが勝手に言っている)水とか 太鼓判を押した(とテリーが勝手に言っている)剣とか杖とか

これがまぁ面白いくらい売れんだから人気者とはありがたいものだ


そして、冬の長期休暇に入る直前 こんな話を聞かされた…

『エリスちゃんの身につけている物はあるか、ハンカチでもなんでもいい』

と目の血走った気持ちの悪い男子生徒が俺に耳打ちしてきた、こいつはノーブルズ入りしている貴族で金払いもいい そいつが商品を求めてきた

テリーは最初気持ちの悪い奴だとも思ったが、この手の奴は望みの物を手に入れる為なら金は惜しまない、多少…いやかなり吹っかけても買う 確実に

事実奴がチラつかせてきた金はとても学生が手に出来る量ではない、大商人が大手の取引をするときくらいしか目にしない額だ、売りたい 売って儲けたい

しかし流石に奴等の身につけている物 そのものはない、その辺のペンを『エリス君が使っていたものでぇ~』と偽るのは簡単だが こいつはノーブルズ、バレた時が怖い

出来るなら本物を…と思ったところで閃く

これは、チャンスでは?こいつのような金払いのいい変態は他にも多くいる 其奴らに奴等の私物を売っぱらえば莫大な額の金になる、相当数の しかも彼等に気に入られれば貴族との繋がりもできる

いけるぞ、やれるぞ これを利用すれば儲けられる、そう思ってからのテリーの動きは早かった

商機は速さが命、一瞬の躊躇いで出る損失は計り知れない 即断即決、直ぐに人を金で雇い 行動に移した

エリス達は学園にいる間は屋敷を空ける、そこを盗むんだ…長期休暇に入ってしまってはそれさえ難しい、だから長期休暇に入る前に慌てて盗ませる事にした

…本当は盗むべきではないのかもしれないが、彼らとて自分の私物を売りに出されるとしば良い顔はすまい、それに無許可で彼らの名前を使って商売をしていた以上今更あちら側には擦り寄れない 出来るならエリス達に知られずに かつエリス達の私物を手に入れるには盗むしかなかったのだ


計画は恙無く実行された、金で雇った生徒に向かわせ取り敢えずバレないように各人一つづつ持ってきてくれと、幸い屋敷にはガードマンはおらずエリス達は学園に出向いている為もぬけの殻 盗むことには盗めた

そして、盗まれたそれを見て…なんとなく、というか 今になってテリーは思ってしまった

「これバレたらヤバいどころの騒ぎじゃないな」


正直に言おう目先の金に目が眩んでいた、卒業後の資金を手に入れる為躍起になっていた 莫大な金を前にして目が眩んでいたが、雇い入れた男が意気揚々と持ち帰ったパンツを見て 頭が冷めた

確かにノーブルズの学園内での影響力は怖い、確かにラグナ達はこの学園では大した影響力は持たない

だが、それは飽くまで学園内での話 卒業して世に出た時、どちらの方が怖い?

当たり前ながらラグナ達だ、

アジメクの魔術導皇の怒りを買えば行商の生命線たる高品質ポーションの入手が出来なくなる、それはまずい

アルクカースの大王の怒りを買えばアルクカースの武器が手に入らなくなる、それはつまり冒険者相手に商売が出来ないという事だ、損失は幾らか考えるだに恐ろしい

デルセクトの同盟首長の怒りを買えば終わりだ、夢であるデルセクトで大商人になるという目標は完全に閉ざされる

大商人になるどころかカンパヌス雑貨店は跡形もなく消しとばされる

返そうか?いや、もう盗んでしまったものは仕方ない…そうだ とっとと売ってしまおう、それで貴族が俺に命じて盗ませたことにしよう、涙ながらに『ノーブルズに命令されて仕方なく』と告白すればノーブルズと敵対してる彼らなら許されないまでも怒りを買うことはあるまい

そうと決まればとっととこんな厄物など金に換えよう、目立たないように貴族をカンパヌス雑貨店が所有する倉庫に呼び出した、『目当てのものが入手出来ましたよ』と



「ハハハハハ、いやぁ 君を頼ってよかったよ、流石はテリー・カンパヌス 顧客の欲しいものならなんでも手に入れる男という噂は本当のようだな」

倉庫に現れたのはデブ……じゃなくて恰幅の良い ニキビ面…いや特徴的な顔の男子生徒、その名もドルトン・ヒップールース 

コルスコルピのヒップールース地方の領主の息子であり将来領地を継ぐ事が確約された長男坊、かなりの好色家として知られており…まぁ ハンカチ欲しがるならパンツでもいいだろ

「いえいえ、あのドルトン様にご命令されては我々も逆らえませんので」

揉み手擦り手でへりくだりつつ、こっちは命令された責任はそちらというポーズを取る、ドルトンも責任を押し付けるなど怒らず寧ろ機嫌が良さそうだ、命令して動くとはなんて有能なのだと 、都合がいいのはこっちだ

「それで?、え…エリス君の衣服か何か身につけている物は手に入ったかな?」

「ええ、そりゃもう…こちらになります」

とスーツケースに収めたそれをドルトンに見せる、パンツです 盗んできました、これはもう貴方の物です 私は関係ありませんのでと 押し付けるようにドルトンに渡す

すると、ドルトンはそれを嬉しそうに……ではなく、やや苦々しそうに見つめ

「…まぁ、身につけている物ならなんでも良いし 、これでも良いか」

その瞬間テリーは首を傾げる、もっと鼻の下伸ばしてヨダレ垂らして喜ぶかと思ったら、ドルトンの顔つきは真面目そのもの…、ん?なんだこの反応 てっきり私的な変態趣味に使うかと思ったら 違うのか?

「あ…あの、失礼でなければ 何に使うか、伺っても?」

「お前に言う必要はない」

ピシャリと断れた、いや まぁいいかそれで、ここで変な事聞いて変な秘密を抱えるより余程いい、無知は身を守る最大の盾だ

「む、他の物あるのか …これはラグナ大王と魔術導皇の物だな、でかした 料金は上乗せしておこう」

「あ ありがとうございます」

そうドルトンは中に入った別の物も気に入ったのか、それも買い取ると言うのだ 有難い

ラグナとデティフローアの物だ、…因みにメルクリウスはない あれはもう別のところに売るつもりだ、何せあの下着 俺が持つのも恐れ多いくらいの高級品だ、こいつに売るより別のところに売った方が金になるからな

なのでメルクリウスのだけ別に保管してある

「では、私はこれで 良い買い物だった、また頼むよ」

「ははぁ…」

目の前に置かれた重みのある大きな麻袋に平伏する、これで資金は整った メルクリウスのあの下着をまた別のところに売れば 国外だろうがなんだろうがどこにでも店を構えられる、バレてもノーブルズの所為にすれば良い よし行ける!

倉庫から立ち去るドルトンを背にほくそ笑む、輝かしい人生設計 見える…見えるぞ、どデカイ『カンパヌス大商店』の看板が…千客万来の未来が

「ドルトンは帰ったな、よし…俺もとっととズラかろう」

懐に金貨とメルクリウスの下着を納め、荷物を整える 誰かに見られたら事だ、とっとと帰って素知らぬ顔していよう、しばらくはラグナ達もピリピリするだろうからほとぼりが冷めるまでラグナ達関連の商売はやめて…

と人気のない倉庫の中で帰りの身支度をしていると…、ふと 響く 

扉を開ける音が

「え?…」

「失礼する、ここに一つ 探し物をしに来た」

倉庫の扉 その先に立っている人間を見て、テリーは驚愕する いや 恐怖する

何せそこにいたのは…

「めめ メルクリウス様…!?」

メルクリウス・ヒュドラルギュルム 彼女が髪をなびかせ立っていたからだ

流星の如く突然現れ同盟首長の座に就いた女、魔女フォーマルハウト様が直々に自分の跡取りに任命した人物であるがその素性は完全に不明、一部では魔女自らの子であるなんて噂も流れてしまうほどには 正体が分かっていない人物だ

富豪でありながらドレスを着込まず、軍人然とした凛々しい立ち振る舞いに学園内でも女性のファンが多く、黄色い声援を受けるたびになぜか見せる憂げな顔は 多くの虜を生んでいる

そして、商人を志すテリーにとってこの世で一番敵に回してはいけない人物、それが立っていた何故か?自業自得だ、俺が怒らせたからここに来たんだ

だが…

「ど…どうされたんですか?メルクリウス様、あの ここはうちの雑貨店の倉庫で…メルクリウス様のお目に入れる物なんか、なーんにも…」

惚ける スッとぼける、なんでここにメルクリウス様が?私全然予想もつきません…そう 態度で表す、すると

「惚けるなァッ!」

「ひっ!」

「貴様がメルクリウス様の下着を盗んだ下郎であることはわかってるんだ!今直ぐ返せ!さもなくば殺す!」

メルクリウスの背後から白い髪の男が現れる、…学園では見ない顔…いや、白い髪?

まさかあいつ 猟犬のシオか!?、メルクリウスの第一の部下と知られ 彼女を暗殺しようとする人間全てを撃退する、…同盟首長の犬… ヤバい奴まで引き連れている、しかもなんかバレてるし 早すぎないか?これ

「待てシオ、…エリス 彼の顔に見覚えは?」

「あります、確か彼は学園の生徒です、商術科970期生 テリー・カンパヌス 19歳、このカンパヌス雑貨店の跡取りで学園内で阿漕な商いをしていると言う噂もよく耳にします」

シオに続いて現れるのはエリス、魔術科切っての天才であり 嘘か真か、一度目や耳にした情報はどんな些細な事も決して忘れる事はないと言われており、…どうやらその噂は本当のようだとテリーは頭を抱える

…まずい、バレてるどころか身元まで割れてる 最悪だ

ふむ、さて テリー君、君…私が何故ここに来たか、分かるかね?」

とメルクリウスが一歩踏み出すとシオが倉庫の奥からうちの商品の椅子を持ってきて、俺の前に置く、当然俺に向けて用意されたものではなく さも当たり前のようにその上にはメルクリウスが座る

足を組み 俺を睨み、こちらを見る…

「さ…さっき言っていた下着の件…ですか?」

「そうだ、どうやら私の衣類だけでなく私の友人のものも盗まれてしまっているようでね…、君 何か知らないかね?」

知っているくせに聞くのだ 俺に何か知っているかと、メルクリウスが聞いているのは俺が知っているかどうかではない

俺に 答える気があるかないかを聞いている、そしてその答えによっては…と

「あ…ああ、えっと…そのぉ」

さて、なんと言うべきか なんと言って誤魔化すべきか、ここで判断を誤れば俺は破滅だ、ここでドルトンを売るのは簡単だ だが、すると今度はノーブルズを敵にする、そうなればどうだ? …メルクリウスからは敵として見られノーブルズからも敵として見られる

下着を売り払おうとした時から覚悟はしていた、だが あまりにバレるのが早すぎる…まだなんの隠蔽工作もできていない

仕方ない…

「実は…」

と 懐の下着を取り出す、メルクリウスのものである事は分かっている、それを取り出した瞬間シオは目を見開き懐に手を入れ メルクリウスは静かにシオを手で制しこちらを見据える

「実は…ノーブルズに命令されて…」

白状する、出来る限り沈痛な面持ちで ノーブルズに脅されて仕方なく盗んでしまったことを告白する、こんな小さな商店では貴族に逆らえませんと

勿論金銭を受け取った事、あとでこの下着も売り払おうとした事は黙っておく、何故?心象が悪いからだ 結局お前も得したじゃんと思われては仕方がないからだ

これまでの経緯を、こちらが得した部分を隠しながら話す…そして

「そうか、…そう言う事だっだのだな」

メルクリウスは静かに上を向き考える、上手く誤魔化せたか…メルクリウスの下着を売って手に入れる予定だった金銭はもう諦める、こうなっては保身に変えられるものはないからだ

このままこれを返し こちらはフェードアウトすれば…これ以上の追求は

「で?、誰に渡したんだ?エリス達の分は」

「え?…」

聞いてくる そりゃそうだが、答えられない 答えればコイツらはドルトンの所へ行き、ドルトンは俺に金を払ったことを言うからだ、だから答えられない

「すみません…それは答えられません、ノーブルズからの報復が怖いので」

「本当にそれだけか?」

「そ…それだけ?、も…勿論ですとも」

俺の意思を無視して声が裏返る、変にどもる 挙動が不審になる、何故か?メルクリウスの追求の声がさっきと違いあまりにも…

「……しかし、いい椅子だな これは君の父君が仕入れたものかな?」

「え?、ええ まぁ」

すると何を思ったのかメルクリウスは話を変え、自分と座る椅子を撫でて満足そうに笑う、その椅子はいいものだ 父がこの街一番の椅子職人と親しくなり特別価格で仕入れたもの、本来は貴族に売るような代物だがカンパヌスさんならと特別に…

その辺の手腕はテリーも尊敬してるが、それとこれと一体どう言う関係が…

「カンパヌス雑貨店か、私も商業の国でトップを張るからよく分かるが…いい店だ、置いてある商品も的確に需要があるものばかりで無駄がなく、そしてどれもが高品質だ、さぞ街に貢献しているんだろうな」

「え…ええ、祖父の代から 続いてますもんで」

「祖父の代から、成る程…立地もいい 街の住宅街の近くにあるから ここを利用する人間も多いだろう、金儲けではなく 住民に貢献することを第一にするとは良い店だな」

ふふふと、メルクリウスは優しげに微笑む…あれ?もしかしてそんなに怒ってない?、寧ろここで店の宣伝したら上手い具合に気に入られたり?なんて…思った瞬間、メルクリウスの顔色が変わる

暗く そして鋭く、こちらを見据える

「この店が無くなったら、町の住民もさぞ困るだろうな」

「え…へ?…?」

「いや何、この立地 この店構え、他にライバルはなくとてもいい条件だと思ってね…、実はデルセクトにいる友人が一人 コルスコルピに手を伸ばしたいと言っているんだが、…ここなんか ちょうどいいような気がしてね」

ドッと汗が溢れる、潰すと言うのか この店を 祖父の代から続いた店を…俺の不手際で、それを自覚した瞬間背筋が凍る、今目の前に座っている人間が 軽く一言言えばこんなボロ商家一撃で消し飛ぶ、その力がある 怒りを買うとか敵に回す以前に

不興そのものを買ってはいけない相手なんだ

「で ですから私はノーブルズに」

「私は嘘が嫌いなんだ、以前嘘をつかれ手酷い目を見てね、…まぁ 私に嘘をついた商人は…おっと もう商人ではなかったか」

「わた…しは、なにも 関係…無くて、さか らえなくて」

「…逆らえなくて?、その言葉 嘘ではないな?」

睨まれる 、蛇に睨まれた蛙なんて可愛い構図じゃない、狼に牙を突き立てられた鹿だ…もう逃げられない、逃げようがない 嘘はつけない

殺される、命は取られずに殺される…

「あ…あの…その…私は…無関係の…」

「…………」

「っ…あ…ぃ」

目が回る 考えろ考えろ、何か良い手を 泣きながら懇願するか?いや今更告白しても…だがこのままでは

「…テリー君、私は君に危害を加えたくない、ノーブルズの報復が怖いなら私が君を守ろう、だが 今のままでは私は君を守れる気がしない、嘘をつく相手を守るほど私は寛容ではないのだ、内に秘めた真実がどれほど薄汚かろうと 真実を話す者はそれだけ賞賛に値する」

「…………」

「金銭を受け取っているんだろう?、そのくらい分かる どうせ私の物も金銭に変えようとしていた 違うか?」

「え?…いや…そんな」

「本当に?」

っ…どこまで見抜いてるんだこの人は、敵わない 嘘や偽りでなこの人には敵わない

「君のような商人気質の人間がタダで言うことを聞くとは思えないからね、大方店の為に金を得ようとしたんだろう…その姿勢は認めるが、手を出してはいけない領域を見抜く眼力も商人には必要な気質だ、そして そう言うものに手を出してしまった時の身の振り方 これを弁えているかどうかでも その人間の寿命は変わる」

「…………」

「君はどっちかな?、早死にする方か 長生きする方か、今なら選べるぞ」

「……じ…実は」

もはや逃げ道なし そう悟った時 俺の口は、勝手に動き そして

俺は、長く生きる道を選んだ

…………………………………………

テリーを軽く脅したら ホイホイ喋ってくれた、私が本気でこの店を潰そうとするとでも思っているのか、…出来るには出来るが そんな外道な行い、私がするわけがない

テリー曰くドルトンという男と取引をしたらしい、用件は私達の身につける物と金銭の交換、なにに使うかは分からないが ドルトンは結構な額をテリーに渡していたようだ

私の物だけはテリーが後で別口に売ろうとしていた為取り返すことができたが、エリス達のは既に売り払われた後だった

…一応シオに頼んでドルトンの所に向かわせたから、あとは彼に任せれば良いだろうが

不可解だ、ドルトンは別に下着でなくとも良い口ぶりだったと言う、我々の身につけている物なら何でも良い、そんな風なことを言っていたとテリーは供述した

何故 そんなものを欲したか、私の推察になるが …ドルトンという男は下卑た趣味の為に欲したわけではない 何かしらの計画が思惑を持って動いている

…恐らく、これは本当におそらくの話だが…ノーブルズ達の我々への攻勢 その一手が打たれたような気がしてならない

まぁ、今はそんなこと気にしても仕方ない、テリーには一応 今後似たような真似をするとさっきの脅しが脅しではなくなることを伝え 釘を刺しておいた、また 似たようなことがないよう今後は冒険者を雇い我々の屋敷の周辺を見張らせるようにする

後は、シオがドルトンからエリス達の下着を回収してくればいいんだが…まぁ こちらも結果次第だな


屋敷に戻り、ラグナ達に報告する 取り返せたのは私の物だけだったことを伝えるとラグナは何かを察したのか軽く頷き、デティはまぁ別にいい と口にしていた…だがエリスは

「コート…シャツに続き下着まで…、エリスそのうち全身の毛まで持っていかれるかもしれませんね」

ははは と苦く笑っていた、また今度彼女と服を買いに行こう なんて話になり、この一件は一旦幕を閉じた

…この幕が再び開くのは、この冬季の長期休暇が明ける頃 シオによって『既にドルトンは別の人間に下着を明け渡していた』という報告が齎される頃に再び幕を開けることになる

ノーブルズ中心メンバー エウロパとの戦端…という形で
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