孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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七章 閃光の魔女プロキオン

207.孤独の魔女と悲恋の嘆き姫エリス

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「そして又の名を、無双の魔女が弟子…でございます、エリス様?」

突如現れそう名乗るのは メイド服を着込んだ女性、皇室専属従者長 つまりメイドにして無双の魔女の弟子 メグ・ジャバウォック

それがいきなり、そう なんの前触れもなくいきなりエリスの元を訪れ、挨拶をしに来たんだ、あまりの事態に混乱して何も言えない

無双の魔女の弟子?どういう事だ、なんでここにいる?、というか無双の魔女カノープス様の弟子ってメイドなの?いやそうじゃない、何をしに来た?何の用なんだ、まるで分からないと頭に手を当てると

メグさんはゆっくりと手を横に出し

「そしてこちらの猿顔の男性が…」

「いやちょっと待ってくださいよ!話を進める前にいくつか質問いいですかねぇ!?」

「はい、何なりと」

そう下腹部あたりで手を合わせ どうぞご質問をと待機を始めるメグさん、とは言ったものの…何から聞けば…?

「あの、帝国の…皇帝専属メイドって、本当ですか?魔女の弟子ってのも含めて、ちょっと信用できないというか」

「私の身分を疑うのでございますね、流石 歴戦の旅人エリス様、ですがご安心を身分証明はこちらのペンダントに、それでも信用していただけない場合は後ろのリーシャ様にご確認のほどを」

そう言いながら胸元から取り出すのは黄金と黒曜石で作られたペンダントだ、龍の紋章が刻まれており細工の細かさから見てまず本物と見ていい、そして 確かこの龍のマークはアガスティヤ帝国の国旗…

もしかして本物と?後ろのリーシャさんに目を向けるとコクリと首を縦に振る、彼女の身分はエリスも確認済み、彼女が言うなら 多分本物だ

「信用して頂けましたか?」

「まぁ…、でも その皇帝専属メイドさんがなぜこんな所に?、ご奉仕はいいんですか?」

「それは我が主にして師、カノープス陛下の命令だからです」

「何?、カノープスのだと?」

「はい、孤独の魔女レグルス様、お目にかかれて光栄でございます」

「世辞はいい、…カノープスが言ったのか?我らと接触しろと」

「はい、頂いた指示の中にはそれに該当する部分もございます」

「…………」

腕を組みメグさんの言葉に首を傾げる師匠、分からないと師匠もまた混乱しているようだ

いや無理もない、だっていきなり過ぎる…いきなり 帝国が関与してくるなんて…いや、いきなりではないのか

帝国の関与はあった、レーシュのあのクソの役にも立たない情報をヘレナさんに渡したのは帝国軍人だと言っていた、恐らく エリスとレーシュの戦いを観察していたのはこいつらだ…

つまり、帝国は陰ながらエリスを支援してくれていたとも言えるし、ヘレナさんやナリアさんが命の危機にあろうとも黙認しようとしていた とも言える…、何故 黙って見てたんだ、あまり信用できるタイプの人間ではなさそうだ

「何か、ご不明な点がございますでしょうか」

「ああ、ご不明だ カノープスの意図がな、何故今になって私に接触してきたのだ、奴がその気になればいつだって私に会いに来れた筈だ、帝国の力があったなら いつでも私を見つけ出せたはず、なのに何故今なのだ」

「皇帝陛下が望まれたが故に私はここにいます、其処の意図を問われましても 、浅学な私では陛下の深きお考えなど…とてもとても、ただ レグルスをここに…陛下の目の前に連れてこい とだけ…」

「ほう?、つまりは何か?弟子を寄越して来たのは力尽くでこの私を捕らえ立て、玉座の目の前まで引っ張っていくつもりで…という事か?、ナメられたものだな」

師匠の威圧が重くなる、普段封じている魔女の威圧が溢れて部屋の中全てが鳴動し、机の上のコップは弾け、メグさんの後ろの三人の顔色が変わる

当然エリスの対応も変わる、もしこいつらが力尽くで師匠を連れていくというのなら、例え帝国だろうが神だろうがぶっ潰す…

「……ふふふ」

そんな威圧を前にしてメグは軽く手をかざし…左右にフリフリ振ると

「いえとんでもない、力尽くなどと野蛮な行為…我が主の御盟友にするわけがありません、ただ陛下は『レグルスならば我が呼んでいるぞ』と言えば直ぐにホイホイついてくる…と」

「……はぁ」

やり辛そうにこめかみをぽりぽりとかきため息と共に威圧は霧散する、敵意はない と判断したのだろう…

「そうか、カノープスが私を呼んでいると…、なら 真意は本人に聞くとしよう」

「はい、我々もお二人をお迎えに上がった身として 同行を承知頂き安堵いたしました」

「同行…え?、つまり 連れて行ってくれるんですか?帝国まで」

「ええ、勿論 我等五人がお二人の護衛を務めあげ、必ずや帝国首都までお導きします、…それで よろしいですか?」

よろしいも何も、願ったり叶ったりだ、帝国の人が直々にカノープス様のところまで連れて行ってくれるというのなら、これ以上に頼りなる案内役はいない

どの道エリス達はアガスティヤに向かうつもりだったんだ、なら この人達と一緒に行く方が確実だろう

「師匠」

「ああ、なら 是非ともお願いしよう…、頼めるか?カノープスの弟子」

「御命令を、必ずや」

カテーシーで答え頭を下げるメグさんにホッと一息つく、リーシャさんの口振り的になんかとんでもないことになるのかと思えば、単に次の国へと道が開かれただけだった

「では移動のお話を…」

「ってちょいちょい!ちょっと待てよオイ!メグ!、俺は!?俺の紹介は!?」

なんて言いながらソファから飛び起きるように立ち上がるのは先程紹介されかけたツンツン頭の男性だ、多分紹介的にメグさんの後ろの三人も帝国の所属、恐らく 帝国軍人だ

それが立ち上がり抗議の声を上げると、メグさんはおっとりした動きでそちらを見て

「必要で?」

「いや必要だろっ!?、一応俺が陛下から仰せつかってるんだから!」

「たしかに、では紹介します こちら猿顔でございます」

「誰が猿だ誰が!」

「うふふ、なんでやねん でございます」

「お前が突っ込むなよ!!」

…賑やかな人達だな…、猿顔と紹介された方は怒り心頭って感じだが…

「もういい、手前の紹介は手前でする!」

「ではどうぞ」

「ったく、…お前が孤独の魔女エリスだな」

「え…ええ、そうですけど」

腕を組み ムスーッと怒りながら腕を組みエリスの前に仁王立ちする彼はまるで威圧するように胸を反り上げる、ただ 後ろで『うふふ、怒り猿』と肘をツンツンするメグさん相手にガンを飛ばしていたり、色々忙しい人だ

「俺はゴラク!、帝国軍西方守護隊 百人隊長ゴラク・ハヌマーン様だ、抵抗とかはしない方がいいぜ」

ゴラクと名乗る猿顔の彼は腕を組み威圧する、…西方守護隊の百人隊長様か、それがどの程度かは分からないけれど、自分に様をつける程度の人間であることはわかる

「別に抵抗とかはしないですけど、それとも抵抗されるような事…今からするんですか?」

「うっ、すげぇ威圧…こいつほんとにただの旅人かよ」

エリスがギロリと睨めばゴラクはゴクリと固唾を呑んで一歩引き下がる、抵抗する気は今の所ない… だがそれはそちらの対応次第だ、こちらが不利益を被るなら 悪いが抵抗させてもらう

「ゴラク様?、私が折角穏便に話を進めたのですから、下らない虚栄心で場を乱さないで頂けますか?、この方は帝国の来賓 失礼があればそれは即ち陛下の恥となることをお忘れなく」

「うう、…ご ごめんなさい、いや ここは一つ帝国軍人とナメられないようにと、最初に威圧しようかと…」

「そういう態度がナメられる原因だとエリス思いますよ」

「これは参ったな、ぐうの音も出ない…」

エリスとメグさん、双方に睨まれしょぼくれながら後退りしていくゴラクを見て、ため息が出る、恐らくメグさんは上手くエリス達を誘導し かつ底を悟られぬように立ち回っていたのだろう

そのやり方には正直脱帽だが、この男がそれを台無しにしたと思えば、メグさんに同情の念が湧く

「全く、エリス様は私と同じ魔女の弟子、その実力から言って師団長クラスですよ?ナメるも何もゴラク様より格上です、その気になればあなた方などシュンコロである事をお忘れなく」

「はい…ごめんなさい」

「では猿顔な上に厚顔なこの男に代わり私が後の紹介を…、まず」

そう言いながらメグさんはゴラクさんを押しのけ、まずは手でヒラリと指し示すのは 美味しそうにケーキを食べている彼女だ、それは自分が指名されていることに気がつき慌ててケーキを頬張り

「はむはむはむっ!むぐぐっ!、わ わわ わらひ 私は!ゔぁ ヴァーナですぅ、ヴァーナ・グリンブルスティって言いますぅ!、あのあの 好きなのはイチゴのショートケーキで、嫌いなのは…えっと…ありませんッ!なんでも食べます!!」

「補足すると、彼女はゴラク様と同じく西方守護隊の一員で此度のレグルス様及びエリス様のお迎えに抜擢された者の一員となります」

ふむふむ、彼女の名はヴァーナさんか、年はエリスとあまり変わらないが、ふむ ちょっとお腹がだらしないようにも見えるな…、いや言うまい 彼女も気にしていよう

するとメグさんは続いてもう一人の男性 ナルシスト気味に手鏡で自分の顔を見ている美男子を指差して

「こちらはネハン様、ネハン・イプピアーラ様 同じく西方守護隊の一員で見ての通りのナルシスト、命よりも自分の髪の方を重視する大変稀有な方でございます」

「よろしく、美しい髪の君」

「エリスですよ、エリスはエリスです」

「ああ、そうだね」

こいつ聞いてねぇな…、相変わらず髪を自分の指にくるくる絡めてうっとりしている、面倒そうな男だな…

皇室専属メイドのメグさんと、ゴラクさんを率いる西方守護隊 揃って四人でエリスとししかを護衛して帝国まで連れて行くのか……うん?

今、メグさん 『我等五人が護衛を務め』って言ってたよな、でもメグさん達は四人…あと一人は

「そして、そちらの元帝国第十師団所属のリーシャ・セイレーン様も加えた五人で、エリス様達の護衛をさせていただきます」

「え!?、リーシャさんもついてくるんですか!?」

「お…おう、そうだけど ダメかな」

ダメじゃない、けど…初めての事だったから、その国で出会った人がそのままエリス達の旅についてくるってのは、というか

「いいんですか?クリストキントは…」

「いいんよ、もう小説家は廃業…、クリストキントは軌道に乗ったし 別の脚本屋雇えばいいさ、クンラートさんにはそう言う話をしてきたからね」

「…もしかして、エリスがリーシャさんの正体を暴いたからですか?」

「違う違う、いやまぁいい機会だと思ったけれどね、もう退役して国に帰ろうと思ってたし、渡に船ってぇの?、だから最後のお務めついでにね」

だから気にしない気にしないと笑うが、それでもちょっと責任を感じてしまう、なんだか…いや 巻き込んだ形になってしまって、…だが うん

ついてきてくれるのは嬉しい、まだリーシャさんと一緒に居れるならそれでね

「エリス様としても顔見知りがいた方がいいでしょう、さて 帝国への移動日ですが…」

「ああはい、一応エリス達は一週間後に備えて準備を進めていますが」

「明日です、明日の昼頃 ここを発ちます」

「あ 明日ァッ!?」

明日?明日って…明日!?、そんな急な…じゃなくて明日はエリス姫の公演の日だよ!、明日はダメだ、明日だけは

「ダメです、明日は用事があります」

「それは…、陛下の意思を捻じ曲げてでも叶えるべき用事ですか?」

「へ…?」

刹那、メグさんの雰囲気とでも言おうか 或いは風格と呼ぼうか、纏うそれが明確に変わる…

漂うそれに名前をつけるなら、明確な殺意 濃厚な殺気…、エリスがただ異議を唱えただけで、メグさんの体から明らかな敵意が滲み出したのだ

「大変申し訳ありませんが、こちらも事情がございます、何卒ご理解を」

「そっちに事情があるように、こっちにだってあるんです、大切な用事がね」

「…もし、我々に同行していただけないのであれば、エリス様が抵抗をしなきゃいけないような事、今からしなくちゃいけませんね」

メグさんの手がフリーになる、いつでもなんでも出来るように浅く開かれ ゆらりと下に垂れる、彼女の戦闘スタイルは分からない、無双の魔女様が使う時空魔術というのがどんなものかエリスは知らない

だが、今からここでおっぱじめようってのは分かる、やるなら受けて立つ でも表でようや

「………………」

「………………」

「ちょちょっ!二人とも!やめてよ!ここでやるのはまずいって!」

睨み合うメグさんとエリスの視線がぶつかる、それを止めようってリーシャさんの心と言葉は分かる、だけど…エリスにも引けない理由ってのがある

「仕方ありませんか、では無双の魔女が弟子の力 お見せしましょう…、最強の魔女の力を受け継ぐ 我が力を」

「貴方の師匠が強いからって、貴方自身がエリスより強いって理由にはならんでしょう?、…寧ろ決めときます?ここで、孤独の魔女の力と無双の魔女の弟子の力、どっちが上か」

「それは面白い、けど…結果は概ね予想通りかと」

「じゃあエリスの楽勝ですね」

「ふふ…面白いですね、貴方」

メグさんの手が 何かを掴む、エリスの拳が強く握られる、今ここに魔女の弟子と魔女の弟子、無双と孤独の弟子達の戦いの幕が、開かれ

「やめんか!馬鹿者が!」

カツーンとエリスの脳が揺れる勢いで頭がぶっ叩かれる、見ればメグさんも同様に頭を引っ叩かれ頭を揺らしている…

師匠だ、レグルス師匠がいつのまにか間に入って 両者の頭を拳で軽く叩き、その頭を冷やさせる

「あたた…」

「痛いですね…」

「両者譲れない理由があるのは分かる、だがそこで直ぐに実力行使に写ろうとするな、古式魔術を自己の意見を押し通す為の道具にするのは見過ごせん」

冷静になれと師匠の冷ややかな目を受けながらメグさんと一緒に頭のたんこぶ押さえる、うう 痛い…痛いけど、同時に痛み入る

ちょっと過激すぎたな、いやでも相手も過激でしたよ、無理矢理意見を押し通そうとしたのは向こうですよ…!

「エリス、メグ達はかなり前からこちらを捕捉していた…、それが今になっていきなり接触してきたということは、そういう事なんだろう」

「そういう事?…、何か理由があるのですか?メグさん」

「…いえ、こちらも言葉不足でした、本来ならもっとゆっくりと移動しても構わないのですが、実は皇帝陛下から昨日急ぎでレグルスとエリス様を連れてきてくれ と言われまして」

「カノープス様が?、急ぎで?…」

「はい、太陽のレーシュ撃破がアルカナ達に伝わったようで、このままでは奴らの主力であるシンが、エトワールに赴くかもしれないとの情報を手に入れたのです…、なので 出来れば早くこの街を移動したいんです、さもなければ シンとの決戦の舞台がこの街になる可能性があるのでございます」

シン…っていうと、大いなるアルカナ No.20 審判のシンだ、あのレーシュをして自分より強いとまで言わしめた大いなるアルカナで二番目に強力な使い手…

それがエリスを始末に来る、レーシュを倒したエリスは本格的にアルカナに目をつけられたのだ、このままこの街に居座れば シンがこの街にやってきて暴れる可能性がある

それこそ、エリス姫の公演の最中に…、そうなったら復興の最中にあるこの街は滅ぼされてしまう…、ナリアさん達も危ないかもしれない…

「そこで、エリス様とレグルス様を帝国に移動させ 一時的に保護するのです、奴らも流石に帝国の中枢まで攻め込んではきません、それに この街にシンが現れることもありません」

「そういう事だったんですね、…エリスが居たら この街が危ないんですね」

なら、確かに 直ぐにでも街を離れたほうがいい、シンがどれ程の速度でこちらに向かってくるかは分からないが、だとしてもだ

「分かりました、すみませんメグさん エリスのことを心配してくれていたので」

「心配しているのは皇帝陛下です、貴方の命はまだ散らすわけにはいかないと」

「そうでしたか…」

ナリアさんには悪いけれど、明日にはここを立ち去ろう そのほうがいい…、この街を思うなら、この街にいる人達を慮るなら、それが最善だ

「では、明日…エリスは帝国に向かいます、それでいいですよね 師匠」

「構わん、流石に何度もこの街を戦場にするわけにはいくまい、我等が暴れた傷さえ 未だ癒えていないのだから」

「賢明かと、ではまた明日 昼頃に迎えに参ります、…それまでに 旅の準備と別れの支度を」

とだけ伝えると、メグさんはそそくさとエリスの脇を抜け外へ出て行ってしまう、後に残されたのはゴラクさんとヴァーナさん そして相変わらず鏡を見ているネハンさんだ…

…なんだか、メグさんって冷たい人だな、理由があるのは分かるけどさ、エリスにだって大切なものくらいあるんだ、その辺 理解してくれてもいいのにな…、気持ちは分かるけど…

「あ…あーその、えっと」

「ん?、なんですか?ゴラクさん」

するとなんだか言い辛そうにエリスの前で手を開いたり閉じたりしている、まだ何か用だろうか

「その、お前にも色々あって ここを離れるのが名残惜しいってのは分かるんだ、メグもそこを理解していると思う、だからこそ 無理に一日伸ばしてギリギリまで移動の時間を遅らせた…ってのは、言わない方がいい余計なことかな」

なるほど、遅らせてもこれってことは、相当彼等はせっつかれているのだろう、…そっか 遅らせてこれか…

「悪いな、けど その分俺達も全霊を尽くしてお前を護衛するからさ、まぁ 埋め合わせにはならんかもだけど」

「いえ、ありがとうございます…」

「そ そうか?、いやぁ礼を言われるとなんか照れるな」

「あー!、ゴラク君鼻の下伸ばしてる!、益々猿顔だね!」

「うっせぇヴァーナ!、おいネハン!お前もいつまでも鏡見てないで行くぞ!」 

「ああ、うん はいはい」

「聞いてんのか本当に、じゃあな孤独の魔女、また明日 迎えに来る、けど…頼むから逃げ出すとかしないでくれよ?、メグの奴をガチにさせたら世界中どこにいても追いかけてくるからな、アイツ陛下為ならなんでもする鉄人の部類だ」

「逃げませんよ、この街の為にエリスはこの街を離れないといけないんですから」

「分かってんならいい、別れの挨拶はしとけよ」

それだけ語り、エリスの隣を抜けていく三人は エリスの後ろ姿を一目振り返り、皆外に出ていく

残るのはエリスと師匠、そして…

「あー、…ごめん、エリスちゃん」

「リーシャさんは悪くありませんよ」

リーシャさんだ、顔を見なくても気まずそうにしてるのは分かる…、こんなことになってしまった以上彼女は少なからぬ責任を覚えるはずだろう

だが誰が悪いって話じゃない、ただ色んなことが色んな風に巡ってこうなっただけ、言えば運命 言わば流れだ、致し方ない

「師匠…」

「ああ、寂しいかもしれんが、今夜中にクリストキントに別れを済ませよう」

「そうですね…、はぁ 」

仕方ないには仕方ないが、見たかったな ナリアさんのエリス姫…

………………………………………………………………

「えぇ!?明日発つことになった!?そんないきなり…!」

そして、エリスと師匠はその日の晩 劇団員全員が揃う夕食の場にて明日出立することを伝えた、当然湧き上がるのは驚きの声と…

「なんでそんな急に!」

クンラートさんの疑問の言葉、当然だ 彼には一週間後と伝えていたから…

「すみません、色々と事情が出来まして 急いで旅に出ないといけない理由ができました」

本当の事を話すつもりはない、帝国とアルカナが絡む事柄に これ以上クリストキントを巻き込みたくないから、これはエリスの戦いで エリスの事情だから…

「そっか、…エリスちゃんの事だ、きっとまた戦いに出るんだろう、それに 俺たちを巻き込みたくないとかだろ?」

「え!?」

「いいさ、言わなくても分かる ここまで一緒にやってきた仲だからな」

…どうやらクンラートさんにはバレているらしい、というか 劇団のみんなもなんとなく察しているようだ、エリスという人間の生き方を…、ありがたいような 悲しいような

「すまんなクンラート、ロクに恩も返せず」

「いやいや、もうこれ以上返してもらえないってくらい恩は返してもらいましたよレグルス様、でも…寂しくなるな、だって明日は」

「はい…、明日は」

そう、前を見れば  食卓を挟んで前に座るナリアさんが、大人しくスープを飲んでいる、驚くでも悲しむでもなく、静かに安らいだ顔をしている…

「すみません、ナリアさん エリス…ナリアさんの公演見れそうにありません」

「みたいだね、…だけど、安心してエリスさん」

するとナリアさんはスプーンを置いて、エリスの方を強く見つめる、意思を持った視線覚悟を秘めた瞳、悲しみも驚きも今彼の中にある思考を揺らがせる事は出来ない、それほどまでに強固な何かが…

「僕は歌い続けるよ、君に届くまで…、例え地の果てだろうが世界の果てだろうが、其処から見えるくらい強くライトを浴びて、分かりやすいように舞台の真ん中で 君に向けて歌い続ける、だから安心して?僕の演技は君と共にある」

口元を引き締め語るナリアさんの言葉は、エリスに深く刺さり そして思い知らされる

そうだよ、別に観客席だけが舞台役者を見る場所ではない、どこに居たってエリスはナリアさんを見続ける、ナリアさんもエリスの心に残り続ける、鮮明に鮮烈に この記憶に残り続ける

「…そうですね、エリスもずっと見てますよ、今までと同じように」

「よかった、…だから明日の舞台はエリスさんの為に!僕!やります!」

バッ!と立ち上がり一本指を立て手を掲げる彼の頭の上には 何処でだってスポットライトが当たっているように見える、これなら どれだけ離れていても彼の事を見つけるのは簡単だろう

うん、例え帝国に居ても 戦いの最中に居ても、見失いませんよ ナリアさん…貴方という役者の輝く舞台は

「うわぁぁあーーーん、それはそれとして悲しいわエリスぅ!結局共演も出来なかったし!私のことも忘れないでぇーっ!」

「ちょっ!コルネリアさん!、折角僕がいい風にまとめたのに!」

「あはは……」

まぁそれはそれとして悲しいと泣きながらエリスに抱きついてくるコルネリアさんを受け止めれば乾いた笑みが零れる、いやいやナリアさんまでエリスにくっついて…

「おいエリス!、ぐすっ!行くなよ!まだお前と決着つけてないぞ!オレは!」

「エリスお姉ちゃーん!行かないでぇー!」

「ヴェンデルさん ユリアちゃん…」

気がつけばエリスは四方八方から抱きしめられ 悲しい 行かないでと泣かれる、泣かれれば泣かれる程 エリスの心は一つの念に支配される

……やはり、明日この街を出よう、エリスはみんなが大好きだ だからアルカナの身勝手に巻き込めない、エリスが再びこの街を訪れるのは この国を訪れるのは、全てが終わり 平和になってからだ


「フッ、若者は仲がいいな…んくっ」

そんな若者の触れ合いを肴に師匠は白ワインを一口扇ぐ、もう随分お預けを食らっていた酒は美味かろう、ましてやこれは師匠がずっと求めていたエトワール酒 

一口飲めば師匠の怜悧な顔が少しだけ緩むのが分かる、よほど美味いのだろう

「いい酒だ、飲んだ瞬間鼻に抜けるような芳醇さ、春風のように爽やかな後味を残し消える潔さ、喉ではなく体にそのまま染み込むようなこの高貴な味は安酒では味わえんな、まさしく 五臓六腑に染み渡る」

「美味しそうだね!レグルス!!ボクも混ぜて貰えるかい!?」

「なっ!?プロキオン…!」

扉が開かれる、劇場の扉が 外から雪を纏って現れるのはこの国の騎士達の頂点に立つ総騎士団長プロキオン様と、そのお供のように現れるマリアニールさん、この国の騎士団のトップが揃い踏みして現れるのだ

「あれ?コーチ どうしたんですか?」

「いやぁ?、さっきカノープスの弟子がやってきてね」

「メグさんが?」

「ああ、明日エリスとレグルスを連れて行くから 別れの挨拶をしてやってくれと言われてね、故にこうして確かめにきたわけだ本当かい?」

メグさん…、本当にエリスを明日連れて行くため 別れの挨拶をみんなにさせるつもりなのか、律儀というか 完璧というか

優しいと思う反面恐ろしくも思う、だってメグさんはエリスに対してあからさまな敵対行動を取らずにエリスの逃げ場をどんどん奪っているんだ、周りにエリスが明日発つと言い触らし 別れの挨拶を進ませることで既成事実を作る…、エリスならこうすれば逃げられないだろうと踏んで…

隙がない、戦闘技術的な意味ではなく人間としての隙がない、まさしく完璧な仕事をこなす完全なるメイド…、恐ろしい人だ、まぁ そんなことされずとも逃げるつもりはないんだが

「はい、明日師匠とエリスは帝国を目指して移動を始める予定です」

「そうか、たった1ヶ月しかゆっくり話せなかったが…、まぁいい レグルス、君が再び姿を現したんだ またいつでも会えるだろう?」

「まぁな、そしてなんの断りもなく私の酒を奪うな」

流れるような動きで師匠の隣に座り 師匠の酒瓶を奪い、どこからともなく取り出したグラスに白ワインを注ぎ師匠と一緒に飲み始めるプロキオン様を見て、師匠は辟易と顔を歪ませる 

だが師匠、奪うも何もそれは元々プロキオン様のものですよ

「しかし…レグルス?、八千年の隠匿を終えたということは、もう 『アレ』は良かったのかい?解決したのかい?」

「は?、アレ?アレってなんだ?」

すると、プロキオン様の言葉に 聞き覚えがないと師匠は酒を飲む手を止めて、眉を顰める

そんな師匠の顔を見て、プロキオン様は一瞬驚くと

「そうか、…そっか…そういうことか、カノープスも焦るわけだ」

それだけ言うと、グラスに口を当て黙ってしまう、この件について説明する気は無いようだ

「おい、プロキオン なんの話だ」

「いやいい、忘れてくれ、大した話じゃ無いんだ」

「……?、そうか」


「エリスぅぅ!!、君は旅立つんだね!君は!私を置いて!」

「まま マリアニールさん!ちょっ!苦しい!」

師匠達の話の行く末を見守っていると、それを引き裂いて プロキオン様に同行してきたマリアニールさんがエリスに突っ込んできて抱きついてくる、トラウマでも刺激されたか 涙をダバダバ流しながら咆哮していて、ちょっと怖い

「うぉぉぉぉ、母は寂しいよ!君がいなくなってしまうなんて寂しいよう!、それに心配だし 心配で…心配だぁぁあー!君に何かあったらぁぁ!!」

「大丈夫ですよマリアニールさん、その…エリスは死にませんから」

「ッッ…ぐぅう…おろぉぉぉお!!!」

もう信じられないくらい泣いてくれる

ハーメアは彼女を置いて旅立って死んだ、居なくなってしまった 結果彼女は一人になった

エリスもこれから彼女を置いて旅に出る、だがエリスはハーメアでは無い、置いていっても死なない、決して死なない…だから だから

「また会えますよ、マリアニールさん」

「うっ、うう…うん、そうだね 信じて待つよ、君をさ、だからまた会おうね、エリス」

「はい、マリアニールさん、絶対に」

エリスに回される手、それにエリスも答え 彼女の体を抱きしめる、約束だ 全てが終わったら、またここに来ると 約束をする、マリアニールさんと みんなと

「よっし!、じゃあエリスさん!ここはエリスさんの旅立ちの無事を祈って!、飲もう!グレープエードを!」

「いいですよ、ほら コルネリアさんもヴェンデルさんも、ユリアさん マリアニールさん、ジョッキ持って?、クンラートさんもいいですか?」

「うん、…分かったわ」

「ぐすっ、…ああ」

「エリスお姉ちゃん…うん」

「分かったよ、クンラート 全員にグレープエードを頼むよ」

「あいよ、んじゃあー 俺たちの仲間の、新たなる旅立ちと門出を祝って、そして 俺たちの仲間の小説家の旅立ちも祝って!」

「え?、わ 私も?」

なんて言いながら全員に渡されるグラス、その中には当然 いる、リーシャさんも

「当たり前だろ、お前はウチの劇団員なんだから…、例えやめても 俺たちクリストキントの家族であることに変わりはねぇよ」

「…そっか、嬉しいなぁ、私 この劇団に入れて良かったよ、本当にさ」

クンラートさんは知らない、リーシャさんの正体を、クリストキントをやめて帝国に行くことは知っているが その身分は知らない、だけど言う お前はウチの家族だと

それはある意味、いや 何よりも勝る リーシャさんへの救いの言葉だ

「ありがと、みんな」

「おう!、ぅおっしゃー!それじゃあ行くぞー!、せーの!」

そして掲げられる、今までの戦いの幕は閉じ 新たなる旅と戦いの幕開けを 祝うように、勇ましく 向かえるように、今日という日を忘れないように

皆で 高らかにグラスを掲げ…、そして

「かんぱーい!!」


エリスのエトワールの旅 クリストキントの旅、その最後の夜が終わっていく、それでも続くのはエリスの旅か、或いは みんなとの絆か…双方か

でも、エリスはまだまだ先に進んでいけることを再確認する、旅の最中に出会ってきたみんなとの記憶がある限り、エリスはどこまでだっていけるんだ

故に感謝する、ナリアさんに クンラートさんに コルネリアさん ヴェンデルさん ユリアさんマリアニールさん、クリストキントのみんなに 出会えた全てに、エリスは感謝を込めてグラスを掲げる

ありがとう……と

……………………………………………………

そうして、夜が明けるまで エリス達は飲み明かした、別れを惜しむように…そして

「じゃあクンラートさん、行ってきますね」

「世話になったな、お陰で助かった」

エリスと師匠は荷物を纏めて 今までお世話になったクリストキント劇場を後にする、別れの時だ 多くの国を巡って 多くの人達と別れてきたが、やはりこの時はいつだって悲しいな

「おう、気をつけて…って、今から行くのは帝国だったな、帝国ならこの国より安全だろう、でも 体には気をつけろよ」

劇場の前には劇団員が全員いる、いや 全員では無いか 一人いない…

「しかし、本当に残念だよな あれこれ言ってもさ、最後にナリアと別れる事も出来ないなんて」

そう、ナリアさんはもういない、今日の昼頃から行われる悲恋の嘆き姫エリス その公演の準備に入ってしまったんだ、朝一から準備に行くのは彼が主演だから、主演を勝ち取ったからだ

「ええ、でも これで永遠の別れってわけじゃ無いですから、きっとエリスとナリアさんはまた会えます、だから …いいんです」

「そうか?、それならまぁ いいけどさ」

「うぅ、やっぱり私寂しいわ…、エリス また絶対この国に来てね、約束よ?」

「はい、コルネリアさん 約束です」

そうコルネリアさんと握手をし、再びこの国で再会することを約束していると…

「エリス様、レグルス様…約束の時刻でございます」

「…メグさん」

エリスを迎えにきたのか、メイド服のメグさんがいつのまにか背後に立っている、全く気配を感じなかった その上に感じるのは違和感

視線を下に向ける、地面には雪が積もってる…だというのに、メグさんが踏んだであろう雪に足跡がついていない、はてさこれはどういう意味なのか

まぁいいか

「ではそろそろ参りましょうか、皇帝陛下がお待ちです」

「分かりました、…では 皆さん、またいつか!」

「プロキオンにもよろしく言っておいてくれ、じゃあな」

先導するメグさんに続いてエリス達は歩き出す、向かうはアガスティヤ帝国、ディオスクロア文明圏における最強最大の大帝国、この魔女世界の中枢とも言える大国へと旅立つ

その背に 仲間達の声を浴びながら

「じゃあーなー!元気でやれよー!」

「頑張ってねー!エリスー!、また会いましょう!」

「待ってるからな!オレ達は!ここで!」

エリスちゃーん!とみんなで手を振り送り出してくれるクリストキントの声に、エリスはバッグを背負ったまま後ろを向いて、拳を突き上げる 行ってくるよ!みんなと伝えるように…

「仲が良いのですね、エリス様」

「え?、ああ まぁ、みんなエリスを助けてくれた人たちですから」

ふと、メグさんから声をかけられる、相変わらずこっちも見ずに淡白にエリス達を先導しながら、そう言うのだ

「助けてくれた、貴方は大勢を助け 大勢に助けられる、故にこそ 世界中に友を持つのですね」

「ありがたいことに、みんなエリスを友達だと呼んでくれます…、そして エリスは貴方のこともそう呼べる日が来ることを、祈ってますよ?」

「あら、口説き文句でございましょうか?」

「口説けるなら、口説いてみましょうか?」

「やめろお前ら、それよりおい メグ…、このまま帝国へ連れて行くとは言うが、まさか徒歩か?、馬橇は用意してあるのだろうな」

そう語る師匠の気持ちはよく分かる、だってメグさんの姿を見てみろ

メイド服だけだ、メグさんが身につけているのは、つまり荷物も何も持ってない ちょっと近所に出かけるスタイルにしても不足だろう、これでエトワールを横断するのは些か危険だ

ましてやエトワールは決められたルートでしか移動できない、帝国への道のりとなると、数カ月はかかる、それをこんな格好で敢行出来るのだろうか

「いやですわレグルス様、徒歩に決まってるではございませんか」

「えぇっ!?徒歩って!歩きですか!?」

「はて、私不勉強なもので 歩きで行く以外の徒歩を存じ上げないのですが」

「いや…馬橇とか、用意してますよね」

「馬橇?、馬橇旅も楽しそうですが 今は急ぎなので必要ありません」

急ぎなら尚のこと馬橇がいるだろう、深く積もった雪の上をこの足だけで歩くのは困難だ、ともすれば命にも関わる…、大丈夫か?エリス この人について行って…

「お!、メグと エリス!」

「おや、朝から猿顔でございますね」

「おはようございます、ゴラクさん」

少し歩くと、既に軍服を着て待機しているゴラクさん ヴィーナさん ネハンさん、そして、リーシャさんが待っている、リーシャさん…軍服を着ているところを見るのは初めてですけどなんかこう…似合うな

「おはようございます、リーシャさん」

「ん、おはよう んじゃ暫くの間 またよろしくね、エリスちゃん」

クリストキントとは別れたが、彼女とはまだもう少しの間共にいることになる、今度は役者と脚本家ではなく、魔女の弟子と帝国軍人として その関係を少し変えて、共に

「では皆さん、参りますよ …帝国に、皇帝陛下がお待ちです」

されど、その事を喜ぶ暇はない、今はただ 一刻も早くこの街を離れ帝国へ向かおうとメグさんが急かす、本当は名残惜しいが …仕方ない

「分かりました、行きましょうか 皆さん」

「はい、では…」

一行に四人を新たに加え エリスと師匠の旅は新たな局面へと入る、今度はクリストキント達ではなく 帝国の軍人達に囲まれて いざ向かうはアガスティヤ、そう意気込み 街を離れようと全員揃って歩き出した瞬間

「………………」

エリスは一人立ち止まり、振り返る…何か 後ろ髪を引かれるような気がして

「ん?、どうされました?エリス様」

「いえ…ただ」

一行を先導するメグさんがチラリとこちらを見る、立ち止まるエリスを咎めるように振り返り どうされたと…

いや、クリストキントのみんなとは別れを済ませた マリアニールさん達とも別れを済ませた、ナリアさんとも……、ただ 別れを言ってない人間が一人だけ居たなと 今思い至った

「…………」

芸術の国 演劇の街、ここにいる人間誰もが美しさを求め 創造と共に生きていく、それがこの国エトワール…それがエトワール人

そんな中で、夢を求めて旅に出て 悲劇の中にその幕を閉じた人間がいた…

彼女の幕は 決していい終わりとは言えない閉じ方をしただろう、だが 彼女は確かにこの街で生まれ この街で育ち この街の中で夢を見ていた

エリスにとって、もしかしたら 故郷に成り得た街が ここなんだ

「…ハーメア」

かあさまの名を呼ぶ、エリスの母の名を…

母のことを知り、母を想う人と出会い、エリスの中にあった苦手意識は 少しは緩和されたと自分のことながら思う、故にこそ 今のエリスなら、こう言える

「行ってきます、かあさま」

雪の中に見る幻影は、果たしてこちらを見ているのか エリスには分からない、でもエリスはその幻影に呟く

生きていくよ、貴方が産んでくれたこの命のままで、エリスは生きていく 進んでいく、エリスの進む道は母とは違う …けれど、それでも エリスはやはり

あの人の、子供なんだ…

「エリス、お前…」

師匠が悲しくも驚いた目でエリスを見つめているのが 視界の外のことながら分かる、師匠はエリスを自分の娘だと言ってくれるし、エリスも師匠を母だと思う

そこは変わらないよ、けど エリスはつけたんですよ、ハーメアとの決着を これがエリスにとって、母の気持ちへの終着点であり 答えなんだ

「師匠、エリスをここまで連れてきてくれて、ありがとうございました」

だから、もう後ろを振り返るのはやめだ、過去を振り返るのは終わりだ、エリスはもう振り返りません 見るの前だけ、進むのは前だけだ

故に繋ぐのは母の手ではなく師匠の手、強く握れば暖かさで返してくれる師匠の手

「…ああ、そうだな お前をここまで連れてこれて、よかったよ」

「ん…ししょー」

撫でてくれる手に擦り寄りながらエリスは師匠に甘える、甘えながら前に進む…

ああ、良かった…諦めなくて

あの雨の中、死に至る激痛の中、生を諦めず 死に抗い、師匠の居る小屋へ辿り着けて 新たな生き方を見つけられて、本当によかった

エリスに機会を与えてくれた師匠には感謝が尽きない、本当に本当に、ありがとございます 師匠

「師匠?、これからもエリスと一緒に進んでくれますか?」

「勿論だ、お前が望む限り共にいよう」

「よかった、じゃあ行きましょうか…帝国に」

「ああ、そうだな」

エリスは師匠に抱きつきながら街を旅立つ、この先もずっと 師匠と一緒に居られるように……、ただ

「………………」

師匠に抱きつくエリスの姿を、冷ややかな目で見つめるメグさんの冷徹な視線、これにエリスは 気がつかなかった

気がつくことが、出来なかった

……………………………………………………………………

先日の聖夜祭と同じように、広場に作られた巨大な野外劇場、その裏にある控え室にて サトゥルナリアは座る

じっと座って、台本を読む 読み続ける

「…エリスさんは、そろそろ旅立ったかな」

旅立つ憧れのあの人を思いながら台本を閉じて、息を吐きながら周囲を慌ただしく動く役者や舞台裏の人々を見る

今日は特別な日、国を挙げての一大イベント、『悲恋の嘆き姫エリス』の公演日、今日この日の為にあらゆる劇団のあらゆる人々が集められる、ここに関われるのはそんな劇団の一流達ばかり

この中に その一員に、僕も入れたこと 関わることが出来た事を、心底感謝する…、全部エリスさんと出会ってから全てが変わった

彼女の直向きに進む姿に励まされた、彼女のおかげで色々変われた、彼女への憧れが僕を変えた

彼女には感謝も敬愛も尽きることはない

「サトゥルナリア?、準備はいいでしょうか」

「あ、ヘレナ姫…はい、準備はいいです」

ふと、声をかけてくれるのはヘレナ姫だ、以前までのような姫騎士姿ではなく、今は純然たるドレス姿、驚く程に様になっているのは やはり彼女が本物の姫だからだ

「ふふふ、今は貴方も姫でしょう?」

「あ、そうでした…えへへ」

かくいう僕も今はドレス姿、伝統あるエリス姫の衣装だ

これに袖を通せるなんて夢みたいだ、今も夢を見ているような気分だ、何せ ずっと夢見たその瞬間に 今僕は立っているんだから

「今まさに舞台の幕が開こうとしています、もう決まりましたか?最後の言葉は」

「…………はい!」

最後の言葉とは、エリス姫が舞台の最後 旅立つスバルに向けて放つ言葉だ、それがなんだったのか プロキオン様さえ知らない

だから、舞台に上がるエリス姫役の役者が決めていいことになっている、何を言ったのか役者の自己解釈に委ねられているんだ

僕はずっと、この最後の言葉に違和感を感じていた、他の人たちが言う別れの言葉も愛を叫ぶ言葉も素晴らしいけれど、僕違うと思う、エリス姫が最後に言ったのは そんなことじゃない気がするんだ

それが、今なら殊更理解出来る…エリスさんと言う人物との別れを今まさに味わう今の僕なら、きっとエリス姫に近づける 誰よりも

「ならいいです、さぁ 幕が開きます…行って来なさい、エリス姫」

「はい…、ヘレナ様!」

そうして、開く 始まる この国最大の劇、悲恋の嘆き姫エリス その公演が…!







文字にするなら、それはなんと言うのだろうか、それさえ分からない程に人々は熱狂し声を張る

この国でも殊更特別な大悲劇の公演を前に集まった観客の数は数え切れない、それらが揃って歓声をあげるんだ、そりゃあもう凄い迫力だ しかもその歓声が舞台に立つ一人に向けられているのだから…圧倒されそうになる

だけど、僕は

『嗚呼、私は 己の気持ちを抑えることなど、出来はしない…』

舞台の上で声を張るサトゥルナリアは舞台に立ちながら必死に観客席の方を見る、今ここに集まった全ての人に、今日ここに来れなかった全ての人に届けるように声を大にし唄い、その光景を必死に記憶する

これが、これが僕の夢見た景色 夢見た時間なんだと

『エリス姫…』

『スバル!、来てくれたのですね』

剣を携えた美形の騎士 彼もまたここまで苦難の道を超えてスバル役を勝ち取ったのだ、そう みんなここに来るまで凄まじい努力を重ねている

王様役もエリス姫の親友役も モブやエキストラに至るまで皆 ここに夢を見た、夢を見て努力してここまで来ているんだ

それを感じればナリアは嬉しくなる、みんな同じなんだなと、みんなみんな同じ夢を見てるんだなと、奇妙な連帯感が喜びを生む

『スバル、…私は…』

『ひ 姫、それより…その 湖まで散歩に行きませんか、私が護衛しますので』

サトゥルナリアとして喜ぶ反面、心の中にふつふつと湧いてくるのはエリス姫としての心と自覚、そうだ 今僕はエリス姫なんだ

故にエリス姫なら、エリスなら何を考えるかを感じ その通りに演じ代弁する、遥古の人間である彼女の気持ちと言葉を現世に呼び戻すように

…きっと、エリスはいつもスバルの事を思ってた、ずっと一緒に居たいと感じていた、叶うなら 家族になりたいとさえ

だけど同時にそれが叶わないことも理解していた、スバルとエリスでは身分が違う 簡単な道じゃない、だからもしスバルとの恋が叶わないとしても、せめて彼とは仲良くしていていたい

そんな気持ちが湧いてくるんだ、例え…この物語の結末を知っているとしても、想像してしまう 欲してしまう、スバルとの暖かな未来を

だけど

残念なことに、これは劇…それも悲劇だ、幸せな時間というのは長くは続かない

スバルとエリス姫、二人の仲が睦まじく育まれ もう少しで友とは違う別の関係になろうかという頃、事態は急激に動く

とある大国がエリス姫の国と周辺の小国に戦乱の種を持ち込んだのだ、大国同士の戦乱は瞬く間に世界へ伝播し エリスとスバルの間さえ引き裂こうとした

『スバル!、貴方…此度の行軍に参加するとは、本当ですか!』

呼び止める、剣を腰に 軍に参加しようとする彼を、その背に悲愴を纏い 覚悟を秘めるスバルの背を、行くつもりだ 戦場に、死ぬつもりだ 戦場で

『スバル…戦乱は混迷し、もはや終わりさえ見えぬほどに荒れています、この戦いに勝者は居ません、きっと 終わったその時 生きている者も…、あそこは死神が揺蕩う死地なのです、死にに行くも同然ですよ』

必死に止める、声をかけても 横に並んでも、歩みを止めないスバルを追いかけて、エリス姫は必死に止める…しかし

『姫、確かに貴方の言う通り この戦いに生も勝利も望めないでしょう、最早勝ち負け云々以前の所まで 我が国…いや世界は堕ちてしまった、行けば死ぬ そんなこと分かりきっています』

『っなら!』

『だとしても!、…だとしても、私だけが…死ぬと分かって私だけが怖気付いて逃げるわけにはいかないんです!』

スバルは声を荒げ エリス姫の言葉を遮る、死ぬのは分かってる でも行くと

『怖気付いてもいいじゃないですか、逃げてもいいじゃないですか!、命より重たいものなんてないんですから!』

『いいえ、命より重たいものはあります!』

『なんですか!言ってみなさい!』

『貴方です!、エリス姫…貴方の命は我が命よりも重い』

『っ!……』

スバルの言葉に、エリスはたたらを踏み言葉を失う…私の命が、スバルの命よりも重たい?

そんなわけはない、私の命よりもスバルの命の方が…と、そこまで思考し エリスは気がつく、彼の気持ちに

『もし私がここで逃げて、貴方の身に万が一のことがあれば…、この首 千度掻き切っても足らぬ程の悔いを得るでしょう、そうなるくらいなら 私は…命を賭しでも貴方を守りたい』

『スバル……』

でも 私はあなたと一緒に居たい、死するときも貴方と共に その言葉が口を割ることはなかった、なかったが故にスバルはその隙に走り去ってしまう

行ってしまう、行ってしまう 最早スバルを止める言葉などない、何を言っても彼は止まらない、精々エリスに言えることは……

と そこでサトゥルナリアの動きが止まる、舞台から消え失せたスバルを前に足を止めて、彼方まで消えたスバルを見送って 、ゆっくりと観客席の方を見る

見せ場だ、エリス姫の最後の見せ場…、立ち去る彼に向けて何を言うか、それは役者がエリス姫を演じて得た 答えのようなもの、皆が固唾を飲んでそれを見る

…長い沈黙の間 サトゥルナリアは想いを馳せる、エリス姫もまた想いを馳せる

憧れのあの人との思い出を、最愛の彼との思い出を

エリスさんは僕に沢山のことを教えてくれた、諦めないこと 立ち向かう事、誰かの為に戦える強さ 夢を見ることの苦しさ、そして叶えることの喜び

スバルは私に沢山のことを教えてくれた、誰かと共にある喜び 分かち合う楽しさ、誰かを愛することの素晴らしさ 想い続けることの苦しさ、そして人を愛するとうとさか

全て全て共にあった時間が与えてくれたものだ、永遠に続けばいいと思えるような楽しい時間が与えてくれたものだ

…でも、と エリスは口を開く、その最後のセリフ 、彼がエリス姫に教えてくれたこと…彼女が僕に教えてくれたことを

サトゥルナリアが導き出した その答えを今、ここには居ない 彼女に向けて、遥か遠くの想い人に向けて、サトゥルナリアは観客席の向こうを見据えて…こう綴る

「行ってしまうのですね、スバル…、何がどうあれ 貴方は行ってしまう…」

この世に永遠はない、どんなに幸せな日々であれ 終わりはある

涙ながらに懇願しても、何を引き換えにしても、終わりは来る…貴方は去っていく

きっとこれがそうなんだろう、今なら分かる 我が前から去っていく最愛の人を前に、白く息を吐くエリスは頬に一筋の涙を流しながら声を上げる

「楽しかった 今まで、貴方と過ごせた時間だけじゃなくて、貴方と出会えたおかげで今まで生きてきた人生の全てが貴方で彩られました」

ポツリと置き去りにするように言葉を紡ぐエリスは、嗚咽することもなくただただ涙を流しながら手を前に出す

去っていく、去ってしまう 最愛の人が、行ってしまう 向かわせれば帰ってくる事は二度とない、止めなければ死んでしまう、もう 再会することは絶対にない

そんな事、分かってるのに 今ここで万の言葉を尽くしても立ち去る足を止める事は絶対に出来ない、それもまた分かっているから 涙を流すことしか出来ないのだ

「希望も絶望も、喜びも悲しみも、涙も笑顔も…全て、全て貴方から与えられました、この胸にあるものは全て貴方が与えてくれました」

そこでふと過ぎるのは、彼女と過ごした楽しい旅の日々…、楽しかった この旅はなんと楽しかっただろうが、笑い 泣いて 傷つき 戦って、この人生においてなんとも得難い経験を彼女にはさせてもらった、重ねているのか?多分重ねているんだ

だからこそこの言葉には重みが出るのだ、今胸にある言葉こそが正解なんだ、旅の中 いいや…この生涯をかけて探し抜いた一つの答え、きっとこれが…エリスの言いたいことなんだ、ずっと…ずっと 消えていた言葉の答えがこれなんだ!

「…だから、贈ります 貴方に この言葉を…、聞こえるなら 聞いてください、受け取ってください、貴方との出会いが与えてくれた 私の言葉を…私の答えを…」

去っていくその背中に、手を伸ばす

それは別れの言葉か?感謝の言葉か?、それとももっと惨たらしい物か あっさりしたものか、涙か 笑顔か…それは誰にも分からない、分からないからこそ皆が皆言葉を紡ぐのだ

その人にとって、最高の言葉を…

だから受け取ってくれ、その魂が白刃の海にあろうとも その身が死に向かおうとも、これが別れであったとしても、この言葉が胸にある限りきっと貴方は そしてエリスは、救われるはずなんだ

両手を広げ、力の限り 声を届ける

「ーーーーーーーーーーーー、ーーーーーーーーーーーーーー、ーーー ーーーーー…ーーーーーーーーーー!!!」

きっと、届いていますよね…ねぇ?エリスさん、貴方の友 サトゥルナリアは、ここに居ますよ

ずっとずっと彼方の彼女に届かせる永遠なる言葉は 時も場所も超える、ただそれだけを信じる一人の役者は、舞台の上でスポットライトを浴びる

これが、僕の言葉ですよエリスさん…届いて いますか?



…………………………………………………………………………

「ええ、届いていますよ、ナリアさん」

「ん?、どうした?エリス」

街を離れた、小高い丘の上、エリスは街を見下ろしながら ふと呟く、最早街は遥か遠くまで離れ、その喧騒は聞こえない、エリスはもう 旅に出ているのだと、実感する

「いえ、遠視の魔眼で見ていたんです…ナリアさんの舞台を」

そう指差すのは街の中央 ここからかろうじて見える広場の真ん中に作られた巨大な劇場、その中央で拍手喝采を浴びるナリアさんの姿を遠視の魔眼で目に焼き付ける

どうやら劇は上手くいったようだ

「ほう、だがここからではなんと言っているか聞こえまい、残念だったな サトゥルナリアが夢見ていた舞台、そこで放たれる最後の言葉がどんなものか、楽しみだったのだが」

「はい、ここからじゃそれも全然聞こえません……でも」

聞こえていなかった、ここからじゃあまりに遠い 遠視の魔眼でかろうじて見えるくらい、離れてるんだ、聞こえるわけがない

でも、でも…聞こえなかったけど、届いていたよ ナリアさん、貴方の言葉、エリス姫の最後のセリフは こうですよね

『この世に永遠がないのなら、きっとこの別れも永遠ではない、だから またいつか…またいつか会いましょう』

それはエリス姫がスバルに贈る再再会を願う言葉であり、エリスとナリアさんの友情を指し示す言葉でもある…

それが、貴方の答えなんですね…ナリアさん

「いいもの見せてもらいました、ナリアさんの…エリス貴方のファンになっちゃいそうですよ」

いいもの見せてもらった、本当に…本当に

「おや、悲恋の嘆き姫エリスの公演は終わってしまいましたか」

「ん?、メグさん?」

ふと、エリスと共に雪原を歩くメグさんがヌッとエリスの隣に現れ、共に遠視の魔眼で街の舞台を眺める、この人も遠視使えるんだ…

「いやはや、残念です…世界最大最高の作劇、この目で是非とも見てみたいと楽しみにしていたのですが…」

「別にエリスに合わせなくてもいいですよ」

「そう言うわけでは…」


「オイ!メグ!、お前本当にこの雪原歩いて帝国まで向かうのかよ!、死んじまうぜ!俺たち!」

そう言いながらエリスとメグさんの会話に割って入ってくるのはツンツン頭の猿顔 ゴラクさんだ、彼は寒そうに体を震わせながらズボズボと雪の上を歩いている

「んー、メグさんや?私も結構長い間この国に住んでたから分かりますけどさ、流石に徒歩は無理がありますぜ?、帝国に着く頃には ここにいる人間が半分くらいになってるかもしれませんよ?」

「おやリーシャ様、流石はこの国に潜入していただけはあり土地勘はありますね、ですが…ご安心を」

リーシャさんの忠告を受けるなりメグさんはポツポツと一人で歩き、…そして立ち止まる

いや何がしたいんだ?、いい加減プランを説明してくれないとこちらとしても何もできない

「ふむ、ここらでいいですかね」 

するとメグさんはエリス達の疑問も他所に右を見て左を見て、周囲の状況を確認し 何やら一人で納得している

「あの、そろそろ説明してくれません?、マジで徒歩で行こうってんなら エリス今からでも街に戻って馬橇取ってきますけど」

「それには及びません、確かに徒歩で行きますが…別に 雪原を踏破するつもりはさらさらございませんので」

その言葉と共に メグさんは両手を開き 魔力を高めていく…、異様なのはその魔力の質だ、エリスが今まで見た魔力どの魔力にも類似しない

というのも、魔力とは使い手の性質によって出方が違う、べったりと張り付くような魔力だったり 炎のように吹き出す魔力だったり 風のように漂う魔力だったり、その当人が得意とする魔術や戦闘スタイルによって魔力の漂わせ方が違うのはよくあることだ

だが、…メグさんは違う、例えるなら まるで白いキャンバスに落とした絵の具だ、じわじわと広がり それでいて空間そのものに馴染んで一体化していくような…、見たことのない魔力の広がり方

これは…いや、そうか この人は…

「ふっ、なるほどな 『ソレ』も使えるか」

「師匠…分かるんですか?」

「まぁ…な」

メグさんの魔力に呼応し、空間が歪んでいく、絶対の法の下 揺るがぬ形を保つ世界が、メグさんの力に屈服し 形を変えていく、その様を見て師匠はニタリと笑い

「エリス、よく見ておけ あれが世界でただ一人…いや 今は二人か?、しか使えぬ大魔術、シリウスをして最も魔の深淵に近しいと言われた最たる御業…、あれこそが」

「『時空魔術』」

その一声と共に空間が水面のように一つ揺れ…、人間一人入れるかどうかの穴がぽっかりと開くのだ、虚空に 何もない空間に…今、穴が生まれた

あれが時空魔術、時間 空間…凡そ人間ではどうすることもできない世界が定めた絶対なる法、それを一個人の力と感情で自在に歪めてしまう…、まさしく この世界最強の力

あれが、そうなのか…だとすると、メグさんはヘレナさんのような嘘偽りの弟子ではなく、本物の魔女の弟子、カノープス様が唯一己の技を授けた 史上唯一無二の存在

「『展開 時界門』…」

まるで、ドアノブに手を引っ掛け クルリと回す、そんな容易い感覚でメグさんは空間に穴を作り上げ、こちらを見るなり穴を手で指す

「さぁ、どうぞ…空間を歪め 通り道を作りました、こちらを通れば帝国は直ぐです」

「え?、こ これの中に入るんですか?」

「ええ、不安でございますか?」

不安というか…、穴の向こう側の景色はよく見えない、未知の空間に飛び込むようで…

とても…

とても…

とてもとても

ワクワクする!

「あの、エリスから最初に入ってもいいですか?」

「はい、構いません」

あの穴は帝国への近道だという、空間を歪めたということは エリスは今から歪んだ空間の道を通るということ、一体どんな景色なのか 一体どんな感覚なのか、そしてその先に広がる帝国とはどんな場所なのか

ワクワクする、ワクワクが止まらない、エリスはそれが好きで旅人やってんだから

「では、失礼してと…」

ワクワクする心を抑えて、エリスは開けられた時空の門を潜っていく、うん 感じ的には普通 というか何も感じない、空間が歪んでる感とかもないし 特別な感じは何もしない、本当に空間が歪んでるのか?

と 歪む穴の先へと入り込むと……そこには



「え?」

そこはエリスの想像する景色とは、まるで違った

空間が歪む回廊が広がってるわけじゃない、直で帝国に通じていたんだ…本当に、エリスは今の一瞬で国を超えて 帝国まで来てしまった

何故、一目見てそれが分かったかって?、それは……

「…………」

「え えっと、あの…そのぉ」

右を見る 左を見る、どちらを向いても人人人、人ばかり…そして広がるのは

エリスも旅をして長いから、こういう空間に来ることは多いから、自然とわかる

ここは、玉座の間だ…ということは

 「……お前が…」

「あ あなたが…」

目が合う、玉座の間の奥にいる人物と、エリスの周りを囲む人間は何れも同じ服を着ている、それはつまり 帝国軍服…、帝国軍人達が揃って囲む玉座の間など一つしかない、その玉座で堂々と座れる人間は一人しかいない

あの煌びやかな服を着込み黄金の錫杖を握る白髪 いや、あれば無色と言うべきか?、色は無くそれでいて光に当たると虹色の極光で返す不可思議な髪色の女が、エリスを見下ろす

あれが…いや、彼の方こそが八人の魔女最強と言われ、この魔女世界の秩序を保つ…最大国家アガスティヤ帝国の永世皇帝…唯一無二の

「ぐっ…」

なんてプレッシャーだ、他のどの魔女よりも強力で…、ぶ 物理的に押し潰されそうだ…!

「エリス様 レグルス様、ようこそ、…こちらが燦然なりし永劫の大帝宮殿、そしてこちらに御坐すのが…」

気がつけば、時空の門を潜り抜けた師匠とメグさん達がエリスの隣に立ち、その目の前で座る絶対者を見上げている…

「このアガスティヤ帝国 そして魔女世界の大いなる守護者にして永劫なりし大皇帝、…我が師 大皇帝 カノープス様にございます」

あれが、カノープス様…

そう戦慄するエリス達を前にカノープス様はゆったりと そして不敵に笑い、徐に立ち上がる…

エリス達は、なんの前触れもなく 心の準備もなく、いきなり 唐突に…

アガスティヤ帝国の首都に存在する大城に、大皇帝である無双の魔女カノープス様の前に…連れてこられてしまったようだ





……………………第七章 終
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