孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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八章 無双の魔女カノープス・後編

249.対決 無双の魔女の弟子メグ

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『メグよ、我が友の弟子 エリスと接触せよ』

その命令が全ての始まりだった、唐突に陛下に呼び出されたメグに与えられた使命 それはエトワールにいる孤独の魔女の弟子エリスと接触することであった

エリス という人物について、メグは既に調査を終えている、彼女がマレウスにてアルカナの本部を壊滅させた時点で 既にエリスの名はメグにの元まで届いており、今後の脅威として書類を纏めていたのだ

エリスの旅はまぁなんとも剛毅なもので、行く先々で問題とぶつかり 戦い、そしてその全てを解決し旅を続けている

経歴も実力も大したものだ、だが メグにはどうにも理解出来なかった

何故、エリスと接触せねばならないのか…、エリスは確かに凄まじい経歴を持ってはいるが 陛下がわざわざ気に留める程の存在では無い とこの時メグは評価していた

しかし、…陛下が気にしているのはそこではなかった

『エリスには、とある特別な力が宿っている、あれを用いれば世界の破壊か或いは救済さえ叶う…、故にメグよ エリスと接触し籠絡し、我が軍門に引き入れよ…あれは世界を割る鍵である』

と…、陛下は言うのだ エリスは世界を割り 世界を救う鍵であると、その言葉の詳細は教えてもらえなかったが 、どの道関係なかった 

私は陛下が命令するなら誰とでも会おう、何さえも籠絡せしめ必ずやエリスを軍門に引き入れよう、そんな覚悟で私はエリスと会った…

はっきり言おう、私は当初エリス様を見下していました、無警戒で 無思考で 無遠慮で 何も感じられない行動に思わず呆れたものだ、これが私と同じ魔女の弟子とはむしろ逆にショックであると

これならすぐにでも籠絡出来る、親密に距離を縮め 私という人間に心酔させる、私のいうことならなんでも聞くように 私を愛させ傀儡とする、故にエリス様の心の隙間を探り その中に入り込むように私は彼女と過ごしました

仲良くするフリをして彼女と共に、友達になったフリをしてエリス様と一緒に、そうやって半年過ごして 私は理解しました

『エリスと言う人間は私が思っているほど簡単ではない』と言うことに、彼女は如何なる時も戦いを忘れず、一瞬前までのほほんと笑いながらも危機の匂いを一抹でも感じれば即座に顔色を変える

まさしく歴戦の直感とも言うべき物を持ち合わせ 巧みに私の籠絡術から逃げていった、そりゃそうだ 私が殺し屋の特訓をしている間 エリス様も同じように戦いの中で旅をしていたのだから当然だ

そこから私は油断など全くせず、本気でエリス様を落としにかかった、リーシャ様との死別という穴まで使って彼女と関係を持とうとしました

けど、無理であった 失敗した、私はエリスをこの手に収めることが出来なかったんだ

不甲斐ない不甲斐ないと思う心と共に、メグの心の中に、別のものが生まれていた…


まぁ、色々あるが…端的に言うと、ガオケレナの果実と言う名の爆弾をエリス様が消し去った時のことだ

私が手を尽くしても傷一つつけられなかったあの果実をエリス様は触れただけで消し去った、跡形もなく…あの力が何かは分からない、もしかするとあれこそがカノープス様の語った 特別な力なのかもしれないが、どちらにせよ 得体が知れなかった

私はあの力を前にした時、何を思ったか?恐怖?畏怖?、どちらもそうだが…最も深く胸に刻み込まれたのは

『危険だ…』

その一言であった

………………………………………………………………

ごうごうと燃え盛る 炎の山、原初の魔女シリウスと無双の魔女カノープス様の両名がぶつかり合う地上の地獄のような空間、或いはこの世の趨勢を決める決戦の舞台…

その炎の山の目の前にて、見つめ合う二つの影がある

両者ともに険しい顔つきで相手を睨み、ブラリとフリーに垂らした腕は 何があっても直ぐに対処出来るよう必要最低限の力を常に滾らせている

「…………」

「…………」

一層強く燃える炎を物ともせず、睨み合うのはエリスとメグだ、かつて共に戦共に過ごし、友情を育んだ筈の二人が今 敵意と闘志を漲らせ バチバチと視線をぶつけ合う

…事の発端は帝国に激震を走らせた『魔女シリウスの復活』が原因だ、帝国はいつかこの日が来ることを予見し 八千年もの間準備に明け暮れていた

帝国は何が何でもシリウスを復活させたく無い、そのためならばどんなことでもするだろう、故に 例えシリウスが皇帝の盟友たる魔女レグルスの肉体を奪い 半ば人質にしようとも、魔女レグルスの肉体ごとシリウスを滅するつもりだった

そこにエリスが待ったをかけたことがこの戦いの…、魔女レグルスを殺したい帝国と殺させたくないエリスの戦いの発端だ

エリスは凄まじい勢いにて一度はレグルスの危機を救っただろう、だがそれは根本的な解決には至らなかった、…だが今は違う エリスは今度は明確に師匠を救う為の秘策をぶら下げでもう一度ここに現れた

帝国もエリスの勢いを危惧し シリウス包囲網を逆に防壁に使い エリスの進行を阻んだが、結果はこの通りだ、救援に現れたエリスの友とフリードリヒ達の離反により包囲網は瓦解、エリスはもう一度 シリウスの目の前まで到達することが叶った

…それを最後に止めるのがメグだ、絶対に陛下の邪魔はさせない、その覚悟を踏み躙ることを許さないと メグはこの炎の山の目の前でエリスを待ち構えその進撃を止めた

師匠に会うためには、エリスはここでメグと決着をつけねばならない

陛下を守るためには、メグはここでエリスと決着をつけねばならない

相反する二つの目的が、今二人をぶつけ合う、二人の戦いの行方に 二つの勢力の激突の趨勢をは任されることとなった

「…ふぅ」

そんな場面にてメグは一つ、脱力するように息を吐き 軽く微笑むと

「こうして、エリス様と睨み合っていると…エトワールにて初めて出会った時のことを思い出しますね」

「…そうですね」

エリスがメグと出会ったのは、アルシャラにあるクリストキント劇場にメグが訪ねてきた事から始まったのだ、そこから時間にして半年間 エリスはメグさんと共に過ごすことになる

「出会ったあの時は、まさかこんなことになるとは思いもしませんでしたよ」

あの時、エリスはメグさんを警戒していた、初めて出会う人物であり 油断ならぬ相手であるメグさんをエリスは警戒していた、けれど まぁ…それからメグさんはエリスに献身的に尽くしてくれたし、彼女に何度も助けられた

今 エリスはメグさんを友達と呼ぶに相応しい人間であると思っている、あの時抱いた警戒心なん遠の昔に捨て去ったさ

「そうでございますね、…エリス様?、覚えていますか?」

「何かはわかりませんが、多分覚えてますよ」

「あの時、私が『最強の魔女の力を受け継ぐ我が力を見せましょう』といった時 なんと言ったか覚えていますか?」

答えは無論、覚えている、あの時はかなり腹が立ったものだ、何せメグさんの口振りは 『自分の師匠はお前の師匠より強いから、弟子である私はお前より強い』と言いたげだったからだ

まぁ、今なら分かるよ?メグさんは実際強いし、何より彼女は自分の師匠を何よりも誇りに思っている、ああいう場面なら 彼女は言うだろうな?自分の師匠を誇示するようなことを

「はい、『貴方の師匠が強いからって、貴方自身がエリスより強いって理由にはならんでしょう』でしたね」

「ええ、…あの時は決め損ねましたが、今ここで 決めますか?孤独の魔女の力と 無双の魔女の力…どっちが上かを」

メグさんはやるつもりだ、その身から溢れる魔力と闘志が物語る、エリスをここでぶちのめして 陛下の安全を確保すると、凄まじい迫力だ…

だよなぁ、決着…つけないとだよな、エリスとメグさんの思想は相容れない、今は相容れなくなってしまった、ここをなぁなぁにして進むことは出来ない

メグさんはきっと死に物狂いでエリスを止めてくる、きっとその追撃はエリスの足さえ止めるほどのもの、なら 先を急ぐならば…倒さねばなるまい

せっかく倒さなきゃいけないなら…

「いいですよ、やりましょう メグさん、エリスは貴方を倒して師匠を助けに行きますから、覚悟してください」

「ふふ…ふふふふ、分かりましたでは…」

そう言いながら メグさんはゆっくりと下げた手を上げてエリスに向ける…、来るか!

「握手しましょう」

パッと開かれる手が、エリスの前に差し出される…握手?…え?握手?

「え?今?」

「今だからですよ、状況は状況ですが 貴方との決着は真摯な形でつけたいですから、ですのでこれは 私なりの宣戦布告です」

なるほど、そういうことですか ならばいいでしょう、貴方の心意気に乗りますとも、それが貴方の宣戦布告ならね

「分かりました、でよろしくお願いします、メグさん」

「はい、これが我々の戦いの始まり…」

そしてエリスは差し出されたメグさんの手を握る、彼女とは友達だ 故に相争うことになっても、こういうのは大切です、なので エリスはメグさんの手を取る、これが貴方との決着になることを祈って、エリスは────────…………

「そして終わりです」

刹那、エリスの体が引き寄せられる、手を握り 不意打ち気味に強引に引き寄せるメグさんの手によって…、その先に光るのは刃の煌めき いつのまにかもう片方の手に握られていたナイフが煌めき、エリスの首目掛け飛び……

「ちぃっ!」

鳴り響く金属音、舞い散る火花、鳴る舌打ち、煌めいた刃が寸前で籠手によって阻まれギリギリと音を立てる

「効きませんよ!!そんな不意打ち!!」

防ぐ斬撃、不意打ちが来ることなんて看破してましたよ!、貴方と一緒に戦ったからこそ エリスは知っている、メグ・ジャバウォックという人間の戦闘スタイルを!

メグさんは正々堂々戦うタイプではない、かといって卑怯なタイプでもない、巧妙に敵の隙を見つけて 巧みに隙を作り出し、そこを突いて一撃で決めるスタイル…

幼少期 空魔ジズ・ハーシェルによって叩き込まれた暗殺奥義を独自に進化させた戦法、それが彼女の武器だと知っていたから 不意打ちしてくると知っていたから、握手に応じたのだ!

「シッッ!!」

「ふっっ!!」

一瞬でナイフを逆手に持ち替えると同時に飛んでくる斬撃を、今度はを身を屈める事で回避する、凄まじい力で手を掴まれているせいで離れられない、けど そっちがその気なら応じてやる、この至近距離のどつき合いに…

「はっ!」

「うげっ!?」

屈んだエリスの動きを読んでいたかのようにメグさんが足を振り上げエリスの腹を蹴り上げる、ま まず貰っちゃっ…

「ッ!?」

ふと、視界の端に捉える光景 手の先に感じる違和感、見ればメグさんが掴むエリスの手を持ち替え、親指を握りしめて人の腕が曲がらない方向へと捻ろうとしており…

ってやば!、捻り折られる!

「させません!」

グイッと押し込むように親指を外側に向けて回すメグさんの動きに合わせ体ごと同じ方角に回転させ極められる関節から逃れる、この いきなり骨と関節を狙うとか容赦無いな!、でも…

「今度はこっちの番ですからッ!!」

手を掴んでいるということは 逆に言えばメグさんもまたエリスの手が届く位置にいるという事でもある、故に今度はこちらの番と拳を構えて 打ち出す先はメグさんの顎先!

「おっと危ない」

そんな言葉と共にメグさんはエリスの手を呆気なく離し 一度の跳躍でエリスの手が届かないほど遠くまで逃げていく、…速い、動きは勿論だが 判断も反射も早過ぎる

「ふむ、やはりエリス様相手に素手は厳しいそうですね…こちらも武器を用意しましょう」

その瞬間 メグさんが両手を広げ円を描く、来るか メグさんが使う唯一にして無二の古式時空魔術…!

「展開『時界門』っ!」

メグさんの詠唱と共に目の前の空間がポッカリと切り取られるように円形に開き始める…、あれこそが時界門、メグさんの使う古式時空魔術…

視界内やメグさんがマーキングした地点とこの空間を繋げる超常なる力、あの魔術には何度もお世話になったし 命を助けられた場面も数多くあった

だから分かる、あの魔術の恐ろしさを…!

「出でよ 魔装『自立式火弓連弩』!」

輝く空間の穴から飛び出してくるのは火矢だ、炎を纏った鏃が雨のように怒涛の勢いでエリスめがけ降り注ぐ

これがメグさんの戦闘スタイルだ、エリスが知る限りメグさんが使える時空魔術はたったの一種類、されどその一種類を極め 自前の倉庫を用意することにより、数多の魔装と組み合わせ 無限の戦術を実現させる それこそがメグさんの戦法…!

「っ!『旋風圏跳』!」

逃げる、火矢の雨から逃れるように風を纏い空中を旋回しクルリと火の雨の中を突っ切る、しかし…

「待ってください?、『時界門』」

「へ?」

刹那、火の雨の中から飛び出した筈のエリスの体が再び降り注ぎ矢の雨の中へと飛び込むことになる、何をいってるか分からないだろうか だがありのまま言えばそうなるのだ

なんて事はない、エリスの飛び出した先にメグさんが時界門を作り出し 再び火の雨の中へ繋がるよう空間を操作したせいで、エリスは再びこちらに戻ってきてしま…

「ぐぅっ!?」

着弾する矢は地面に突き刺さると共に激突し 辺り一面を炎に包む、当然 その只中にいるエリスにも火は引火し瞬く間に火達磨にされ 全身に凄まじい熱が迫る

究極の激痛 針の山へ落ちたような苦痛の中、エリスは慌てて地面に転がり火を消す…、死ぬかと思った

「くぅ、そうでした 視界内なら何処へでも穴を作れるんでしたね、迂闊に飛ばない方がいいか…」

下手に飛べば行き先をメグさんに操作されてしまう、いつものスピードで翻弄する作戦は使えないな 実質『旋風圏跳』は封じられたに等しい…、体についた土をはたき起こしながら思考する

どう攻めたものかと考えながら メグさんを見ると、彼女は既に次の行動に移っており…

「『時界門』」

「や やば…!」

来る、何が来るか分からないが何か来る、急いで逃げないと…!とエリスが火傷でもつれる足を動かそうと駆け出そうとした瞬間、足が動かずつんのめり ずっこける

「ぐへぇっ!?ってなんですかこれ!?」

動かない足、何をされたと見てみればエリスの足元に時界門が展開されており、その奥から飛び出た床がエリスの足を鉄枷で繋ぎ止めている、いや なにこれ!?

「ちょっ!動けない!?」

立ち上がって足を引っ張るが抜けない、ヤバい 拘束された…、い いや大丈夫、こんなもん魔術でぶっ壊せばいいんだ、よし ならば!

そうエリスが拳を天に構えた瞬間、メグさんはこういうのだ…、たった今 顕現させた魔装の名を

「魔装『携帯式回転床』」

「へ?え?、え えぇぇぇええええええ!?!?!?」

メグさんの言葉に従い エリスを拘束する床が回転を始める、エリスの体を拘束したまま エリスごと高速回転を始めるのだ

高速で流転する景色、ぐわんぐわん揺れる三半規管、う 動けない、何も出来ない、ま 回る回る!

「かつて拷問用に開発された回転床でございます、如何ですか?」

「如何も何もぉぉおぉぉぉおおおおお!?!?!?」

「まぁ、欠陥品ではありますがね?」

その瞬間 回転の遠心力に耐えきれなくなった足枷が激しい音を立てて壊れ エリスを解放する、ようやく回転から解放された…解放されたけど

「あ…あぅあぅ」

目が回る、視界が回る、あれぇ?おかしいなぁ…体は回ってない筈なのにぃ、エリスは今 前を向いてるんですか?後ろを向いてるんですか?、あれれ 足がもつれる

フラフラと千鳥足で数歩進めば、ただそれだけでエリスは膝から崩れ落ちる、高速回転からの急停止、これは…これは、き 気持ち悪…

「おぇぇぇぇええ!!」

膝をつきゲロゲロ吐く、気持ち悪いぃ…

「おや、隙だらけですね…では、この隙を突くとしましょう」

「ちょ ちょまっ…ぅぷっ」

三半規管をやられ 嘔吐に喘ぐエリスを見たメグさんは次なる攻撃に移る、時界門から取り出したのは巨大な黄金のハンマー、や ヤバい…攻撃が来る、分かってるのに う 動けない!

「魔装『フォートレスビッグバン』ッ!!」

「がふぅっ!?」

地面からすくい上げるような一撃は身動きの取れないエリスを容赦なく打ち据える、その一撃は凄まじく 魔装自身もその衝撃に耐えきれず爆発四散するほどだ

その凄まじい一撃を防御も何も出来ずに受けたエリスは血を吹きながら吹き飛ばされ地面に転がり悲鳴をあげる

「ぐっ…ぅぐぅ…!」

痛い 凄まじく痛い、吐瀉物と血の混じった口元を拭い立ち上がればミシミシと全身を痛みが襲う、骨と内臓がやられた…、なんて威力だ

「おや、立ちますか?今の一応対城用に作られた個人用破城槌なのですが、化け物ですね エリス様」

壊れたハンマーをなんの未練もなく捨てるメグさんを痛みで動きない体で見上げるように睨む、強い… 実力がというより戦法がだ

メグさんは魔術を一つしか使えない、だと言えのに複数の魔装を入れ替えで呼び出す事で数多の攻撃法を実現している…

魔術が使われた時点じゃ、なんの攻撃が来るか全く予想出来ない、攻撃されるまで何をされるか分からない、一つの魔術しか使えないのに同じ攻撃は二度と行わない…

予測不可能な無限の戦略、これがメグさんの強みか…!

「あんな攻撃、百発もらったって 倒れませんよ」

「なら二百でも三百でも用意しましょうか、どの道ここで終わりなんです 早めに倒れる方が楽ですよ」

「誰が…っ!」

終わるわけにはいかない、どんな強敵だって跳ね飛ばして進んでやる!、それがメグさんでもね!

嘔吐と痛みを噛み殺し、大地に根を張るように踏み込みながら魔力を滾らせる、いつまでもやられっぱなしというわけにはいきませんよ!

「っ…、来ますか!」

「ええ!、行きますよ!」

全速力で駆け抜ける、姿勢を低くし 大地を疾駆する豹のように全霊で駆け抜ける、旋風圏跳は使えない 時界門と相性が悪すぎる、故に 駆けるのだメグさん目掛けて!

走るエリスを見ればメグさんもまた迎撃の姿勢をとる、メグさんの時界門と魔装は脅威だ 攻撃する寸前まで何が出てくるか分からないからだ

だが逆に言い換えれば どんな攻撃も時界門から取り出すという行動は絶対に取らなければならない、そこは確実に隙となる そこが勝機だ

「っ…展開、『時界…』」

「させません!『火雷招』!」

メグさんが時空に穴を開けようとした瞬間を見計らい 放つのは炎の雷、メグさんの魔術は詠唱を必要としない…本人曰く『貯蔵詠唱』なるものを使っているそうだが…

詠唱を必要としないのはエリスも同じです、跳躍詠唱でならば メグさんより一手早く魔術を放つことが出来る

「くっ!?」

間に合わない そんな言葉がメグさんの顔から伝わってくる、激しく打ち狂い 大地を引き裂きながら真っ直ぐメグの元まで跳ぶ雷は、時界門の展開を待たずして彼女の眼前に迫る、回避 防御共に不可能

そして、その刹那の勝機は 現実のものとして顕現し、紅蓮の大爆発を持ってしてエリスに答える

「…ふぅー…」

髪を撫でる爆風、カラカラと足元を転がる瓦礫、直撃した 回避した様子も見えない、時開門を使用すれば何処にでも逃げられるが それも完全に開き切る前だった 、その中に逃げたとは考え辛い

今のは当たった…間違いなく、メグさんは友達故 いささか心苦しいが、それでも手加減出来る相手では断じてない

「っ…」

溢れる土埃の奥に人影が見え エリスは再び構えを取る、その人影が横たわっていればよかったのだが、残念ながら立っている あの雷を受けて立っている、まさかを防御を?しかしどうやって…

「え?」

思わず驚きが口を割る、煙の中から現れたメグさんの姿に思わず驚愕を禁じ得なかったから、だって…

あれだけの一撃だ、防御したならどれだけ頑丈でも傷くらいは負うだろう、だが…

「無傷とは…」

土埃の真っ赤な傘を差すメグさんは、傷一つない優雅な姿で微笑んでいる…、どういう事だこれは、どういう防御だそれは…!

「火除けの傘…、凡ゆる炎熱を遠ざける魔装でございます、良いでしょうこれ?」

見ればメグさんの足元…いや違う、傘の下に敷かれている地面も無傷だ、まるでエリスの炎雷が彼女を避けて通ったようだ

まさしく火除けの傘といったところですか、エリスの火雷招にぶっ刺さる魔装ですね…けどそんなものいつの間に

「さぁて、次は何を見せてくれるので?」

「ッ…バカにして!、火がダメなら!、すぅー!『水旋狂濤白浪』!」

火がダメならば今度は水だ、その細い傘で防げるなら防いでみろ!と、放つのは大瀑布 は大地を覆う津波、それはメグさんを前に殺到する

しかし、顔色を変えないメグさんはゆっくりと傘を閉じて、今度はポケットから 小さな小さな壺を取り出し…

「魔装『携行大井戸水瓶』」

取り出した小さな水瓶の蓋を取り外せば、エリスの作り出した水が全て水瓶の中に吸い込まれていくのだ、まるで小さな大井戸のように スルスルと飲み込んで行き…終いには全てをその中に納められてしまう

「なっ!?」

「たくさんのお水ありがとうございます、ですが身に余るものですので…、お返しします」

トプリと 水瓶が傾けられれば 一滴、水が溢れる…落涙にも似たその一滴は地面に零れ落ちると共に、本来の体積を 姿を取り戻す、エリスが作り出した湖を覆ってなお溢れる量の大瀑布が、今度はエリスの方に向けて流れてくる

「は 跳ね返された!?」

まただ、また完璧に対処された しかも、時界門から道具を取り出すまでもなく…最初から用意されていた道具を使ってだ、まさか…

いや今はこの水をなんとかしないと!

「こ この…『颶神風刻大槍』っ!」

迫る津波を前に腕を振るうように放つ大竜巻は、メグさんによって跳ね返された水を弾き散らし 流れる大河を真っ二つに割り、そのまま荒れ狂う風はメグさんへと向かう

ああ…だが、ダメだ 風を前にしたメグさんが、また別の道具を構えている、あれは

「『風車剣』」

風を受け回転する十字の剣を前に突き出しエリスの風槍を受け止める、風車のように回転する四つの刃はエリスの風を真っ向から受け止めながらも外へ外へと散らして行くのだ

風を完全に受け流している、受け流せる武器を既に用意してある、これは間違いない …メグさんは…

そうエリスが戦慄を受ける間に完全に風刻槍は散らされ、後に残ったのは超高速で回転する風車剣のみ…、それをメグさんは大きく振りかぶり

「こちらも、お返しします!」

「危なっ!?

投げる、円盤のように回転する風車剣は空を切り裂きエリス目掛け真っ直ぐ飛んでくる、当たれば即死 そんな回転刃を前に、反り返る、いやそれだけじゃ間に合わないと更に倒れこみブリッジで回避すればエリスの鼻先を回転する刃が通過していく

お おっかねぇ、今の首目掛けて飛んできたぞ…

「あ…ぶなかったぁ…」

通り過ぎる回転刃を見送りながら立ち上がる、メグさん…殺しを戒めているはずなのに、その戒めを破ってまでエリスを殺そうとしてるのか…

そう、垂れる冷や汗を拭い 目の前のメグさんに再び視線を移し…

「え?」

「危なかった?違いますよ、『まだ』危ないの最中でございます」

居た、メグさんがエリスの前に 目の前に、傘を閉じサーベルのように鋭く構えながら、目の前に…

あ、これあれだ、メグさんやフランシスコが使う 二段投げナイフの技、一発目を囮としてその影に隠れて第二撃をぶつけるっていうやつ、ああ…あれ 囮だったのか…

「冥土奉仕術八式…『六腑捻り砕き』」

鋭く放たれる傘による刺突、捻るように無防備なエリスの胴を突き 、衝突の瞬間更にメグさんの掌底が傘の持ち手を叩き、金槌で打った釘のようにエリスの体に打ち込まれる

走る電流のような痛みが全身に組まなく走る、鋭い痛みと鈍い痛みのマリアージュが 瞬く間に心身を共に突き刺し、口の端から血が吹き出る

「げはぁっ!?」

「忌まわしきジズ・ハーシェルの空魔殺式と、誇らしき帝国軍のマーシャル・アーツを組み合わせた私の我流武術 冥土奉仕術…、主人の願いを叶える為 凡ゆる存在を打倒する奉仕の極みの技にございます」

突かれた部位を手で押さえながら倒れこみ、声もなく悶え転がるエリスを前にカテーシーにて優雅に立つメグさんは語る、冥土奉仕術とは空魔ジズの暗殺術と帝国の軍用武術を掛け合わせた 対人戦術の極致であると

「ぁぁがぁっ!、ぐっ!ぅぎぃぃぃ…」

人を殺す殺法と人を制圧する戦法の合わせ技、これによって生まれるのは どんな人間さえ叩き壊す 人体破壊法、主人の敵を徹底的に破壊する奉仕の極みだと

「骨を避け 内臓に直に攻撃を打ち込み、その上で衝撃波も叩き込んだのです、どんなタフな人間でも耐えられぬ一撃…、その痛みは私でさえ想像できません、痛いでしょう?エリス様」

「ぐっ…ぅぐぅ!」

堪える、必死に転がり 土を掴んで堪えながら立ち上がる、人が人である以上避けられぬ急所である内臓をダイレクトに叩く、彼女はその方法を知っていて それを実現出来る、武術とは違う完全なる破壊法を前に 膝をつきながらも立ち上がる

痛いさ、たまらなく痛い…だけど、痛いだけだ 死ぬわけじゃない!

「ぐぅ…!ふぅー!ふぅー!」

「おや、立ちますか…全く信じがたいタフさです、何で出来てるんですか?その体」

「そりゃあ、立ちますよ…、ここで倒れたら 今度こそエリスの負けなんですから」

エリスはここに、みんなの努力と貢献の元立ってるんです、師匠の命を懸けて立ってるんです、いつもみたいに負けられますか…!

そんなエリスの覚悟を見て、メグさんは呆れたように肩を竦める

「まぁ、立つのは勝手ですが、分かってるんですか?私は…貴方の戦略も何もかもを知り得ているのですよ?、使う魔術も何もかも 対策済みです、何をやっても無駄ですよ」

ああ、やはりそうか…、そうだと思いましたよ…、既にメグさんはエリスと半年間過ごしている、毎日やっている修行もアルカナとの戦いも全て見届けている、エリスの手の内は全て調査済みなんだ

あの傘も水瓶も風車剣も、時界門から取り出すまでもなく既にこの場に用意してあったのだ、当然だ メグさんはエリスと戦うためにここにいるんだ、だったらエリスの魔術を防ぐ為の装備を 態々倉庫にしまったままになんかしない

つまり、彼女は既に エリスの攻略法を確立させている、彼女はエリスの全てを知っているのだ

「さぁ、次は何をします?、エリス様の手札は全て知っておりますので どんな攻撃でも対応して見せましょう」

「ぐぅ…はぁはぁ、なるほど、そうですよね 貴方はこの半年間任務の為にエリスと接触していたんですから、そのくらいの準備してますよね」

「ええ勿論、ここから先には行けませんよエリス様、私は貴方の限界を知り得ている…私に勝つことは不可能です」

「不可能…ははは」

浅い笑いと共に、痛みを嚙み潰し 拳を構える、超えるのは不可能?師匠に会うのは無理?、んなもん上等でここまで来てるんだ 今更教えてもらうまでもない

「まだやりますか…、無駄だと理解しても」

「ええ、何…単純な話ですよ、超えればいいだけなんですから、いつもやってることです…」

「超える?私を?」

「貴方の想像をです…!」

相手が思い描くエリスの限界を、エリスが超えていけばいいだけ

エリスが思い描く限界を、取り払えばいいだけだ、昨日までの数秒前までの 今のエリスを越えるためにエリスは修行を続けてきたんだから

「フッ、ならやってみなさい…最強の師たる無双の魔女カノープス様の力を受け継ぎし私が、貴方の意思を挫きましょう」

「最強の魔女がなんですか!、こっちは最高の師匠…孤独の魔女レグルスの弟子です!」

握りしめた拳と共に前へ出る、メグさんのその奥にいる師匠を目掛けて、進み続ける

……………………………………………………

「ぐぅっ!?」

顎に走る激痛、どれだけ足を踏ん張ってもこの体は容易く空へと舞い上がる

痛い 痛い、ここまで痛いのは久しぶりだと相手の技量と力に感服しながらも、体をくるりと入れ替え、土煙の舞い上がる大地へと着地し、目の前の相手を強く睨みつける

「…これが、世界最強かぁ」

「………………」

もうもうと舞い上がる砂埃を槍の一振るいで搔き消し 中より現れるのは漆黒の軍服 青白の髪 深緑の瞳…、帝国最強の三人の将軍の一人アーデルトラウト・クエレブレだ

その姿を目にしたラグナは思わず笑いが込み上げる、ありゃあ強いにも程があるぜ、こうしてただ見ているだけでも本能が逃亡を推奨するんだ、ここまで芯からビビったのは初めてだ

「中々に頑丈だな、魔女の修行の賜物か?」

「まぁな、毎日ボコボコにされてるおかげで ちょっとやそっとじゃ倒れられなくなっちまったんだ」

「そうか、上手く打ちのめされる方法だけでも学んだか?…、私に手も足も出ていないようだが」

エリスを先に進ませるため アーデルトラウトの相手を引き受けてより十分、ラグナとアーデルトラウトの戦いの行方は 大まかに定まりつつあった

「うるせェよ、こっからだ」

ラグナの負傷は見るからに酷いものだ、腕 足に広がる青痣は彼の鋼の肉体を貫通して痛みを与える、顔だって酷く腫れており 左目は膨れ上がったコブで塞がれ遮られる

たった十分の戦いでここまでやられんのは師範に弟子入りしてから初めての経験だ、師範との修行で強くなりはしたが…別に俺は最強になったわけじゃないってのを今肌で感じてるよ

「その傷でか?…」

対するアーデルトラウトに傷はない、いや 正確に言うなればラグナが与えた傷は一つもない、アーデルトラウトはここに駆けつけた時点で満身創痍であった、シリウスとの長い戦いで魔力も体力も消耗し切ったところでここに来てるんだ、とてもじゃないが万全とは言えない状態で ラグナは今圧倒されていた

アーデルトラウトは強かった、技量や速度で上回られるのはまだいいが、これでパワーまで負けてるんだ 近接戦じゃあラグナに勝ち目が無い程にアーデルトラウトは卓越した使い手であった

「ふぅー…」

ラグナは一息ついてアーデルトラウトを観察する、ここまで戦って分かったことが一つあるのだ、それは決してアーデルトラウトは向こうから攻めてこないという事

全て後の先を取ってのカウンターで俺をはたき落とし弾き返す事で優位を保っている、まぁ こっちは素手 あっちは槍、リーチの時点で差があるんだからそれを活かした戦い方とも言えるが…多分実態はアーデルトラウト自身そんな活発に動けるだけの体力が残ってないんじゃ無いか とも推察する

だからこうして俺が様子見をすれば、アーデルトラウトも様子見をする、俺が攻めれば合わせるように守る、 まるで鏡に対して打ち込んでいるような錯覚を覚えるほどにアーデルトラウトの動きはそれを徹底している

逆に言えば攻めなきゃアーデルトラウトは何もしてこない、そして俺の勝利条件はアーデルトラウトを倒すことではなく、コイツをここに釘付けにして時間を稼ぐこと、だから別に無理に攻めることはないんだが…

(一番怖いのは、こうしている間にアーデルトラウトの体力がみるみる回復してるってことだよな)

アーデルトラウトはこうして俺が様子見をしていると 決まって特徴的な呼吸をする

「すぅー…ふぅー、すぅー…ふぅー」

深く吸い 深く吐く、あの呼吸法には覚えがある…、あれは体の奥の奥まで酸素を行き渡らせ血流を加速させる事で体力を回復させる呼吸法だ、俺も出来る…

だから分かる、このままアーデルトラウトに一休みの時間を与えれば、体力がある程度回復した瞬間アーデルトラウトは踵を返してエリスを追いかける、そうなったら俺には止められそうにも無い…

だから、この拮抗状態を維持するには アーデルトラウトを攻めて攻めて、攻め続けて その体力を削り続けるしか無いのだ

「はぁー、…楽しくなってきやがった」

「楽しい?、この窮地のどこが楽しいんだ…」

「窮地だからさ、人は追い詰められてこそ真価を発揮する、…今まで修行を続けて手に入れた力を思う存分使えるんだ、ワクワクするだろ?自分がどこまでやれるのか 試すのはさ」

「アルクカース人め、感覚が理解出来ん」

「そうかい、損だな!アガスティヤ人!」

そこまでの力を持っておきながら 力を行使する楽しさを知らないなんて!損だぜ!、そう気炎を上げて踏み込みながら再度攻めかかる、これ以上アーデルトラウトに休みの機会を与えるわけにはいかない

「来るか…!」

なんてアーデルトラウトが言う間に既に俺の体はアーデルトラウトの懐に潜り込み、拳をギリギリと伸ばしきり 発射準備を完了している、さぁ行くぜ世界最強!お前ぶっ倒してその座は俺が貰う!

「ッッーーせおりゃぁっっ!!」

「…!」

カチ上げるように放たれるラグナのボディブロー、打ち上げるため強く蹴った地面はそれだけで弾け その衝撃が丸々ラグナの鉄拳に乗る、対するアーデルトラウトもまた常軌を逸した速度で反応し 己の体とラグナの拳の間に槍を挟み込み 防ぐ

「くっ!」

激しく打ち鳴らされる金属音、天を割るような衝撃が大気を揺らし 両者の体にビリビリと響く、そんな中苦悶の声をあげたのはアーデルトラウトだ

ラグナの一撃を防御したものの、その体が若干地面から浮いたのだ、信じられない怪力を前にアーデルトラウトの冷や汗が頬を伝う

(何という馬鹿力か、陛下の仰った事はどうやら真実か)

アーデルトラウトは聞いていた、以前 エトワールのプロキオン様がサトゥルナリアを弟子に取り この世界に八人の弟子が揃い踏みした時のことだ、カノープス様自らが 今この世にいる魔女の弟子達の総評をポロリと口にしたのを…、聞いていた

『潜在能力で言えば恐らく魔女の弟子で最たる者はエリスだろう 、識を手繰るその才覚は我の眼を持ってしても測り切れん』

『底の知れなさで言えばデティフローアだろう、クリサンセマムが八千年の妄執の末生み出した新たなる魔の深淵、無限の収束を試みたネビュラマキュラと個の全体化を試みたクリサンセマムの最高傑作が同時代に世に出揃うとはな』

『人間的な強さを言うなればメルクリウスだろう、アレは若かりし頃の我を想起させる、折れず曲がらず育つことが出来れば 我亡き後の世を任せても良い…と思える程だ』

『眼を離せぬ という意味ならアマルトだろう、危ういという意味でも油断ならぬという意味でもだ、穿った考えを持つアンタレスらしく 一筋縄では行かぬ男を弟子にした』

『計り知れぬ大器を見るならサトゥルナリアだろう、アレは未だ咲いておらぬ蕾、されどプロキオンが眼をつけるのも分かるほどの天才だ、まぁ それが開花するのは後半世紀ほど後だが、開花をどれだけ早められるかどうかが師匠の腕の見せ所だな』

『一番可愛いという意味では我が弟子よ、誰よりも死を知るが故に生を謳歌し、生を楽しむが故に死を見ることができる、アレこそ我が理想とすべき人のあり方よ』

『完成された人間という意味ならネレイドだろう、人体構造の一点で見るならば魔女さえ上回る究極の人型、人類がネレイドレベルに進化すれば 最早シリウスなど恐るるに足らぬだろう』

魔女が弟子として選ぶだけあり 全員が全員凄まじい潜在能力を持っていると言うのだ、これらがもし帝国に所属していたなら 十年後には全員が将軍クラスに育っている可能性さえあるほどの逸材達…

だが、その中でもラグナは別だった、ラグナの事を語るカノープス様の顔色は違った

『ラグナ・アルクカース…、もしアレが帝国の人間だったなら、我はアレを弟子にはしない、軍にも入れる事はない、アレは別だ』…と

ラグナを弟子にしたアルクトゥルスの思考が全く分からないと眼を伏せ首を振るほどに カノープス様はラグナを拒絶した、それは何故か?ラグナに潜在能力が無いから?、違う 逆だ

『アレは我等魔女の弟子にするには危険すぎる程に才能がある…あり過ぎる』

『魔女の弟子の中から一人 魔女の領域に足を踏み入れる人間を選ぶなら、我は間違いなくラグナ・アルクカースであると断言出来る、アレは確実に魔女の領域にまで…第四段階に育つ』

『もしアレが真っ当に育つなら魔女の弟子達のリーダーとして振る舞うことが出来るだろう』

『だがしかし、もし…どこかでねじ曲がれば、当世の十悪星に…いや、第二のシリウスになり得る』

そう語る、皇帝カノープスを危惧させる男、それがラグナ・アルクカース…英雄にも厄災にもなり得る男、それを前に 将軍たるアーデルトラウトが取るべき行動は一つ

(ここでこの男の心を砕く、これ以上上を目指さぬよう 徹底的にその鼻っ柱を叩き折る、…そんな事 休憩がてらであろうとも、私には可能だ)

浮いた足が地に落ちる頃、既にアーデルトラウトは思考を切り替えていた この男をどう破壊するか…、その思考に

「フッ…」

軽く口の端から息を吐きながら槍を手繰る、防御に使った槍を持ち替え、石突でラグナのこめかみを打つ、持ち替えた手も 槍の移動も見ることが叶わない程の神速の絶技を前にラグナは

「かはっ…」

揺れる 頭が、打たれたこめかみから白煙が舞うほどの一撃、急所を打たれたラグナはそのまま押されるように横に倒れ……

(いや待て、槍の手応えがおかしい…、異様に浅過ぎる…この男、まさか…!)

刹那、横へ倒れ込んだと思われたラグナの体が地面に触れることなく真横に一回転し、猛然と真横に回転するラグナの足が 蹴りとなってアーデルトラウトの側頭部へ降り注ぐ

「ぐっ!?」

がしかし、それに当たるくらいならば彼女は将軍を名乗りはしない、ラグナの狙いに気がつき咄嗟に槍を上にあげ蹴りを防いだのだ、咄嗟に放った蹴りだというのにこんなにも重たいかとは…

しかもこの男、今 私の一撃を受け流したのか?、こめかみを打たれる瞬間 肌で攻撃を認識し、瞬時を捻って衝撃を逃し 打たれて倒れるフリをして奇襲を狙った…、私にはそう見えるが 出来るのか?そんなこと、人間に…

「だぁっ!くそ!、当たらねぇか!、下手な芝居は打つもんじゃねぇな」

蹴りを防がれラグナは悔しそうにクルリとそのまま回転し態勢を立て直す、こめかみを打たれた人間とは思えないほどにしっかりした動きと足取り、やはりコイツ 今のは縁起か…、とアーデルトラウトは静かに歯噛みする

ラグナという男が秘める危険度を認識して、更に気を引き締める…

「やっぱ俺には、こっちの方が性に合ってるか…」

そう ラグナは更に一歩踏み込む、拳の届く距離 射程範囲内にアーデルトラウトを捉える、それは アーデルトラウトの領域でもある、そこに躊躇なく踏み込み 両手を握る…

やる気だ

「行くぜッッ!!」

「チッ!」

振るわれる 否 振るわれた、ラグナの拳とアーデルトラウトの槍が、虚空にて幾度となく激突する

ヒュンヒュンと虫が飛ぶような鋭い音を残す槍とまるで壁を壊すかのような重音を鳴らすラグナの拳、そして 目と鼻の先で相手を睨み 一刻も早く相手を撃滅させようと闘志を漲せる両者の連打戦が 嚆矢もなく勃発する

「くぅぅぅ!!は 速えぇっ!?」

されど、こうして打ち合えば実力で遥かに上回るアーデルトラウトが勝るのは必定、ましてやアーデルトラウトは時間加速をも用いて畳み掛けているのだ、手数が違う

だが、ラグナは引いていない 一歩も引いていない、体をコンパクトに揺らし 読み切れないような不可思議なリズムを刻んで 奇妙なステップを踏んで振り回される槍を巧みに回避している

(まだ十分だ、戦闘が始まって十分でここまで対応してくるのか、いくら私が満身創痍で体力も尽きているとは言え この身のこなしは異常だな)

対するアーデルトラウトもまた冷静にラグナの動きを見つめる、ラグナの眼光とアーデルトラウトの観察眼、その両者の間で激しくぶつかり合う攻めと攻め

槍使いという一点ならば世界の頂点に位置するアーデルトラウトの攻めは複雑怪奇何度も挙動を行うという、穂先が何度も敵の前で迂回旋回を繰り返し、打つと思わば引き 引くと思いきや進み、フェイントをかけられたと思った時には既に打ち込まれている

そんな虚実入り混じった攻撃をアーデルトラウトは『一撃』と呼ぶ、つまりそれがアーデルトラウトにとっての一行動、それを連撃として放つのだ とても目では追いきれない、捉えきれない、反応し切れない、そうしている間に相手は倒される

筈なのだがラグナはそれを的確に打ちはらい 避けて見せる、ラグナはアーデルトラウトの攻撃を見切っているのか?、いや違う…フェイントも本命も纏めて防御し跳ね返すつもりで動いているのだ、見極められないなら とりあえず全部と無茶をやってのける

「ぅぉぉおおおおおおあああああ!!!!」

燃えるようなラグナの咆哮、それと共に放たれる拳はアーデルトラウトの槍を何度も何度も弾き返し剰えアーデルトラウト本人にも迫る

拳薙で払い 拳槌で撃ち落とし 拳突で弾く、人間の両拳で鋼の刃を弾いているのだ

「…………」

それを見たアーデルトラウトは密かに眉を揺らし…、そして

「フッ!」

「ぅおっ!?」

均衡が崩れた、アーデルトラウトの槍がラグナの膝を横から叩き 姿勢が崩れた…、その瞬間 アーデルトラウトの槍が腕が腰が回転し、遠心力を生み…その目はガラ空きとなったラグナの胴を見抜く

そして

「帝国槍術奥義 『五臓捻り鋼通し』!」

回転する石突がラグナの胴体を的確に射抜く、その一撃にラグナは…、苦悶の表情を浮かべ

「がはぁっ!!!!」

体内の酸素をぶちまけながら背後へとゴロゴロ転がっていく、相手の内臓を射抜く帝国槍術の奥義が一つ、本来は刃で放つそれをアーデルトラウトは敢えて石突で放つ

「ぐぅ!ぅぐぅぅうぉおおおお…」

(やり辛い…)

悶えるラグナを見てやり辛さを覚える、ラグナは強い上危険だ、今対処しておきたい がしかし、そこでアーデルトラウトが取れるのは『心を折ること』だけ、命は奪えない

それはラグナが一国の王だから、よりにもよってアルクカースの王だから、アルクカースの王が死ねばアルクカースと戦争になる、アルクカースが戦争をすればアジメクもデルセクトも、もしかしたらコルスコルピも付いてくるかもしれない

コイツが死んだだけで帝国はカストリア大陸の主要な大国全てを相手にすることになる、そうなったら帝国も少し危ない…、というかそれ以前に世界秩序を謳う帝国がカストリア大陸全土と戦争した時点で戦いの趨勢関係なく帝国の敗北は決まったも同然だ

故に、ラグナは殺せない…殺せたなら既に五回は殺しているというのに

「いってぇ、イイもん貰っちまった」

「分かったか?、私とお前の差が…何度やっても無駄だ」

「無駄かねぇ、あ後もう少しでこっちはそちらさんの動きを掴めそうなんだけどなぁ」

そんな言葉を残しながら立ち上がるラグナ、その言葉にアーデルトラウトは一つため息をつき

「貴様、やはり私に勝つつもりか?」

そう言うのだ、ラグナは勝ちに来ている、そうアーデルトラウトは確信した、今の攻撃と口ぶりから ラグナ・アルクカースは私に勝ちに来ていると察したのだ

ラグナの勝利条件はエリスが事を成すまで私を釘付けにする事、だが 今ラグナが見据えている勝利は 私を打ち倒し見下ろすことにある

「馬鹿な男だ、お前が王族故に手加減しているとも知らず増長し あと少しで勝てそうだと?、笑わせる…どこまでも矮小な男だなお前は」

呆れる 呆れ果てる、なんと欲深いのだこの男は、拾えそうな勝ちを見つけるなり寄ってくるなど、本当に小さな男だな…、その思い違いごと蹴散らすなど造作もないと言うのに

そう アーデルトラウトが宣うと、ラグナはキョトンとして

「手加減してたの?、知ってるそれくらい」

「何?…」

「お前が俺を殺せないのも察してる、それ故に全力を出せないのも知ってる、けどさ…アーデルトラウト将軍よぉ」

するとラグナは軽く左手を前に出し、チョイチョイと手招きして

「お前 それ俺に負けた時の言い訳にするつもりじゃないよな」

「……お前」

「俺はお前に全力を出されたからって 死ぬような男じゃない、俺が狙ってる勝ちってのは あんたが全力を出したその状態を込みで言ってんのさ、だから安心して本気でやってくれよ」

「………………」

驚き過ぎて声が出ない、今この男 私を挑発しているのか?、今の今まで私にボコボコされて手も足も出なかった男が偉そうに全力を出せと煽っているのか?

せっかく殺さないでおいてやろうと、最低限の安全は保証してやろうと言うのに、それさえ自分で捨てるとは何と傲慢で高飛車な王なのだ、陛下とは比べるべくもない

「…そうか、一応警告しよう…やめておけ、傲慢も過ぎたれば命を落とす 勝ち目のない戦いに命をかけるな」

「勝ち目が無くとも、勝つって結果が無いわけじゃあ無いだろ?、これは勝負なんだからさ」

警告さえも跳ね除け、それでも私に勝つために 私に勝った時言い訳されないためにだけに、本気を出せと言うのか…どこまでも

「哀れな…」

「うぉっ!?」

槍を一つ握り締めれば、ただそれだけで溢れた魔力が大地を叩き割り 轟き揺らす、グラグラと揺れる大地の上に立つラグナもまたバランスを崩しそうになりながらもこちらに対して目線は外さない

そこまでやる気か、そこまで哀れか、ならば軽く 力の差と言う物を魅せつけねばなるまいか!


その瞬間、アーデルトラウトの心の中にある理性の糸が、切れた

「疾ッッッ!!!」

「出してくれるか!、本気を!」

今までとは比較にならぬ速度 今までとは比較にならぬ威力、今までとは比較にならぬ一撃を持ってして 踏み込み全霊の突きを放つ、それだけで大気はヒビ割れアーデルトラウトに道を開ける

「ッッ!!、やっぱ早ぇ…!」

しかし、ラグナには当たらない、咄嗟に両足を開き身を屈め突きを回避したのだ、なかなかの反射速度 しかし、そんな奇跡が何度続くか…

アーデルトラウトの神速の突きは、彼女が一歩足を地面につけただけで ピタリと急停止し 旋回、ラグナの目の前に立ち風車のように槍を振るう

「おおおっと!」

ガリガリと削れていく地面を前に青ざめるラグナ、咄嗟に槍とは反対方向に逃げるが…、当然 それに合わせるようにラグナの死角から蹴りが飛んでくる

「ぐぶっ!?」

槍に気を取られた一瞬で頬を蹴り抜かれ ラグナの血が地面に数滴落ちる

「どうした!、本気を出して欲しいんだろ?、ならもっとマトモに動いてみせろ!さぁ!ラグナ大王!」

「……っ!」

アーデルトラウトの猛烈な攻めにラグナは亀のように縮こまり防御するばかり、先ほどのように打ち合うことすらできない

「甘い あまりに甘い、格上との戦いは初めてか?、己が強いと錯覚したか?、私に挑む時点で無謀だというのに、その上で煽るなど!」

「ぐっ!?げはっ!?」

アーデルトラウトの挟むような猛撃にラグナは徐々に押し込まれる、防御や回避は出来ない、両手を立てて必死に頭を守りながら滅多打ちにされて行く

「ぬる過ぎるぞラグナ・アルクカース!、次からは挑む相手と口の利き方には気をつけろ!」

「ぅがぁっ!?」

防御を抜いて石突きがラグナの眉間を打ち据え、その姿勢が崩れると共にラグナの全身に打撃の雨が降る、本気を出しただけでこれとは…、情けない

本気を出せと言っておいてこれとは何と情けない、口だけ大きな若者は 踏み潰されて然るべき、女将軍はラグナと言う名の出過ぎた杭に一撃を叩き込むため大きく槍を振りかぶり

「終わりだ…!」

今、必殺の一撃を…

「驕り高ぶり過ぎだぜ…、アーデルトラウト将軍」

「ッッ!!??」

刹那、アーデルトラウトは振り上げた槍の向こうにラグナの目を見た、縮こまりながら情けなく防御をしているはずの男が いつの間にやら防御を解いて こちらより早く攻撃の姿勢を取っているでは無いか

何より驚いたのはその目、ラグナの目は私の猛攻を前に縮こまり気圧され 圧倒される男の目じゃ無い、まるで狩人だ

根気強く 手の届く範囲にやってくる獲物を待ち続けた狩人が、矢を引き絞るかのような…待ちわびたかのような目

(まさか、こいつ…!!!)

「熱拳…」

その瞬間 アーデルトラウトの思考をかき消す程の魔力がラグナの拳に集まるのを見た、赤く燃えるような魔力が ただ一点に集まるのを…

それをラグナは、アーデルトラウトの槍が落ちるよりも早く、ガラ空きになった胴体へと

「一発…ッッ!!」

……打ち込んだ


「げぶふぅっ!?」

苦悶の声を漏らしながら後ろに一歩下がるアーデルトラウト、腹部に今 ラグナの燃える拳が打ち込まれたのだ

彼女とて将軍、如何なる攻撃を前にも微動だにしない自信がある、大型魔装がこの身に突っ込んできても 声ひとつあげない自信がある、エリスの必殺の一撃とてこの身一つで弾き返せる実績がある

だと言うのに、口から漏れた自らの声に アーデルトラウトさえ驚愕してしまう、今 私は…目の前の男の一撃で、明確にダメージを負ってしまったのだ

「ぐぅっ!貴様…!」

「今度の芝居はうまくいったかな?、まぁ 芝居では無いんだけどさ」

槍を地に突き、アーデルトラウトの は青筋を立てる、こいつ…私を乗せたのか!、本気を出せと煽り 本気で猛攻を掛けるのを誘い、攻撃が大降りになる瞬間を待ったのか!

何と無茶なことをする、私の本気をその身で受け止めて 大降りになるまで堪え切る自信があったと言うのか!

いやそれよりも…!

「貴様、…何だその一撃は…」

「ああ?」

ラグナの今の一撃だ、何だ今のは ただの殴打では無かった、かと言って付与魔術かと言われれば若干怪しい、拳に付与する古式肉体付与魔術はあると聞く…しかし今のは少し違った

『ラグナの全てが拳に乗った』とでも言おうか、全身の魔力と体に遍く張り巡らされた付与魔術が拳に凝縮されていた…、全てを一点に集めるが故にほんの一瞬ではあるが ラグナの攻撃力が飛躍滴に上昇するのを感じた…

拳に魔力を集める、まるで…擬似的な魔力覚醒だ 

「へへへ、エリスがこの間の戦いで必殺技編み出したみたいだからさ、俺この一年で特訓して作ったんだよ…必殺技を、実戦で試すのは初めてだが どうやらこれなら本気のアンタにも痛い目を見せられるようだ」

そこでアーデルトラウトは一つ考えを改める、私を乗せて 隙を作り必殺の一撃を叩き込む策…なんて、色々予想はしてみたが

もしかしたらこいつは私が思うよりもずっと単純なことをしようとしているのもしれない

(まさか、こいつ…私との戦いを自らを試す試練として利用しようとしているのか?)

エリスを助けたい気持ちはある、その為に私を何とかしようと言う気持ちも、何だったら勝ってやろうという気持ちもあるのは確かだ

だが、その中に一抹混ざり込む好奇心…、自らの力がどこまで行けるのかを 世界最強を相手に試そうとしているのかもしれないと、そこまで考えてアーデルトラウトのは寒気を覚える

この場面で、この状況で、こんな劣勢で、それを思い至るラグナの戦闘への欲求の高さに 寒気を覚える 

こいつはどんな状況もバネにして強くなれるタイプの男だ、どんな戦闘も自らの糧に出来る男だ、危ない この男を魔女の弟子にしておくにはあまりに危な過ぎる

やはり、へし折らねば 心を…、私の全霊をかけて

「狂人が…」

「狂ってなきゃ強くなれないのさ…!、さぁ反撃開始だ!」

すると先程までの防戦一方ぶりが嘘のようにラグナは果敢に進んでくる、踏み込み その拳に再び魔力を込めて、ダメージを負ったアーデルトラウトに追い打ちをかける

「『熱拳一発』ッ!!」

───熱拳一発とは、第二段階に至りながらも覚醒の方法を知らぬラグナに対し、アルクトゥルスが行なった魔力を集中させる特訓…、それをラグナが研磨し形を整え己だけの『必殺技』としたものだ

魔力覚醒の魂に魔力を逆流させる技術を応用し 魂ではなく握り拳に魔力を送り込み内側から強化することにより、一時的にラグナの総魔力を上回る火力を実現する奥義にして、擬似魔力覚醒

本来魔力手を手に送るだけではこんな超絶した強化は実現しない、そもそも手に魔力を集中させたところでザルに通した水のように魔力は外に散っていき 凝縮は出来ないし、何なら強化なんて段階には行くことができない

だが、分類上第二段階に至り 肉体付与魔術に精通し、魔力で肉体を強化する術と感覚を知るラグナならば 可能となる……

凝縮され強化された魔力はラグナの腕に一時的に剛力を与え、強く握りしめられた握力だけで灼熱を作り出し、振るわれる一撃は 将軍でさえ傷を負う

しかし、難点があるとするなら…

(なんと直線的な動きだ…、狙う箇所が丸見えだ)

魔力を集中させ凝固することに意識を集中しなければいけないため、動きは直線的になり 凄まじい闘志を放つ為相手ちも技の軌道が分かってしまう 、ある程度卓越した相手に直撃させるには 先ほどのような小手先の策が必要となる

またこの技は一発撃つごとに再装填を必要とする為、乱打戦には持ち込めない…、呼び名の通り一発限定の特大の拳、それが彼の切り札 熱拳一発

「フッ…、いいだろう もう油断はしない…、『タイムストッパー』」

「ッ!?」

アーデルトラウトの言葉と共に、拳を振るうラグナの射線上からアーデルトラウトの姿が消える、高速移動なんてレベルじゃない、本当にあっという間に消失したのだ…

人が移動する際生まれる空気の微量な流れさえも無い、明らかな消失…、ラグナは一瞬 コルスコルピで出会った透明人間を思い出すが、すぐに違うことに気がつく

「ど どこに行った!」

空振る熱拳一発の反動に体を持っていかれつつも態勢を直し、慌てて首を振り消えたアーデルトラウトを探す…しかし

「ここだよ」

「なっ!?」

背後からかかる言葉、同時に迫る横薙ぎの一撃、どちらも反応するには時間が足りなさ過ぎた、ラグナは防御も出来ずに脇腹を打ち据えられ 大きく吹き飛ばされることとなる

「ごはぁっ!、くっ!…いつのまにか背後に…!」

見ればいつのまにか背後に立つアーデルトラウトが槍を振り抜いた姿勢で立っていた、背後に立たれた…、全く予備動作も予兆もなく 突如そこに発生したかのように現れたんだ

「いつも間も私には必要ない…」

「チッ、魔術も使ってきてくれるのか」

ラグナは脇腹に走る痛みを感じながら考える…

あれは、アーデルトラウトがエリスを止めようとしたとき使った魔術と同じだ、詠唱を終えた瞬間 アーデルトラウトが一瞬にしてエリスの前に移動した…、その時と同じ魔術を使ってきたんだ

ただの瞬間的な転移とは毛色が違う、というのもただ転移するだけではなく 発動と共にアーデルトラウトがすでに別の行動に移っているのだ、さっきの場転移と同時に攻撃の予備動作が終わってたりな?

移動もモーションも無く、間にあるべき全ての事象をすっ飛ばして接近と攻撃を同時に完了させる魔術…、それがアーデルトラウトの魔術だ

ならその内容は如何に?と、考えるまでもないんだなこれが

「時間停止か?、ずいぶん便利なもの持ってんだな、将軍様は」

「ほう、たった二度見ただけで看破するか…」

(二度じゃあねぇんだよなぁ)

あの魔術は時間を停止させるもの、とラグナが言い当てればアーデルトラウトは息を巻くが、何も たった二回見ただけで内容を看破したわけじゃない、実はこれよりも前に一度ラグナはアーデルトラウトに出会っている

時は三年前、コルスコルピの収穫祭にてエウプロシュネの黄金冠を見に来たアーデルトラウトと出会っている、その際アーデルトラウトが武器を退ける際行なった不可思議な動作、間にあるべき事象を飛ばした動作を見てラグナはそれが魔術であると考えていた

それから三年、ラグナはその魔術の内容を考え 考え 考え続けていたのだ、カノープス様の使用魔術を調べてみたり、アーデルトラウトの逸話を可能な限り拾って考察し、それが時間停止であることに半ば確信を持っていた

もし、もう一度出会い その時敵として相対した時に困らないように…、ラグナは三年前から対アーデルトラウトを想定してタイムストッパー対策を練っていたのだ

まぁ、実物を前にしたらとてもじゃないが反応出来るものではないことが分かって 立てた作戦のうち百八十近く潰れたわけだが…

「まぁ、看破出来たとしても無駄…、ここからは一方的に甚振らせて貰う…」  

「さぁて、それはどうかな…」

「減らず口を、『タイムストッパー』」

再び タイムストッパーが発動する、それと共に世界中の秒針が止まり 世界は無音となる……

「───────」

「フッ…」

全てが止まった時の中 停止したラグナを前にアーデルトラウトのは笑う、これこそ将軍にのみ使用を許された至上の魔術 タイムストッパー、時を止め その中を自在に動くことが出来る絶対なる力だ

陛下の使う『停刻』と違い、『時間停止中に他の存在に攻撃出来ない』『鼓動が十回脈打つまでしか止められない』などの制限はあるが…そんなもの、やりようによってはいくらでもカバー出来る

『時間停止中に攻撃出来ない』は言い換えれば攻撃と共に解除すれば敵に意識外から不可避の攻撃を浴びせることが出来るとも考えられるし、鼓動も…今まで水の中に顔を突っ込むという訓練を繰り返しどんなに運動しても最低限の鼓動回数に調整出来るようにしてある

(この魔術を使った私は無敵だ)

ゆっくりとアーデルトラウトはラグナの前まで歩き、その場で迂回 横に立つ、この魔術を使えば相手の防御を超えてダメージを与えられる、相手の神速の攻撃も 時を止めて回避出来る、無敵の魔術だ

いや違う、陛下からとっておきを授かったのだから 無敵なのではなく 何が何でも無敵でなくてはいけないのだ…!

「ふぅー…」

ラグナの真横にて目を閉じ己の鼓動を感じる…、トクントクンと刻まれる鼓動を数える、七 八 九…

(ここだ…!)

鼓動が十を数えれば止まった時は動き出す、そのタイミングに合わせてアーデルトラウトは体をくるりと回し槍をラグナ目掛けて振るう、振るわれた槍がもし時間停止中にラグナに当たってしまうと そのダメージは向 無効になる、しかしもし 槍が当たるその寸前で時間が動き出したなら…


その瞬間、止まった秒針が再び、音を立て始める

「ぐぶふぅっ!?」

アーデルトラウトの放った槍が再び全てが動き出すとほぼ同時にラグナに衝突する、ラグナの側から見ればいきなり目の前に槍が現れ 避ける暇もないままに殴り飛ばされたに等しいだろう

事実凄まじい反射神経を持つラグナでさえまともに防御も回避もできず、アーデルトラウトの一撃を受けクルリと空中で一回転し 後頭部を地面にぶつけるのだ、これが普通の人間なら 今ので頭蓋は砕けていただろう

「くっそ!、まだまだ!」

されどラグナは地面を転がるようにして立ち上がり再びアーデルトラウトに向け飛びかかる、恐ろしい耐久力だが…最早勝負は決したに近い

ラグナの速度は凄まじいものだ、放たれた矢のようにただ真っ直ぐそして素早くアーデルトラウトに向け突っ込んでくる、そこから放たれる打撃をもし防御でもすれば再び息もつかせぬ乱打戦に持ち込まれる、しかし

「うぉぉぉおらぁぁっ!!」

「『タイムストッパー』…」

放たれたラグナの拳がアーデルトラウトの眼前で止まる、世界が止まる 時が止まる、こうすればどうやってもラグナの攻撃は当たらず

そして

「七…八…九、…ここだッッ!!」

ラグナの視界を迂回し、その横を過ぎ去るように歩み 解除と共に槍を振るう、そうするだけで…

「がはぁっ!?」

振るわれた槍を避ける術をラグナは持たない、自らの踏み込みに合わせるように飛んできたアーデルトラウトの槍の一振りを顔面に受け血を吹いて地面を転がる

ラグナの攻撃は絶対に当たらない、アーデルトラウトの攻撃は絶対に避けられない、そもそも攻撃力にも速度にも技量にも差があったのに ここに来てそんな難題まで課されたのだ、最早ラグナに勝ち目はない 最初からなかった勝ち目はより一層遠のいたのだ

「ご…この…!、まだ…倒れねぇよ!」

吹き出した血を拭うこともせずラグナは倒れる体を腕の二本で支えてクルリと薙ぎ払うように体を振るう、全身を使った足払いだ、タイムストッパーを使われる前に攻撃を当てようと言う算段か…

しかし

「甘い、『タイムストッパー』」

「やべっ…ごはぁっ!?」

アーデルトラウトの一言をラグナが聞き届けた瞬間、今度は上から石突が降り注ぎ ラグナの頭を穿ち抜く、その衝撃はラグナを地面に叩きつけ バウンドさせるどころか地面に巨大なヒビが入る程で…

「まだぁっ!」

「諦めが悪いな…、『タイムストッパー』

バウンドする体を上手く使ってのムーンサルト、奇襲としては一級品だが それに反応出来なければ彼女は アーデルトラウトは最強と呼ばれていない、即座に時間は止まり…

「ぅげぇっ!?」

反転 ラグナの体が地面にめり込む、最早何をされたかさえラグナには分からない、ただ分かるのはアーデルトラウトが先程とは別の場所にて槍を振り終え、激痛に苦しむラグナを無表情で見下ろしていることだけ

「く…くそ」

「やめろ、もう勝負は決している」

それでも立ち上がろうとするラグナの手の上に、石突きが降り その動きを痛みと苦しみによって制止する、もうやめておけと

「ぐぅっ!」

「もう分かったろう、これ以上は無駄だと」

「無駄なんかじゃ…無いさ」

そのラグナの言葉ではたとアーデルトラウトは気がつく、いや思い出す 本来の目的を…

そうだ、こいつは私に勝つつもりだが、大前提として私の足止めが目的だったのだ…、まんまと乗せられ本気で戦ってしまった…、せっかく回復させた体力を使ってしまった…

「…ああ、業腹だが お前は上手くやったよ、この私をここまで足止めするとは…、なかなか出来ることじゃ無い、その点は認めよう」

筋肉ゴリラのアルクカース人と内心見下していたが、ラグナという男は中々に冴える男だ

巧みに私を乗せて、自分の力で私に本気出させ、その上で私のある程度本気の攻撃にも耐え、ラグナ自身の目的を誤認させた、単なる戦闘馬鹿とは思えないほどにラグナは戦いの運びが上手い

そこは認める、こいつはパワー馬鹿では無いと

しかし

「違うよ、そうじゃねぇ…お前を倒す その手立てが揃いつつあるって言ってんだよ」
 
地面に頬をつけ うつ伏せに倒れる男が今私を倒すと言っている、大口にも程があるが…

「それも挑発か?、だが私はこれ以上やるつもりはない…、お前ももう動けない以上この戦いは終わりだ、残念だったな」

「なら、試して…みるか?」

するとラグナは手の上に置かれた石突きを払いのけ、ぜぇぜぇと肩で息をしながら立ち上がりゆっくりとファイティングポーズを取るのだ、こいつ…パワー馬鹿では無いが 普通に単なる馬鹿なのか?

「もういい、やめろ」

「やめさせてみろ…、あんた強いんだろ?、アルクカースじゃあ口で言うよその手に持って奴を使った方が早いぜ?」

「……はぁ」

仕方ない、どの道あと一瞬で終わるのだ、それに付き合ったら 私はエリスを追いかけよう、体力もさして回復していないが、この程度の体力でもエリス程度なら容易く叩きのめせる

そうアーデルトラウトが槍を両手に持ち構えた瞬間…、ラグナは目の前のアーデルトラウト目掛け 拳を握り

「ぜぇ…はぁ、はぁ~…よしっ!、行くぞ!『熱拳…』」

「またそれか…」

ラグナは意を決したのか両足を踏み縛り 大きく振りかぶった拳に魔力を集める、またあの一撃か…、確かに威力は凄まじいが 直線過ぎる、タイムストッパーの格好の餌食だ

だが丁度いい、その技を打ち破り 今度こそその意思を叩き砕く

「『タイムストッパー』」

その言葉に従い ピタリと世界が止まる、遠くで響く戦闘音も 風の凪ぐ音も こちらに殴りかかるラグナも、全てが止まる

「ふぅ、なんと直線的な動きだ…、丸見えだぞ ラグナ・アルクカース」

直線的だ、拳も体も顔も真っ直ぐこちらを向いたまま止まっている、全てを私にぶつけるつもりの一撃だったか?、全霊を込めれば届くと思ったか?、甘い…何もかもが甘い

何もかもが停止した静寂なる世界に、アーデルトラウトの足音が響く、ゆっくりと いつものようにガラ空きの右側面へと歩みを進め、槍を振りかぶる…

今度の一撃は加減なしだ、本気も本気 体力消費度外視で放つ、この戦いを通じてお前の耐久力はよく分かった、私が一撃ぶっ放してもお前は死なないだろ?、なら…本気でぶっ飛ばし心をへし折り意思を刈り取りこの戦いを終わらせてやる

「七…」  

カウントを始める、このカウントが終わる時がラグナとの戦いの終焉だ、この男を倒してエリスを捕まえ全て終わらせてやる

「八…」

鼓動に合わせてカウントする、ラグナは動かない 動けない、動けないことも知覚できない、停止した世界は私だけの世界だ、再び動き出すと同時に私の一撃がラグナの顎を砕くだろう

ラグナの動きは直線的だ、真っ直ぐだ、故そこに挟み込むように攻撃を加えてやれば、それはカウンターとなり ラグナは自らの勢いで倒れることになる、似合いの最後だ

「九…」

体も 拳も 顔も、全てが何もいない方向を見ている、その先にあるのが私の槍…終わりとも知らずにな、とアーデルトラウトは見る ラグナの姿を、そこで…ある一つのことに気がつく

気がついてしまったと言うべきか、気がつけた

「こいつ…」

カウントも忘れてアーデルトラウトは戦慄する

ラグナは前を見ている、体も 拳も 顔も…、何もいない方向を向いている、だと言うのに…

(目が…私の方を向いている!?)

目だけが、アーデルトラウトのいる方を…、ラグナにとってみれば何もいない方向を向いているんだ

ど どう言うことだこれは、一体何故ラグナはこちらを…ハッ!?

「しまっ…」

「───一発ッッ!!!」

「ッッ!?!?」

鼓動が十の時を刻み、再び動き出した…その瞬間 あろうことかラグナはクルリと体を反転させてアーデルトラウトのいる方向へと拳を捻じ曲げ放ってきたのだ

時は止まっていたはずなのに、ラグナには何も見えていないはずなのに、知覚すらできていないはずなのに、ラグナの攻撃の方が 私より早く来る!

「ぐぅっっ!!!」

咄嗟に槍でラグナの熱拳を防ぐが…、凄まじい衝撃だ 威力だ重さだ、この私が体を後ろへ押しやられる、いやそれだけじゃ無い 完全に不意を突かれた

絶対に破られない筈の攻撃が、今 ラグナに打ち破られたその衝撃に、アーデルトラウトの思考は半ば停止していたのだ

(どう言うことだこれは!?、何故奴がこちらに攻撃をしてきたんだ!?、時は止まっていた筈なのに!?、破られた…私の無敵の魔術が!?なんで!!どうして!)

「っ!?、お!当たった!よっしゃー!」

混乱するアーデルトラウトに反してラグナは己の拳を見て、その手応えを感じて 徐に笑顔になりピョンピョンと跳ね始めるのだ、まるで『当たると思ってなかった』と言わんばかりに…

止まった時を知覚出来たわけじゃ無い?…ならなんで…、どう言うタネが!?

あまりの事態に瞳孔を震わせるアーデルトラウトを放って、ラグナはポキポキと拳を鳴らし始める

「よしよし、分かってきたぞ…」

「何がだ?、私の魔術の弱点でも分かったか?」

半ば嫌味も込めてラグナを睨む、しかし彼はゆっくりと首を横に振り ニタリと笑うと

「いいや?、アンタなら俺でもなんとかなりそうだ…ってのがな?」

「こいつ……!!」

ラグナの挑発にアーデルトラウトの理性はブチ切れる、どこまで私をコケにすれば気が済むんだコイツはと激烈に怒りながら再び槍を構える、今度こそ ぶちのめしてやると、そんな怒りに満ちた将軍の…世界最強の将軍を前にラグナは笑顔を消して

「エリスのところにゃ行かせねぇ、お前はここで倒す、反撃…させてもらう」

「やってみろ…、やってみろ!私に対して!ラグナ・アルクカース!」

牙を剥く世界最強、胸に秘める魔女の弟子最強、二つの最強の戦いは 転換点を迎える…
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