CODE;FACTOR -コードファクター-

ゆづのすけ

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前編

CODE;FACTOR CODE;06 doctor & silver

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「──どけ、クソッタレ!!」

 大和に覆い被さる患者、もとい発症者アンセラの脇腹に、ハイカットスニーカーの爪先がめり込む。発症者が大和に食らいついたまま離れないと見ると、長門の蹴りは容赦なく何度もその腰や肩に叩き込まれた。
肩に靴底の踵を引っ掛け、突き放すように蹴ると、発症者の上体が大きく大和から逸れる。なおも肩を噛む顎に真横から刺さる爪先は、発症者の顎関節の機能を一瞬で破壊した。
「……長……くん…、…待っ……くださ、……」
「ッるせえ!!黙ってろ!!」
 痛みに朦朧としたような掠れた声を一喝する。
 大和から発症者を剥がすことに成功した長門の瞳は、なおも敵を捉えて離さない。関節を破壊されだらんと開いた顎からは、ぼたぼたと血が滴り落ちる。
「下がれ!」
 看護スタッフをその場から逃がしながら、傍らに倒れていた点滴スタンドを構える。土台部分を重しとしてありったけの腕力で振り抜く。遠心力の乗った金属脚の破壊力はなかなかだったが、止めの一撃にはやや足りない。
 血で濡れたリノリウムが、踏み込む靴底を滑らせる。
「ヴァ……ア……」
 発症者は呻きながら、這いつくばったその腕に力を込めた。べこ、べき、という音が響き、その腕が肥大していく。人を──大和を襲ったことにより、強化状態にあるのだ。
「……ふざけやがって」
 銃があれば蜂の巣にしてやりたいところだが、処置室内では跳弾の恐れがある。だからといって敵を大人しく強化させてやるほど、瀬良長門は甘くない。弾丸のように飛び出し、カートの上に乗っていた金属トレイから乱暴にメスを掴む。コアに到達するには刃の長さが足りないが、動きを鈍らせられれば上等だ。
 飛び込んでくる長門に反応した敵は、両腕を構えて長門に掴み掛かろうと躍りかかる。相手がまともな人間であったなら長門の体格ならば互角に渡り合えただろうが、発症者として動物的怪力を誇る今となっては分が悪い。敵の手が長門に触れる寸前に、傍らのベッドの下へと滑り込む。そのままベッドの下を通過し、発症者の背後をとる。
 一瞬で長門を見失った発症者は、キョロキョロと周囲を見渡した。その視線が背に向いたと同時に、右の眼球にメスが深く突き立った。
 長門はなおもメスを離さず、全力で左目へと引っ掻く。骨が擦れる音が、感触が長門の手を伝う。
 ──死ね!!
 よりいっそうの憎悪を込めて、深くメスを沈ませてゆく。
 悲鳴をあげて暴れのたうつ発症者の振り払った腕が、Tシャツしか隔てていない長門の左脇腹に食い込んだ。
「がッ……」
 衝撃に視界が揺れる。壁に叩きつけられた長門のぼやけた視界に、追撃に迫る影が見えた。咄嗟に転がって避けると、長門がつい先程居た壁が大きく凹んだ。
 大和は倒れたまま動かない。早く手を打たねば、いくら長門といえど丸腰の狭い室内で発症者二体に囲まれるとどうしようもない。──発症?大和が?
「……冗談じゃねえぞ」
 怒りが痛みを麻痺させ、彼を立ち上がらせる。
 転がっていた血塗れの点滴スタンドを握り直し、目の前の災厄に向き直った。
 その刹那。

 災厄が袈裟に裂け、鮮やかな朱の華が咲く。

 飛び散った血液は吸い込まれるかのように形を変え、やがて男の手の中で刃と化していく。首から脇腹にかけて跳ねたその断面、コアが露出する。
 長門の振り抜いた点滴スタンドが、コアを叩き潰した。
「随分と手の掛かる患者だなあ、おい?」
 倒れ伏せた肉塊越しに、鮮血色の刀を担いでニヒルに笑う赤髪の男が立っている。
「美味しいとこ持ってきやがって」
「悪ィ悪ィ。つまみ食いは癖だ」
 瀬良崎せらざき日向ひゅうががそこに居た。

 血の気をまるで失った大和は倒れたまま動かない。白衣は腰まで真っ赤に染まり、彼の血液喪失の著しさを語る。
「死んだかな?」
「突然のご褒美に失神してんじゃねェのか」
 真っ白な大和の頸に、日向の手が這う。
「長門、残念なお知らせだ」
「……マジ?」
「コイツ生きてる」
「……」
「……」
「……残念」
「おう」

 大和に止血処理を施して空いたベッドにひとまず寝かせ、現状把握のために索敵がてら建物内を歩く。処置室等の応急施設が揃った処置棟から、隣の病棟へと移動した。
「防火扉でも閉めとくか。発症してない人間なら開けられる」
「うお、俺これ壁のデザインだと思ってた。使い方知らねーや。すげーな日向」
「お前避難訓練って概念知ってっか?」
 鉄の扉が音を立てて閉まる音が廊下に響くと、数十メートルほど背後から人の気配がする。
見ると、長門のジャージを羽織った赤城が非常階段に逃げ込もうとしているところだった。
「……せ、瀬良、くん?」
「ん。元気?よく寝た?そんなビビんなくていいよ」
 長門が肩を組もうと近寄るが、赤城は怯えた顔でそっとかわしてしまう。
 おちゃらける長門を、日向の手がはたいた。
「テメーの格好見やがれバカ野郎、そらビビるわ」
 日向に言われた長門が己の格好を見やると、なるほど先程の交戦で、Tシャツはべったりと血に濡れていた。
「は!?やらかしたな俺!?」
「今更すぎんだろ」
「どうする?脱ぐ?俺これ脱いだら上半身すっぽんぽんよ?やべーよ羞恥プレイか?大和じゃねーんだぞ?」
「はっ!?」
 突然の上半身裸発言に年頃の赤城は耳まで真っ赤にして、その肩にぽこぽこと拳をぶつける。緊張はいくぶんか解けただろうか。
「いてっ。いてて。赤いのは名前だけにしとけよ赤城ちゃん」
「う、うるさい!」
「おい、イチャついてねーでさっさと行くぞ」
 日向の呼び掛けに、「イチャついてないし!」と二人分の抗議が重なった。

 *

「……ッは、はぁ……」
 長門に言われ、時雨が病室で五月雨の傍に居たのは結果として幸いした。
 襲い掛かってきた発症者の迎撃に辛くも成功し、肩で息をしながら目の前で沈黙したそれを見下ろしていた。
「時雨くん……ありがとう」
「怪我はないか」
 隠れていたベッドの下から出てきた、真新しい包帯に血を滲ませた五月雨は、時雨の背に顔を埋めて左右にふるふると首を振る。怖かったのだろう。
 既存の分類条件に当て嵌めれば、発症して間もない者のレベルは一の筈だ。しかしこの敵は発症したばかりだと言うに、強力そして狂暴すぎる。
 敵に押し倒された際の衝撃でまだ肩が痛む。しかし五月雨に悟らせまいと、彼女にベッドで休むよう促した。五月雨が怖がるのも無理はない。彼らの故郷でもまた、似たような状況に陥った経験があるのだ。
「……武器を取ってくる。戦闘員が不足している今、動けるのは俺と瀬良しかいない」
「……はい」
 部屋を出ようとする時雨を引き留められず、不安げに五月雨は返事をした。
「……、……すぐに戻る」

 病室を出るやいなや、世界が激しく揺さぶられ視界が床に転がった。発症者に待ち伏せされていたのだ。交戦の疲労により警戒心が緩んでいた。
「時雨くん!!」
 頭を殴られ脳震盪を起こしたのか、時雨はぐったりと倒れたまま動かない。咄嗟に声をあげてしまった為に自分の存在を知らせてしまった五月雨は、青ざめて口を覆った。
 動かなくなった時雨に興味を無くしたのか、病室の入口にひょろりと長い顔の発症者が顔を出す。両腕は長く鞭のようにしなっており、威圧するかのように先端を振り回してヒュンヒュンと風を切る音が病室に響く。
「……いや……時雨くん……時雨くん……!」
 病室を後ずさるも、じりじりと窓際に追い詰められてしまう。三階の窓から飛び降りる芸当など、五月雨には不可能だ。脇を抜けて病室を脱出できないかとも考えた。しかし、そんなことは見通しているかのように発症者は両腕を広げる。伸びた腕が病院の左右の壁に触れた。ここで震えていても餌になるだけである。震える手で窓の鍵を開ける。かつて窓をこれほど重いと思ったことはない。僅かに開いた隙間から冷たい雨風が吹き込む。五月雨の視界が涙で滲んだ。
 と、発症者の動きがぴたりと止まる。

   ──かちん。

 金属音が響くと共に、発症者が真っ二つになり、左右に倒れた。

 鮮血が飛び散った向こうに、納刀した銀鼠色の影がある。
 男は倒れた時雨を病室に運び入れ、傍らに刀を置いた。時雨の愛刀だ。巌の低い声が響く。
「……兄貴に起きたら伝えろ。『起きたらさっさと働け』と」
「……!しっ、渋谷司令官……!?」
「恩は後日勤務態度で返せ」
 渋谷武蔵は五月雨にそう言い残すと、踵を返して病室を後にした。



「あ、日向さん、お帰りなさい~☆」
 無骨なエントランスホールを優雅に歩いてきたルイスは、赤城と合流した日向を見つけてひらひらと手を振った。
「ぁ、ルイスさん……」
「お帰り~じゃねェよ脳ミソ花畑。どういうことだこりゃ?発症者がどいつもこいつもクソ強ェ。バイオハザードやってんじゃねえんだ、説明しろ」
「説明もなにも、僕が知りたいぐらいですよぉ。それより長門さんは?」
「あのアホなら、二手に分かれて索敵中だぜ」
 日向の返答に、ルイスは「それはまずいですね~」と顔を曇らせた。
「彼、そろそろ戦闘限界の筈です。すぐに抗体を打たないと」
「え……?」
「……ッはあ……あの馬鹿野郎。ンなこと一言も……」
 予想外の答えに動揺する赤城の傍らで、日向は頭を押さえた。
「あの……戦闘限界……って?」
 突然飛び出した縁起でもない単語に不安げな赤城に、ルイスと日向は「ああ」と顔を見合わせた。
「まずはワクチンのお話からしましょうか~」
 ルイスが説明を買って出る。
「傷口からコードファクターが侵入しても体の中で殺してしまえるように開発された、コードファクターをやっつける防衛チームのようなものを、便宜上抗体と呼んでいます」
 TEARSの入隊条件のひとつに、体質がこのコードファクターに打ち勝てるものである必要がある。一般的に抗体が多いほどコードファクターに対する防衛能力は高いとされ、直接交戦する戦闘部はTEARSの中でももっとも高水準の抗体価が求められる。五月雨はこの抗体価が戦闘部の基準に満たなかったため、彼女が希望していた時雨との同部隊に配属されなかったのだ。
この抗体価の底上げに用いられるのが、『抗体の定期接種』だ。もともと人体に存在しない因子であり、後天的に抗体を与えた場合は多くの人では自然に消費されていく。そのため、定期的に抗体を追加接種して抗体価を維持する必要がある。追加接種をしないまま抗体が減少していくと、発症を防げるとされる抗体量の最低値を割ってしまう。戦闘部におけるこの最低値の推定域が、戦闘限界だ。戦闘限界値を下回ると発症リスクが跳ね上がるため、戦闘行動への参加および交戦が禁止され、速やかに抗体を接種する必要がある。
 コードファクターを直接人体に接種するわけにはいかないため、日々医療現場で広く用いられるワクチンとは意義が異なるが、この界隈では便宜上『ワクチン』と呼ばれていた。
 この定着率は個人によって異なる。定着する体質もいれば、拒絶反応が起こる体質もある。
「赤城さんは、この抗体価が非常に高いんですよぉ」
「え……?私そんな、ワクチンなんか打った覚えは無いんですけど……」
「ワクチンが不要な特殊体質なんです。大和さんも驚いてました」
 そう言えば大和と初めて会ったとき、彼もそんなことを言っていた。
「……ワクチンを打てるのは医師の資格を持った奴だけだ。大和にゃさっさと起きて貰わねェと……」
 事態は思っている以上に深刻だった。二手に分かれる際、長門が赤城を日向に託したのは、戦闘限界が近付く中で赤城を庇いながらの交戦は厳しいと判断したからだ。
「長門さんは注射が大嫌いですからね。打つのも毎回一苦労なんですよ~。ここ最近敵の質が変わっているので、現在開発中の新型ワクチンも早く適応させておきたいとこなんですけど」
「とにかく、早いとこ施設内の発症者一掃して、感染を食い止めるぞ。俺らにできるのはそれぐらいだ」

 *

 身体が重い。
 呼吸さえ苦しい。
 戦闘限界は予想よりも早く訪れた。
「クソが……」
 回る視界にたびたび膝をつきながらも、死力を尽くして応戦する。大和を最初に襲った発症者に比べると格段に弱い筈だが、抗体の有効期限を迎えた長門の身体は、今は素人も同然だ。
「は……はッ……ぁ……」
 近付く床を眺めていると、腕を掴まれる。
「よくやったクソガキ、褒美だ」
 聞き覚えのある低い声がそのまま長門をベッドに仰向けに投げ出した。麻痺の向こう側に、腕にぼんやりと痛みを感じる。額に大きな手が触れるのを感じて、訪れる微睡みに身を任せてゆっくりと目を閉じた。

 *



 焦げ臭い。
 あたりに広がるのはガソリンの臭いと、呻き声。
 数分前までぼんやりと眺めていた世界はひっくり返り、車体の天井は今や白い曇り空だ。手に持っていた花束が、その花弁にガラスを乗せて、周囲の火の手を反射してきらきらと輝く。
 その日、小鳥遊大和は高速バスに乗って、婚約者の一周忌に向かっていた。彼女が結婚式のブーケはここで作りたいと言っていた、お気に入りの花屋で買った花束を携えて。

 彼女を喪う苦しみは、身を裂かれるような思いだった。 
 ──ちとせ。
 ──僕も、君のところへ行けるのだろうか。

「無理だよ。だって大和、運いいもん」
 身を裂かれた痛みは、彼女を喪った悲しみのようだった。

 あの日何が起きたのか知ったのは、目が覚めた後だった。
 分離帯を越えて対向車線から事故車両に突っ込まれた先頭車両への追突を避けるために減速した高速バスに、後続のトレーラーが突っ込んだ大規模な多重事故。先頭乗用車に乗っていた家族およびトレーラー運転手は即死、高速バスの乗客も死傷者多数。テレビや新聞で連日報道されていた。
 大和はその高速バスの、中央付近窓際に座っていた。
 目覚めた身体は、右腕と左足のそれぞれ肘と膝から先を切断されていた。横転した車体や椅子に挟まれ、切断するよりほかなかったのだという。
 大和とて医師を志し研修医として研鑽を積んでいた身だ。医師としてその判断は当然だと思う。だが小鳥遊大和という個人として、その判断はあまりにも残酷だった。
 死なせてくれれば良かったのに。
 落胆はあまりにも重く、絶望はあまりにも深かった。

 *

 本館、会議室。
 武蔵をはじめとして、日向や時雨、ルイスが現状の報告を主とした情報共有を実施していた。
「医務棟の早期閉鎖が幸いして、医務棟外での発症者は確認されていません。キットにて各員の簡易判定は並行して進めていますが、陽性反応報告はまだあがってませんねぇ」
 タブレットを操りながら、意見をとりまとめてきたらしいルイスが報告を進める。
「潜伏感染していた人が発症したのでしょうね~。長門さん、日向さんや時雨さんの迅速な応戦が効果的だったんでしょう。襲われたことで新たに発症したという目撃情報もありませんでした」
「……大和は?」
 日向の問いに、武蔵が金髪を掻き上げながら答える。
「医務棟の隔離室に突っ込んである。起きた彼奴の意識がまともならロック解除できるが、そうでなけりゃそこまでだ」
「……」
「彼奴が何を黙ってンのか知らねェが、人口五十万人と大和一人とでは秤に掛けるまでもない。現状もっとも発症リスクが高いのは大和だ。どのみちしばらく大人しくして貰う必要がある」
「おいおい。言いたいことは解るが大和なしでこの件を片付けろってのか?」
「大和さんは有事に備えて引き継ぎマニュアルを作成されてます~。僕はそれに則ってお仕事するだけですよぉ」
 日向や長門、時雨も発症者の退治は可能だが、それらはあくまで発症後、つまりは後手の対応に過ぎない。公に流れない感染情報を握った小鳥遊製薬にも通じている大和がこれまで未然に被害を食い止めてきたノウハウが閉ざされる以上、発症を待つしかできない己らの歯痒さが、日向の懸念であった。
 ただでさえ数が限られている戦闘員の損耗も、彼らの治療範囲が制限される以上はこれまでよりもいっそう避けたい。
 そんな一同の考えを見抜いているのかいないのか、武蔵が口を開きかけた瞬間。

 壊れんばかりの勢いで会議室の木製扉が開かれた。
「おいーーす!!長門くん完全復活!!ヒーローは遅れてやってくる!!」

 会議室の一同は無反応だ。
 扉を開けたまま静止していた長門は、「あれ? take 2 いっとく?」と退出し、再びそっと扉を閉める。無言の会議室内に、扉の金具が閉まるカチャンという音が悲しく響いた。
 何やら廊下を駆けてきた足音が、扉の向こう側で止まる。
「いや駄目でしょ何やってんの!?真面目な話してるんじゃないの!?」
「だってほら。そろそろ空気変える頃合いかなって。予想以上にお通夜だったからちょっと心折れかけた」
「変えすぎなんだよ!加減ってものを知れよ!お通夜にしたのはあんただよ!」
 赤城も無事なようだ。溜め息をついた日向が席を立ち、勢いよく扉を開け放つ。
「ギャーギャーギャーギャーうるせェんだよ。入るなら入れ馬鹿野郎」
「えっ?そこはあれじゃね、発情期ですかコノヤローって続けるとこじゃないの?」
 懲りない長門の頭に拳が落ちた。

「……とにかく。長門さんも復活したみたいで、良かったです~。S部隊が健在なら何とかなりますから」
 ルイスの言葉を受けて、しばらく考え込んでいた様子の時雨が「……ひとつ、構わないか」と小さく挙手した。
「何だ。馬鹿につける薬の在処でも知ってんのか」
「いや……それは知らない。今回みたいな現象に、見覚えがあるんだ」
「……!」
「……杉戸か」
 一同が彼に注目する。武蔵は静かに続きを促した。
「……潜伏から発症がほぼ同時に、示し合わせたように起こる。故郷がそうだった。自分で感染者を生み出せない代わりに、周囲の潜伏感染者を使役できる能力を持つ奴がいた。発症タイミングをコントロールし、パニックに陥った無抵抗な市民を襲わせて感染させる。そういう奴が……」
 時雨の言葉を受けて、ルイスがタブレットで検索する。
「うーん、やっぱり杉戸封鎖に関しては情報削除されちゃってますねぇ。少ーし時間をいただけたら、それなりには何とかなりそうなんですけど」
「……。……だがそいつは、俺達が倒した筈なんだ。……高い犠牲を払って」
「んぇ?どゆこと?やっつけた筈の奴が生きてんの?」
「……」
 長門の問いに、時雨の表情は曇る。考えられる可能性が、彼の口を閉ざさせた。
「成程な。……敵は色んな意味で厄介な野郎だって事だよ」
 日向が椅子に座ったまま伸びをした。
「ルイス」
 武蔵は椅子から立ち上がり、軍帽を被り直して扉へと歩く。
「その杉戸の件の情報と、ワクチンの追加発注をありったけ頼む。他の連中は医務棟に人員を集めろ。今ある分でワクチン接種をやるぞ」
「……?何言ってんだ武蔵のオッサン。やりてェのは山々だけどよ、医者も居ねェのにワクチン接種なんかやろうもんなら後で……」
「知らんのか。俺は元々軍医だ」

 武蔵があとにした会議室から、全員の驚愕の声が響いた。

 *

「おにいさま。きらきらのおとがきこえます」
「ああ、これが海だよ。綺麗だろう」
 名坂市街を一望できる、高台の旧送信所跡地。現在は私有地となっていた。
 送信所の建物の屋上で、幼い少女が切り揃えた銀髪を風になびかせている。傍らに立つ、前髪で左目を覆い隠した黒髪の青年が少女を抱きかかえ、彼女に名坂の海を見せた。海面が夕陽を反射し、万華鏡のようにきらきらと輝く。
「生きるものは皆ここから生まれたんだ」
「うめも、おにいさまも?」
「そうかもしれないね」
 舌足らずの問いに、男は微笑んで返す。桜の花弁が少女の手のひらに舞い降りた。
 屋上へ通じた階段の扉から、青年と同じく黒いスーツに身を包んだ屈強そうな男性が現れた。それを背中で察した青年は、少女を下ろす。
「準備が整いました、司令官」
 下りた少女はそのまま青年の手を握り、ともに階段へと踵を返した。

「では行こうか。お披露目会ショータイムの始まりだ」


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