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第五話 帰還
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二人は来た道を慌てて引き返していた。
洞窟のあった小さな森を抜けると、沈む寸前の夕日に照らされた草原が広がっていた。
そして、沈む太陽が最後の強い光を放つと、辺りは夜の闇に静かに包まれだした。
少し顔をしかめながらデュランは呟いていた。
「ちっ!太陽が沈んでしまったか……」
その呟きに対して不安そうにユラトは答えた。
「まずいな……さっきの雄たけびは何だったんだろう……」
「ダイアーウルフも覚悟しなきゃならんかもしれんな……こりゃあ……」
しばし二人は無言で走っていた。
そして、ユラトは夜の闇に包まれた草原を見つめ、馬の手綱をしっかりと握り締めながら、考えていた。
(どうする?……)
そして、あることを思い出した。
(―――そうだ、まずしなければならないことがあった)
それは、冒険者の学校で教わった基本的なことだった。
すぐにユラトは、自分の隣を走っている赤毛の青年に話しかけた。
「デュラン……悪いがマナサーチ使えるか?」
「ん、使えることは使えるが……そうだな……だがもし、狼どもが魔力を感じる事ができるのならマナサーチの魔力でこっちの位置もばれるぞ」
「いや、既に匂いで、ばれてるかもしれないよ?」
「……そうだな、汗もかいたしワイアームの返り血もあるだろうし……こりゃあ、匂いでばれてるな」
ユラトは疲れた表情で、今の自分の体の状態を説明した。
「いま戦闘になると……悪いけど俺は剣を握るのがやっとだ……しかも、この辺りは草原ばかりで川もないし……匂いを消すことも出来ない……」
「俺もさっきの戦いで、投げナイフや煙玉も全部使ってしまったからな……」
「向こうが既に、こちらの位置を特定してたらまずい……」
「ならやはり、使っておくか……奴らの数も分からんしな」
デュランは右手の拳を額まで持ってくると目を閉じ、マナサーチを唱えるため、魔法の詠唱を始めた。
「……我が体内に宿るマナよ、四散し、魔力を感知せよ!」
デュランが魔法の詠唱を終えると、右手の拳を天へと突き上げ、そして手を開いた。
すると、ほんの一瞬、強く彼の手が光った。
そして、すぐに今度はそこから、青い光の矢が四方へ放たれた。
彼は魔力を感知するために、しばらく目を瞑っていた。
一体、自分たちはどういう状況にあるのか?
不安な表情でユラトは、デュランを見つめていた。
辺りは、月明かりに照らされた夜の草原が広がっている。
そして、風は少し強めだった。
所々生えている木の葉も風によって揺れていた。
しばらくして魔法の結果が分かると、デュランは直ぐに反応し、今の状況を叫んでいた。
「―――!?……クソッ!!最悪だ、囲まれてる!」
赤毛の青年の言葉に、ユラトは驚いた。
「……え!? どういうこと?」
「南西1 南東1 西1 東1 北西1 北東1 計6匹 距離は後方の2匹が一番こちら側に近い!」
「なんてことだっ!後方の声のした奴等だけじゃなかったのか……全部一気に近づかれたら、ひとたまりも無い……」
「北西と北東の奴等は動きが鈍い、わかりかねているようだ……」
ここで魔法の効果が切れた。
「とりあえず、遠回りになってしまうが北へ行くか?」
ユラトは疲労で頭が回らない状態の中、考えを巡らせたが、これと言った活路は見出せなかったため、デュランの言う通り、北へ行くことをすぐに決めていた。
「……そうだね、北へ行って敵の囲みを突破したほうがいいか……」
その時、後方から再び敵の雄たけびが聞こえた。
ウォォォーン!
二人はすぐに声のした後方を振り返った。
「さっきより声が近い……迷っている暇はなさそうだ、行こう!」
それを聞いたデュランは、決意を込めた表情でユラトに呼びかけた。
「よし!なら一気に進路を北にとって突っ切るぞっ!」
「わかった!」
ユラトとデュランは馬を目一杯飛ばし北へ進んだ。
夜の草原を、マントと髪をなびかせ、一直線に突き進んだ。
生きて無事に故郷に帰るために。
(エル……絶対に俺は帰るよ!)
しばし2人は、無言で馬を走らせていた。
そしてユラトは、何気なく周囲を見渡した。
空には月が出ていて風があり、月明かりに照らされた草原の草が揺れている。
少し湿度のある冷たい風だった。
「これで、少しはましになったかな?」
「どうだろうな…もう一回マナサーチを使ってみるか……」
そう言うと、再びマナサーチをデュランは唱えた。
そして、疲労で険しい表情になっていた。
「……っく、やはり疲れているときの魔法の使用は厳しいな……だが、敵の位置がわかったぞ」
「どうだった?」
「敵はあれから2つの集団に固まったみたいだ。南西と南東にな」
それを聞いてユラトは気づくことがあった。
「……そうかっ!デュラン!風だ!やはり奴等は匂いで来てるんだ。さっきは向かい風だから後ろのやつに匂いが行っていて、司令塔になっていたんだ」
「そういうことか……ん……風の向きが少し変わったな……」
辺りをデュランは見回した。
「この辺りは……見覚えがあるな……」
その時、ユラトの視界にある物が映った。
「―――あれは……はっ!そうか!デュラン!!こっちだ、こっちに来てくれ!」
ユラトは進路を少し変え、進みだす。
不審に思ったデュランが呼び止めようとする。
「どうしたユラト!シルドナはそっちじゃないぞ!」
ユラトはある場所を指差す。
それを見たデュランは考えを巡らせ、すぐにあることに気が付く。
「ん……あれは…お前と……そうか!そういうことか!」
「デュラン!時間が無い、行こう!」
2人はその場所へ、急いで向かった。
ユラトとデュランが着ていた場所とは、ユラトが最初に仕事で請け負った廃村であった。
「よし!ここだ!ここであれを使おう!」
「これならなんとかなるかもしれんな」
2人はそう言ってライラの木に近づく。
ユラトはライラの花の香りを使って敵を欺こうと考えたのだった。
ユラトはライラの花を毟り取ると、自分の体に塗りつけた。
デュランもそれに倣う。
辺りに大量のライラの花びらが落ちる。
月の光に照らされて白と薄い青の花びらはぼんやりと光り、ライラの良い香りと合わさって辺りは幻想的な空気に包まれていたが、2人は逃げるのに必死であったためそれどころではなかった。
やがてその作業を終えた2人は、乗って来た馬にも香りを付けると今度は辺りに敵がいないか気になったため、デュランがまたしてもマナサーチの魔法を使用する。
「敵がいないといいが……マナサーチ!」
腕を上にあげ目を瞑り、敵の場所を探る。
ユラトは疲れた表情で馬の傍で待機し、デュランの言葉を待っていた。
すると、マナサーチの結果がすぐに出たようでデュランが少し嬉しそうにユラトへ話し掛ける。
「……よし!チャンスだ!敵は南西で固まっていやがる。このまま馬に乗って東へ行けば、町に行けるぞ!」
「風向きが変わったのと、この香りが効いたのかな?」
「そうだな……あとかなり敵との距離が離れたのもあるみたいだな」
「そうか……ありがとう!デュラン、君も疲れてるのに何度もマナサーチさせて悪いね……」
「お礼は町に着いてからだ。俺も限界だ……腕が痺れてきやがった……ここで襲われたら一溜まりも無い。さあ、すぐにここを出ようぜ!」
「わかった!」
2人は言葉通り、すぐに馬に乗り東へ馬を走らせた。
デュランは、ぼんやりと疲労している右手を見ていた。
(僅かに最初の6体以外の魔力も感じた気がするが……)
デュランはマナサーチを使用した際に最初に魔力を感知した謎の敵らしきもの以外に僅かだが、他の魔力も感じたような気がしていた。
(まあ……気のせいかな……とりあえず、町に無事に帰ることだけを考えるか……)
ライラの花の香りが効いたのか、他の何かが効いたのかは分からなかったが、その後、敵に襲われることなく無事にユラトとデュランはシルドナの町に着くことが出来たのであった。
そして、すぐに2人は宿を取り、倒れこむように深い眠りについた。
翌朝、2人は昼前に目を覚ました。
よほど疲労していたのか、宿屋のおかみさんが声をかけるまで気づかないほどだった。
そんな2人の青年を見たおかみさんは、両腕を前に組みながら、半ば呆れ顔で話しかけてきた。
「あんたたち、よほど疲れていたんだねぇ……。朝にも声をかけたんだけど、2人とも死んだように寝てたから気づかなかったみたいだね。ほんとは朝ご飯までが宿賃の範囲内なんだけどね。だけど冒険者さん達には頑張ってもらいたいからね。サービスだよ!これ作っておいたから後で食べな!」
そう言って遅くなった朝食を取っていると、おかみさんが昼食を持たせてくれた。
2人は、寝起きであったためとまだ疲れが残っていたため、ほんの少し気だるそうに短めにお礼を言うと宿屋を後にした。
このシルドナの町には冒険者ギルドはあることにはあるのだが、まだ建設途中で情報の掲示や仕事の依頼ぐらいしか出来ない状態であった為、仕事の報酬等を得るには、ラスケルクに行かなければならないのでデュランとユラトは直ぐに発つつもりであった。
そして、ラスケルクに向かうためにシルドナの町を出ようと出口の門のところまで行くと、そこには人だかりが出来ていた。
それに最初に気づいたのは眠そうに歩いていたユラトだった。
「ふぁぁ……ん?……なんだあれ」
ユラトの目線の先をデュランも見つめる。
「何かあったのか?結構な人だかりだな……見に行こうぜ」
「ああ、通り道だからね」
ユラトとデュランは人の集まっている所まで馬屋で借りた馬の手綱を引きながら、その場所まで近づいていった。
すると、遺体が2体運ばれている最中だった。
それを見た2人は眠気が飛んでしまい、瞬時に表情が強張った。
そしてユラトが一番近くにいた中年の男に話し掛けた。
「これは一体どういうことですか?」
男がそれに表情を曇らせて答えた。
「……どうやら、昨日の夜に魔物に襲われたらしいぞ」
「昨日の夜?」
「昨日の昼には戻るはずだった、この町の開拓者らしい…だが戻ってこないので、今朝から捜索隊が編成されたが、既に間に合わなかったようで発見された時には、この有様だったらしい」
デュランは少し気になることがあったのでその男に場所を聞いていた。
「場所はどこだか分かりますか?」
男は眉を寄せ、腕を組みながら答えていた。
「場所は確か……西の草原地帯とか聞いたな……俺もまあ、詳しくはわからんがな……」
そう言って男は、その場所から去っていった。
デュランはそれを聞くと左手の親指と人差し指を自分のアゴの方へ持っていき、軽く摘む仕草を何度も繰り返していた。
それは彼が考え事をする時に、いつもする癖だった。
そして他の集まっていた人々も暗い表情で口々に不安を漏らしながらその場から居なくなっていった。
ユラトは呆然と立っているデュランに話し掛けた。
「どうしたんだデュラン?」
しばし間を置いてからデュランがユラトに、自分が思った疑問をぶつけてきた。
「……なあ、確か西の草原って、俺達が昨日の夜来た場所じゃないか?」
「ああ、言われてみればそうだね。だけど俺たちが通ったときは誰も居なかったはず……」
「いや、実はな……」
デュランは昨日の夜、最後のマナサーチを使ったときに感じた僅かな魔力のことをユラトに話した。
「ええっ!……ということは、あの後、俺達が襲われなかったのはそのためなのか……?」
「どうだろうな……俺も疲労してたからな、魔力がほとんど残っていない状態でのマナサーチだったからな、大雑把に敵の位置を探るので精一杯だったぜ……」
「そうだ……もし助けを求める人がいたとしても、あの状態で助けになんて行けなかったはずだ……」
デュランは、悔しいと言った表情になり、拳を握り締めた。
「ああ、行った所で遺体が2体追加されるだけだ……くそっ!」
2人は己の未熟さへの怒りと助けられなかった悔しい気持ちを胸に秘め、シルドナの門をくぐり、ラスケルクへ向けて馬を走らせた。
そして何も起こることなくラスケルクに昼過ぎには着いていた。
町に着くと、すぐに2人はラスケルクの冒険者ギルドに入り、今回の仕事の報酬の受取と新発見の報告等を行い、デュランはギルドから借りていた借金を返済すると、ギルドの建物から出て報酬を分け合った。
そして、ユラトはオリディオール島に幼馴染が待っているので、帰らなければならない事をデュランに告げると、デュランも自分の生まれ故郷に帰る用事があるので、ユラトとデュランは同じ船で帰ることになった。
オリディオールとラスケルク間の定期船が丁度この時間帯にあったので2人はすぐにその船に乗り込んだ。
そして、船がラスケルクを離れオリディオールへ向かう時、海面には夕日が映っていた。
船はユラトの故郷があるオリディオール島へ向かうのであった。
この船旅の中で2人は様々なことを語り合った。
今回の初仕事のことを振り返ったり、身の上話等、様々なことを語り合う日々であった。
ユラトはその中でも彼の身の上話が印象に残っていた。
デュランはオリディオール島の東側のマルティウス地域最大の都市バルディバ出身で実家は宿屋をしているらしい。
彼にはシュリンという名前の1つ年下の妹がいて、彼女が生まれてすぐに父親は失踪した。
だから母親は、女手一つで2人の子供を育てなければならなかった。
シュリンは頭が良く、島の中央の魔法学院に通っていて、その学費を捻出するのに母親は苦労していた。
近年、西側の大陸が見つかったことによって島の東側の冒険者数自体が減少傾向にあり、宿屋の経営は苦しくなってきていた。
店を閉め、西の大陸に渡り、開拓地で暮らそうかと提案もしたが、母は父親がいつか帰ってくると信じて、その提案を拒んだ。
父親とやっと建てることが出来た、この宿屋を閉めることは出来なかったのである。
だが、母親は体があまり丈夫ではなく、病気になりがちであった。
そして高価な薬も必要になる回数が増えてきていた。
そこで、デュランは西側へ冒険者となって稼ぎに来ていたのであった。
西側の新大陸には、オリディオール島では高価な体に良く効く薬草がたくさん自生していると聞いていたのもあって、彼は学校を出たらすぐに行く気でいた。
また、冒険者をやっていれば父親の居場所も分かるかもしれないというのもあった。
そして、無事に東側の冒険者の学校を出ると最初の仕事である、洞窟の探索を受けて西側の大陸へ来ていたのである。
このとき彼は、母親の薬代や妹の学費を少し、冒険者ギルドから借金していた。
独りで店を切り盛りしていく母を安心させるために、そのお金を、受けた仕事の前金だと偽り、母に渡すと彼は島を出発した。
母の下を離れ、この島を離れ、冒険者としてやっていくことを強く決意した瞬間でもあった。
(……あいつは必要ねぇ、なんだってやってやるぜ……母さんとシュリンは、俺が守る!)
ユラトに説明していたように、パーティーメンバーが分け前でもめて解散してしまい、途方に暮れ、とりあえず町に帰ろうとしていた時に自生している薬草を見つけ、時間も忘れて採取している時に、いつの間にかユラトのいた場所まで来ていたのであった。
それが、ユラトとデュランの出会いであったのだ。
「だから、草むらから突然出てきたのか……」
照れながら当時のことを思い出しデュランは謝った。
「へへっ、驚かしちまって悪かったな」
「それであんなに、必死になって俺に頼んできたってわけか……あの時に言ってくれればもっと……」
「いや、あの時に言ってたら逆に怪しまれると思ってな……」
確かにデュランの言う通り、いきなり現れた者に自分は可哀想なんだと言う身の上話などを聞かされたならば、誰でも怪しいと思ってしまうのかもしれないとユラトは思った。
「確かにそうだな……」
デュランは少し強がって見せた。
「まあ、それに俺は同情なんてされたくないぜ!」
デュランには、そちらの台詞の方が似合うとユラトは思った。
「ふふっ、お前らしいよ」
そして話は続き、母親が苦労しながら自分や妹を育ててくれたことに彼は深く感謝していた。
だが失踪した父親には激しい憤りを感じているようだった。
「あの野郎はゆるさねえ!お袋は元々丈夫じゃねえんだ……それなのに……」
一人で宿屋を切り盛りし、疲労し疲れた表情で座っている母の背中を見て育ったデュランは、その姿を見るたびに父親への憎しみを募らせていた。
(母さんは、ずっと一途に信じて待っているのに……なんで……なんで帰ってこないんだ!)
「何か理由があったとか?」
「どんな理由があったとしてもだ!目に焼きついたあの姿を見るたびに……俺は……胸が締め付けられるんだよ……何も言わずに行ったらしいからな!絶対に見つけて一発ぶん殴って引きずってでも母さんと妹の前で謝らせてやる!」
これ以上は言わない方がいいと思ったユラトは沈黙した。
ユラトの困った顔を見たデュランは少し冷静になり、ばつの悪そうな顔で謝った。
「すまねぇ……ちょっと熱くなっちまったな……」
「気にすることは無いさ……だけど、まだ言える相手がいて羨ましいかな……」
「そう……かも……な……お前に比べたら俺なんてまだ恵まれているな…」
「(これ以上は…俺もデュランも……)まあ、湿っぽい話はこれぐらいにしよう」
「……ああ、そうだな!」
こうして6日間の船旅は順調に進み、二人は無事にオリディオール島へ再び帰ることが出来たのであった。
船を降り、アートスの町の出口まで二人で無言で歩く。
ユラトは徒歩でイシュトまで帰るがデュランは馬で島の南側からゾイル地域まで行き、そのあと、東のマルティウスまで帰るつもりだった。
二人はなんとなく思い出していた。
偶然出合って、一緒に命を賭け魔物と戦い、無事に町へ帰還し、ここまで来れた事を。
空はラスケルクから船に乗った時と同じく夕刻であった。
雲が出ていて、明日には雨になるかもしれない。
そして雲の隙間から赤い光が大地へ差し込み、夕焼け雲が広がっていた。
デュランが最初に話し掛けた。
「ユラト、まじでお前には感謝してるぜ、いきなり現れた俺のことを信じてくれよ……」
「まあ、そう気にするなよ、俺も洞窟の探検経験しておきたかったしな」
「とりあえず、俺はいったん、このお金と薬草を母親の所に渡しに行くぜ!」
「……そうか、ならここでお別れだな」
「ああ、だけどまた西のギルドに帰ってくるから、その時はお前の呪いを解く術も見つけてやるぜ!それまで生きていろよ、相棒!」
「お前もな……デュラン!待ってるよ、あの西の新大陸でな!」
そして2人は固い握手を交わした。
(デュラン……また会おう……必ず……)
そのあと直ぐにデュランは振り返ることもなく、馬で一気に駆け出して行った。
オリディオール島、東側最大の町、バルディバにいる母親の元へ。
デュランが見えなくなるまでユラトは見送った。
「……それじゃ俺も村にいったん帰るか……」
ユラトはアートスからイシュト村へ向かった。
ユラトが村に着いたときには、夜になっていた。
村に着くと無事に帰ってきたこと報告するために村長の元へと向かった。
村長の家に入ると、村長やその奥さんも無事帰還出来たことを喜んでくれた。
夕飯を村長宅で済ますと、帰り際に幼馴染のエルディアのことを聞いてみたが、どうやら彼女はまだ帰ってきていなかった。
ユラトは、これからどうするか考えながら自宅へと向かっていた。
(エルのやつまだ戻ってきていないのか……)
家を空けていたのは二週間ほどだったが、凄く久しぶりに帰ってきた気がしていた。
(ちょっと出ていただけなんだけどな……色々あったからかな……)
部屋に入るとすぐにベッドへ寝転がった。
その時、雨が降り出してきた。
ザッザー――
雨の音を聞きながらユラトはどうするかまだ決められずにいた。
彼を悩ませていたのは、このまましばらく、この村に留まってエルディアを待つか、冒険者ギルドへ行き、新たな仕事を受けてしまうかである。
(エルのやつ、いつごろ帰ってくるんだろ……とりあえず、2~3日待って見るか……)
ユラトがエルディアを待っているこの3日間、大雨が降り続いていた。
村人の話では川が氾濫してしまっている場所などがでてきているようだった。
そして、雨が止んだのは4日目の朝であった。
ようやく大雨が終わったのだが、辺りの村々では土砂崩れ等、災害があったらしく、その後始末に追われていた。
ユラトの住んでいるイシュトの村は、幸いなことに殆ど被害はなかった。
そして、することも無いので村のパン屋の息子トムスの遊び相手をしている時に、この村の者ではない者が慌てて村長の所へ向かうのが見えた。
ユラトは胸騒ぎを覚え、遊びを中断し、後について行くと、村長と先ほどの人物が家の前で何やら話し込んでいた。
2人とも話す声は暗く、不安を抱えた表情をしていた。
ユラトは思い切って2人のところへ行き、何事か聞いてみることにした。
「おはようございます!ウィル村長、何かあったんですか?」
話しかけられたイシュト村の村長であるウィル・プロスは、ユラトに気づくと眉をひそめ、不安げな表情でユラトに答えていた。
「おお、ユラトか……どうやら、土砂崩れがあっての、この西側のラーケル地域と中央のゾイル地域を結ぶ道が塞がれてしまったようなんだ……この男はアートスの自警団に所属しているダイルという名の者だ」
ダイルがユラトに軽く挨拶した。
ユラトも短く挨拶を済ませると、ダイルはユラトにも状況を話してくれた。
「かなり広範囲に道が塞がれていて、復旧させるのにかなりの人員が必要なんだ。それでこの村にも応援を頼みに来たのさ」
ユラトは、それを聞いてあることを思い出した。
「……と言う事は、エルの奴、大丈夫なのか……?」
ユラトの不安げな顔を見た村長は、すぐに話しかけてきた。
「安心しろユラト。ダイル、話してやってくれ」
「道が塞がっているだけで、人が住んでいるところは大丈夫らしい。伝書鳩でそう連絡が来ていたよ」
それを聞いて、ユラトは少し安心した。
「そうですか……よかった」
「残念だな、ユラト……久しぶりにエルディアと再開できたのかもしれんのにな……」
「いや、あいつが元気でいるなら大丈夫ですよ!それより、俺もその復旧作業手伝いに行きます!」
それを聞いたダイルは、ユラトに質問をしてきた。
「是非来てもらいたいんだけど、君はひょっとして冒険者?」
ユラトは即答した。
「ええ、そうです」
それを聞いたダイルは、少し興奮気味に話し始めた。
「君は冒険者か!なら村長であるウィルさんにも言っておかないとだめな事なんだけど、昨夜もたらされた情報なんだが、凄い新発見があったらしいんだ!」
ユラトにはどんなことなのかさっぱりわからなかった。
「凄い新発見?」
「なんと、俺達、人間以外の光の種族である、『エルフ』族が発見されたらしいんだ!!」
それを聞いたユラトと村長は驚いた。
「―――ええっ!!」
洞窟のあった小さな森を抜けると、沈む寸前の夕日に照らされた草原が広がっていた。
そして、沈む太陽が最後の強い光を放つと、辺りは夜の闇に静かに包まれだした。
少し顔をしかめながらデュランは呟いていた。
「ちっ!太陽が沈んでしまったか……」
その呟きに対して不安そうにユラトは答えた。
「まずいな……さっきの雄たけびは何だったんだろう……」
「ダイアーウルフも覚悟しなきゃならんかもしれんな……こりゃあ……」
しばし二人は無言で走っていた。
そして、ユラトは夜の闇に包まれた草原を見つめ、馬の手綱をしっかりと握り締めながら、考えていた。
(どうする?……)
そして、あることを思い出した。
(―――そうだ、まずしなければならないことがあった)
それは、冒険者の学校で教わった基本的なことだった。
すぐにユラトは、自分の隣を走っている赤毛の青年に話しかけた。
「デュラン……悪いがマナサーチ使えるか?」
「ん、使えることは使えるが……そうだな……だがもし、狼どもが魔力を感じる事ができるのならマナサーチの魔力でこっちの位置もばれるぞ」
「いや、既に匂いで、ばれてるかもしれないよ?」
「……そうだな、汗もかいたしワイアームの返り血もあるだろうし……こりゃあ、匂いでばれてるな」
ユラトは疲れた表情で、今の自分の体の状態を説明した。
「いま戦闘になると……悪いけど俺は剣を握るのがやっとだ……しかも、この辺りは草原ばかりで川もないし……匂いを消すことも出来ない……」
「俺もさっきの戦いで、投げナイフや煙玉も全部使ってしまったからな……」
「向こうが既に、こちらの位置を特定してたらまずい……」
「ならやはり、使っておくか……奴らの数も分からんしな」
デュランは右手の拳を額まで持ってくると目を閉じ、マナサーチを唱えるため、魔法の詠唱を始めた。
「……我が体内に宿るマナよ、四散し、魔力を感知せよ!」
デュランが魔法の詠唱を終えると、右手の拳を天へと突き上げ、そして手を開いた。
すると、ほんの一瞬、強く彼の手が光った。
そして、すぐに今度はそこから、青い光の矢が四方へ放たれた。
彼は魔力を感知するために、しばらく目を瞑っていた。
一体、自分たちはどういう状況にあるのか?
不安な表情でユラトは、デュランを見つめていた。
辺りは、月明かりに照らされた夜の草原が広がっている。
そして、風は少し強めだった。
所々生えている木の葉も風によって揺れていた。
しばらくして魔法の結果が分かると、デュランは直ぐに反応し、今の状況を叫んでいた。
「―――!?……クソッ!!最悪だ、囲まれてる!」
赤毛の青年の言葉に、ユラトは驚いた。
「……え!? どういうこと?」
「南西1 南東1 西1 東1 北西1 北東1 計6匹 距離は後方の2匹が一番こちら側に近い!」
「なんてことだっ!後方の声のした奴等だけじゃなかったのか……全部一気に近づかれたら、ひとたまりも無い……」
「北西と北東の奴等は動きが鈍い、わかりかねているようだ……」
ここで魔法の効果が切れた。
「とりあえず、遠回りになってしまうが北へ行くか?」
ユラトは疲労で頭が回らない状態の中、考えを巡らせたが、これと言った活路は見出せなかったため、デュランの言う通り、北へ行くことをすぐに決めていた。
「……そうだね、北へ行って敵の囲みを突破したほうがいいか……」
その時、後方から再び敵の雄たけびが聞こえた。
ウォォォーン!
二人はすぐに声のした後方を振り返った。
「さっきより声が近い……迷っている暇はなさそうだ、行こう!」
それを聞いたデュランは、決意を込めた表情でユラトに呼びかけた。
「よし!なら一気に進路を北にとって突っ切るぞっ!」
「わかった!」
ユラトとデュランは馬を目一杯飛ばし北へ進んだ。
夜の草原を、マントと髪をなびかせ、一直線に突き進んだ。
生きて無事に故郷に帰るために。
(エル……絶対に俺は帰るよ!)
しばし2人は、無言で馬を走らせていた。
そしてユラトは、何気なく周囲を見渡した。
空には月が出ていて風があり、月明かりに照らされた草原の草が揺れている。
少し湿度のある冷たい風だった。
「これで、少しはましになったかな?」
「どうだろうな…もう一回マナサーチを使ってみるか……」
そう言うと、再びマナサーチをデュランは唱えた。
そして、疲労で険しい表情になっていた。
「……っく、やはり疲れているときの魔法の使用は厳しいな……だが、敵の位置がわかったぞ」
「どうだった?」
「敵はあれから2つの集団に固まったみたいだ。南西と南東にな」
それを聞いてユラトは気づくことがあった。
「……そうかっ!デュラン!風だ!やはり奴等は匂いで来てるんだ。さっきは向かい風だから後ろのやつに匂いが行っていて、司令塔になっていたんだ」
「そういうことか……ん……風の向きが少し変わったな……」
辺りをデュランは見回した。
「この辺りは……見覚えがあるな……」
その時、ユラトの視界にある物が映った。
「―――あれは……はっ!そうか!デュラン!!こっちだ、こっちに来てくれ!」
ユラトは進路を少し変え、進みだす。
不審に思ったデュランが呼び止めようとする。
「どうしたユラト!シルドナはそっちじゃないぞ!」
ユラトはある場所を指差す。
それを見たデュランは考えを巡らせ、すぐにあることに気が付く。
「ん……あれは…お前と……そうか!そういうことか!」
「デュラン!時間が無い、行こう!」
2人はその場所へ、急いで向かった。
ユラトとデュランが着ていた場所とは、ユラトが最初に仕事で請け負った廃村であった。
「よし!ここだ!ここであれを使おう!」
「これならなんとかなるかもしれんな」
2人はそう言ってライラの木に近づく。
ユラトはライラの花の香りを使って敵を欺こうと考えたのだった。
ユラトはライラの花を毟り取ると、自分の体に塗りつけた。
デュランもそれに倣う。
辺りに大量のライラの花びらが落ちる。
月の光に照らされて白と薄い青の花びらはぼんやりと光り、ライラの良い香りと合わさって辺りは幻想的な空気に包まれていたが、2人は逃げるのに必死であったためそれどころではなかった。
やがてその作業を終えた2人は、乗って来た馬にも香りを付けると今度は辺りに敵がいないか気になったため、デュランがまたしてもマナサーチの魔法を使用する。
「敵がいないといいが……マナサーチ!」
腕を上にあげ目を瞑り、敵の場所を探る。
ユラトは疲れた表情で馬の傍で待機し、デュランの言葉を待っていた。
すると、マナサーチの結果がすぐに出たようでデュランが少し嬉しそうにユラトへ話し掛ける。
「……よし!チャンスだ!敵は南西で固まっていやがる。このまま馬に乗って東へ行けば、町に行けるぞ!」
「風向きが変わったのと、この香りが効いたのかな?」
「そうだな……あとかなり敵との距離が離れたのもあるみたいだな」
「そうか……ありがとう!デュラン、君も疲れてるのに何度もマナサーチさせて悪いね……」
「お礼は町に着いてからだ。俺も限界だ……腕が痺れてきやがった……ここで襲われたら一溜まりも無い。さあ、すぐにここを出ようぜ!」
「わかった!」
2人は言葉通り、すぐに馬に乗り東へ馬を走らせた。
デュランは、ぼんやりと疲労している右手を見ていた。
(僅かに最初の6体以外の魔力も感じた気がするが……)
デュランはマナサーチを使用した際に最初に魔力を感知した謎の敵らしきもの以外に僅かだが、他の魔力も感じたような気がしていた。
(まあ……気のせいかな……とりあえず、町に無事に帰ることだけを考えるか……)
ライラの花の香りが効いたのか、他の何かが効いたのかは分からなかったが、その後、敵に襲われることなく無事にユラトとデュランはシルドナの町に着くことが出来たのであった。
そして、すぐに2人は宿を取り、倒れこむように深い眠りについた。
翌朝、2人は昼前に目を覚ました。
よほど疲労していたのか、宿屋のおかみさんが声をかけるまで気づかないほどだった。
そんな2人の青年を見たおかみさんは、両腕を前に組みながら、半ば呆れ顔で話しかけてきた。
「あんたたち、よほど疲れていたんだねぇ……。朝にも声をかけたんだけど、2人とも死んだように寝てたから気づかなかったみたいだね。ほんとは朝ご飯までが宿賃の範囲内なんだけどね。だけど冒険者さん達には頑張ってもらいたいからね。サービスだよ!これ作っておいたから後で食べな!」
そう言って遅くなった朝食を取っていると、おかみさんが昼食を持たせてくれた。
2人は、寝起きであったためとまだ疲れが残っていたため、ほんの少し気だるそうに短めにお礼を言うと宿屋を後にした。
このシルドナの町には冒険者ギルドはあることにはあるのだが、まだ建設途中で情報の掲示や仕事の依頼ぐらいしか出来ない状態であった為、仕事の報酬等を得るには、ラスケルクに行かなければならないのでデュランとユラトは直ぐに発つつもりであった。
そして、ラスケルクに向かうためにシルドナの町を出ようと出口の門のところまで行くと、そこには人だかりが出来ていた。
それに最初に気づいたのは眠そうに歩いていたユラトだった。
「ふぁぁ……ん?……なんだあれ」
ユラトの目線の先をデュランも見つめる。
「何かあったのか?結構な人だかりだな……見に行こうぜ」
「ああ、通り道だからね」
ユラトとデュランは人の集まっている所まで馬屋で借りた馬の手綱を引きながら、その場所まで近づいていった。
すると、遺体が2体運ばれている最中だった。
それを見た2人は眠気が飛んでしまい、瞬時に表情が強張った。
そしてユラトが一番近くにいた中年の男に話し掛けた。
「これは一体どういうことですか?」
男がそれに表情を曇らせて答えた。
「……どうやら、昨日の夜に魔物に襲われたらしいぞ」
「昨日の夜?」
「昨日の昼には戻るはずだった、この町の開拓者らしい…だが戻ってこないので、今朝から捜索隊が編成されたが、既に間に合わなかったようで発見された時には、この有様だったらしい」
デュランは少し気になることがあったのでその男に場所を聞いていた。
「場所はどこだか分かりますか?」
男は眉を寄せ、腕を組みながら答えていた。
「場所は確か……西の草原地帯とか聞いたな……俺もまあ、詳しくはわからんがな……」
そう言って男は、その場所から去っていった。
デュランはそれを聞くと左手の親指と人差し指を自分のアゴの方へ持っていき、軽く摘む仕草を何度も繰り返していた。
それは彼が考え事をする時に、いつもする癖だった。
そして他の集まっていた人々も暗い表情で口々に不安を漏らしながらその場から居なくなっていった。
ユラトは呆然と立っているデュランに話し掛けた。
「どうしたんだデュラン?」
しばし間を置いてからデュランがユラトに、自分が思った疑問をぶつけてきた。
「……なあ、確か西の草原って、俺達が昨日の夜来た場所じゃないか?」
「ああ、言われてみればそうだね。だけど俺たちが通ったときは誰も居なかったはず……」
「いや、実はな……」
デュランは昨日の夜、最後のマナサーチを使ったときに感じた僅かな魔力のことをユラトに話した。
「ええっ!……ということは、あの後、俺達が襲われなかったのはそのためなのか……?」
「どうだろうな……俺も疲労してたからな、魔力がほとんど残っていない状態でのマナサーチだったからな、大雑把に敵の位置を探るので精一杯だったぜ……」
「そうだ……もし助けを求める人がいたとしても、あの状態で助けになんて行けなかったはずだ……」
デュランは、悔しいと言った表情になり、拳を握り締めた。
「ああ、行った所で遺体が2体追加されるだけだ……くそっ!」
2人は己の未熟さへの怒りと助けられなかった悔しい気持ちを胸に秘め、シルドナの門をくぐり、ラスケルクへ向けて馬を走らせた。
そして何も起こることなくラスケルクに昼過ぎには着いていた。
町に着くと、すぐに2人はラスケルクの冒険者ギルドに入り、今回の仕事の報酬の受取と新発見の報告等を行い、デュランはギルドから借りていた借金を返済すると、ギルドの建物から出て報酬を分け合った。
そして、ユラトはオリディオール島に幼馴染が待っているので、帰らなければならない事をデュランに告げると、デュランも自分の生まれ故郷に帰る用事があるので、ユラトとデュランは同じ船で帰ることになった。
オリディオールとラスケルク間の定期船が丁度この時間帯にあったので2人はすぐにその船に乗り込んだ。
そして、船がラスケルクを離れオリディオールへ向かう時、海面には夕日が映っていた。
船はユラトの故郷があるオリディオール島へ向かうのであった。
この船旅の中で2人は様々なことを語り合った。
今回の初仕事のことを振り返ったり、身の上話等、様々なことを語り合う日々であった。
ユラトはその中でも彼の身の上話が印象に残っていた。
デュランはオリディオール島の東側のマルティウス地域最大の都市バルディバ出身で実家は宿屋をしているらしい。
彼にはシュリンという名前の1つ年下の妹がいて、彼女が生まれてすぐに父親は失踪した。
だから母親は、女手一つで2人の子供を育てなければならなかった。
シュリンは頭が良く、島の中央の魔法学院に通っていて、その学費を捻出するのに母親は苦労していた。
近年、西側の大陸が見つかったことによって島の東側の冒険者数自体が減少傾向にあり、宿屋の経営は苦しくなってきていた。
店を閉め、西の大陸に渡り、開拓地で暮らそうかと提案もしたが、母は父親がいつか帰ってくると信じて、その提案を拒んだ。
父親とやっと建てることが出来た、この宿屋を閉めることは出来なかったのである。
だが、母親は体があまり丈夫ではなく、病気になりがちであった。
そして高価な薬も必要になる回数が増えてきていた。
そこで、デュランは西側へ冒険者となって稼ぎに来ていたのであった。
西側の新大陸には、オリディオール島では高価な体に良く効く薬草がたくさん自生していると聞いていたのもあって、彼は学校を出たらすぐに行く気でいた。
また、冒険者をやっていれば父親の居場所も分かるかもしれないというのもあった。
そして、無事に東側の冒険者の学校を出ると最初の仕事である、洞窟の探索を受けて西側の大陸へ来ていたのである。
このとき彼は、母親の薬代や妹の学費を少し、冒険者ギルドから借金していた。
独りで店を切り盛りしていく母を安心させるために、そのお金を、受けた仕事の前金だと偽り、母に渡すと彼は島を出発した。
母の下を離れ、この島を離れ、冒険者としてやっていくことを強く決意した瞬間でもあった。
(……あいつは必要ねぇ、なんだってやってやるぜ……母さんとシュリンは、俺が守る!)
ユラトに説明していたように、パーティーメンバーが分け前でもめて解散してしまい、途方に暮れ、とりあえず町に帰ろうとしていた時に自生している薬草を見つけ、時間も忘れて採取している時に、いつの間にかユラトのいた場所まで来ていたのであった。
それが、ユラトとデュランの出会いであったのだ。
「だから、草むらから突然出てきたのか……」
照れながら当時のことを思い出しデュランは謝った。
「へへっ、驚かしちまって悪かったな」
「それであんなに、必死になって俺に頼んできたってわけか……あの時に言ってくれればもっと……」
「いや、あの時に言ってたら逆に怪しまれると思ってな……」
確かにデュランの言う通り、いきなり現れた者に自分は可哀想なんだと言う身の上話などを聞かされたならば、誰でも怪しいと思ってしまうのかもしれないとユラトは思った。
「確かにそうだな……」
デュランは少し強がって見せた。
「まあ、それに俺は同情なんてされたくないぜ!」
デュランには、そちらの台詞の方が似合うとユラトは思った。
「ふふっ、お前らしいよ」
そして話は続き、母親が苦労しながら自分や妹を育ててくれたことに彼は深く感謝していた。
だが失踪した父親には激しい憤りを感じているようだった。
「あの野郎はゆるさねえ!お袋は元々丈夫じゃねえんだ……それなのに……」
一人で宿屋を切り盛りし、疲労し疲れた表情で座っている母の背中を見て育ったデュランは、その姿を見るたびに父親への憎しみを募らせていた。
(母さんは、ずっと一途に信じて待っているのに……なんで……なんで帰ってこないんだ!)
「何か理由があったとか?」
「どんな理由があったとしてもだ!目に焼きついたあの姿を見るたびに……俺は……胸が締め付けられるんだよ……何も言わずに行ったらしいからな!絶対に見つけて一発ぶん殴って引きずってでも母さんと妹の前で謝らせてやる!」
これ以上は言わない方がいいと思ったユラトは沈黙した。
ユラトの困った顔を見たデュランは少し冷静になり、ばつの悪そうな顔で謝った。
「すまねぇ……ちょっと熱くなっちまったな……」
「気にすることは無いさ……だけど、まだ言える相手がいて羨ましいかな……」
「そう……かも……な……お前に比べたら俺なんてまだ恵まれているな…」
「(これ以上は…俺もデュランも……)まあ、湿っぽい話はこれぐらいにしよう」
「……ああ、そうだな!」
こうして6日間の船旅は順調に進み、二人は無事にオリディオール島へ再び帰ることが出来たのであった。
船を降り、アートスの町の出口まで二人で無言で歩く。
ユラトは徒歩でイシュトまで帰るがデュランは馬で島の南側からゾイル地域まで行き、そのあと、東のマルティウスまで帰るつもりだった。
二人はなんとなく思い出していた。
偶然出合って、一緒に命を賭け魔物と戦い、無事に町へ帰還し、ここまで来れた事を。
空はラスケルクから船に乗った時と同じく夕刻であった。
雲が出ていて、明日には雨になるかもしれない。
そして雲の隙間から赤い光が大地へ差し込み、夕焼け雲が広がっていた。
デュランが最初に話し掛けた。
「ユラト、まじでお前には感謝してるぜ、いきなり現れた俺のことを信じてくれよ……」
「まあ、そう気にするなよ、俺も洞窟の探検経験しておきたかったしな」
「とりあえず、俺はいったん、このお金と薬草を母親の所に渡しに行くぜ!」
「……そうか、ならここでお別れだな」
「ああ、だけどまた西のギルドに帰ってくるから、その時はお前の呪いを解く術も見つけてやるぜ!それまで生きていろよ、相棒!」
「お前もな……デュラン!待ってるよ、あの西の新大陸でな!」
そして2人は固い握手を交わした。
(デュラン……また会おう……必ず……)
そのあと直ぐにデュランは振り返ることもなく、馬で一気に駆け出して行った。
オリディオール島、東側最大の町、バルディバにいる母親の元へ。
デュランが見えなくなるまでユラトは見送った。
「……それじゃ俺も村にいったん帰るか……」
ユラトはアートスからイシュト村へ向かった。
ユラトが村に着いたときには、夜になっていた。
村に着くと無事に帰ってきたこと報告するために村長の元へと向かった。
村長の家に入ると、村長やその奥さんも無事帰還出来たことを喜んでくれた。
夕飯を村長宅で済ますと、帰り際に幼馴染のエルディアのことを聞いてみたが、どうやら彼女はまだ帰ってきていなかった。
ユラトは、これからどうするか考えながら自宅へと向かっていた。
(エルのやつまだ戻ってきていないのか……)
家を空けていたのは二週間ほどだったが、凄く久しぶりに帰ってきた気がしていた。
(ちょっと出ていただけなんだけどな……色々あったからかな……)
部屋に入るとすぐにベッドへ寝転がった。
その時、雨が降り出してきた。
ザッザー――
雨の音を聞きながらユラトはどうするかまだ決められずにいた。
彼を悩ませていたのは、このまましばらく、この村に留まってエルディアを待つか、冒険者ギルドへ行き、新たな仕事を受けてしまうかである。
(エルのやつ、いつごろ帰ってくるんだろ……とりあえず、2~3日待って見るか……)
ユラトがエルディアを待っているこの3日間、大雨が降り続いていた。
村人の話では川が氾濫してしまっている場所などがでてきているようだった。
そして、雨が止んだのは4日目の朝であった。
ようやく大雨が終わったのだが、辺りの村々では土砂崩れ等、災害があったらしく、その後始末に追われていた。
ユラトの住んでいるイシュトの村は、幸いなことに殆ど被害はなかった。
そして、することも無いので村のパン屋の息子トムスの遊び相手をしている時に、この村の者ではない者が慌てて村長の所へ向かうのが見えた。
ユラトは胸騒ぎを覚え、遊びを中断し、後について行くと、村長と先ほどの人物が家の前で何やら話し込んでいた。
2人とも話す声は暗く、不安を抱えた表情をしていた。
ユラトは思い切って2人のところへ行き、何事か聞いてみることにした。
「おはようございます!ウィル村長、何かあったんですか?」
話しかけられたイシュト村の村長であるウィル・プロスは、ユラトに気づくと眉をひそめ、不安げな表情でユラトに答えていた。
「おお、ユラトか……どうやら、土砂崩れがあっての、この西側のラーケル地域と中央のゾイル地域を結ぶ道が塞がれてしまったようなんだ……この男はアートスの自警団に所属しているダイルという名の者だ」
ダイルがユラトに軽く挨拶した。
ユラトも短く挨拶を済ませると、ダイルはユラトにも状況を話してくれた。
「かなり広範囲に道が塞がれていて、復旧させるのにかなりの人員が必要なんだ。それでこの村にも応援を頼みに来たのさ」
ユラトは、それを聞いてあることを思い出した。
「……と言う事は、エルの奴、大丈夫なのか……?」
ユラトの不安げな顔を見た村長は、すぐに話しかけてきた。
「安心しろユラト。ダイル、話してやってくれ」
「道が塞がっているだけで、人が住んでいるところは大丈夫らしい。伝書鳩でそう連絡が来ていたよ」
それを聞いて、ユラトは少し安心した。
「そうですか……よかった」
「残念だな、ユラト……久しぶりにエルディアと再開できたのかもしれんのにな……」
「いや、あいつが元気でいるなら大丈夫ですよ!それより、俺もその復旧作業手伝いに行きます!」
それを聞いたダイルは、ユラトに質問をしてきた。
「是非来てもらいたいんだけど、君はひょっとして冒険者?」
ユラトは即答した。
「ええ、そうです」
それを聞いたダイルは、少し興奮気味に話し始めた。
「君は冒険者か!なら村長であるウィルさんにも言っておかないとだめな事なんだけど、昨夜もたらされた情報なんだが、凄い新発見があったらしいんだ!」
ユラトにはどんなことなのかさっぱりわからなかった。
「凄い新発見?」
「なんと、俺達、人間以外の光の種族である、『エルフ』族が発見されたらしいんだ!!」
それを聞いたユラトと村長は驚いた。
「―――ええっ!!」
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