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パーティー
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真っ赤なベンツがニューヨークの夜闇を切り裂く。アレックスとシーザーのドライブは素晴らしいベンツによる素晴らしいドライブだった。体をしっかりと、かつ柔らかく包み込む素晴らしいシート。ベンツは発車も停車も滑らかで、それなのに加速は抜群。オーディオも音楽の魅力を最高に引き出していたし、窓から見えるのはニューヨークの夜景。二人でアレックスの入場曲を歌ったりもして、ワンダフルなひと時だった。
しかし後部座席では、フィオナがきょろきょろと車内を警戒していた。
乗せられた来たパーティー会場は圧巻の豪邸だ。アレックスはニューヨークの郊外に宮殿があるのかと錯覚してしまった。
「なんだこりゃ。シーザー、あんた、車だけじゃなくて家もすごいんだな」
アレックスは尊敬のまなざしをシーザーに送る。ベンツに豪邸パーティー、これが夢を手にしたものの姿なのだと思うと、筋肉が震える。
「すごいだろう……と言いたいところだが、この家はボスのを今日だけ借りたんだ。俺なんて大したことないさ」
「なに言ってんだよ、借してもらえるだけでもスゲーって。じゃあ、とりあえず一枚」
アレックスがスマートフォンを取り出すと、手首をつかまれる。一体どういうことなのだろうか、驚くほどの力が込められており、手首が痛むほどだった。
「ボスの別荘だからそれはだめだ」
「え、でもSNSにアップしたら――」
「だめだ」
「そうか。わかったよ」
友好的だったのが一変して、シーザーは人でも殺すのかといういう目で睨んでいた。その視線に気づいたフィオナは、怪しくなってきたわね、と俄然鼻息が荒い。
これは撮影をあきらめるほかない。アレックスの胸が改めて無念でいっぱいになった。すでに大勢が集まっていたパーティー会場が絢爛豪華で、SNSにアップロードできれば大評判間違いなしだったからだ。
サーキュラー階段のついたエントランスホールにはきんきらのシャンデリアがぶら下がっており、赤いじゅうたんもふかふか。庭に面した壁はガラス張りで、いかにも金持ちの家って感じだ。そのガラス壁からは庭が見える。どでかいプールのよこでバーベキューをやっており、やけに張り切って取り仕切る男が一人目立っていた。
「みんな、今日は俺のために集まってくれてありがとう。俺が昇進できたのは、持ち前のガッツとラッキーのおかげだ。それをおまえらにも分けてやろう。乾杯!」
シーザーがあいさつをすると、乾杯、という野太い声がパーティー会場に響いた。
宴の始まりだ。出席者はどういうわけかごつい男ばかりが20人程である。そこかしこで馬鹿笑いする声が上がり、酒も食べ物も目を疑う勢いで減っていく。
アレックスもその輪に加わった。その場の誰よりも猛烈な勢いで次々に料理を平らげていく。丸焼きのチキン、ローストビーフ、ラムチョップ……、どれもうまい。次は一休みの意味でポテトを食べよう。
「あんた、よく食べるわねえ。しかも肉ばっかり。毒でも入ってるんじゃないかって警戒していた私が馬鹿みたいだわ」
フィオナがため息をついた。
「警戒って、お前まだ陰謀とか思ってたのか。いい加減にしろよ」
「そうねえ……、今日はただの様子見なのかも。私も何か食べようかしら」
オカルト記者の目も曇っていたのだろうか。彼女はがっくりと肩を落としてテーブルに向かう。
それを見てアレックスは眉をひそめた。フィオナの手にした料理が奇妙だったからだ。小さくて黒い、たくさんの球体を食べている。クラッカーの上に乗せられていて、サワークリームとサーモンも添えてあり、好みでレモンも絞るらしい。高価なものなのか、その料理がのせられたテーブルは花にろうそくにと、飾り付けに気合が入っている。
「おまえ変なもの食べるんだなあ。他に肉がたくさんあるんだから、それを食べればいいのに。そんなだから体が細いんだよ」
黒い球体料理を食べてご満悦のフィオナに、アレックスが言った。
「変なものって……、あんたキャビアを知らないの?」
「あん? お前こそ肉の栄養価を知らないのかよ。タンパク質だぞ。筋肉のもとになるんだ」
「……そうね、キャビアの栄養素がどうかなんて知らない。あんたみたいな強い男には似合わない料理かもしれない。けど、すごくおいしいから食べてみなさいよ」
フィオナは憐れみとやさしさの混じった視線でたくましい肉体を見つめる。次に慈愛の笑みを浮かべ、諭すように言った。
「いいよ、やめとく。レスラーは食べ物にもこだわるんだ」
「いいから、ほら」
フィオナがアレックスの口にキャビアを放り込むと、アレックスは目を見開いた。
「うまいじゃないか。この黒い小さい球体、ちびでしかも見てくれは悪いのに。食い物は見た目によらないんだな」
「黒い球体、じゃなくて、キャビアよ。きゃ、び、あ。今度パーティーで見つけたら必ず食べるのよ」
オーケーオーケー、と言ってアレックスはキャビアを次々口に放り込む。フィオナはほほえましくそれを見ていたが、周りの男たちは殺気立っていた。
「ようアレックス、パーティーは楽しんで……、予想以上に楽しんでくれてるみたいだな。ここいらでお前をみんなに紹介したいんだがどうだ?」
やってきたシーザーの問いに、もちろんオーケー、とアレックスは答える。
「皆聞いてくれ。こいつがさっき話していたアレックスだ。すげえクールなやつで、今からいい物を見せてくれるぜ」
シーザーがアレックスを紹介すると、にぎやかなパーティー会場が一瞬静まり、パーティーに出席している男たちから殺気が放たれた。
フィオナの背筋がぞくりと震える。すぐに会場は元の賑わいを取り戻したが、勘違いではない。一瞬、ほんの一瞬だが、会場は間違いなく張り詰めた。会場全体の空気が冷たくなり、本能的な危険を感じた。たとえるなら、狩人が獲物を見定めたような感覚。会場の男たちが誰かの命を狙い、それを悟られまいと気配を隠した。
その狙われた誰かとは、
(あいつじゃないかしら……)
フィオナの視線は壇上に上がったアレックスに注がれている。会場中の男が殺気立ったのは、アレックスが紹介されたタイミングだ。彼が標的で間違いないが、理由は何か。キャビアを馬鹿食いしたから……、と考えたが、そんなバカな話あってたまるか。キャビアが理由なら気配を隠す必要がない。そのままつまらない怒りをぶつけ続ければいいじゃないか。
ではやはり陰謀……?
「俺はプロレスラーをやってて、これが入場衣装なんだ」
記者の心配をよそに、アレックスは張り切っていた。それもそのはず、彼にとっては大一番、新規ファンの獲得チャンスである。バックパックからライオンの毛皮を取り出してかぶり、あいさつ代わりのバク転をして見せた。
「おお、やるじゃねえか」「もっと面白いことをしろ」「イカした衣装だなあ」
男たちの反応はそれなりに良い。
アレックスはとっておきの芸を披露する。ジャグリングだ。使う道具はパーティー会場から調達したナイフとフォーク、それからラムチョップ。
アレックスはナイフ、フォーク、ラムチョップと順番に投げ上げ、受け止めてまた投げ上げる。結構上手いもので、ナイフとフォークは二つずつに、ラムチョップは一つ、2メートルの高さでリズムよく舞い踊っている。
しかし、男たちの反応はよくない。なんせやっていることはただの大道芸である。ライオンの毛皮をかぶっているからといって、その面白さには何の関わりもない。
くくく……、それでいいんだよ。
空気がしらけつつあるというのに、アレックスはにんまりと笑った。そして観客へ向かってラムチョップを高く投げ上げた。
「うわ、なんだよ」
観客たちは迷惑そうな声を上げ、ラムチョップの落下予測点を避けた。
アレックスは四足歩行で避けられた場所へ駆けていくと、ラムチョップが落ちてくるタイミングで飛び上がり、空中でラムチョップにかみついた。
かぶっている毛皮のおかげで、ライオンが獲物を捕らえたように見え、これはウケた。
「うおおおお、いいぞ」「ワハハハハ、よくこんなこと考えたな」
パーティー会場が沸き上がった。男たちがアレックスに拍手を送る。ショーは成功だ。アレックスはこの時をチャンスと見て、端に置いてあったバックパックからチラシを取り出した。
「さあみんな、これを受け取ってくれ。俺が所属するプロレス団体のチラシだ。試合やイベントの日程、レスラーたちのプロフィールが書いてある。きっと気に入るはずだ。もっと細かいことが知りたかったら、ホームページやSNSのアドレスも書いてあるから、そこを見てくれよな」
こう言ってチラシを差し出すと、皆、笑顔で受け取ってくれる。
「おう、こいつはいいな。今度試合を見に行くぜ」
「ライオン男の対戦相手はシマウマか? スプラッタは苦手だが大丈夫かな」
「このNWEという団体ではチャレンジャーを受け付けていないのか? こう見えて俺はボクシングをやっててな。今度相手をしてくれよ」
うひょお、大好評じゃないか。アレックスは確かな手ごたえに震えた。チラシをこんなに好意的に受け取ってもらえたのは初めてだった。街頭で配っていた時などは見向きもされなかったし、女の人には悲鳴をあげられ、子供には泣かれたこともある。
「よおよお、ウケてるじゃないか」
シーザーがぱちぱちと手をたたきながらやってきて、
「俺のボスも、いいアイデアだ、と感心していたぞ。お前と話したいそうだが、今、呼んできてもいいよな?」
アレックスがうなづくと、シーザーは彼のボスを呼びに行った。
夢見るレスラーの胸が高鳴っていた。彼のボスはかなりの大物に違いない。こんな大きなパーティーをする家を持っていて、赤いベンツを買うようなボーナスをポンと渡すことができる。どこか大きな会社の社長か、もしかしたら上院議員かもしれない。そんな人が自分のファンで、ぜひ応援したい、なんて言ってくれたらスター間違いなしだ。出会い頭にヘッドロックをかけたら喜んでくれるだろうか、いや、やめておこう。ああいうのはスターがやるから喜ばれる。俺がやるのはまだ早い。
「待たせたな。彼が俺のボス、オーフェンだ」
シーザーがボスを連れてきた。ビジネス用のさわやかスマイルを浮かべた男だった。仕立てのいいグレーのスーツを着て、優しげな瞳の奥に熱い情熱を隠している。
「あなたがシーザーのボスですか。俺はアレックスです。どうぞよろし……」
あれ、こいつの顔見たことある。っていうかオーフェンって名前にも聞き覚えがあるぞ。確かフィオナが……。
アレックスは手を差し出す途中で、固まった、というより凍り付いた。背筋にゾクゾクと悪寒が走る。オーフェンという男は、フィオナが『陰謀をたくらむ男』として警告していた男に間違いない。名前も顔も、スマートフォンで見せられたものとまったく同じ。
呼吸するのも瞬きするのも忘れて、アレックスの頭で考えが激しくめぐる。なんで都合よくこいつがここにいるんだ? フィオナの言っていた『陰謀』は本当だったのか? 神話パワーのために毛皮を奪おうとしているのか? だとしたらこの後俺は殺されるのか? シーザーはどうなんだ。彼は友達だ。利用されているだけなのか、それともオーフェンの手下なのか……。
「どうしたのですかアレックスさん。私と握手するのは嫌ですかな?」
オーフェンに声をかけられ、アレックスは現実に戻る。
「ああ、いえ、とんでもないです。ただ、今、ラムチョップでジャグリングをしていたんで手が油だらけなんですよ。そんなんで握手するのはちっとまずいかな、と思って。ちょっとトイレで手を洗ってきますね」
アレックスは混乱していた。何が何だか分からなくなった。このままオーフェンの顔を見ていられず、言い訳をして逃げるようにトイレへ駆けだした。言い訳は我ながらうまくできていたのではないかと思う。
「トイレから戻られたら、お話がしたい。今あなたがかぶっている毛皮についてです」
オーフェンがアレックスの背中に言った。
しかし後部座席では、フィオナがきょろきょろと車内を警戒していた。
乗せられた来たパーティー会場は圧巻の豪邸だ。アレックスはニューヨークの郊外に宮殿があるのかと錯覚してしまった。
「なんだこりゃ。シーザー、あんた、車だけじゃなくて家もすごいんだな」
アレックスは尊敬のまなざしをシーザーに送る。ベンツに豪邸パーティー、これが夢を手にしたものの姿なのだと思うと、筋肉が震える。
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「なに言ってんだよ、借してもらえるだけでもスゲーって。じゃあ、とりあえず一枚」
アレックスがスマートフォンを取り出すと、手首をつかまれる。一体どういうことなのだろうか、驚くほどの力が込められており、手首が痛むほどだった。
「ボスの別荘だからそれはだめだ」
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「だめだ」
「そうか。わかったよ」
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これは撮影をあきらめるほかない。アレックスの胸が改めて無念でいっぱいになった。すでに大勢が集まっていたパーティー会場が絢爛豪華で、SNSにアップロードできれば大評判間違いなしだったからだ。
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「みんな、今日は俺のために集まってくれてありがとう。俺が昇進できたのは、持ち前のガッツとラッキーのおかげだ。それをおまえらにも分けてやろう。乾杯!」
シーザーがあいさつをすると、乾杯、という野太い声がパーティー会場に響いた。
宴の始まりだ。出席者はどういうわけかごつい男ばかりが20人程である。そこかしこで馬鹿笑いする声が上がり、酒も食べ物も目を疑う勢いで減っていく。
アレックスもその輪に加わった。その場の誰よりも猛烈な勢いで次々に料理を平らげていく。丸焼きのチキン、ローストビーフ、ラムチョップ……、どれもうまい。次は一休みの意味でポテトを食べよう。
「あんた、よく食べるわねえ。しかも肉ばっかり。毒でも入ってるんじゃないかって警戒していた私が馬鹿みたいだわ」
フィオナがため息をついた。
「警戒って、お前まだ陰謀とか思ってたのか。いい加減にしろよ」
「そうねえ……、今日はただの様子見なのかも。私も何か食べようかしら」
オカルト記者の目も曇っていたのだろうか。彼女はがっくりと肩を落としてテーブルに向かう。
それを見てアレックスは眉をひそめた。フィオナの手にした料理が奇妙だったからだ。小さくて黒い、たくさんの球体を食べている。クラッカーの上に乗せられていて、サワークリームとサーモンも添えてあり、好みでレモンも絞るらしい。高価なものなのか、その料理がのせられたテーブルは花にろうそくにと、飾り付けに気合が入っている。
「おまえ変なもの食べるんだなあ。他に肉がたくさんあるんだから、それを食べればいいのに。そんなだから体が細いんだよ」
黒い球体料理を食べてご満悦のフィオナに、アレックスが言った。
「変なものって……、あんたキャビアを知らないの?」
「あん? お前こそ肉の栄養価を知らないのかよ。タンパク質だぞ。筋肉のもとになるんだ」
「……そうね、キャビアの栄養素がどうかなんて知らない。あんたみたいな強い男には似合わない料理かもしれない。けど、すごくおいしいから食べてみなさいよ」
フィオナは憐れみとやさしさの混じった視線でたくましい肉体を見つめる。次に慈愛の笑みを浮かべ、諭すように言った。
「いいよ、やめとく。レスラーは食べ物にもこだわるんだ」
「いいから、ほら」
フィオナがアレックスの口にキャビアを放り込むと、アレックスは目を見開いた。
「うまいじゃないか。この黒い小さい球体、ちびでしかも見てくれは悪いのに。食い物は見た目によらないんだな」
「黒い球体、じゃなくて、キャビアよ。きゃ、び、あ。今度パーティーで見つけたら必ず食べるのよ」
オーケーオーケー、と言ってアレックスはキャビアを次々口に放り込む。フィオナはほほえましくそれを見ていたが、周りの男たちは殺気立っていた。
「ようアレックス、パーティーは楽しんで……、予想以上に楽しんでくれてるみたいだな。ここいらでお前をみんなに紹介したいんだがどうだ?」
やってきたシーザーの問いに、もちろんオーケー、とアレックスは答える。
「皆聞いてくれ。こいつがさっき話していたアレックスだ。すげえクールなやつで、今からいい物を見せてくれるぜ」
シーザーがアレックスを紹介すると、にぎやかなパーティー会場が一瞬静まり、パーティーに出席している男たちから殺気が放たれた。
フィオナの背筋がぞくりと震える。すぐに会場は元の賑わいを取り戻したが、勘違いではない。一瞬、ほんの一瞬だが、会場は間違いなく張り詰めた。会場全体の空気が冷たくなり、本能的な危険を感じた。たとえるなら、狩人が獲物を見定めたような感覚。会場の男たちが誰かの命を狙い、それを悟られまいと気配を隠した。
その狙われた誰かとは、
(あいつじゃないかしら……)
フィオナの視線は壇上に上がったアレックスに注がれている。会場中の男が殺気立ったのは、アレックスが紹介されたタイミングだ。彼が標的で間違いないが、理由は何か。キャビアを馬鹿食いしたから……、と考えたが、そんなバカな話あってたまるか。キャビアが理由なら気配を隠す必要がない。そのままつまらない怒りをぶつけ続ければいいじゃないか。
ではやはり陰謀……?
「俺はプロレスラーをやってて、これが入場衣装なんだ」
記者の心配をよそに、アレックスは張り切っていた。それもそのはず、彼にとっては大一番、新規ファンの獲得チャンスである。バックパックからライオンの毛皮を取り出してかぶり、あいさつ代わりのバク転をして見せた。
「おお、やるじゃねえか」「もっと面白いことをしろ」「イカした衣装だなあ」
男たちの反応はそれなりに良い。
アレックスはとっておきの芸を披露する。ジャグリングだ。使う道具はパーティー会場から調達したナイフとフォーク、それからラムチョップ。
アレックスはナイフ、フォーク、ラムチョップと順番に投げ上げ、受け止めてまた投げ上げる。結構上手いもので、ナイフとフォークは二つずつに、ラムチョップは一つ、2メートルの高さでリズムよく舞い踊っている。
しかし、男たちの反応はよくない。なんせやっていることはただの大道芸である。ライオンの毛皮をかぶっているからといって、その面白さには何の関わりもない。
くくく……、それでいいんだよ。
空気がしらけつつあるというのに、アレックスはにんまりと笑った。そして観客へ向かってラムチョップを高く投げ上げた。
「うわ、なんだよ」
観客たちは迷惑そうな声を上げ、ラムチョップの落下予測点を避けた。
アレックスは四足歩行で避けられた場所へ駆けていくと、ラムチョップが落ちてくるタイミングで飛び上がり、空中でラムチョップにかみついた。
かぶっている毛皮のおかげで、ライオンが獲物を捕らえたように見え、これはウケた。
「うおおおお、いいぞ」「ワハハハハ、よくこんなこと考えたな」
パーティー会場が沸き上がった。男たちがアレックスに拍手を送る。ショーは成功だ。アレックスはこの時をチャンスと見て、端に置いてあったバックパックからチラシを取り出した。
「さあみんな、これを受け取ってくれ。俺が所属するプロレス団体のチラシだ。試合やイベントの日程、レスラーたちのプロフィールが書いてある。きっと気に入るはずだ。もっと細かいことが知りたかったら、ホームページやSNSのアドレスも書いてあるから、そこを見てくれよな」
こう言ってチラシを差し出すと、皆、笑顔で受け取ってくれる。
「おう、こいつはいいな。今度試合を見に行くぜ」
「ライオン男の対戦相手はシマウマか? スプラッタは苦手だが大丈夫かな」
「このNWEという団体ではチャレンジャーを受け付けていないのか? こう見えて俺はボクシングをやっててな。今度相手をしてくれよ」
うひょお、大好評じゃないか。アレックスは確かな手ごたえに震えた。チラシをこんなに好意的に受け取ってもらえたのは初めてだった。街頭で配っていた時などは見向きもされなかったし、女の人には悲鳴をあげられ、子供には泣かれたこともある。
「よおよお、ウケてるじゃないか」
シーザーがぱちぱちと手をたたきながらやってきて、
「俺のボスも、いいアイデアだ、と感心していたぞ。お前と話したいそうだが、今、呼んできてもいいよな?」
アレックスがうなづくと、シーザーは彼のボスを呼びに行った。
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「待たせたな。彼が俺のボス、オーフェンだ」
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あれ、こいつの顔見たことある。っていうかオーフェンって名前にも聞き覚えがあるぞ。確かフィオナが……。
アレックスは手を差し出す途中で、固まった、というより凍り付いた。背筋にゾクゾクと悪寒が走る。オーフェンという男は、フィオナが『陰謀をたくらむ男』として警告していた男に間違いない。名前も顔も、スマートフォンで見せられたものとまったく同じ。
呼吸するのも瞬きするのも忘れて、アレックスの頭で考えが激しくめぐる。なんで都合よくこいつがここにいるんだ? フィオナの言っていた『陰謀』は本当だったのか? 神話パワーのために毛皮を奪おうとしているのか? だとしたらこの後俺は殺されるのか? シーザーはどうなんだ。彼は友達だ。利用されているだけなのか、それともオーフェンの手下なのか……。
「どうしたのですかアレックスさん。私と握手するのは嫌ですかな?」
オーフェンに声をかけられ、アレックスは現実に戻る。
「ああ、いえ、とんでもないです。ただ、今、ラムチョップでジャグリングをしていたんで手が油だらけなんですよ。そんなんで握手するのはちっとまずいかな、と思って。ちょっとトイレで手を洗ってきますね」
アレックスは混乱していた。何が何だか分からなくなった。このままオーフェンの顔を見ていられず、言い訳をして逃げるようにトイレへ駆けだした。言い訳は我ながらうまくできていたのではないかと思う。
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