真っ白のバンドスコア

夏木

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42 / 76
Track4 2つのバンド

Song.40 そっくりな男

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「おーい、キョウちゃん。帰るぞー」
「んあ……」

 ぐらぐらと体を揺さぶられて目を開ける。俺の名前を呼ぶ方へ顔を向ければ、大輝が眉を下げて心配そうな顔をしていた。

「あ、わりぃ。寝てたわ」
「キョウちゃんいっつも眠そうだもんな。倒れた訳じゃなくて安心したぜ!」
「倒れちゃぁねえけど、頭が痛かったな。でも寝たら治った」

 寝たおかげか、頭痛は治まっている。どれだけ寝ていたのかと壁の時計を見れば、多分二十分も経ってない。同時に何がどこまで終わったのか確認するように周囲を見ると、園島の姿だけががない。さすがに有名人なだけあってサボった仕事にでも向かったのか、もう帰ったのだろう。
 女子たちは自分たちの楽器を片付け終えて、ステージ衣装のままバレーをして遊んでいるから、暇なのだろう。
 俺が座っていた近くのものは全て片づけられていて、俺の私物であるベースとエフェクターだけが残されていた。

「あら、起きた? お疲れなのねん。お姉さんがおうちまで送ってあげましょうか?」
「どこにお姉さんがいるんです? 化け物しか見えないんですけど」
「んもう。失礼しちゃうんだから! でもまぁ、それだけ言える元気があれば大丈夫ね」

 相変わらずなテンションのアズミさんに、ふざけながら言えば、ぷりぷりしながら離れて行った。だけど、大輝はまだ俺を見てはきょとんとしている。

「なんだよ? 俺の顔に何か付いてる?」
「いや、何にもないけどさ。こう……キョウちゃんがすげーヘコんでたからどうしよっかなーって思ってたんだよね」
「は? まじかよ」
「うん。まじまじ。この世の終わりみたいな顔してたって」

 さすがだった。相変わらず大輝は人のことをよく見ている。
 文化祭のときみたいにぶっ倒れれば、体調が悪かったっていうのがばれるけど、倒れる前に気づかれているなんて。思わず変な声が出た。

「はっ、確かに終わりだって思ってたけどさ。でも俺だけじゃねぇだろ、ヘコんでるのは……」

 そう言いながら振り向いた先には悠真。ライブのソロでのミスにヘコんで――……

「……ない?」
「何言ってんの、キョウちゃん?」
「いやいやいやいや。ライブで悠真がめちゃくちゃヘコんでいたのに、何であんな平常になってんだ? 別人か? 錯覚か?」

 ライブ中のひどく暗い様子からがらりと変わって、瑞樹と笑いながら片付けをしている悠真がいる。落ち込んだ顔なんてしてないし、むしろすがすがしい顔だ。
 俺が寝ている間に一体何があったんだ? 訳わかんねえ。

「……何さ? 僕に用でも?」

 悠真と目が合った。
 そうしたら少しムスッとした顔で、俺の方に歩いてくる。

「何って、悠真の方が何があったって感じなんだけど?」
「何が?」
「いや、ほら。すげぇヘコんでると思ってたから」
「なんだ、そのこと? それならもう、問題ないよ。そもそもミスしたのは大嫌いなのを見ちゃったからで、あいつがいなければ僕は別に――」

 悠真がいつもの顔でサラリと言っているとき、その後ろに見知らぬ男が近寄ってきた。自分の口元に人差し指を立てながらくる姿は、何も言うな、そういう意味だろう。
 忍び足で近づく男に悠真は気づいていない。そしてついに悠真のすぐ後ろに立った。

「大嫌いなのって、もしかして? もしかすると? 俺のことだったりする?」
「はっ!? な、何で……」
「あっ! お久しぶりでっす!」

 悠真の肩に手を回し、ニヤニヤしながら悠真の顔を近くで覗き込む男。
 俺らと大して歳は変わらなさそう……というか、悠真とそっくりだ。違いと言えば、眼鏡がないところと髪をかき上げているところ。それと表情だろうか。悠真よりも悪だくみしてそうで、人を馬鹿にしてきそうだ。
 そんな不気味な男を見た悠真が驚いて目をカッと見開いている。驚きのあまり黙ってしまった悠真に代わって、大輝が元気よく挨拶をすれば、男がひらひらと手を振ってそれに応えたから、大輝の知り合いなのだろう。

「もう寂しいなぁ。せっかく晴れ舞台を見に来たのに」
「は? 何で、さっき帰ったはずじゃ……?」
「そんなに早く帰らないってば。一緒に帰ろうよ、ねえ?」
「一人で帰ればいいでしょ! 僕に近寄らないで。触らないで。同じ空気を吸わないで」

 悠真がケタケタ笑う男の手を払いのける。しかし、男はその手をグッとつかみ、強く引いた。
 バランスを崩した悠真だったが、転ぶほどではなく、足で自分を支えた。でもその顔は青ざめている。

「そんなつれないことを言わないでよ、負け犬ちゃん」
「……っ! うるさい!」

 手を振り払おうとするが、男の手は離れない。それどころかまた、悠真の肩に手を回している。
 あまりにも近い距離感。そっくりな顔が並んで頭が少し混乱してきた。状況把握のためにも、恐る恐る聞いてみる。

「……ええーっと。誰?」
「おっと、自己紹介してなかった。ごめんよ。俺は悠真《これ》のお兄さん。御堂《みどう》奏真《そうま》でーす。うちの負け犬がずいぶんお世話になってるようで。どうも」

 兄弟か。道理で顔が悠真と似て顔立ちがいい。
 大輝の話によれば、悠真が昔から比較され続けた相手であり、苦手な人。なんでもできてしまうタイプの人。でも、確か東京の方に住んでいるんじゃなかっただろうか?

「ソーマ兄ちゃん、学校は?」
「今日は開校記念日で、久しぶりの土曜休みだったんだよね。、予定がなかったから来たんだよ。弟の晴れ舞台があるって聞いてね」
「へぇー。あれ? でもこの前も開校記念日って言ってなかっだっ……!」
「うーん。この口が随分お喋りみたいだなぁ。縫って塞いでおこうか。えっと針と糸はっと……」
「ふぁい。ひゅいまふぇんへした」

 悠真の兄貴は大輝の口をつねって無理やり黙らせた。

「まさか負け犬ちゃんがバンドを始めたなんてねー。しかももうやらないって言っていたキーボード。ピアノのコンクールでも俺に勝てたことなかったのに、また音楽と向き合ってるなんて俺びっくりだよ。だけど、俺と目が合ったらミスしちゃったよね? そんなに俺のこと好きだからか? もう、お兄ちゃんは照れるなぁ」
「そんな訳ないでしょ。気持ち悪い。早く帰って」
「つれないなー。愛しのお兄ちゃんだぞ? しばらく会ってなかったんだし、本当は会いたかっただろ?」
「気持ち悪い」
「ちょ、まっ」

 悠真は今まで以上に嫌悪感を顔に出し、兄から猛スピードで走って逃げ去った。残った俺と大輝で、この人をどうしろというのか。

「あーあ、今日も逃げられちゃったかー。残念」
「ソーマ兄ちゃんの気持ちは一方通行だよな! いつも通りで」
「一方通行? そんなことないよ。俺は弟の愛情を全身で受け止めているつもりだし。悠真は照れ屋なんだよ。だって、俺がやってたことを真似して音楽始めてるし? まあピアノは最近俺はやってないけどね」
「そーなの? ソーマ兄ちゃんは、最近なにやってんの?」
「うーん……秘密。あとでわかるよ」
「なにそれー」
「悠真にもまだ言ってないからね。びっくりさせたいんだよ、俺は。どんな顔をするか楽しみだなぁ」

 二人の会話を聞いていると、何だかこの人はとんだ思い込みが激しい兄らしい。
 悠真は兄が嫌い。だけど、兄はその逆で、俗にいうブラコンなようだ。弟の前では罵倒する言葉を向けていても、いなくなった途端に甘くなる。
 兄弟がいない俺にはわからないけど、リアルにいるとは。

「本人がいないところでべた褒めするあたり、ソーマ兄ちゃんとキョウちゃんってなんか似てるよな」
「「似てない」」
「ほら、そっくり。キョウちゃんもみっちゃんをめちゃくちゃ褒めるもんな」
「うるせぇよ。瑞樹はうめぇんだよ」
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