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第一章

第十三部分

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次の日曜日、秋葉原の五階建雑居ビルの前に凪河は立っていた。全フロアがメイド喫茶である。面接に行くということで、凪河は正装である紺色の制服を着ている。
「この方が隠れやすいのかしら。会場は、最上階にあるわね。メイドカフェスケルトンというお店ね。いかにもって感じだわ。」
凪河が五階に上がると、客がいるような雰囲気は皆無であった。
メイド喫茶に来ようとする客は、露出が大きいところを敬遠する。
このメイド喫茶の入口には、透明なスカートを穿いたメイドが恥ずかしそうにスカートを押さえているポスターが貼られている。大抵の客は、このポスターを見ると風俗店と思ってしまい、尻込みして逃げ出す。これが事実上の客避け札になっているのである。
古びたドアノブを捻ると、『お帰りなさいませ、ご主人様!』というお決まりのフレーズはなし。テーブルと椅子は一組で、イベント用の小ステージもなく、客を歓迎するようなムードは微塵も感じられない。
十畳ほどの狭いスペースの奥に横長の机とパイプ椅子が一脚、そして机の反対側にもう一脚並んでいる。部屋の奥の右手に別の部屋のドアがあるのが見える。
凪河が店内を見渡していると、右の部屋から人影が現れた。ガタンガタンと耳障りな音を立てて、歩いて来る姿は操り人形のようにアンバランスで不規則である。 
小柄な人影はそのままパイプ椅子に座った。
「何これ?からくり人形かしら。」
赤くまっすぐな長い髪の人形は、黒地に深紅の縞模様の和服を着ている。口や鼻は人形そのものであるが、目は異様なほどに生き生きとしている。
人形は椅子にカタンと音を立てて座った。人形は突っ立ったままの凪河を見ると、目を細めて、口をカチカチと動かした。そして、カッと目を見開いた。
「ワシは、スケパンデカ採用担当じゃ。そなたが猫柳凪河であるか。」
「に、人形が喋った!?奇妙な動きしてるし、見るからにお化けの人形だわ。こ、こわい!」
血相を変えて、入口の方に走り出す凪河。
「ちょっと待て!」
「待たないわよ。ここはお化け屋敷だったのね。アタシ、もう帰る!」
「まあ、待て。ワシは魔法で、自分の意思をこの人形に投影しているだけじゃ。実体は別のところにあるから心配無用じゃ。」
「ほ、ほんと?化け物じゃないのね?」
「相違ない。まあ、そこに座れ。」
凪河は面接を受ける側のパイプ椅子に腰掛けた。向かい側には人形が座っている。
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