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1.お見合いからの新生活

05.お手伝いさん

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 言われた通り、リビングで休もうと一階に下りる。

 家具は普通。ダイニングに移るとアイランドキッチン回りは片付いているけれど、かなり使い込まれている。

 インスタントコーヒーでも飲もうかと探すが見つからずコーヒーバリスタ機しか見あたらなかった。

 食器たなからコップを取り出しコーヒーを淹れる。

 それを飲みながら、冷蔵庫を開けたり、食器棚の棚を見たり、ひとりをいいことに家探やさがしした。

 だって落ち着かないし、ひまなんだもん。おっと、マッマにマキナさんが向かったと電話しとかなきゃ。

 何くれと生活感のうすい家だ。多分、ねむりに帰ってくるだけなのかも知れない。


 そうこうしてる内、勝手口から物音がして扉が開く音がする。

 マキナさんが言ってた人かな? 隠れる必要はないと思うけどドアわくからのぞき見る。

 エプロンをした四十代くらいの女性がクーラーバッグを抱えて、こちらに向かってくる。

 すかさずシンクの辺りまで下がって、待ち受ける。

「こ、こんにちは」

 一応、先に挨拶あいさつしておこう。

「びっくりした。あなたは?」

 掛けた声に驚いて、おそらく家政婦さん(仮)が問うてくる。

「はじめまして、蒼屋あおやキョウと申します。おどろかせてスミマセン。喜多村きたむらマキナさんと婚約こんやくして急遽きゅうきょ新居しんきょにお邪魔おじゃますることになりました」

 上から下へとボクを流し見てくる彼女に、婚約のことなど家に訪れた経緯いきさつを話した。

「はあ、それはそれは。そうですか。マキナさんもやっと……」

「あ、はい。今出掛でかけていますが、じきに帰ってくると思います。ボク──私の荷物を取りに行ってます」

「荷物……ですか? 私は今から食事の準備をしますからリビングでくつろいでいてください」

 シンクの調理台ワークトップにクーラーバッグを置きながら彼女はリビングで寛いでいるようすすめてくる。

「ありがとうございます。でも準備は手伝わせてください。退屈たいくつなので」

 普段ふだんマキナさんがどんな物を食べてるのか知りたいし、料理の仕方を習いたいし、何よりひまなのでお願いしてみた。

 ちょうど料理の修業しゅぎょうをしなきゃと思っていたので好都合こうつごうだ。

「そんな気をつかわれなくてもいいのですよ」

「いえ、本当にすることが無くて暇ですから」

 正直に話すと、家政婦かせいふさん──赤井さんは折れて料理の準備の手伝いを了承してくれた。

 赤井さんか……よく知ってる人に似てる。名字も同じだし親族かも知れないな。

「今夜は何を作るんですか?」

「そうですね……」

 赤井さんは少し考えたあと、予定を変えて豚《ぶた》肉のショウガ焼き、とりじゃが、キュウリの酢の物にしようかと思う、と言った。

「では、人参にんじんの皮むきをしてらん切りしてもらえる? 私はジャガイモをやっつけるから」

「はい」

 流しであらってから人参をピーラーでいていく。赤井さんは玉ねぎをき始める。

 ボクは人参を一口大の半分くらいに乱切りしていく。赤井さんは、おしりを切り落とした玉ねぎを半分に切ってななめ切りしていく。

 切れた人参を密閉みっぺいバッグに入れて、砂糖さとうとミリンを少し入れてんだあと、きぬさやのすじ取りを指示される。

 赤井さんは次にジャガイモを洗い、ピーラーをかけていく。

 ザルでジャガイモをシェイクしていると扉の開く音がする。玄関の方かな?

「マキナさんが帰ってきたみたい。迎えに行ってください」

 赤井さんにそう言われダイニングを出ると、ふくらんだバッグを二つかかえてマキナさんが家に入ってきたところだった。

「お帰りなさい」

「え? ああ、ただいま」

 はにかんで答えるマキナさんに、こちらも気恥きはずかしくなった。

 帰宅したら「お帰り」しかないんだけど、言ったことで少し気まずくなったのは何でだろう。

「お帰りなさい、おじょうさん」

 赤井さんもダイニングから顔を覗《のぞ》かせて迎える。

「お嬢さんはやめてください、赤井さん。そんな年じゃない」

「そうですか。これからは旦那だんな様と呼んだ方が──」

「それは、もっとイヤです」

 赤井さんとは冗談じょうだんを言える間柄あいだがらなんだと、ほっこりする。付き合いが長いので、そこは仕方ないか。

 そのうち、気安く話せる日が来るようにしなきゃね。
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