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Chapter26(東京バトル編)
Chapter26-⑥【陽炎】
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そう言われて、ここが個室だと気付く。
タケルでなければ払えない筈だ。
「とりあえずユーキが元気になるまで、借りておけよ。
キョウヘイも金がある訳じゃないだろ。
俺も出すから心配するな。」
タケルだったら、多少甘えても大丈夫だろう。
それより気になる事がある。
「タケルは一人だった?」
マンションにいた男の顔が浮かぶ。
「一人だったよ。
ただ俺が着いたら、約束があると言って、慌てて帰って行ったけど。」
キョウヘイはユーキの手を握ったままだ。
「そっか…。」慌てて帰った理由に察しが付く。
部屋にいた男と待ち合わせをしていたのだ。
早とちりであって欲しいという願いは無残にも砕け散った。
スマホのバイブが着信を知らせる。
ディスプレイを見ると、タケルの文字が点滅していた。
それを無視して、ポケットに仕舞う。
タケルはきっとここに来るだろう。
別にタケルを責める気はない。
しかし顔を見たら、言わなくていい事まで言ってしまいそうだ。
それは避けたい。
「キョウヘイはこれからどうするんだ?」
帰り支度をして、声を掛ける。
「ユーキはヤマトさんの家に、居候してたんだよね?
代わりに俺が行ってもいいかな?
独りじゃ、心細くて…。」
怯える素振りで、キョウヘイが訴えた。
「それは構わないよ。
一緒の方が心強いしな。
こう見えても、料理出来るんだぜ。」
極めて明るく言う。
自分の所為で、周りの人が次々に不幸になっていく。
『連続する悲しみをここで断ち切るんだ。』
独りで決着を付ける決心をした。
「じゃ、寄るところがあるから、先に行くよ。」
合い鍵を渡すと、病室を出る。
スマホの着信履歴にはタケルの名前が連なっていた。
メッセージを聞かずに消去する。
病院前の公園で、三浦に電話を掛けた。
しかし圏外を伝えるアナウンスが流れるだけだ。
三浦の仕事場に向かう。
部屋の前で、唖然とする。
『変質者は出て行け!
犯罪者はここには住むな!』
ドアにマジックで書いてあった。
呼び鈴を押すが、返事はない。
考えあぐねた結果、藤沢に向かう事にした。
小田急線に乗り、目を閉じる。
仕事場があの調子では、藤沢にいるとも思えない。
ただ、じっとしていられなかった。
何か手掛かりが欲しい。
『こんな時、タケルならどうするだろう?』
思い悩むが、答えは出ない。
いつしか眠ってしまった。
微かな記憶を頼りに、三浦のマンションを目指す。
夕方だというのに、陽射しは一向に弱まる気配はない。
昼と夕方の蝉が共演している。
坂の上に続く住宅が、陽炎で揺れた。
マンションはオートロックで、玄関まで行く事が出来ない。
確か四階だったと思うが、記憶に残る部屋番号に自信がない。
郵便受けを見に行くと、405号室の受け口に大量の新聞が刺さっている。
記憶の405と一致した。
ただこの分では、在宅を望むのは難しい。
案の定、部屋番号を押しても、反応はない。
何度か押してみるが、無反応に変わりはなかった。
仕方なく、駅に戻る。
見覚えのあるビルが見えた。
エレベーターに乗り、五階のボタンを押す。
店に入ると、マサフミがカウンターでうたた寝をしていた。
「よっ!」耳元で大声を出す。
「うわっ!い、いらっしゃい!」
マサフミが飛び上がって、挨拶する。
「なんだヤマトか!
電動バイブが欲しくなったか?」
どす黒い顔が綻ぶ。
「今はそんな気分じゃないんだ。
今、平気?」回りを気にする。
「ああ、平気さ。誰もいねぇよ。
海で焼けばタダだから、この時期は食い上げだ。」
自嘲気味に笑う。
「実は三浦のことなんだけど。」
本題を切り出す。
「ああ、あいつか。
裏であんな悪さしてるとは、全く気付かなかったぜ。
仲間をユスルなんて、とんでもねぇ奴だ。
その三浦がどうかしたのか?」
マサフミが語尾を高める。
「実は…。」三浦に怨まれ、大事な友達が襲われた事を話す。
「だからどうしても連絡取りたいんだ。
何か情報はないかな?」
藁にも縋る気持ちで聞く。
「ひでぇえ話だな。
事件以来、連絡は全く取ってないぜ。」
憤慨した顔に汗が浮かんでいた。
「そうか…。」これでは八方塞がりだ。
(つづく)
タケルでなければ払えない筈だ。
「とりあえずユーキが元気になるまで、借りておけよ。
キョウヘイも金がある訳じゃないだろ。
俺も出すから心配するな。」
タケルだったら、多少甘えても大丈夫だろう。
それより気になる事がある。
「タケルは一人だった?」
マンションにいた男の顔が浮かぶ。
「一人だったよ。
ただ俺が着いたら、約束があると言って、慌てて帰って行ったけど。」
キョウヘイはユーキの手を握ったままだ。
「そっか…。」慌てて帰った理由に察しが付く。
部屋にいた男と待ち合わせをしていたのだ。
早とちりであって欲しいという願いは無残にも砕け散った。
スマホのバイブが着信を知らせる。
ディスプレイを見ると、タケルの文字が点滅していた。
それを無視して、ポケットに仕舞う。
タケルはきっとここに来るだろう。
別にタケルを責める気はない。
しかし顔を見たら、言わなくていい事まで言ってしまいそうだ。
それは避けたい。
「キョウヘイはこれからどうするんだ?」
帰り支度をして、声を掛ける。
「ユーキはヤマトさんの家に、居候してたんだよね?
代わりに俺が行ってもいいかな?
独りじゃ、心細くて…。」
怯える素振りで、キョウヘイが訴えた。
「それは構わないよ。
一緒の方が心強いしな。
こう見えても、料理出来るんだぜ。」
極めて明るく言う。
自分の所為で、周りの人が次々に不幸になっていく。
『連続する悲しみをここで断ち切るんだ。』
独りで決着を付ける決心をした。
「じゃ、寄るところがあるから、先に行くよ。」
合い鍵を渡すと、病室を出る。
スマホの着信履歴にはタケルの名前が連なっていた。
メッセージを聞かずに消去する。
病院前の公園で、三浦に電話を掛けた。
しかし圏外を伝えるアナウンスが流れるだけだ。
三浦の仕事場に向かう。
部屋の前で、唖然とする。
『変質者は出て行け!
犯罪者はここには住むな!』
ドアにマジックで書いてあった。
呼び鈴を押すが、返事はない。
考えあぐねた結果、藤沢に向かう事にした。
小田急線に乗り、目を閉じる。
仕事場があの調子では、藤沢にいるとも思えない。
ただ、じっとしていられなかった。
何か手掛かりが欲しい。
『こんな時、タケルならどうするだろう?』
思い悩むが、答えは出ない。
いつしか眠ってしまった。
微かな記憶を頼りに、三浦のマンションを目指す。
夕方だというのに、陽射しは一向に弱まる気配はない。
昼と夕方の蝉が共演している。
坂の上に続く住宅が、陽炎で揺れた。
マンションはオートロックで、玄関まで行く事が出来ない。
確か四階だったと思うが、記憶に残る部屋番号に自信がない。
郵便受けを見に行くと、405号室の受け口に大量の新聞が刺さっている。
記憶の405と一致した。
ただこの分では、在宅を望むのは難しい。
案の定、部屋番号を押しても、反応はない。
何度か押してみるが、無反応に変わりはなかった。
仕方なく、駅に戻る。
見覚えのあるビルが見えた。
エレベーターに乗り、五階のボタンを押す。
店に入ると、マサフミがカウンターでうたた寝をしていた。
「よっ!」耳元で大声を出す。
「うわっ!い、いらっしゃい!」
マサフミが飛び上がって、挨拶する。
「なんだヤマトか!
電動バイブが欲しくなったか?」
どす黒い顔が綻ぶ。
「今はそんな気分じゃないんだ。
今、平気?」回りを気にする。
「ああ、平気さ。誰もいねぇよ。
海で焼けばタダだから、この時期は食い上げだ。」
自嘲気味に笑う。
「実は三浦のことなんだけど。」
本題を切り出す。
「ああ、あいつか。
裏であんな悪さしてるとは、全く気付かなかったぜ。
仲間をユスルなんて、とんでもねぇ奴だ。
その三浦がどうかしたのか?」
マサフミが語尾を高める。
「実は…。」三浦に怨まれ、大事な友達が襲われた事を話す。
「だからどうしても連絡取りたいんだ。
何か情報はないかな?」
藁にも縋る気持ちで聞く。
「ひでぇえ話だな。
事件以来、連絡は全く取ってないぜ。」
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