花嫁と貧乏貴族

ことぶき

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堕天使の羽

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王宮がある都……それは、頂点に君臨する王族、高貴な血筋の上流貴族と中級下級貴族、そして、平民である一般人、更には訳ありで素性のわからない流れ者や貧民が完全に棲み分けされた大都市である。

モモはそんな都の貧民窟の最底辺の売春宿で私生児として生まれ、母親が男と駆け落ちしてからは売春宿を追い出され、浮浪児として生きていた。

物乞い、盗み、追い剥ぎ、恐喝、売春行為などの悪事を11歳までにコンプリートしていたモモだが、教育を全く受けずに育ったのにずば抜けて賢く、地獄のような貧民窟をしたたかに生き延びていた。

慈善活動をしていた聖職者の金品をパクり、転売する常習犯だったモモは黒髪で幼いのに色気がある美少年なこともあり、変態聖職者を誘って、エロ行為すると見せかけて刃物で脅かし金品を奪うという犯罪が得意で貧民窟の人々からも「堕天使」と呼ばれ、立派な少年犯罪者としてブイブイ言わせていたのだ。

最底辺に生まれ堕ちたモモは誰かを騙しても、裏切っても罪悪感がわかず、自分が生き残るためなら犯罪してもOKくらいの荒んだ生活をしていた。

そんなモモが11歳を迎えてすぐに貧民窟に奇妙な若者がやって来た。

若者は美しい金髪が艶々していて、変装しているが、明らかに金持ちの貴族だ。

「バカ貴族がノコノコ慈善活動に来たのか?変装が雑だし、身ぐるみ剥いで金品奪って殺して、水路にでも捨てるか」

11歳にして強盗殺人および死体遺棄を企てる恐ろしい子であるモモは物陰から護衛も連れずに歩いている高貴な男に狙いを定めた。

とりあえず、適当なタイミングで物乞いのふりして近づき、油断したところをグサリ!

そんな計画で尾行していたら突如、貴族らしき男が振り返った。

「可愛い坊や!先ほどから私を付けているがナンパか?ナンパ大歓迎だ!お金あげるから私と寝てくれ!」

少しヤバい感じの奴のようだが、お金くれるそうなのでモモは乗っかることにした。

だが、単に従順にしても面白くない。

「兄さん。そういう趣味か?なら、寝てやるよ」

「本当か!?私の名はミシェル!君は?」

「モモ。この辺の連れ込み宿でいいか?」

モモが隠し持っていたナイフを握りしめたとき、ミシェルとかいう若者は笑顔で言った。

「ナイフは物騒だから捨ててくれ。これから、君を屋敷まで連れていくから」

どうやら寝ると騙して殺そうとしていることはバレたようなのでモモは素直にナイフを地面に捨てた。

「これでいいか?ミシェル?」

「ああ。おいで。モモ。すぐにここから出るんだ」

妙に急かされて馬車に乗せられるとモモは実はもう1つ隠し持っていたナイフを確認して笑った。

「すごい馬車だな!そして、この紋章。ミシェル。お前はシルバー家の貴族か?」

「知ってたか。そうだよ。私はミシェル・アンリ・シルバー。シルバー家の嫡男だ。好きなものは末の弟と美少年。最初からモモを見つける目的で探していた」

大貴族シルバー家の嫡男だったかと流石のモモも驚いたが、ミシェルの口から衝撃的な言葉を聞かされた。

「堕天使が貧民窟で聖職者を食い物にしている。そんな噂を宮廷できいた。モモ。君が騙して金品を奪った聖職者はみんな高位の者ばかり。被害届が出て、貧民窟に捜索が入る寸前だった。捕まったらモモは間違いなく死罪だよ」

「ふーん。それじゃあ。あんたは捜索より早く俺を保護してくれたってこと?」

「そうだ。美しい少年が変態聖職者から金品奪ったくらいで死罪は間違っている!死罪にするなら私が夜伽相手にする!それが大貴族の力だ!」

助けてくれたのはいいが、こいつ正気じゃねーなとモモは察したのだ。

だが、こうも考えていた。

「こいつ…ちょろい。使える!」

お互いの利害関係がピッタリ一致したので、モモはシルバー家のミシェルに保護されて屋敷で暮らすことになる。

それから3年後……

モモは色々とあってミシェルの異母弟であるリンの嫁ぎ先ラン・ヤスミカ家領の近くの国境沿いの町にいる。

本来ならばリンが国境偵察するはずが、夫のユーリに恋して早々に任務放棄した関係でモモが偵察している。

「リン様でも恋をするとバカになるんだな」

シルバー家の息子では1番に賢かったリンは現在は夫ユーリに夢中で嫁として傍を離れない。

ユーリ・ラン・ヤスミカは朗らかで誠実で健康的な好青年だが、モモから言わせると面白味に欠けている。

「都にはいないタイプの貴族だけど、普通に優しい田舎貴族。18歳の童貞。畑を耕し爆弾作るのが特技の家督もない次男」

旦那にするには安心物件だが、モモとしてはそこまで魅力的には感じない。

劣悪マックスな環境が当たり前で育ったモモの考えでは人は裏切るものだ。

ミシェルだって、シルバー家だって、不要になれば自分を切り捨てる。

そうモモは疑い続けていた。

「俺は犯罪者で死罪寸前にミシェルに助けられた。その恩を全力で返すしか道がない」

ミシェルはモモを嫁だと言ったが、10年後も同じ立場かなんて分からない。

モモが少年から青年になってしまえば寵愛も冷める可能性が高い。

他人に依存する生き方なんて破滅への始まりだ。

「このまま、国外に逃亡するかな?そんで、元の生活に戻る」

犯罪を平気でやって、人を騙して、傷つける。

シルバー家の手駒になってミシェルの愛情が冷めないかビクビクする人生より楽かもしれない。

恩なんて充分に返した。

「俺が帰らなければリン様が自力で調査する。だから、国外に逃げよう」

そんなことを思った矢先にスレ違った町の若者たちの言葉をきいた。

「聞いたか?トマス司祭のこと!」

「知っている!殺された。教会の下働きが犯人だって!」

「孤児だろ!慈悲で司祭に拾われたのに恩知らず!」

「ああ!処刑は翌朝だ!観に行こうぜ!!」

若者たちが遠ざかるのを待ってリンはニヤリと口角をあげる。

「いい駒を見つけた」

トマス司祭は国境沿いの町の司祭を長年勤めている人格者という肩書きのスパイだ。

他国に情報を売買して私腹を肥やした裏切り者だとモモはシルバー家当主から連絡を受けている。

「そいつに買われた下働きを解放する。きっと情報を持ってるはずだ」

早速モモは下働きが投獄されている牢獄に潜入をしてみた。

しかし、肝心の下働きの少年は処刑を待たず、牢獄で服毒自殺である。

「クソ!処刑が怖くて死んだか!役立たず!」

情報源が死んでいたら意味がないと悟ったモモが足早に牢獄から退散しようとしたときだ。

死体がピクリと動いて瞳をあけた。

「ラン・ヤスミカ家の方ですね?僕はリズ。トマス司祭の住居に潜入してた者です」

先ほどまで死んでいた少年が喋っている。

モモは看守を昏倒させるとリズという囚人に尋ねた。

「お前は孤児じゃないな?トマス司祭のもとに送られたスパイか?」

「はい。孤児のふりをしてトマス司祭の住居に潜入して司祭のスパイ疑惑を調査してました」

「調査もなにも黒だろ?目的は暗殺じゃないか?」

モモの問いかけにリズという少年は微笑んで首を横にふった。

「司祭にスパイの可能性はゼロです。何年も潜入してましたが痕跡がない。僕のことも純粋に可愛がってくれた。それが災いして殺された」

「なんだよ?お前が殺してないなら誰が殺った?話せ」

「僕をここから助けてくれたら話しますよ」

信用ならない。

咄嗟にそう結論付けたモモは牢獄に侵入したことが発覚するのを恐れ、こう処理した。

「なら、秘密を抱えたまんま死ね。それか、自力で脱獄しろ!」

そのまんま、モモはリズに背を向けて牢獄から立ち去った。

翌朝未明、トマス司祭の下働きだったリズは絞首刑に処された。

首が吊られた状態のリズを群衆と見ながら、モモは不適に笑った。

「お前を生かすだけの価値はない。シルバー家の刺客にしてはバカを送ってきたな」

モモは知っている。

リズはミシェルが気まぐれで助けた都の没落貴族の子供でシルバー家の手先だ。

トマス司祭に近づき、都の情報を漏らして、ダブルスパイになりきっていた。

最終的にはトマス司祭を殺して、仮死状態を装って、モモをおびき寄せた。

モモの油断を誘って、殺害し、死体に偽装する算段だったのだろう。

吊るされているリズを見ながらモモはシルバー家の意図を察した。

「裏切ったら俺も吊るされる」

騙される方が悪いのだと納得して、モモは処刑場から離れて町を歩いた。

途中の道でモモは町の若者に耳打ちをした。

「リズは国外に逃がせ。そこで諜報活動をさせる」

「了解!でも、あんたも昨夜からどこで似たようなガキの身代わりを調達したんだ?」

若者の質問にモモは囁いた。

「ガキを売ってまでカネが欲しい奴がいる。それはどこの貧民窟でもおなじだ」

「なるほど。あんたは本当に怖いな。堕天使」

それだけ会話するとモモは素早く町から姿を消した。

ラン・ヤスミカ領地に入るとミシェルがソワソワとモモの帰りを待っていた。

「リズは国外に逃がしたんだね?」

「まーな。クソ司祭は死んだからチャラだ。リズにはカネを渡して逃げてもらった。町の若者とな」

「その先はどうなる?」

「さぁ……?死んだらそれまで」

モモはそれだけ言うとミシェルを抱きしめて呟いた。

「俺は少年のうちに死ぬ」

「モモ……。死に顔も美しいだろうね」

いつまでも傍で生きてくれと言わない。

決して安心させてくれないミシェルのことをモモは心底愛している。

こいつに見せる死に顔が綺麗だったら俺は幸せだ。

それ以上はなにも望まない気持ちになるなんて11歳の頃は想像していなかった。

end









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