花嫁と貧乏貴族

ことぶき

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シルバー家からのお手紙

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リンの異母兄のミシェルじゃない方くらいの立ち位置だったエドガーが唐突にラン・ヤスミカ家の領内にやって来て、水路で自殺未遂して大騒ぎをしたのでリンとラブラブで平穏に暮らしていたユーリ・ラン・ヤスミカの新婚生活から平穏が消えた。

ユーリとリンが主人である別邸で静養しているエドガーは登場したときのヤバさはおさまったように見えるが油断ならない。

「ユーリ殿。エドガーは普段は澄まして常識人を装っているがプラチナ級の変態仮面だ。情緒が安定してきても油断はできない」

シルバー家のプラチナ変態仮面筆頭のようなミシェルが真剣な顔で忠告するのが余計ことの重大さを物語っている。

しかし、考えてみればミシェルが常識と逸脱してると判断される要素は美少年大好き野郎なことくらいだ。

末の弟のリンは腹違いで年齢が離れていることもあり溺愛はしているがリンは既にユーリの嫁なので心配はするが過干渉な真似はしない。

愛人である美少年たちに対しても主君というより保護者のように世話をして慈しむ。

モモの尻に敷かれて喜んでるなど変態仮面な顔もあるが心が広くて基本的に博愛主義者だ。

つまり、極端に変態な面はあるが、変態さを隠さないので安心できるプラチナ変態仮面である。

「ミシェルの場合は変態でも周りがミシェルだからで笑って済ましてくれる得な性分です。元妻とは破綻したが、あれでも宮廷の貴族連中には人気があったんですよ」

ミシェルの筆頭愛人でシルバー家当主からも賢いと認められているモモの分析を聞いてユーリは「なるほど」と納得した。

大貴族の嫡男で王家の血筋をひいているミシェルだが尊大な態度はとらないし、自分を受け入れてくれたラン・ヤスミカ家に感謝と敬意を持っているのはわかる。

鷹揚な性格はシルバー家当主正妻でミシェルの生母であるローズ夫人からの遺伝ではないかとモモは付け加えた。

「ローズ夫人は聡明で優しくて…なによりお心が広い女性です。しかし、明確に許せないものには怒る性格もミシェルと似てますよ」

「明確に許せないものって?」

ユーリが訊ねるとモモは周囲を確認して声を潜めた。

「俺が知ってる限りではミシェルの元妻が少し高慢な女性でした。向こうも大貴族の姫様だから仕方ないが誰かを見下す癖があった。ローズ夫人やミシェルが諌めてもダメでした。それで孤立してしまった」

「ああ。それがあのシルバー家別邸に傭兵が襲撃に繋がるのか」

「そういうことです。でも、ミシェルの元妻は再嫁しました。そこでは幸せに暮らしてるそうです。ミシェルについては以上ですが?ユーリ様。何か疑問がほかにあるのでしょ?」

まっすぐ見つめてくるモモに対してユーリは決意したように問いかけた。

「リンにとっては大切なお兄様だから訊きづらくて。その…エドガー義兄上のことだ。ミシェル義兄上のそばで暮らしてたモモ殿ならエドガー義兄上のことも知っているかと」

どう質問したらよいか言い淀んでいる様子のユーリにモモはストレートに言った。

「ユーリ様はエドガー様をヤバい奴と警戒してますね?誤解です。ヤバいはヤバいですが、警戒するような危ない人ではないですよ」

「えっ?でも、リンから稀にシルバー家の本邸で不思議なことをしていたと聞いて」

全裸で絶叫して疾走して調度品に激突している奴を警戒するなと言う方が酷だ。

ユーリはなにも別邸で全裸で絶叫してダッシュされることを恐れているのではない。

シルバー家当主宛に何度も義兄エドガー・イリス・シルバー様がラン・ヤスミカ領に滞在している旨の書簡を送っても無視されるからだ。

普通なら家督を継ぐ息子が急に王宮がある都から消えたら捜索をするだろう。

しかし、エドガーが静養してる数ヵ月間、ユーリや兄エセル、そして父ラクロワが知らせを早馬で送っても返信がない。

リンは育ての母ローズ夫人に手紙を書いて送ったらすぐに返事がきたのでシルバー家自体に何か事件があったとも思えないのだ。

ローズ夫人の手紙には美しい筆跡で「エドガーが落ち着くまでどうかラン・ヤスミカ家で保護をしてください。ラン・ヤスミカ家の皆様には多大なご迷惑をかけることお詫び申し上げます」と手短に記されていた。

この手紙からローズ夫人はエドガーがおかしくなった原因を知っているのは明らかだ。

「だから滞在していただくのは歓迎する。しかし、次期当主が不在なのにシルバー家当主がなにも言及しないのが気になるんだ」

ユーリはエドガーが床に臥せりがちなので医者を呼んだが身体に異常はなかったという内容の手紙も送っているのだ。

それなのに都のシルバー家からはなしのつぶて。

これはどういう事態なのかユーリやラン・ヤスミカ家の面々には判断できない。

「モモ殿。シルバー家当主様に連絡を取れるだろうか?貴殿は当主様の信頼も厚いとリンから聞いてる。何かわかることがあったら教えてほしい」

ホトホト困っているユーリを見てモモは息を吐くと隠していた事実を告げた。

「実はシルバー家当主にはエドガー様がユーリ様に保護されてすぐ連絡をしました。返事も既に来てます。隠していて申し訳ない」

「マジ!?隠すほどの事態に発展してるのか?シルバー家本家では何が起きている?もしや!シルバー家当主も病床なのか?」

心配するユーリにモモは首を横にふって服に隠していた書簡を見せた。

「当主は健在です。ローズ夫人も。しかし、今回はミシェルの件より騒ぎが厄介なんです。手紙を読んで確かめてください」

ゴクリと唾を呑んでユーリはシルバー家当主がモモに極秘で送った書簡を読んでみた。

そして、その書簡内容が信じられず目の錯覚を疑ったが残念ながら現実である。

「モモに伝える。

エドガーの件の報告ご苦労であった。
ミシェルへの献身には感謝する。
リンの世話も任せ多忙にしてしまいすまない。

この手紙はモモの判断でユーリ・ラン・ヤスミカ殿に見せろ。

エドガーはシルバー家の長い歴史でも類を見ない変態仮面だというのは当主であり父である私も承知だ。

エドガーの変態仮面に比べたらミシェルなど聖人君子エロシェンコと同レベル。
次元が違う変態エドガーの足元にも及ばん。
ミシェルは私がリンの実母が13歳なのに手を出したと憤るが、お前だって11歳のモモに手を出したじゃんと言い返したい。

そんな息子への愚痴は置いといて変態エドガーのことだ。
エドガーは正直、頭の出来を比較すると兄ミシェルや弟リンよりおバカちゃんなことはお前も理解してると思う。

だって、弟のリンが3歳で九九をマスターしたのにエドガーは13歳でも5×5を15とか答える出来の悪さだ。
それだけなら算術は向いてないで済ませるけど、モモが11歳からの数年で数か国語を習得して詩学や哲学とか管弦もコンプリートしてるのに変態エドガーは25歳になっても興味ある文学がNTR小説。

贔屓目に述べてもド級に勉強できない。

ミシェルが苦笑しながらステフが読み書き算術が苦手で分数をやっと覚えたと言った時は絶望した。
分数できるってことはエドガーより勉強できるってことだ。
勉強苦手なステフより勉強できない変態エドガーに家督を継がせるのが不安で夜もろくに眠れない。

エドガーは基本澄まして無口だからバカって真実をこれまでは周囲に悟られず済んだが次期当主になったら絶対にバレる。
それを危惧して勉強させようと側近に命じてエドガーのNTR小説コレクションを全部焼いたらヤバいことになった。

発狂した変態エドガーは屋敷を全裸で絶叫して大暴れしてローズや娘たちは急遽避難させた。
そしてなんとか麻酔薬を打って気絶させて寝かせてたら逃げた。

変態から宝物奪うとあんな感じになるんだと戦慄した。
外で迷惑かけると思い秘密裏に捜索したが行方不明になった。
ラン・ヤスミカ領で発見されたと聞き心底安堵した。
ラン・ヤスミカ家のユーリ殿からはすぐに連絡が来た。

だが、モモよ。
今までの経緯をリンの婿殿になんと説明したものか狡猾と有名なシルバー家当主の私でも皆目わからん。
ローズにもリンには詳しく説明するなと釘をさしておいた。
シルバー家の恥というより私でも対処に難儀している。

ミシェルの廃嫡を取り消すかと考えたが何度も家督を継がせる息子を替えたらシルバー家はヤバいと悪評がたってしまう。
ヤバいでも今回のヤバいは切実だ。
私は後悔している。
変態エドガーが10歳のころメイドのパンツを被ったと知ってはいたが目をそらしていた。
10歳で変態としては偉業をなしとげたのに勉学ではなぜ九九もマスターできぬのかと不思議であった。

とりま、変態エドガーへの対処を側近たちと考えている。
決まるまでエドガーはラン・ヤスミカ家に滞在させてほしいと当主殿にお願いしてくれ。
ユーリ殿には何度も書簡を無視してしまい申し訳ないと伝えてくれ。
そして、警告してほしい。
ラン・ヤスミカ領の領民はエドガー滞在中は洗濯物に気をつけるよう。
女性の下着は目立つ場所に干すなと伝えよ。
エドガーはプラチナ級の変態仮面だが危害は加えないから安心してほしいとユーリ殿にはくれぐれも念をおしてくれ。

では、また連絡する。

シルバー家当主クロード・ルカ・シルバーより」

書簡を読み終えたユーリは色々と言いたいことがありすぎて頭の処理が追いつかない。

エドガー・イリス・シルバーはロリコン父上が太鼓判を押しまくるレベルのプラチナ変態仮面であり、絶望的に勉強ができず、興味があるものはNTR小説で、滞在させるなら領内の人々に女性の下着を洗濯して干すときは厳重警戒しろと触れ回る必要があるという残酷すぎる現実にユーリは言葉が出ない。

「このエドガー義兄上の実態は本当なのか?書簡でやりとりしてたときは聡明な文面だった気がしたが?」

恐る恐るモモに確認するとモモは「諦めろ」と言いたげに告げた。

「ユーリ様がエドガー様からと信じていた手紙はシンシア様…ミシェルとエドガー様の妹君でリン様の姉上様が代筆してました。シンシア・エマ・シルバー様からは、騙していてごめんなさい、とユーリ殿への詫び状があります」

「では…俺の手紙にずっと返事をくれてたのは…」

「シンシア様です。筆跡ですぐにわかりましたが俺も黙っていてすみません」

モモは頭を下げると別の手紙をユーリに手渡した。

こちらはエドガーの代筆をしていたシンシアからである。

「リンはエドガー義兄上のことをどこまで知っている?エドガー兄様と慕っている様子だから知らないのか?」

「シルバー家の本邸は広いですから。ミシェルは度々リン様と遊んでいたがエドガー様は寡黙に読書…NTR小説を嗜んでました。多分ですが、リン様のなかではエドガー様は物静かな優しいお兄様だと思います」

「たしかに、リンはエドガー義兄上のことを大それたことはできないとか優しくて物静かな兄様と評していた。ド級に大それたことしてるのに気づかないのか!?」

賢いリンならすぐにエドガーの本質を察するとユーリは首を傾げたがモモが仕方ないとばかりに肩を落とした。

「ユーリ様。真性の変態仮面は変態という仮面を見せないものなんです。見せないというか仮面が同化してて周囲に悟られにくい。エドガー様はド変態でも決して悪い人ではないです。それだけは信じてください」

「わかった。シルバー家側の判断が出るまでエドガー義兄上には別邸で過ごしていただこう。リンやモモ殿が悪人ではないと言うのだからお優しい方なんだな。ありがとう。モモ殿」

ユーリが微笑むとモモの軽く咳払いした。

「ずっと言いたかった。ユーリ様。俺のことはモモでいいですよ。敬われる筋もない。普通に呼んでください」

「だが!ミシェル義兄上の大切な人であり、シルバー家の当主からも信頼されているモモ殿を呼び捨てにはできない!ミシェル義兄上だって気を悪くする」

「ミシェルはその程度でキレない。俺は別にミシェルの正妻じゃねーし丁寧にされても嫌なんだよ。ユーリ様はリン様の夫君なんだから俺を敬う必要はない」

そう言って笑うモモにユーリは迷ったが素直に頷いた。

「わかった。モモ…色々と教えてくれてありがとう」

「気にしないでください。俺はエドガー様のお部屋に行くのでシンシア様からの手紙を読んでくださいね。それでは」

モモはお辞儀をするとエドガーが引きこもっている部屋に行ってしまった。

ユーリはこっそりとリンの異母姉シンシアからの詫び状を読んでいた。

そこにはシルバー家当主からの補足事項がありユーリは「えっ?」と目を疑った。

「ユーリ・ラン・ヤスミカ様

このお手紙を読んでいるということはモモからお父様の手紙を渡されたと存じます。

ずっと騙すようなことをしてお詫び申し上げます。
ユーリ様のお手紙を拝読していてリンが素敵な殿方のもとに嫁げて嬉しく思っておりました。

兄エドガーの件はお父様もお母様も妹のジャンヌも困っております。
もちろん私もです。

兄エドガーは澄ました顔で破廉恥なことを考える名人なので最初は引くかと存じます。
でも、心根はとても優しい兄なのでお友達になってくれたらと願ってます。

お父様もエドガーにエロ友ができれば少なくとも精神面は安定するのではと期待しておられます。

そしてお父様がお伝えし忘れたと慌てていたのでエドガー兄様の注意事項を追記します。

女性の下着以外に靴下にも注意してください。

パンストとか大好物なので頭に被る惨事が起きる可能性があるのです。

お屋敷の女性陣の持ち物は厳重に保管するようお父様が案じておりました。

それでは今度からは私、シンシア・エマ・シルバー宛に手紙をください。

追伸 

モモが自分を呼び捨てで良いと言ってもミシェル兄上の前では絶対に避けてください。
ミシェル兄上はモモに関しては異常に嫉妬してぶちギレます。
モモはミシェル兄上をキレさせる目的で絶対にユーリ様に呼び捨てを強要すると思いますが罠です。

では、ごきげんよう。

シルバー家当主長女シンシア・エマ・シルバーより」

やはりモモは超絶油断ならない。

しかし、ミシェルのぶちギレにも興味があるユーリであった。

そして、シルバー家当主クロードからの書簡を読んでみた感想は次男を変態エドガーを評するわりに子供たちへの気遣いが意外と細やかである。

「やっぱ。大貴族の当主でも親は親なんだな!」

なんだかホッコリしたユーリは手紙をしまうと本邸で兄嫁フィンナの手伝いをしているリンのもとに急いだ。

だが、変態エドガーの活躍…もとい暗躍は既に始まっていたのである。

本邸に入ると兄嫁フィンナとリンが探し物をしている。

「あ!ユーリ!聞いてください!フィンナ義姉上のパンストとクレール殿の靴下がないんです!」

風に飛ばされたのかしらと小首を傾げてる兄嫁フィンナを見ていてユーリは何も言えなかった。

リンにも、もちろんだが本当のことは言えない。

それから、数日後にパンストと靴下は妙に洗濯された状態で本邸に返却されていた。

ユーリが問い詰めるとモモは嘘偽りない顔で断言したのだ。

「頭に被られる前に奪い取ったから心配ないです!」

シルバー家から変態が送られる度に1番苦労しているのはモモだとも言える。

そういった二重の意味でやはりモモを軽々しく呼び捨てはできないとユーリは理解した次第だ。

end













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