花嫁と貧乏貴族

寿里~kotori ~

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リン・ケリーの驚くべき1日

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 ラン・ヤスミカ家に嫁いできた少年花嫁リンの役割は国境沿いをひそかに監視することだが、それはあくまでも実家シルバー家から与えられた役割である。

シルバー家の思惑はリンを国境近くに領地を所有するラン・ヤスミカ家の次男ユーリと無理にでも結婚させて隣国及び国境沿いの領地に不穏な気配がないか探らせることであった。

しかし、実際にリンをユーリと結婚させたらリンはすっかり花婿ユーリに夢中で実家からの無言の任務命令は半ば放棄しているに等しい。

一応は情報を収集して父クロードに送っているが、リンは裏で秘密裏に全く同じ情報をミモザ王子にも報告していた。

ときには父親を無視してミモザ王子のみに送った情報もあるのでリンは徹底的に実家の父クロードに反抗している。

庶子であるリンの生い立ちを考えたら反抗するのは必然だが、実家のクロードパパにはリンがなんでここまで反抗期になるのか理解できない。

都のシルバー家本邸のクロードの執務室。

「ふむ。今回のリンからの手紙も単なる近況報告で有益な情報がなにひとつ記されていない。困った息子だ」

クロードが特に困った様子もなく紅茶を飲んでいると真っ正面から呆れ果てたような声が聴こえてきた。

「お父様!リンをスパイのように使うのはお止めになって!ラン・ヤスミカ家で平穏に暮らさせてあげてください」

クロードの執務室にいるのはリンの異母姉のひとりジャンヌである。

姉のシンシアと並んで宮廷の美人姉妹と大人気のご令嬢なのだが、実はかなりのお転婆で特技は乗馬と剣術だった。

現在はミモザ王子の従者シルフィと結婚を前提にお付き合いしており、表向きは美しい淑女だが内面は気が強いはねっかえり娘だ。

今日はそろそろ恋人のシルフィの実家と婚姻に向けての話し合いを進めてくれと父クロードにお願いしに来たのだ。

「ダイアナ王女とミモザ王子がご結婚されたら私とシルフィ様も結婚をするわ。お父様!シルフィ様のご実家にお願いしてくださいませ」

「え~!めんどくさい。ジャンヌでよければもらってくださいと伝言してくれ。それよりもシルフィ殿はマジでお前と結婚するつもりか?白鳥の皮を被ったライオンを嫁にするようなものだぞ?」

「お父様!白鳥ならせめて羽と言ってください!シルフィ様は必ず私を幸せにすると誓ってくださったわ!」

「それ?脅して言わせたのではあるまいな?誓わないと馬で引きまわすとでも強迫して?」

お転婆なジャンヌならやりかねないとクロードがほざくとジャンヌは隠していた短剣の鞘をぬいてクロードに突きつけた。

「お父様。キチンとシルフィ様のご実家に挨拶してくださいましね?でないとお父様の首と胴体は泣き別れよ?」

冗談にしては本気すぎるジャンヌの気迫に負けてクロードは返事をした。

「わかった。ほら、ジャンヌ。ご挨拶に伺うから剣をしまってくれ。まったくリンは反抗期だし、ジャンヌはドメスティックバイオレンス……。エドガーはバカチンで親の金でニート三昧。まともな子供がミシェルとシンシアだけとは……」

子育てって失敗すると大変だなとクロードが呟いたのでジャンヌは短剣をしまうとハッキリと言ってのけた。

「私たちはともかくお父様!リンにはもう少し親としての愛情を表現してくださいませ!リンは私の可愛い弟よ!シルバー家の手駒ではないわ」

「ジャンヌもミシェルと同じことを言う。私はリンにまるで愛情がないわけでもないぞ?単に我が子というよりは手駒って認識なだけで?」

平然と口にするクロードに対してジャンヌは再び短剣を構えると毅然と告げた。

「お父様。刺殺されたくなければリンにこれまでの仕打ちを詫びる手紙を書いてくださる?今すぐお書きなさい!」

「ジャンヌ……。それは強迫だぞ?やはりシルフィ殿にも同じ手口で結婚を迫ったのだろう?鬼嫁を嫁がせてしまいシルフィ殿に申し訳ない」

「いいから!早くお書き!喉笛を切り裂くわよ!?」

そんなわけでクロードは娘のジャンヌに完全に脅されながらリンへ長い手紙をしたためたのである。

クロードの正妻ローズ夫人と長女のシンシアは状況を知っていたがジャンヌを叱ることもクロードを助けることもせず優雅にティータイムを楽しんでいた。

………

そして、場所は変わってラン・ヤスミカ家別邸ではリンが珍しく真面目に隣国及び国境沿いの様子を実家のクロードに報告する手紙を書いていた。

隣国の情報はラン・ヤスミカ家に引き取られたキトリの証言がかなり有益でリンはミモザ王子宛にも同じ情報を伝えるつもりでいた。

「隣国は地方長官の不正が横行して困窮した家庭の子供は次々と北の大国に売られている。その見返りに武器も輸入している。予想はしていたけど隣国と北の大国は相当に癒着していますね」

同盟関係の我が国を無視して武器の取り引きをしているのならば隣国に圧力をかけるいい機会となる。

そんなことを考えながらリンがペンを動かしていると部屋にユーリが入ってきた。

「ご実家への手紙か?ちょうど今、シルバー家のクロード様から書簡が届いた。リン宛だぞ」

「父上が?変ですね。なにか別件で調査の命令でしょうか?」

ペンを止めたリンがユーリから受け取った書簡を確認すると長い長い手紙が綴られている。

「命令ではなさそうですが父上は何を伝えたいのか?まわりくどくて理解が難しいです」

「普通にリンが元気か心配して手紙を書いただけじゃないか?お父上なんだから」

「それはないです!父上が私を心配したことなど15年間の人生で皆無なので!」

不思議に思いながら手紙を読み進めていたリンはふと閃いたように紙に記された文字を慎重にペンで消していった。

すると暗号が解けて簡潔な文章が完成したのである。

「我が子リン・ケリーへ。

ジャンヌに殺されそうなので手紙をここに記す。
家族は皆、私がリンに愛情がないと責めるが私だってリンが赤ちゃんだった頃に抱っこしたことくらいある。
あれはお前が生後3か月であった。
ミシェルに言われて抱っこしたらリンは泣いた。それ以来抱っこしとらん。
リンよ。
お前はもう大人だ。
ユーリ殿に存分に抱っこしてもらえ。
そして、ラン・ヤスミカ家に嫁いでもお前はシルバー家の三男。
それだけは忘れるでないぞ。
伝えたいのはそれだけだ。

父クロード・リュカ・シルバー

追伸

近くジャンヌが結婚する。
シルバー家発の鬼嫁を嫁がせるのは不安だ。
リンはけして鬼嫁にはなるなよ。」

手紙はそれだけで終わりだがリンは息を吐くとユーリに言った。

「ユーリ!抱っこしてください!」

「いまここでか?わかった!ほら!」

ユーリが華奢なリンを軽々と抱っこするとリンは嬉しそうに微笑んだ。

「そのままベッドへ向かってください!」

「え?でも!まだ夜じゃないし!日が高いだろ!?」

躊躇するユーリに対してリンは笑顔のまま宣告した。

「ベッドに連れていかないと技をかけて首の骨を折りますよ?」

父クロードからの忠告を無視して鬼嫁発言をしているリンに折れる形でユーリはリンをベッドに運んだ。

リンがご機嫌なのはユーリに抱っこされたのもあるが、父クロードからほんの微かでも父親らしい手紙をもらえたことが大きいのだろう。

そう考えるとリンが少しでも父クロードと歩み寄れてユーリの心はあたたかくなった。

そして、大切に抱っこするとユーリはそっとベッドにリンを横たえたのである。

end 


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