花嫁と貧乏貴族

寿里~kotori ~

文字の大きさ
76 / 76

花嫁と貧乏貴族~終幕~

しおりを挟む
 リンが姫君と偽装されて田舎の没落貴族であるラン・ヤスミカ家の次男ユーリに嫁いで2年が経過した。

 ユーリは20歳でリンは17歳になったがラン・ヤスミカ領は変わらず平和である。

 変化があったとすればユーリの兄エセルと兄嫁フィンナの間に子供が誕生して家族が増えた。
 誕生したのは男児でユーリとエセルの父で現ラン・ヤスミカ家当主のラクロワによって『ぺピノ』と命名される。

 こうしてラン・ヤスミカ家には跡継ぎのエセルに三男一女(※養子のキトリ含む)が出来たので領地は安泰であった。

 27歳になったエセルは来年には父ラクロワに代わって、ラン・ヤスミカ領の領主となる。穏やかで、芯の強いエセルならば領主として申し分ないと領民や周辺の小領主も納得している。

 そして、ユーリとリンが住まう別邸でも変化というより騒動が起きた。
 執事としてユーリとリンに仕えてくれているシオンの名誉が回復して罪人から貴族に戻れたのである。

 これは隣国王太子のクリス・バティストの判断であった。爵位は戻っても、領地は既に没収されているシオンは執事のままラン・ヤスミカ家別邸に留まったが、ユーリは隣国でそれなりに高位の貴族の子弟であったシオンを執事として働かせるというカオスな事態に直面した。

 だが、シオンは復権しても態度を変えずに粛々とユーリとリンに仕えてくれる。

 エドガーとも相変わらず、バイオレンスだが仲睦まじく過ごしているので、ユーリはシオンの好きにさせた。

 リンの異母兄エドガーは王都に帰る気配もなく優雅なニートライフを満喫しつつ、シオンとイチャイチャしている。

 領地は平穏で皆が幸せでユーリとリンは満たされていたが、突然の訃報が襲った。

 シルバー家当主のクロードが急に倒れて危篤となり、そのまま天にまたは限りなく地獄に召されてしまった。

 嫡男ミシェルが跡を継いでシルバー家は新たな当主を中心に船出することになる。

 ミシェルにはモモがいるので心配ないが、リンは茫然自失な日々を送った。

 父クロードのことは大嫌いであったが、こんなに早く死んでしまうなんて想定外であった。葬儀にもリンは参加できず、墓参りもしていない。

 クロードの遺言書には家督はミシェルに譲り、ミシェルが死んだ場合はモモに家督が相続される。

 名門大貴族シルバー家の栄華の立役者となったクロードは最後の最後に血縁でなくて、シルバー家を支えられる人物と見込んだモモにバトンを渡した。

 「父上は私を最後は自由にしてくださった」

 血縁より実力主義な父クロードらしいとリンは泣いていた。

 あんな狡猾クソ親父に流す涙なんて1滴も無いと考えていたが、クロードは間違いなくリンの父上でリンをユーリのもとに嫁がせてくれた恩がある。

 「私は結局、父上を恨むだけで恩返しも満足に果たせなかった」

 沈み込んでいるリンに対してユーリはどう接して良いか悩んだが、意を決して言ったのだ。

 「クロード様……義父上はミシェル義兄上が家督を継いで、エドガー義兄上がお元気で、シンシア義姉上とジャンヌ義姉上がご結婚されて満足している。そして、リンが泣いてくれて」

 「ありがとうございます。ユーリ、あんなに殺そうとしていた父上が呆気なく亡くなって心に空洞ができました。全然嬉しくないのです」

 「リン、クロード様を失った空洞は埋まらない。でも、俺はずっとリンと一緒にいる。夫婦だからな」

 ユーリが精一杯に言い切るとリンは泣きながら微笑んだ。庶子として父クロードに酷い扱いを受けてもリンは父を最後まで憎めなかった。それは、逆にクロードもまたリンを徹底的に憎んではいなかったことに思えたが、ユーリは口にしなかった。

 おそらくリンだってその辺の事情は充分に理解している。だから、こんなに泣くのだろう。

 こんな具合にラン・ヤスミカ家は子孫繁栄していて家督の心配は無用だが、シルバー家はミシェルは女性に興味がなくて結婚はしない。モモだってミシェルを一途に想っているので仮に家督を相続しても結婚はしないだろう。

 後継者問題が浮上する危機だが、それを解決させたのがシルバー家からミモザ王子の従者シルフィに嫁いだジャンヌであった。

 シルフィと結婚してジャンヌは双子の男児を出産して、更に妊娠している。

 クロードの遺言書にシルバー家のシンシアかジャンヌが産んだ男児をミシェルまたはモモの後継者に据えろとあったので、ジャンヌの子供が無事に育てば後継者問題は解決する。

 「盛者必衰。有能な跡継ぎが不在ならばシルバー家は絶える。それも受け入れます」

 リンはシルバー家の跡継ぎだと名乗る気はなくて、あくまでもユーリの嫁としてラン・ヤスミカ領で生涯を終える覚悟であった。

 それはシルバー家とは何の血縁関係がないモモを縛らせることになるが、リンはモモの才覚を認めて、自分は身を引いた。

 リンの幸せはシルバー家で実権を握ることでなく、ユーリの傍で嫁として生きることだ。

 「リン、義父上クロード様のお墓参りをしよう。エドガー義兄上と一緒に」

 「そうですね……。もう少し心が落ち着いたら王都のシルバー家の墓に弔いに行きます」

 それからリンの落ち込みがおさまった時期にユーリはリンとエドガーとシオンを伴って王都のシルバー家の霊廟に向かった。

 歴代のシルバー家の当主と妻が埋葬されている霊廟でリンはフッと足を止めた。

 父クロードの霊廟の近くに少し古くなった霊廟がある。

 そこに埋葬されているのはリンの実母であった。

 実母の名前はリディア・ケリー・カノン……リンの生母でリンを産んで死んでしまった不運な娘だ。

 「母上!母上!ここにいたのですか!」

 リンが嗚咽をもらすのを聞いていたユーリはたまらずリンを抱き締めた。

 「リンの実のお母上はここでリンをずっと見守ってくださる」

 ユーリの言葉でますます号泣するリンを見ながらシオンはエドガーに告げた。

 「エドガー、俺の妻子と家族の墓参り。一緒に行ってくれるか?」

 「もちろんだ。シオンの大切な家族の墓参りならば」

 エドガーのそのひと言でシオンもリンにつられて泣き出してしまった。

 どんなに憎しみを抱えても、リンとシオンは家族を忘れなかった。それは呪縛なのか崇高なのかエドガーには分からない。

 リンが泣くのを見ていたシルバー家の寡婦となったローズ夫人は言ったのだ。

 「クロードは親として最低最悪ですけれど、リンは泣いてくれるのね。それだけでお母様は幸せよ」

 ローズ夫人もまた最悪な天然狡猾クソ旦那のクロードを最後まで憎めなかった。

 墓参りを済ますとリンはユーリやエドガー、シオンと共にラン・ヤスミカ領へと戻って行った。

 その後はラン・ヤスミカ家にてユーリや家族と幸せな時間を過ごすことになる。

 シルバー家を黄金時代に導いたクロード・ルカ・シルバーが亡くなって、約10年後……シルバー家当主はミシェルではなくて、リリィ・ケリー・シルバーというシルバー家元当主クロードの庶子が家督を継いだ。

 ミモザ王子の側近にしてシルバー家の名目上の庶子とされていたモモが実権を握ったのである。

 モモの手腕でシルバー家は更なる繁栄を迎えるが、それはモモの幸せだったかは定かではない。

 ミシェルの遺言書に自分が死んでもモモは死ぬなと明記されていた。

 モモはその遺言を守ってミシェルに代わりシルバー家の覇権を確固たるものにして、見事、貴族として生き抜いたのである。

 シルバー家という大貴族の庶子からユーリという貧乏没落貴族ラン・ヤスミカ家次男に嫁いだリンと貧民窟から成り上がって、ミモザ王子の側近となり、シルバー家当主になるという下克上を果たしたモモ。

 正反対の少年の運命は同等に過酷であり、同等に幸福であったと記して、ラン・ヤスミカ家年代記をキトリは記すのを終えた。

 隣国からミモザ王子に救われて、ラン・ヤスミカ家の養子となり、養父エセルの嫡男であるジャンと男の子同士で結婚したキトリはラン・ヤスミカ領主一族の歴史を年代記に記すことが役割となった。

 ジャンとキトリの代になってもラン・ヤスミカ家とシルバー家には密接な繋がりがある。

 キトリの義姉クレールの子供がシルバー家に嫁いだ。

 それは純白の花嫁衣装を身にまとった美しき美少年であったという。

 【完】

 
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

月虹
2023.10.29 月虹

シリアスとコメディが混在していて大変興味深い作品ですね
今後も楽しみにして拝読させて頂きます♪

2023.10.30 寿里~kotori ~

感想を寄せていただきありがとうございます!
楽しんで頂けたらとても嬉しいです✨

解除

あなたにおすすめの小説

閉ざされた森の秘宝

はちのす
BL
街外れにある<閉ざされた森>に住むアルベールが拾ったのは、今にも息絶えそうな瘦せこけた子供だった。 保護することになった子供に、残酷な世を生きる手立てを教え込むうちに「師匠」として慕われることになるが、その慕情の形は次第に執着に変わっていく──

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

過労死転生した悪役令息Ωは、冷徹な隣国皇帝陛下の運命の番でした~婚約破棄と断罪からのざまぁ、そして始まる激甘な溺愛生活~

水凪しおん
BL
過労死した平凡な会社員が目を覚ますと、そこは愛読していたBL小説の世界。よりにもよって、義理の家族に虐げられ、最後は婚約者に断罪される「悪役令息」リオンに転生してしまった! 「出来損ないのΩ」と罵られ、食事もろくに与えられない絶望的な日々。破滅フラグしかない運命に抗うため、前世の知識を頼りに生き延びる決意をするリオン。 そんな彼の前に現れたのは、隣国から訪れた「冷徹皇帝」カイゼル。誰もが恐れる圧倒的カリスマを持つ彼に、なぜかリオンは助けられてしまう。カイゼルに触れられた瞬間、走る甘い痺れ。それは、αとΩを引き合わせる「運命の番」の兆しだった。 「お前がいいんだ、リオン」――まっすぐな求婚、惜しみない溺愛。 孤独だった悪役令息が、運命の番である皇帝に見出され、破滅の運命を覆していく。巧妙な罠、仕組まれた断罪劇、そして華麗なるざまぁ。絶望の淵から始まる、極上の逆転シンデレラストーリー!

俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜

小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」 魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で――― 義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。