卑屈に純情〜人狼リアムは狩人に認められたい〜

ヨドミ

文字の大きさ
9 / 24

八話 意地

しおりを挟む
「お、お、おい、お前!」

 巨大な狼に向かって、リアムは声を絞り出す。震える脚を叱咤しったし、よろめきながら、

「大事なモノを燃やされてもいいのか!」

 マッチを掲げると、人狼はリアムに興味を示した。

 ――く、くる!

 リアムは壁と肉塊の隙間を駆け抜けた。予想通り、肉のカーテンの向こうから獣の息遣いと足音が迫ってくる。
 リアムが脱出路を探すより、ヴィクターが扉をぶち破る方が生存する確率は高い。

 それに。

 巨大狼はリアムに追いついても、一向に襲ってこないのだ。
 吊るされた肉塊の反対側から、ちらちらと人狼の姿が見え隠れしており、その気になれば、一足飛びでリアムをひと噛みできるはずだ。

 理由は、見当がつかない。

 このまま襲ってこないのをいいことに、時間稼ぎをしようとしたが、リアムが脚を止めると、人狼は奥へ戻ろうとする。

 全力でヴィクターから離れるしかない。

 またもや足元の出っ張りにつまずき、床の隠し扉の上にしゃがみこむ。強烈な臭気に意識が飛びそうになりつつも、マッチを片手に扉を引き上げようとした。

『てめえ、俺達を敵にまわすことになるぞ』

 振り返れば、焦げ茶色の狼が姿勢を低くし、今にも襲いかかってきそうである。
「あ、あなたこそ、自分が何をしようとしているのか、わかってるんですか?」
 足元がふわふわして、気分が浮き上がってくる。命の危険を感じる場面で、なぜ楽しくなっているのか。すべてはこの忌々しい臭いのせいだ。
 身体と心がちぐはぐになり、深呼吸し続けるも、冷や汗が止まらない。

『バシレイアとして、クソ人間どもを服従させるつもりだが。……てめえこそ、なんで人間に肩入れしてやがる』
「ば、バシレイア?」

 聞いたことのない単語に、リアムは思わず反応してしまった。狼は面白がるように牙を見せびらかす。

『坊主、人を喰ったことはあるだろう?』
「な……!」
『ないのか。……あれほど美味い喰い物はないぜ。試しに後ろの奴を食わしてやろうか。……そうすれば』
「ふ、ふざけるなっ」

 リアムは自分の声の大きさに驚いた。
『……理解できんな。奴らからすれば、俺達は家畜同然だ。一族の誇りである耳や尾を隠し怯え暮らすのが、好きなのか』
「そ、そうじゃない」
『ならば』
「こ、ここで生きるのは苦しいことも多いけれど、僕を心配してくれる人だっているんだ。彼らは人間だよ。それに僕だって……人間だ」

 正直【人狼】が人間と言えるのか、リアムには判らない。己に言い聞かせたいだけなのかもしれない。
 それでも、はっきりしているのは。

 ――僕はヴィクターさんのそばにもっといたいんだ。 

 彼に【人狼】だということで、嫌われたくない。頑張って認めてもらうのが、今の目標だ。

『く、くはははははっ!』

 目の前の獣は遠吠えのような嗤い声をあげた。あざけりは貯蔵庫中に反響し、四方からリアムを取り囲む。

『俺達が、人間だって! 鏡見たことねえのかよ!』

 それまでの口調がガラリと変わった人狼に、リアムはごくりと唾を飲んだ。フザけた雰囲気がなくなり、獣はゆっくりとリアムの前を行ったり来たりし始める。

『話せばわかるってか? 頭に虫でも湧いてるだろ、お前。……現にあの警官は俺に銃を向けてきたぜ。下手すぎて当たんねえ弾なんざ怖くねえがな。人間は俺達を使い物にならなくなるまで使ったら、即ゴミ扱いするクソだ』
「そ、そんなことない。ヴィクターさんは【人狼】を保護するために探してるって……」
『保護?……お前、街中で【人狼】にあったことあるか?』

 押し黙るリアムに『ないだろ』と人狼はにんまりしながら言った。
『奴らに捕まれば、隔離施設行きだからな。……お前がブチ込まれないのは、いいように使われてる証拠だ』
「そんなこと」
『ないってか?……足りない頭で考えてもわかりきってることだがな』

 ヴィクターを信じようとしていた矢先に、リアムは揺さぶられる。

 ――ヴィクターさんが僕をだましているなんて……。
 扉の取手から自然と指が離れた。

『お喋りは終わりだ。……そこをどけ』
 人狼の背後、大きな肉のかたまりからヴィクターが顔を出している。
 彼がずる賢い人間なら、リアムをおとりにして、脱出する算段をつけているはずだ。
 ヴィクターが任務をこなすため、リアムに価値を見出しているなら、彼のために少しでも役に立つことをしたい。

「ど、どきません」
 両手で力強く床の扉を引き上げる。

「……!!」

 ぶわりと酔っぱらいの吐息の如き臭気が、リアムを包み込んだ。開口部の前で腰を抜かしたリアムを、人狼は嘲笑あざわらう。

『馬鹿なやつだ。人間の味を知らないで嗅げば苦しいだけだぜ。……なあ、この際喰ってみろよ』

 人狼はリアムの耳元で囁いた。
 リアムは震える唇を引き結び、泣きそうな表情になりながら、人狼を見返した。

「ひ、人を食べれば楽になれますか?」
『ああ。……なんだその気になったのか、なら……』
「だ、だったら人間がいなくちゃあなた達は生きていけないって、ことですか」
『何?』
「人間を食べて、バニシャ香草を取り込んだら、強いバシレイアになれるんでしょう?……そ、それって人間に支えられて、ううん、憎んでる人間あってこその、あなた達だってことにな。……うっ!」

 巨大な前脚が、リアムの喉に食い込む。

『……調子に乗るな、クソガキ』
「き、危険を犯してまで人間を襲わないと、つ、強くなれないなんて、滑稽だ……」
『危険だと! 俺達が人間を怖がってるとでも言うのか!……てめぇ、それ以上喋ったら、喉笛食い千切るぞ』

 ここまでくれば後に引けない。リアムは喉から声を絞り出した。

「く、く、喰えるなら、喰ってみろ!」

 人狼は一瞬、動きを止めた。

 ――やっぱり僕を襲えないんだ……。

 憶測が当たったと思いきや。
 右腕に違和感を覚え、焼けるような痛みが、リアムの脳髄のうずいを揺さぶった。
「う、うあああああ!」
 喉が潰れる勢いで、リアムの口から絶叫がほとばしる。

 完全に読み間違えた。

 襲えないわけではなかったのだ。
 ただ襲わなかっただけで。

 ――あ、でも、こいつが僕を食べるのに夢中になれば、おとりの意味があるんじゃ……。

 リアムの心臓は、足りなくなった血液を健気に送り出そうと、胸が痛くなるほど鼓動を速めた。
 人狼はリアムの血と肉を、水音をたてながら咀嚼していたが。
 突如動きを止め、リアムから離れる。
 傷口から溢れる血で顔を汚したリアムは、離れていく人狼を呆然と眺めていた。
 巨大狼は、酔っぱらいのように身体を揺らし、ドサリと横倒しになる。その口元は血とよだれで汚れ、白目を向いていた。
 何が起こったのか理解できず、リアムは仰向けになっているしかない。

 床を通して振動が伝わってくる。
 大股で力強く地面を蹴るのは、ヴィクターの歩き方だ。
 足音が止まり、しばらくすると鈍い音が響いた。焦げた臭いをまとって、ヴィクターがリアムの顔を覗き込む。

「……! クソが、何やってる」
「す、すみません……」

 水の中に潜ったときのように、あたりがぼやけ、身体の自由が利かない。
 右腕がぎゅっと引き絞られる痛みで、目の奥に火花が散った。

「しっかりしろよ……」

 ヴィクターは、首元のタイを使って、リアムの傷口上部を縛っている。

「ぼ、僕は、大丈夫なので……地下を」
 反対の手で床に空いた穴を指し示すも、
「黙ってろ」
 ヴィクターはリアムを肩に担ぎ上げる。入り口に向かっているが、扉は閉ざされているはずだ。

「え、鍵……」
「クソ狼が持ってやがった」

 店主が持っていたのと似た鍵を、ヴィクターは鍵穴に差し込む。
 
 渡り廊下から肉屋の店内に躍り出たヴィクターに、店員たちはぎょっと目を剝いた。血まみれのリアムを抱きかかえているのだから、当たり前なのだが、ヴィクターは見向きもせず、真っ直ぐ店の玄関口に向かう。
 ヴィクターは同僚に大声で呼びかけた。

 大勢の人垣の隙間から、リアムは視線を感じた。ヴィクターの腕越し、路地の奥からリアムをじっと見つめる犬がいる。
 どこかの飼い犬なのか、華奢な首輪が陽光を照り返していた。金色のあでやかな尻尾を翻し、犬は去っていく。

 ……きれいな、犬だな。

 リアムはヴィクターの腕の中で、意識を手放した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

呪われた辺境伯は、異世界転生者を手放さない

波崎 亨璃
BL
ーーー呪われた辺境伯に捕まったのは、俺の方だった。 異世界に迷い込んだ駆真は「呪われた辺境伯」と呼ばれるレオニスの領地に落ちてしまう。 強すぎる魔力のせいで、人を近づけることができないレオニス。 彼に触れれば衰弱し、最悪の場合、命を落とす。 しかしカルマだけはなぜかその影響を一切受けなかった。その事実に気づいたレオニスは次第にカルマを手放さなくなっていく。 「俺に触れられるのは、お前だけだ」 呪いよりも重い執着と孤独から始まる、救済BL。 となります。

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り

結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。 そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。 冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。 愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。 禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。

【8話完結】ざまぁされて廃嫡されたバカ王子とは俺のことです。

キノア9g
BL
廃嫡され全てを失った元王子。地道に生きたいのにハイスペ幼馴染が逃がしてくれません。 あらすじ 「第二王子カイル、お前を廃嫡する」 傲慢な振る舞いを理由に、王位継承権も婚約者も失い、国外追放されたカイル。 絶望の最中、彼に蘇ったのは「ブラック企業で使い潰された前世の記憶」だった。  「もう二度と、他人任せにはしない」 前世の反省を活かし、隣国の冒険者ギルドで雑用係(清掃員)として地道にやり直そうとするカイル。しかし、そんな彼を追いかけてきたのは、隣国の貴族であり幼馴染のレオナードだった。  「君がどんな立場になろうと、僕にとっては君は君だ」 落ちぶれたカイルに変わらぬ愛を注ぎ、元婚約者の悪意ある噂からも守り抜くレオナード。 すべてを失った元バカ王子が、社畜根性と幼馴染の溺愛によって幸せを掴むまでの、再起と愛の物語。 全8話。

龍の寵愛を受けし者達

樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、 父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、 ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。 それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。 それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。 王家はある者に裏切りにより、 無惨にもその策に敗れてしまう。 剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、 責めて騎士だけは助けようと、 刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる 時戻しの術をかけるが…

【完結】君を知らないまま、恋をした

一ノ瀬麻紀
BL
体調を崩し入院した篠宮真白(しのみやましろ)は、制限のある生活を送ることになった。 そんな中、真白は自由に走り回れるもう一つの世界を知る。 そこで過ごす時間は、思うように動けなかった真白にとって、大切なものだった。 仮想空間での出会いや経験を通して、真白の世界は少しずつ広がっていく。 そして真白が本当の気持ちに気づいた時、すべてが繋がり始める――。 ※ タイトル及びあらすじ変更しました。(2/10)

天涯孤独になった少年は、元軍人の優しいオジサンと幸せに生きる

ir(いる)
BL
※2025/11 プロローグを追加しました ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元軍人の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。 ※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。 ※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話) ※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい? ※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。 ※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。 ※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。

処理中です...