とじこめラビリンス

トキワオレンジ

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第9章・敢作敢当ーかんさくかんとうー

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 10回目がはじまる。
 お題はンガウンデレの『れ』。
「冷凍保存、7文字」
 章純の答えは、またも『ん』で終わる言葉だった。
 アウトからのペナルティをおれ達に与えて、希未がペナルティを食らった復讐をするつもりか。
「章純、冷静になれ!」
 おれ達をアウトにするよりも、全員でクリアして希未を助けに行った方がいい。
 頭に血がのぼっていても、それがわからないやつじゃない。
 幼い時からの付き合いなんだ。そう思いたい。
「太郎、今は無理よ。とにかく答えて!」
 制限時間が迫る。
「錬金術師、8文字」
「レコードプレイヤー、9文字」
 おれの答えは、薬草や金属を合成して新たな薬や武器を生み出す、ゲームでおなじみの職業。
 麻衣子の答えは、アナログレコードを再生する音楽機器だ。
 一番文字数が多かった、麻衣子のレコードプレーヤーから、次の11回目のお題は『や』になった。
 章純は、もう『ん攻め』をやめる気はない。
 彼が持っているカードは残す所、2、8、J。このうち8は、最後に使うカードだ。
 おれが残したカードは、2、9と、最後に使うK。
 麻衣子が残したカードは、3、Kと、最後に使う5。
 警戒するべきは、Jのカード。これで『ん』で終わる言葉を使われたら、その次のお題が『ん』になり、おれの知識では答えられない。
 それを避けるためには、章純がJで答えた時に、麻衣子がKで答えて、お題を勝ち取ってもらうしかない。
 せっかく自分の手元にもKがあるのに、攻撃に使えないのは実にもどかしい。
『さあ、11回目を始めるよ』
「柳刃包丁、9文字」
 おれは、どのカードを出しても、章純を止められない。防御は麻衣子にまかせて、先に答えた。
 8、7、6……
 制限時間は、ゆっくりと減っていく。
 息が詰まる。
 5、4……
 章純に動きはない。
 3、2……
 章純の様子をうかがう麻衣子の額にも、汗がじわっと浮かんでいる。
 1……
 もうカウンターの秒表示は0。小数点以下の数字が目まぐるしく減っていく。
 このまま答えなければ、両者アウトだ。
 麻衣子が動く。
「矢臼別演習場、13文字」
 Kのカードを使い、あくまで章純の『ん攻め』阻止を優先した。
「山、2文字」
 対する章純は、2文字。Jを残された。
「そ、そんな……」
 これで『ん攻め』への対抗手段はなくなった。
 麻衣子の顔が絶望に変わる。
『11回目の3人の答えを検証するよ』
 こちらの状況にお構いなし。レマが相変わらずの軽妙な態度で円柱型モニターにあらわれ、検証解説を始める。
 柳葉包丁は、関西型の刺身包丁の名前で、刃の形が柳の葉っぱに似ていることから、こう呼ばれる。
 矢臼別演習場は、北海道厚岸郡にある陸上自衛隊の演習場の名前。
 そして山。これは、わざわざ説明するまでもない。
 今まで大人でも知らないような外国の地名を多く答えていたせいで、難しい答えが来ると思っていた。それが、こんな単純な言葉で交わされるとは。
 12回目のお題は、矢臼別演習場から『う』。
「海、2文字」
「うさぎ、3文字」
 おれも麻衣子も、消化試合的に残ったカードで力なく答える。
「ウエストチェスター郡、11文字」
 章純がJのカードで当たり前のように、アメリカ合衆国のニューヨーク州にある郡を答え、最後の13回目のお題を『ん』にした。
『うーん。まさか最後のお題が、また『ん』になるなんてね』
「そうよ、レマ。こんなのクリアできるわけないわ」
『でもなー、ルールをなー』
 度重なる『ん』のお題に、レマも頭を抱えている。実際には頭が肩幅より大きいので、手は顔の横にある。
『ううーん、このまま行きます!』
 円柱型モニターに、最後の13回目のお題『ん』が表示された。
『最後のお題だから、時間は大目に30秒だよ! これも試練。見事、うちやぶってよねー』
 制限時間は30秒と今までの3倍。しかし、時間をかけたってわからないものはわからない。日本で生活するうえで、『ん』で始まる名前の物を見たり、聞いたり、使ったり、触ったり、食べたりなんてことはない。
 おれは、ここでアウトになるのを待つしかないのか。
 章純が涼しい顔でカードを出す。
「んかしはべら節、8文字」
『君は、このゲームの間、ずっと最初に答えていたものね。んかしはべら節は沖縄民謡の名前だね。もちろん、クリアだ』
 あっさりクリアした。
 普段の会話で雑学が得意なのは知っていたけど、ここまで多岐にわたるとは思わなかった。
 これで残されたのは、おれと麻衣子。
 おれの13文字は、あてずっぽうでも、『ん』で始まる言葉なんて出るわけない。
 こうなったら麻衣子だけでもクリアできるのを祈るだけだ。
 そして第4ゲームがあるなら、そこで章純に一矢報いてほしい。
「麻衣子、頼んだぞ」
「何を?」
 おれのつぶやきを麻衣子が聞き返す。
 その口元には、わずかながら笑みが浮かんでいる。
「ねえ、太郎。ゲームってなんだっけ?」
 なんだ、急に。
「ゲームってのは参加プレーヤー全員に等しく勝てるチャンスがあるんだよね」
 おれ達がいつも言っている言葉だ。
 もちろん得手不得手はある。それでも、知恵、運、協力、発想、偶然、そのほかにも複数の要因が組み合わさることで、誰でも勝者になれる可能性がある。
 だからこそゲームは楽しいし、みんな夢中になれるんだ。
「太郎。絶対にあきらめちゃ、ダメだからね!」
「ああ、そうだったな」
 今はまだゲーム中。
 今は勝ちを狙う時間だ。
 あきらめるのは負けた後でいい。
 麻衣子がカードを出し答える。
「ンジャメナ、5文字」
『アフリカにあるチャド共和国の首都だね。クリアを認めるよ』
「よっし!」
 麻衣子もクリア。
 これで残ったのはおれだけか。
 制限時間は残り5秒もない。
 さっきまでと違い、麻衣子に発破をかけられたのもあって、おれは妙に落ち着いていた。
 答えるだけなら、おれに何も言わないで、ただ答えればいい。
 おれに話しかけてから答えたと言うことは、答えそのものがヒントになっているはずだ。
 レマは言った。ンジャメナはチャドと言う国の首都だと。
 首都と言うのは、その国において、政治、経済、商業、観光、交通、教育等、あらゆる事柄の中心になる都市のことを指す。
 だとしたら必ずアレがあるはずだ。
 最後のKのカードを出して、答える。
「ンジャメナ国際空港、13文字!」
 制限時間のカウンターが止まる。
 レマの反応は。
『えーっと……』
 検証のための検索中。
 少ししてレマが飛び上がった。
『あー、あるある。あったよ。ンジャメナ国際空港。その名前の通りンジャメナにある空港だね。国際便だけじゃなくて、国内便も発着してるみたいだけど』
 そんなの東京国際空港(羽田空港)も一緒だ。
『おおー、と、言うことは……3人とも、13回目もクリアだね』
 や、やった。
 途中苦しい展開もあったけど、全員で次に進める。
『でも、第3ゲームを全員クリアと言うわけにはいかないかな』
 レマの声が一段低くなった。
 円柱型モニターの背景も、軽快でポップな模様から、おどろおどろしい黒と紫のもやもやに変化していく。
『クローバーの君。ゲーム中に何回も友達ともめたり、他の人が答えにくいお題になるような答えをしていたよね!』
 円柱型モニターの正面がせり上がっていく。その奥には、さっき不要になったスペードの筐体を飲み込んだ空間がある。
『君にはペナルティを与えないとね』
「何をする気だ!?」
 章純が乗っている筐体が自走を始め、円柱型モニターの入り口に向かって動き始めた。
「章純、降りろ!」
 おれは思わず叫んでいた。
 なぜか章純は動かない。
 そして、すぐに思い出す。左手の手錠で、筐体につながれていたことを。
 駆け寄って助けてやりたいけど、おれの左手も手錠につながれたままだ。
 外すために、右手で鎖をつかんで引っ張った。鎖は右手にくい込むし、手錠は左手首にくいこみ、少し血も滲み出している。
「バカ! 太郎、何してんのよ! すぐに外れるわ!」
 麻衣子が何かを叫んでいるが、今は章純だ。早くしないと円柱型モニターに開いた入り口に筐体ごと飲み込まれてしまう。
 ガチャリ。
 何度目かの挑戦で手錠のカギが外れ、手が抜けた。
 筐体から飛び降りて、章純の元に走る。
「章純! ぼさっとしてないで早く降りろ! 手錠ならすぐに外せる」
 自走する筐体と併走しながら、章純に呼びかける。
「太郎」
 ずっと魂が抜けたように黙っていた章純がこっちを向いた。
「章純、早く降りろ」
「さっきはごめん」
「何のことだ?」
「いろいろひどいことを言って」
 ゲーム中の口ゲンカのことを言っているのか。
「そんなことどうでもいいから、そこから降りろ。手錠を外せ!」
「太郎は先に進んで。ぼくは溝辺さんを助けに行く!」
 希未を助けに行くだって?
 章純が乗る筐体が向かうのは円柱型モニターに開いた入り口。その先に何があるかわからない。
「レマが言ったろ。女の子と同じペナルティを与えるって。ペナルティを受けた人は、同じ場所に送られるんだよ」
「まさか、お前」
 ペナルティを受けるために、わざとおれにケンカを売ったり、ゲーム進行を妨害するように『ん攻め』を繰り返したのか。
 希未を助けに行くために。
「だったら、おれもついて行く!」
 章純が乗る筐体に、おれも飛び乗った。
「ダメだよ。太郎は残るんだ」
「いいや、おれも希未を助けに行く。おれ達4人は仲間だ」
「恋町さんは、まだ動けないんだ!」
 振り返ると、麻衣子は、まだ自分の筐体の前に立っていた。
 まだ筐体につながれたままなのか。
「えいっ」
 麻衣子に気を取られていたところを、章純に押された。
 バランスを崩したおれは筐体から足を踏み外し、背中を地面に強く打ち付けた。
 痛みに耐え体を起こした時には、章純は完全に入り口に入った後だった。
「まだ間に合う!」
 起き上がり、章純に向かって走る。
 せり上がっていた円柱型モニターが降りてきて、章純の顔を隠す。
「太郎は恋町さんと先に進んでくれ」
 まだ間に合う!
 走る。
 章純の体は、半分以上隠れている。
「ぼくは必ず、溝辺さんを連れて追いつくから」
 おれが走りつくのと、ほぼ同時に入り口は閉じてしまった。
『はいはーい。モニターは離れて見ましょうね。あんまり近いと目を悪くするからね』
 円柱型モニターに、またレマがあらわれた。
「レマ、開けろ! おれも中に入れろ」
『あれれー? 何言ってるのかな。せっかくゲームをクリアしたのに、次のゲームに進みたくないのかな?』
「当たり前だ! 仲間をふたりもとられて、黙っていられるか!」
「太郎、やめて!」
 麻衣子に肩をつかまれた。
 いつの間にか手錠を外し、おれの後ろに来ていた。
「行こう。ふたりのためにも」
 レマともめても、再び入り口が開くことはない。時間を無駄に浪費してしまうだけだ。
 理屈ではわかることだが、目の前で友達が姿を消して、すぐに割り切れることじゃない。
 そうか。章純もこんな気持ちで、第3ゲームを戦っていたのか。
『そうだよ。ケンカはやめようよ』
 円柱型モニターの中からレマにも諭される。こいつにだけは言われたくないんだが。
『次の第4ゲームへの道を開けるよ。君達の絆、今一度見せてもらおうか』
 奥の壁が左右に開き、下に向かう階段があらわれた。
「今度は下がるのか?」
「行こう、もう少しだよ」
「ああ」
 おれは章純を信じて、次に進むことにした。
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