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8話

第八話 女囚と仲間たち①

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第八話 女囚と仲間たち①

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 難所である。
 切り立った崖。
 昼なお暗い、深い谷底を進む一行。
 打ち捨てられたままの朽ちた白骨が、そのあたりに転がっていたりする。
 ヒュォォォォォォォォォ(風の音)。

「……怖い、気味が悪い、不安になってくる……。なぁ、グエン、それは当然の心理だろう⁈」
 私は外套のフードを深く被りながら、肩をすくめる。
 キョロキョロとあたりを見回した。

 い、いやだ!
 お化け出そう!何このオカルト観光地、心霊スポットみたいなとこ!
 こんな薄暗い陰鬱なロケーションの旅行なんて、まっぴらだ!
 早くおうちに帰りたい!!

「心理的な面よりもな。俺は、防衛の面で、いささか心許ないと思っているよ。こんな場所で野盗にでも襲われたら……フューリィ様と壽賀子、おまえたちのことはなんとか護れたとしてもだ。警護兵団のみんなが無傷ってわけにはいかないだろうし」
 グエンは、むやみに被害を出したくないという考えだった。
 あー。
 ノーダメージで切り抜ける、なんていう高い目標があるんなら、そりゃあ毎回、仕事の難易度も上がって大変なんだろうなぁ。
 職業意識の高いやつだぜ。おみそれしました。

「壽賀子さん、怖かったら私にしがみついていいんだよ?ほらほら、ねえねえ、ぎゅってして、安心させてあげるよ?」
 こいつもこいつで、いつもどおりだな……。
 グエンも聖者様も、二人とも、変わらず通常運転だ。

 やれやれだぜ。
 苦行の巡礼旅、ここに極まれり、ってかんじだなぁ。
 怖いし辛いし過酷だ。
 少し前まで、ぬくぬく定住生活、冬籠りラクラクゴロゴロおうちライフ満喫してたのが嘘のようだ。
 ああ、あの頃は幸せだったなぁ。
 おうちが恋しいぜ。

 ちらりと後ろを振り返る。
 警護兵団が隊を成して、ついてきている。
 警護兵のみんなも、さすがに兵隊然としていて、怖がったりなどしていなかった。
 きりっと凛々しい面構えを崩さずにいるのだった。

 その中には、刑務官スヴィドリガイリョフの姿もあった。
 彼などは特に、常に姿勢正しく凛としている。
 団服も着崩さず歩幅も乱さず、規律正しく随行していた。

 なんだよー。
 怖がりで情けないのは私だけかよー。
 泣き言かましてんのは私だけなのかよー。
 なんでみんな、そんな立派なんだよー。

 追い討ちをかけるように、雨まで降ってきやがった。
 雨季かよー。
 冷てぇー。
 体が冷えるし、道もグチャグチャドロドロで足元悪いし。
 難所を通る時に、悪天候が重なるなんて。
 うう、泣きそうだぜ。

 いやほんと、私が泣きそうになってしまった、その時だった。

「あああああ!もういやですわぁぁ!」
 泣き叫ぶ女の声だった。
 私ではない。私の声じゃないぞ。

「巡礼など、もうやめにしますわぁ!わたくし、帰ります!もう帰りたいんですのよぉぉぉ!」
 ワーワー喚き散らかす悲痛な声が、谷底に響いた。

 な、なんだ?
 この私と同レベルくらい忍耐力のない、この声の主は?
 思わず共感しちゃうじゃねえか。

 声の元を辿ってみると、少し先に行ったところにある、洞窟内にいたのだった。

 中は広く、平坦な地面もある洞窟だ。
 ざっと二十人以上はいる集団が先に陣取っていたが、まだまだ人がくつろぐ余裕はありそうだ。

 おお、野営の拠点にできそうだな。
 ちょうどよかった、我々も雨宿りさせてもらおうぜぇ。
 洞窟とかやっぱり怖いし、お化け出そうな不気味さはどこも同じであるが、この雨だ。この際、濡れないだけましだからな。

 はー、やれやれ、休憩休憩っと。

「ご一緒させてもらってかまいませんか?そちらの女性はどうされました?」
 先住の一行に、グエンが話しかけた。

 すると、代表者らしき壮年の男は途端、ほっとしたような安堵の表情を見せる。
 泣き叫ぶ女性の対応に手を焼いていたのだろう。
 もう、外部の人間の助けを借りなければならないところまで追い詰められていたと見える。

「高名な尼僧様なのですが、なにぶん、この難所で、しかも雨まで……。このところ御身体の調子もおよろしくなかったらしく、困り果てておりました。ここから引き返すよりかは、先へ進めば、いくらか休めるところもありますれば……」
 年老いた尼僧様のお供の隊。
 それは、けっこうな大所帯だった。

 尼僧様は、本国では名家の出身らしく、あきらかに富裕層といった豪奢な衣装や装身具である。
 身の回りの世話をするおそば仕えの小間使いや女官、医療に携わる専用の従事者、従者や護衛の者、すべてが、いかにも金回りがよさそうな見た目なのだった。
 わー、あからさまに成金趣味の、これ見よがしに金持ちアピールする、カネモ!ってかんじだなぁ。

「そちらの皆様は、ずいぶん旅慣れておられるご様子で頼もしい限りであります……。よろしければ、この先の聖地まで、我らとともに向かってはくだされませんか」
 代表者らしき壮年の男は、そう申し出た。

 聖者様と警護兵団の団長も交えて、話し合うことになった。
 難所を越えなければならない、今後の行程。
 この先は、盗賊が凶悪で組織化しており危険だという。
 しばらくは、この二組で協力しあって大人数で進んだほうが、たしかに安心ではある。

 利害が一致したようだ。


 聖者様はさっそく、年老いた尼僧様に気に入られた。
 尼僧様はみるみるうちにイキイキとしだした。
 聖者様を話相手として傍に置いてしがみつき、片時もそばから離さなくなったのだ。

 よかったよかった。
 聖者様が一緒ならば、尼僧様も、なんとか旅を再開してくれることだろう。

 私たちのほうも、贅沢で豊富な食材やら物資やらのおこぼれにあずかれる。
 それに、尼僧様をフォローしながらだからな。彼女に合わせた、のんびりゆっくりな休憩多めの行程の上、交代で馬にも乗せてもらえるので少しはラクもできるし、言うことなしだぜ。
 やったね、ヒャッハァ!

 
 雨も上がった。

 今夜は、この洞窟近辺で、みんなで自己紹介がてら、ちょっとした宴をすることになった。
 野営の設営や食事の準備など。
 私はグエンと一緒に、尼僧様の隊のみんなと談笑しながら、手分けして進めようとしていた。
 その時だった。

「壽賀子ちゃん!」
 私の名を呼ぶ、女の子の声。

「壽賀子ちゃん!嘘みたい!こんなとこで会えるなんて!」
 愛らしくて、甲高い声が響いた。

「あっ!ミュリュイちゃん⁈」
 わああ!
 びっくりした!こんなところで再会できるなんて!

 ミュリュイちゃん。
 それは、刑務所内で一緒に過ごした、女囚仲間だった。

「もう保釈されたの?私はまだ懲役中で、聖者様の苦行旅のお供でさ!」
「あたしもまだなの!今、尼僧様のお供してるとこ!」

 つづく!   ━━━━━━━━━━━━━━
 
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