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13話

第十三話  聖都と婚約者①

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第十三話  聖都と婚約者①

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 聖都に着いた。
 大陸随一の豪奢な都市である。
 歴史的建造物の数々に、洗練された街並み。国のランドマークを中央に配置して、そこから放射線状に伸びた街道が、何より秩序を感じさせる。
 統一感と規則性のある街割り、区画整理には、完成度の高い都市開発事業書の結果が垣間見えた。

 中でも、本聖堂の外観は圧倒的だ。
 真っ白い外壁に、煌びやかな大鐘、何本もの尖塔がくっついた外周部がとても神秘的だ。重厚感あふれる壮大な組積造である。

 この聖都は、聖者様やグエン、警護兵団、ほとんどのみんなの本拠地であり、故郷であった。実家も家族も友人知人も多くあり、到着後の様々な業務や手続きをこなした後は、みんな一様に休暇を楽しんで過ごしているようだった。
 
 旅の一行は、しばらく、ここに逗留するようだ。


 私も、聖者様のお供特権で、教団の施設や簡易宿泊所、食堂なんかは、無料で使いたい放題だしな。
 休暇だ休暇。久しぶりに思いきりのんびりできるぞ。

「さぁ、一日中ベッドでゴロゴロして、本でも読もうっと」
 ベッドサイドのテーブルには、あったかいお茶と甘シャリお菓子を用意してっと。
 お一人様おうちパーティしよう。
 ウッキウキ。はぁ、至福。
 ああ落ち着くー。
 おうちが一番。
 私にはやっぱり、こういう生活が合ってるんだよなぁ。

 私が今いるこの場所は、聖堂宿舎の一部屋である。
 それは、狭めのビジネスホテル、シングル用といったところか。ネットカフェやカプセルホテルをちょっと広めにしてあるってかんじ、かも。
 このくらい狭めでも、秘密基地感あって居心地いいし、意外に快適なんだよなぁ。
 ああ、幸せー。

 そうして私が、ラクラク部屋籠りインドア生活を満喫していると。
 すると。

 そこへ、客人が訪ねてきたと伝言が入る。
 女性専用の棟なので、わざわざ外へと呼び出されるのだった。
 しばらく一人でのんびりしたいから、グエンや聖者様には来るなって言っておいたんだが。



 呼び出されていった先は、ピロティ、ロビー的な、面会する場所。噴水や中庭を有した、広間みたいなところである。
 白漆喰の壁にもたれかかっている人物がいた。
 こいつか。

 もおぉ。
 なんだよ、誰だよ。
 私のプライベートな時間を邪魔すんじゃねぇよ。
「グエン~」
「壽賀子、ごめん。来るなって言われてたけど心配で……顔が見たくて」
 グエンだった。

「体調はどうだ?おまえ元気そうにふるまってたけど、荒神の大雨に打たれて熱出してからしばらく具合悪かったんだろ。足の傷も、もう治ったのか?」
 見舞いのつもりらしい。

 たしかに私は、あの雷雨の際に風邪をひいて体調を崩しがちになった。
 さすがにこれまでの旅の疲労も溜まっていたのかもしれない。
 宿泊所に籠っていることで、療養しているとでも思われてたのか。

「元気だったか?都に着いてからも、しばらくちゃんと話せてなかったから。どうしてた?どう過ごしてた?」
「聖堂の宿舎とか簡易宿泊施設が充実してるから、ゴロゴロして、のんびり過ごさせてもらってるよ」

「そうだよな。大きな都市では、たくさんの過激な信者の目につきやすいものな。例の観光立国の時みたいに、裏路地にでも入ってしまったら、また襲撃されるかもしれないしな。怖くて外出もままならないよな……。宿で人目につかないように過ごすしかないのか」
「ええ?いや別に、そういうわけでは。そりゃあ過激信者は怖いけども、私は好きで宿に籠ってるんだが……。ていうか、あの観光立国の時のこと、そんなの話したっけ?」
「刑務官のスヴィドリガイリョフのことは、団長を問い詰めたよ」
 えっ。
 ああ、そうだったんだ。
 なんだ。

「他の団員にももちろん、フューリィ様にも、彼の正体は言ってない。人目のないところでは、俺も彼と会話をするし、合図や手紙のやりとりもしているよ」
 そうだったのか。
「どんな内容だよ?」
「そりゃあ、おまえのことだよ。主に警護面だ。あとは、仮保釈までの進捗状況や、旅の懲役を取りやめて、監獄に戻れないかどうかっていう相談だ」
「ええ?」

「なあ、壽賀子。俺はもう、おまえを危険に晒すのは耐えられない。やはり旅は過酷だ。過激な信者に襲撃されたり悪党に攫われたり、無茶な頼み事をされて怖い思いをしたり怪我したり……いっそ、獄中のほうがましなんじゃないかとすら、悩むようになったよ。今、都に着いたこの機会に、俺、掛け合ってるんだ。フューリィ様の供の任から、解放してやってほしいって」
「え、えええ」

 グエンは、そこまで思い詰めていたらしい。
 私が攫われたり怪我したことは、私が思っていた以上に、グエンのダメージになっていたようだった。

 荒神様の村で起こった、一連の出来事。
 あれ以来、グエンと聖者様は、私の扱いについて意見がぶつかるようになり、対立することが増えていた。

「無理するなよ、グエン。聖者様や上が決めたことに逆らったら、あんただってただじゃ済まないだろう。私は大丈夫だよ。旅だってもう少しは続けられるし、仮保釈が早まるチャンスなんだし、もう少し頑張ってみるよ。こうして、ここでもうちょっと休んだりのんびりしてれば、また元気になるからさ」



 あの後。
 雷撃での惨状を目撃した後、なんとか無事に村へと帰還した私と刑務官スヴィドリガイリョフ。

 あの長老は、雨が降ったことを喜ぶばかりで、ジュドーたち悪党組織への関与は、一切知らぬ存ぜぬで追求を逃れ、しらばっくれを貫き通したのであった……。
 あくまで私が偶然、たまたま、悪党組織の人攫いの被害に遭ってしまっただけであって、村は一切何の関係もなく落ち度もなく関与を疑われるなど滅相もないことだと、厚顔無恥にも言い逃れようとしたのであった……。
 
 刑務官スヴィドリガイリョフのほうは、いつも通り。
 あの雷雨の中での彼のとち狂った言動は、夢だったのか幻だったのかと思うくらいに。
 何事もなかったかのように、すぐに、普段通りの冷徹な刑務官スヴィドリガイリョフに戻っていたのだった。

 あれは、何だったんだろう。
 私は、夢か幻でも見ていたのだろうか。



「なあ、壽賀子……」
 ふいに、グエンが私の名を呼ぶ。

 中庭を有した広間。
 天井が空へと開放された、伸び伸びとした空間。
 私たちは、噴水前の大きな柱にもたれかかって話をしていた。

 グエンは、柱を背にした私に向き直り、じっと見つめ始めた。

「触れてもいいか?」
 グエンは、いきなりそんなことを尋ねてきた。

「え、ええ?ど、どこを?」
 
「どこなら触っていいんだよ」
「え、えええ」
「どこなら許してくれるんだ?」
「ええ、いや、その……あの、どこ触りたいんだよ?まず、そっちから言えよ……!」

「髪、とか」
「ええ、髪なんか触りたいのか?いや別に、いいけど……」
 グエンの手が差し伸ばされた。

 その大きな手が、私の左側頭部に触れていく。
 さらさらと、私の髪を撫でていった。

つづく! ━━━━━━━━━━━━━━━━
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