一般人がゆく!一年間のまったりVtuberスローライフ。

kurotohai

文字の大きさ
19 / 19

第17話 泣きっ面に蜂

しおりを挟む
 頭がグァングァンしている。脳裏に浮かぶのは昨日の配信。学生時代の大切な思い出の曲が一夜にして黒歴史曲に早変わりだ。マレ熊は酔っても記憶を失わないタイプだった。その体質を今心から恨む。忘れる事ができたらどんなによかっただろう。
 歌の他にも色々やらかした。社会への不満とか会社への愚痴とか。特定されるような事は漏らしてないと思うが……。
 その時、スマホが鳴った。慌てて手に取り、表示されている名前を見てギクリとする。
 黒白会社。それはマレ熊が配信で散々こき下ろした会社の名前だった。頭の中で昨夜の配信が高速再生され、訴えられるような発言がなかったかどうか確認する。そうやってぐるぐる考えている間にも電話は鳴り続ける。
(と、とりあえず出なくちゃ……)
 マレ熊は息を呑んで、スマホの応答ボタンをタッチした。
「仁子さんのお電話でしょうか。お久しぶりです、保健師の佐藤です。」

 電話を切ったマレ熊は緊張の糸が切れて、深くためいきをついた。電話の相手は職場の保健師だった。
 飲酒配信では会社勤めは過去のことであるかのように話したが、本当はまだ会社に所属していた。現在のマレ熊、いや仁子は休職中。保健師の用件は、休職に入ってしばらく経つ仁子と直接面談して身体の調子を確かめたいというものだった。
 正直会社の人と会いたくなんてなかった。しかし、まだ社会に片手をかけている者として、断るという選択肢は最初からない。
 面談は数日後だ。その日までどう過ごそうか。とても配信してゲームや雑談に興じる心の余裕はない。迷った末、仁子はマレ熊アカウントのSNSに一件の投稿をした。
『重大な精神的ダウンのため、数日間配信はお休みします。ヒントは飲酒配信。察してください』
 実際飲酒配信での失態も仁子の精神にダメージを与えているため、嘘ではない。
 投稿にはすぐ数件のコメントがついた。

コメント:あまり落ち込むな、歌良かったぞw
コメント:お休み了解。復活配信は歌枠希望w
コメント:ゆっくり休んで心の傷を癒してね

 リスナーのコメントを見ると少し救われる気がした。

 どんなに嫌でもXDAYはやってくる。今日は仁子が会社の保健師と面談をする日だ。久しぶりにスーツに袖を通す。大嫌いな服を着ると、なんとなく息苦しい。鏡で全身をチェックして、仁子は数か月ぶりに会社に向かった。
 面談室の扉をノックして開けると、保健師の女性が出迎えてくれた。ひと回りほど年上の穏やかな雰囲気の女性だ。どことなく見覚えがあるのは、仁子が休職手続きを取った際にも彼女は同席していたからだろう。
「仁子さんお久しぶりです。さあ、こちらにどうぞ」そうして面談が始まった。

「仁子さん、夜は眠れてますか?」
「食欲はあります?」
「身体を動かす時間は作れてます?」
 仁子は全ての問いに無難に答えていった。まさかVtuberとしての配信生活を赤裸々に語れるはずもない。ある程度生活状態に関する質問が終わった後、保健師は声のトーンを一段上げ、明るい口調で話し出した。
「実はね、仁子さんの調子が良さそうだったら、会社に復帰する準備を始めてみるのはどうかという話がありまして……」
「えっ……」
 仁子は自分の身体がみるみる冷たくなっていき、顔がこわばるのを感じた。
 そんな仁子の様子を敏感に察した女性が「あくまで仮定の話よ?無理に復帰という話じゃないから安心してね」と慌ててフォローを入れた。仁子はもうちいさく頷くことぐらいしかできなかった。
 明らかに覇気がなくなった仁子を見て「今日の面談はこれでおしまいです。仁子さん、身体を大事にね」と声をかけてくれた。
 そこからどうやって退席したかはよく覚えていない。気づいたら仁子は人気のないトイレで涙を流していた。アニメで聞くような嗚咽が自分の喉から出てきて止めることができない。
 自分は一体何に対して泣いているんだろう?保健師の女性は優しかった。態度も声も仁子を追いつめるものではなかったはずだ。『会社に復帰する』その言葉だけで、こんなふうに追い詰められてしまうのか。
 しばらくして嗚咽はおさまり、仁子は人目を気にしながら家路に着いた。

 家に着くと身体から力が抜けて、ずるずると床に座り込む。自分の傷の深さを再認識した。そして会社に対する嫌悪感も。仁子に与えられた休職期間は実質1年間。その期間を仁子は自分の好きなこと、Vtuber活動に使うと決めたのだ。
(そうして1年後、どうするつもりなの?)
 自分の理性の声を頭を振って拒絶する。1年後のその先なんて……知らない。
「会社に復帰なんかしない。私はVtuberやるって決めたんだから」
床に座り込んだ仁子は半ば朦朧としながら、数か月前のことを思い出していた。自分がVtuberとして歩みだすことになったきっかけを。

 数か月前。
「あーもうやってらんない」仕事を終えた仁子は友世相手にくだを巻いていた。
「どうした、仁子。また例の上司と何かあったのか」
「アイツの話始めたら今日だけじゃ時間足りないんだけど!ハァー……なんかさ上司が意味わかんない仕事の振り方するせいで全然仕事が進まないんだよね。そうしたら一日が本当に仕事して家に帰るだけで終わっちゃう。趣味の時間も取れなくて、何のために生きてるのか分からなくなってきたよ……」
「人は何のために生きるべきか、非常に哲学的な問題だな」
「いや、私はただ早く帰ってゲームしたいだけなんだよね。もうさ、最近はVtuberの配信を見ながら寝落ちする時間が唯一の救い……。自分でゲームする時間はないけど、人の配信なら何とか追えるからさ」
「ふむ、Vtuberか……」
「みんなさ、ほんと楽しそうにゲームするんだ。リスナーと話したり、Vtuber同士で楽しく協力ゲームしたり……あ~!私も仕事辞めてVtuberになりたーーい!……なんちゃって」
「Vtuberになりたい。いい夢じゃないか」
「へへっ、夢のまた夢ってやつだね~あはは……」
仁子が壊れたのはそれから一ヶ月のことだった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

王様の恥かきっ娘

青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。 本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。 孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます 物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります これもショートショートで書く予定です。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。

亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。 しかし皆は知らないのだ ティファが、ロードサファルの王女だとは。 そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

処理中です...