静かに暮らしたいケモ耳少女は、シシグマ王子のお気に入り

本人は至って真面目

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4 ジェリーチの活用(1)

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 それから、どうやって案内を終えたのかはあまり覚えていない。
 砦までジークを送っていった記憶はあるけれど、今思い返すと明らかに不審なカナタの様子に気掛かりな表情を向けられていたような気もする。
 しかし、どうして事情を説明できようか。「私がそのアッシュです。ジークを守るためにつがいとして選定し、アナタを守ってました」なんて。

 という訳でこれ以上彼と顔を合わせることに耐えられず、逃げるように帰って来た訳だが……ジークから逃げ回る日々は長くは続かなかった。
 それからひと月後。義父を通じて、カナタはまたジークと会うことになってしまったのだ。



「どうも、先生。先日は娘さんを貸していただき、ありがとうございました。おかげで面白い果実を知ることもでき、辺境領の理解も進みました」
「カナタが役に立ったなら良かったよ。まだ若いけれど、彼女はあそこのスペシャリストだからね。北の森についてなら、僕よりもよっぽど色々と知っているから」

 指定の日に招かれた部屋を訪れると、出迎えたジークは嬉しそうに義父と会話を始めた。和やかにやり取りを交わす彼らの邪魔にならないように少し距離を保ちながら、カナタは不思議な気持ちでそんな二人を眺める。
 事前に聞いていたとおり、ジークは義父であるノエンを師として随分と慕っているらしい。二人のやりとりを見ているだけでも、彼のノエンに対する心酔が窺える。

 ジークの物腰がいつもより落ち着いているように見えるが、それが砦での彼の姿なのだろうか。もっとざっくばらんな彼を知っているカナタとしては、どことなく落ち着かない。

(なんだか絵本に出てくるチョッキを着たクマさんを思い出すなぁ……)

 丁寧な物腰でお行儀よく話をする彼の姿を見やりながら、カナタは内心でそんな失礼なことを考えていた。頑強な身体と紳士的な格好の取り合わせは、何ともいえないユーモラスな愛らしさだ。

「それで、今日はお二人に見てもらいたいものがありまして……」

 やがてジークは落ち着いた口調で切り出した。しっとりとした、耳に心地好い声。喋り方が違うだけで、彼の印象は随分と変わってしまう。
 その真剣な表情に思わずどきりとして、カナタは慌てて目を逸らした。



「まずはこちらを」

 おもむろにジークが持って来たのは、グラスに入った一見普通の黄色い果実水だった。
 ……しかし、それと一緒にスプーンを添えているのはどうしてだろう? そう思ってよく見れば、果実水の水面はテーブルに置かれてもさざ波ひとつ立っていない。

 そこまで考えてから、はっと気がついた。

「もしかして、コレ……」

 受け取ったグラスをそっと傾けてみる。
 ――カナタの予想通り、果実水は溢れことなく水面を保持し続けた。やはり、これは液体ではないのだ。
 液体にしか見えないのに、カタチを持つもの。その性質なら、よく知っている。なにしろそれは先日、ジークに紹介したばかりのものなのだから。

 カナタの表情を見て、ジークはにこやかに手を打った。

「そう! ジェリーチの性質を利用した菓子なんだ! ……俺が作ったんだけど、食べてもらえるかな?」

 ……作った? ジェリーチの菓子? 色々と疑問は尽きないが、小さく頷いてカナタはスプーンを手に取った。



 そっと表面をつついてみる。手元に返ってくるのは、ジェリーチとよく似たぷるんとした弾力だ。…… いや、少しだけこちらの方が水気が少ないだろうか。いつもよりちょっと固い。
 そんなことを考えながらスプーンを突き立てると、何の抵抗もなく黄色い中身はその上にすくい取られた。こっそりと横目で伺うと、ノエンも興味深そうにグラスの中の菓子を検分しているのが見える。

 スプーンの上でプルプルと揺れる姿をしばらく観察してから、えいや、とカナタは口の中にそれを放り込む。喉元をつるりと通り過ぎていくその感触もまた、間違いなくジェリーチのもの。だが、それ以上に――。

「美味しい! レモン味のジェリーチだ!」

 ジェリーチよりも遥かに鮮烈な酸味と香り。あらかじめ冷やしておいたのか、喉越しも爽やかで喉を滑り落ちる感触が気持ち良い。

「えっ、コレ、完全にレモンの味じゃない!? ジェリーチにレモン果汁かけたのかと思ったら、全然違う!」

 こら、とノエンに肘で突かれてカナタは慌てて口を閉じた。先日の気安い態度が表れてしまったことに気づき、一旦言葉を切ってから言い直す。

「ご自身で作られたとおっしゃっていましたけれど……」

 今度は、妙にしゃちほこばった言い方になってしまった。不自然なのは自覚しているが、今更どうしようもできない。



 このドラ娘が、と横目で睨みつつもノエンがその先を引き取った。

「うん、カナタの言う通りだよ。本来ジェリーチは、調理に向かない果実。水気が多く腐りやすい果肉をなんとか加工できないかと、僕たちも煮たり乾かしたりして色々試してみたことはある。でも、結局この特有の食感を加工することは叶わなかった。ジーク殿は一体どうやって……」

 並々ならぬ興味を示すように、ノエンはずいと身を乗り出す。そんな彼の反応に、ジークは居住まいを正して切り出した。

「ええ、先生のご指摘のとおりです。その点は、あらかじめカナタからも説明を聞いていました。そこで俺は果肉そのものではなく、ヘタに注目したんです」
「ヘタ?」

 カナタとノエンの声が重なる。続きを促すまでもなく、ジークは頷いて話を続けた。

「そう、ヘタです。ジェリーチはヘタを付けたまま置いておくと日持ちが悪くなる――カナタに聞いた情報から、俺は逆の発想に至りました。すなわち、ヘタはジェリーチの実の成長に関わっているのではないかと」

 カナタは思わず息を呑んだ。ジークが提示した、今までにない発想。隣のノエンも食い入るようにジークを見つめている。

「その結果が、コレです。ジェリーチのヘタ部分と、そして少量の砂糖……それさえあれば、煮立ったお湯に混ぜるだけでジェリーチの食感は再現できる」
「なんてことだ……」

 呻くようにノエンは声を洩らした。

「それはつまり、果肉部分はこの性質にまったく関係ないと……?」
「そうです。しかも、まだこれは検証途中なのですが……ヘタは乾燥させてもその性質を維持し続けるようです。つまり、保存性、運搬性にも優れている可能性が高い」



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