穢れた世界に終焉を

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一章 歪んだ街に終焉を

官軍はコチラなのだから

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 穢物えものとはこの世界の穢れが実体化したもの。
 不完全な失敗作だからこそ生まれるもの。

 完全な世界であれば穢物えものは生まれないし、裏も表も無い。
 というのが余所者の共通の考えであり、神がかつて嘆いたとされている言葉の一つ。

 誰かに埋め込まれた知識であることが否定できないまま、ヒメ含め余所者の誰もがその思想に従って生きているのだ。

「流石に、見過ごせませんね」

 聞こえてきたのは仲間の声ではなかった。
 だが、初めて聞く声でもなかった。

「リベルか」

 反抗者。ヒメのことを邪魔してくる者達の総称。
 そのまま"はんこうしゃ"と呼んぶ者もいて、人によって呼び方は異なるがヒメはリベルと呼んでいた。

「荒事は好きではないのですが、たまには我々が脅威であるということを再認識していただく必要がありますので」

「おま、それ……!」

 リベルが差し出したものを見たヒメの瞼が僅かに開かれる。
 ほんの少し。世話役と別れてから十分も経っていない間に行われたささやかな反抗。

「死んでる……」

「いえ、殺してはいませんが」

「こいつにはめっちゃ可愛い妹がいるらしいって話なのに……!」

「あの、だから殺してないのですが」

「おめーには家族がいねぇってのかよ!」

「姉と妹が」

「テメェふざっけんな私は姉妹に憧れてんだよ! どいつもこいつも口を開けば姉が妹が、って自慢ばっかしやがって羨ましい!」

「夢を見過ぎ、なんてこちら側の言葉は届きそうにありませんね」

 途中、我慢の限界が来たらしくリベルへと掴みかかっていったヒメ。
 その拍子に投げ出されたヒメの世話役が気持ちよさそうに目を細めたまま血を流しているのだが、最早ヒメは彼のことなど眼中にはないらしい。

 というより、心配するのではなく恨むべき対象へと認識が反転しまっていた。

「いいのです、わたくしよりもヒメ様がご無事であるのなら……」

 なんて、ヒメ達の口論をBGMに涙を流しながら語られても困る。
 血を流していることから軽くない怪我をしているのは確実なので、早いところ手当てを受けてもらいたいところである。

 ちなみにだが。彼は日頃から姉と妹にこき使われているために、雑な扱いをされても泣くだけで済んでいたという背景が。
 事が終わればそんな事もありましたねと笑顔で乗り越えられるだけのメンタルを持ち合わせていたのは不幸中の幸いだったと言えるだろう。

 やはり大切なのはメンタル。メンタル! メンタル!

「あなた達が大人しくしていればこちらとしても大人しくしているつもりではあるのですよ」

「私達に仕事をサボれとでも言うつもりか?」

「どちらかといえばストライキです」

「上がいねぇんだから抗議のしようがねぇんだって皆して言っている」

「それは、まぁ。お気の毒に」

「つまり、大人しくなんてできないということだ」

「上がいないのならサボっても怒られないのでは……?」

「無理だ」

「それはまたどうして?」

「仕事をしない奴の行き着く先は死。誰だって、死にたくはないだろう」

 言うならば天罰。神がいないと言いつつも理不尽なまでに彼女らへと降りかかってくるのは、文字通りの天からの罰。
 時には落雷。時には落石。無数の鉄剣や槍が降り注いできた事例もあるとかないとか。

「私達も縛られているというわけだ」

「……歪んでいますね」

「あぁ。だから終わらせるんだよ、こんな世界」

 だが、仮にも命を授かったのならば。
 生死を理解し、人の死を悲しむだけの心の在り方を持ってしまっているのなら。

「そんな世界でも。生きていたいと思うのは――」

「――当然だな」

 神の考えが正しいというのならば。ヒメたちに与えられた世界の終焉という果てが願いの行き着く先であるのならば。

「私は、もう考えるのを諦めたのだ。抵抗するのならば好きにしろ」

 この世界に生きる者から嫌われたとしても。

「手加減とかしていただけたり」

「するわけないだろう。その方が、楽だろ?」

 卑雌ひめという名を貰ったその時から未来は決まっていたのだ。
 
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