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23-5 あえて何も聞かず

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 乗降スペースに車を停めたあやさんが、警戒心を強めた俺を見つめる。

かいが心を許せる人間は数人しかいないわ。家でも、烈ともうひとりだけ」

 綾さんの真剣な眼差しを受け止めた。

「あの子をよろしくね」

「凱は……」



 よろしくって、烈にも言われたけど。あの時は……セックスで気を失って醒めた凱の様子に気をつけて、身支度させてくらいに思ってたよ。

 違うんだな。
 家族に心配されるほど、凱はどこか危ういか?
 全然そうは見えない……けど。



「大事な友達です。凱が困ってたら助けたい。俺に出来ることはする。人にお願いされなくても……俺がそうしたいから。話を聞くとか一緒に笑うとか遊ぶとか、普通のことも」

「ありがとう」

 それだけ言った綾さんは、すごくあたたかくやさしげに微笑んで。
 俺も笑みを返した。

 車を降りる。

「送ってくれてありがとうございます」

「気をつけてね」



 駅の改札を抜けて、息をついた。



 つ……疲れた……!



 半日テストやって。凱とセックスして、パニクって……最後に警戒モードで15分弱。

 よけいなこと言わなかったよね俺?
 バスのほうがよかったか?
 いや。
 この時間、バスは1時間に1本もないらしいし。凱に身体休めてほしかったから、これでよし。実際、階段降りる時肩貸すくらいだったもんな。

 まぁ、おかげでまだ7時半。
 夕飯に間に合いそうだ。

 学園のある駅から電車に乗ること6分。家の最寄り駅が見えてきた。



 ほんとにクタクタ……身も心も! ものすごく充実して濃ゆい1日だったよ……。
 あとは家まで歩くだ……け……。

 あれ?

 俺の乗った電車が到着するホームの向かい。ここから学園方面に向かう電車を待つ数人の中に。



 御坂……がいる。



 電車が停まるまでの十数メートルの間目で追って、確信した。
 間違いない。御坂だ。

 ホームに降りたちょうどその時、向かいのホームにも電車が到着。
 御坂の姿は当然なくなり、線路越しに声をかけ合うとか出来なかったけど……。



 沙羅だよね? 御坂がこの駅にいた理由。



 その意味を考え出して……やめた。

 揉めたのか。
 話し合いでもしたのか。
 ケンカしたのか。
 ヨリを戻したのか。
 家にいたのか。
 送ってきただけか。

 何だとしても。



 沙羅が選んで決めたなら、それでいい。



 てか。いいも悪いもないよな。俺がジャッジすることじゃない。
 ただ……後悔してほしくないだけ。

 俺はしてない。

 だから、自分からは言わないけど。沙羅に聞かれたら……シラを切らずに話そう。
 あー……でも。
 今日はキビシイ。疲れてるの。眠いの。
 
 それに……あとちょっとで家に着く今になって実感する。



 俺、凱とセックスして。ものすごく欲情しちゃったよ……! 



 男も平気どころじゃなく、男のほうがいい……ゲイだな俺。ちょこっとだけバイで。うん。

 あらためてそう自分を認識すると。
 家族に会うの、気恥ずかしいよね。
 せめて今夜はそっとしておいてもらいたいって感じ。

 そんなことを思いつつ、灯りの点いた家に帰宅した。



 鍵を開けて玄関に入る。
 いるはずの沙羅は無反応。そのまま部屋に行って着替えてから、キッチンのドアを開けた。

「ただいま……」

 微妙にカタい声で言う俺に。

「お帰り……」

 同じく微妙にカタい声で返す沙羅。

「私もさっき帰ったとこなの。今日はレトルトのカレーでいい? あとプチトマト」

「うん。じゃあ俺、ご飯あっためるよ」

「お願い」

 分担して即席の夕飯を作り、カレーの皿を前にダイニングテーブルで向かい合う。
 真ん中にある、1パック分の山盛りプチトマトのボウルにちょっと和む。



「テストどうだった?」

 二人で黙々と進めてた食事も終盤、沙羅が口を開いた。

「まあまあかな。いつもと同じ。お前は?」

「私も。あ、今回の英語は自信ある。力入れたかいがあったわ」

「お前、英語好きだもんな」

 会話が終了。



 沈黙は珍しくない。苦痛でもない。
 家族ってそうだよね。会話がなくても間が持つの。
 何か話さなきゃ気マズいって感覚がない。それが楽な間柄。

 でも、今は。
 停滞してる気の中で、互いに相手を窺ってるみたいでまったりしない。
 いや。
 みたいじゃなく、窺ってるんだよ。

 俺が沙羅に、沙羅が俺に……聞かずにいることがある。

 聞くべきなのか、聞かないほうがいいのか。
 聞きたいのか聞きたくないのか。
 その答えは、全部イエス。
 プライベートは尊重しつつも、気にはかかる。

 傷ついてないか。ひとりで悩んでないか。力になれることないか……って。

 家族で親友だからな。
 なのに、俺も沙羅も口火を切らないのは……。



 聞くし話す。だけど……今はやめよう?



 そう思ってるから。
 二人とも……たぶんね。



「ごちそうさま」

 先に席を立った俺。
 片づけて、コーヒーを淹れる。沙羅の分も。

 二人分のマグを持ってテーブルに戻る。
 ちょうど食べ終えた沙羅が、目の前にコーヒーを置いた俺を見て、儚げな笑みを浮かべた。

「ありがと」

「疲れてるな」

將梧そうごもね」

 今日はどうしてた?

 いつもなら、自然にそう聞く流れだけどヤメ。
 代わりに、答えを強要しないコメントを。

 追及しないけど、知ってる。わかってる。そうなんだよね?……って伝えるために。

「さっき、駅で御坂見たよ」

 沙羅が、気を緩めた顔で息を吐いた。

「送ってもらったから」

「そうなんだ」

樹生いつきが、將梧は凱とお昼食べて家に帰るって言ってた……って」

「うん。昼飯食べたあと、凱んち行ってた」

「そっか」

 俺と沙羅は、あえて何も聞かず。
 確認した事実からそれぞれが推測することも口に出さず。



 よく考えたらコレ、俺から言わなきゃ始まらなかったね。
 俺が凱と一緒だってこと、沙羅は御坂に聞いたんだもんな。

 とりあえず、今夜はこれで終われそうで安心。

 俺のこと、沙羅はいろいろ聞きたい気もあるだろうけど……腐女子の血より、今は自分のことで手一杯みたいだ。
 沙羅のことは。御坂と何があったかのあらましは、あとで聞いといたほうがいいけど……俺が詳しく知る必要はなし。



「明日にでも、話聞くよ。今日は……早く寝たい」

「そうね。私も。將梧の話も、今度聞かせて」

「うん。あ……沙羅」

 俺を見るデカい目が充血気味なの、気づかないフリしたほうがいいんだよね?

「してない? 後悔」

 何に対しての後悔かはぼかしたまま。

「たぶん……しない。將梧は?」

「してない。大丈夫」

 それきり、互いの事情には一切触れず。俺たちはまったり気分でコーヒーを飲んだ。



 寝る前にチェックしたケータイにメールが……御坂から。
 今までに一度か二度しか来たことがない相手からのそのメールの中身は。



 明日の朝、早く来れたら教室で。話したいことがある。



 長い1日が終わって。
 アラームをいつもの1時間前にセットして、ベッドに倒れ込んだ俺。

 早めに寝ることにして正解だったな。



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