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第7章 対話

目的のために……?

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 真実は外側からは見えない。
 その中に入ってはじめて、真の姿が何であるかわかるもの。
 そして。
 真の姿を見ることを望む者には、全てを受容し得るキャパシティが求められる。

 真実が、常に望む姿をしているとは限らないから。



 館が見えてきた。
 玄関へのステップを飛び上がる。

 扉を開けた視界の先の廊下に、れつの姿。

「烈!」

 足を止めた烈が振り返る。

「ジャルド!? どうしたの? そんなに……」

「修哉さんは?」

 息を切らしながら言った。

「修哉さんはどこの部屋?」

「いったいどうしたの?」

「いいから! 教えて!」

 僕の剣幕に、烈が眉を寄せる。

「修哉さんはいないよ」

「ええ!?」

「夕食のあとすぐに、あやさんと出かけたから」

「そんな……」

 足の力が一気にぬける。
 修哉さんがいないなんて、思わなかった……。

「綾さんと……もう帰って来るかな?」

 期待を込めてそう聞く僕に、烈は困ったような顔になる。

「しばらくは帰って来ないと思う。たぶん……ホテルかどこかに行ったから」

「え……?」

「あの二人、恋人同士なんだ。館だと気を使うから、たまに外に……やりに行くみたい」

 修哉さんと綾さんが……!?

 いや。
 今はそれどころじゃない。

「何かあったの? 修哉さんに急用だった?」



 どうしよう……どうしたら……。
 烈と僕だけじゃ……ちょっと厳しい。
 ショウは……ダメだ。
 女の人には頼めない。

 男は、もう1回イッたら終わりって言った。
 僕が小屋に着く前からだとして、もう一度同じだけやられたら……かいは……。

 あとは……リージェイク。

 でも、凱の状況……凱がリージェイクにしたこと……。
 リージェイクに凱を助けてなんて……頼んでいいのか……?



「ジャルド!」

 烈の声で我に返る。

「きみがそんなふうに慌てるなんて……何があったの? 僕に何か出来ることある?」

 冷静なグレーの瞳。



 烈は凱の弟だ。
 リージェイクの時……烈はその事態に怯まずにいられた。

 話そう。
 烈なら力になってくれる。

 ここじゃまずい。



 素早く辺りを見回した僕の袖を、烈が引っ張る。

「こっち」

 僕たちは玄関からすぐの小部屋に入った。



 真剣な表情で僕を見る烈に、事実だけをストレートに言う。

「凱が、森の小屋で男にレイプされてる。かなりひどく。助けなきゃ」

 その言葉の意味を理解したあと、烈はフッと表情を緩めた。

「大丈夫だよ」

 え!?

「たぶん、レイプじゃないから。凱は必要なら……男ともセックスするんだ」

「や……でも……」

「自分がしたくてするのは女とかもしれないけど。自分がほしいものを手に入れるためとか、何かの取引で要求されたとか……そういう場合は、女でも男でも相手するみたい」

「そんな……いや、でもさ……」

 平然と説明する烈に、何て返したらいいかわからなくなる。



 あれが……あのセックスを、凱は承知でやってるの……!?
 ほしいもののために……?
 何かの、目的のために……?
 だって、あんな……そこまでするの……!?

 いや……やっぱり、違うんじゃ……。



「烈は……何でそんなこと知ってるの?」

「見たから」

 烈が息を吐く。

「前にさ、凱の部屋で叫び声がして何事かと思って開けたら、凱が男に突っ込んでた」

「突っ込んでって……」

「凱はどっちも出来るんだよ。必要に応じて。その時は僕も……凱が男をレイプしてるのかと思った。でも、聞いたら、頼みごと聞いてもらう代わりにセックスする約束だからって」

 頼みごとの代償に……?

「凱が叫んでることもあったよ。僕はまた何かの取引だと思って放っといたけど……綾さんが駆けつけちゃって。それ以来、凱は館の中でそういうことするのは控えるようになったんだ」

「そう……なんだ……」

 烈の言ってることは理解できる。
 でも……。

 僕よりも先に、烈が口を開く。

「何でみんなセックスしたいのかな」

「え……?」

「そんな欲求、ないほうが平和だよ。まじめな顔して生きてるくせに裏では変態性欲者なのがいっぱいいるし。セックスの欲求は理性も常識も超えるし、犯罪も引き起こすんだ。人間っておかしいよ」

 一気にそう言って、烈がハッとする。

「ごめん。きみに……こんなこと言って」

「いいよ……僕もそう思うから」

 実際に、烈の意見には僕も激しく同意する。
 でも……。

「でも、凱は……必要なら男ともするんだろうけど、今のは無理やりかもしれない。それに、レイプじゃないとしても、助けないと。男に咬まれて……血だらけなんだ」

 烈が顔をしかめる。

「そうだ……今何時!?」

 言いながら、部屋の壁を見た。

 左側の壁に掛かる時計の針が示すのは、10時30分。



 僕が小屋に着いたのが、9時10分から20分くらい。
 走ってここに戻って今話してた時間が、もう20分くらいだとすると……1時間近くあれが続いていたってこと!?

 まだ今もきっと……。



「烈! 早く行かなきゃ、凱がどうにかなっちゃうよ」

「ジャルド。凱が自分でその状況になったんなら……そのセックスが相手の要求だったら。無理やりだとしても、僕たちが途中で止めるのは邪魔することになる」

 静かに、烈が言った。

「何言って……助けなきゃ……」

「凱はちゃんと考えてるよ。嫌だったら自分でどうにか出来るはず」

「出来ないよ! 縛りつけられてるんだ」

 烈の表情が険しくなる。

「凱は森の小屋のベンチに縛りつけられて、男にずっとやられてる。男は凱を痛めつけて……楽しんでる」

 時間が刻々と過ぎていくのに焦りながら、僕はゆっくりと言った。

「僕は、凱を助けたい」


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