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第9章 受容する者

壊れていないだろう?

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 テーブルに置いた両手を握りしめた。

「ある人間の持つ情報が重要で、どうしてもそれを引き出す必要がある場合。拷問は有効な手段だ。基本的に、人間は快楽を求め苦痛から逃れようとする生き物だからね」

 リージェイクが淡々と説明する。

「提示された条件をのめば苦痛から解放される、そして、その条件が自分の知っていることを話すだけなら……死んでもかまわないと思う人間以外は、最後には落ちる。かかる時間に差はあっても」

「リージェイクは……死んでもかまわなかったの?」

「途中からは……そうかな。死ねるなら、それもよかった。むしろ、殺してくれたらと思ったよ。だけど、向こうは僕を生かしておきたい。そして僕は……簡単には死ねない」



 そう。
 僕たちは、簡単には死ねない。
 自殺は現実的に出来ないし。普通の人間なら確実に死ぬような目にあっても、継承者の身体は生きるために力を発揮する。

 1年前のあの時……死ねない自分を、僕は呪った。



「僕とアトレを乗せた車が着いたのは、街外れの古い家だった。地下室に連れていかれて、鎖に繋がれたよ。石の壁に埋め込まれた金具も鎖も頑丈で、逃げ出すのは不可能だとすぐにわかったな。それ専用の部屋だって」

「それ専用って、拷問のための部屋ってこと?」

「今は禁止されているところがほとんどだろうけど、昔はどこの国もそんな部屋を必要としてたんだよ。有力者や権力者なんかも。捕虜にした敵やスパイの口を割らせたりするためにね」

 平たい声でリージェイクが続ける。

「叫び声が外に漏れない壁。血を洗い流しやすい床。窓はなく、ドアの内側にノブもない……絶望的なつくりの部屋だ」

 顔をしかめる僕を見て、リージェイクが申し訳なさそうな顔をした。

「ごめん。必要以上のディテイルは、よしておくよ」

「ううん。ただ……その時のリージェイクを思うと、心配で……」

「ジャルド。僕を見て」

 暫し無言で僕を見つめ、リージェイクが真顔で言う。

「これから話すのは、実際に僕に起きたことだ。いっそ殺してほしいと思う苦痛を味わった。でも、今ここにいる僕は……壊れていないだろう? だから、心配は要らない」

 リージェイクをじっと見る。



 目の前にいる静かな瞳をした男は、確かに壊れてはいない。
 それどころか、僕の知る人間の中で一番……壊れない強さを持っているのかもしれない。



「うん……わかった」

 ぎこちなく微笑んだ僕に頷いて、リージェイクが話を再開する。

「その地下室には、僕だけじゃなくアトレも繋がれた」

「え……? 何で……?」

「僕を精神的に追い込むために。アトレから取れる情報は特にないからね」

「でも、彼は敵と取引したんじゃないの? だから、リージェイクが捕まってるのに……」

「取引はされたよ。移動する車内で、アトレは解放された妹が仲間のひとりと合流したことを電話で確認した」

「なら、もう……役目は済んだんじゃないの?」

「彼の条件は、妹の解放と母の救出の黙認だけ。僕を敵に渡すのと同時に、自分の身も敵に渡る」

「そんな……」

「はじめから、アトレは覚悟してたんだろう。妹と自分を引き換えるのは不可能だから、僕を差し出す。裏切りの代償は、自分の命だ。敵じゃなければ、父が……その代償を受け取ることになったかもしれない」

「死んだ……の……?」

「3日……いや、4日目かな。あの部屋では時間がわからなかったけど、たぶん……そのくらいに」

 口を開けなかった。



 自分を売った男が死んで、悲しかった?
 嬉しかった?
 怖かった?

 聞きそうになった問いは、どれも的外れな気がして……。



「部屋に入れられてすぐに、アトレは言ったんだ。『オレのためにって理由では、ヤツらの言いなりにならないでくれ。頼む』って。その気持ちは理解出来たし、感謝したよ」

「感謝……?」

「もし、アトレが苦しみながら僕に……お願いだから喋ってくれ、助けてくれって言っても。僕は敵の望むことを喋らない。そうなると、お互いつらくなるだけだから……その可能性をなくしてくれたことが、ありがたかった」

 リージェイクが息をつく。
 少し緩めた拳を握りなおした。


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