サイコな彩湖は僕を殺したがっている

たいこまる

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プロローグ 『鮮血の夕日に照らされ』

プロローグ 『サイコな彼女は』

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「ねぇ愛斗。血はどうして赤色なのか知ってる?」
 少女は血塗られた頬を片手で乱暴に拭き取ると、強い獣の視線を僕に向けた。獲物を狙うような目に動揺しながらも、冷静に呼吸を整えて僕は答えた。
 「えぇーっと、確か赤血球に含まれるヘモグロビンが赤だからとか?」
 「詰まらないわねその答えは。私は思うの、血の赤は相手の愛情を表現するためのもの」
 意味の分からない回答に頭を傾げ、謎はさらに深まっていく。発言の一つ一つへの理解が遅れ、愛斗は顎に手を添え頭を悩ませた。
 「すまない、まったく言っている意味がわからないんだが?」
 「はぁ、愛斗は鈍感ね。だーかーら、相手の血で自分を汚すことは、相手に対する最大限の愛情表現ってこと! わかった?」
 やはり理解できない。納得して大きく頷けるような話ではない。
 彼女、天野 彩湖は放課後の夕日が沈み入る校舎裏の森林にて、大きく声を荒げながら愛を熱弁している。それも惨たらしく殺された猫の死骸の傍らで。
 気が狂っているのは承知、法に大きく振れているのも知っている。だが、少女にはその感覚がないらしく、それは呼吸をするように愛の印として『殺戮』を繰り返すのだ。
 幾多と惨殺される猫を目にして、自分の意志も鈍ってきたのかもしれない。今は猫を見ても哀れな目を向けることしかできない。
 「それで、お前が言う愛情表現でまた猫を殺したと?」
 「そうよ。でも、最近はもっと好きな人が出来たかもしれないわ。それを紛らわすために猫に当たっていた、これが私の愛のカタチ。わかったかしら?」
 「よかったな。僕はお前が好きになった相手が気の毒だと心底思うよ」
 「今なんて?」
 愛斗の失言により少女は目の色を変え、手に持っていた包丁を向けた。眼球を掠れるほんの数ミリの距離で刃物は止まり、一気に冷や汗を掻き、鳥肌も震え立った。
 「す、すいません」
 「謝ればいいわ」
 謝罪を快く受け止め、手に持っていた包丁をカバンにしまった。
 安堵のため息を吐く愛斗の隣で、少女は惨殺された猫の死体を予め掘っておいた穴に埋めた。鉄の匂いが漂い、鼻を抜け口の中で血を味わっているようで気味が悪い。
 土は血痕だらけで、そこら中の木に猫の返り血が飛んでいた。黒くへばり付いている血に、真っ赤なとろみのある鮮血。木々で行われた犯行の日々が蘇って見えるようだ。
 そんな気味の悪い森林で男女が猫を埋め終わると、彩湖は勢いよく立ち上がった。揺れるスカートに長い黒髪は眩しい艶を放っており、美しい美形の足と完璧の顔は男を即魅了するだろう。それに比べ自分は冴えない顔に高身長でありながらも曲がった背中。だらしなく着ている制服。クラスでは友達ゼロ人を誇り、素晴らしいまでのボッチライフを充実させている。
惨めになるほど酷い高校生活を噛みしめながら少女の発言への疑問を投げかける。
 「お前がさっき言った好きな人って、相当狂ってそうだな。お前と似て」
 「えぇ、確かに愛の言葉を理解できないと言っているような人間なんだから、狂ってるかもしれないわね」
 「そりゃお前の愛なんか………はぁ?」
 さっきまで交わしていた会話を思い出し、驚愕の表情で彩湖を見つめる。すると、それにくすくすと微笑を浮かべ、細く白い指先を愛斗に向けた。落ち着いた瞳に、風に吹かれ揺れるスカート、靡く髪。木々の葉の間からは夕日が差し込み、ちょうど彩湖に光が当たった。
 「それって…‥…」
 そう言いながらも先程までの会話を振り返り、当てはまる人物を推測する。答えはすぐに導き出され、自意識過剰だと自負しながらも自分へ指を向けた。
 「ご名答。そう、私が好きな男性はあなたよ。水野宮 愛斗」
 「‥‥‥‥、はぁッ⁉」
 大きな森林に木霊する愛斗の声に満面笑みを見せる彩湖。愛らしい笑顔に胸を捕まれるが、それが好きという意味ではない。相手は猫殺しに明け暮れるサイコパス女。そんな相手の告白に緊張して膠着している事実は認めるが、それが本当に嬉しくて緊張しているのか、それとも猫のように彼女なりの愛情表現を受けるのが怖くてなのか、その二択を迫間れたからこんなに動揺しているのだろう。
 「だから愛斗、私に身を委ねて‥…」
 愛の言葉を並べる彼女に自然と頬を赤くさせ、汗ばんだ手を制服を握り締めることにより拭き取った。初めて、生まれて初めて女性に好意を持たれ、告白を交わした。それもこの学校のマドンナ的存在であるあの彩湖から。嬉しさの反面、少し雲行きの怪しい未来が想像でき、複雑な心境の中緊張の唾液を飲み込んだ。
 「私の愛のために殺されて。これが私の告白よ。どう? ドキっとしたかしら?」
 想像通りの告白に呆れるしかない。愛は本当だとしよう、自分に尽くそうとしてくれている眼差しも認めよう。だが愛情表現が狂っていれば全てがお釈迦だ。
 「あぁ、ドキっとした。色んな意味でな。だがな、残念ながら僕は告白は告白でも、殺害予告は受け付けてない。申し訳ないな」
 「了解したわ。これは失恋なのかしら。えぇ、とても胸に来たわ。同時に、頭にも来たわ。やっぱりあなた、私の恋人になりなさい。そして私に殺されてちょうだい。じゃなきゃこの愛を表現できないわ」
 「しなくていい」
 「いえ、しなきゃダメなの。愛は絶対。形にしてこそ愛はあると断言できる。愛おしく愛を刻んであげるから。だから、ね? あなたの気持ちを、体を、私に委ねてみない?」
 「僕は異常者でもないし、特殊性癖の持ち主でもない。いい加減理解してくれ」
 気が立っている自分を無視し、勝手に会話を進める彩湖。楽しそうに殺害方法を話し、一人で問いては一人で解決へ導いている。
 「そうだわ。あなた、今ここで殺されてちょうだい。いや、殺すわ」
 「……うぇい⁉」
 驚きというよりかは恐怖に喉を鳴らした少年の嗚咽のような、そんな不快な音がした。
 少女は言葉通り、バックから包丁を再度抜き取り、光沢を見せる刃先を愛斗に向ける。一度眼球を掠ろうとしたそれは、確かに鋭い牙を剥き、殺意と愛情の集大成である一手を物理的に刻もうとしていた。
 彼女は自分の理想論を現実にして見せた。愛とは、相手の鮮血を自分が浴びることにより、お互いに愛を共有したと言える。それにより愛は成立する。
 彩湖の口癖のような自論を見てきた自分だから言える。彼女は動物を心から愛している。だからこそ、彼女はこうも愛おしそうに小動物を狩れるのだろう。まるで一つの恋を成熟させたような満足げな顔を浮かべ、次の恋を実らせに刃物を片手に向かっている。
 自分は今からその恋の一つとして、彼女の記憶に刻まれていくのだ。
 なぜ自分はこんな頭のおかしな少女とつるむようになってしまったのだろう。
 ——————それは数か月前の話だ。










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