ある時計台の運命

丑三とき

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旅路

再出発

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僕は、もやもやしている。多分怒っている。久しぶりに声が出て嬉しいやらビックリやら感情は色々芽生えど、そんなの忘れてしまうくらい僕は怒っている。


ジルさんは自分を刺した男の人と込み入った話をしている。
わかる。
この世界で色んなことが起きていて、日本では想像できないような苦しい経験を民間人がしていたり、そういう自分が介入できない事情があるってことは、わかってるんだけど。
けれどジルさんは自分を犠牲にすることに対してあまりにも躊躇がなさすぎる。

潜入捜査の時は攫われるために自傷したり、攫われてからも怪しまれないように奴隷商などからの暴行を素直に受け入れたと聞く。

こんな調子では困るのだ。ジルさんが傷つくと僕が嫌だから。結局自分のためかよと思われても仕方がない。だって本当に嫌だから。

ジルさんが男の人と話しながらチラッとこっちを向き、勇ましい顔をして小さく頷く。
いや何に頷いたの。
コクッ、じゃないです。
僕、今不機嫌なんです。


兎にも角にも話は着々と進んだようで、彼もその子供も、何とか良い方向に進みそうでほっとした。


気を取り直して、こちらの心配をよそに「すぐに治る」と抜かしたお方の手当を買って出た。
男の人にはイガさんとメテさんがついているから大丈夫だろう。

二人で馬車の中に入って、僕はジルさんの腹部を見る。
僕がこれまで体に刻んできたどんな傷よりも深くて大きい。
これが数日のうちにすっかり治ってしまうとしても、今痛いことに変わりは無い。
いや、それとも、精霊は痛覚も常人より鈍かったりするんだろうか。

消毒を噴いたガーゼで傷口を拭うと、「う゛っ」と低いうなりを上げた。やっぱり痛いんじゃんか。

あろうことか、彼はこの期に及んで
「もう一度、名を呼んでくれないか?」
とか能天気なことを平気で言う。

は?
何を言っているのですかと思い、つい睨んでしまった。
そうか、そういえばジルさんって多分天然なんだった。さっき可愛いかもとか思ったの誰?全然可愛くないです。

天然相手にブスブスと不貞腐れているだけじゃ、いつまで経っても伝わらない。

「いつもこんな感じなんですか」

せっかく声が出るようになったんだから、きちんと言葉にして伝えることにした。

「こんな感じ、というと・・・」

「自分のこと、こんなに簡単に傷つけてしまうのですか」

僕の言葉を受け、ジルさんが居た堪れない顔になる。

でもちゃんとこの人の気持ちを知っておきたい。
何を考えてあんな行動に至ったのか。

「僕から見ても、あの男の人が強くないのは分かりました。簡単に避けられたと思います。なのに・・・」

「情けをかけたと思われても仕方ない。
しかし、あの当然の怒りを、行き場の無い嘆きを誰かが受け入れなければいけないと思ってしまった。
自分でもあの行動が正しいことなのかは分からない」

これまでたくさん聞いてきたジルさんの声。その中でも一番弱々しい。
怒りを受け止めるしかない。僕も同じことを考えたことがある。自分の仕事を遂行するためだけに罪の無い多くの人の心を踏みつけた。
その人たちの怒りを受け止めることもまた僕に与えられた仕事だと思った。

与えられたことをただこなすだけの僕とは違い、優しい軍人は心の底から胸を痛め、自分の頭で考え、その時生まれた数々の道の中から最善のものを選択する。

僕とは大違いだけど、「自分が受け止める」という答えを選択したこの人の気持ちは理解できてしまった。

「私はまだまだ未熟だ。私のせいでアキオに怖い思いをさせてしまったのだな」

やっぱり僕はこの世界のこと、何もわかってない。
わかりたい。
ジルさんが命をかけて守ろうとしているこの世界のことをもっと知りたい。


「ごめんなさい。自分勝手を言ってしまって」

責めるようなことを言ってしまったことに少しだけ罪悪感が生まれそうになるが、後悔は無い。
あんなに強いジルさんが弱い部分を曝け出してくれたのが、とてつもなく嬉しかったからだ。
僕も、全て曝け出したい。彼にいつまでも隠し事をしていたくない。そう思った。

「アキオが謝ることではない!それより、私の名を呼んでくれ」

結局それですか。
まったく譲らないな。

しかし何を隠そう僕も、今この人の名前を呼びたくて仕方ないのである。

「ジルさん」

僕の声を聞いた途端、すごく満足そうな顔をする。
やっぱり、ほんの少しだけ可愛いかもしれない。



男の人が町へ戻るとき、僕も見送りをした。その時にいくつか話もさせてもらった。
実際にこの世界の戦争の影響を被った人と話すのは貴重な機会だ。
彼はとてもいい父親なんだろう。

ちなみにくだんの件は情状酌量らしい。
日本ではまずそうはいかないと思う。たった3人の軍人の意見でそんなことがまかり通って良いのだろうかと思うが、ここは自分の常識が通用する世界じゃなかったことを思い出し、それについてはもう何も考えないことに決めた。

何より、彼が何の罪にも問われなくて実は正直ほっとしている。
ジルさんを刺したのはちょっとだいぶアレだけど。
でも、子供のことを考えるとこれでよかったのだと思う。


男の人とさよならをして、僕たちは再び進み出した。
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