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王都〜第二章〜
世界一の食卓
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◆
——ジューッ
——トントントン
——グツグツ
隣の部屋には簡易的だが台所もある。
僕は野菜を洗って皮を剥く係。なんとか怪我せずにやりきった。スープ大作戦の時にガシモワ料理長がいろいろ教えてくれたおかげだ。自分の生活力がレベルアップしたのを感じられてうれしい。
皮を剥いたあとは、ひたすらジルさんを眺める係。そのあとは味見係。味見が終わったらまたジルさんを眺める。それを繰り返すうちに、10品を優に越す料理が完成していた。
ジルさんのことしか見ていなかったのでいつのまにか料理が出来ていたことに驚きを隠せなかった。
「おいしそ……」
カラフルなサラダに柔らかそうなパンに、あたたかいスープ。柔らかく煮込まれたお肉と、僕のお気に入りの「ザウの塩漬けとビュゼの炒め物」もある。アスパラベーコンみたいで好きなんだよな。ジルさん覚えてくれてたんだ。
懐かしい品々に、ぐーっとお腹が鳴る。
「はずかしい……」
「私も腹が減った。さあ、向こうに運ぶとしよう」
「僕も」
「君は座っていてくれ。今日の主役だからな」
「あ、わっ……」
せめて配膳くらい手伝おうと手を出すと、ジルさんに片手で抱き上げられる。彼はもう片方の手に2つのお皿を器用に持ち、いつもの部屋へと移動する。
椅子に下ろされ、目の前のテーブルに次々と料理が並んでいくのを眺める。
なんだか最初に会った時のことを思い出す。
あの時はまだ今ほど脚が回復してなくて、いつも運んでもらっていた。料理は専ら食べる専門で、朝から夜まで彼に何もかもしてもらってばかりだった。
そのことに対して申し訳なさと劣等感を感じることも多かった。
でも今は、ただただ幸せ。
与えられるだけではなく、多少なりとも僕も彼に幸せを与えることができていると分かるからだ。
料理を並べ終えたジルさんが僕の向かいに座り、静かに話し出す。
「さあアキオ。改めて、生まれてきてくれてありがとう。この1年、君にとって最も明るく幸せなものにしたいと思う。これからもよろしく頼む」
もう、すでに幸せなことを分かっての言葉だろうか。
「こんな誕生日初めてです……ジルさんがお祝いしてくれるなんて夢みたい」
「言っただろう。夢ではないと」
ジルさんが笑う。
美味しそうな匂いも首にかかる時計の重みも全部がリアルで、夢では無いと理屈では分かるのだけど、それでも夢見心地でふわふわ宙に浮いてるみたいだ。
「生まれてきてよかった……」
「アキオ、料理が涙の味になってしまう」
昨日から泣いてばかりいる。
でも許してほしい。幸せすぎたら涙が出るなんてジルさんと会うまで知らなかったんだもの。涙は自分の意志でコントロールできないってことも知らなかった。
「涙、っ、とめてください……」
僕から無理難題押し付けられた可哀想なジルさんは、せっかく腰を落ち着けた椅子から立ちあがり、僕のそばまで歩いてきて、大きな大きな体をかがめた。あまりの展開の速さに僕は目を瞑って身構える。ちょっとちょっと、ジルさんこんな時にそんなことされたらもう顔なんか上げられなくなっちゃうのに……
それでも抵抗しようといない僕の体が、彼の体温を期待しているのがわかる。
柔らかい感触が降ってきたのは、想像よりも随分と高い位置で……
「おで、こ……」
「アキオが美味そうに私の料理を食べている顔を見たいからな」
この人、唇にキスしたら僕がジルさんの顔を見られなくなるの分かってて面白がって弄んでる。悔しい。
けど彼の判断は正解だった。おでこにキスされただけでこんなに心臓がバクバクいってるんだから。
「い、いただきます!」
赤くなった顔を誤魔化すために、目の前のご馳走に手を合わせた。
ジルさんも席について料理を取り分ける。
僕はスープをひとくち。
「やっぱり美味しい……!」
ほっこりする優しい味に胃が喜んでいる。
よかった、と呟くジルさんは、お皿に少しずつ料理を盛って僕の前に差し出す。
「ありがとうございます。
このサラダ、やっぱりドレッシングもジルさんの手作りだったんですね。懐かしい味がする。わぁ、このお肉と柔らかい……ん、おいしすぎる…こっちも……塩漬けの味とビュゼの食感がたまらない」
「喜んでくれると作った甲斐がある。どうだ、これも食べてみてくれ」
ジルさんは焼きたてのパンを差し出す。
これも自分で焼いちゃうんだもんなあ。
香ばしいパンをひとくちかじると、ふわっと穀物の香りが鼻に抜けて、幸せが体に広がった。
「おいひー」
「飲み込んでから話さないと危ないぞ」
ジルさんから注意を受ける。
ちょっと行儀が悪かったかもしれない。
でもこんなに素敵な食卓の前で行儀良くしろって方が無理だ。次々と頬張りたくなっちゃう。
そして食べたらすぐに下手な感想を言いたくなっちゃう。
仕方ないでしょという念を込めてジルさんを見ると、彼は僕の顔をまじまじと観察しながら微笑んでいた。
「み、みられると食べづらいです」
「すまない。だが許してくれ。私の作った料理を美味そうに食べている君を見ると幸せな気持ちになる」
訴えも虚しく、ジルさんはジルさんに幸せを与えられていたことが実感できて嬉しくなる。
僕も、もっともっと言葉にしなくちゃ。
「ジルさんより、僕の方が幸せです」
「そうだろうか」
「はい。だって今、世界一幸せなんですから」
「それを言うなら、私も世界一の幸せ者だ。君から愛情を貰えるのだからな」
彼はなかなか手強い。でも僕だって負けていられない。
「それを言うなら僕だって。ジルさんの手料理を食べて、誕生日を祝ってもらえて、楽しくて嬉しくて、どうしたって僕の方が……えっと、とにかく好き! 好きです。あの、あ、愛しています」
幸せ比べで勝てないなら好意を伝える攻撃だ。
「……っ、君のそういう素直なところが、私も好きだ」
よし、効いたみたい。
ジルさんちょこっとだけ照れてる。
僕は自分の顔がとんでもなく赤く潤んでいる(後日ジルさん談)ことにも気づかずに、心の中でガッツポーズをした。
——ジューッ
——トントントン
——グツグツ
隣の部屋には簡易的だが台所もある。
僕は野菜を洗って皮を剥く係。なんとか怪我せずにやりきった。スープ大作戦の時にガシモワ料理長がいろいろ教えてくれたおかげだ。自分の生活力がレベルアップしたのを感じられてうれしい。
皮を剥いたあとは、ひたすらジルさんを眺める係。そのあとは味見係。味見が終わったらまたジルさんを眺める。それを繰り返すうちに、10品を優に越す料理が完成していた。
ジルさんのことしか見ていなかったのでいつのまにか料理が出来ていたことに驚きを隠せなかった。
「おいしそ……」
カラフルなサラダに柔らかそうなパンに、あたたかいスープ。柔らかく煮込まれたお肉と、僕のお気に入りの「ザウの塩漬けとビュゼの炒め物」もある。アスパラベーコンみたいで好きなんだよな。ジルさん覚えてくれてたんだ。
懐かしい品々に、ぐーっとお腹が鳴る。
「はずかしい……」
「私も腹が減った。さあ、向こうに運ぶとしよう」
「僕も」
「君は座っていてくれ。今日の主役だからな」
「あ、わっ……」
せめて配膳くらい手伝おうと手を出すと、ジルさんに片手で抱き上げられる。彼はもう片方の手に2つのお皿を器用に持ち、いつもの部屋へと移動する。
椅子に下ろされ、目の前のテーブルに次々と料理が並んでいくのを眺める。
なんだか最初に会った時のことを思い出す。
あの時はまだ今ほど脚が回復してなくて、いつも運んでもらっていた。料理は専ら食べる専門で、朝から夜まで彼に何もかもしてもらってばかりだった。
そのことに対して申し訳なさと劣等感を感じることも多かった。
でも今は、ただただ幸せ。
与えられるだけではなく、多少なりとも僕も彼に幸せを与えることができていると分かるからだ。
料理を並べ終えたジルさんが僕の向かいに座り、静かに話し出す。
「さあアキオ。改めて、生まれてきてくれてありがとう。この1年、君にとって最も明るく幸せなものにしたいと思う。これからもよろしく頼む」
もう、すでに幸せなことを分かっての言葉だろうか。
「こんな誕生日初めてです……ジルさんがお祝いしてくれるなんて夢みたい」
「言っただろう。夢ではないと」
ジルさんが笑う。
美味しそうな匂いも首にかかる時計の重みも全部がリアルで、夢では無いと理屈では分かるのだけど、それでも夢見心地でふわふわ宙に浮いてるみたいだ。
「生まれてきてよかった……」
「アキオ、料理が涙の味になってしまう」
昨日から泣いてばかりいる。
でも許してほしい。幸せすぎたら涙が出るなんてジルさんと会うまで知らなかったんだもの。涙は自分の意志でコントロールできないってことも知らなかった。
「涙、っ、とめてください……」
僕から無理難題押し付けられた可哀想なジルさんは、せっかく腰を落ち着けた椅子から立ちあがり、僕のそばまで歩いてきて、大きな大きな体をかがめた。あまりの展開の速さに僕は目を瞑って身構える。ちょっとちょっと、ジルさんこんな時にそんなことされたらもう顔なんか上げられなくなっちゃうのに……
それでも抵抗しようといない僕の体が、彼の体温を期待しているのがわかる。
柔らかい感触が降ってきたのは、想像よりも随分と高い位置で……
「おで、こ……」
「アキオが美味そうに私の料理を食べている顔を見たいからな」
この人、唇にキスしたら僕がジルさんの顔を見られなくなるの分かってて面白がって弄んでる。悔しい。
けど彼の判断は正解だった。おでこにキスされただけでこんなに心臓がバクバクいってるんだから。
「い、いただきます!」
赤くなった顔を誤魔化すために、目の前のご馳走に手を合わせた。
ジルさんも席について料理を取り分ける。
僕はスープをひとくち。
「やっぱり美味しい……!」
ほっこりする優しい味に胃が喜んでいる。
よかった、と呟くジルさんは、お皿に少しずつ料理を盛って僕の前に差し出す。
「ありがとうございます。
このサラダ、やっぱりドレッシングもジルさんの手作りだったんですね。懐かしい味がする。わぁ、このお肉と柔らかい……ん、おいしすぎる…こっちも……塩漬けの味とビュゼの食感がたまらない」
「喜んでくれると作った甲斐がある。どうだ、これも食べてみてくれ」
ジルさんは焼きたてのパンを差し出す。
これも自分で焼いちゃうんだもんなあ。
香ばしいパンをひとくちかじると、ふわっと穀物の香りが鼻に抜けて、幸せが体に広がった。
「おいひー」
「飲み込んでから話さないと危ないぞ」
ジルさんから注意を受ける。
ちょっと行儀が悪かったかもしれない。
でもこんなに素敵な食卓の前で行儀良くしろって方が無理だ。次々と頬張りたくなっちゃう。
そして食べたらすぐに下手な感想を言いたくなっちゃう。
仕方ないでしょという念を込めてジルさんを見ると、彼は僕の顔をまじまじと観察しながら微笑んでいた。
「み、みられると食べづらいです」
「すまない。だが許してくれ。私の作った料理を美味そうに食べている君を見ると幸せな気持ちになる」
訴えも虚しく、ジルさんはジルさんに幸せを与えられていたことが実感できて嬉しくなる。
僕も、もっともっと言葉にしなくちゃ。
「ジルさんより、僕の方が幸せです」
「そうだろうか」
「はい。だって今、世界一幸せなんですから」
「それを言うなら、私も世界一の幸せ者だ。君から愛情を貰えるのだからな」
彼はなかなか手強い。でも僕だって負けていられない。
「それを言うなら僕だって。ジルさんの手料理を食べて、誕生日を祝ってもらえて、楽しくて嬉しくて、どうしたって僕の方が……えっと、とにかく好き! 好きです。あの、あ、愛しています」
幸せ比べで勝てないなら好意を伝える攻撃だ。
「……っ、君のそういう素直なところが、私も好きだ」
よし、効いたみたい。
ジルさんちょこっとだけ照れてる。
僕は自分の顔がとんでもなく赤く潤んでいる(後日ジルさん談)ことにも気づかずに、心の中でガッツポーズをした。
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