27 / 176
東の祓魔師と側仕えの少年
26.愛しい糧①
しおりを挟む
————————SideFreyja————————
ニエルドとビェラは早々に屋敷に戻った。私は戻る前に、伏魔域にある拠点地で湯浴をしてから帰ることにした。
ステージ4の魔物討伐に北の地へ駆けつけ、結局夜中までの延長線に持ち込んでしまった。
無事討伐したはいいものの、今の体にステージ4を取り込むのは中々堪える。それでもハルオミが側仕えになってくれてからは随分と調子も良くなっている。
調子の良さに反比例して、体には日々線状痕が増える。裂創が雑に治った後のような忌々しい痕が増えるたび、自分自身の終わりを宣告されているような感覚に陥る。私はいつか魔物になってしまうのだろうか。それとも息絶えてしまうのか。
それでも別にいい。この世に未練も執着もない。ただ魔物を倒すだけの毎日がこの先何百年と続くなら、早めに命を終わらせるのもいいだろう。
これまではそう思っていた。
ハルオミに出会えたのは、命幾許もない私に神が与えた最初で最後の褒美だと思う。あの日のことは忘れもしない。私はステージ3の魔物を討伐した後、更なる討伐対象を求め森の深くまで移動しようとしていた。足を踏み出したその時、不思議な香りを体全体で感知し、導かれるようにして屋敷へ戻っていたのである。
感じたことのない違和感。魔物の襲撃か、それでなくても何か悪いことが起こる前兆か、あらゆる可能性を頭にめぐらし屋敷に戻るがそこにはいたっていつも通りの風景が広がっていた。
兄ニエルドと弟ビェラが戻っていないということは、私だけが感じた違和感だったのだろうか。
肩透かしをくらい再び伏魔域に戻ろうとした。
その瞬間、目の前に何やら優しげな光が現れ、私の魔力は体の中でかたかたと揺らぎ出した。まるで大きな波に体がのまれているように不安定だ。その不安定さが心地いい。
ついに来たか、と思った。
ステージ5の魔物を一人で取り込んだことによる後遺症はこの頃さらに体を蝕んでいた。もしや私はこの瞬間、魔物になり自我を失うのだろうか。それならば一刻も早く自らの命を絶たなければ。そう思ったが、剣を抜こうとした腕が動かなかった。
失敗した。
こうなる前に、もっと早く自分自身を討伐しておくべきだった。魔祓い師が魔物になり屋敷を襲うなど決してあってはならない。自決するため剣を抜こうとするが体が動かない。
全てを諦めようと脱力した瞬間、目の前の光は大きくなり、美しい少年を形成した。
その少年が本物の人間だと気づく前に、私は彼から発せられる不思議なまでの馥郁とした香りに釘付けになった。先ほど伏魔域で嗅いだのと同じだった。私はこの香りに導かれて屋敷に戻ったのだ。
宙に浮いた少年に重力が生じ、落下する前に何とか受け止めることができた。
彼はよく寝ていた。
気持ち良さそうに寝ているので起こすのも忍びないと思い、そのまま膝に寝かせておいた。
あの時のことは今でも鮮明に思い出せる。
彼に触れた途端、それまで感じていた疲労がふわりと軽くなり、なんとも言えない幸福に包まれたのである。
——私は彼に出会うために生まれてきたのではないか。
そんな論理的ではない考えも浮かんだほどだ。
膝で眠る彼を見つめていると、今しがたの光景がおそらく "異世界からの転送" であるということに気がついた。目の前でその現場に立ち会ったのは初めてだった。そんな珍しい光景も気にならないほど、私は彼に心を奪われていたのだ。
ずっとこの瞬間を待っていた気がする。
彼なら私に降りかかった禍事を消し去ってくれるだろうか。いや。例えそうでなくとも、この命尽きるまで彼のそばに居たい。最後にそのくらいの贅沢は許されるだろう。
そんな風に自分のことしか考えていなかった愚かな私は、昨日の夜、ハルオミに悲しい顔をさせてしまった。
印章に魔力を与えずとも、彼のことは私自身が守ってみせる。そう決意はしていたものの、陰が滲んだ彼の顔を見た瞬間、私の胸は後悔に貫かれた。なんて酷いことを言ってしまったのだろう。悲しい思いをさせるくらいならいっそ、ハルオミに私の魔力を流して彼の全てを私のものにしてしまおうか。
そんな邪な気持ちは無理矢理鎮めた。
許されない行為だからだ。
私の体から発せられる穢れた魔力を流し込んでしまえば、ハルオミに降りかかる悪影響は計り知れない。
それに彼はまだ選べる・・・。元の世界に戻ろうと思えば戻れるのだ。
私はずっと自分のことだけを考えていた。
しかし彼には、彼自身で選んだ好きな道を歩む権利がある。その権利を今、傲慢な私が握り潰している。
やはり全てを話すべきだろうか。
考えれば考えるほど答えは出ない。
早くハルオミに会いたい。
彼の匂い、体温、声、全てが恋しくなり、湯浴を終え足早に帰路についた。
中庭に降り立つ。
屋敷は静まり返っていた。
空の向こうが白んでいる。もうしばらくすると夜が明けるのだろう。夜を一人で過ごしたのは久しぶりだ。ハルオミが来てからたったの数日しか経っていないのに、既に彼のいない生活は考えられないとまで感じている。
もう寝ているだろうから、起こさぬよう静かにしなければ。私はいつもより慎重に魔法を発動させ、自室へと転移した。
いつも通りの部屋、これまで誰かを入れたことは無かった。執事でさえも接触は必要最小限にするよう頼んでいたほどだ。
私はあまり人との交流が得意な方では無いので、そうする方が相手も困らぬだろうし私自身も楽だった。しかし今はどうだろう。ハルオミに会うためだけに、仕事を終える度屋敷に戻るようになった。
今日もハルオミの顔を見ながら束の間の眠りに……
「フレイヤさん」
自室に転移した矢先、とっくに夢の中にいると思っていたハルオミの声がする。
彼は窓の外を眺めながら夜ふかしをしていたらしかった。
「ハルオミ……?」
声をかけると、たたた、と足早にこちらへ駆けつけ、私の胸に飛び込んで来た。背中へ回る細い腕がぎゅっと私を締め付ける。
「フレイヤさん、良かった。無事だったんだね」
なんということだろう。
彼は私を心配してずっと起きていたというのか。
私はこれまで感じたことの無い温もりに包まれた。
彼からは艶めかしい香りが暴力的に香ってくる。
イザベラとパネースのことだ、おそらく側仕え同士の戯れにハルオミも勧誘したのだろう。そういうことをした後のフェロモンの匂いがする。
側仕え同士で技を磨くことは模範的な行いではあるが、どうもやきもちを焼いてしまう自分がいた。
しかし、今の自分に嫉妬する資格は無い。
ニエルドとビェラは早々に屋敷に戻った。私は戻る前に、伏魔域にある拠点地で湯浴をしてから帰ることにした。
ステージ4の魔物討伐に北の地へ駆けつけ、結局夜中までの延長線に持ち込んでしまった。
無事討伐したはいいものの、今の体にステージ4を取り込むのは中々堪える。それでもハルオミが側仕えになってくれてからは随分と調子も良くなっている。
調子の良さに反比例して、体には日々線状痕が増える。裂創が雑に治った後のような忌々しい痕が増えるたび、自分自身の終わりを宣告されているような感覚に陥る。私はいつか魔物になってしまうのだろうか。それとも息絶えてしまうのか。
それでも別にいい。この世に未練も執着もない。ただ魔物を倒すだけの毎日がこの先何百年と続くなら、早めに命を終わらせるのもいいだろう。
これまではそう思っていた。
ハルオミに出会えたのは、命幾許もない私に神が与えた最初で最後の褒美だと思う。あの日のことは忘れもしない。私はステージ3の魔物を討伐した後、更なる討伐対象を求め森の深くまで移動しようとしていた。足を踏み出したその時、不思議な香りを体全体で感知し、導かれるようにして屋敷へ戻っていたのである。
感じたことのない違和感。魔物の襲撃か、それでなくても何か悪いことが起こる前兆か、あらゆる可能性を頭にめぐらし屋敷に戻るがそこにはいたっていつも通りの風景が広がっていた。
兄ニエルドと弟ビェラが戻っていないということは、私だけが感じた違和感だったのだろうか。
肩透かしをくらい再び伏魔域に戻ろうとした。
その瞬間、目の前に何やら優しげな光が現れ、私の魔力は体の中でかたかたと揺らぎ出した。まるで大きな波に体がのまれているように不安定だ。その不安定さが心地いい。
ついに来たか、と思った。
ステージ5の魔物を一人で取り込んだことによる後遺症はこの頃さらに体を蝕んでいた。もしや私はこの瞬間、魔物になり自我を失うのだろうか。それならば一刻も早く自らの命を絶たなければ。そう思ったが、剣を抜こうとした腕が動かなかった。
失敗した。
こうなる前に、もっと早く自分自身を討伐しておくべきだった。魔祓い師が魔物になり屋敷を襲うなど決してあってはならない。自決するため剣を抜こうとするが体が動かない。
全てを諦めようと脱力した瞬間、目の前の光は大きくなり、美しい少年を形成した。
その少年が本物の人間だと気づく前に、私は彼から発せられる不思議なまでの馥郁とした香りに釘付けになった。先ほど伏魔域で嗅いだのと同じだった。私はこの香りに導かれて屋敷に戻ったのだ。
宙に浮いた少年に重力が生じ、落下する前に何とか受け止めることができた。
彼はよく寝ていた。
気持ち良さそうに寝ているので起こすのも忍びないと思い、そのまま膝に寝かせておいた。
あの時のことは今でも鮮明に思い出せる。
彼に触れた途端、それまで感じていた疲労がふわりと軽くなり、なんとも言えない幸福に包まれたのである。
——私は彼に出会うために生まれてきたのではないか。
そんな論理的ではない考えも浮かんだほどだ。
膝で眠る彼を見つめていると、今しがたの光景がおそらく "異世界からの転送" であるということに気がついた。目の前でその現場に立ち会ったのは初めてだった。そんな珍しい光景も気にならないほど、私は彼に心を奪われていたのだ。
ずっとこの瞬間を待っていた気がする。
彼なら私に降りかかった禍事を消し去ってくれるだろうか。いや。例えそうでなくとも、この命尽きるまで彼のそばに居たい。最後にそのくらいの贅沢は許されるだろう。
そんな風に自分のことしか考えていなかった愚かな私は、昨日の夜、ハルオミに悲しい顔をさせてしまった。
印章に魔力を与えずとも、彼のことは私自身が守ってみせる。そう決意はしていたものの、陰が滲んだ彼の顔を見た瞬間、私の胸は後悔に貫かれた。なんて酷いことを言ってしまったのだろう。悲しい思いをさせるくらいならいっそ、ハルオミに私の魔力を流して彼の全てを私のものにしてしまおうか。
そんな邪な気持ちは無理矢理鎮めた。
許されない行為だからだ。
私の体から発せられる穢れた魔力を流し込んでしまえば、ハルオミに降りかかる悪影響は計り知れない。
それに彼はまだ選べる・・・。元の世界に戻ろうと思えば戻れるのだ。
私はずっと自分のことだけを考えていた。
しかし彼には、彼自身で選んだ好きな道を歩む権利がある。その権利を今、傲慢な私が握り潰している。
やはり全てを話すべきだろうか。
考えれば考えるほど答えは出ない。
早くハルオミに会いたい。
彼の匂い、体温、声、全てが恋しくなり、湯浴を終え足早に帰路についた。
中庭に降り立つ。
屋敷は静まり返っていた。
空の向こうが白んでいる。もうしばらくすると夜が明けるのだろう。夜を一人で過ごしたのは久しぶりだ。ハルオミが来てからたったの数日しか経っていないのに、既に彼のいない生活は考えられないとまで感じている。
もう寝ているだろうから、起こさぬよう静かにしなければ。私はいつもより慎重に魔法を発動させ、自室へと転移した。
いつも通りの部屋、これまで誰かを入れたことは無かった。執事でさえも接触は必要最小限にするよう頼んでいたほどだ。
私はあまり人との交流が得意な方では無いので、そうする方が相手も困らぬだろうし私自身も楽だった。しかし今はどうだろう。ハルオミに会うためだけに、仕事を終える度屋敷に戻るようになった。
今日もハルオミの顔を見ながら束の間の眠りに……
「フレイヤさん」
自室に転移した矢先、とっくに夢の中にいると思っていたハルオミの声がする。
彼は窓の外を眺めながら夜ふかしをしていたらしかった。
「ハルオミ……?」
声をかけると、たたた、と足早にこちらへ駆けつけ、私の胸に飛び込んで来た。背中へ回る細い腕がぎゅっと私を締め付ける。
「フレイヤさん、良かった。無事だったんだね」
なんということだろう。
彼は私を心配してずっと起きていたというのか。
私はこれまで感じたことの無い温もりに包まれた。
彼からは艶めかしい香りが暴力的に香ってくる。
イザベラとパネースのことだ、おそらく側仕え同士の戯れにハルオミも勧誘したのだろう。そういうことをした後のフェロモンの匂いがする。
側仕え同士で技を磨くことは模範的な行いではあるが、どうもやきもちを焼いてしまう自分がいた。
しかし、今の自分に嫉妬する資格は無い。
77
あなたにおすすめの小説
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
イケメンダブルセンターとアンチ>ファンな平凡な俺
ユッキー
BL
アイドルグループ【オーバーウェルミング】は圧倒的な歌唱力の深山影月、圧倒的なパフォーマンス力の漣陽太、そして圧倒的な平凡力な俺間桐真緒の3人で結成されている。
大人気の二人と違いアンチしかいない俺だが、メンバーからもファンからも愛される日が果たしてくるのか!?
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
拾った異世界の子どもがどタイプ男子に育つなんて聞いてない。
おまめ
BL
召喚に巻き込まれ異世界から来た少年、ハルを成り行きで引き取ることになった男、ソラ。立派に親代わりを務めようとしていたのに、一緒に暮らしていくうちに少年がどタイプ男子になっちゃって困ってます。
✻✻✻
2026/01/10 『1.出会い』を分割し、後半部分を『2.引き取ります。』として公開しました。
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
中年冒険者、年下美青年騎士に番認定されたことで全てを告白するはめになったこと
mayo
BL
王宮騎士(24)×Cランク冒険者(36)
低ランク冒険者であるカイは18年前この世界にやって来た異邦人だ。
諸々あって、現在は雑用専門冒険者として貧乏ながら穏やかな生活を送っている。
冒険者ランクがDからCにあがり、隣国の公女様が街にやってきた日、突然現れた美青年騎士に声をかけられて、攫われた。
その後、カイを〝番〟だと主張する美青年騎士のせいで今まで何をしていたのかを文官の前で語ることを強要される。
語らなければ罪に問われると言われ、カイは渋々語ることにしたのだった、生まれてから36年間の出来事を。
妖精です、囲われてます
うあゆ
BL
僕は妖精
森で気ままに暮らしていました。
ふと気づいたら人間に囲まれてました。
でもこの人間のそばはとても心地いいし、森に帰るタイミング見つからないなぁ、なんて思いながらダラダラ暮らしてます。
__________
妖精の前だけはドロ甘の冷徹公爵×引きこもり妖精
なんやかんやお互い幸せに暮らします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる