【完結】眠れぬ異界の少年、祓魔師の愛に微睡む

丑三とき

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東の祓魔師と側仕えの少年

26.愛しい糧①

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————————SideFreyjaフレイヤ————————

ニエルドとビェラは早々に屋敷に戻った。私は戻る前に、伏魔域にある拠点地で湯浴をしてから帰ることにした。

ステージ4の魔物討伐に北の地セヴェラーへ駆けつけ、結局夜中までの延長線に持ち込んでしまった。

無事討伐したはいいものの、今の体にステージ4を取り込むのは中々堪える。それでもハルオミが側仕えになってくれてからは随分と調子も良くなっている。

調子の良さに反比例して、体には日々線状痕が増える。裂創が雑に治った後のような忌々しい痕が増えるたび、自分自身の終わりを宣告されているような感覚に陥る。私はいつか魔物になってしまうのだろうか。それとも息絶えてしまうのか。

それでも別にいい。この世に未練も執着もない。ただ魔物を倒すだけの毎日がこの先何百年と続くなら、早めに命を終わらせるのもいいだろう。

これまではそう思っていた。


ハルオミに出会えたのは、命幾許もない私に神が与えた最初で最後の褒美だと思う。あの日のことは忘れもしない。私はステージ3の魔物を討伐した後、更なる討伐対象を求め森の深くまで移動しようとしていた。足を踏み出したその時、不思議な香りを体全体で感知し、導かれるようにして屋敷へ戻っていたのである。

感じたことのない違和感。魔物の襲撃か、それでなくても何か悪いことが起こる前兆か、あらゆる可能性を頭にめぐらし屋敷に戻るがそこにはいたっていつも通りの風景が広がっていた。

兄ニエルドと弟ビェラが戻っていないということは、私だけが感じた違和感だったのだろうか。

肩透かしをくらい再び伏魔域に戻ろうとした。
その瞬間、目の前に何やら優しげな光が現れ、私の魔力は体の中でかたかたと揺らぎ出した。まるで大きな波に体がのまれているように不安定だ。その不安定さが心地いい。

ついに来たか、と思った。

ステージ5の魔物を一人で取り込んだことによる後遺症はこの頃さらに体を蝕んでいた。もしや私はこの瞬間、魔物になり自我を失うのだろうか。それならば一刻も早く自らの命を絶たなければ。そう思ったが、剣を抜こうとした腕が動かなかった。

失敗した。

こうなる前に、もっと早く自分自身を討伐しておくべきだった。魔祓い師が魔物になり屋敷を襲うなど決してあってはならない。自決するため剣を抜こうとするが体が動かない。

全てを諦めようと脱力した瞬間、目の前の光は大きくなり、美しい少年を形成した。

その少年が本物の人間だと気づく前に、私は彼から発せられる不思議なまでの馥郁とした香りに釘付けになった。先ほど伏魔域で嗅いだのと同じだった。私はこの香りに導かれて屋敷に戻ったのだ。

宙に浮いた少年に重力が生じ、落下する前に何とか受け止めることができた。

彼はよく寝ていた。
気持ち良さそうに寝ているので起こすのも忍びないと思い、そのまま膝に寝かせておいた。


あの時のことは今でも鮮明に思い出せる。
彼に触れた途端、それまで感じていた疲労がふわりと軽くなり、なんとも言えない幸福に包まれたのである。

——私は彼に出会うために生まれてきたのではないか。

そんな論理的ではない考えも浮かんだほどだ。

膝で眠る彼を見つめていると、今しがたの光景がおそらく "異世界からの転送" であるということに気がついた。目の前でその現場に立ち会ったのは初めてだった。そんな珍しい光景も気にならないほど、私は彼に心を奪われていたのだ。

ずっとこの瞬間を待っていた気がする。


彼なら私に降りかかった禍事を消し去ってくれるだろうか。いや。例えそうでなくとも、この命尽きるまで彼のそばに居たい。最後にそのくらいの贅沢は許されるだろう。


そんな風に自分のことしか考えていなかった愚かな私は、昨日の夜、ハルオミに悲しい顔をさせてしまった。

印章に魔力を与えずとも、彼のことは私自身が守ってみせる。そう決意はしていたものの、陰が滲んだ彼の顔を見た瞬間、私の胸は後悔に貫かれた。なんて酷いことを言ってしまったのだろう。悲しい思いをさせるくらいならいっそ、ハルオミに私の魔力を流して彼の全てを私のものにしてしまおうか。

そんな邪な気持ちは無理矢理鎮めた。

許されない行為だからだ。

私の体から発せられる穢れた魔力を流し込んでしまえば、ハルオミに降りかかる悪影響は計り知れない。

それに彼はまだ選べる・・・。元の世界に戻ろうと思えば戻れるのだ。

私はずっと自分のことだけを考えていた。
しかし彼には、彼自身で選んだ好きな道を歩む権利がある。その権利を今、傲慢な私が握り潰している。

やはり全てを話すべきだろうか。
考えれば考えるほど答えは出ない。

早くハルオミに会いたい。

彼の匂い、体温、声、全てが恋しくなり、湯浴を終え足早に帰路についた。





中庭に降り立つ。
屋敷は静まり返っていた。

空の向こうが白んでいる。もうしばらくすると夜が明けるのだろう。夜を一人で過ごしたのは久しぶりだ。ハルオミが来てからたったの数日しか経っていないのに、既に彼のいない生活は考えられないとまで感じている。


もう寝ているだろうから、起こさぬよう静かにしなければ。私はいつもより慎重に魔法を発動させ、自室へと転移した。



いつも通りの部屋、これまで誰かを入れたことは無かった。執事でさえも接触は必要最小限にするよう頼んでいたほどだ。

私はあまり人との交流が得意な方では無いので、そうする方が相手も困らぬだろうし私自身も楽だった。しかし今はどうだろう。ハルオミに会うためだけに、仕事を終える度屋敷に戻るようになった。

今日もハルオミの顔を見ながら束の間の眠りに……

「フレイヤさん」

自室に転移した矢先、とっくに夢の中にいると思っていたハルオミの声がする。

彼は窓の外を眺めながら夜ふかしをしていたらしかった。

「ハルオミ……?」

声をかけると、たたた、と足早にこちらへ駆けつけ、私の胸に飛び込んで来た。背中へ回る細い腕がぎゅっと私を締め付ける。

「フレイヤさん、良かった。無事だったんだね」

なんということだろう。
彼は私を心配してずっと起きていたというのか。
私はこれまで感じたことの無い温もりに包まれた。

彼からは艶めかしい香りが暴力的に香ってくる。
イザベラとパネースのことだ、おそらく側仕え同士の戯れにハルオミも勧誘したのだろう。をした後のフェロモンの匂いがする。

側仕え同士で技を磨くことは模範的な行いではあるが、どうもやきもちを焼いてしまう自分がいた。

しかし、今の自分に嫉妬する資格は無い。



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