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東の祓魔師と側仕えの少年
〈番外編〉思い出
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———————————————
風邪をひいたパネースのお見舞いに行く話。
本編完結後の番外編になります。パネースの過去のお話も少し出てきます。
———————————————
近頃は気温も低くなってきて、朝なんかは布団から出たくなくなる。今日も隣の大きな体で暖をとっていると、珍しく「ハルオミ、もう起きなさい」と言われてしまった。いつもは好きなだけ甘えさせてくれるけど、流石に彼を寝坊させる訳にはいかなかった。
フレンチトーストを作って一緒に食べて、彼を送り出した。
さて今日は魔術書でも読んで魔法の勉強でもするかと意気込んでいると、コンコンとドアを叩く音と、元気な声が聞こえてきた。
「ハルオミ、起きてるか?」
「イザベラ。うん、起きてる。入って良いよ」
——ガチャ
朝であろうと、彼のパッチリとした目にふわふわサラサラの髪の毛はご健在だ。どこぞのお姫様かと見まごうほどの容姿であるが、中身とのギャップにおそらく初対面の人はびっくりするだろう。
「おはようイザベラ、どうしたの?」
彼は少し焦ったような、困ったような顔をして部屋に入ってきた。
「さっき廊下でニエルド様と会ってさ。パネース風邪引いたんだって。だからちょっと気にしてやってくれって言われたんだ。これからお見舞い行くんだけど、ハルオミも一緒に行こうぜ?」
友人を心配する彼はしおらしく眉尻を下げて言う。とても爆弾作りが趣味だとは思えない可愛らしさだ。
それよりも、パネースさん風邪ひいちゃったのか……確かにこの頃急に寒くなってきたし、無理ないよね。
「そうなんだ、心配だね。一緒に行こう」
「あぁ。ニエルド様は自分で看病するつもりだったらしいんだけどさ、当主が何言ってんだってパネースに蹴られたから仕方なく仕事に行ったみたいだ」
「そっか。ニエルド様、威厳はあるけど意外と尻に敷かれてるよね」
「ははっ、わかる! 祝言の時も、急に最後の挨拶をパネースに振ったから、あの後めちゃくちゃ怒られてたしな」
パネースさんの晴れ姿を思い出す。
彼の挨拶に僕もイザベラも胸打たれ、涙が止まらなかった。
あの日祝言が終わって来賓を送り出したあと、パネースさんは「聞いてませんよ、あれ、なんですかっ、すっごく緊張したじゃないですか!」とニエルド様にぷんぷん怒っていた。
どんな様子も微笑ましく見えた。今日もきっと行く行かないの一悶着があったんだろうなと想像を膨らませる。
僕たちは早速パネースさんの部屋に行き、コンコンと扉を叩く。すると中から「はい……」と弱々しい声が聞こえた。
——ガチャ
「パネースさん、大丈夫?」
「生きてるか?パネース」
部屋の中では、ベットに横たわって毛布を被った顔色の悪いパネースさんが居た。
「イザベラ、ハルオミ君……すみません、風邪など滅多に引かないのですが、ちょっと油断してしまいました」
力なく笑うパネースさん。いつも結っているポニーテールは解かれている。
「顔色悪いぞ……ニエルド様にパネースの看病頼まれてさ、なんか欲しいものあるか?」
「ニエルドさん……ちゃんと行きましたか?」
「ああ、すっげえ渋りながら行ったよ。っていうか、そんなことよりお前は自分の心配しろよ」
「そうだよパネースさん。欲しいものがあったらなんでも言ってね。お水もあるし果物もあるし、食欲が出てきたら何か作るからね」
「ありがとうございます二人とも……まだ食欲は無いのですが、あの…少し心細かったので、一緒にいていただけるとうれしいのですが……」
パネースさんは恥ずかしそうに遠慮がちに呟いた。そんな彼を見てイザベラが胸を張って言った。
「なんだそんなことかよ! まかせろ! ほら、ずっと見ててやるから寝ろ!」
イザベラは、横にあった椅子をベッドにくっつくくらい近づけて、パネースさんを見下ろしながらなんとも雑に寝かしつけようとした。
「イザベラ、それパネースさん寝にくいでしょ。もうちょっと離れてあげなよ」
「あ? そうなのか? でも一緒にいるなら近くの方がいいだろ?」
頓珍漢なやりとりを見ながら、ふふふっ、とパネースさんは笑う。
「なんだか幸せですねえ。眠くはありませんので、一緒にお話をしませんか?」
その提案に、よしきた、と僕とイザベラはベッドの横に並んで座り、他愛もない会話を始めた。風邪のときは治療や食事も大切だけど、やっぱり近くに誰かがいるっていう心強さが1番の薬だと思う。
祝言の思い出や最近の寒さへの憤りなど、好き好きに話す。するとパネースさんは「風邪なんて数年ぶりにひいたので、こんなに心細いというのを忘れていました。二人がいたら本当に心強いですね」と感慨深げに言った。
「数年ぶりに? パネースさん、繊細そうだけど意外と体強いんだね」
「ええ、それはもう。以前は森の中の湖の近くに住んでいたんですよ。どこへ行くにも山を越えないといけないので体力が付いたんです。私は転移魔法は使えませんからね」
「そうなんだ。湖の近くって、パネースさん似合うね」
森や湖の近くでこんな人を見かけたら、僕だったら妖精と勘違いしちゃいそう。パネースさんが湖に佇む姿に思いを巡らしていると、ふと彼の過去が気になった。
「パネースさんって、ここへ来るまでは何をしてたの?」
すると横からイザベラも話に入った。
「あ、それ俺も気になる!」
「イザベラも知らないの?」
「ああ、パネースとは長いけど、屋敷に来るまでのことはあんまり話したこと無かったもんな。今日何して過ごすかとか、明日何するとか、そんなことばっかだったから……そういえば過去の話は気になんなかった」
イザベラらしい。彼は過去など振り返りそうにない。今をめいいっぱい楽しんでいる彼に、いつも元気をもらっていた。
パネースさんは、視線を浮かせながら思い出すように話し始めた。
「私がニエルドさんと出会ったのは8年前です」
「8年? 長いね」
「ええ。私はその時孤児院を出て、さっき言った湖の近くに住んでいました。魔獣保護施設と言って、怪我や病気の魔獣を保護して自然に返す施設で働いていたんです」
パネースさん、今孤児院って言った。
明るくて愛があって柔らかい彼が孤児だったなんて、僕はあまり信じられなかった。
イザベラは構わず質問を続けた。
「そこで働いていた時に、ニエルド様に出会ったのか?」
「いいえ……そこで働いていたのは学校に行くためで、1年間は朝も夜も休まず働きやっとお金を貯めることができたんです。孤児は学校に行けないって言われてきたけれど、やっぱり世の中のことを知りたくて、でも…その年は願いが叶うことはありませんでした」
「そうなの?」
「そのお金を握りしめて町の一番有名な学校の門を叩いて、ここに入りたいってお願いしたんです。そしたら笑われちゃったんです。『学校っていうのは、試験をして合格した人が入れるんだよ』って」
過去の自分を思い出すように苦笑いをして言うパネースさん。
僕はいつのまにか試験をしていつのまにか学校に入って、いつのまにか授業を受けてた。
ここではそういう人生ばかりではないのか。改めて彼のしてきた苦労を思い知らされた。
「知らなかったんです。お金があれば学校に行けると思っていたから。何のために働いてきたのかわからなくなって、トボトボ森を抜けている時、ぼーっとしていたので私、奴隷商に攫われそうになったんですよ」
「え……!?」
予想もしていなかった言葉に思わず声が裏返りそうになる。イザベラも口をあんぐり開けてかなり驚いているようだった。
「だ、大丈夫、だったのか?」
「ええ、その時に助けてくれたのがニエルドさんです」
パネースさんの苦笑いが、自然な笑顔に変わった。彼は幸せそうに思い出を語ってくれた。
「彼は私を、私の住む小屋に連れて帰ってくれて、話をずっと聞いてくれました。そして色々なことを教えてくれたんです。私が入ろうとしていた学校は町一番の優秀でお金持ちの行く学校で、そういうところじゃなくても学べる場所はいっぱいあること、私の住む地域はこのごろ奴隷商や盗賊の目撃報告が上がっていて危ないこと。そういう、私の知らない全てを教えてくれたんです」
「そっかー、大変だったんだな」
僕はかなり声が出ないくらいにびっくりしたパネースさんの報告を、イザベラは「へぇ~」といった感じにさっぱりと答える。彼のこういう暗くならない反応がパネースさんにとってもありがたいようで、彼はさらに話を続けた。
「その後、ニエルドさんが魔祓い師だということがわかったんです。もう膝から崩れ落ちましたよ。魔祓い師って言ったら、孤児でも知ってます、とても強くてこの世界を守ってくれている英雄だって。だから彼に側仕えになってくれと言われたときは、私なんかに務まるとは思えず一度断りました」
ふふふっ、と楽しげに話すパネースさんは、少しだけ先ほどよりも顔色が良くなっていた。
「でも彼は、毎日私の小屋に来て勉強を教えてくれたんです。どこの学校でも入れるように、『選択』できるように。彼は私に人生の選択権を与えてくれたんです」
「ニエルドさん、優しいんだね」
「ええ……そのうち、彼の役に立ちたいと思うようになりました。恩返し、とかそういうことではなく、私自身が選んだんです。彼の側仕えになることを」
選択権があるというのは、僕にとっては何も特別なことでは無いように思っていた。けれどパネースさんにとっては、自らの人生を選択できるということはとても特別なことなのだろう。
「私はそこから先の人生も自ら選択し続けました。入る学校も自分で決めた。結局、最初に門を叩いたところではなく、もう少し小規模で易しいところに入りました。私は引っ込み思案で緊張しいで、人との交流も上手じゃなかったので友達ができなかったんですが、ニエルドさんはそれも自由だって言ってくれたんです。ひとりが楽なら友達なんか作らなくても大丈夫だって……そう言ってくれてから、とても楽になりました」
パネースさんは、イザベラが初めての友達だって言ってた。
なんかわかる気がする。引っ込み思案だろうと緊張しいだろうと、イザベラはそんなの関係なく接してくれるだろうからパネースさんと合うのだろう。
「でも、屋敷に来たのは俺よりちょっと後だろ? それまでずっと湖の小屋で住んでたのか?」
「そうなの? イザベラが先なの?」
「ええ、側仕えになったのは私の方が先ですが、この屋敷に来たのはイザベラの方が数ヶ月早いんです」
これはまたまた知らない事実だ。ふふん、と先輩顔をするイザベラが頷いていた。
「屋敷に来なかったのも私の選択です。孤児院にいた時から、普通の暮らしに憧れていたんです。働いたり学校に行ったり、自分の家で家事をして生活をして。そういうのに憧れていたから、学校を出るまでは今のままの生活を続けたいと我儘を言っちゃいました。
最初は攫われそうになった場所で住むのは危険かなって思ったのですが…ニエルドさんの側仕えになって印章に魔力をもらってからは、奴隷商や盗賊から狙われたことは一度もありません。
ニエルドさんも私のしたいことを尊重してくださいました。だから私が屋敷に来たのは、側仕えになってから4年も経った後なんですよ」
知らなかったパネースさんの過去がどんどん明らかになっていく。綺麗な服や大きなお屋敷がとっても似合う美しい人だけど、それまでに大変な思いをしていたなんて知らなかった。
「だからパネースさん、『お屋敷に来た時劣等感を感じてしまった』って言ってたんだね」
「ええ。まあでも、すぐにイザベラのテンションに巻き込まれて、あれよあれよという間に馴染んでしまいました。人生とは分からないものです」
「ふふっ、さすがイザベラ」
「だって劣等感なんて感じる必要ねえだろ? 来ちまったもんはしょうがねえんだから」
イザベラらしい回答に和やかな空気が流れ、話し込んでいるうちにあっという間に昼を迎えた。
「あっ、そろそろフレイヤさん達帰ってくるかな」
「ですね。お二人も、一旦戻ってください。本当にありがとうございました。昔のことを思い出してほっこりしてたら、心細さなんかすっかり消えちゃいました。お二人のおかげです」
「ううん、聞かせてくれてありがとうパネースさん」
「んじゃ、午後からは俺の話を聞かせてやるよ」
「ほんと? 聞く聞く!」
「じゃ、昼飯食ったらまたここに集合な!」
「ええ、お待ちしております」
パネースさんは少し顔色が良くなって、イザベラはなんだか張り切っていて、僕はどんな話が聞けるのかと期待に胸を躍らせている。
二人と話していると本当に時間が過ぎるのがあっという間で、友達ってこういう感じなんだなって思う。
僕たちはまだまだお互いの歩んできた人生を知らないけど、友達になるのにそんなことは関係ないと分かった。どんな過去があろうと、僕が好きなのは今ここにいるパネースさんと、今ここにいるイザベラ。
じゃあまた、と別れ、僕たちはそれぞれ愛する主を迎えるために部屋に戻った。
end.
風邪をひいたパネースのお見舞いに行く話。
本編完結後の番外編になります。パネースの過去のお話も少し出てきます。
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近頃は気温も低くなってきて、朝なんかは布団から出たくなくなる。今日も隣の大きな体で暖をとっていると、珍しく「ハルオミ、もう起きなさい」と言われてしまった。いつもは好きなだけ甘えさせてくれるけど、流石に彼を寝坊させる訳にはいかなかった。
フレンチトーストを作って一緒に食べて、彼を送り出した。
さて今日は魔術書でも読んで魔法の勉強でもするかと意気込んでいると、コンコンとドアを叩く音と、元気な声が聞こえてきた。
「ハルオミ、起きてるか?」
「イザベラ。うん、起きてる。入って良いよ」
——ガチャ
朝であろうと、彼のパッチリとした目にふわふわサラサラの髪の毛はご健在だ。どこぞのお姫様かと見まごうほどの容姿であるが、中身とのギャップにおそらく初対面の人はびっくりするだろう。
「おはようイザベラ、どうしたの?」
彼は少し焦ったような、困ったような顔をして部屋に入ってきた。
「さっき廊下でニエルド様と会ってさ。パネース風邪引いたんだって。だからちょっと気にしてやってくれって言われたんだ。これからお見舞い行くんだけど、ハルオミも一緒に行こうぜ?」
友人を心配する彼はしおらしく眉尻を下げて言う。とても爆弾作りが趣味だとは思えない可愛らしさだ。
それよりも、パネースさん風邪ひいちゃったのか……確かにこの頃急に寒くなってきたし、無理ないよね。
「そうなんだ、心配だね。一緒に行こう」
「あぁ。ニエルド様は自分で看病するつもりだったらしいんだけどさ、当主が何言ってんだってパネースに蹴られたから仕方なく仕事に行ったみたいだ」
「そっか。ニエルド様、威厳はあるけど意外と尻に敷かれてるよね」
「ははっ、わかる! 祝言の時も、急に最後の挨拶をパネースに振ったから、あの後めちゃくちゃ怒られてたしな」
パネースさんの晴れ姿を思い出す。
彼の挨拶に僕もイザベラも胸打たれ、涙が止まらなかった。
あの日祝言が終わって来賓を送り出したあと、パネースさんは「聞いてませんよ、あれ、なんですかっ、すっごく緊張したじゃないですか!」とニエルド様にぷんぷん怒っていた。
どんな様子も微笑ましく見えた。今日もきっと行く行かないの一悶着があったんだろうなと想像を膨らませる。
僕たちは早速パネースさんの部屋に行き、コンコンと扉を叩く。すると中から「はい……」と弱々しい声が聞こえた。
——ガチャ
「パネースさん、大丈夫?」
「生きてるか?パネース」
部屋の中では、ベットに横たわって毛布を被った顔色の悪いパネースさんが居た。
「イザベラ、ハルオミ君……すみません、風邪など滅多に引かないのですが、ちょっと油断してしまいました」
力なく笑うパネースさん。いつも結っているポニーテールは解かれている。
「顔色悪いぞ……ニエルド様にパネースの看病頼まれてさ、なんか欲しいものあるか?」
「ニエルドさん……ちゃんと行きましたか?」
「ああ、すっげえ渋りながら行ったよ。っていうか、そんなことよりお前は自分の心配しろよ」
「そうだよパネースさん。欲しいものがあったらなんでも言ってね。お水もあるし果物もあるし、食欲が出てきたら何か作るからね」
「ありがとうございます二人とも……まだ食欲は無いのですが、あの…少し心細かったので、一緒にいていただけるとうれしいのですが……」
パネースさんは恥ずかしそうに遠慮がちに呟いた。そんな彼を見てイザベラが胸を張って言った。
「なんだそんなことかよ! まかせろ! ほら、ずっと見ててやるから寝ろ!」
イザベラは、横にあった椅子をベッドにくっつくくらい近づけて、パネースさんを見下ろしながらなんとも雑に寝かしつけようとした。
「イザベラ、それパネースさん寝にくいでしょ。もうちょっと離れてあげなよ」
「あ? そうなのか? でも一緒にいるなら近くの方がいいだろ?」
頓珍漢なやりとりを見ながら、ふふふっ、とパネースさんは笑う。
「なんだか幸せですねえ。眠くはありませんので、一緒にお話をしませんか?」
その提案に、よしきた、と僕とイザベラはベッドの横に並んで座り、他愛もない会話を始めた。風邪のときは治療や食事も大切だけど、やっぱり近くに誰かがいるっていう心強さが1番の薬だと思う。
祝言の思い出や最近の寒さへの憤りなど、好き好きに話す。するとパネースさんは「風邪なんて数年ぶりにひいたので、こんなに心細いというのを忘れていました。二人がいたら本当に心強いですね」と感慨深げに言った。
「数年ぶりに? パネースさん、繊細そうだけど意外と体強いんだね」
「ええ、それはもう。以前は森の中の湖の近くに住んでいたんですよ。どこへ行くにも山を越えないといけないので体力が付いたんです。私は転移魔法は使えませんからね」
「そうなんだ。湖の近くって、パネースさん似合うね」
森や湖の近くでこんな人を見かけたら、僕だったら妖精と勘違いしちゃいそう。パネースさんが湖に佇む姿に思いを巡らしていると、ふと彼の過去が気になった。
「パネースさんって、ここへ来るまでは何をしてたの?」
すると横からイザベラも話に入った。
「あ、それ俺も気になる!」
「イザベラも知らないの?」
「ああ、パネースとは長いけど、屋敷に来るまでのことはあんまり話したこと無かったもんな。今日何して過ごすかとか、明日何するとか、そんなことばっかだったから……そういえば過去の話は気になんなかった」
イザベラらしい。彼は過去など振り返りそうにない。今をめいいっぱい楽しんでいる彼に、いつも元気をもらっていた。
パネースさんは、視線を浮かせながら思い出すように話し始めた。
「私がニエルドさんと出会ったのは8年前です」
「8年? 長いね」
「ええ。私はその時孤児院を出て、さっき言った湖の近くに住んでいました。魔獣保護施設と言って、怪我や病気の魔獣を保護して自然に返す施設で働いていたんです」
パネースさん、今孤児院って言った。
明るくて愛があって柔らかい彼が孤児だったなんて、僕はあまり信じられなかった。
イザベラは構わず質問を続けた。
「そこで働いていた時に、ニエルド様に出会ったのか?」
「いいえ……そこで働いていたのは学校に行くためで、1年間は朝も夜も休まず働きやっとお金を貯めることができたんです。孤児は学校に行けないって言われてきたけれど、やっぱり世の中のことを知りたくて、でも…その年は願いが叶うことはありませんでした」
「そうなの?」
「そのお金を握りしめて町の一番有名な学校の門を叩いて、ここに入りたいってお願いしたんです。そしたら笑われちゃったんです。『学校っていうのは、試験をして合格した人が入れるんだよ』って」
過去の自分を思い出すように苦笑いをして言うパネースさん。
僕はいつのまにか試験をしていつのまにか学校に入って、いつのまにか授業を受けてた。
ここではそういう人生ばかりではないのか。改めて彼のしてきた苦労を思い知らされた。
「知らなかったんです。お金があれば学校に行けると思っていたから。何のために働いてきたのかわからなくなって、トボトボ森を抜けている時、ぼーっとしていたので私、奴隷商に攫われそうになったんですよ」
「え……!?」
予想もしていなかった言葉に思わず声が裏返りそうになる。イザベラも口をあんぐり開けてかなり驚いているようだった。
「だ、大丈夫、だったのか?」
「ええ、その時に助けてくれたのがニエルドさんです」
パネースさんの苦笑いが、自然な笑顔に変わった。彼は幸せそうに思い出を語ってくれた。
「彼は私を、私の住む小屋に連れて帰ってくれて、話をずっと聞いてくれました。そして色々なことを教えてくれたんです。私が入ろうとしていた学校は町一番の優秀でお金持ちの行く学校で、そういうところじゃなくても学べる場所はいっぱいあること、私の住む地域はこのごろ奴隷商や盗賊の目撃報告が上がっていて危ないこと。そういう、私の知らない全てを教えてくれたんです」
「そっかー、大変だったんだな」
僕はかなり声が出ないくらいにびっくりしたパネースさんの報告を、イザベラは「へぇ~」といった感じにさっぱりと答える。彼のこういう暗くならない反応がパネースさんにとってもありがたいようで、彼はさらに話を続けた。
「その後、ニエルドさんが魔祓い師だということがわかったんです。もう膝から崩れ落ちましたよ。魔祓い師って言ったら、孤児でも知ってます、とても強くてこの世界を守ってくれている英雄だって。だから彼に側仕えになってくれと言われたときは、私なんかに務まるとは思えず一度断りました」
ふふふっ、と楽しげに話すパネースさんは、少しだけ先ほどよりも顔色が良くなっていた。
「でも彼は、毎日私の小屋に来て勉強を教えてくれたんです。どこの学校でも入れるように、『選択』できるように。彼は私に人生の選択権を与えてくれたんです」
「ニエルドさん、優しいんだね」
「ええ……そのうち、彼の役に立ちたいと思うようになりました。恩返し、とかそういうことではなく、私自身が選んだんです。彼の側仕えになることを」
選択権があるというのは、僕にとっては何も特別なことでは無いように思っていた。けれどパネースさんにとっては、自らの人生を選択できるということはとても特別なことなのだろう。
「私はそこから先の人生も自ら選択し続けました。入る学校も自分で決めた。結局、最初に門を叩いたところではなく、もう少し小規模で易しいところに入りました。私は引っ込み思案で緊張しいで、人との交流も上手じゃなかったので友達ができなかったんですが、ニエルドさんはそれも自由だって言ってくれたんです。ひとりが楽なら友達なんか作らなくても大丈夫だって……そう言ってくれてから、とても楽になりました」
パネースさんは、イザベラが初めての友達だって言ってた。
なんかわかる気がする。引っ込み思案だろうと緊張しいだろうと、イザベラはそんなの関係なく接してくれるだろうからパネースさんと合うのだろう。
「でも、屋敷に来たのは俺よりちょっと後だろ? それまでずっと湖の小屋で住んでたのか?」
「そうなの? イザベラが先なの?」
「ええ、側仕えになったのは私の方が先ですが、この屋敷に来たのはイザベラの方が数ヶ月早いんです」
これはまたまた知らない事実だ。ふふん、と先輩顔をするイザベラが頷いていた。
「屋敷に来なかったのも私の選択です。孤児院にいた時から、普通の暮らしに憧れていたんです。働いたり学校に行ったり、自分の家で家事をして生活をして。そういうのに憧れていたから、学校を出るまでは今のままの生活を続けたいと我儘を言っちゃいました。
最初は攫われそうになった場所で住むのは危険かなって思ったのですが…ニエルドさんの側仕えになって印章に魔力をもらってからは、奴隷商や盗賊から狙われたことは一度もありません。
ニエルドさんも私のしたいことを尊重してくださいました。だから私が屋敷に来たのは、側仕えになってから4年も経った後なんですよ」
知らなかったパネースさんの過去がどんどん明らかになっていく。綺麗な服や大きなお屋敷がとっても似合う美しい人だけど、それまでに大変な思いをしていたなんて知らなかった。
「だからパネースさん、『お屋敷に来た時劣等感を感じてしまった』って言ってたんだね」
「ええ。まあでも、すぐにイザベラのテンションに巻き込まれて、あれよあれよという間に馴染んでしまいました。人生とは分からないものです」
「ふふっ、さすがイザベラ」
「だって劣等感なんて感じる必要ねえだろ? 来ちまったもんはしょうがねえんだから」
イザベラらしい回答に和やかな空気が流れ、話し込んでいるうちにあっという間に昼を迎えた。
「あっ、そろそろフレイヤさん達帰ってくるかな」
「ですね。お二人も、一旦戻ってください。本当にありがとうございました。昔のことを思い出してほっこりしてたら、心細さなんかすっかり消えちゃいました。お二人のおかげです」
「ううん、聞かせてくれてありがとうパネースさん」
「んじゃ、午後からは俺の話を聞かせてやるよ」
「ほんと? 聞く聞く!」
「じゃ、昼飯食ったらまたここに集合な!」
「ええ、お待ちしております」
パネースさんは少し顔色が良くなって、イザベラはなんだか張り切っていて、僕はどんな話が聞けるのかと期待に胸を躍らせている。
二人と話していると本当に時間が過ぎるのがあっという間で、友達ってこういう感じなんだなって思う。
僕たちはまだまだお互いの歩んできた人生を知らないけど、友達になるのにそんなことは関係ないと分かった。どんな過去があろうと、僕が好きなのは今ここにいるパネースさんと、今ここにいるイザベラ。
じゃあまた、と別れ、僕たちはそれぞれ愛する主を迎えるために部屋に戻った。
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