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東の祓魔師と側仕えの少年
〈番外編〉8年前の記憶
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パネースが風邪を引いた日の夜、ニエルドが帰って来てからのお話。
先に「〈番外編〉思い出」をお読みいただくことをお勧めします。
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普段風邪などあまり引かないけれど、この頃の気温変化に体がやられてしまったみたいだ。
今日はイザベラとハルオミ君がそばにいてくれたから寂しく無かった。こうして人に甘えられるようになったのも、あの人のおかげだ。
私は8年前の記憶に浸りながら、布団を顎まで引き上げた。
「だいぶ顔色が良くなったな、パネース」
「うわあっ、……ニエルドさん、びっくりするじゃないですか……」
いつのまにか帰宅して枕元へ立っていた愛する人へ苦言を呈し、お帰りなさいと挨拶をした。
「あぁ、ただいま。お前がどうしても行けと言うから仕方なく仕事をして来た」
彼もまた私に嫌みたらしく言ってきて、その子供らしさにふふっと笑ってしまう。
「だって、当主になって間もないんですよ? 私の体調不良如きで休んでいちゃ、他の魔祓い師さんたちに示しがつきません」
「すっかりかかあ天下だな。ま、お前の尻にならいくらでも敷かれてやっていい」
威厳のある東の地当主が自ら伴侶の尻に敷かれるなど、誰が想像できようか。私にのみ明かしてくれる可愛らしい顔を見ると、体調の悪さなどすっかりどこかへ行ってしまう。
「冗談はその辺にして……こちらに来てくださいニエルドさん。今日もお疲れ様です。しっかり癒してあげますから…」
起き上がってニエルドさんを迎え入れようとすると、腕を掴まれて寝台に戻された。
「何言ってんだ、今日はもう寝るぞ。ほら、布団しっかりかけとけ」
「え……だめです、普段通りお仕事したんでしょう? 少しでも疲れを除いておかないと…」
「問題無い、今日は主にフレイヤとビェラが動いた。俺はほとんど魔物を取り込んでねえから心配するな」
「心配するなと言ったって……いえ。やっぱりいけません、しましょう!」
再び起き上がってニエルドさんに触れようとすると、先ほどのように押さえ込まれて隣にニエルドさんが体を潜り込ませた。
「駄目だ。俺も今日はもう寝る。湯浴みまだだろ? まとめて浄化魔法かけるからじっとしてろ」
「ん……」
抱き込まれて、ニエルドさんから魔法が発せられる。私ともども柔い光に包まれ、ぽわぁっと暖かい感覚が全身に纏った。
清潔になった体。
彼は私を寝かしつけようと背中をリズム良く叩くが、私はといえば勿論それどころでは無かった。
「ニエルドさん、やっぱり……しませんか? だって私が仕事に行けと言ってしまった手前、あなたの体に差し障りのあるままではいけません」
「俺の体に差し障るのが駄目なのに、お前の体に差し障るのは良いのかよ?」
すこし強めの口調で言われ、口篭ってしまう。
「しかし……」
言い返す言葉も見つからず言い淀んでいると、ふっと笑って面白そうにニエルドさんが聞いて来た。
「全く……ひと昔前のパネースからは考えられないな。いつからそんなに頑固な性格になったんだ? ん?」
「………あなたのせいです」
顔を覗き込まれ、恥ずかしさから逸らしてしまう。それを許してくれなかったニエルドさんは私の顎にそっと手を添え、元の位置に顔を引き戻す。
「そうだったな。生きることに不器用だったあの頃のお前を、こんなに頑固で自己主張の強い人間にしたのは他でも無い俺だ」
「わかってるなら…ちょっとくらい……」
勇気を振り絞って彼の腰に触れてみると、私と同じくらい頑固な彼は、その手を掴んでぎゅっと握りこんで来た。
「何が『ちょっとくらい』だ、阿保か。ほら、手もめちゃくちゃ熱いじゃねぇか。いいから今日くらいは俺の言うことを聞いておけ。……その代わり、回復したら覚悟しろよ?」
不敵な笑みを浮かべながら意味深な言葉を発するニエルドさんに、ぎゅっと心臓が跳ねるような感覚を覚えた。出会って8年も経つが、彼の暴力的な色気には未だに慣れない。
「こ、こちらの台詞です……覚悟、しておいてくださいね」
変なところで負けず嫌いが発動してしまうのは私の悪い癖で、この性格もまた彼に植え付けられたようなものだった。
ニエルドさんは、「実に楽しみだ」と言いながら私を胸に収め心地よいリズムを与える。
「しかし、懐かしいな。出会った時のお前は自分で決断するということを知らなかった。俺は一生忘れてやらんぞ。人攫いに攫われそうになり全てを諦めようとする目、助けた俺に全財産を差し出しながら力なく笑う顔」
「もう……いちいち口に出さないでくださいよ、恥ずかしい」
今の自分では考えられない行動の数々を列挙されたことにムッとしつつ、ニエルドさんの尻をポンと叩いてお仕置きをする。
「勉強を教えてやるためにお前の家に通っていたこともあったな。まるで俺の方が通い妻だ」
「『毎日来る』って言うからなんの冗談かと思えば、本当に毎日来るんですもん。いつ追い返してやろうかと思っていました」
「こらこら、思っても無いことを言うんじゃない。小屋のそばで毎日聞き耳立ててたら、3日にいっぺんは『ニエルドさんいつ来るかなあ…』っつう悩ましい声が聞こえてたぞ」
「…っ!? しゅ、趣味が悪いですよ、なんですかそれ、聞いてない! 人の家のそばで聞き耳立ててたんですか?」
「いいじゃねえかちょっとくらい。許せ。愛しい人は近くで見守りたいだろ?」
「……っ」
何も言えなくなってしまったのは、彼がただ聞き耳を立てていたのではなく、私が人攫いや盗賊に狙われてないよう見張ってくれていたのだと気づいたからだ。
孤児院を出てから湖の近くの小屋に住み始めたが、世の中のことを何も知らなかった私はそこが人攫いの出没地だと知らなかった。
彼は私を側仕えにして加護を与えるまでは、毎日のように周りを見張っていてくれたのだ。
「しかしあれだな、この広い寝台もいいが、お前の小屋の狭い寝台もあれはあれで色々と良かった」
「っ、ちょと、ふざけたことを言っていないで、早く寝てください」
「別にふざけたことなど言っていない、ささやかな暮らしの思い出に浸っているだけだろう」
それはそうなのだが、どうもそれ以外の思い出がよみがえってきて仕方がない。
私がまだ屋敷に来る前、すでに彼とは魔祓い師と側仕えという関係だったので、いわゆる「魔祓い師を癒す行為」は私の小屋でおこなっていた。
初めてあの狭い寝台でくっついて眠った時、人生でこれほどまでに幸福なことがあるのかと驚いた。
色々な思い出が駆け巡り、くすぐったい気持ちになった。
「どうした、にやにやして」
「そういうニエルドさんも、すっごくニヤニヤしてらっしゃいます。変態おじさんみたい」
「だ~れがジジィだこのやろう」
わしゃわしゃと私の髪を掻き撫でイタズラっ子の笑みを浮かべるニエルドさん。
「ちょっと、ちょっと、っやめてください、ジジィなんて言ってないじゃないですか、人聞きの悪い…!」
「同じようなもんだろ……しかしまあ、そうか。俺がジジィになる頃にはめでたく当主の座を退いているわけだが……どうだ? あの湖のほとりにでっかい家でも建てて、2人で優雅に引退生活でも満喫するか」
「この間当主になったばかりなのに気が早すぎます。……けど、それ良い考えですね。なんだかわくわくします」
「だろ?」
「でも、家は大きくないほうが良いかな……小さな家でささやかに暮らしたいです」
「なるほど、それも良いな。寝台もそれほどデカくないものを用意しよう」
「……大きくたって小さくたって、結局こんなふうにくっついて眠るんでしょう?」
「よく分かってんじゃねえか」
くっついていた体をさらにぎゅっと抱き込んできて、私の鼻腔は彼の匂いで充満した。そしてたった今しがた交わした未来像が、私をさらに温かい気持ちにさせた。
「……ニエルドさん。おじいさんになるってことは、まずは親になるんですよね、私たち…」
「ああ。そうだ」
「ニエルドさんみたいに、屈強で威厳があって、でも子供っぽくてちょっと意地悪で可愛い子に育ちますように」
「おいおい、随分な言いようじゃねえか」
「本当のことじゃないですか」
「俺よりもパネースに似てほしい。俺はお前のように努力家な人間を見たことがない。何があってもへこたれず、自分の力で生きる術を掴み取った」
彼の言葉の一音一音が、私の耳に低く響く。
「それは……あなたがいてくれたからです。あなたと出会えて人生の選択肢が増えた。この屋敷に来ることができて、大切な友達もできた。私ひとりでは、到底掴み取れませんでした。私の努力ではありません」
何もできなかった頃の自分を思い出す。
自分の生きる道がひとつじゃないなんて知らなかった。ひとつじゃないどころか、自ら選択肢を生み出せることも知らなかった。
ニエルドさんはくくくっと笑って、「そういうところは変わってねえんだな」と言ってきた。
「この世の誰も、ひとりで何かを成し遂げるなんて無理な話だ。他でもないお前の努力だ。よし、分かったら寝ろ」
バサッ、と顎の上あたりまで布団をかけられる。分かったら寝ろ、なんて…さっきから私がそう言っているじゃないか、という文句も、突然降ってきた口付けにより封じ込められてしまった。
「ん……っ、」
いつもと違って唇を合わせるだけの柔らかい口付け。触れた場所から彼の愛がひしひしと伝わってくる。ずっとこのままでいたいが、そんな欲を引っ込めて私は彼の顔を引き剥がした。
「ん、む……っ、ニエルドさん、風邪がうつります!」
「そんな照れ隠しが通用すると思うか」
「っ、ちょ…だめだめ、近づかないでください! それ以上顔を近づけたら、絶交ですからね! 当主なんだから、風邪をひいてお仕事が出来なくなると国の皆様が困るでしょっ?」
グイグイと顔を近づけてくる彼を必死に押し退けなんとか口付けを阻止する。
本当は、彼の熱い唇が私のそれに触れるだけで、体内の欲望が渦巻いてしまって困るのだ。
しばらくの攻防戦の末、(だいぶ彼が手加減してくれたように思うが)無事眠りの姿勢に入ることができた。
二人で抱き合いながら目を閉じて、目の前の心音に耳を澄ませる。
「パネース、愛してる。おやすみ」
「私も、これまでもこれからも、ニエルドさんだけを愛しています。おやすみなさい」
いつもと同じ眠りの挨拶を交わし、私たちは夜の静けさに堕ちていった。
end.
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いずれニエルド×パネース、ビェラ×イザベラの出会い編も書きたいと思います。
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