苦手な人と共に異世界に呼ばれたらしいです。……これ、大丈夫?

猪瀬

文字の大きさ
9 / 234
異世界転移

8 これから

しおりを挟む
お風呂に入ってからわかったことだけど、この世界ってドライヤー無いんだね。

 毛先からポタポタと水滴が落ちてくる。そうならないようにタオルを貸して貰ったはいいが、タオルドライはなかなか乾かないものである。

 それはさておき、イザベラさんとイルゼさんの話し合いの結果、永華達はマーキュリー・ベーカリーで働きマーキュリー宅の余っている部屋に住むことになった。とてもありがたいことだ。

 薄暗い廊下に、床が鳴る。窓からは月が見えて、森にいたときに見た位置よりも大分変わっていた。

 今、何時なんだろうか。

 ふとそう思ったが携帯は永華に宛がわれた部屋の中で、この廊下には時計はない。これから行く部屋にあるかもしれない、そうやって自分の部屋によってから目的地に向かっていく。

 扉の前に来て、ノックをしつつ声をかければす「どうぞ」と言う返事が帰ってきた。

「失礼しまーす」

 挨拶は適当に、早々に白紙のノートと筆記用具を備えつけの小さな机に置き、セットの椅子に腰かけた。

「一言、断りくらいしてもいいんじゃないか?」

「あ~、ごめん。疲れてるから勘弁して」

「……はぁ、それは僕もだが。まぁいい」

 整えられている真っ白なベッドに腰を掛けているのは髪が湿気っている、カルタだった。ここはカルタに宛がわれた部屋だ。

 眉毛一つ動かすこと無く淡々と言葉を放つ、その姿に嫌なものを思い出し背中がゾワゾワと寒くなる。

「で?なんだっけ?事態の確認?」

「ああ、忘れないように。その日のうちにしておこう、って言う話だ」

「ああ、だから残せるノートね」

「とりあえずだ。あの森に……移動させられるまでの出来事の確認だ。僕は一旦帰ったあと。シャーペンが壊れたから近くにあったコンビニに買いに行ったんだ。そして気がついたら地面で寝ていた。持ち物は財布だけだな」

「お使いの帰りに気がついたら、だね。まばたきしたら、あそこだった。教科書とノート数冊、筆記用具、使いかけの醤油、音楽プレイヤー、スピーカー、イヤホン、ライター、スマホ、モバイルバッテリー、折り畳み傘とか、まぁ色々」

 カチカチとシャーペンの芯を出し、ノートへ書き込んでいく。書き込んで改めて訳のわからない状態だな、という感想を抱いた。

「その前になにか無かったか?僕はなにも心当たりはないんだ」

「なにか、ねえ」

 記憶を辿って昼のことを思い返す。

 学校が昼に終わって、それからお願いされたお使いを遂行するためにスーパーに向かっていた。それから醤油を買って帰ろうとした。

 それから……。

  __ぐす……ひっく……早く起きてよ。⬛⬛⬛⬛__

「……あ、誰かの泣いてる声が聞こえたね。子供じゃなかった、男の子の声かな?誰かの名前を呼んでたような気がするんだけど、誰のことだったんだろ?」

「どこかの誰かが喧嘩でもしてたんじゃないのか?」

「いや、絶対ない。なんか変に響いてたから、こう……水の中?みたいな?でも、なんか既視感あったんだよな」

「ふむ、戌井に起きて僕にはなにも無しか。その違いが気絶していた僕と、瞬間移動したような状態になってた君、という違いを生んだのかな?」

「かもね」

 あの既視感のある弱々しく、誰かの名前を呼ぶ泣き声。篠野部に言われてなにがあったか意識して思い出さなければ存在事態忘れていたかもしれない。

 既視感を抱くのもさっきまでのように過去の自分が忘れていたからなのではないか?そう考えるとあり得る気がしてきた。寝ている間に見る夢のようだな。

 声の特徴をノートの端に書き込んでいく。と言っても、青年以上の男の子くらい、という曖昧な情報しかないけれども。

「それからはお互いわかるよね?」

「シマシマベアーに追いかけられ、どうにか正気に戻してナノンと共に町に、運良く働き口も見つかり住む場所も見つかった。だろ?」

「たったこれだけか」

「これだけだが、その声の者が何かした可能性が高いな」

「魔法があることも確定したし、私たち召喚されったっぽいよね」

 ポケットの中にいれていたスマホをとりだし、切っていた電源を入れる。そこからギャラリーを開き、赤い陣を撮ったものをうつした。

「それで“入り口”と思われるのはこれ、と」

「む、撮ってたのか」

「うん、あの後どうなるか分かんなかったからね」

 携帯の充電は80程度、電源を切ってたからこれだがいつダメになるか何てわからない。ささっとノートの最後のページに図形を模写していく。

「赤である理由は?なんであの森でこんなものを書いた?これの詳しい意味は?シマシマベアーの一件との関連性は?仮に召喚したとして、なんであの場に誰もいなかった?」

 篠野部がこぼす疑問の言葉も図形の上に書き込んでいく。

「一番の謎が僕たちが選ばれてたことだな。特段すごいなにかがあるわけでもないのに」

「それは、魔法的な何かとか?そうすると見えないしわからないじゃん」

「それが一番あるな」

 その辺りもどうやって探るべきか。

「あと気になるのが魔法学校だよね、手がかりを探すなら行くべきじゃない?お金も時間もかかるけどさ」

「王宮も追加しといてくれ、召喚なんてこと一般人がそうそうできるわけがない。あとは力の強いものと権力者だな」

「おっけー」

 よくよく考えてみれば人の召喚なんて、外から未確認のウイルスを入れるようなものだ。そんなことをするとなれば管理できる、何かあれば対処できる力がいる。ならば自然とするであろうう人物は絞られてくる。

「軍学校はどうだろ?」

「優先順位は低いな、君の意見は?」

「同じく、実物見てみないと何とも言えないけどね」

「ああ、それは同感だ」

 あれから一時間ほどして話し合いは終わり、部屋に戻ることになった

「当分は図書館で調べものだな」

「そうだね」

 相槌をうって、篠野部の顔を気づかれないように盗み見る。やっぱり一ミリも表情が変わってない、多少しかめたり眉間にシワがよったりしてはいたがたったそれだけだった。

「魔法学校。魔法が使えなきゃ意味がない。いつか、そこら辺も考えなきゃな」

「そーね」

 相変わらず冷たい目だな。それはそうと、すぐに視線をそらした。

「いつ帰れるかね?」

「さあな」

「わりと直ぐに帰れたりして」

 もし、本当にそうなったらありがたいんだけどな。

「さて、明日は五時半に出勤だったけ」

「ああ、今は……ちょうど零時か。僕はもう寝る」

「うん、じゃあ帰るね」

 使ったものをささった片付けて扉に手をかけたところで振り返る。

「また明日」

 笑顔でそういえば顔をしかめられ、布団に潜っていってしまった。いったいなにが気に入らなかったんだか、皆目検討もつかないがとりあえず自分に与えられた部屋に戻ることにした。

 電気はないが月がでている何時もの夜より明るく感じる。月を見上げていると、あの篠野部の目と似た冷たい目を思い出してしまった。

「寒い……」

 寒気がして、自分のことを抱き締めても一つも暖かくならない。

 この世界の唯一の技術の結晶のスマホを取り出す。そこには昔撮った家族写真が写っていた、時期は永華がまだ小学生の頃のものだ。

 写っているのは両親と四つ下の弟が一人、どこかの観光地に言ったときに他の観光客に撮って貰ったものがこれだ。

「確か、この後で遊園地に行ったんだったっけか。ああ、もう記憶がぼやけてきてるや」

 思い出そうとしても詳しいことはなにも思い出せない、大雑把になにが起きたかくらいしか分からなかった。

「……はぁ、だめだ。私も寝よ」

 スマホの電源を落とせば、何もうつさない、ただの箱になった。

 床が軋む。大きな音が出ないように気をつかいながら来た道を戻っていく。

 その後ろ姿はさながら幽鬼のようで、なにか負の感情をにじませていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)

葵セナ
ファンタジー
 主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?  管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…  不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。   曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!  ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。  初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)  ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』

宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?

処理中です...