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異世界転移
22 お忍び
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幸いなことに、あの団体は当分この町で体を休めるらしい。その情報は常連のおしゃべり好きの婦人から聞いたものだ。
戌井はこのことを察していたらしい。まあ、ああもボロボロならばどこかで休まないと王都に帰る前に倒れるものも出てくるだろうから。なんなら町の住民の半分くらいの人達も察してたんじゃないだろうか。
さて、この前戌井と話した通りにヘラクレス・アリスとかいう騎士に不自然じゃない程度に接触したい。そう思い合間をぬって色々と情報を集めてみた。
「どうにもヘラクレス・アリスは酒場にいかないらしい。森の浅いところで鍛練か、食料調達くらいでしか宿を出てないようだな」
「どこからそんな情報持ってきたよ」
「世間話ついでに聞いた」
「話すの苦手なんじゃなかったっけ?基本話しかけなきゃ無口じゃん」
「“話す”のは苦手だが、“話術”が苦手といった覚えはない」
「詐欺かよ」
不名誉すぎる。なんで詐欺扱いされねばならんのだ。というか何で僕が話すのが苦手って知ってるんだい?え?普段からそれが出てる?自分から話しかけることが少ないからそうだと思った?……そうかい。
「……ともかく、接触の機会は森での鍛練か買い出しってところだね」
「鍛練の時が無難かなあ。いや、下手打つと印象が悪くなるか」
「買い出し時に偶然を装うのがいいだろうね」
「うちに来てくれれば、てっ取り早いんだけどなあ」
「そんな都合のいいこと、起こるとは思えんな」
人生でおいて都合のいいことが起こるなんて、早々無いだろう。嘆けば簡単に都合のいいことが起きる、なんてことがあれば人生はもっと簡単に、悩みなく、豊かに、進んでいくだろうさ。
「とりあえず、行動範囲の把握だね。ここは私に任せてよ」
「……お手並み拝見だね」
「ふふふ、はーい。じゃあちょっとそ外に出てくるね」
あわよくば企業秘密といっていた情報網の正体がわかれば気苦労も減るんだがな。下手なことに手を出していないか。それを確認したい次第だ。
この世界に来て、この町で暮らして、もうすぐ2ヶ月がたつ。魔法学校は九月に始まるらしいのだが、今の僕らにはいけるわけもなく、今年はまだこの町にいることになった。もう町には慣れて、僕らは単独行動をするようになっていた。まあ、さすがに一緒にいる時に何の知らせもなく、いなくなられたら前のように探すがな。
あの団体が来て一週間が過ぎた。行動範囲については戌井が6日で掴み、僕らどう動くか悩んでいた。
そして情報を掴んでから八日が過ぎた。
「……どうするかねえ。というか、なんで顔隠したりしてるお忍びスタイルなんだ?」
「……はあ」
晴天の空。肌を焼くような日に照らされ、ヘラクレス・アリスに接触しようにも気づかれているのか、そうじゃないのか。全く接触できないでいた。
「さすがに気づかれてるのかな」
「だったら僕らに接触しに来ないのは不自然だろう?」
「ストーカーに会いたくないだけなんじゃない?」
「……」
身体的につかれてるのか。精神的に気つれているのか。さだかではないが頭がうまく回らない。そんな状態で、そこまで考えずに発言した言葉に正論を返されて黙る。確かにストーカーなんかには誰だって会いたくないものだ。接触しない方が当たり前。
僕らがストーカーとして認識されてたら少々ヤバイが……そこは考え出したらきりがない。
疲れからのため息を吐いて、人に紛れ込むようにヘラクレス・アリスの後をつける。
「いっそのことトラブルなんかが起きて、恩売れないかな。その方が楽だし確実だよね。トラブル待ちだけど」
「待ってる間に帰られたら目も当てられないな」
「……私、疲れた。もう普通に会いに行こうよ」
「足が棒になる」と弱音を吐く戌井を横目で見て思い出したくもない光景を思い出し、思わずあまり動かない表情筋が動いて顔をしかめた。
「その度にファンクラブに撥ね飛ばされたの忘れたか」
行動範囲を把握した初日にこと。偶然を装い接触しようとしたのだが、どうもこの町に騎士団が来ていることを知った他所の町の女子達が我先にと動いた結果。戌井は人混みに轢かれてしまい、三日ほどベッドの住人となっていた。ギリギリで、この前習った防衛魔法を張ったらしいのだが咄嗟のことで強度が足りず踏まれて怪我をしていた。
おかげで戌井は女子の集団を見るたびに身構えるようになっていた。軽くトラウマになったらしい。
しかも何が酷いって戌井を轢いた集団に貴族がいたらしく、戌井の怒りは一言の脅しで握りつぶされた。僕も流石に苦情をと思ったのだがボロボロでフラフラの戌井を居候先に運び、治療を優先した。
「……」
僕の言葉に、あの時のことを思い出したのか。苦虫を三十匹程、噛み潰したような表情をしていた。それは女子がして良い表情じゃないと思う。怖い。背後に般若がいる。
僕は怒られていないはずなのに怒られてるような気分になる。
「今度は私が撥ね飛ばせば…………流石にダメか」
「当たり前だろ。なんなんだ、今の間は」
「仕返しできないかなって」
「やめておけ、余計な騒ぎを起こすと目的に支障が出るかもしれないだろ」
「……まっ、そっか」
戌井の表情が般若の形相から、ころっとあきれ気味のものに変わる。ほんと、表情豊かなやつだ。
少し遅れてあることを思い出した。それは転移してきた初日に起きた事件で使われていた薬の事だった。戌井には知らせておくべきか。
「この前、薬屋に行った」
「……シマシマベアーさんの時の?」
戌井は頭から抜けていたのかワンテンポ遅れて返事を返した。
「ああ、やはり投与された動物を凶暴化させるものだった。だが肝心の詳しい成分がわかっていないらしい。無論のこと作り手も不明だ」
「ふーん、未知の薬か。どこのマッドサイエンティストが作ったんだか……」
「何かの産物かもしれないが、ああいうものを使う輩のことは良くわからないな」
「むしろわからない方がいいって。あんなの」
もっともだ。何が目的であんなことをしたのか。今だまともにわかっていない。
実験、愉快犯、ナノン狙い、僕らを召喚したもの達狙い。と様々な仮説が出たが、どれもしっくり来ないのだ。実験説と愉快犯説とをのぞけば追撃がないことに疑問しかわかない
「あとシマシマベアーの、その後の容態も聞いてきた。後遺症、依存症、再発、どれもなし。いたって健康だと」
今、あの熊は獣医のもとで面倒を見られている。あんなこともあったのに殺処分になってないだけましだろう。あと、森で迷った者の捜索、救助要員を失いたくなかったんだろうな。結構深い森だったし。
「はあ?あんな薬打たれてたのに?」
「ああ、しかも血中にもなにも残ってなかったと」
「……どんな魔法の薬なのさ」
「魔法薬でも反応は出る。完全なる新種のなにかと考えるべきだ」
「なんというか。薄気味悪いな」
「まったくだ」
構成成分不明、しかも体内に残らない成分。こんなの本のなかだけの存在だと思っていた。でも異世界ではそうでもないらしい。
まったく、うすら寒い話だ。
「そもそもよ?この世界でそれほどの技術力あるってさ。おかしくない?ランプ使うようなところだよ?」
「魔法があるから科学が進歩しない、なんてのはあると思うが。実際はどうなんだか」
「確かに。魔法って結構、便利だもんね」
仮に研究なるされてるとしても魔法の方が優先されてそうではある。
「ん?」
暇潰しにこの世界について話していれば、どうにも前方が騒がしくなる。注視してみれば如何にもゴロツキです、といったような輩がヘラクレス・アリスに絡んでいた。
「戌井。五、六人ほど縛り上げる準備をしておけ」
「え?て、テグスでいけるやつ?テグスなら一杯あるけど」
「鎖が望ましい」
「そんなものないが???あって手芸用のワイヤーだよ」
……確かにただのパン屋のバイトの魔道師見習いが鎖なんか持ってるわけもないか。
「てかなに?騒がしいけど」
「は?見えないのか?」
「篠野部、身長差って言う概念があってだね」
「……ああ、小さいからな」
戌井を見下ろすと旋毛が見えるコとを思い出す。そうだ、戌井は僕より小さいんだった。チョロチョロ動き回るから忘れていた。
「割りと平均なんだけど、お前がでかいんだけど……で、何かあったの?」
「絡まれてる」
「お忍びなのに?」
「カツアゲっぽいな」
「ああ……」
「しかもお忍びだから下手に暴れられないらしい。困ってる。というわけでだ、わかるな?」
「恩を売るのね」
少し前に戌井が言っているた事だ。まさかこうも都合良く、こんなことが起こるなんてな。遠慮なく利用させてもらおうじゃないか、チンピラ。
戌井はこのことを察していたらしい。まあ、ああもボロボロならばどこかで休まないと王都に帰る前に倒れるものも出てくるだろうから。なんなら町の住民の半分くらいの人達も察してたんじゃないだろうか。
さて、この前戌井と話した通りにヘラクレス・アリスとかいう騎士に不自然じゃない程度に接触したい。そう思い合間をぬって色々と情報を集めてみた。
「どうにもヘラクレス・アリスは酒場にいかないらしい。森の浅いところで鍛練か、食料調達くらいでしか宿を出てないようだな」
「どこからそんな情報持ってきたよ」
「世間話ついでに聞いた」
「話すの苦手なんじゃなかったっけ?基本話しかけなきゃ無口じゃん」
「“話す”のは苦手だが、“話術”が苦手といった覚えはない」
「詐欺かよ」
不名誉すぎる。なんで詐欺扱いされねばならんのだ。というか何で僕が話すのが苦手って知ってるんだい?え?普段からそれが出てる?自分から話しかけることが少ないからそうだと思った?……そうかい。
「……ともかく、接触の機会は森での鍛練か買い出しってところだね」
「鍛練の時が無難かなあ。いや、下手打つと印象が悪くなるか」
「買い出し時に偶然を装うのがいいだろうね」
「うちに来てくれれば、てっ取り早いんだけどなあ」
「そんな都合のいいこと、起こるとは思えんな」
人生でおいて都合のいいことが起こるなんて、早々無いだろう。嘆けば簡単に都合のいいことが起きる、なんてことがあれば人生はもっと簡単に、悩みなく、豊かに、進んでいくだろうさ。
「とりあえず、行動範囲の把握だね。ここは私に任せてよ」
「……お手並み拝見だね」
「ふふふ、はーい。じゃあちょっとそ外に出てくるね」
あわよくば企業秘密といっていた情報網の正体がわかれば気苦労も減るんだがな。下手なことに手を出していないか。それを確認したい次第だ。
この世界に来て、この町で暮らして、もうすぐ2ヶ月がたつ。魔法学校は九月に始まるらしいのだが、今の僕らにはいけるわけもなく、今年はまだこの町にいることになった。もう町には慣れて、僕らは単独行動をするようになっていた。まあ、さすがに一緒にいる時に何の知らせもなく、いなくなられたら前のように探すがな。
あの団体が来て一週間が過ぎた。行動範囲については戌井が6日で掴み、僕らどう動くか悩んでいた。
そして情報を掴んでから八日が過ぎた。
「……どうするかねえ。というか、なんで顔隠したりしてるお忍びスタイルなんだ?」
「……はあ」
晴天の空。肌を焼くような日に照らされ、ヘラクレス・アリスに接触しようにも気づかれているのか、そうじゃないのか。全く接触できないでいた。
「さすがに気づかれてるのかな」
「だったら僕らに接触しに来ないのは不自然だろう?」
「ストーカーに会いたくないだけなんじゃない?」
「……」
身体的につかれてるのか。精神的に気つれているのか。さだかではないが頭がうまく回らない。そんな状態で、そこまで考えずに発言した言葉に正論を返されて黙る。確かにストーカーなんかには誰だって会いたくないものだ。接触しない方が当たり前。
僕らがストーカーとして認識されてたら少々ヤバイが……そこは考え出したらきりがない。
疲れからのため息を吐いて、人に紛れ込むようにヘラクレス・アリスの後をつける。
「いっそのことトラブルなんかが起きて、恩売れないかな。その方が楽だし確実だよね。トラブル待ちだけど」
「待ってる間に帰られたら目も当てられないな」
「……私、疲れた。もう普通に会いに行こうよ」
「足が棒になる」と弱音を吐く戌井を横目で見て思い出したくもない光景を思い出し、思わずあまり動かない表情筋が動いて顔をしかめた。
「その度にファンクラブに撥ね飛ばされたの忘れたか」
行動範囲を把握した初日にこと。偶然を装い接触しようとしたのだが、どうもこの町に騎士団が来ていることを知った他所の町の女子達が我先にと動いた結果。戌井は人混みに轢かれてしまい、三日ほどベッドの住人となっていた。ギリギリで、この前習った防衛魔法を張ったらしいのだが咄嗟のことで強度が足りず踏まれて怪我をしていた。
おかげで戌井は女子の集団を見るたびに身構えるようになっていた。軽くトラウマになったらしい。
しかも何が酷いって戌井を轢いた集団に貴族がいたらしく、戌井の怒りは一言の脅しで握りつぶされた。僕も流石に苦情をと思ったのだがボロボロでフラフラの戌井を居候先に運び、治療を優先した。
「……」
僕の言葉に、あの時のことを思い出したのか。苦虫を三十匹程、噛み潰したような表情をしていた。それは女子がして良い表情じゃないと思う。怖い。背後に般若がいる。
僕は怒られていないはずなのに怒られてるような気分になる。
「今度は私が撥ね飛ばせば…………流石にダメか」
「当たり前だろ。なんなんだ、今の間は」
「仕返しできないかなって」
「やめておけ、余計な騒ぎを起こすと目的に支障が出るかもしれないだろ」
「……まっ、そっか」
戌井の表情が般若の形相から、ころっとあきれ気味のものに変わる。ほんと、表情豊かなやつだ。
少し遅れてあることを思い出した。それは転移してきた初日に起きた事件で使われていた薬の事だった。戌井には知らせておくべきか。
「この前、薬屋に行った」
「……シマシマベアーさんの時の?」
戌井は頭から抜けていたのかワンテンポ遅れて返事を返した。
「ああ、やはり投与された動物を凶暴化させるものだった。だが肝心の詳しい成分がわかっていないらしい。無論のこと作り手も不明だ」
「ふーん、未知の薬か。どこのマッドサイエンティストが作ったんだか……」
「何かの産物かもしれないが、ああいうものを使う輩のことは良くわからないな」
「むしろわからない方がいいって。あんなの」
もっともだ。何が目的であんなことをしたのか。今だまともにわかっていない。
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「あとシマシマベアーの、その後の容態も聞いてきた。後遺症、依存症、再発、どれもなし。いたって健康だと」
今、あの熊は獣医のもとで面倒を見られている。あんなこともあったのに殺処分になってないだけましだろう。あと、森で迷った者の捜索、救助要員を失いたくなかったんだろうな。結構深い森だったし。
「はあ?あんな薬打たれてたのに?」
「ああ、しかも血中にもなにも残ってなかったと」
「……どんな魔法の薬なのさ」
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「そもそもよ?この世界でそれほどの技術力あるってさ。おかしくない?ランプ使うようなところだよ?」
「魔法があるから科学が進歩しない、なんてのはあると思うが。実際はどうなんだか」
「確かに。魔法って結構、便利だもんね」
仮に研究なるされてるとしても魔法の方が優先されてそうではある。
「ん?」
暇潰しにこの世界について話していれば、どうにも前方が騒がしくなる。注視してみれば如何にもゴロツキです、といったような輩がヘラクレス・アリスに絡んでいた。
「戌井。五、六人ほど縛り上げる準備をしておけ」
「え?て、テグスでいけるやつ?テグスなら一杯あるけど」
「鎖が望ましい」
「そんなものないが???あって手芸用のワイヤーだよ」
……確かにただのパン屋のバイトの魔道師見習いが鎖なんか持ってるわけもないか。
「てかなに?騒がしいけど」
「は?見えないのか?」
「篠野部、身長差って言う概念があってだね」
「……ああ、小さいからな」
戌井を見下ろすと旋毛が見えるコとを思い出す。そうだ、戌井は僕より小さいんだった。チョロチョロ動き回るから忘れていた。
「割りと平均なんだけど、お前がでかいんだけど……で、何かあったの?」
「絡まれてる」
「お忍びなのに?」
「カツアゲっぽいな」
「ああ……」
「しかもお忍びだから下手に暴れられないらしい。困ってる。というわけでだ、わかるな?」
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少し前に戌井が言っているた事だ。まさかこうも都合良く、こんなことが起こるなんてな。遠慮なく利用させてもらおうじゃないか、チンピラ。
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