苦手な人と共に異世界に呼ばれたらしいです。……これ、大丈夫?

猪瀬

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蛇令嬢

70 慣れている

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ゆっくりと振り返ると、そこには今朝絡んできた令嬢__カリヤ・ベイベルツがたっていた。

「ご、ごきげんよう……」

 メメは驚きつつも辛うじて返事を返す。

 ララがよっぽど兄の追っかけに関わりたくないらしく、また近くにいた私の後ろに隠れた。

「今朝は失礼しまいしました。もう少し伺う時間を考えるべきでしたわ」

「そうですかあ」

 表情は笑っているけど目が笑っていないレーピオを横目に手に持っているハムサンドにかじりつく。

 どうにかこうにかザベル先生を呼びに行けないかな……。

「さて、ここに来たのは今朝のものとは違いもう一つ話があるからです。あまり聞かれたくない話なので魔法を使わせていただきます」

 詠唱を唱えると、瓶のことについて先生と話したときと同じ半透明の壁が張られる。

 これは、あのときと同じ防音魔法だろう。

「これで良いですわね。話の前に、ララ・アリス様の前にいる、そこの貴女」

「……何ですか?」

「退いてくださいまし」

 できることならそうしたかった。美人に睨まれるとすごい怖いし、変に貴族の反感を買いたくないから。

 だが警戒心を露にしているララが私の服を離そうとしないし、ララの方を見れば首を横にふるばかり、さすがにこんな威嚇してる子猫みたいなララをさしだすことなんてできなかった。

「ララが嫌がっているので、無理ですね」

「はぁ、私何かしてしまいましたか?」

「昔の経験から、警戒しているだけです……」

 ララがそう言うと令嬢は溜め息をはいて、少し考え口を開いた。

「ならば仕方ありません。ここで話しましょう、貴女のお兄様に少々お願いがあるのです」

「……自分で兄に言えばよろしいでしょう」

「それができれば苦労しませんわ。用件なのですが、直接あってお話ししたいので取り次ぎをお願いしたいのです」

「それは、アタシやアタシの信頼できるものを同席させてもよろしいですか?」

 ララはチラリとミューを見る。ミューの親は軍人だし適任だと思ったのだろうし、ミューも同じ考えに至ったのか頷いた。

「一対一を希望いたします。あまり多くの人に聞かれたくありません。たとえ軍人だとしても、平民は嫌ですわ。ララ・アリス様だけならば、許容範囲内ですけど」

 令嬢はララの言葉の意図を察したのか、軍人と言う言葉を使った。

「ならば、お断りさせていただきます」

 ララが力強く断ると今まで表情を崩すことの無かった笑顔が崩れた。

 美人の真顔は怖い。その事実は普段の篠野部で知っていて慣れてきていたと思っていたが、やっぱり美人な令嬢の真顔は怖かった。

「……なぜ?」

「もしかりにアタシが兄に取り次いだとして、貴女が兄になにもしない保証がないからです。アタシが貴女を紹介したことで兄に何かあればアタシは死んでも死にきれません。兄はアタシに守られるほど弱くはないし、兄が勝てないのならアタシが勝てるとは到底思えません……。アタシがいたとして、もしもの時はお荷物になるだけですから」

「私がそんな下賎な真似をするとでも?」

 ララの言葉に令嬢は声が低くなり眉間に皺がよっていき、不機嫌さが隠しきれていない。

「会ってから一日もたってない人間の真意なんて到底わかるわけ無いし、信用も信頼もないでしょう。兄と軽くでも交遊関係があるってわかった会ったばかりの永華や篠野部くんの方が信じれます」

「平民の方が……?」

「えぇ!」

 令嬢とララの睨み合い、その間に私がいる。

 いい加減、胃がキリキリしてきた……。

「なんで……なんでです……」

 令嬢の様子が少しおかしい気がする。

 令嬢の目には恨みがこもっているように見えるが私達をみていないような気が……。

「なんでもなにもありません。兄に会いたければ一対一を望まず、直接兄に交渉か手紙でも送ってください」

「……直接の交渉も手紙もできません」

「ならば諦めるか、アタシに用件を言ってください。場所なら変えますし、アタシ一人でついていっても構いません」

「それはっ……。貴女を巻き込めません」

「伝書鳩のような扱いを受けている時点で、もう既に巻き込まれているようなものです」

「……」

 令嬢は目を見開いてうつむく。

 警戒心を解くことはないが埒が明かないと判断したのかガンガンとものを言っていくララに肝が冷える。

 これはどうなるのやら……。

 篠野部がいつのまにか消えていることを考えると大方面倒ごとになる前に教員を呼びに行ったのだろう。

 気づかなかったのは多分、ベイノットの大きな体に隠れて自己魔法でも使ったんだろう。隠密向きの魔法だよねえ……。

 現実逃避じみたことを考えていると令嬢がゆっくりと顔を上げた。

「わかりました。そこまで拒絶なさると言うのならば、私にも考えがあります」

 顔を上げた令嬢は鋭い目付きで目の前にいる私を睨み付け順にその場にいる者達をみていく。

「それでは、また後程」

 お揃い目付きで私達を睨んでいた令嬢は防音魔法を解いて踵を返し、生徒達の波に消えていった。

「あ、あぁ……ごめんなさい。アタシのせいだ」

 ララは私の服から手を離して、顔を覆う。

 私は体を捻ってララの頭を撫でる。

 ララの考えていることは別に変なことではない。永華だって自分がララと同じ条件で同じ状況にたたされれば同じ選択をしただろう、と考えるからだ。

 しかもララの言いからから似たようなことがあったのは確定している。ララの警戒もわかるものだ。

 だから別に攻める気にはなれない。有耶無耶にしてしまう方法もあったが、そうすると令嬢はいつまでも絡んできそうだし、引き受けてしまっては何があるかわからない。

 途中からなんか変だったし、きっぱり断っていて正解な気がする。

 直接の交渉も手紙も、ララが用件を聞くのも断っていたし怪しさ満点だ。

「カリヤさんは……もう、いませんか」

「遅かったか」

 遅れてやってきたのはいつのまにかいなくなっていた篠野部と、近くにいたであろう魔法倫理学のマーマリア・マリー・メイズ先生だった。

「あ!?え、篠野部!?いつの間にはなれてたんだ!?」

「下賎な真似あたりから」

「えぇ……気がつかなかった」

 まぁ、あのときはみんな揃って令嬢が何かするんじゃないかって警戒してたからね。しかたないよ。

「見たところなにもされていないようですね……。なにか言われましたか?」

「……兄に取り次げと言われましたが一対一を望まれたので断りました。手紙を送ることや直接の交渉、アタシが用件の確認をすることも提案しましたけど却下されて……。最後に“私にも考えがある”と」

「それは……」

「目をつけられ……いや、もとからか」

 元から騎士に会うことが目的だったかどうかはわからないが“関わるな”とか言われてる時点で目をつけられてるも同然だ。

「わかりました。私から他の教員にも言っておきますし、気にしておきますが今回のように教師が間に合わないときもあります。その時は自分達の身を守ることを優先させてくださいね」

 マーマリア先生の発言から襲撃か何かをされかねないのではと考えてしまった。

 頼るのは権力ではなく力ということなら、こちらもやりようはあるからありがたいものだ。

「はぁ……。本当にごめんなさい」

「別に良いよ。明らか怪しかったし、逆恨みして何かしてこようものなら全力で抗えば良いんだから」

 先生から許可は出たし向こうから手を出してくるというのならば、こちらは容赦なく令嬢を縛り上げられる。

 無詠唱で魔法が使えるらしいからうまく行く保証はないけど……。

「そうよ!貴女私達よりも小さいんだから遠慮無く盾にしなさい!ローレスとかベイノットとか永華とか篠野部とかレーピオとか!」

「別に盾になるのは良いんだけど、私向いてないと思うよ。威嚇ならできるけど」

「僕も向いてないが、まぁ良い……」

「ララちゃんのためなら火の中、水の中、どこへだって馳せ参じます!」

「ま、かまいやしねえ。これくらいでへばってちゃ叶えられる夢も叶えられねえし」

「喜んでなりますよお。盾」

「お人形さん抱っこしますか?」

「うぅ、大丈夫……」

 ローレスやミュー、ベイノット、メメがララを元気付けようとしている。

「永華さん、ちょっと良いかしら?」

「ん、どうしました?」

「カリヤさん、様子がおかしかったりしませんでした?」

「……篠野部がいなくなった後、変だったと思います。私達を通して誰か見ているような感じがしました。ララやメメ、レーピオには……その目を向けてなかったと思います」

「そう、やっぱり……」

 教師は何か知っているのだろうか?反応的には何かしらの情報はあるみたいだけど、情報と情報が繋がってないのかも……。

「それでは私は他の先生達に話をしてきます。何かあったらすぐに言うこと、身の危険を感じた場合は自分達の安全を優先させてください。なるべく、私達がそうならないように立ち回りますけど」

「自分達の安全を優先と言うことは魔法を使っても良いんですねえ?」

「えぇ、彼女が仕掛けてきた場合は校則で禁じられている私闘とは判断いたしません。ですが逃げることを優先してください」

 無詠唱魔法使える二年だし、私達一年生はそうした方がいいよね。

「近くの教員を頼るように、私達に教員は生徒を止められる程度の実力はありますから安心してください。それでは昼食を食べ終わった後、私が教室まで送っていきましょう!」

 マーマリア先生に、そう言われた皆は慌てて昼食をたいらげる。先生には慌てなくて良いと言われたが、また令嬢が来るか、見てるかもしれないと思うと中庭にいたくなかったのだ。

 マーマリア先生を先頭にして教室に向かっていく途中、わざとゆっくりと歩き最後尾にいる篠野部の隣へ行き小さい声で話しかける。

「先生、何かしらは知ってるよね」

「そのようだな。だが、生徒に話そうとしないところを見るとぼくたちじゃ解決できない問題なんだろう。個人の事情をホイホイ話すのも憚られるしな」

「まぁ、そうだよね。でもなんか慣れてる気がするんだよね」

「慣れてる、か?」

「うん」

 先生は“自分達の安全を優先”して“応戦”する許可を出した。それと同時になるべく“逃げる”ようにとも言われたが。

 これに関しては生徒を守るため、というのである程度納得がいくが気になるのは、その次だ。

 “彼女が仕掛けてきた場合は校則で禁じられている私闘とは判断いたしません”と言っていた。

 トラブルの対応経験が豊富なのかもしれないが、初めてならもう少し悩む気もする。

「まぁ、気がするってだけだから違うかもしれないし」

「あり得なくはないかもな。ザベル先生が常習犯だと言っていたからな」

「確かに言ってたね」

 なら、なんで令嬢は未だにこんな行動を続けるんだろうか。下手すれば退学にもなりかねないのに……。

 いや、今考えるのはそこじゃないか。

 令嬢かいつ何をしてくるか、だ。

 当分は、なるべく固まって動いた方が良いかな……。
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