ブロイエの魔女

榊 香

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聖判

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 「十二年前のように!」

叫んだ――と思った瞬間シュネーの体は勢いよく宙に投げ出された。

「おおう!?」

一瞬の浮遊感の後硬い床に背中が叩き付けられる。へぐっ、とうめき声をあげた彼女の顔面に一拍遅れて枕が落下した。

「!」

とどめを食らってシュネーは床に転がった。片足をベッドの上に残し、胴体は床にのびるという実に情けない格好であることは自覚している。

それでもいきなり訪れた現実に頭がうまくついていかず、少女は目を白黒させて木製の天井を仰ぎ見た。

「ちょっと大丈夫!?」

どたどたと足音が近づいてきたと思うと荒っぽく部屋の扉が開け放たれた。

髪を振り乱し顔をのぞかせたのは同年代の愛らしい少女。

この家の家主の娘、リリー。

「えっ、ちょっとみっともない!どれだけ寝相悪いのよシュネー!」

「……おはようございます、お嬢さま」

ばたん、と残りの片足を床に落とし、せーので起き上がる。

乱れた寝間着を整えてばつの悪い顔で振り向けば、呆れかえったような顔で腕組みしているリリーと目が合った。

「ごめんなさい、夢の延長で勢い余って」

「いったいどんな激しい夢を見ていたんだか」

軽く顎に手を当てて考える。

激しい、といえばたしかに激しい夢だったかもしれない。

全く知らない場所が大火災に見舞われていて、あげく全く知らない女の子がけがをしていて、何故だか自分はその子の名前を知っていて、と、起きてから改めて思い返すととんだぶっ飛んだ夢だ。

「知らない場所が大火事の夢でした」

「何それ物騒。ふつうそんな夢見ないわよ。それ、もしかして昔の記憶の一部なんじゃないの?」

「そう、かもしれませんね……」

――実はシュネーにはここ数日以外の記憶がない。

起き上がった拍子に覗いた膝頭には新しい傷跡が残っているが、全く身に覚えがなかった。数日前、この村のそば近くを流れる川に流れついたシュネーを拾ったのがこのリリーとその二親。数日前に近隣で騒ぎがあったとかで、その被害者とみられるシュネーはこの親子に手厚く保護されたのだった。

 しかし目覚めてみれば自分の名前と年齢以外ほとんど何も覚えていない始末。回復し次第故郷に返す、というわけにもいかなくなったリリーの親はさぞ手をこまねいたに違いない。

(きちんと稼ぐなら部屋を提供してもいいと言ってくれたリリーお嬢さまには感謝しきりだわ……)

ふう、とため息を吐くシュネーをリリーは訝しげに見やる。そして早く着替えてきなさいよ、と声をかけて出て行こうとし、はたと何かを思い出した様子で立ち止まった。

「そうだシュネー、昨日伝えそびれてたんだけどね」

「はい、なんでしょう?」

「あなた今日、ちょっとした村の通過儀礼みたいなもの受けてもらうから」

「通過儀礼、ですか」

それって歯をフォークみたいに削ったり抜いたりするやつですか、という問いが一瞬脳裏をよぎったが、何とか口には出さずに引っ込める。まさか、この御時世でそんなわけないだろう。

それでもやや不安を残して引きつった愛想笑いを浮かべるシュネーに気づいてか気づかないでか、リリーはそう、とこともなげに頷いた。

「って言ってもそんなたいしたことじゃあないんだけどね。聖判せいはん、って聞き覚えない?」

「いえ……」

(?)

聖判と聞いたとき、なぜだか胸がざわついた気がしてシュネーは眉を顰めた。なんだかとんでもないヘマをした気分だった。

しかし不可解そうな表情を儀礼の内容についてわからないのだろうと勘違いしたらしく、リリーは安心させるように微笑むと簡単に儀礼について説明を始めた。

「他の村でもやってることなんだけど、聖判というのはまあ、女だけがやるもので、言ってしまえば『魔女のあぶりだし』のことよ」

「…魔女」

「そ、魔女っていうのは生まれつき体に魔女の証の花紋を持ってるでしょう?村で生まれた子ならすぐにそれとわかるからいいのだけれど、村の生まれでない者や旅人なんかはわ隠しているかもしれないから区別がつかないのよ」

だからといって何するかわからない魔女なんかを野放しにしておくのは怖いじゃない?とリリーは悩ましげに眉根を寄せてため息をついた。

シュネーも複雑な心地で一応相槌を打つ。

(魔女って、そんなに嫌われるような人たちなのかしら?)

「だからね、隠れている魔女をあぶりだすために『魔女の骨』を使って検分するの」

「魔女の、骨!?」

いきなり飛び出した物騒な単語に驚いて、思わず素っ頓狂な叫び声をあげてしまった。対するリリーは平然としたもので、うんちくを語る子供のように腕組みしている。

「文字通り骨、なの。100年前にこの国で行われた魔女狩り――花紋狩りの時に死んだ魔女の骨らしくてね」

「ちょっ、ちょっと待ってください。魔女とはいえ仮にも人でしょう!?その骨を…」

何を言っているんだといった顔でリリーは腕をほどく。

「まあ百年前の花紋狩りはかなり過激だったみたいだし。でね、その骨が魔女発見機の役割を果たすのよ。旅人に魔女の骨を触らせて、何も起こらなければそれで良し、万一隠していた花紋が浮き上がれば、魔女として…まあ色々とね」

(……!)

シュネーは思わず愕然と息をのんだ。

このどうしようもない不快感は自分が記憶を失っているからだろうか。彼らの価値観を自分がすっかり忘れてしまったからなのだろうか?

ただそれだけではないような、何とも言えない胸のむかつきがこみあげてくる。

「ちょっと、大丈夫シュネー?顔色悪いわよ?」

「えっ?」

顔を上げればリリーの心配そうな両目と視線が合う。

「あ…ちょっと、骨、にびっくりして」

「まあそうよね、でも大丈夫よ。あなたを拾った時に体の隅々まで見たけど、怪しげな模様なんてなんにもなかったもの。あなたは魔女じゃあないわ」

安心させるように笑いかけるリリーに笑顔を返しながらも心はまったく晴れなかった。

(なんでだろう、きもちわるい……)

しかし首を振ってその嫌悪感を振り払い、ふと気になったことをシュネーは問いかけた。

「あの…もし魔女だってばれた人は、どうなるんですか?」

「あー…村で生まれた子供に花紋があった場合は捨てるか異国に流すかして、皆もそれに目をつむるんだけど……村の外の人だった場合は…悲惨だって聞いたことがあるわ」

(悲惨)

ぞっと寒気が走った。

自分が魔女か否かは今のシュネーにはわからない。リリーはああ言うが、もし自分が魔女だった場合どうなってしまうのだろう。

急に今いる村が恐ろしい魔窟に思えて身震いした。
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