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勇者VS賢者
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東京郊外にある、やや寂れた街の3丁目、その道の途中に「大島探偵事務所」が構えられていた。
私の名は田中ミサキ、2週間前からここでアルバイトとして探偵の助手を務めている。
「何か良い事でもあったかい?今日は随分と機嫌がいい」
事務所へ入ると、ランニングマシンでジョギングをする女性がいた。
彼女の名はシャルロッテ・アイリーン、モデルの様な美しい切れ長の目とシュッとした鼻と頬、毛穴一つ目立たぬほど輝いて見える白い肌に短く整えられた純黒の頭髪、前を開けた白衣と黒いスーツに身を包んでいるにも拘わらず、その胸部と臀部はそれがどうしたと言わんばかりに強く主張している。
そんな大学生にも見えるくらい若々しい彼女は、医学や生物学、法学に心理学といったあらゆる学問において深い造詣があり、それに伴って100を超える資格を持つ、曰く飛行機も運転出来るんだとか。
「あっ先生、今日は運良く100連で一人来てくれたんですよ~最悪二天井は覚悟してたんで、安く済んでよかった~って感じです」
「…課金はしているんだね」
「何言ってるんですか!この前怒涛の推しの実装でもう無料石無いんですよ!」
「全く、貯金と言わずとも、その熱意を少しは株やFXに向けてもらいたいものだね」
「先生はその辺も詳しいから稼げるんでしょうが、普通あんな大金一社に賭けませんって」
「あの会社はかなり良さげな新製品を開発している様でね、せっかくだから投資してみただけだよ」
そう言って軽やかにランニングマシンの上を歩く先生。
しかしランニングマシーンを使う所自体初めてみた気がする、初めて来た時のように見渡しても、ここの様子はまるでジム、ベンチプレスはもちろん、チェストプレスやロウイングといったものまで…これが全てある一個人が購入したものと考えると驚きを隠せない。
「だあ゛り゛ゃ゛ゃ゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」
遠くの方で誰かが野太い叫びを響かせる、先生も「やれやれ…」と頭を軽く抱え、部屋の中へ大男と青年が入ってくる。
「やっと捕まえたぞぉぉぉぉ!!!」
「これで依頼達成っす!今すぐ呼んできますんで、今度こそ逃がさんでくださいよ所長!」
そう言って携帯電話をかける青年太田大介、大男たる所長の手には三毛猫が抱かれている。
この大男はこの大島探偵事務所の所長、大島大吾、2m40cmにも及ぶ巨体に、これまたかなり仕上がった筋肉がそれを彩る、顔は典型的な日本人顔といった感じで、大胸筋に弾けそうなタンクトップと厚手のズボンがよく似合う。
先の通りかなりの脳筋、先生によれば境界知能らしく、実際忘れっぽくて事務作業も遅い(出来ない訳では無い)、しかしその筋肉は本物で、高校時代ボクシング部で2度の全国大会優勝を経験し、その戦績を引っ提げて大学に入学した後、レスリングの全国大会で優勝した。言ってる意味が分からない?私もいまだ分からないため安心していただきたい。
「所長ぉ!依頼人仕事中らしく、受け取りに来るのが5時間後になるらしいっす!」
「何ぃ!?」
そんなこんな、私は外科医の傍ら、この奇っ怪な探偵事務所で楽しく学ばせて貰っている。
翌日、探偵事務所の元へ一人の紳士が訪ねてきた。
「失礼、ここはどんな依頼を受けてくれると聞いたのですが」
「ええそうです、あちらへご着席下さい」
先生が紳士を出迎え、紳士の元へ緑茶を淹れる。
「では、何がありましたか伺っても宜しいでしょうか、西塚司さん」
西塚司!?私の記憶が正しければ、数々のホテルを手掛ける大手企業の社長のハズ…そんな人がこんな郊外に来るんだ…。
「そうですね、どこから話しましょうか…あれは先月の事、中部地方の海沿いに、一軒の廃ビルを見つけたんですよ、その廃ビルは立地も良く、新しいホテルを建設するのに最適だったのです」
「それだけ素晴らしい立地に廃ビルですか…」
「私はビジネスチャンスと思い、早速土地を買い、廃ビルの撤去工事を行う為調査員を寄越しました、そこまでは良かったのですが…」
そこまで喋ると、途端に歯切れが悪くなった、どうやら紡ぐ言葉に困っている模様。
「その様子、何か出たのですね?」
「…はい、調査員は皆口を揃えて言うんです…幽霊が出たと、それも1回だけじゃない」
幽霊、とても大手企業の社長から発されたとは思えない程陳家な言葉、しかしこの事務所にはそんな話が驚く位よく来る為、今更驚きもしない。
「警察の方には?」
「言いました、しかしマトモに取り合ってくれません」
「成る程…調査員の方の連絡先は分かりますか?」
「秘書に頼んでまとめてもらいました、もう少しすればそちらにデータが届くと思います」
「ありがとうございます、場所が場所ゆえ少々時間がかかると思いますが、必ず解決致しますのでお待ち下さい」
そんな様子を見ていると、何やら外の様子が騒がしい、見てみると所長と一緒に太田が慌ただしく準備をしていた。
「今回の仕事はどうやら凄いぞ太田君!」
「大丈夫っす!こっちはいつでも行けるっすよ!」
そう言ってリュックサック程度の荷物を背に、我先にと部屋を飛び出していった。
「待ちたまえ!そもそも廃ビルの場所わかっているのか?」
「海沿いにはあるんだろう?」
「その程度の認識で…全く、これが目的地周辺地図だ、太田君、管理頼むよ」
そう言って先生はパソコンでマップを印刷した、その地図を見た西塚も、少々驚いた後渡したので、たった少しの会話で廃ビルの場所を絞り込んだのだろう。
「うっす!任せといて下さいっす!」
地図を確かに受け取った太田は、所長と一緒に社用車へ飛び乗る、まるで映画のワンシーンだ。
「全く最近の若いのは元気があり余って仕方ない」
「先生も十分若者ですよ、それよりどうします?社用車はもう行っちゃいましたし」
「案ずるな、あの地図には最新式の小型盗聴器を仕掛けてある、ある程度向こうの様子を確認出来るから、こちらは調査員の話を聞きに行こうじゃないか」
嬉々として所長の席に座る先生、普通に電話すれば良いのではと思わなくもないが、この人何故か所長の事を目の敵にしている節がある為、あまり触れないでおこう。
「それもそうですね、調査員の会社って何処にあるんです?」
「山梨にあるそうだ、アポ取れ次第向かうとしよう」
車かっ飛ばして早4時間、そっからもう1時間は掛かると思ったのにものの30分で廃ビルについた。
「さっすがシャルロッテ先生!地図の出来が違ぇや!」
「確か出るんだったか?なら逃げる前に捕まえないとな」
「所長強いっすけど、僕そんなでもないっすから、一人にならないで下さいよ」
「だったら…しっかりついて来い!」
そう言って我先にと走り出す所長、幽霊どころかモンスターが出そうな位、薄暗くホコリ臭い室内を早馬の如く駆けていく。
「うおぉぉぉぉぉ!!!どこだぁぁぁぁぁ!!!」
「所長ぉ!そんな急いでも見つかんないっすよ!」
捨てられたソファや割れた窓を飛び越え、物凄いスピードで雑に探し回る。肝心の幽霊の見た目を全く知らないが、大の大人が逃げおおせるような奴だ、一目見れば分かるだろう。
「むっ!?」
所長が止まった、僕もその目線の先を見ると、逆光でよく見えないが、幾重の障害物の先に確かに「人影」があった、かろうじて女と思われる、だが人と言うには余りにも異質で狂気的であった。
「幽霊だ!」
所長は全速力で走る、彼の前にある物を蹴散らし、それでも一切スピードは落ちない、僕も続くが追いかけるので精一杯。
「待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
幽霊との距離は多分数メートル、所長は勢い良く飛び込んだ。
「所長ぉ!?大丈夫っすか!?」
「ない…奴がいない!?」
所長が飛び込んだ先に、何も無かった、人はおろか動物がいた形跡もなく、僕は所長と一緒にソファや机をひっくり返すも、隠し扉一つ見つからなかった。
「クソッ!また俺は見間違えたのか!?」
「いや、さっきのは僕も見たっす、所長の勘違いとは思えないっす」
「ならば…あれは本物の幽霊って事だな!」
「…そっすね!だったらもっかい見つけて、捕まえてやるっす!」
「そうだな!俺達は幽霊を倒した男だ!今更この程度驚かん!」
互いに全身ホコリまみれ、ついでに腹の虫が鳴る、一応幽霊(らしきもの)は見つけたので、先生に報告した後、準備を整えて出直すとしよう。
昼食を兼ねて入ったファミレス、窓際の席で先生は頭を抱えていた。
「はぁ…全く、これで私も出向かなければならなくなった、幽霊などいる筈が無いというのに…」
「どうかしたんですか?先生」
「盗聴器の件は話したね、結論から言えば、彼等は幽霊を見つけた様だ」
「本当ですか!?」
「声が大きいよ田中君、しかし一つ問題がある、彼等は幽霊を見つける為ドタバタと廃ビル中を駆け回った挙句、捕まえようと血気盛んに追いかけ回した後まんまと取り逃し、その一帯をあらかたひっくり返したにも関わらず何一つ成果を挙げられなかった訳だ」
「あぁ~」どう聞いても一つじゃないですね。
「いやはや全く、我々は駄犬じゃないのだからさぁ、もっと頭を使うべきだ、考える葦が思考を放棄したら何が残ると言うのかね?」
先生が随分な早口で喋った、まるで推しを語る時の私にそっくり、過去に何があったか聞く気は無いが、盗聴器の件も合わせて何かあったとしか思えない。
「しかし、そんな状態ならもう出ないんじゃないでしょうか、所長すっごくガタイが良いですし、あんなのに追いかけられたら下手なお化けより怖いと思うんですけど」
「私達が聞き取り調査した時、あの調査員のガタイを見ただろう?確かに彼には遠く及ばないが、大の大人と言って差し支えない、そんな連中を複数人、かつ2度も見かけたとなれば十分に恐怖心を煽れるだろう」
「つまり…また必ず出てくると?」
「当然、動物にしろ植物にしろ、そこにいる以上必ず目的が存在する、同じ偶然が3度重なる事は有り得ないのだよ」
そう言ってデザートのチーズケーキを頬張る先生、ふと先生の携帯電話が鳴る。
「先生!太田っす!今電話大丈夫っすか?」
「太田君、問題無いとも、その様子だと何か見つけた様だね」
盗聴器で一部始終を聞いていたというのに、素知らぬ顔でよく出られたものだ、私は調査員から聞き取ったメモ用紙を取り出し、太田との発言の差異を調べる。
「…とまぁこんな感じなんすけど」
「なる程ねぇ…女の幽霊とは、どうしてそう思ったんだい?」
「髪が長く見えたからっすね、男でも探しゃいると思うっすけど」
「特徴さえ教えてくれれば構わないよ…そう言えば、マネキンとかは無かったのかい?」
「そういうのも全く」
「分かった、明日私達もそっちへ行くから、ホテルで休んでてくれたまえ」
「分かったっす!」
電話が切れる音、先生はスマートフォンを腰ポケットに仕舞う。
「それで?何か見えてきたかい?」
「うーん…太田さんも調査員の方々も一緒の事言ってますね、髪の長い幽霊…そして何も無い…何か仕掛けてあったのかも?」
「彼らの頭脳なら「人型の何か」を探してそれ以外は見落とした可能性もあるが、あれだけ探して何も無いとなると、隠し扉の可能性もある」
「地下になにかあると?」
「まぁ推論でしかないのだがね、それだけカモフラージュされた隠し扉となると、一介の学生が用意出来る様なものでもないし」
「つまり、何か陰謀めいたものが…?」
「これ以上は止そう、こんな所で議論した所で時間の無駄、明日現場を見に行ってみようではないか」
「ですね」
翌日、ビジネスホテルにて鋭気を養う為モリモリに盛られたおかずとご飯、それらを所長と僕は、片っ端から口の中へ放り込んでいった。
「んまんま!このスクランブルエッグってやつめちゃめちゃ美味いな!」
「そっすね!いつもは所長のブロッコリーと鳥ササミのしょうゆ炒めなんで、ウインナーとか久しぶりっす!」
どれもこれも油が凄く、米やパンを爆食いしているのもあって、脂質と糖分が凄いことになっているが、今日はチートデイとして割り切る事にした。
「全く、随分朝食を楽しんでいる様だね」
誰かが近くへ来たと思いきや、そこには先生がいた、ちゃっかりお皿に卵とウインナーが盛られている。
「最安値のホテルを選んだとは言え、もう少し近くのホテルでも良かったんじゃないか?」
「多少歩いた方が運動になるってもんすよ」
「どの道車で…まぁいい、廃ビルは私達で見てくるから、ちょっと頼まれてくれないかい?」
そう言って先生はメモ用紙を寄越した。
「何だこれ?店の名前か…?」
「廃ビルから2km内にある工務店をリストアップしてきた、片っ端から廃ビルで仕事したか聞いてきてくれ」
「あいわかった!すぐに行くぞ太田君!」
「あっ!待つっすよ~!まだ食ってる最中っすから!」
ホテルを飛び出していく所長、僕も負けじと更に盛った残りを詰めて後をついて行く。
「せめて皿位片付けたまえ君達」
社用車に乗って20分、緩やかな山道を登った先に開けた場所、見上げれば廃ビルがそびえ立つ。
1階の窓は殆ど割れており、まだ真昼間だというのにそこから覗く景色は薄暗く、辛うじてホコリ塗れのソファや机が疎らに置かれてる事が分かる程度で、生活感はまるで無い、心霊スポットと紹介されても皆騙されるだろう。
「…随分汚いですね」
「まぁ山奥に捨てられて久しい、空き巣に荒らされて手つかずならこうもなろう」
先生は臆すること無く近付き、入口付近でしゃがんだ、それに習い床を見ると、何十人がここを出入りしたと思われる足跡がついていた…一人分だけ異様に大きい。
「ふふっ、まるで怪物の足跡、ここに怪物探検隊がいたら大袈裟に尻餅をついてくれるだろうな」
「見方によっては、怪物に襲われた探検隊の足跡にも見えますけどね」
「悪くない、君、ディレクターの才能があるよ」
「わ~、嬉しいのか嬉しくないのか分かんない」
そんな軽口を叩きつつ、ビルの奥へと足を進める、コンクリートが剥き出しの屋内は所々ひび割れており、懐中電灯で明かしきれない暗闇も相まって、すぐそこに何かが迫ってきている錯覚を覚える。
「所長と太田君こんな所を突っ走ってたんですか!?」
「立ち止まっても恐怖心に蝕まれていくだけだからね、とは言えあんな大男がこんなボロ屋を走り回って全く崩れないとは、日本建築ここに極まれりと言ったところか」
先生はかなり軽やかな足取りで進んでいく、あんな大男が走り回った後だからこそ私は怖いと思うんだが…。
廊下を抜けた先やや広めの部屋、懐中電灯で机の下の照らして行くも、それらしい仕掛けは見つからない。
「う~む…妙だな…」
「先生?何か見つかりましたか?」
「いや、このビルは廃屋になって結構長い、それに入ろうと思えば誰でも入れる」
「…それがどうしたんです?」
「それが可笑しいんだ、こんなに雨風凌げそうな場所なのに、「家庭ゴミ」が全く無い」
「…幾らホームレスとて、幽霊が出る様な所に住みたいとは思えないんですが」
「それならそれで心霊スポットとしてそれなりに有名な筈だ、「中部地方の海沿いにある廃ビル」なんて心霊スポット聞いたことある?」
「それこそ全く無いですね」
「こういった管理人が居ない所は往々にしてゴミが散乱している、つまりゴミが無いと言うことはー」
「誰かがこの廃ビルを管理している?」
「そういう事」
先生はご機嫌に散策する、しかしどういう事だろう、廃ビルの管理なんてお金になる筈が無い、もしいたとしてどうして1階の窓は割れたままなのか…目的がまるで見えてこない、それこそ幽霊を相手にしているかの様な…。
「…ここか」
そこは打って変わってとても明るい部屋だった、窓から日差しが差し込んでさっきまでの陰湿な雰囲気がまるで無い、惜しむらくはソファや机が粗方ひっくり返されており、何か一悶着あった事は誰の目から見ても明らか。
「探す手間が省けた、さぁ、幽霊の核を暴いてやろう!」
先生が足早に奥へ奥へと進んでいく、しかし這いつくばって暗闇を照らせどそれらしい仕掛けは見つからない。
「昨日の今日だから回収されちゃったんですかねぇ?」
「それは無いだろう、私が仕掛けるのなら、調査員が幽霊に出会した翌日には片付ける、味を占めない限りはね」
そう言われて、それもそうかと根気良くなにか無いか探して回る、1時間程経った頃、床のタイルの一部分に妙な違和感を覚える、何かここだけ何度も捲った様な後が僅かに付いているが、どうにも捲れそうに無い。
「何か見つけたかい?」
「先生、このタイル捲れそう何ですけど、上手く行かなくて」
「成る程ねぇ…」
先生はおもむろにスマホをいじる、妙なアプリで写真を取ると、画面に赤い点がついた。
「何ですか、これ?」
「磁気感知アプリだよ、画面内に隠れた磁石を赤い点で印してくれるんだ」
そんな便利なアプリあるんだ、先生は意気揚々とクレジットカードを近づけると、ガシャンと取手が飛び出した、開けると下の階にある部屋に続いている。
「成る程、幽霊はこの隠し扉を通る最中だった訳だ、その途中で所長に会い、慌てて扉を閉めた」
「理屈は分かったんですが、どうして幽霊はこの隠し扉を通ったんでしょう?」
「単純に幽霊は、所長が今居る階数を間違えたんじゃ無いかな、後ろを取って脅かす算段だったが、誤算によって逃げ道として使用した」
うーむ…イマイチ理解出来ない、言ってる事は分かるが、そもそもどうしてこんな隠し扉を作ったのだろう、まるで本当に自分を幽霊だと思わせる様…な…。
「ぽ…ぽ…」
それは既に近くまで迫っていた、肌の血の気は異様に無く、白いワンピースも灰色に薄汚れ、髪は前も後ろも腰まで伸びている。
だがそんな物は単なる特徴に過ぎない、何よりも「それ」は人間離れした身長をしていた、優に2mは超えている。
「八尺様」先生が言う。
それを聞いた瞬間、自分でも驚く位のスピードで隠し扉へ転がり込んだ、先生と八尺様もそれに続き、皮肉にも所長達の様に廃ビルの中を爆走していく。
「随分薄情じゃないか!」
「聞いてないですよ!こんな所に八尺様がいるなんて!」
全速力で出口へ向かう最中、階段を勢い良く登ってくる八尺様。
「そんな!?回り込まれた!?」
「他にも隠し扉があったのか!用意周到な八尺様だ!」
「言ってる場合ですか!?」
「こちらも隠し扉を使うぞ!」
そう言ってさっき探索した部屋へ入ると、導かれるように隠し扉を当て、それを開けてみせた。
「流石先生!」
「隠し扉の特徴はもう覚えた、彼女から逃げる分には問題無かろう」
隠し扉を通じて1階へ降り、割れ窓から外へ飛び出し、森の中へ逃げ果せる、八尺様も負けじと追ってくるが、森の中を無我夢中で走っていたら何とか巻けたらしい。
「はぁ…はぁ…こんなに走ったの久しぶりです…」
「しかし随分森深くへ入ってしまったな、これでは電波も届かないな」
「車へ戻るのはどうでしょう?」
「悪くはないが、あれだけ用意周到な八尺様だ、タイヤの一つや二つパンクさせてても可笑しくなかろう」
それを聞いた私は肩を落とした、ホラー映画には耐性がある方だと思っているが、まさか自分がホラー映画の主人公みたいな目に合うとは夢にも思わなかった。
「こんな事なら、モーニングもっと沢山食べておけば良かった…」
「悲観している所悪いが、ちょっと隠れて貰おうか」
突然草むらに引っ張り込まれたと思いきや、程なくして八尺様が現れた、彼女は血眼になって草むらを掻き分けて、「ぽ…ぽ…」とエコーロケーションの如く言葉にならない音を発している。
「八尺様としてはかなり出来がいい…このままほっつき歩かせるには勿体無い」
「そんな事言ってる場合ですか!?こっちは死ぬかどうかの瀬戸際何ですよ!?」
ガサガサと八尺様が近付いてくる音がする、必死に口と鼻を押さえ、呼吸音をなるべく殺す。
「…っ!」「……」
突然小鳥が一斉に飛び立つ、八尺様はそれに釣られ、その方へと去っていった。
「はぁ…生きた心地がしない…」
「同感だ、我々は運が良いな」
「しかしこれからどうしましょう…電波が無いんじゃ助けも呼べない…」
「まぁやれる事をやろう、懐中電灯を貸してくれ」
「いいですけど…これで何するんです?」
「こいつで狼煙を上げる」
「いや~ごめんね、そんな危険な所では仕事しないようにしてんのよ」
「そっすか…迷惑かけたっす!」
「いいのよ、探偵さん達もお仕事頑張って」
これで3軒目、未だ廃ビルで何か仕事をした人は出てこない、腹へってきたし飯にしようかと所長を見ると、何やら不思議そうな顔をしている。
「何かあったっすか?」
「…何か煙が上がっている」
「え?」
山の方でうっすい白いのが上がっているのが見える、スマホ越しでズームしてみると、この時代に珍しく狼煙が上がっている。
「何度もすんません、この辺ってお祭りとかやってます?」
「何の話?」
「何か狼煙っていうのかな…何か上がってるみたいなんすけど」
「山火事か何かかな~うちらは聞いたことないや、ごめんね」
「そっすか…じゃあ一体…」
そう言えば、山の方って廃ビルがあった、確か先生がそっちに…。
「所長!」
「どうした!?」
「多分先生が上げたやつっす!」
「そうか!じゃあ行くか!」
「応!」
ノンストップで走る事20分(多分)、廃ビルの近くに社用車が止まっていた。
「あれ?誰もいないじゃないか」
「まだ廃ビルに来ただけっすよ、火元を見てみないと何も…」
社用車をよく見ると僅かに傾いている、足元のタイヤはパンクしており、指が入りそうなほど大きな穴が空いている。
「所長…敵っす」
「何!?俺達は既に襲われている!?」
「襲われてんのは先生達の方っすね」
「そうか」
慌てていた所長は、呼吸を整え深く眉を掘り構える、臨戦態勢に入った。
「まずは先生と合流をー」
「前!」
振り向いても所長の先には真っ暗闇、だが違和感が凄い、前とは明らかに何かが違う。
「そこか!」
所長は勢い良く暗闇へと飛び込んでいく、少ししたら暗闇から、「どぅわあ!」と弾き出される様に男が吹っ飛んで来た。
「あがぁ…」
男は頬に大きく殴られた跡が出来ており、思いっきり投げられたのか胸元はビヨンビヨン通り越してビリッビリに破けていた。
「俺の仲間を何処へやった!?お前は何者だ!?」
男は読んで字のごとくな大男に、胸元をぐわんぐわんと振り回されると失禁、そして失神した。
「クソッ!運の良い奴め!」
「所長がやったら皆そうなるっすよ…先生達も大事っすけど、多分他にも人いるっすよね」
「入ってみなければ分からん…だが、嫌な匂いがぷんぷんする!」
「それ多分…まぁいいっす、先に調べてみるっす」
今度は慎重に慎重を重ねて廃ビルへ入る、昨日に比べ日が落ちているのもあって更に屋内は暗くなっていて、最早目は余り頼りにならない。
「む!何か落ちているぞ!」
「待つっすよ!ブービートラップかも…」
所長が拾ったそれは、何処かで見た様なクレジットカードだった、窓のお陰で辛うじて入る日差しで見るとローマ字でシャルロッテ・アイリーンと書かれている。
「これ先生のっす!」
「そうか!あれ?ここに来た時あの天井空いてたか?」
「何の話っすか?」
見上げると天井に四角い輪郭が見える、何やら蓋のようなものもチラリと見えている。
「いや~全く覚えてないっすね」
「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」
背後から奇襲!直ぐ様気付いた所長は思いっ切り男を蹴飛ばした!男は壁に叩きつけられ、苦しそうに悶えている。
「答えろ!あの穴は何だ!」
「誰が教えてやるもんか…お前なんかに…」
所長が拳を振り上げると、男は「ひぃ!」と情けない声を上げ、あれがこの廃ビルに所々ついている隠し扉であると教えてくれた。
「隠し扉だと!そんな物があったとは…」
「所々についてるって事は、もしかして地下室もあるんじゃないっすか!」
「地下室…どうやったらクレカで開くんだ?」
「多分スキマにカードを差し込んで、こじ開ける感じじゃないっすか?」
「つまり床に何かスキマがあるって感じか」
そう言って所長は這いつくばってスキマを探し始めた、僕もそれに習い這いつくばって探して行くとー
バヂンッ!
「っでぇぇ!!!」
急に指を殴られた様な衝撃が走る、指を労りながらその方を見ると、何か取手の様なものが床から生えていた。
「大丈夫か!?」
「自分は大丈夫っす!それよりもあれ!」
駆けつけた所長に対し、僕は取手に指を指す。
「あれは…何だ?」
「多分地下室の入口っす、ちょっと開けてもらっても良いっすか?」
所長は有無を言わずに、取手を掴んで床を引っ剥がす、すると下の階へ続く階段が現れ、その先は今までとは比較にならない位の暗闇。
「マジで地下室があったとは…」
「この先に奴らが隠していた物があるかも知れん、行くぞ」
「あぁ危ないっすよ、懐中電灯持ってきたっすから、これで足元照らして行くっす」
懐中電灯をつけるとそれなりに暗闇が晴れた、地下室と言ってもビルに比べると大分狭く、板張りの簡素な天井と壁があるだけで家具は何一つ置かれていない、部屋の端に少女が寝っ転がっているだけで…少女が寝っ転がってる!?
「大丈夫っすか!?何でこんな所に!?」
その少女は手足をプラスチックのまとめるやつで縛られており、タオルで目隠しされ口にガムテープが貼られている。
所長がまとめるやつを引きちぎると、何事かと飛び起きた少女は部屋の端へ逃げていく。
「あぁ所長、ビックリして怖がってるっすよ、ただでさえ妖怪みたいな大きさしてるっすから」
「あっそうか、驚かせてすまない、俺…私は探偵なんだ、君を助けに来た」
所長が満面の笑み(当社比)で両手を広げる、その様子を見た少女は、更に酷く怯え出した。
「くっ!やはり俺ではダメだ!太田君!何とか彼女を説得してくれ!」
「この状況からどうしろって言うんすか!?」
プルプル震える少女としどろもどろになっていると、突然一発の銃声が鳴り響く。
「それぐらいにしてもらおうかヒーロー達、その子を渡してもらおう」
金髪にオールバックの男が、拳銃片手にこちらを脅す、その後ろには何人かの男が鈍器を携えて映画に出てくるチンピラみたいな笑い方をしている。
「断る、大体お前達はここで何をしている?」
所長は動じること無く前に出る。
「単なるビジネスだよ、若い女は金になる、それだけの事だ」
男も一歩前に出て、拳銃を所長に向ける。
「言っておくが、コイツは本物だ、頭にデケェ風穴開けられたくなかったら、両手を地面に着けるんだな、ゆっくりと」
「くっ…!」
所長はゆっくりと、地面に手を着ける…違う!これクラウチングスタートの構えだ!
「そうだ、それでいー」
ガゴォッ!
陸上選手も顔負けのスタートダッシュからの、レスリング仕込みの低姿勢タックル、男は拳銃を撃つ間もなく階段に叩きつけられて気絶した。
「あっ!?てめっ!コノヤロー」
「ふんっ!」
驚きのあまり動けない男につかみかかる所長、そいつを反対側にいたもう1人にぶつけ、金属バットで殴りかかって来る男よりも早くミドルキック、その勢いのまま最後の一人に飛びかかり殴り倒した。
「こんにゃろぉぉぉぉぉ!!!」起き上がった男に背後から金属バットで殴られた。
「所長!?」
所長は頭から血を流している、だが倒れるどころか、鬼の形相で「どぅあぁぁぁぁぁ!!!」と男を殴り飛ばした、男は壁に叩きつけられ、口から血を吐いて床に伏す。
決着はついた。
「所長!大丈夫っすか!?」
「こんなのツバを付けときゃ治る、その子も連れて行こう、アイリーンなら何とかしてくれるハズだ」
「そっすね、先生ならどんなケガもイチコロッす!」
怯える少女の手を引き、狼煙の上がる森の中へと突き進む、先生、無事でいてくださいよ。
なるべく足跡が出来るように強く地面を踏む、ある程度進んだら足跡の通りに戻り、草むらへ飛び込んだ後そこから逆方向に進んでいく。
「追跡者は皆足跡を頼りに追跡をする、こうして偽物の足跡を作ってやるといい感じに時間を稼げる」
「こういうのって素直に遠くへ逃げちゃダメなんですか?」
「素直に逃げたら回り込まれかねない、私の推論では八尺様はあの廃ビルを拠点にしている筈、であればこの森の土地勘もある程度あっても可笑しくない」
「なるほど…ではこのまま山を降りますか?」
「そういう訳にはいかない、狼煙を上げた以上あいつは必ず来る、彼はそういう男だ」
「でももう大分廃ビルから離れましたよ?これ以上横道に入ったら遭難してしまいます」
「案ずるな、太陽は東から昇り西へ落ちるだろう?そして日本は極東と呼ばれ、ヨーロッパ諸国は西洋と呼ばれる…つまり太陽の位置され分かれば方角が分かる、夜であっても北極点さえ見つければイケる」
「現在地が分かってなければ意味無いのでは?」
「私には分かる」
そう言って先生はどんどん奥へと進んでいく、こんな話をしている内に遠くの方からガサガサと木の葉が揺れる音、八尺様が直ぐ側まで来ている様だが先生は突然止まり、何かあったのか聞こうとしたら手の平を向け制止の合図。
「あの女ホントに使えるんですかねぇ?たかが女2人に時間かけ過ぎでしょうよ」
「ゴタゴタ言ってねぇでテメェも探せや、今「あの仕掛け」がサツにタレ込まれてみろ、俺達は終わりだぞ」
開けた場所で男2人が会話している、1人は歌舞伎町によくいるチンピラといった感じで、ポケットに手を入れガム?をくちゃくちゃ噛んでいる。
もう1人はチンピラと似た格好をしているが、ジャケットの下には防弾チョッキらしき物を着ており、どこかタダ者でない雰囲気を醸し出している。
「ははーん…そういう事か」
先生は草葉の陰で顎に手を当てている、どうやら先生の中で全てが繋がったらしい。
「さて…問題はどうやって捕まえるか、だな」
「捕まえる!?」
「あいつを待っても良いが、それは癪だ、何としてもここで捕まえたい」
「ほ…本気ですか!?相手は男2人ー」
ギロリと光る男の視線、ハッとした私は急いで口を塞ぐ。
「隠れてないで出ておいで、悪い様にはしねぇからさぁ」
防弾チョッキを着た男がゆっくりと、確実にこちらへ向かってくる。
「逃げられると思うなよ」
「そっちこそ」
「…ちっ!」
男は勢い良く草むらに飛び込んで来た、しかし先生は全く焦ること無く、流れる様に男が伸ばした腕を掴んだ。
「合気道奥義、三教」
自身を軸に男を振り回し、手の甲を掴み腕をコの字に固める、まるで蛇口をひねる様に腕を絞めると、男は水の代わりに「いだだだだ!!!」と断末魔を口から出す。
「一教の方が早く絞めれるけど、こっちは途中までなら片手でも絞められるから便利なんだよね」
「あっ…アニキ!?」
「おっと、動いちゃダメだよ~動くともっと絞めちゃう…いや、君の方は動いた方が得だったりするのかな?」
ニマニマとチンピラを見つめる先生、チンピラはその様子を見てタジタジになっている。
「ぜってぇ動くんじゃねえぞ!少しでも動いたらテメェを殺ーいでででで!!!」
「そういう言い方は良くないよ、私はこう見えて弁護士でもあるんだから」
そう言って空いた片手で、弁護士バッチを取り出し見せつける、男は「ひっ…!」とおののき暴れなくなった。
「さて、そこの君、私の質問に答えてもらいたい、別に答えなくても君自身に何かペナルティが課されることは無いが、私は心理学にも精通している、半端な嘘は通用しないと思ってくれたまえ」
「…答えたら、開放してくれるんだよな?」
「う~ん、君の誠意次第かな?まず一つ、あの凄く身長が高い女…あれは君達の仲間かな?」
「…あぁそうだよ、あれはアニキが見つけてきた」
そう言って鷹のような目つきでチンピラを見る、チンピラから冷や汗が一滴か二滴垂れた所、先生は「よし」と言った。
「では次の質問、あの隠し扉…既にあの廃ビルにあったものかい?」
「見りゃ分かんだろ、俺達が来た時にはもうついていた」
「ふ~ん…」
そう言って腕を絞め上げる先生、男は「がぁぁぁ!!!」と悲鳴を上げ、太ももを何度も叩いて解放を懇願する。
「う…嘘じゃねぇ!」
「い~や嘘だね、君は話す前に左上を向いた、それに点検口が床についているビルは、私が知る限り存在しない」
「じゃあ何だって言うんだよ!?」
「ならば当ててあげよう、廃ビルにあった隠し扉…あれは元からあったものでは無い、誰かが新しく取り付けた物、では一体何の為?点検口?いや、廃墟にそんな物取り付ける必要は無い、では瞬間移動イリュージョンの種?それなら大女が通れるサイズにする必要など無い」
「じゃ…じゃあ、何だっていうんだよ!」
「答えは簡単、実験の為だよ、君達は安く簡単に取り付けられる隠し扉を求めていた、出来上がった試作品を適当なビルに取り付け、それっぽい理由で被験体をビルによこしてバレないかどうか検証していたんだ」
「ハッ!何だその薄っぺらい推理は!そんなの誰だって言えるね!」
「そもそも可笑しいと思わないかい?大企業の社長の目利きにかなった土地に廃ビルが建っているなんて、一体どんな経営戦略をしたらそんな事になるのやら、逆に聞きたいくらいだ」
「それが一体何だ!」
「薄っぺらいのはどっちかな?あんな大量の隠し扉、見つけるのには少々手こずったが一回見つけてしまえば……ん?…まさか…」
先生は急に冷や汗をダラダラに流し始めた、それどころかこちらに向けて、「逃げろ」と合図を出している。
「…やっと気づいたか、檻ン中にいんのは俺達じゃねぇ…お前等だ」
後ろから草木や茂みを掻き分ける音、振り向けば「ぽ…ぽ…」と八尺様がそこにいた。
「…成る程、やけにオーバーなリアクションをしていると思ったら」
「ヘッヘッヘッ…クソ痛かったがなぁ、お陰で上手いことカモフラージュ出来たぜ」
「ちっ…!西塚もグルか!?」
「まさか、アイツはテメェのご令嬢にお熱みてぇでよぉ、写真を送っただけで小遣いを山程くれんだよ」
「…人間の風上にも置けないね」
「言ってろ、お前を一目見た時ピンと来たぜぇ…コイツは俺達をビックにしてくれるってなぁ!」
薄暗い森の中に響く男の高笑い、逃げようにも八尺様のリーチが長すぎてどこへ逃げても追いつかれるのは想像に難くー
「アイリーン!大丈夫か!?」
ふと、所長の声がする、八尺様の向かい側から所長と太田がやって来た。
「心配したっすよ!狼煙が上がってた所に行っても誰も居なかったっすから、もう本当に大変でー」
「私の事はいい!兎に角早く西塚家のご令嬢を助けに行くんだ!」
「ご…ご令嬢?」
「西塚家の娘さんだ!何でもいいから早く行くんだ!」
「それって…この子っすか?」
太田の背中からひょっこりと少女が顔を出す、それを見た男達は口をあんぐりと開け、凄い小刻みに震えだした。
「えっえっえっえっえっえっ???何で何で?何でここにいるの?アニキは?アニキどこ行ったの?つーか他の奴らどこいんの?マジ何してんの?」
「アニキは誰か分からないが、取り敢えず襲って来たやつらは皆倒したぞ?」
「何で何で何で何で何で何で何で???じゅ…銃持ってんだよ?何でやれんの?何があった?」
パニックに陥った男は地面にうつ伏せにされ、膝で肩を固定した後、手の甲を持ち替え上下にすら動かぬよう手で軽く押さえつけた。
「この男は私が抑える…あの女は任せた」
「分かった」
所長は八尺様に向かって歩き出す。
「ぽ…ぽ…ぽ…ぽぉ?」
「こんな話を知ってるかい?一尺は大体30cmと言われている、つまり30×8で240cmだ」
言ったそばから、八尺様と八尺様が目と鼻の先、向かい合っている、片方は敵意を戦意を込め、もう片方は余りの体格差の無さに困惑している。
「レディ…ファイト」
先生が小さな声で始まりを告げると、所長は目にも留まらぬ速さのパンチを繰り出した、八尺様は急な攻撃に顔面を直撃させ、大きく蹌踉めいた、八尺様は態勢を整え反撃に出るも、もう片方のパンチを食らいまたよろけた。
「ふんっ!ふんっ!ふんっ!ふんっ!」
「ぽぉ!ぽぉ!ぽぉ!ぽぉ!」
右パンチ、左パンチ、右パンチ、左パンチ、リズミカルに放たれる拳を、八尺様は何度も何度も顔面で受けている、一体何が起こっているのだろうか?
「簡単な話さ、人間は物を認識して動くまで、速くても約0.3秒のタイムラグがある」
「それが何だって言うんです?」
「そしてあいつのストレートは、出し始めから終わりまでの経過秒数は、少なくとも0.3秒未満なんだ…ここまで言えば、分かるかな?」
「…ガード不能のハメコンボ?」
「そういう事」
「そんなゲームのバクじゃないんだから…」
そんな事を語っている間にも、よろけによろけた八尺様は距離を取ろうと後ろに下がるも、それに合わせて所長は詰め寄り、コンボを継続させるが、遂にパンチに合わせて自分から後ろへ吹き飛び、何とかパンチループから脱出した。
「ぽ…ぽぉぉぉぉ!!!」
どこからともなく取り出した斧を振り上げ、所長の頭上に叩きつけ…ようとした所、レスリングでよく見る低姿勢からのタックルにより、八尺様の身体はくの字に曲がり、大木に叩きつけられる。
「お返しだ!」
「ぽぉ!」
また始まるパンチループ、今度は大木を背にしているため、後ろへ下がることも出来ずずっと抉られる様に顔面を殴られ続ける…格闘ゲームで壁ハメしてるみたい。
「いい加減に…しろぉぉぉぉぉ!!!」
チンピラが、八尺様が落とした斧を拾い所長に襲いかかる、所長は流れる様に回し蹴り、頭部へクリーンヒットさせ、大木に打ち付けられたチンピラはそのまま気絶。
所長が八尺様の方へ向き直すと、八尺様渾身のジャンプスケア…を一切の容赦も躊躇も無く、無慈悲な右ストレートで黙らせる。
「何かもう…凄く簡単に倒せそうですね」
「所詮偽物だからね、極限まで磨き上げられた本物には遠く及ばないのだよ」
何度も何度も連続ストレートをかましている内に、後ろの大木はミシミシと音をたて、全力の右ストレートにより大木は真っ二つに割れ、八尺様ははるか後方に吹き飛ばされた。
「ぽおぉぉぉぉぉぉ!!!」
リングに上がることすら許されず、勢いのまま下り坂を盛大に転がっていく、ふもとの大木に強く打ち付けられてようやく止まった。
「…終わったな」
「えぇ…そうですね」
「取り敢えず山を下りるか、警察と…後西塚さんにも連絡を入れるか」
翌日、西塚司さんが経営するホテルの食事会に(ご令嬢を助けたお礼に)誘われた。
直径10mはあるだろう巨体なシャンデリアと何十人ものスタッフに迎えられ、小さな絵画とも言える程芸術的に盛られた料理達が膨大な列を成し、用意された席は正しく玉座と言っても差し支えない、昨日までいたビジネスホテルの朝食も中々豪華だなとは思っていたが、ここまで来ると比べるのもおこがましい。
「くっ…!何故だ…!どうして味が分からん…!」
「同感っす…!折角の高級フランス料理だというのに…!」
所長と太田は、緊張で動きがぎこちなくなっていた。
「全く…今日は社長さんの計らいで貸し切りになっている、多少下賤な食べ方をした所で誰も文句は言うまい」
先生か一言言うと、所長と太田は互いに目を合わせて席を立つ。
「それもそうだな!折角用意してくれたんだ!美味しく食べねば!」
「こうなったらもっと取って来るっす!腹いっぱい幸せ詰め込むっすよ!」
所長と太田は小走りで取りに行った。
「ちゃんと食べ切れる分だけ取って来るんだぞ~!」
「元気ですね、まるで子供みたい」
「当然、この料理達は彼らにこそ振る舞われるべきだ、あの事件は彼らが解決したようなものだからな」
「ですね」
折角なのでフォアグラを食べてみる、とても優しい味のレバーと言った感じで、油が多く食べ応えがあるが、決してしつこくない、少々淡白なのが玉に瑕だが三大珍味に数えられる事はある。
しかし先生の方を見ると、料理に手はつけているものの、どこか浮かない顔をしている。
「先生、どうかしましたか?」
「ん?……あぁ…いや、大した話じゃないんだ、ただ今回もそうだったな…と」
「そうとは?」
「少々自慢になるが、私は今まであらゆる知識を貪欲に取込み、それを思うがままに振るって生きて来た、大学なんて自身の知的好奇心を満たす場所でしかなかったし、十二分に学べる事は学んだと思ったら大学を転々とし、勉強の息抜きに別分野の学問に手を出す様な有り様だった」
「だからこそ、先生は本当に様々な国家資格を持ってるんですよね」
「そうとも、しかしあいつが絡むと話が変わってくるんだ、今回だってそうだ、私は探偵として廃ビルを調査しその裏に潜む闇を見た、だがそれだけだ、あいつがいなかったら私達はどうなっていた?西塚親子もだ、私は結局藪蛇をつついただけで、何一つとして成し遂げれてはいない」
先生は随分思い悩んだ様子だった、私は少し悩んで、学生時代の恩師の言葉をなぞる事にした。
「…あの隠し扉を見つけたのは先生じゃないですか、所長や太田さんも先生が残したメッセージがあったからこそ、西塚家のご令嬢さんを助ける事が出来たんだと思います、私の恩師も言ってました「人間とは社会という生物の細胞」だと、細胞だって赤血球だけでなく、色んな種類の細胞があるから今の私達がいる訳じゃないですか、上から目線になってしまいますが、先生は先生なりの役割を果たせたと、私は思っています。」
「…ふふっ、流石私の助手、良い世辞を言うじゃないか」
そんな事を話していると「何の話っすか?」と所長と太田が戻って来た…その両手に山積みの料理を抱えて。
「全く…これこそバイキングの醍醐味と言わんばかりに盛ってきたね」
「まぁこんな機会そうそうありませんし、まずは楽しみましょうよ」
「それもそうだな」
シャンパンが入ったグラスで乾杯、アルコールと炭酸が、爽やかに喉を通り抜けていく、ふと窓の方を見れば、雲一つない青空がどこまでも広がっていた。
私の名は田中ミサキ、2週間前からここでアルバイトとして探偵の助手を務めている。
「何か良い事でもあったかい?今日は随分と機嫌がいい」
事務所へ入ると、ランニングマシンでジョギングをする女性がいた。
彼女の名はシャルロッテ・アイリーン、モデルの様な美しい切れ長の目とシュッとした鼻と頬、毛穴一つ目立たぬほど輝いて見える白い肌に短く整えられた純黒の頭髪、前を開けた白衣と黒いスーツに身を包んでいるにも拘わらず、その胸部と臀部はそれがどうしたと言わんばかりに強く主張している。
そんな大学生にも見えるくらい若々しい彼女は、医学や生物学、法学に心理学といったあらゆる学問において深い造詣があり、それに伴って100を超える資格を持つ、曰く飛行機も運転出来るんだとか。
「あっ先生、今日は運良く100連で一人来てくれたんですよ~最悪二天井は覚悟してたんで、安く済んでよかった~って感じです」
「…課金はしているんだね」
「何言ってるんですか!この前怒涛の推しの実装でもう無料石無いんですよ!」
「全く、貯金と言わずとも、その熱意を少しは株やFXに向けてもらいたいものだね」
「先生はその辺も詳しいから稼げるんでしょうが、普通あんな大金一社に賭けませんって」
「あの会社はかなり良さげな新製品を開発している様でね、せっかくだから投資してみただけだよ」
そう言って軽やかにランニングマシンの上を歩く先生。
しかしランニングマシーンを使う所自体初めてみた気がする、初めて来た時のように見渡しても、ここの様子はまるでジム、ベンチプレスはもちろん、チェストプレスやロウイングといったものまで…これが全てある一個人が購入したものと考えると驚きを隠せない。
「だあ゛り゛ゃ゛ゃ゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」
遠くの方で誰かが野太い叫びを響かせる、先生も「やれやれ…」と頭を軽く抱え、部屋の中へ大男と青年が入ってくる。
「やっと捕まえたぞぉぉぉぉ!!!」
「これで依頼達成っす!今すぐ呼んできますんで、今度こそ逃がさんでくださいよ所長!」
そう言って携帯電話をかける青年太田大介、大男たる所長の手には三毛猫が抱かれている。
この大男はこの大島探偵事務所の所長、大島大吾、2m40cmにも及ぶ巨体に、これまたかなり仕上がった筋肉がそれを彩る、顔は典型的な日本人顔といった感じで、大胸筋に弾けそうなタンクトップと厚手のズボンがよく似合う。
先の通りかなりの脳筋、先生によれば境界知能らしく、実際忘れっぽくて事務作業も遅い(出来ない訳では無い)、しかしその筋肉は本物で、高校時代ボクシング部で2度の全国大会優勝を経験し、その戦績を引っ提げて大学に入学した後、レスリングの全国大会で優勝した。言ってる意味が分からない?私もいまだ分からないため安心していただきたい。
「所長ぉ!依頼人仕事中らしく、受け取りに来るのが5時間後になるらしいっす!」
「何ぃ!?」
そんなこんな、私は外科医の傍ら、この奇っ怪な探偵事務所で楽しく学ばせて貰っている。
翌日、探偵事務所の元へ一人の紳士が訪ねてきた。
「失礼、ここはどんな依頼を受けてくれると聞いたのですが」
「ええそうです、あちらへご着席下さい」
先生が紳士を出迎え、紳士の元へ緑茶を淹れる。
「では、何がありましたか伺っても宜しいでしょうか、西塚司さん」
西塚司!?私の記憶が正しければ、数々のホテルを手掛ける大手企業の社長のハズ…そんな人がこんな郊外に来るんだ…。
「そうですね、どこから話しましょうか…あれは先月の事、中部地方の海沿いに、一軒の廃ビルを見つけたんですよ、その廃ビルは立地も良く、新しいホテルを建設するのに最適だったのです」
「それだけ素晴らしい立地に廃ビルですか…」
「私はビジネスチャンスと思い、早速土地を買い、廃ビルの撤去工事を行う為調査員を寄越しました、そこまでは良かったのですが…」
そこまで喋ると、途端に歯切れが悪くなった、どうやら紡ぐ言葉に困っている模様。
「その様子、何か出たのですね?」
「…はい、調査員は皆口を揃えて言うんです…幽霊が出たと、それも1回だけじゃない」
幽霊、とても大手企業の社長から発されたとは思えない程陳家な言葉、しかしこの事務所にはそんな話が驚く位よく来る為、今更驚きもしない。
「警察の方には?」
「言いました、しかしマトモに取り合ってくれません」
「成る程…調査員の方の連絡先は分かりますか?」
「秘書に頼んでまとめてもらいました、もう少しすればそちらにデータが届くと思います」
「ありがとうございます、場所が場所ゆえ少々時間がかかると思いますが、必ず解決致しますのでお待ち下さい」
そんな様子を見ていると、何やら外の様子が騒がしい、見てみると所長と一緒に太田が慌ただしく準備をしていた。
「今回の仕事はどうやら凄いぞ太田君!」
「大丈夫っす!こっちはいつでも行けるっすよ!」
そう言ってリュックサック程度の荷物を背に、我先にと部屋を飛び出していった。
「待ちたまえ!そもそも廃ビルの場所わかっているのか?」
「海沿いにはあるんだろう?」
「その程度の認識で…全く、これが目的地周辺地図だ、太田君、管理頼むよ」
そう言って先生はパソコンでマップを印刷した、その地図を見た西塚も、少々驚いた後渡したので、たった少しの会話で廃ビルの場所を絞り込んだのだろう。
「うっす!任せといて下さいっす!」
地図を確かに受け取った太田は、所長と一緒に社用車へ飛び乗る、まるで映画のワンシーンだ。
「全く最近の若いのは元気があり余って仕方ない」
「先生も十分若者ですよ、それよりどうします?社用車はもう行っちゃいましたし」
「案ずるな、あの地図には最新式の小型盗聴器を仕掛けてある、ある程度向こうの様子を確認出来るから、こちらは調査員の話を聞きに行こうじゃないか」
嬉々として所長の席に座る先生、普通に電話すれば良いのではと思わなくもないが、この人何故か所長の事を目の敵にしている節がある為、あまり触れないでおこう。
「それもそうですね、調査員の会社って何処にあるんです?」
「山梨にあるそうだ、アポ取れ次第向かうとしよう」
車かっ飛ばして早4時間、そっからもう1時間は掛かると思ったのにものの30分で廃ビルについた。
「さっすがシャルロッテ先生!地図の出来が違ぇや!」
「確か出るんだったか?なら逃げる前に捕まえないとな」
「所長強いっすけど、僕そんなでもないっすから、一人にならないで下さいよ」
「だったら…しっかりついて来い!」
そう言って我先にと走り出す所長、幽霊どころかモンスターが出そうな位、薄暗くホコリ臭い室内を早馬の如く駆けていく。
「うおぉぉぉぉぉ!!!どこだぁぁぁぁぁ!!!」
「所長ぉ!そんな急いでも見つかんないっすよ!」
捨てられたソファや割れた窓を飛び越え、物凄いスピードで雑に探し回る。肝心の幽霊の見た目を全く知らないが、大の大人が逃げおおせるような奴だ、一目見れば分かるだろう。
「むっ!?」
所長が止まった、僕もその目線の先を見ると、逆光でよく見えないが、幾重の障害物の先に確かに「人影」があった、かろうじて女と思われる、だが人と言うには余りにも異質で狂気的であった。
「幽霊だ!」
所長は全速力で走る、彼の前にある物を蹴散らし、それでも一切スピードは落ちない、僕も続くが追いかけるので精一杯。
「待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
幽霊との距離は多分数メートル、所長は勢い良く飛び込んだ。
「所長ぉ!?大丈夫っすか!?」
「ない…奴がいない!?」
所長が飛び込んだ先に、何も無かった、人はおろか動物がいた形跡もなく、僕は所長と一緒にソファや机をひっくり返すも、隠し扉一つ見つからなかった。
「クソッ!また俺は見間違えたのか!?」
「いや、さっきのは僕も見たっす、所長の勘違いとは思えないっす」
「ならば…あれは本物の幽霊って事だな!」
「…そっすね!だったらもっかい見つけて、捕まえてやるっす!」
「そうだな!俺達は幽霊を倒した男だ!今更この程度驚かん!」
互いに全身ホコリまみれ、ついでに腹の虫が鳴る、一応幽霊(らしきもの)は見つけたので、先生に報告した後、準備を整えて出直すとしよう。
昼食を兼ねて入ったファミレス、窓際の席で先生は頭を抱えていた。
「はぁ…全く、これで私も出向かなければならなくなった、幽霊などいる筈が無いというのに…」
「どうかしたんですか?先生」
「盗聴器の件は話したね、結論から言えば、彼等は幽霊を見つけた様だ」
「本当ですか!?」
「声が大きいよ田中君、しかし一つ問題がある、彼等は幽霊を見つける為ドタバタと廃ビル中を駆け回った挙句、捕まえようと血気盛んに追いかけ回した後まんまと取り逃し、その一帯をあらかたひっくり返したにも関わらず何一つ成果を挙げられなかった訳だ」
「あぁ~」どう聞いても一つじゃないですね。
「いやはや全く、我々は駄犬じゃないのだからさぁ、もっと頭を使うべきだ、考える葦が思考を放棄したら何が残ると言うのかね?」
先生が随分な早口で喋った、まるで推しを語る時の私にそっくり、過去に何があったか聞く気は無いが、盗聴器の件も合わせて何かあったとしか思えない。
「しかし、そんな状態ならもう出ないんじゃないでしょうか、所長すっごくガタイが良いですし、あんなのに追いかけられたら下手なお化けより怖いと思うんですけど」
「私達が聞き取り調査した時、あの調査員のガタイを見ただろう?確かに彼には遠く及ばないが、大の大人と言って差し支えない、そんな連中を複数人、かつ2度も見かけたとなれば十分に恐怖心を煽れるだろう」
「つまり…また必ず出てくると?」
「当然、動物にしろ植物にしろ、そこにいる以上必ず目的が存在する、同じ偶然が3度重なる事は有り得ないのだよ」
そう言ってデザートのチーズケーキを頬張る先生、ふと先生の携帯電話が鳴る。
「先生!太田っす!今電話大丈夫っすか?」
「太田君、問題無いとも、その様子だと何か見つけた様だね」
盗聴器で一部始終を聞いていたというのに、素知らぬ顔でよく出られたものだ、私は調査員から聞き取ったメモ用紙を取り出し、太田との発言の差異を調べる。
「…とまぁこんな感じなんすけど」
「なる程ねぇ…女の幽霊とは、どうしてそう思ったんだい?」
「髪が長く見えたからっすね、男でも探しゃいると思うっすけど」
「特徴さえ教えてくれれば構わないよ…そう言えば、マネキンとかは無かったのかい?」
「そういうのも全く」
「分かった、明日私達もそっちへ行くから、ホテルで休んでてくれたまえ」
「分かったっす!」
電話が切れる音、先生はスマートフォンを腰ポケットに仕舞う。
「それで?何か見えてきたかい?」
「うーん…太田さんも調査員の方々も一緒の事言ってますね、髪の長い幽霊…そして何も無い…何か仕掛けてあったのかも?」
「彼らの頭脳なら「人型の何か」を探してそれ以外は見落とした可能性もあるが、あれだけ探して何も無いとなると、隠し扉の可能性もある」
「地下になにかあると?」
「まぁ推論でしかないのだがね、それだけカモフラージュされた隠し扉となると、一介の学生が用意出来る様なものでもないし」
「つまり、何か陰謀めいたものが…?」
「これ以上は止そう、こんな所で議論した所で時間の無駄、明日現場を見に行ってみようではないか」
「ですね」
翌日、ビジネスホテルにて鋭気を養う為モリモリに盛られたおかずとご飯、それらを所長と僕は、片っ端から口の中へ放り込んでいった。
「んまんま!このスクランブルエッグってやつめちゃめちゃ美味いな!」
「そっすね!いつもは所長のブロッコリーと鳥ササミのしょうゆ炒めなんで、ウインナーとか久しぶりっす!」
どれもこれも油が凄く、米やパンを爆食いしているのもあって、脂質と糖分が凄いことになっているが、今日はチートデイとして割り切る事にした。
「全く、随分朝食を楽しんでいる様だね」
誰かが近くへ来たと思いきや、そこには先生がいた、ちゃっかりお皿に卵とウインナーが盛られている。
「最安値のホテルを選んだとは言え、もう少し近くのホテルでも良かったんじゃないか?」
「多少歩いた方が運動になるってもんすよ」
「どの道車で…まぁいい、廃ビルは私達で見てくるから、ちょっと頼まれてくれないかい?」
そう言って先生はメモ用紙を寄越した。
「何だこれ?店の名前か…?」
「廃ビルから2km内にある工務店をリストアップしてきた、片っ端から廃ビルで仕事したか聞いてきてくれ」
「あいわかった!すぐに行くぞ太田君!」
「あっ!待つっすよ~!まだ食ってる最中っすから!」
ホテルを飛び出していく所長、僕も負けじと更に盛った残りを詰めて後をついて行く。
「せめて皿位片付けたまえ君達」
社用車に乗って20分、緩やかな山道を登った先に開けた場所、見上げれば廃ビルがそびえ立つ。
1階の窓は殆ど割れており、まだ真昼間だというのにそこから覗く景色は薄暗く、辛うじてホコリ塗れのソファや机が疎らに置かれてる事が分かる程度で、生活感はまるで無い、心霊スポットと紹介されても皆騙されるだろう。
「…随分汚いですね」
「まぁ山奥に捨てられて久しい、空き巣に荒らされて手つかずならこうもなろう」
先生は臆すること無く近付き、入口付近でしゃがんだ、それに習い床を見ると、何十人がここを出入りしたと思われる足跡がついていた…一人分だけ異様に大きい。
「ふふっ、まるで怪物の足跡、ここに怪物探検隊がいたら大袈裟に尻餅をついてくれるだろうな」
「見方によっては、怪物に襲われた探検隊の足跡にも見えますけどね」
「悪くない、君、ディレクターの才能があるよ」
「わ~、嬉しいのか嬉しくないのか分かんない」
そんな軽口を叩きつつ、ビルの奥へと足を進める、コンクリートが剥き出しの屋内は所々ひび割れており、懐中電灯で明かしきれない暗闇も相まって、すぐそこに何かが迫ってきている錯覚を覚える。
「所長と太田君こんな所を突っ走ってたんですか!?」
「立ち止まっても恐怖心に蝕まれていくだけだからね、とは言えあんな大男がこんなボロ屋を走り回って全く崩れないとは、日本建築ここに極まれりと言ったところか」
先生はかなり軽やかな足取りで進んでいく、あんな大男が走り回った後だからこそ私は怖いと思うんだが…。
廊下を抜けた先やや広めの部屋、懐中電灯で机の下の照らして行くも、それらしい仕掛けは見つからない。
「う~む…妙だな…」
「先生?何か見つかりましたか?」
「いや、このビルは廃屋になって結構長い、それに入ろうと思えば誰でも入れる」
「…それがどうしたんです?」
「それが可笑しいんだ、こんなに雨風凌げそうな場所なのに、「家庭ゴミ」が全く無い」
「…幾らホームレスとて、幽霊が出る様な所に住みたいとは思えないんですが」
「それならそれで心霊スポットとしてそれなりに有名な筈だ、「中部地方の海沿いにある廃ビル」なんて心霊スポット聞いたことある?」
「それこそ全く無いですね」
「こういった管理人が居ない所は往々にしてゴミが散乱している、つまりゴミが無いと言うことはー」
「誰かがこの廃ビルを管理している?」
「そういう事」
先生はご機嫌に散策する、しかしどういう事だろう、廃ビルの管理なんてお金になる筈が無い、もしいたとしてどうして1階の窓は割れたままなのか…目的がまるで見えてこない、それこそ幽霊を相手にしているかの様な…。
「…ここか」
そこは打って変わってとても明るい部屋だった、窓から日差しが差し込んでさっきまでの陰湿な雰囲気がまるで無い、惜しむらくはソファや机が粗方ひっくり返されており、何か一悶着あった事は誰の目から見ても明らか。
「探す手間が省けた、さぁ、幽霊の核を暴いてやろう!」
先生が足早に奥へ奥へと進んでいく、しかし這いつくばって暗闇を照らせどそれらしい仕掛けは見つからない。
「昨日の今日だから回収されちゃったんですかねぇ?」
「それは無いだろう、私が仕掛けるのなら、調査員が幽霊に出会した翌日には片付ける、味を占めない限りはね」
そう言われて、それもそうかと根気良くなにか無いか探して回る、1時間程経った頃、床のタイルの一部分に妙な違和感を覚える、何かここだけ何度も捲った様な後が僅かに付いているが、どうにも捲れそうに無い。
「何か見つけたかい?」
「先生、このタイル捲れそう何ですけど、上手く行かなくて」
「成る程ねぇ…」
先生はおもむろにスマホをいじる、妙なアプリで写真を取ると、画面に赤い点がついた。
「何ですか、これ?」
「磁気感知アプリだよ、画面内に隠れた磁石を赤い点で印してくれるんだ」
そんな便利なアプリあるんだ、先生は意気揚々とクレジットカードを近づけると、ガシャンと取手が飛び出した、開けると下の階にある部屋に続いている。
「成る程、幽霊はこの隠し扉を通る最中だった訳だ、その途中で所長に会い、慌てて扉を閉めた」
「理屈は分かったんですが、どうして幽霊はこの隠し扉を通ったんでしょう?」
「単純に幽霊は、所長が今居る階数を間違えたんじゃ無いかな、後ろを取って脅かす算段だったが、誤算によって逃げ道として使用した」
うーむ…イマイチ理解出来ない、言ってる事は分かるが、そもそもどうしてこんな隠し扉を作ったのだろう、まるで本当に自分を幽霊だと思わせる様…な…。
「ぽ…ぽ…」
それは既に近くまで迫っていた、肌の血の気は異様に無く、白いワンピースも灰色に薄汚れ、髪は前も後ろも腰まで伸びている。
だがそんな物は単なる特徴に過ぎない、何よりも「それ」は人間離れした身長をしていた、優に2mは超えている。
「八尺様」先生が言う。
それを聞いた瞬間、自分でも驚く位のスピードで隠し扉へ転がり込んだ、先生と八尺様もそれに続き、皮肉にも所長達の様に廃ビルの中を爆走していく。
「随分薄情じゃないか!」
「聞いてないですよ!こんな所に八尺様がいるなんて!」
全速力で出口へ向かう最中、階段を勢い良く登ってくる八尺様。
「そんな!?回り込まれた!?」
「他にも隠し扉があったのか!用意周到な八尺様だ!」
「言ってる場合ですか!?」
「こちらも隠し扉を使うぞ!」
そう言ってさっき探索した部屋へ入ると、導かれるように隠し扉を当て、それを開けてみせた。
「流石先生!」
「隠し扉の特徴はもう覚えた、彼女から逃げる分には問題無かろう」
隠し扉を通じて1階へ降り、割れ窓から外へ飛び出し、森の中へ逃げ果せる、八尺様も負けじと追ってくるが、森の中を無我夢中で走っていたら何とか巻けたらしい。
「はぁ…はぁ…こんなに走ったの久しぶりです…」
「しかし随分森深くへ入ってしまったな、これでは電波も届かないな」
「車へ戻るのはどうでしょう?」
「悪くはないが、あれだけ用意周到な八尺様だ、タイヤの一つや二つパンクさせてても可笑しくなかろう」
それを聞いた私は肩を落とした、ホラー映画には耐性がある方だと思っているが、まさか自分がホラー映画の主人公みたいな目に合うとは夢にも思わなかった。
「こんな事なら、モーニングもっと沢山食べておけば良かった…」
「悲観している所悪いが、ちょっと隠れて貰おうか」
突然草むらに引っ張り込まれたと思いきや、程なくして八尺様が現れた、彼女は血眼になって草むらを掻き分けて、「ぽ…ぽ…」とエコーロケーションの如く言葉にならない音を発している。
「八尺様としてはかなり出来がいい…このままほっつき歩かせるには勿体無い」
「そんな事言ってる場合ですか!?こっちは死ぬかどうかの瀬戸際何ですよ!?」
ガサガサと八尺様が近付いてくる音がする、必死に口と鼻を押さえ、呼吸音をなるべく殺す。
「…っ!」「……」
突然小鳥が一斉に飛び立つ、八尺様はそれに釣られ、その方へと去っていった。
「はぁ…生きた心地がしない…」
「同感だ、我々は運が良いな」
「しかしこれからどうしましょう…電波が無いんじゃ助けも呼べない…」
「まぁやれる事をやろう、懐中電灯を貸してくれ」
「いいですけど…これで何するんです?」
「こいつで狼煙を上げる」
「いや~ごめんね、そんな危険な所では仕事しないようにしてんのよ」
「そっすか…迷惑かけたっす!」
「いいのよ、探偵さん達もお仕事頑張って」
これで3軒目、未だ廃ビルで何か仕事をした人は出てこない、腹へってきたし飯にしようかと所長を見ると、何やら不思議そうな顔をしている。
「何かあったっすか?」
「…何か煙が上がっている」
「え?」
山の方でうっすい白いのが上がっているのが見える、スマホ越しでズームしてみると、この時代に珍しく狼煙が上がっている。
「何度もすんません、この辺ってお祭りとかやってます?」
「何の話?」
「何か狼煙っていうのかな…何か上がってるみたいなんすけど」
「山火事か何かかな~うちらは聞いたことないや、ごめんね」
「そっすか…じゃあ一体…」
そう言えば、山の方って廃ビルがあった、確か先生がそっちに…。
「所長!」
「どうした!?」
「多分先生が上げたやつっす!」
「そうか!じゃあ行くか!」
「応!」
ノンストップで走る事20分(多分)、廃ビルの近くに社用車が止まっていた。
「あれ?誰もいないじゃないか」
「まだ廃ビルに来ただけっすよ、火元を見てみないと何も…」
社用車をよく見ると僅かに傾いている、足元のタイヤはパンクしており、指が入りそうなほど大きな穴が空いている。
「所長…敵っす」
「何!?俺達は既に襲われている!?」
「襲われてんのは先生達の方っすね」
「そうか」
慌てていた所長は、呼吸を整え深く眉を掘り構える、臨戦態勢に入った。
「まずは先生と合流をー」
「前!」
振り向いても所長の先には真っ暗闇、だが違和感が凄い、前とは明らかに何かが違う。
「そこか!」
所長は勢い良く暗闇へと飛び込んでいく、少ししたら暗闇から、「どぅわあ!」と弾き出される様に男が吹っ飛んで来た。
「あがぁ…」
男は頬に大きく殴られた跡が出来ており、思いっきり投げられたのか胸元はビヨンビヨン通り越してビリッビリに破けていた。
「俺の仲間を何処へやった!?お前は何者だ!?」
男は読んで字のごとくな大男に、胸元をぐわんぐわんと振り回されると失禁、そして失神した。
「クソッ!運の良い奴め!」
「所長がやったら皆そうなるっすよ…先生達も大事っすけど、多分他にも人いるっすよね」
「入ってみなければ分からん…だが、嫌な匂いがぷんぷんする!」
「それ多分…まぁいいっす、先に調べてみるっす」
今度は慎重に慎重を重ねて廃ビルへ入る、昨日に比べ日が落ちているのもあって更に屋内は暗くなっていて、最早目は余り頼りにならない。
「む!何か落ちているぞ!」
「待つっすよ!ブービートラップかも…」
所長が拾ったそれは、何処かで見た様なクレジットカードだった、窓のお陰で辛うじて入る日差しで見るとローマ字でシャルロッテ・アイリーンと書かれている。
「これ先生のっす!」
「そうか!あれ?ここに来た時あの天井空いてたか?」
「何の話っすか?」
見上げると天井に四角い輪郭が見える、何やら蓋のようなものもチラリと見えている。
「いや~全く覚えてないっすね」
「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」
背後から奇襲!直ぐ様気付いた所長は思いっ切り男を蹴飛ばした!男は壁に叩きつけられ、苦しそうに悶えている。
「答えろ!あの穴は何だ!」
「誰が教えてやるもんか…お前なんかに…」
所長が拳を振り上げると、男は「ひぃ!」と情けない声を上げ、あれがこの廃ビルに所々ついている隠し扉であると教えてくれた。
「隠し扉だと!そんな物があったとは…」
「所々についてるって事は、もしかして地下室もあるんじゃないっすか!」
「地下室…どうやったらクレカで開くんだ?」
「多分スキマにカードを差し込んで、こじ開ける感じじゃないっすか?」
「つまり床に何かスキマがあるって感じか」
そう言って所長は這いつくばってスキマを探し始めた、僕もそれに習い這いつくばって探して行くとー
バヂンッ!
「っでぇぇ!!!」
急に指を殴られた様な衝撃が走る、指を労りながらその方を見ると、何か取手の様なものが床から生えていた。
「大丈夫か!?」
「自分は大丈夫っす!それよりもあれ!」
駆けつけた所長に対し、僕は取手に指を指す。
「あれは…何だ?」
「多分地下室の入口っす、ちょっと開けてもらっても良いっすか?」
所長は有無を言わずに、取手を掴んで床を引っ剥がす、すると下の階へ続く階段が現れ、その先は今までとは比較にならない位の暗闇。
「マジで地下室があったとは…」
「この先に奴らが隠していた物があるかも知れん、行くぞ」
「あぁ危ないっすよ、懐中電灯持ってきたっすから、これで足元照らして行くっす」
懐中電灯をつけるとそれなりに暗闇が晴れた、地下室と言ってもビルに比べると大分狭く、板張りの簡素な天井と壁があるだけで家具は何一つ置かれていない、部屋の端に少女が寝っ転がっているだけで…少女が寝っ転がってる!?
「大丈夫っすか!?何でこんな所に!?」
その少女は手足をプラスチックのまとめるやつで縛られており、タオルで目隠しされ口にガムテープが貼られている。
所長がまとめるやつを引きちぎると、何事かと飛び起きた少女は部屋の端へ逃げていく。
「あぁ所長、ビックリして怖がってるっすよ、ただでさえ妖怪みたいな大きさしてるっすから」
「あっそうか、驚かせてすまない、俺…私は探偵なんだ、君を助けに来た」
所長が満面の笑み(当社比)で両手を広げる、その様子を見た少女は、更に酷く怯え出した。
「くっ!やはり俺ではダメだ!太田君!何とか彼女を説得してくれ!」
「この状況からどうしろって言うんすか!?」
プルプル震える少女としどろもどろになっていると、突然一発の銃声が鳴り響く。
「それぐらいにしてもらおうかヒーロー達、その子を渡してもらおう」
金髪にオールバックの男が、拳銃片手にこちらを脅す、その後ろには何人かの男が鈍器を携えて映画に出てくるチンピラみたいな笑い方をしている。
「断る、大体お前達はここで何をしている?」
所長は動じること無く前に出る。
「単なるビジネスだよ、若い女は金になる、それだけの事だ」
男も一歩前に出て、拳銃を所長に向ける。
「言っておくが、コイツは本物だ、頭にデケェ風穴開けられたくなかったら、両手を地面に着けるんだな、ゆっくりと」
「くっ…!」
所長はゆっくりと、地面に手を着ける…違う!これクラウチングスタートの構えだ!
「そうだ、それでいー」
ガゴォッ!
陸上選手も顔負けのスタートダッシュからの、レスリング仕込みの低姿勢タックル、男は拳銃を撃つ間もなく階段に叩きつけられて気絶した。
「あっ!?てめっ!コノヤロー」
「ふんっ!」
驚きのあまり動けない男につかみかかる所長、そいつを反対側にいたもう1人にぶつけ、金属バットで殴りかかって来る男よりも早くミドルキック、その勢いのまま最後の一人に飛びかかり殴り倒した。
「こんにゃろぉぉぉぉぉ!!!」起き上がった男に背後から金属バットで殴られた。
「所長!?」
所長は頭から血を流している、だが倒れるどころか、鬼の形相で「どぅあぁぁぁぁぁ!!!」と男を殴り飛ばした、男は壁に叩きつけられ、口から血を吐いて床に伏す。
決着はついた。
「所長!大丈夫っすか!?」
「こんなのツバを付けときゃ治る、その子も連れて行こう、アイリーンなら何とかしてくれるハズだ」
「そっすね、先生ならどんなケガもイチコロッす!」
怯える少女の手を引き、狼煙の上がる森の中へと突き進む、先生、無事でいてくださいよ。
なるべく足跡が出来るように強く地面を踏む、ある程度進んだら足跡の通りに戻り、草むらへ飛び込んだ後そこから逆方向に進んでいく。
「追跡者は皆足跡を頼りに追跡をする、こうして偽物の足跡を作ってやるといい感じに時間を稼げる」
「こういうのって素直に遠くへ逃げちゃダメなんですか?」
「素直に逃げたら回り込まれかねない、私の推論では八尺様はあの廃ビルを拠点にしている筈、であればこの森の土地勘もある程度あっても可笑しくない」
「なるほど…ではこのまま山を降りますか?」
「そういう訳にはいかない、狼煙を上げた以上あいつは必ず来る、彼はそういう男だ」
「でももう大分廃ビルから離れましたよ?これ以上横道に入ったら遭難してしまいます」
「案ずるな、太陽は東から昇り西へ落ちるだろう?そして日本は極東と呼ばれ、ヨーロッパ諸国は西洋と呼ばれる…つまり太陽の位置され分かれば方角が分かる、夜であっても北極点さえ見つければイケる」
「現在地が分かってなければ意味無いのでは?」
「私には分かる」
そう言って先生はどんどん奥へと進んでいく、こんな話をしている内に遠くの方からガサガサと木の葉が揺れる音、八尺様が直ぐ側まで来ている様だが先生は突然止まり、何かあったのか聞こうとしたら手の平を向け制止の合図。
「あの女ホントに使えるんですかねぇ?たかが女2人に時間かけ過ぎでしょうよ」
「ゴタゴタ言ってねぇでテメェも探せや、今「あの仕掛け」がサツにタレ込まれてみろ、俺達は終わりだぞ」
開けた場所で男2人が会話している、1人は歌舞伎町によくいるチンピラといった感じで、ポケットに手を入れガム?をくちゃくちゃ噛んでいる。
もう1人はチンピラと似た格好をしているが、ジャケットの下には防弾チョッキらしき物を着ており、どこかタダ者でない雰囲気を醸し出している。
「ははーん…そういう事か」
先生は草葉の陰で顎に手を当てている、どうやら先生の中で全てが繋がったらしい。
「さて…問題はどうやって捕まえるか、だな」
「捕まえる!?」
「あいつを待っても良いが、それは癪だ、何としてもここで捕まえたい」
「ほ…本気ですか!?相手は男2人ー」
ギロリと光る男の視線、ハッとした私は急いで口を塞ぐ。
「隠れてないで出ておいで、悪い様にはしねぇからさぁ」
防弾チョッキを着た男がゆっくりと、確実にこちらへ向かってくる。
「逃げられると思うなよ」
「そっちこそ」
「…ちっ!」
男は勢い良く草むらに飛び込んで来た、しかし先生は全く焦ること無く、流れる様に男が伸ばした腕を掴んだ。
「合気道奥義、三教」
自身を軸に男を振り回し、手の甲を掴み腕をコの字に固める、まるで蛇口をひねる様に腕を絞めると、男は水の代わりに「いだだだだ!!!」と断末魔を口から出す。
「一教の方が早く絞めれるけど、こっちは途中までなら片手でも絞められるから便利なんだよね」
「あっ…アニキ!?」
「おっと、動いちゃダメだよ~動くともっと絞めちゃう…いや、君の方は動いた方が得だったりするのかな?」
ニマニマとチンピラを見つめる先生、チンピラはその様子を見てタジタジになっている。
「ぜってぇ動くんじゃねえぞ!少しでも動いたらテメェを殺ーいでででで!!!」
「そういう言い方は良くないよ、私はこう見えて弁護士でもあるんだから」
そう言って空いた片手で、弁護士バッチを取り出し見せつける、男は「ひっ…!」とおののき暴れなくなった。
「さて、そこの君、私の質問に答えてもらいたい、別に答えなくても君自身に何かペナルティが課されることは無いが、私は心理学にも精通している、半端な嘘は通用しないと思ってくれたまえ」
「…答えたら、開放してくれるんだよな?」
「う~ん、君の誠意次第かな?まず一つ、あの凄く身長が高い女…あれは君達の仲間かな?」
「…あぁそうだよ、あれはアニキが見つけてきた」
そう言って鷹のような目つきでチンピラを見る、チンピラから冷や汗が一滴か二滴垂れた所、先生は「よし」と言った。
「では次の質問、あの隠し扉…既にあの廃ビルにあったものかい?」
「見りゃ分かんだろ、俺達が来た時にはもうついていた」
「ふ~ん…」
そう言って腕を絞め上げる先生、男は「がぁぁぁ!!!」と悲鳴を上げ、太ももを何度も叩いて解放を懇願する。
「う…嘘じゃねぇ!」
「い~や嘘だね、君は話す前に左上を向いた、それに点検口が床についているビルは、私が知る限り存在しない」
「じゃあ何だって言うんだよ!?」
「ならば当ててあげよう、廃ビルにあった隠し扉…あれは元からあったものでは無い、誰かが新しく取り付けた物、では一体何の為?点検口?いや、廃墟にそんな物取り付ける必要は無い、では瞬間移動イリュージョンの種?それなら大女が通れるサイズにする必要など無い」
「じゃ…じゃあ、何だっていうんだよ!」
「答えは簡単、実験の為だよ、君達は安く簡単に取り付けられる隠し扉を求めていた、出来上がった試作品を適当なビルに取り付け、それっぽい理由で被験体をビルによこしてバレないかどうか検証していたんだ」
「ハッ!何だその薄っぺらい推理は!そんなの誰だって言えるね!」
「そもそも可笑しいと思わないかい?大企業の社長の目利きにかなった土地に廃ビルが建っているなんて、一体どんな経営戦略をしたらそんな事になるのやら、逆に聞きたいくらいだ」
「それが一体何だ!」
「薄っぺらいのはどっちかな?あんな大量の隠し扉、見つけるのには少々手こずったが一回見つけてしまえば……ん?…まさか…」
先生は急に冷や汗をダラダラに流し始めた、それどころかこちらに向けて、「逃げろ」と合図を出している。
「…やっと気づいたか、檻ン中にいんのは俺達じゃねぇ…お前等だ」
後ろから草木や茂みを掻き分ける音、振り向けば「ぽ…ぽ…」と八尺様がそこにいた。
「…成る程、やけにオーバーなリアクションをしていると思ったら」
「ヘッヘッヘッ…クソ痛かったがなぁ、お陰で上手いことカモフラージュ出来たぜ」
「ちっ…!西塚もグルか!?」
「まさか、アイツはテメェのご令嬢にお熱みてぇでよぉ、写真を送っただけで小遣いを山程くれんだよ」
「…人間の風上にも置けないね」
「言ってろ、お前を一目見た時ピンと来たぜぇ…コイツは俺達をビックにしてくれるってなぁ!」
薄暗い森の中に響く男の高笑い、逃げようにも八尺様のリーチが長すぎてどこへ逃げても追いつかれるのは想像に難くー
「アイリーン!大丈夫か!?」
ふと、所長の声がする、八尺様の向かい側から所長と太田がやって来た。
「心配したっすよ!狼煙が上がってた所に行っても誰も居なかったっすから、もう本当に大変でー」
「私の事はいい!兎に角早く西塚家のご令嬢を助けに行くんだ!」
「ご…ご令嬢?」
「西塚家の娘さんだ!何でもいいから早く行くんだ!」
「それって…この子っすか?」
太田の背中からひょっこりと少女が顔を出す、それを見た男達は口をあんぐりと開け、凄い小刻みに震えだした。
「えっえっえっえっえっえっ???何で何で?何でここにいるの?アニキは?アニキどこ行ったの?つーか他の奴らどこいんの?マジ何してんの?」
「アニキは誰か分からないが、取り敢えず襲って来たやつらは皆倒したぞ?」
「何で何で何で何で何で何で何で???じゅ…銃持ってんだよ?何でやれんの?何があった?」
パニックに陥った男は地面にうつ伏せにされ、膝で肩を固定した後、手の甲を持ち替え上下にすら動かぬよう手で軽く押さえつけた。
「この男は私が抑える…あの女は任せた」
「分かった」
所長は八尺様に向かって歩き出す。
「ぽ…ぽ…ぽ…ぽぉ?」
「こんな話を知ってるかい?一尺は大体30cmと言われている、つまり30×8で240cmだ」
言ったそばから、八尺様と八尺様が目と鼻の先、向かい合っている、片方は敵意を戦意を込め、もう片方は余りの体格差の無さに困惑している。
「レディ…ファイト」
先生が小さな声で始まりを告げると、所長は目にも留まらぬ速さのパンチを繰り出した、八尺様は急な攻撃に顔面を直撃させ、大きく蹌踉めいた、八尺様は態勢を整え反撃に出るも、もう片方のパンチを食らいまたよろけた。
「ふんっ!ふんっ!ふんっ!ふんっ!」
「ぽぉ!ぽぉ!ぽぉ!ぽぉ!」
右パンチ、左パンチ、右パンチ、左パンチ、リズミカルに放たれる拳を、八尺様は何度も何度も顔面で受けている、一体何が起こっているのだろうか?
「簡単な話さ、人間は物を認識して動くまで、速くても約0.3秒のタイムラグがある」
「それが何だって言うんです?」
「そしてあいつのストレートは、出し始めから終わりまでの経過秒数は、少なくとも0.3秒未満なんだ…ここまで言えば、分かるかな?」
「…ガード不能のハメコンボ?」
「そういう事」
「そんなゲームのバクじゃないんだから…」
そんな事を語っている間にも、よろけによろけた八尺様は距離を取ろうと後ろに下がるも、それに合わせて所長は詰め寄り、コンボを継続させるが、遂にパンチに合わせて自分から後ろへ吹き飛び、何とかパンチループから脱出した。
「ぽ…ぽぉぉぉぉ!!!」
どこからともなく取り出した斧を振り上げ、所長の頭上に叩きつけ…ようとした所、レスリングでよく見る低姿勢からのタックルにより、八尺様の身体はくの字に曲がり、大木に叩きつけられる。
「お返しだ!」
「ぽぉ!」
また始まるパンチループ、今度は大木を背にしているため、後ろへ下がることも出来ずずっと抉られる様に顔面を殴られ続ける…格闘ゲームで壁ハメしてるみたい。
「いい加減に…しろぉぉぉぉぉ!!!」
チンピラが、八尺様が落とした斧を拾い所長に襲いかかる、所長は流れる様に回し蹴り、頭部へクリーンヒットさせ、大木に打ち付けられたチンピラはそのまま気絶。
所長が八尺様の方へ向き直すと、八尺様渾身のジャンプスケア…を一切の容赦も躊躇も無く、無慈悲な右ストレートで黙らせる。
「何かもう…凄く簡単に倒せそうですね」
「所詮偽物だからね、極限まで磨き上げられた本物には遠く及ばないのだよ」
何度も何度も連続ストレートをかましている内に、後ろの大木はミシミシと音をたて、全力の右ストレートにより大木は真っ二つに割れ、八尺様ははるか後方に吹き飛ばされた。
「ぽおぉぉぉぉぉぉ!!!」
リングに上がることすら許されず、勢いのまま下り坂を盛大に転がっていく、ふもとの大木に強く打ち付けられてようやく止まった。
「…終わったな」
「えぇ…そうですね」
「取り敢えず山を下りるか、警察と…後西塚さんにも連絡を入れるか」
翌日、西塚司さんが経営するホテルの食事会に(ご令嬢を助けたお礼に)誘われた。
直径10mはあるだろう巨体なシャンデリアと何十人ものスタッフに迎えられ、小さな絵画とも言える程芸術的に盛られた料理達が膨大な列を成し、用意された席は正しく玉座と言っても差し支えない、昨日までいたビジネスホテルの朝食も中々豪華だなとは思っていたが、ここまで来ると比べるのもおこがましい。
「くっ…!何故だ…!どうして味が分からん…!」
「同感っす…!折角の高級フランス料理だというのに…!」
所長と太田は、緊張で動きがぎこちなくなっていた。
「全く…今日は社長さんの計らいで貸し切りになっている、多少下賤な食べ方をした所で誰も文句は言うまい」
先生か一言言うと、所長と太田は互いに目を合わせて席を立つ。
「それもそうだな!折角用意してくれたんだ!美味しく食べねば!」
「こうなったらもっと取って来るっす!腹いっぱい幸せ詰め込むっすよ!」
所長と太田は小走りで取りに行った。
「ちゃんと食べ切れる分だけ取って来るんだぞ~!」
「元気ですね、まるで子供みたい」
「当然、この料理達は彼らにこそ振る舞われるべきだ、あの事件は彼らが解決したようなものだからな」
「ですね」
折角なのでフォアグラを食べてみる、とても優しい味のレバーと言った感じで、油が多く食べ応えがあるが、決してしつこくない、少々淡白なのが玉に瑕だが三大珍味に数えられる事はある。
しかし先生の方を見ると、料理に手はつけているものの、どこか浮かない顔をしている。
「先生、どうかしましたか?」
「ん?……あぁ…いや、大した話じゃないんだ、ただ今回もそうだったな…と」
「そうとは?」
「少々自慢になるが、私は今まであらゆる知識を貪欲に取込み、それを思うがままに振るって生きて来た、大学なんて自身の知的好奇心を満たす場所でしかなかったし、十二分に学べる事は学んだと思ったら大学を転々とし、勉強の息抜きに別分野の学問に手を出す様な有り様だった」
「だからこそ、先生は本当に様々な国家資格を持ってるんですよね」
「そうとも、しかしあいつが絡むと話が変わってくるんだ、今回だってそうだ、私は探偵として廃ビルを調査しその裏に潜む闇を見た、だがそれだけだ、あいつがいなかったら私達はどうなっていた?西塚親子もだ、私は結局藪蛇をつついただけで、何一つとして成し遂げれてはいない」
先生は随分思い悩んだ様子だった、私は少し悩んで、学生時代の恩師の言葉をなぞる事にした。
「…あの隠し扉を見つけたのは先生じゃないですか、所長や太田さんも先生が残したメッセージがあったからこそ、西塚家のご令嬢さんを助ける事が出来たんだと思います、私の恩師も言ってました「人間とは社会という生物の細胞」だと、細胞だって赤血球だけでなく、色んな種類の細胞があるから今の私達がいる訳じゃないですか、上から目線になってしまいますが、先生は先生なりの役割を果たせたと、私は思っています。」
「…ふふっ、流石私の助手、良い世辞を言うじゃないか」
そんな事を話していると「何の話っすか?」と所長と太田が戻って来た…その両手に山積みの料理を抱えて。
「全く…これこそバイキングの醍醐味と言わんばかりに盛ってきたね」
「まぁこんな機会そうそうありませんし、まずは楽しみましょうよ」
「それもそうだな」
シャンパンが入ったグラスで乾杯、アルコールと炭酸が、爽やかに喉を通り抜けていく、ふと窓の方を見れば、雲一つない青空がどこまでも広がっていた。
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