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✟capítulo uno colgante de millionaire✟

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 壁にかけられた古時計が、12時である事を知らせる。
 家政婦が作るホワイトシチューが、優しく鼻腔を擽り、ついお腹がなってしまいそうになる。

「ごめんなさい…本当は私がやらなきゃいけないのに…」
「いいんですよ!こうしてあの人達を支えれるんです、こんなに嬉しいことは無い」
「おっ!今日はシチューか!ウマそ~!」足早に教授の助手が階段を下る。
「こらこら、そんなに急ぐと転んでしまう、もっと落ち着きなさい」教授続けて下りてきた。
「だって~!朝から実験続きなんですも~ん!もう腹減って仕方無え!」

 いつもの教授と助手の掛け合い、これを聞いているとここも随分賑やかになったと実感する。
 しかし、何時まで経ってもあの人が降りてこない…

「あの人…どうかしたのかしら?」
「全く…アタシが呼んできますから、待ってて下さい」
「お願いします」

 そうして足早に階段をかけていく家政婦、少ししたら彼女の悲鳴が、この家の平穏が無くなった事を知らせた。









「あーあ、なんか名探偵が出てこねぇかなぁ…」

 山のように積まれた書類をどかし、比屋定叶は足を乗せて物思いにふけっていた。
 今はこんな体たらくだが、元々は東大首席で入学.卒業し、ある推理小説に憧れて警察を志してキャリア組になったものの、山積みの書類とにらめっこする毎日に、私はうんざりしていたのだ。

「名探偵って…そんな漫画じゃあるまいし…」

 一人の若手警部補が話に乗ってくる。
 彼は昨年ここ岡崎警察署に配属された新入り、山田洸平である。
 まぁそれなりにデキる奴だ。

「そもそも、名探偵みたいなヒーローの仕事をするのが、僕ら警察の役目でしょう?」
「どこの漫画にクソ大量の書類と対峙するヒーローがいるんだ?もしあったとしても余裕でチャゲるわ」
「じゃあもし名探偵がいたとして、どうしようってんです?」
「そいつのパイプラインになる、そーすりゃ仕事しなくても稼げるから」
「なんと悲しい警部なことか…」

 そんな他愛ない会話の最中、一本の電話が入る。

「こちら比屋定、何かあったか?」
「事件です、東岡崎にて、主人の遺体が発見されたと」
「了解、すぐ行く」私は受話器を置く。
「何かありましたか?」洸平は聞いた。
「事件だ、車を出せ」
「了解です」

 目的地について最初の感想は、ザ・金持ちの家と言った所か。
 広い庭の真ん中には一般家宅2つ分はありそうな豪邸が佇んでおり、遺体の第1発見者もここで働く家政婦との事。

「やっぱ金持ってる奴らはいいなー、憧れなんか捨てて銀行に行きゃ良かったかな」
「んなこと言ってないで、仕事しますよ!署長に怒られちゃいます」

 発見場所につき、部屋の中心で宙吊りの遺体を見て確信する、これは自殺だ。
 踏み台に使われた古本が床に散乱している所を見て、他の連中も自殺で意見を固めている。

「あーだっる、洸平、後宜しく」
「あっ!?投げないでくださいよ比屋定先輩!」
「この手の事件の後処理はお前でも出来るだろ、自販機でなんか買ってくるわ」
「全く…後で怒られても知りませんからね!」

 後方の洸平に軽く手を振りながら、私は豪邸を後にした。

 自販機の100円缶コーヒーを飲み歩きしていたら、線路沿いの記念公園にて、一人の男子中学生を見つけた。
 そいつは右腕に包帯を巻いており、着ている学ランは風で微妙に揺れている。

「おーい、こんな所で何やってんの?」

 そいつの近くへ駆け寄り、事情聴取しようとするも反応が返ってこない…と思いきや、ゆっくりとそいつはこちらへ振り向いた。

「何やらシルフが騒がしい…奴らが動き出したか…」

 そいつは左目に眼帯をつけており、よく見ると右目が赤い…単にカラコンをつけているようだ。

「そこの女、今宵は組織の動きが激しい…死にたく無ければこれ以上首を突っ込むな、さもなくば…俺の右腕に封印されし邪龍…『終末覇龍 インフェルノバハムート』の餌食になるぞ!」そいつは私に指を指す。

 成る程、完全に理解した、コイツは所謂中二病だ。

「餌食ねぇ…で?その目は何で怪我したのさ?」
「けっ…!怪我ではない!『刹那の悪魔 リーゲルテレスコープ』との契約により、その悪魔の目と俺の左目を入れ替えているのだ!」
「リーゲルテレスコープってドイツの入れ歯じゃん、アンタは入れ歯の悪魔と契約している訳か」ニヤニヤしながらツッコミを入れる。
「にっ…!人間世界では入れ歯という意味なだけだ!国が違えば言葉も違うとかあるだろ!」
「それはそうだねぇ…じゃあその左手に持ってるやつ見してよ」
「なっ…!?やめろ!これはこの世界の裏側を記した闇の書物でー」

 ノートを突きつけてきた所を拝借させてもらう、そいつは「あー!」と言っていたが、私は警部なので怪しい奴には職質する義務がある。
 そのノートの表紙には、題名と思われる闇の黙示録の文字が大きく書かれており、黒い十字架を中心に、黒く塗り潰された翼と思われるマークが周りを囲んでいる。

「随分痛々しいのを持っているな」
「お前には関係ないだろ!いい加減にしろ!呪われるぞ!」
「警察にオカルトが聞くかよ」

 ページを捲ってみると、これまた痛々しい設定の数々が所狭しと書かれており、物語の主人公やそのヒロインの設定、そいつ等が使う必殺技の内容まで…決め台詞まで考えられている。

「うひゃぁ…こりゃガチの黒歴史じゃねえか」
「いい加減に返せ!兎に角これ以上は許さん!『終末覇龍 インフェルノバハムート』の贄にするぞ!」
「インフェルノバハムートお得意の『ヘブンズブレイク』ってやつか?男の子ってやつはこう言うのがお好きなんですね~」
「そっ…!それは!?『終末覇龍 インフェルノバハムート』12階暗黒術式第5奥義!?貴様失敬も大概にしろ!」
「よく覚えてんじゃねえか」

 そいつをからかっていると、途端に巻いていた包帯を外す、その腕には大量のタトゥー…タトゥーシールが貼られている。

「こんな大量の…高かっただろ」
「黙れ!俺は右腕の封印を解いた…最早命乞いしても遅い…我が闇の力に呑まれ、地獄の底で詫び続けるがいい!」

 そいつは右手を握りしめ、悪役みたいな笑顔で私を睨んだ。
 多分奴の頭の中では、奴の周りに黒いオーラが纏われてあることであろう。

「先ずは12階暗黒術式第1奥義『ブラッディーイビルアイズ』!」
「ブラッディー…あぁ、龍の目で対象の全てを見通すって奴か、正直そんな強くないだろ」
「舐めるなよ、この奥義は文字通り「全て」を見通す!この奥義を前に隠し事等一切出来んと知れ!」
「ほう…じゃあ見せてくれよ」

 私はいつの間にか眼の前の中二病にワクワクしていた。
 そいつは両腕を眼前でクロスさせると、ばっと下向きに開き、こちらを一睨みすると、指を指して口を開く。

「貴様…警察だろう、階級は…警部」
「…当たりだな」
「ふぅハハハハ!!!どうだ!『終末覇龍 インフェルノバハムート』の前には、幾ら警察と言えど手も足も出ないのだ!アッハッハッハッ!」
「…じゃあ何の事件を捜査しているが当てて見てくれよ、終末の覇龍さん」
「『終末覇龍 インフェルノバハムート』だ!良かろう…奥義の前には無力である事を思い知らせてやる!」

 そうしてさっきと同じ様にポーズを取ると、同じ様に一睨みして指を指す。

「貴様が捜査しているのは…殺人事件!殺人事件だ!」

 …流石にさっきのはマグレのようだ、ご存知の通り、捜査はほぼ終わっており、それも自殺である、まぁ中二病なんてこんなものか。
 そんな事を考えていると、一本の電話が入る、例の洸平だ。

「もしもし?私だ」
「今までどこ行ってたんですか!?仕事に戻ってください!」
「別にそこまでじゃなかっただろう?」
「そこまでどころじゃないんです!遺体の鑑定の結果、死因は絞首による窒息じゃありません!毒殺です!これは殺人事件なんです!」
「なっ!?なんだって!?」

 事件の急展開に思わず声を荒げてしまった、近くに民間人が居るというのに。
 振り向くと、そいつは腕を組んでこちらをニヤリと笑っている。

「どうやら…当たりのようだな」
「成る程ねぇ…何時から知っていた?」
「我が右腕に封印されし邪龍…『終末覇龍 インフェルノバハムート』に不可能はない…何、考えを改めるのなら特別に許してやろう」
「そうか…折角だからついてきてもらおうじゃないか、終末の覇龍さん!」
「だから『終末覇龍 インフェルノバハムート』だと言っているだろ!」

 件の豪邸に例の中二病を連れてきた。
 既に危険表示バリケードテープが貼られており、幾つか野次馬も見に来ている。

「比屋定さ~ん!」洸平が駆け足で寄ってきた。「どこほっつき歩いていたんですか!?こんな大事な時に!?」
「悪い悪い、取り敢えず中に入れてくれ、事件の詳細はそこで聞こう」
「…調子の良い人ですね」

 そうしてバリケードテープを跨ぎ、事件現場へと進んでいく。
 案の定例の中二病も、至極当然のように続いていく。
 事件現場の書斎には、既に遺体は運ばれており、それ以外がさっき見たままの状態になっていた。

「それで?使われた毒は?」
「テトロドトキシン…所謂フグ毒ですね」
「フグ毒…おもっきし無味無臭の奴だな、よし容疑者がいる所に連れてってくれ」
「了解です」

 洸平に付いて行った先はかなり広いリビングルームだった。
 そこにスーツ姿の警官数名を除き、4人の男女がソファに座っていた。

「彼等が、事件の容疑者?」
「そう言うことです、すいません!事情聴取の為、お名前とご職業を教えて頂いても宜しいでしょうか」

「はい、私は雨宮梨香です、昔から病弱なので仕事はしていません…」
 雨宮梨香、短髪で色白、少々おどおどしている様に見える所から決して活発な人では無いという印象を与える女性と言った所か。

「えっと…秋口寮っす、大学生っすけどここでは教授の助手やらせて貰ってまっす」
 秋口寮、梨香と違って色黒の金髪、パリピの擬人化かって位、絵に書いたようなDQNに見える。

「あたいは倉瀬美曹ってんだ、ここで家政婦として働いてる」
 倉瀬美曹、微妙に長めな短髪の、ちょっとガタイの良い女性という印象、身長はこの中では一番高い。

「私は星川賢三、ここで生物学の研究と大学教授をしております」
 星川賢三、髪はフサフサだか全て白髪になっており、顔には少々シワがあるが至って健康優良なおじさんって感じ。

「身元確認よし、後はー」
「あのー、一つ質問宜しいでしょうか?」雨宮が申し訳なさそうに手を上げる。
「どうかしましたか?」
「そちらで壁にもたれかかっている方は、一体?」

 示した手の先に、例の中二病が「クックックッ…」と笑っている。

「俺が見えるとは…余程卓越した邪眼…いやコレが天才と呼ばれる奴か…」
 何かぶつぶつ言いながら、持っているノートを無駄ペラペラ捲りながら歩いてくる。
 そしてそいつは「パンッ!」と勢い良くノートを閉じると両腕を交差させ、その間から覗くようにポーズを取ると、自身の事を高らかに叫ぶ。

「俺は刹那の悪魔と契約し!この世界に混沌を齎す者!『アルギュロス・エクリクシス』!…この世界では、『相澤京介』と呼ばれている」

 誰一人として、開けた口を塞げなかった、いや、ここまで突き抜けた中二病を見て、ツッコミをいれる方が無理な話であるが。
 私はこの静寂に耐え切れず、吹き出していた。

「…えぇっと…あるぎゅ…なんだっけ?…すいませんもっかい名前をー」
「無理すんな洸平、んて?白銀の爆発様は何をしてらっしゃるのかしら?売れない芸人?」私は茶化す様に聞いた。
「誰が芸人だ!というか勝手に和訳するな!」当然かれは私に指差し怒った「ふん、今は『相澤京介』として竜海中に潜伏している、来たるべき決戦に備えてなぁ!」
「成る程、中学生にしてもう芸人として修行中な訳か…もっとネタはしっかり詰めないとダメじゃない?」
「違ーう!」

 相澤と漫才じみた事をしていると、苦笑いで洸平が聞いてくる。

「えっと…彼は何なんです?殺人現場に一般人は入れちゃダメのハズなんですけど…」
「あぁ、彼は一般人じゃないよ、君らと同じ、この事件の容疑者だよ」
「えっ」「えっ?」「えっ?」「えっ?」「えっ?」「えっ?」「えっ?」

 皆鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をしている、相澤に関しては今にも顎が外れそうなくらいオーバーに驚いていた。

「どういう事だ!?話が違うぞ!?」相澤は私の肩を叩いて詰め寄ってくる。
「何も違くないよ、さっきアンタは「私は殺人事件を捜査している」と言ったでしょう?」
「それは確かに言ったが…だから何だと言うのだ!?」
「あの時はまだ「自殺」で処理されるハズだった…でもアンタはコレが殺人事件だと言い当てた…つまりアンタはコレが殺人事件だと「知っていた」事になる…コレって十分容疑者として上がる要素にならない?」
「たったそれだけで!?」
「事件を知る為には犯人でしか基本なり得ない訳だから…このままだと逮捕されちゃうんじゃない?」手錠をクルクル回しながら挑発してみる。
「ぐぬぬ…そんなに封印されし邪龍『終末覇龍 インフェルノバハムート』の力を借りたいのならそういえ!契約だ!」
「OK、覇龍様の力、見せてもらおうじゃん」

 相澤の右手の包帯が勢い良く外され、タトゥーシールまみれの腕が露わになる。
 コレがアイツ流の本気の出し方らしい。

「兎に角アリバイだ!情報無くしてファイティングポーズは取れん!」

 ざっとアリバイを確認しても、遺体発見以前はずっと家にいて、互いに互いが居た事も認知しており、今日の朝から今までに殺害するタイミングは正直無い。
 隣で相澤は頭を抱えていた。

「流石に家の中だと殆ど誰かは誰かと会っている状況が出来てるな」
「ええい!こうなったら現場を洗い浚い調べ尽くしてくれる!」

 ダッシュで事件現場に向かった相澤は、勢い良く扉を開いた。
 1階から2階まで吹き抜けになった構造で、2階部分にある入口から部屋の中の階段を下る事で1階部分に降りる構造になっている。
 書斎というだけあって、所狭しと本と本棚があり、2階部分の本棚へ手を伸ばすためのゴンドラが左右2つもある。
 金かかってんなぁ~。

「男が吊っていたロープがコレか」
「あんまり触るなよ~」

 相澤が天井から吊るされたロープを見上げる。
 見上げてみると、天井付近に一本の太い小屋梁が貫いていて、それにロープが結ばれていた。

「しっかしなんとまぁあんな所にどうやって…」
「ゴンドラを使ったんじゃないか?最大まで持ち上げてもらって、そこから攀じ登れば行けるだろ…で?コイツはどうすれば動く?」ゴンドラに近づいた相澤は、それを覗き込んでゴンドラを動かす手段を探している。

「あぁ、ゴンドラを動かすにはここの壁に取り付けてある鉄の箱の中にリモコンがあるので、それで動かすんです」

 雨宮が優しく透き通る声で教えてくれる。
 それを聞いた途端、相澤は鉄の箱をガチャガチャと開けようとするも、鍵がかかっているため苦戦している。

「おのれ!この俺を拒むとは!」
「そう横着するなよ、鍵ならこの引き出しの中に…あれ!?鍵が無い!?」

 苦戦する相澤を見かねた倉瀬が鍵を取り出そうとするも、鍵は何処かへと無くなってしまっている。

「馬鹿な!?何処に落とした!?」
「んなこと聞かれても知らないよ!?」
「…はぁ…兎に角、この体たらくじゃゴンドラは動かせそうにないね」

 捜査のついでに探してみるも、一行に見つかる気配が無い、ついでに秘密の通路も。

「はぁ…はぁ…こんなに探して手掛かり無しか!?」相澤は汗だくで息も絶え絶えになっていた。
「この人数で探して無いんじゃこりゃ望み薄だな…だが」
「ゴンドラが使えんならどうやってあそこまで登ったか…だな」

 珍しく私と相澤の考えが一致した。
 ぶっちゃけ外から屋根に登り、穴を開けて侵入するっていう手段が無い訳でもない。
 しかし隣人からの取り調べでは特に目立った変化は見受けられず、至って日常的だという。

「…さしずめ、『天空の密室』…と言った所か」
「カッコつけてないでちゃんと頭使いなさいよ~」

 凶器として使われたフグ毒は何処から持ち込まれたのか調べるため、この豪邸の一室に構えた研究室に入る。
 中は少し狭い理科室みたいな感じで、試験管やフラスコなど、様々な実験器具が机の上や戸棚の中に沢山ある。
 …どちらかと言うと化学室じゃね?

「おっ!金庫があるではないか!中身は何だ?」相澤が勝手に戸棚下の引き戸を開けたらしい。
「あぁ、その中にはフグの解剖で取れたテトロドトキシンを保管しているんだよ、ちゃんと許可も取ってある」
「へ~、テトロドトキシンが入ってんのか…あれ?」

 確かテトロドトキシンは被害者の体内から検出されている…つまりこの金庫を開けられる人間が犯人なのでは?

「…どうやら、間抜けな犯人が見つかったようだなぁ!」気付いた相澤は高らかに叫んだ。
「ちょ!?待つっすよ!?ちゃぁんと保管してあるから使われているハズが…あれ!?」

 秋口が急いで金庫を開けるも、中身はもぬけの殻だった。
 順当に考えれば、犯行に及んだ犯人が、使ってそのまま何処かへ捨てた事になる。

「待って下さい!私達はフグ毒をしまって以来ここ数ヶ月金庫を開けてないんだ!」
「そうっすよ!あんなやべぇもんに手を出すなんてありえねぇっす!そもそも俺達に小太郎サンを殺す理由がねぇ!」
「犯人はみぃ~んなそう言うんだよ」

 雨宮小太郎、この事件の被害者は資産家だった、金のための殺人は珍しく無いが、通帳の場所を知らなければ殺害の動機としては薄い…。

「あのー…」雨宮が大人しく主張する。「金庫の暗証番号自体は皆知ってるはずです」
「へぇ…それまた何で?」
「生前夫がその金庫を自慢していました、何も『絶対に壊されない金庫』何だとか…」

 つまり金庫を開けるだけなら、住人ならば誰で出来るらしい。
 私は相澤と廊下に出た後、捜査の進捗を聞いたが、特に進んでいる様子はなかった。

「後は動機があれば完璧何だがなぁ…白銀様はどう思う?」私は少しからかい気味に投げかけた。
「『アルギュロス・エクリクシス』だ!俺もそいつ等が犯人だと思うが、イマイチ納得がいかん」
「納得?」
「そうだろう!?奴らはどうして被害者を『吊った』のだ!?あれにはまるで理由が無いではないか!?」
「理由なら単純に自殺に見せかけたかったんじゃないの?」
「そんな簡単な話とは思えんが…仕方無い」相澤は徐ろに持っていたノートを開き、開いてるページに事件の情報を書き込んでいく。
「いいのかよ?大事なノートじゃないの?」
「殺人事件はある種世界の裏側のようなものだろう」相澤はノートに色々書いては消してを繰り返す。「ええい書きづらい!何か机はないか!?」
「机なら書斎の所にあるよ」

 相澤は書斎に移動し、また書いては消してを繰り返す。
 そんな相澤を横目に現場を散策していると、一枚の立てかけられた写真が目に入る。
 雨宮梨香が写っており、写真立ての裏側には、頭文字と誕生日と黒ペンで書いてある。

「なんだそれは?写真立てか?」

 いつの間にか近くに相澤がしゃがみこんでいた。
 こういうのは大体何かの暗号だ、何となく下の段にある英語で書かれた本に手を伸ばすと、頭文字がAの本とLの本が沈み込む様になっていた。

「…隠し扉か!」
「中身は分かんないけど、動機としては『アリ』なんじゃないかな」
「それは…どういう事だ?」
「こういうのは大体ヘソクリでしょ、犯人はそれに気付いて、お金欲しさに犯行に及んだ…ね?動機としては自然でしょ?」
「成る程…自然…つまり日常か…」

 徐ろに顎を引いて手を当てる相澤、途端に立ち上がると天井からぶら下がるロープを見上げた。

「…比屋定といったか」
「応、どったの?」
「ゴンドラがなっていたのはいつだ!こんなデカいのが動いたらそれなりの騒音が鳴り響くハズだ!出来るだけ正確な頻度を知りたい!」
「いやちょっと待てよ、何の話だ?」

 急にグイグイ来る相澤に、私は少し尻込みしてしまう。
 答えにどもっていると、相澤は部屋を飛び出し廊下を走り抜けていく。

「貴様らぁ!ゴンドラが動く頻度はどんくらいだぁ!?」
「えっ!?えっと…その…」
「知っているのだな!?早く答えろ!」

 リビングルームに突撃した相澤は、雨宮の肩を掴んでブンブン振り回す。
 慌てて静止に入るも、留まることを知らない程大暴れだった。

「ええい離せ!コレは事件を解くには必要不可欠なのだ!分かるだろ!?」
「んな急に言われても困るって!取り敢えず落ち着け!雨宮さんも応えづらいだろ!」
「確かに」
「急に落ち着くな」

 リビングルームに静寂が訪れると、ゆっくりと、しかし確かに雨宮が語る。

「…ゴンドラが動く頻度としては結構あります、夫は本を読んだり集めたりするのが趣味だと言っていたので、昼はいつも動いてて、夜でもたまに動く音が聞こえる位です」
「つまりゴンドラが動く音がするのは日常なんだな?」
「はい、そういう事になります」

 雨宮がそう答えると…少しの静寂の後、相澤の肩が揺れ、どんどん大きくなっていく、急に跪いたかと思うと、勢い良くノートを開いてシャーペンでグチャグチャに何かを書いていく。

「フウゥハッハッハッハッ!俺の12階暗黒術式第1奥義『ブラッディーイビルアイズ』は遂に「全て」を見出したぞぉ!」

 相澤…いや…『アルギュロス・エクリクシス』は、盛大に右腕を上げ、指パッチンをしたかと思いきや、高らかに犯人特定を宣言した。

「貴様等全員書斎に来い!そこで「最後の晩餐」を食らおうではないか!」

 指パッチンをする『アルギュロス』に連れられ、容疑者全員と幾人かの警官が書斎に集められる、そいつはここで事件の推理を発表する魂胆が見えた。

「それで、一体犯人は誰なんですか!?」焦った洸平は相澤に聞く。
「犯人…いや、『闇のに誘われし者』は誰か…それは後だ」彼の指パッチンが響く。
「後ぉ!?何でなんですか!?」
「そう焦るな、折角の『フルコース』…いきなり『メインディッシュ』に手を付けるのは『シェフ』に対する冒涜よ」

 指パッチンをする『アルギュロス』は鼻につく態度で言う、それ程までに推理に自信があるらしい。

「先ずは『前菜』…「何故『闇に誘われし者』はわざわざ絞首を選んだのか」だ」
「そりゃ簡単でしょ、自殺に見せかけたかったからですよね?」
「洸平~、貴様が言っている事は焼きそばにキャビアをかけてA級グルメと言い張っているのと同じ事よ」
「そ…そこまで言いますか…」
「まぁ事実自殺に見せかける為にやったのは間違い無い、しかしそれ「だけ」ならば一つの疑問が出てくる」
「疑問?」
「そう、「自」らを「殺」すと書いて自殺だ、手首を切るにしろ、銃で撃ち抜くにしろ、もっと楽なやり方があったハズだ、それこそ上へ登ったのならそのまま落ちたほうが手っ取り早い」また指パッチンをかます。
「じゃあ一体何のために!?」
「このまま食ってやっても構わんが、『スープ』を先に頂くとしよう…」
「あ!「どうやって上に上がったか」ですね!」
「違ーう、貴様は食前に注がれた水を料理とカウントするのかね?」
「え!?それ結構重要じやないんですか!?」
「そんなものは当に取るに足らぬ代物よ…しかし次の料理を食らうにも口直しは必要か…まぁ至極単純、ずっと目の前に合った物よ」

 そう言って『アルギュロス』は指パッチンをした後ゴンドラの方へ歩いていく。

「…まさか、それを使ったなんて言うんじゃ無いでしょうねぇ?」
「当然、奴はこの「ゴンドラ」を使ったのさ、な?取るに足らん正しく水よ」『アルギュロス』はゴンドラの柵をコンコン軽く叩く。
「何言ってるんですか!?鍵が無いとリモコンが取れないから動かせないんですよ!?」
「焦るな洸平、それこそ正しく『スープ』「鍵を何処に隠したか」だ」彼指パッチンが炸裂する。
「鍵を…何処に…?」
「無くしたんじゃなかったっけ?」私は『アルギュロス』に頬杖をつきながら聞いた。
「ダウト、それこそシェフの隠し味だ、『闇に誘われし者』は常人には到底見つけられぬ場所に鍵を隠したのだ」彼の指パッチンが響く「絶対に見つからないと自負しているんだ、故に堂々と隠し味を仕組んだ」
「じゃあ聞かせてもらおう、鍵は何処に有るのかしら?」この質問に『アルギュロス』は指パッチンして答える。
「無論、『パンドラの箱』の中よ…」
「…お楽しみの所悪いんだけど、そう言って誤魔化すのは姉さん良くないと思うな」
「ごまかしてなどいない!…安心したまえ、俺の12階暗黒術式第3奥義『インビジブルバスタード』を持ってすれば、『パンドラの箱』とてなすがままよ」

 そう言って『アルギュロス』は、筆箱から市販で売られている定規を取り出した。

「12階暗黒術式第3奥義は文房具屋さんで覚えられんの?」
「まさか、これは俺直々に12階暗黒術式第3奥義に耐え得るよう仕込んだ専用の代物よ、まぁ見てろ」

 そうしてぶつぶつ何かを口に出す『アルギュロス』、暫くして「『インビジブルバスタード』!」と叫ぶと、特に変化が見られない定規が掲げられた。

「…で?それがなんだって?」
「貴様等にはまだ見えんか…まぁ魔力のない者に感知出来るハズもない…コイツでスープをさらげてやろうではないか!」そう言って『アルギュロス』は鉄の箱に向かった。「…人の夢、人の業、その全てを飲み込みし『パンドラの箱』よ、今ここに封印を解き、我が眼前に強欲を晒し給え!『エターナル・アディショナル・ブレード』!」そう叫び、鉄の箱の合間に定規を刺し、思い切り上へ持ち上げる。

 すると鉄の箱からカチャンと鍵が開く音がした、同時に指パッチンの音も。
 気になって近くへ寄ってみると、そこに入っていたのは2つのリモコン…そしてタグ付きの小さな鍵が入っており、タグには「ゴンドラ」と書かれていた。

「…こりゃあ確かに『パンドラの箱』だわ、コイツが中に入ってるんだもの」

 私は集まってる向こう側に、中に入っていたタグ付きの小さな鍵を晒した。

「嘘!?その中に入っていたのですか!?」
「そんな!?一体誰が!?どうやって!?」
「それは当然『闇に誘われし者』よ、それ以外はあり得ん、適当に扉が開いたまま紐をかけて鍵を開け、扉を閉めた後紐をグイッて引っ張って鍵をかけたのだろう…まあコレも幕間に注がれた水よ」ここぞとばかりに指パッチンして「ではここで前菜をさらげてしまおう!行くぞ比屋定!」

 そうして私は、『アルギュロス』に連れられ、ゴンドラで小屋梁近くまで運ばれていく。

「さぁ登ると良い、そこに家主の魂を食らう死神がいる…」指パッチンで小屋梁に指を指す。
「要は凶器でしょ、まぁ登るけど」

 登ってみたが配線の一本も上には無かった、だがその場所から振り向くと、ガラスの小瓶が捨て置かれている、拾ってみると小瓶のラベルにはテトロドトキシンの文字があった。

「へ~、最近の死神様はコンパクトなんだね、ご丁寧にテトロドトキシンって書いてあるよ!」
「それって俺等が無くしてたやつじゃねえか!?」
「成る程!凶器を隠すついでにロープで自殺に見せかけたのか!」
「奴も思いついた時は楽しかったろうよ…これ程までの一石二鳥は早々無い」指パッチンを鳴らしながら、ゴンドラで降りていく「さて…前菜とスープでも中々楽しめたが…そろそろ『メインディッシュ』に入ろうではないか!」
「「犯人は誰なのか」…それが遂に明かされる…!」

 誰もが息を呑み、真剣な眼差しで『アルギュロス』を見る。
『アルギュロス』は蹴り上げるように音を鳴らして歩いていき、その眼差しは獲物を吟味する貴族の様。
 ふと一人の背後で止まり、高らかに指パッチンを鳴らした。






「…『闇に誘われし者』…それは貴様だ





 Ms.美曹」







「なっ…!?何いってんだ!?ふざけんな!そんな事を言われる筋合いはない!」

 倉瀬は『アルギュロス』に向かって罵詈雑言を浴びせる、まぁ気持ちは分からなくもない。

「…取り敢えず推理を聞かせてもらおうか」私は手錠をクルクル回しながら問う。
「推理か…早い話が消去法よ、美曹以外に犯行に及べる奴が居なかっただけだ」指パッチンでカッコつけた。
「消去法…!?そんなんでアタシを犯人と決めつけたのか!?」
「当たり前だ!先ず使われた凶器は「瓶に入ったフグ毒」だ、これは金庫の中に入っていた、つまり外部の他人が犯人では無いのは明らかだ!そして鉄の箱についても、やってる事は単純だが余程仕組みを理解していなければ思いもつかぬ芸当よ!そもそも毒をどうやって飲ませたか分かっていない!それは貴様が毒を飲ませた後、他の洗い物と一緒に毒を洗い流したからだ!」指パッチンが炸裂する。
「洗い流しただと!?そんな事していたら死んでいる事がバレるだろうが!」
「いいやバレない!何故なら凶器を隠したり、自殺に見せかけるのにゴンドラを使ったからだ!この家には日常的にゴンドラの起動音が鳴り響いている!雨宮やその他連中はそれを聞いて「小太郎は生きている」と錯覚したのだ!」また指パッチンが鳴る。
「アタシにはアリバイがある!雨宮さん!アタシはいつも貴方と一緒にいたはずだ!」
「それはそうなんですけど…」
「それも簡単に崩せる!毒を飲ませる所から自殺に見せかけるのを昨日の夜に済ませたのだ!ゴンドラは夜でも偶に動くからな、一往復程度ならむしろ起きて本を読んでいる位にしか感じなかったハズだ!それなら朝飯食いに来なくても寝てると錯覚して疑わない!貴様は部屋から持ってきた毒入りのカップなりを持ち出して他の朝食に使用した食器と一緒に洗った!これならどれだけ一緒にいても関係ない!」更に指パッチンが鳴り響く。
「その理屈は可笑しいだろ!」
「いいか!?前提条件としてこの家の住人は誰一人としてそいつ等の行動に疑問を抱いていないんだ!それは何故か!貴様や住人の行動一つ一つは日常の中で繰り返されてきた物だからだ!毒を盗む時も、部屋の掃除をするからと言って研究員二人を部屋から追い出し、一人になった時に金庫を開けて堂々と盗み出した!事実この瓶は元々研究室にあったものだと、犯行に使われた物だと、状況が示している!」高らかに指パッチンを鳴らし、『アルギュロス』は叫んだ「そこで貴様に問おう!日常的に書斎と研究室の隅々を見れて、日常的に皿を洗い、日常的に主人に飯を食わせた奴が、貴様以外に誰がいる!?」

 面食らった倉瀬は、萎むように跪く。
『アルギュロス』の鬼神の如き勢いに、私は気圧されていた。

「…ぅキだ…」
「…何だと?」
「…動機だ…アタシには動機がない…!動機が無いのに…主人を殺す必要は無い!」
「ふん、シェフのクセに『デザート』を所望するか…まぁ軽くさらげてやろう」

 そうして指パッチンした『アルギュロス』は、例の隠し扉があった場所へ向かう。

「雨宮…貴様の旧姓は?」
「…はい?」
「旧姓だ、AとLだけでは足らんらしい、結婚した以上名字が変わっている筈だ」
「…木枯です」
「木枯…つまりKか!」

『アルギュロス』はオーバーに頭文字がKの本を押す。
 そうした途端隠し扉が開き、暗証番号タイプの金庫が現れる、ついでに指パッチンが鳴る。

「やっぱり金庫か…暗証番号タイプで「誕生日」なら…雨宮さんの誕生日っていくつ?」
「えっと…11月8日です」
「11月8日…1108だな」

 暗証番号な1108を入力すると、OPENの文字が現れる、同時にカチャリと音がして、扉が開くようになった。
 開けてみると大量の通帳が出てきた。
 その殆どが1000万円の預金が入っていた。

「ワーオ!金持ってると思ったけどここまでとは!」
「…だから何だよ!アタシと何が関係してるんだよ!」
「してるもなにもこれこそ犯行の動機だろ、貴様はこれを盗むのに邪魔だから小太郎を消したんだ」金庫の通帳を手に取り、ひらひらと見せびらかす。
「違う…アタシなそんなの知らない!」
「いいや知っていた、ゴンドラの鍵を鉄の箱に仕舞えると思いついた女だ、掃除をしていくうちにこの隠し扉の存在に気付いたのだろう、それこそ偶然かもしれんがな、残っていると言うことは、喪中だかなんかの時に人がいないタイミングを見計らって凶器と一緒に回収する腹づもりだったのだろうなぁ」そう言って『アルギュロス』は、ずんずんと倉瀬を追い詰めていく。
「…ひっ!?」
「デザートも食い尽くしたぞ…これでもまだ足りんと申すか?なら次は何だ?秋口は実は潔癖症であることに賭けるか?なら何で日常的に手を洗わんのだ?毒を洗い流す絶好の設定だそ?それとも雨宮から毒霧が出てくるのか?そんな事したら貴様も漏れなく毒霧の餌食じゃないか?さぁひっくり返して魅せろ、足掻いてみせろよ、貴様の作るフルコースがこの程度ではないと立ち上がれ、hurry!hurry!hurry!hurry!hurry!hurry!hurry!」

 倉瀬に立ちはだかり、手を叩くリズムに合わせて彼女を急かす。
 倉瀬は徐ろに立ち上がり、『アルギュロス』を睨みつける。

「お前のせいだ…!お前が居なけりゃ全部アタシのモノになったんだ…!お前さえ居なけりゃ!」
「やめろ!」

『アルギュロス』に襲いかかる倉瀬、しかし周りに居た警官達に呆気なく拘束されてしまった。

「ふん…所詮『闇に誘われし者』…目先の誘惑に耐え切れず、稚拙な打算で人を殺めた、醜い獣に過ぎんという訳か…」

 パトカーに無理矢理乗せられる倉瀬を見て、私はこの事件が幕を下ろした事を実感した。

 あれから翌日、私はいつもの書類の山とにらめっこしていた。
 とはいえ昨日の興奮が鳴り止まず、いつもより多くの書類をさばけた。

「今日は上機嫌みたいですね、いつもそうなら良いのに」洸平が言った。
「アイツの大立ち回りを見て楽しかったからな、一本の映画を見た気分だ」
「彼…何者だったんでしょうね?中二病ではあるんですが、そうだと一括りにするにはあまりにも…」
「アイツは中二病だよ、やる時はやるだけで」

 今日の番も終わり、折角なのでアイツと出会った公園に寄る。
 しかし、いくつか遊具があるばかりで、人っ子一人いる気配は無かった。

「流石にアイツは来てないか…」

 帰ろうと身を翻したその時、ブレイブボードに乗ったアイツが、颯爽とこの公園にやって来た。

「今日は珍しいモンに乗ってきたんだな」
「昨日の雨宮っやつから投資されてな、殆どは母に貯金させられたが、「頑張りに免じて一つ好きなの買って良い」との事だから、この俺の新たなる相棒『開闢凰龍 エンシェントファブニール』を手に入れた訳だ」
「…ぶふっ!相ちゃんはいつもそんな感じなんだな!」
「なっ…!?誰が相ちゃんだ!ちゃんと『アルギュロス・エクリクシス』と喚べ!」

 柄にもなく相澤と追いかけっ子をする私、そんな二人を夕焼けは優しく照らしていた。
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