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選抜試験編
第11話 リベラメンテ
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エドは悪戯っぽい笑みを浮かべると、小さな球体を鞄から取り出して僕の目の前に突き出した。手のひらサイズのそれは、澄んだ赤色のグラデーションを帯びていて不思議な淡い光を放っていた。
「これはリベラメンテという宝石なんだ。魔法を込めることができて、そのエレメントの色に変化する。火のエレメントなら赤、青いエレメントなら青といった次第にな。それを使えばたとえ魔法が使えない者でも、素質さえあれば簡単に魔法が使えるようになるんだ」
エドの後ろにいたオーケ先生が説明してくれたが、何がなんだかさっぱりわからない。マリーの顔を見ると、うんうんとうなずいていたので特別珍しいものではないようだ。
「試してみないとわかんねーよな! オーケ先生!」
エドが後ろを向いてオーケ先生を呼ぶと、オーケ先生は背負っていた深紅のヴァイオリンケースを芝生の上に置いてふたを開けた。中から出てきたのは銀色に輝く細身の剣。
「なんで、ヴァイオリンケースに入れてんすか」
「いやぁ、他に適当なものがなくて。カロリーナ様から急に言われたもんだから」
ポリポリと、もじゃもじゃの頭を掻くオーケ先生は、扱いに慣れていないのか慎重な手付きでその剣を手に取りエドに渡した。
エドは曲芸のようにくるくると剣を回したと思ったら、その切っ先を僕の体に向ける。
「やめろ、あぶねーだろ!」
「やっぱり、お前も剣は使ったことがないんだな」
もちろんだ。オモチャの剣かせいぜい包丁くらいしか持ったことがない。
剣を下ろすと、エドは柄の部分を注目させるようにわざと高く掲げた。
「ここに溝があるだろ」
指を差したところを見ると、確かに謎の穴が開いてる。よく見るとそれは球状でリベラメンテとやらが上手く合いそうだった。
「わかったと思うが、ここにリベラメンテを入れる」
見る角度によって色味を変えるその宝石が、かっちりと収まると、刀身に宝石の色と同じ赤色の光が宿る。白銀と組み合わさったその赤は、とても美麗な光を放っていた。その剣をフェンシングのように空中に突き刺すと──。
真っ赤な炎が、いや僕の背丈の2倍はあろうかという火焔が一瞬にして発生し、まるで空気に溶けていくように消滅した。
「な! すげぇだろ!」
エドは驚いて声も出ない僕の手に剣を渡した。じんわりと熱いそれは、今さっき見たものがイリュージョンなどではなく現実だと教えてくれた。
「い、今みたいに突けばいいのか?」
「うわっと、あぶねぇ! こっちに刃先向けんな!」
慌てて僕の後ろに回り込んだエドが僕の体を動かし、誰もいない方向に剣を向け、ついでに剣の持ち方も教えてくれた。
「お前、意外に面倒見がいいんだな」
エドは眉をしかめ、あからさまに嫌そうな顔をする。
「だから、男にほめられたって気持ち悪いだけだって! お前がカロリーナ様ならもっと丁寧に教えているけどな! まあ、カロリーナ様は剣術もたしなんでいるから、教えることなんてなんにもないけど」
「とにかくこれで突けば魔法が──」
「──ああ、発動する」
「魔法のイメージは」
「とりあえず必要ない」
「よし、わかった」
大きく息を吸って、柄を持つ手に力を込める。これで魔法が使える──という期待感よりも、もしこれでも失敗したらどうしようという不安の方が大きかった。一度もまともな魔法を出現させたことのない自分が、成功させるイメージがどうしてもわかなかった。
目を瞑り、もう一度深く息を吸う。正確に3拍数え、目を開けると同時に思い切り何もない空中を一突きする。
急に目の前が真っ赤に染まった。色鮮やかな紅蓮の炎の塊が高速で回転し、膨張を続ける。
やった、魔法ができた……というよりもこれは。
「あっつ!」
触れていないのに、熱々のやかんを素手でさわったようにものすごく熱かった。え? いや、さっきすぐ消えなかったっけ?
「何やってんだ! 早く魔法を消せ! 火!」
「いや、消せって言われても」
と返している間にも火球はどんどん膨れ上がっていく。見上げると、有に10メートルを超えるほどの火柱のようになっていた。
「やばっ、先生! 楽器は!
音楽魔法ならあんな火すぐに消せるんじゃ!」
焦ったエドがオーケ先生に助けを求めた。早くなんとかしないと、収拾がつかなくなる。
「手元にない! 演習室に行けばあるがピアノをここまで持ち運ぶのは──」
なおも火柱は大きくなり、校舎をゆうに超える高さになってしまった。比例するように熱さもぐんぐんと上昇していく。
「おいっ! 誰か水魔法使えるやつはいねぇのか! そこのヴァイオリン! フルートでもいい!」
エドに言われて、傍観していた周りの学生たちも動き始めた。すぐに演奏が始まり、水流が勢いよく噴き上がり、火柱の周りを取り囲むも、強過ぎる炎には歯が立たず次々と蒸発していく。
「待ってろ! ハルト! 今、なんとかしてピアノを持ってくる! オーケ先生!」
「くっ、ダメだもう限界──」
手が剣から離れようとしたそのとき、冷水が僕の両手を覆った。
冷水ではなかった。それは、マリーの両手だった。けど、この冷たさは?
マリーは柄に埋め込まれたリベラメンテを凝視して、僕の手に力を込めた。
真っ赤だった球体に微かに青色が混じる。それは時間を経るごとに増えていき、ちょうど赤と青が半分くらいの量になると、火柱の勢いが急速に弱まった。
「そうか、マリー様が水エレメントを注入して相殺してるんだ! ハルト!! イメージしろ! 火のエレメントと水のエレメントをちょうど同じ量にするんだ!」
エドが叫んで指示を出すが、魔法なんて初めて使ったんだ。どうやったらいいかわからない。
「音の粒を揃えるのと一緒! 毎日の練習を思い出して!」
オーケ先生! 音の粒を揃える。つまり、大きさや長さを一定に保つ……。
そのときだった。頭の中にメロディが流れた。聞き覚えのあるそれは情景をも浮かび上がらせる。
そうだ、これは……青色の、マリーの演奏。
途端に火が弱まり、かわりに水しぶきが空中を舞った。
「水の力が強すぎる! 火を大きくしろ!」
火。火の演奏と言えばカロリナ。教会でのカロリナの音を思い浮かべる。
今度は再び火の勢いが増していく。ああ、ダメだ──だったら。
僕は目を閉ざした。
『魔法はとにかくイメージが重要なんです!』──ヒルダ先生の言葉が甦る。
そう。魔法のコントロールにはイメージが最も大切。
だからまずは、マリーの演奏を頭の中で奏でた。次に後を追いかけるようにカロリナの演奏を走らせる。二人の演奏が、二人の音が、同時に頭の中で鳴り響いた。
目を開けると、火も水も消えて白い水蒸気が剣の尖端を漂っているだけだった。無事、消滅できたんだ。
「やった! やったぜハルト!!」
エドとオーケ先生が駆け寄ってきた。肩を叩いてきたエドに剣を渡すと、急に全身の力がなくなり目の前の光景が歪んだ。
「……あっ、ダメ!」
ぐらっと揺れる景色の中でマリーの声が聞こえたような気がした。
「これはリベラメンテという宝石なんだ。魔法を込めることができて、そのエレメントの色に変化する。火のエレメントなら赤、青いエレメントなら青といった次第にな。それを使えばたとえ魔法が使えない者でも、素質さえあれば簡単に魔法が使えるようになるんだ」
エドの後ろにいたオーケ先生が説明してくれたが、何がなんだかさっぱりわからない。マリーの顔を見ると、うんうんとうなずいていたので特別珍しいものではないようだ。
「試してみないとわかんねーよな! オーケ先生!」
エドが後ろを向いてオーケ先生を呼ぶと、オーケ先生は背負っていた深紅のヴァイオリンケースを芝生の上に置いてふたを開けた。中から出てきたのは銀色に輝く細身の剣。
「なんで、ヴァイオリンケースに入れてんすか」
「いやぁ、他に適当なものがなくて。カロリーナ様から急に言われたもんだから」
ポリポリと、もじゃもじゃの頭を掻くオーケ先生は、扱いに慣れていないのか慎重な手付きでその剣を手に取りエドに渡した。
エドは曲芸のようにくるくると剣を回したと思ったら、その切っ先を僕の体に向ける。
「やめろ、あぶねーだろ!」
「やっぱり、お前も剣は使ったことがないんだな」
もちろんだ。オモチャの剣かせいぜい包丁くらいしか持ったことがない。
剣を下ろすと、エドは柄の部分を注目させるようにわざと高く掲げた。
「ここに溝があるだろ」
指を差したところを見ると、確かに謎の穴が開いてる。よく見るとそれは球状でリベラメンテとやらが上手く合いそうだった。
「わかったと思うが、ここにリベラメンテを入れる」
見る角度によって色味を変えるその宝石が、かっちりと収まると、刀身に宝石の色と同じ赤色の光が宿る。白銀と組み合わさったその赤は、とても美麗な光を放っていた。その剣をフェンシングのように空中に突き刺すと──。
真っ赤な炎が、いや僕の背丈の2倍はあろうかという火焔が一瞬にして発生し、まるで空気に溶けていくように消滅した。
「な! すげぇだろ!」
エドは驚いて声も出ない僕の手に剣を渡した。じんわりと熱いそれは、今さっき見たものがイリュージョンなどではなく現実だと教えてくれた。
「い、今みたいに突けばいいのか?」
「うわっと、あぶねぇ! こっちに刃先向けんな!」
慌てて僕の後ろに回り込んだエドが僕の体を動かし、誰もいない方向に剣を向け、ついでに剣の持ち方も教えてくれた。
「お前、意外に面倒見がいいんだな」
エドは眉をしかめ、あからさまに嫌そうな顔をする。
「だから、男にほめられたって気持ち悪いだけだって! お前がカロリーナ様ならもっと丁寧に教えているけどな! まあ、カロリーナ様は剣術もたしなんでいるから、教えることなんてなんにもないけど」
「とにかくこれで突けば魔法が──」
「──ああ、発動する」
「魔法のイメージは」
「とりあえず必要ない」
「よし、わかった」
大きく息を吸って、柄を持つ手に力を込める。これで魔法が使える──という期待感よりも、もしこれでも失敗したらどうしようという不安の方が大きかった。一度もまともな魔法を出現させたことのない自分が、成功させるイメージがどうしてもわかなかった。
目を瞑り、もう一度深く息を吸う。正確に3拍数え、目を開けると同時に思い切り何もない空中を一突きする。
急に目の前が真っ赤に染まった。色鮮やかな紅蓮の炎の塊が高速で回転し、膨張を続ける。
やった、魔法ができた……というよりもこれは。
「あっつ!」
触れていないのに、熱々のやかんを素手でさわったようにものすごく熱かった。え? いや、さっきすぐ消えなかったっけ?
「何やってんだ! 早く魔法を消せ! 火!」
「いや、消せって言われても」
と返している間にも火球はどんどん膨れ上がっていく。見上げると、有に10メートルを超えるほどの火柱のようになっていた。
「やばっ、先生! 楽器は!
音楽魔法ならあんな火すぐに消せるんじゃ!」
焦ったエドがオーケ先生に助けを求めた。早くなんとかしないと、収拾がつかなくなる。
「手元にない! 演習室に行けばあるがピアノをここまで持ち運ぶのは──」
なおも火柱は大きくなり、校舎をゆうに超える高さになってしまった。比例するように熱さもぐんぐんと上昇していく。
「おいっ! 誰か水魔法使えるやつはいねぇのか! そこのヴァイオリン! フルートでもいい!」
エドに言われて、傍観していた周りの学生たちも動き始めた。すぐに演奏が始まり、水流が勢いよく噴き上がり、火柱の周りを取り囲むも、強過ぎる炎には歯が立たず次々と蒸発していく。
「待ってろ! ハルト! 今、なんとかしてピアノを持ってくる! オーケ先生!」
「くっ、ダメだもう限界──」
手が剣から離れようとしたそのとき、冷水が僕の両手を覆った。
冷水ではなかった。それは、マリーの両手だった。けど、この冷たさは?
マリーは柄に埋め込まれたリベラメンテを凝視して、僕の手に力を込めた。
真っ赤だった球体に微かに青色が混じる。それは時間を経るごとに増えていき、ちょうど赤と青が半分くらいの量になると、火柱の勢いが急速に弱まった。
「そうか、マリー様が水エレメントを注入して相殺してるんだ! ハルト!! イメージしろ! 火のエレメントと水のエレメントをちょうど同じ量にするんだ!」
エドが叫んで指示を出すが、魔法なんて初めて使ったんだ。どうやったらいいかわからない。
「音の粒を揃えるのと一緒! 毎日の練習を思い出して!」
オーケ先生! 音の粒を揃える。つまり、大きさや長さを一定に保つ……。
そのときだった。頭の中にメロディが流れた。聞き覚えのあるそれは情景をも浮かび上がらせる。
そうだ、これは……青色の、マリーの演奏。
途端に火が弱まり、かわりに水しぶきが空中を舞った。
「水の力が強すぎる! 火を大きくしろ!」
火。火の演奏と言えばカロリナ。教会でのカロリナの音を思い浮かべる。
今度は再び火の勢いが増していく。ああ、ダメだ──だったら。
僕は目を閉ざした。
『魔法はとにかくイメージが重要なんです!』──ヒルダ先生の言葉が甦る。
そう。魔法のコントロールにはイメージが最も大切。
だからまずは、マリーの演奏を頭の中で奏でた。次に後を追いかけるようにカロリナの演奏を走らせる。二人の演奏が、二人の音が、同時に頭の中で鳴り響いた。
目を開けると、火も水も消えて白い水蒸気が剣の尖端を漂っているだけだった。無事、消滅できたんだ。
「やった! やったぜハルト!!」
エドとオーケ先生が駆け寄ってきた。肩を叩いてきたエドに剣を渡すと、急に全身の力がなくなり目の前の光景が歪んだ。
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