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ギルド訪問編
第27話 眠り姫
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「私は、そのとき宮殿から離れていて、その現場を直接見ていないのだけれど、シグルド王子が駆け付けたのね」
「シグルド王子が?」
「ええ。王子の報告書によると、急に眩《まばゆ》いほどの青白い光が当時のマリーの部屋、今は倉庫になっている部屋から発せられたらしく、急いで王子が部屋を開けたときには、その、ハルトも聞いているでしょうけど凄惨な状況が広がっていたらしいわ。部屋にはマリーしか残されていなかったのだけど、のちの検証で血の海のなかにあった遺留品などから、当時少なくともマリーの他に3人の人間がいたことがわかったの」
「つまり、マリーを含めると少なくとも4人が部屋にいた?」
「ええ。そして、マリーは常に両親といたこと、遺留品のなかに王家の紋章──えっとユセフィナの女神と鷲の紋章ね。それが刻まれたナイフと小盾があったこと、そしてマリーが両親が目の前で死んだと話したことから、忍び込んだ敵と両親が戦っている間にどちらかの魔法で3人が亡くなったと判断されたのよ」
マリーが『両親が死んだ』と話しただって? マリーははっきり自分が殺したと言っていた。マリーの性格上そんな嘘をつくことはできないと思うんだが。
「でも、そうだとするとどっちかが自爆したことになるんじゃないか?」
「まあ、その可能性もあるわね」
カロリナはさらりと髪を払った。
「狭い室内だから、そのなかで強力な魔法を使えば身体が木っ端微塵になるほどの威力は生まれるわよね。戦いのなかで魔法が上手くコントロールできないことだって多いし。だけど、互いの魔法をぶつけ合った結果、相乗効果で制御できないほどの現象が出現した可能性もあるわ」
制御できないほどの現象、コントロールの効かない魔法、青白い光。
「とにかく、あの事件はマリーのせいで起きたんじゃないわ。旧王国軍とカールステッド家との戦いの末に起きたものであって、その意味では戦争のせいで起きたと言えるわね」
昨日の教会のできごとが思い出される。あのときも青白い光が起こって……だからむしろ、それはマリーの魔法が暴走したことによって生じた?
「カロリナはそれで、マリーを預かることにしたのか」
カロリナはゆっくりとうなずいた。耳についた目立たない金のピアスが光る。
「あの戦争は本当に悲惨だったけど……それでも私は間違っていたとは思わない。今の国になってから犯罪は激減したのよ? 魔法をろくに取り締まることができなかったときとは比べ物にならないくらい平和よ」
問題は、そう考えるとシグルド王子が嘘をついていることになってしまうということだ。状況を聞く限り、マリーの暴走を止められるのはシグルド王子しかいない。
「だけど、戦争によって多くの犠牲が出たのは事実だから、せめてマリーだけは助けられたらと思ったの……結局、偽善なんでしょうけど」
「カロリナの献身ぶりは知っているよ」
仮に王子が嘘をついていたとしたら、その理由はなんだ? 同情や愛情で行動するような人じゃない。なにか、明確な目的があるはず。
「さて」と言うと、カロリナは長椅子から立ち上がり、腕を組んで窓の外を見た。
「問題はこれからどうするか、ね。マリーの本心はわからないけど、ハルトの言うとおり、あの血塗られた過去にまだマリーの心は囚われているような気がするわ」
問題はこれからどうするか。なるほど、常にこの国の先行きを見ている王子なら、そこを第一に考えるに違いない。
嫌な見方だが、マリーの暴走はカールステッド家の汚点になる可能性もあるし、なによりマリーを悲劇のヒロインに仕立てあげることでカールステッド軍の士気を上げることができる。
もしかしたら、マリーがシグルド王子を極端に苦手とするのは、そこに理由があるのかもしれない。
「どうしたの?」
どうやら顔が強張っていたようだ。
「いや、どうしたらいいかなと思って」
王子の意図が本当にそこにあるのなら、非常に腹立たしい話だ。むしろ、嫌悪感すら覚える。だけど、それ以上にそんな考えに至る自分が嫌だった。ただ、どちらにしても。
「カロリナ、俺は思うんだが、マリーは魔法を使う必要があるのか? 声を取り戻す必要はあるのか?」
その強い意思を感じる黒い双眸を見上げて、マリーにもした同じ質問をする。
空気が緊張するのを感じる。カロリナの瞳は瞬くことなくこちらを見据えたまま。
「何を……言っているの?」
僕もその瞳から目を離さなかった。離すわけにはいかなかった。
「マリーは暴走を起こすほどにたたかい苦しんできた。このままたたかいを続けるなら、どうしても両親を目の前で亡くした過去に向き合わざるをえない。そんな過酷なことを続けてまで、本当にマリーに魔法を使わせる必要があるのか?」
カロリナは組んでいた腕をおろして机の上に両手を置くと、僕を見下ろした。
「ハルト。カールステッド家の名を持つものが魔法を使えないなんて許されると思うの?」
「じゃあ、カロリナ。カールステッド家の名がどれだけマリーを縛っていると思うんだ?」
僕も負けじとカロリナの目を見つめて言った。
「マリーがどれだけその名に苦しめられてきたか知ってるだろう?」
「ええ。もちろんよ。だけど、マリーはそこから逃げようとはしなかったわ。たとえ魔法が発現しなくとも毎日練習を欠かすことなく、ルイスにだって立ち向かったじゃない。不器用かもしれないけど、あの子はまっすぐに進んできたはずよ。それは、この何ヵ月かあの子の側にいたハルトが一番わかっているはずじゃないの? 魔法が使えなくてもいい、声を出さなくていいだなんて、マリーのこの何年間もの努力をムダだということと同じよ!」
早口でまくし立てるカロリナに胸がカッと熱くなる。
「だったら、どんなに苦しんでも、辛い思いをしても、マリーに努力し続けろと言うのか! 僕は無理だ! これ以上マリーが苦しむ姿を見ることはできない!! カールステッドの鎖に縛られさえしなければマリーはもっと自由な音楽を奏でられるはずだ!」
ついカロリナをにらみ付けてしまった。その視線に傷ついたのかカロリナは後ろを向いてうつむく。
「やめましょう。今は、あなたと冷静に話し合える気がしない……でも、私は、マリーの声を取り戻したいの。王女として、カールステッド家の長女として、マリーを預かる身として。……あなたは、それをわかってくれていると思っていた」
その言葉を残して、カロリナは足早に部屋を出ていった。その背に言葉をかけることも許されず。
しばらくたって一人残された僕は窓を開けた。心地よい風が頬を撫でる。
「まいったな」
いったいどうしたっていうんだ。感情に任せて怒ってケンカして傷つけて、これじゃ、ただの子どもじゃないか。僕は、カロリナの執事なのに、あんなこと。
そっと窓を閉めて、マリーのベッドへと移動する。変わらないそのかわいらしい寝顔に心が落ち着くとともに、哀しみも沸いた。
どうすればいいのかわからなかった。なにが正しいのか、最善なのか。共にいてノートで会話をして、それで順調に進んできたと思っていたのに。
「マリー……君の本心はいったい何を望んでいるんだ?」
童話に出てくる眠り姫のように微塵も変わらず眠り続けるマリーは、ついに僕に答えを教えてくれることはなかった。
「シグルド王子が?」
「ええ。王子の報告書によると、急に眩《まばゆ》いほどの青白い光が当時のマリーの部屋、今は倉庫になっている部屋から発せられたらしく、急いで王子が部屋を開けたときには、その、ハルトも聞いているでしょうけど凄惨な状況が広がっていたらしいわ。部屋にはマリーしか残されていなかったのだけど、のちの検証で血の海のなかにあった遺留品などから、当時少なくともマリーの他に3人の人間がいたことがわかったの」
「つまり、マリーを含めると少なくとも4人が部屋にいた?」
「ええ。そして、マリーは常に両親といたこと、遺留品のなかに王家の紋章──えっとユセフィナの女神と鷲の紋章ね。それが刻まれたナイフと小盾があったこと、そしてマリーが両親が目の前で死んだと話したことから、忍び込んだ敵と両親が戦っている間にどちらかの魔法で3人が亡くなったと判断されたのよ」
マリーが『両親が死んだ』と話しただって? マリーははっきり自分が殺したと言っていた。マリーの性格上そんな嘘をつくことはできないと思うんだが。
「でも、そうだとするとどっちかが自爆したことになるんじゃないか?」
「まあ、その可能性もあるわね」
カロリナはさらりと髪を払った。
「狭い室内だから、そのなかで強力な魔法を使えば身体が木っ端微塵になるほどの威力は生まれるわよね。戦いのなかで魔法が上手くコントロールできないことだって多いし。だけど、互いの魔法をぶつけ合った結果、相乗効果で制御できないほどの現象が出現した可能性もあるわ」
制御できないほどの現象、コントロールの効かない魔法、青白い光。
「とにかく、あの事件はマリーのせいで起きたんじゃないわ。旧王国軍とカールステッド家との戦いの末に起きたものであって、その意味では戦争のせいで起きたと言えるわね」
昨日の教会のできごとが思い出される。あのときも青白い光が起こって……だからむしろ、それはマリーの魔法が暴走したことによって生じた?
「カロリナはそれで、マリーを預かることにしたのか」
カロリナはゆっくりとうなずいた。耳についた目立たない金のピアスが光る。
「あの戦争は本当に悲惨だったけど……それでも私は間違っていたとは思わない。今の国になってから犯罪は激減したのよ? 魔法をろくに取り締まることができなかったときとは比べ物にならないくらい平和よ」
問題は、そう考えるとシグルド王子が嘘をついていることになってしまうということだ。状況を聞く限り、マリーの暴走を止められるのはシグルド王子しかいない。
「だけど、戦争によって多くの犠牲が出たのは事実だから、せめてマリーだけは助けられたらと思ったの……結局、偽善なんでしょうけど」
「カロリナの献身ぶりは知っているよ」
仮に王子が嘘をついていたとしたら、その理由はなんだ? 同情や愛情で行動するような人じゃない。なにか、明確な目的があるはず。
「さて」と言うと、カロリナは長椅子から立ち上がり、腕を組んで窓の外を見た。
「問題はこれからどうするか、ね。マリーの本心はわからないけど、ハルトの言うとおり、あの血塗られた過去にまだマリーの心は囚われているような気がするわ」
問題はこれからどうするか。なるほど、常にこの国の先行きを見ている王子なら、そこを第一に考えるに違いない。
嫌な見方だが、マリーの暴走はカールステッド家の汚点になる可能性もあるし、なによりマリーを悲劇のヒロインに仕立てあげることでカールステッド軍の士気を上げることができる。
もしかしたら、マリーがシグルド王子を極端に苦手とするのは、そこに理由があるのかもしれない。
「どうしたの?」
どうやら顔が強張っていたようだ。
「いや、どうしたらいいかなと思って」
王子の意図が本当にそこにあるのなら、非常に腹立たしい話だ。むしろ、嫌悪感すら覚える。だけど、それ以上にそんな考えに至る自分が嫌だった。ただ、どちらにしても。
「カロリナ、俺は思うんだが、マリーは魔法を使う必要があるのか? 声を取り戻す必要はあるのか?」
その強い意思を感じる黒い双眸を見上げて、マリーにもした同じ質問をする。
空気が緊張するのを感じる。カロリナの瞳は瞬くことなくこちらを見据えたまま。
「何を……言っているの?」
僕もその瞳から目を離さなかった。離すわけにはいかなかった。
「マリーは暴走を起こすほどにたたかい苦しんできた。このままたたかいを続けるなら、どうしても両親を目の前で亡くした過去に向き合わざるをえない。そんな過酷なことを続けてまで、本当にマリーに魔法を使わせる必要があるのか?」
カロリナは組んでいた腕をおろして机の上に両手を置くと、僕を見下ろした。
「ハルト。カールステッド家の名を持つものが魔法を使えないなんて許されると思うの?」
「じゃあ、カロリナ。カールステッド家の名がどれだけマリーを縛っていると思うんだ?」
僕も負けじとカロリナの目を見つめて言った。
「マリーがどれだけその名に苦しめられてきたか知ってるだろう?」
「ええ。もちろんよ。だけど、マリーはそこから逃げようとはしなかったわ。たとえ魔法が発現しなくとも毎日練習を欠かすことなく、ルイスにだって立ち向かったじゃない。不器用かもしれないけど、あの子はまっすぐに進んできたはずよ。それは、この何ヵ月かあの子の側にいたハルトが一番わかっているはずじゃないの? 魔法が使えなくてもいい、声を出さなくていいだなんて、マリーのこの何年間もの努力をムダだということと同じよ!」
早口でまくし立てるカロリナに胸がカッと熱くなる。
「だったら、どんなに苦しんでも、辛い思いをしても、マリーに努力し続けろと言うのか! 僕は無理だ! これ以上マリーが苦しむ姿を見ることはできない!! カールステッドの鎖に縛られさえしなければマリーはもっと自由な音楽を奏でられるはずだ!」
ついカロリナをにらみ付けてしまった。その視線に傷ついたのかカロリナは後ろを向いてうつむく。
「やめましょう。今は、あなたと冷静に話し合える気がしない……でも、私は、マリーの声を取り戻したいの。王女として、カールステッド家の長女として、マリーを預かる身として。……あなたは、それをわかってくれていると思っていた」
その言葉を残して、カロリナは足早に部屋を出ていった。その背に言葉をかけることも許されず。
しばらくたって一人残された僕は窓を開けた。心地よい風が頬を撫でる。
「まいったな」
いったいどうしたっていうんだ。感情に任せて怒ってケンカして傷つけて、これじゃ、ただの子どもじゃないか。僕は、カロリナの執事なのに、あんなこと。
そっと窓を閉めて、マリーのベッドへと移動する。変わらないそのかわいらしい寝顔に心が落ち着くとともに、哀しみも沸いた。
どうすればいいのかわからなかった。なにが正しいのか、最善なのか。共にいてノートで会話をして、それで順調に進んできたと思っていたのに。
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