聖戦協奏曲〜記憶喪失の僕は王女の執事をしながら音楽魔法で覚醒する〜

フクロウ

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ギルド訪問編

第30話 ユセフィナ通りとギルドセンター

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 御者の声に前方を見ると、済み渡る青空の下に連なる真っ白な家々の姿が見えた。

「着いたわね」

 ルイスは革製の鞄の紐を肩にかけながら立ち上がると、御者に続いて布の幕から地面へとジャンプした。

「あーいい天気!」

 眩しい外の光に細めた目に飛び込んできたのは、空に向かって大きく腕を伸ばしたルイスの嬉しそうな笑顔だった。そのバックには、石畳の長い一本道、そこに並ぶ大小様々な商店、そして大勢の人々が行き交う一枚の絵画のような光景が、柔らかい日差しに照らされ広がり、生き生きと動いていた。

「街に来るのは初めてって言ってたわよね。ここがスルノア国の中心、スルノア市のユセフィナ通りよ」

 ルイスの説明はろくに頭に入ってこなかった。初めて王宮を訪れたとき以上の衝撃が起こり、きっと脳内処理が追いついていないのだと思う。たとえるなら、何度か訪れたかの有名なテーマパークに入ったときのあのワクワク感、高揚感が溢れ出てしまうような、そんな、非日常な空間がフィクションではなく現実としてそこにあった。

 体を一回転させる。色が指定されているのか真っ白な建物の店々には、無骨だったり綺麗に飾りつけをされた木製の看板が立ち並び、店主や従業員とお客さんとが大声で会話を交わしながら買い物を楽しんでいる。食品店では、パンやベリー種の果物、豚や鹿の肉、葉野菜などが取引され、一際広い武具店では整然と並べられた剣や盾を非番なのか全身鎧に身を固めた王宮の兵士がぶつぶつと文句を言いながら品定めをしていた。

「ちょっと、聞いてる?」

「ああ」

 お、奥の方に楽器店と本屋もある。ちょっとのぞいて──。

「ハルト!」

 怒号が飛んだ。

「あ、ああ、ごめん。初めて見るものだから、つい」

「まったく。これじゃ、どちらが執事かわからないじゃない。ニコライ執事長が2人で行かせた理由が今わかったわ」

 ルイスはお得意の肩をすくめる仕草をすると、いきなり僕の腕を引っ張って歩き始めた。

「お、おい、ちょっとどこに行くんだよ?」

「あんた初めてでしょ? まだ時間はあるし少し見て回りましょうよ」

 ルイスの顔には、今まで見たことのない楽しそうな笑顔が浮かんでいた。

 僕らは、焼き立てのパンを食べながらぐるりとユセフィナ通りを一周する。通りのどこでも活気があり、常に厳かな雰囲気が流れている王宮と違って弾けるような空気に包まれていた。王宮ではまず見ない子どもたちの駆け回る姿もあり、やはりここは一つの国なんだと改めて実感した。

「なあ、ルイス?」

「ん」

 口元で手を隠しながら、ルイスは返事をした。

「いろいろ疑問があるんだ。これだけ人がいる中で、音楽魔法が使えるのは限られた人々だけなんだろ? みんなはどうやって自分の身を守っているのかって」

 この世界には人間を襲うモンスターがいることもわかっている。これまで見たことはないが、一般の兵士が退治しているらしいことは聞いていた。

「あんた、バカなの?」

「いや、バカってお前──」

「まっ、ハルトさんは執事だけど転生者ですものね。知らなくても無理はないわ。学院の講義はそういう当たり前のことをいちいち教えてくれるわけじゃないし。……そうね、たとえばこれ」

 ルイスは手近にあった本を手にすると、僕に見せてきた。

「『初級風属性魔法のすべて』? 初級魔法?」

「そう。魔法はね、初級、中級、上級、そして超上級に分かれているのよ」

「……そう、だったのか?」

「そうだったのよ。っていうか、何その顔? 今さら知って恥ずかしいの?」

「いや、まあ……そんなこともないかもしれないが」

 ルイスは声を上げて笑った。こいつ、本当はこんなキャラだったのか? 

「みんな子どものときから、まず初級魔法から覚えていくのよ。中級魔法まで極めれば、まあ一般的な魔法使いとして仕事は見つかるわね。そして、上級魔法。ここからは私達が使っている音楽魔法になってくるわ。中級魔法までは効果も威力も誰が使ってもだいたい同じなのだけど、上級魔法以上は人によって威力も効果も、そして範囲も変わってくる。音楽の腕を磨けば磨くほど、自由自在に魔法を操れるようになる」

 僕も一口、パンを食べるとためらわずに質問した。恥ずかしがっている場合じゃない。世界の理《ことわり》を覚えなければこの先やっていけないかもしれないのだから。

「超上級魔法ってのは?」

「あなたのヴェルヴみたいなものよ。音楽魔法と言えども、普通は同時に使えるのは一つの属性のみ。たとえ、私みたいに風と火の2つの属性を使えたとしてもね。だけど、同時に複数・・・・・の属性を使ってより複雑な現象を起こすことができるのが、超上級魔法」

「……えっ……じ、じゃあ?」

 ルイスは本を戻すと、呆れたようにため息をついた。

「そう。だからあなたはいきなり超上級魔法を使いこなしてるってわけ。しかも私との戦いのときなんて火に水に土と3属性でしょ? 全く音楽魔法はおろか初級も中級も使えないのに、超上級魔法を扱えるなんてどうかしてるわよ」

 そうだったのか。ヴェルヴは扱うのが難しいとは聞いていたが、カロリナが驚いたのはそのためか。

「魔法で言えば他にもあるらしくて、たとえば女神ユセフィナから託された聖性ま──」

「それだ!」

「はぁ?」

「ユセフィナ。ここの通りの名前もそうだが、シグルド王子やカロリナにマリー、カールステッド家にはユセフィナの名が入っているだろ? それに王宮や学院のあちこちに女神の置物や絵画、ステンドグラスなんかがある。ユセフィナっていったいなんなんだ?」

「あぁ、それなら──」

 ルイスはまた僕の腕を引っ張った。

「今度はどこに向かうんだよ?」

「ギルドセンター。そこにユセフィナ像があるし、王宮御用達のお店も入っているからちょうどいいじゃない」

「え? いや、ちょっと待って。僕はまだ楽譜や楽器を見たいと思って──」

「そんな時間ないわよ。ほら、行くわよ。執事さん」


 それはどこにあるのかと問うまでもなく、それらしき建物はすぐに見つかった。2階、いや3階建てだろうか、前面に石造りの女神像──おそらくユセフィナ像が施された白い大きな教会のような建造物が、他の店を見下ろすかのようにそびえ建っていた。

「これがユセフィナ像ね。学院の制服も女神像をモチーフとされているわ」

 確かに僕らが着ているローブのようなものを纏《まと》っている。しっかりと見たことはなかったが、顔は丸く、女性のようなフォルムが女神らしさを強調していた。目は閉じていて、手を組み合わせ祈りのようなポーズをしている。

「女神ユセフィナは、この世界の創造主と言われているわ。魔法を創り、世界を彩り発展させてきた。王家にユセフィナの名が入っているのはね、女神ユセフィナの正統な後継者という証。ユセフィナ通りの名は、まっ、女神にあやかってっていうところかしら……さて、そろそろ中に入りましょう」

 頑丈につくられた重い鉄扉を両手で押し開ける。軋む音とともに中へ入ると、酒場のような薄闇の空間が広がっていた。外の音は完全に遮断されて、入口正面奥にある複数のテーブルに集った人々の談笑が聞こえてくる。

「いらっしゃいませ! ようこそ! ギルドセンター、通称『スルノアギルド』へ!!」

 一際通る、高いが落ち着きのある声に顔を向けると、大きめの黒縁眼鏡をかけた銀髪の細身の女性が軽く頭を下げてニコッと微笑みを浮かべた。おそらく上等な綿生地の純白のドレスに刺繍が施されたブラウンのフードつきケープを羽織った独特の出で立ちで、客人でないことが一目でわかる。というか、これはまさかメイド服では?

「王宮からの使いの方ですね。わたくしは、ユセフィナギルド長の特別秘書ゾーヤ・チェルニーコヴァーと申します。お気軽にゾーヤとお呼びください」

 出された細い手に、こちらも頭を下げてがっしりと握手を交わした。

「スルノア国第一王女専任執事のハルトと、こちらは──」

 ルイスも上品な微笑みを浮かべてお辞儀をした。

「──ルイス・バルバロッサです。どうぞよろしくお願い致します」

「やはり、名門バルバロッサ家の御長女様でございますね。お噂はかねがねうかがっております」

 ルイスと固い握手を交わしたゾーヤは改めて僕の目を見つめた。

「ハルト様の御名前も聞き及んでございます。『稀人《まれびと》』でカロリーナ様の執事の任につきながら学院に通い、マリー様の教育係もされているとのこと。先の選抜試験でのヴェルヴを用いた戦闘は、すでにわたくしたちのギルドの中でも注目されております。稀人でヴェルヴ使いなんて世界広しと言えどハルト様しかいらっしゃらないですからね」

 そうなのか? というよりも──。

「稀人って……?」

「これは失礼しました。稀人とは、他の世界から来た転生者の別名です。めったにお目にかかれない方なので、特別にそのような呼び方がされているとか」

「なるほど。わかりました。しかしなぜ、僕らが王宮の使いとわかったのですか?」

 ゾーヤはきょとんとした顔をして首を傾げた。

「妙なことをお聞きになりますね。その服装とオーラ、あとはギルドで流れる噂の特徴を当てはめればすぐにわかるじゃありませんか」

 当たり前のように言い放つ。パッと見てそれがわかるのはすごい能力だと思うんだが、本人にとっては当たり前のようだ。

「さて、今回はいつもの品物のお求めですね?  少し前に収穫祭に向けた品物は全部お送りさせていただきましたから。それならば、ひとまず3階のギルド長室へご案内致しますが」

「よ、よろしくお願いします」

 テキパキとしたやり取りは素晴らしいが、僕は少し圧倒されていた。
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